伝道者の書7章1~14節「知恵ある者と愚かな者」

伝道者の書7章に入ります。伝道者ソロモンは、6章の終わりで、何が人のために良いことなのかを、誰も告げることはできない、と言いました。しかし、この7章では、何が人にとって良いことなのかについて、よいものと、よりよいもの、知恵ある者と愚かな者の対比を用いて語っています。

 

Ⅰ.死ぬ日は生まれる日にまさる(1-4)

 

まず、1~4節までをご覧ください。1節には、「名声は良い香油にまさり、死ぬ日は生まれる日にまさる。」とあります。名声とは、その人の性質であり、評判のことです。また、良い香油とは、高価な香油のことです。つまり、よい評判を得ることは、高価な香油を持つよりもまさっているということです。リビングバイブルでは、「良い評判は、最高級の香水より値打があります。」と訳しています。では良い評判とはどのような評判なのでしょうか。

 

1節の後半を見てください。ここには、「死ぬ日は生まれた日にまさる。」とあります。ギョッとするような言葉です。私たちは普通命が誕生した時ほど喜ばしい日はないと思っています。ですから、その人の誕生日を記念してHappy Birthday!と祝福するわけですが、ここでは、その生まれた日よりも死ぬ日のほうがまさっているというのです。どういうことでしょうか。「死ぬ日は生まれる日にまさる」とは、生きるよりも死ぬ方が良いという意味ではありません。むしろ、私たちの人生は死によって終わるということをきちんと受け止めることが重要であるということです。ですから、良い評判を得る人とは、人生には終わりがあるということをきちんと認識し、死について真剣に考える人のことなのです。私たちはどちらかというと名声よりも良い香油を求めてしまいます。すなわち、裕福で何不自由のない生活、社会的な地位を得ること、あるいは、教会の奉仕に勤しむことなどです。それらのことが悪いと言っているのではありません。それよりももっと良いものがあると言っているのです。それは何か、それは名声です。良い評判です。あなたの中身の方が大切なのです。あなたが死について真剣に考え、それに備えた生き方をすることの方がずっとまさっているのです。

 

それは、2節を見てもわかります。2節には、「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。」とあります。祝宴に行くよりも、葬式に行くほうがよい、というのです。なぜでしょうか?「そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるから」です。これは、決して結婚披露宴などどうでも良いということではありません。結婚披露宴も良いものです。イエス様もカナの婚礼で水をぶどう酒に変えるという最初の奇跡を行い、その結婚式を祝福されました。しかし、それよりもよいのは、喪中の家に行くことです。なぜなら、死について深く考えさせられるからです。人生の終わりが死であることを意識する人は、日々の生活を律し、有意義な地上生涯を送るようになるからです。

 

私は、いろいろな式に関わることがありますが、正直、お葬式の時が一番考えさせられます。実際、多くの人が聖書の話に真剣に耳を傾け、人生観とか、死生観について考えるのではないでしょうか。その一方で祝宴となると、どんなに聖書の話をしても、ほとんどの人が耳を貸そうとしません。もう冗談を言ったり、茶化したり、受け流したりするわけです。しかし、お葬式になると他人事のように話を聞くということがほとんどありません。死という現実が目の前に突きつけられて、真剣に考えざるを得ないのです。だから、祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよいのです。

 

3節をご覧ください。「悲しみは笑いにまさる。顔が曇ると心は良くなる。」どういうことでしょうか。尾山令仁先生が訳された創造主訳聖書では、「悲しみは笑いに勝る。悲しみによって、心は良くなる。」と訳されています。つまり、人は悲しみを体験することによって人生の意味について深く考えるようになるということです。そして、生きていることのありがたさを思うようになるということです。

 

イエス様は山上の説教の中でこのように言われました。「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。」(マタイ5:3-4)

これは、イエス様が教えられた「至福の教え」です。「至福の教え」といっても、自分の腹を肥やす「私服の教え」ではありません。どのような人が幸いな人なのかという意味の至福の教えです。イエス様はこの中で8つの事を教えておられますが、その一部がこれです。それは、心の貧しい者であり、悲しむ者です。この貧しさとか、悲しみというのは単に物質的な貧しさとか、感情的な悲しみのことではなく霊的な貧しさ、霊的な悲しみのことです。一般に人はこうし貧しさや悲しみを避けようとする傾向がありますが、こうした貧しさや悲しみを体験することによって、人生の意味を考えるようになり、たましいの救いを求めるようになります。また、神を信じる者にとっては、そうした悲しみや苦難の中に神の目的と意味を見出すきっかけとなります。ですから、詩篇の作者は、このように言っています。「苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。それにより、私はあなたのみおしえを喜んでいます。」(詩篇119:71)

 

アメリカの主婦の方で、メアリー・ネメック・ドーレマスという方がおられますが、彼女はウイルスに冒されてからだが麻痺し、全身が機能不全に陥りました。

彼女は、車いすの生活をしながら、日中は30分おきに薬を飲み、夜間も数回飲むことによって、かろうじて全身麻痺から守られています。しかし、私はいったいどうしてこんな目にあうのかを、神さまに尋ねることはしませんでした。むしろ私は、いつもこういうふうに祈りました。

「神様、私に何をお望みなのでしょうか。私はどこへ行くことになっているのでしょうか。」と。

人生には目的があり、しかるべき時にそれが示されることを知りました。私は理由を知りたいという気持ちを放棄しましたが、この態度は自分にとってとても健康的なことでした。

彼女は、こうした苦しみの中で、その神との関係が深められ、信仰が強められていったのです。まさに、苦しみにあったことはわたしにとって幸せでした。それにより、神のみおしえを学ぶからです。

 

それに対して、笑いは一時的なものであり、単に時間を浪費するだけの結果で終わってしまいます。 6節には「愚かな者の笑いは、鍋の下の茨がはじける音のよう。」とあります。

皆さん、茨を燃やしたことがありますか。茨を燃やすとすぐによく燃えますが、残念なことにすぐに燃え尽きてしまいます。ですから、たとえ鍋の下に置いてもパチパチとはじけるだけで、大した火力とはならないのです。愚か者の笑いも同じです。その時だけです。その時は一時的に元気になったかのように感じてもすぐに元に戻ってしまいます。それは空しいことです。すべての笑いがそうだと言うわけではありませんが、愚か者の笑いはそうなのです。そんな笑いを求めてあくせくするよりも、人生で経験する様々な悲しみ、苦しみから学ぶことのほうがどれほどよいでしょう。

 

4節をご覧ください。「知恵のある者の心は喪中の家にあり、愚かな者の心は楽しみの家にある。」

これは2節でも言われてきたことと同じことです。知恵ある者の心は喪中に向きます。なぜなら、彼の人生観は、死を前提として築き上げられているからです。しかし、愚か者の心はそうではありません。死の現実を直視することができないので、楽しい家にしか心が向きません。人生の空しさや虚無感に浸っているよりも、おもしろおかしく生きたほうがましだと思っているからです。そんなことを考えても暗くなるばかりだし、どうせ考えても答えなんか出ないのだから、だったらおもしろおかしくい生きればいいんじゃないかというのです。でも聖書は、こういう人は愚かな人だと言っています。

 

あなたの心はどこに向いていますか。神の人モーセはこう祈りました。「どうか教えてください。自分の日を正しく数えることを。そうして私たちに、知恵の心を得させてください。」(詩篇90:12)

喪中の家に行くとは、人生には限りがあるということを悟り、その限られている時間の中で、神様から知恵をいただき、また導いていただいて、与えられている一日一日を、一瞬一瞬を大切に生きていくことにほかなりません。祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。このことを心に留めて、自分の日を正しく数え、知恵の心を得させていただきたいものです。

 

Ⅱ.忍耐は、うぬぼれにまさる(5-12)

 

次に、5~12節までをご覧ください。5節をお読みします。「知恵のある者の叱責を聞くのは、愚かな者の歌を聞くのにまさる。」

知恵のある者の叱責とは、建設的な批判や助言のことです。そのような声に耳を傾けるなら、その人はより成長し栄誉を得ることになります。しかし、それとは逆に、愚かな者の歌をいくら聞いても何も残るものありません。この愚か者の歌とは何を指しているのかわかりません。ある人は、これは酔っ払いの歌ではないかという人がいますが、それが酔っ払いの歌とようよりも、「知恵の初め」である神様抜きの、人間中心の歌と理解するのが良いと思います。そのような歌は何の益ももたらしません。

 

7節をご覧ください。「虐げは知恵のある者を狂わせ、賄賂は心を滅ぼす。」どういうことでしょうか。虐げとは、虐待とか辛い出来事のことです。こういうものがあると知恵のある者を狂わせてしまいます。つまり、判断力を失い、愚かにふるまうようになってしまうということです。知恵のある者を狂わせてしまうもう一つのものは、賄賂です。賄賂は人の心を狂わせます。リビングバイブルでは、「わいろは人の判断力を麻痺させる」と訳しています。正しい判断ができなくなってしまうのです。ではどうしたらいいのでしょうか。最初から賄賂を受け取らないことです。政治の世界では贈賄事件があとを断ちません。それは必ず明るみに出ます。ですから、一番良いのは最初からそれを拒否することです。それがまことの知恵なのです。

 

8節をご覧ください。「事の終わりは、その始まりにまさり、忍耐は、うぬぼれにまさる。」「事の終わりは、その始まりにまさり」とは、1節から4節で語られてきたことに通じるところがあります。つまり、事の結果を見るまでは軽はずみに物事の判断をすべきではないということです。人生の終わりとは何ですか。それは死です。その死の結果を見るまでは、その人の人生がどうであったのかを判断することはできません。たとえ生きている間にどれほど裕福であったとしても、真のいのちを損じたら何の意味もありません。イエス様はこのことを、畑が豊作であったあの金持ちのたとえで教えられました。彼は作物が豊作だったとき、自分のたましいにこう言いました。「どうしよう。作物をしまっておく場所がない。そうだ!倉を壊してもっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をすべてしまっておこう。そして、自分のたましいにこう言おう。「わがたましいよ、これから先何年分もためられた。さあ休め。食べて、飲んで、楽しめ。」(ルカ12:17-19)

しかし、神は彼にこう言われました。「愚か者、おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか」(ルカ12:20)

彼の問題はどこにあったのでしょうか。人のいのちが財産にあると思ったことです。けれども、そのいのちが取り去られるとしたら、いったいそこにどんな意味があるというのでしょうか。そのいのちの良し悪しは、事が終わってみないとわからないのです。この地上での生涯は苦労が絶えないものであっても、その生涯の中で救い主イエス・キリストと出会い、天の御国に引き上げられる終わりであるなら、その人の終わりは、その始まりにまさるのです。私は、そのような人を何人も見てきました。たとえその人の生涯がどんなに悲惨なものであったとしても、それが天につながる生き方であるなら、それこそ幸いな一生であったと言えるのではないでしょうか。

 

ですから、事の結果を見るまでは忍耐すべきで、軽々しく心を苛立たせてはなりません。あなたは心をイラってしていませんか。私たちはちょっとしたことですぐにイライラしてしまいます。それは愚か者の心に宿るものです。でも知恵のある者は違います。知恵のある者の心に宿るのは、忍耐です。「忍耐はうぬぼれにまさる。」とあります。忍耐して後悔することはありませんが、うぬぼれると、高ぶると破滅の一途をたどることになります。箴言16:18には、「高慢は破滅に先立ち、高ぶった霊は挫折に先立つ。」とあります。それは、罪の性質の一つなのです。私たちはうぬぼれではなく、忍耐を身につけましょう。軽々しく心を苛立たせるのではなく、イエス・キリストによって神との平和が与えられていることを感謝し、この平和が心を支配するように祈ろうではありませんか。

 

心が平和であるために必要なもう一つのことは何かというと、今に感謝し、今を大切に生きることです。10節をご覧ください。ここには、「「どうして、昔のほうが今より良かったのか」と言ってはならない。このような問いは、知恵によるのではない。」とあります。

「昔のほうがよかった」というのは、過去に生きている人の口癖です。昭和の古き良い時代を知っている人は、ついつい言ってしまいます。「昔のほうがよかった」と。しかし、それは過去に生き続けていることです。確かに、昭和の時代の方が良かったなあと思います。私は別に昭和の初期から生きているわけではありませんが、そのように感じることがよくあります。でも、それは知恵によるのではありません。愚問にすぎません。なぜなら、どんなに過去が良くても、私たちは今を生きなければならないからです。であれば、今がいかに困難な状況であっても、この今をどのように生きるかを考えることのほうがもっと重要なのです。もしこのように言うことがあるとしたら、何が問題なのでしょうか。どこに原因があるのでしょうか。それは終わりまで待つことができずイライラしてしまう心と、すぐにそのように判断してしまう思いです。だから伝道者は8節で、「事の終わりは、その始まりにまさり、忍耐は、うぬぼれにまさる」と言ったのです。私たちは「待てない」のです。すぐに結果を求めてしまいます。すぐに判断してしまうのです。そんな私たちに聖書は、「あわてない、あわてない。一休み、一休み」と問いかけているようです。事の終わりは、その始まりにまさり、忍耐は、うぬぼれにまるのですから。私たちはすぐに結果を求めるのではなく、事の終わりがどうなのかを見て判断しなければなりません。終わり良ければすべて良し、です。それまでは神の平安の中でじっと忍耐し、神に示されることをコツコツと行っていけばいいのです。大切なのは自分がどう思うのか、どう感じるのかではなく、永遠に変わらない神のことばである聖書が何と言っているのかであり、そのみことばに堅く立ち続けることです。

 

11節と12節をご覧ください。「資産を伴う知恵は良い。日を見る人に益となる。知恵の陰にいるのは、金銭の陰にいるようだ。知識の益は、知恵がその持ち主を生かすことにある。」

「資産を伴う知恵は良い」とはどういう意味でしょうか。新共同訳では、「知恵は遺産に劣らず良いもの。日の光を見る者の役に立つ。」と訳しています。創造主訳聖書では、「知恵は、相続財産のように価値がある。いやそれ以上に、人々に有益だ。」と訳しています。ここでは10節の「知恵によるのではない」にかけて、知恵をたたえているのです。それは遺産に劣らず価値があり、いや、それ以上に人々にとって有益であるということです。

 

なぜでしょうか。その理由が12節にあります。それは、金銭と同様に人を守ってくれるからです。「陰」というのはそういうことですね。金銭は、たとえば病気をしたり、災害にあったりした時にとても役に立ちます。そういう意味で守ってくれるわけです。「金銭の陰にいるようだ」というそういう意味です。それと同じように、知恵はその人を道徳的堕落から守ってくれます。いや、知恵はその持ち主を生かすという点でもってすぐれています。考えてみるとそうですよね。どんなに資産があっても、どんなに金銭があっても、それが人を生かすことにはなりません。むしろ、その人をダメにしてしまうことさえあります。しかし、そこに知恵が伴うことによってそうした資産や金銭が生かされるだけでなく、ひいてはその人自身を生かすことになります。そういう点で、知恵は金銭よりもさらにまさっていると言えるのです。

 

皆さん、私たちにはこの知恵が与えられています。コロサイ2:3には「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されています。」とあります。どこに知恵と知識の宝が隠されているのですか。「このキリストのうちに」です。神の恵みによってキリストを信じ、キリストのうちにある者とされた私たちは、この知恵と知識が与えられているのです。それは金よりも、純金よりも慕わしいものです。それなのにどうしてあなたは金がないと嘆くのでしょうか。私たちには金よりももっとすぐれた知恵と知識が与えられていることを覚え、日々感謝と喜びをもってキリストに聞き従う者でありたいと思うのです。

 

Ⅲ.順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ(13-14)

 

最後に、13節と14節を見て終わりたいと思います。「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできるだろうか。順境の日には幸いを味わい、逆境の日にはよく考えよ。これもあれも、神のなさること。後のことを人に分からせないためである。」

 

それゆえ、伝道者はこのように勧めるのです。「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできるだろうか。」神のみわざを、だれも変更することはできません。起こったことは受け入れ、それが神の最善と信じて前進するのです。それが知恵のある人です。

 

でも、私たちの人生には順境の日ばかりではなく、逆境の日もありますね。そういう時にはどうしたらよいのでしょうか。ここには、「順境の日には幸いを味わい、逆境の日には良く考えよ。」とあります。新改訳聖書第三版では、「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。」となっています。私はこちらの訳のほうが好きですね。順境の日には喜び、逆境の時には反省すればいいのです。なぜなら、「順境」も「逆境」も共に神がお与えになるからです。どうせなら「順境の日」ばかりだといいのですが、そういうわけにはいきません。私たちの人生には「順境の日」も、「逆境の日」もあります。どうして神様は順境の日ばかり与えてくれないのでしょうか。それは、もし順境の日ばかりなら、人は反省することを忘れて高慢になり、神をないがしろにするからです。逆に、逆境の日ばかりならば、人は喜びと希望を失い失意に沈み込んで、神を忘れてしまうでしょう。ですから神は、私たちの人生に順境の時と逆境の時をバランスよく与えてくださり、すべての主権が神にあることを教え、神に信頼することを求めておられるのです。

 

順境の日と逆境の日、あなたは今、どちらの日を迎えていますか。順境の日には喜び、逆境の日なら反省しましょう。それがどちらであっても、それも神のみわざであることを思い、神の主権を認め、神に信頼したいと思うのです。

 

過去の偉人たちも挫折を乗り越えて成功に導かれています。エイブラハム・リンカーンは小学校を中退し、若いときには、ピジネスのトラブルにより無職になります。恋人が病気で亡くなると鬱になり、州議会、上院、下院選挙に立候補するも計8回落選しました。しかし、最後に彼は大統領になりました。51歳の時です。

彼は、このような言葉を残しています。「転んでしまったことなど気にする必要はない。そこからどうやって立ち上がるかが大事なのだ。」まさに、逆境の日には反省せよ、ですね。彼がそのようにして立ち上がることができたのは、彼が神に信頼し、聖書を通して神の知恵に生きていたからです。

 

発明王として有名なトーマス・エジソンは、若いころ「生産性がなさすぎる」という理由で解雇されました。電球の発明のために失敗を繰り返しますが、「千回の失敗をしたのではなく、千回のステップを経て電球の発明ができた」と語ったそうです。

 

ウォルト・ディズニーといえば、今では知らない人はいません。しかし、彼は若いころ、新聞社を解雇されましたが、「彼は想像力に欠け、良い発想は全くなかった」と言われていました。彼は、ディズニーランドを建てる前に何度も倒産を経験しています。

 

偉人たちの生涯をみると、大きな働きをする人ほど、周りに理解されず辛い日々を過ごしていたように思います。しかし、周囲の評価に左右されない信念を持っていたことが分かります。

 

イスラエルには砂漠の花園と呼ばれる地域があります。普段は砂漠で全く何もないような所ですが、いったん雨が降ると、一週間後には一面の花園が出現します。雨が降らなければ、2年でも3年でも花を咲かせるために待機するのです。私たちの人生にも砂漠の時、逆境の時があります。けれども、時がくれば、必ずや神様が花を咲かせてくださいます。大切なのは、その逆境の時をどのように過ごすのかということです。順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。どんな日でも共にいてくださる神様に目を留め、神のみわざに期待しながら、神のみことばに学び、根を深く張っていきたいと思います。それが聖書の言う、知恵のある者の生き方なのです。

ルカ2章8~12節「すばらしい喜びのしらせ」

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主の年2020年のクリスマスを迎えました。おめでとうございます。聖書には、イエス・キリスト誕生という驚くべきニュースが最初に伝えられたのは、ユダヤの田舎のベツレヘムという町で、羊を飼っていた羊飼いたちのところでした。彼らが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていると、突然、主の使いが彼らのところに来て、こう告げたのです。

 

「御使いは彼らに言った。『恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。』」(ルカ2:10-12)

 

どうしてこれが喜びの知らせなのでしょうか。救い主が生まれたからといって、彼らの人生が劇的に変わるわけではありません。救い主が生まれようが生まれまいが、彼らは依然として羊飼いを続けていかなければなりません。いったいなぜこれが喜びの知らせなのでしょうか。 きょうは、その三つの理由を見ていきたいと思います。かなわち、第一に、キリストはダビデの町でお生まれになられたということ、第二に、キリストは飼い葉桶に寝かせられたということ、そして第三に、あなたの救い主としてお生まれになられたということです。

 

Ⅰ.ダビデの町で生まれた救い主(11)

 

まず、11節をご覧ください。ここには「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」とあります。

キリストは、どこで生まれのでしょうか。ダビデの町です。ダビデの町とは、ユダヤのベツレヘムという小さな町です。実は、旧約聖書においては、「ダビデの町」はいずれもエルサレムでした。Ⅱサムエル5:7には、「しかし、ダビデはシオンの要害を攻め取った。これが、ダビデの町である」とあります。「シオン」とは「エルサレム」のことです。ですから、ダビデの町というのはエルサレムのことなのです。それなのに、ここには「ベツレヘム」とあります。どうしてルカはベツレヘムをダビデの町と言ったのでしょうか。それは、このベツレヘムこそダビデが生まれた出身地であったからです。Ⅰサムエル記17:11をご覧ください。ここには「 さて、ダビデは、ユダのベツレヘム出身の、エッサイという名のエフラテ人の息子であった。」とあります。元々、ダビデとはダビデの出身地のベツレヘムでしたが、ダビデがエルサレムを攻め取ったとき、そこをイスラエルの政治的、宗教的な中心地としたことから、これをダビデの町と呼ぶことにしたのです。しかし、ルカはそうではなく、ベツレヘムであることを強調しました。なぜでしょうか。なぜなら、キリストが生まれるのはペレツへ無でなければならなかったからです。旧約聖書にそのように預言されていたました。ミカ書5:2を開いてください。ここには「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2)」とあります。

これは、キリストが生まれる約700年前に預言されたものですが、ここには、イスラエルの支配者となる者が、ベツレヘムから出ると預言されてありました。イスラエルの支配者とはイスラエルを治める者のことですが、それはユダ族のベツレヘムという小さな町から出ると言われていたのです。それはダビデの家系につながる方ですが、ダビデ王とは違いダビデの家系から将来出てくる支配者のことです。つまり、キリストはエルサレムではなくベツレヘムから生まれるという預言だったのです。それは、昔から、永遠の昔から定めでした。キリストはそのとおりにお生まれになられたのです。ということはどういうことかと申しますと、この方こそ間違いない救い主であるということです。

 

まさか偶然でしょう、と思われる方もいるかもしれません。しかしこれは偶然ではありません。もしこの預言だけが的中したというのなら、あるいは偶然だと言えるかもしれません。しかし、キリストに関する預言の成就はここだけでなく、聖書の至るところに見ることができます。たとえば、キリストの誕生に関して言うなら、皆さんもご存知のように処女から生まれると預言されていましたが、その通りになりました。イザヤ書7:14です。「それゆえ、主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」有名な「インマヌエル」預言です。この預言のとおりに、キリストは処女マリヤからお生まれになられました。

そればかりではありません。イザヤ書9:6~7には、この方がどのような方であるかも預言されてありました。「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」とあります。やがて来られるみどりごは、「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」です。その方はダビデ王のように王座に就きますが、ただの王座ではなくとこしえの王座です。その王座に就いて、王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支えるのです。だれがこんなことができるでしょう。だれもできません。しかし、神はおできになります。万軍の主の熱心がこれをするのです。その方はだれでしょう。そうです、神の子イエス・キリストです。

 

このように、キリストに関する預言は旧約聖書の中にたくさんあります。直接的な預言だけで少なくても300以上あります。間接的なものも含めると、実に400以上あります。そのすべての預言が成就したのは、この人類の歴史上、イエス・キリスト以外にはおられません。イエス・キリストこそ、永遠の昔から、神が定めておられた救い主なのです。これはすばらしい喜びの知らせではないでしょうか。

 

皆さんはあまり見たことがないと思いますが、1万円札の肖像となっている人物が誰だかわかりますか?そうです、福沢諭吉です。慶応義塾大学の創設者ですね。彼は、私たちが思っている以上に聖書の影響を受けていました。自分の子どもたちに、日々の教えという人生訓を書き残しましたが、そこには、天地万物を造られた神を敬うようにと書いていました。

それはともかく、彼が生まれたのは大阪にあった中津藩の蔵屋敷でした。彼の活躍を称えて、大阪の中津藩蔵屋敷があったところには福沢諭吉誕生の地という石碑が建っています。

偉大な生涯を歩んだ人の誕生を記念する、というのはよくありますが、約束通りに生まれたことを確認し、それを喜ぶためにお祝いするというようなことは聞いたことがありません。けれども、キリストは旧約聖書に約束された通りに生まれ、その通りの生涯を歩まれました。偉大な生涯を歩んだためにその人の誕生を記念する、というのではなく、約束通りに生まれたことを確認し、喜ぶためにお祝いするのがクリスマスなのです。

 

Ⅱ.飼い葉桶に寝ているみどりご(12)

 

第二のことは、キリストは飼い葉桶で生まれたということです。12節に、「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ておられるみどりごを見つけます。」とあります。飼い葉桶で生まれたことが、どうして大きな喜びなのでしょうか。

 

皆さんは、飼い葉桶という言葉を聞くと、家畜小屋に置かれた家畜のえさを入れる箱を思い浮かべるかと思いますが、当時の飼い葉桶は、桶といっても大きな石や岩に細い溝が掘られただけのものでした。そこに動物のエサになる藁が敷かれてあったのです。その上にキリストは寝かされました。また、飼い葉桶があったということは、そこが家畜小屋であったことを意味していますが、当時の家畜小屋も私たちが想像しているような木で作られた小屋ではなく、一般に洞穴を掘って作られただけのものでした。その中に家畜を入れていたのです。キリストが生まれたのはそのような所でした。それがどうして喜びなのでしょうか。最悪じゃないですか。皆さんに待望の赤ちゃんが生まれたら、そんなところに寝かせるでしょうか。だれでも暖かくて柔らかいベッドに寝かせたいと思うでしょう。それなのに、キリストは冷たくて堅い、しかも汚いベッドに寝かせられました。ベッドじゃありません。エサ置きですよ。キリストはそんなところで生まれてくださったのです。どうしてこれが喜びの知らせなのでしょうか。ここには、「それが、あなたがたのためのしるしです。」とあります。これは羊飼いたちにとってのしるしだったのです。どんなしるしだったのでしょうか。

 

第一に、それはだれでも、どんな人でもこの方の許に行くことができるというしるしです。もしイエス様が王宮のような所で生まれたなら、羊飼いたちは行くことかできなかったでしょう。そこに行くことができるのは本当に限られた人だけです。しかしイエス様は飼い葉桶に寝かせられました。ですから、社会的に最も低い職業であると思われていた羊飼いでも、行くことができました。どんなに汚れた人でも、どんなにみじめな人でも、どんなに貧しい人でも、どんなに孤独な人でも、どんなに問題を抱えている人でも行くことができたのです。

 

昨日は、スーパーキッズのクリスマスがありまして、「したきりすずめのクリスマス」を劇でやりました。そこには、欲張りなばあさんや人を殺した罪人をはじめ、自分は正しいと思っていたじいさんなど、いろいろな人物が登場するのですが、イエス様はそのすべての人の罪を負って十字架にかかり、死んでくださいました。だからこそ、すべての人の悩み、すべての人の苦しみ、すべての人のも問題を解決することができるのです。へブル2:10には「多くの子たちを栄光に導くために、彼らの救いの創始者(イエス様)を多くの苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の存在の目的であり、また原因でもある神に、ふさわしいことであったのです。」とあります。それはイエス様にふさわしいことでした。多くの子たちを栄光に導くために、キリストは多くの苦しみを通られたのです。もしキリストがこうした苦しみや痛みを通らなかったら、そのような人たちを十分理解することも、助けることもできなかったでしょう。けれども、キリストは飼い葉桶で生まれてくださいました。それは、そのような境遇の中いるすべての人々を助け、救うことができるためです。

 

キリストが飼い葉桶に寝かせられたことのしるしの第二は、そのことによってイエス様がどのようなお方であるのかを示していました。先ほど、当時の家畜小屋は天然の洞窟を掘って作られたものであると申し上げましたが、これらの洞穴にはもう一つの使い道がありました。何だと思いますか。そうです、お墓です。当時ユダヤ人は遺体を布に包んで天然の洞穴の中に安置しました。イエス様が葬られたのもこのようなお墓でした。ですから、その入口に大きな石が置かれてあったのです。そして、ここでは赤ん坊のイエス様が布に包まれて天然の洞穴に寝かされていました。それは当時の人々の目には墓場に置かれた遺体を連想させるものでした。どうしてこれが喜ばしい知らせなのでしょうか。キリストは人々から喝采を受けるためではなく、人々の罪を背負い、十字架にかかって死ぬために来られたということを示していたからです。このことによって、いかなる罪人も赦されるという道が開かれたのです。

 

ここに、神様の愛が表されています。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

また、マルコ10:45には、「人の子(イエス様)が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです」とあります。

イエス様が来られたのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるため、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためだったのです。この全宇宙の創造主であられる方が人の姿を取ってこの世に来てくださったというだけでも奇跡なのに、そればかりか、私たちを救うために十字架にかかって死んでくださいました。これこそクリスマスの奇跡です。これはすばらしい喜びの知らせではないでしょうか。

 

Ⅲ. あなたのための救い主(11)

 

第三のことは、キリストはあなたの救い主として生まれてくださったということです。11節をご覧ください。ここには「今日ダビデの町であなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」とあります。この方は、あなたのために救い主として生まれてくださいました。

 

先日NHKの番組で「サードマン現象」を扱うものを見ました。「サードマン」というのは「第三の人」という意味です。実はこの世界には崩壊するビルの中から一人脱出できたり、深海の洞窟の中で命綱を失ったのに戻って来ることが出来たり、宇宙空間でトラブル続きのステーションで落ち着きを与えられたりして、九死に一生を得た人々が沢山いらっしゃいます。彼らは皆、異口同音に「ピンチの時、誰かの声に導かれて平安を取り戻し、すべきことが分かり、正しい選択を奇跡的に積み重ねて脱出することが出来た」と証言しています。この声を彼らにかけた存在をサードマン、第三の人と呼んでいるのです。 それは、私たちの人生においても言えることで、私たちが絶体絶命のピンチに陥った時、このような存在がいたら、どれほど大きな助けとなることでしょう。この助けこそ、あなたのために生まれてくださったキリストです。キリストは、単にピンチの時に助けというだけでなく、私たち人間の本質的な問題である罪を解決し、その罪から救ってくださるためにこの世に来てくださいました。これこそ、私たちにとっての真の希望です。

 

今は「イベントオリエンテッド」の時代であると言われています。これは、人々は、何か楽しみをもたらすできごとやイベントがあってはじめて喜びを感じることができる、というものです。そしてそれが過ぎ去ってしまうと、急に虚しさがやって来るのです。「イベント」やお金の多い少ないといった外側のものに喜びの基礎があるなら、ジェットコースターのように喜んだかと思ったら次の瞬間には落ち込んでしまうことの繰り返しになります。しかし、キリストが与える喜びは罪の赦しによってもたらされる神との平和であり、神がいつも私とともにいて、私を支えてくださるという喜びです。それは永続的なものですから、いつでも喜びで満たされていることができます。のどが渇けば水を飲めば潤されますが、また渇きます。しかし、キリストが与える水を飲む人はいつまでも決して渇くことがなく、その人の中で泉となり、永遠のいのちへの水が湧きでるのです。

 

2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞したのは、京都大学の本庶佑教授でした。薬物療法、手術治療、放射線治療に続く第4の手法として免疫療法を確立した功績が評価されたのです。彼の発見はガン免疫治療薬オプジーボの開発に繋がりました。この薬でガンを克服できた方がインタビューに答えて「命の恩人です。感謝し尽くせません。」と言っていました。その気持ちがよくわかります。しかし、キリストはそれ以上です。なぜなら、キリストは肉体だけでなく、永遠のいのちの恩人だからです。

 

2015年に同じ分野でノーベル賞を受賞した大村智教授も、メクチザンという薬の開発に貢献しました。この薬は、河川盲目症に対する特効薬です。この病気はアフリカ、中南米の熱帯地域に蔓延していて、毎年1800万人が感染、そのうち約27万人が失明し、50万人が視覚障害になってしまうという恐ろしい感染症でした。ところがこの薬を飲むと一回で完全にその感染症を防ぐことができるのです。

大村さんと製薬会社は、この薬を感染地域の人々にプレゼントし、当時は3億人の人々を失明の危機から救ったと言われています。この大村さんがアフリカのガーナに行き、子どもたちとお話をしたことがありました。ジャパンとかトウキョウと言っても、誰も知らないそうですが、でもメクチザンという薬の名前を出すと、みんな「知ってる!」と言うのです。通訳の人が「この人がメクチザンを造った先生です。」と紹介するとひときわ高く、歓声が上がり「メクチザン、メクチザン」と口々にはやし立てました。子どもたちの喜ぶ顔が目に浮かぶようですね。人類の命を守る働きに貢献した人を称え、記念に覚えることは当然のことでしょう。しかしここに、肉体のいのちだけでなく、霊的ないのち、肉体は朽ちても永遠に生きる真のいのちを人類にもたらした方がおられます。それがイエス・キリストです。

 

あなたは、この喜びを受け取られたでしょうか。多くの人にとって自分の主人は自分自身です。あなたのために生まれてくださったのに、多くの人たちは「いらないよ」とか、「No, Thank you」と言うのです。しかし自分を超えた本物の救い主を信じ、この方にあなたの人生の舵取りをしていただくなら、あなたもこの喜びを得ることができます。

 

10節には、「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。」とあります。私たちにもいろいろな恐れと不安があります。孤独だという方もおられるでしょう。まさに一寸先は闇です。しかし、この世がどんなに暗くても恐れることはありません。きょう、ダビデの町であなたのために救い主がお生まれになりました。この方が主キリストです。この方はあなたの心の闇を照らすまことの光です。どうぞこの方をあなたの救い主として心に迎えてください。また、既にこの方を信じておられる方は、あなたの人生の舵取りをしてくださる主としてください。あなたの心が家畜小屋のようにどんなに汚れていても、また、どんなに酷い状態であっても、キリストあなたの心に喜びを与えてくださいます。クリスマスの奇跡は2000年前のことだけではなく、今もあなたに起こる大きな喜びの知らせなのです。

Ⅱサムエル記2章

サムエル記第二から学んでいます。今日は、2章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.ヘブロンで王として即位したダビデ(1-4a)

 

まず、1-4節前半までをご覧ください。「この後、ダビデは【主】に伺った。「ユダの町のどれか一つへ上って行くべきでしょうか。」【主】は彼に「上って行け」と言われた。ダビデは、「どこに上ればよいでしょうか」と聞いた。主は「ヘブロンに」と言われた。ダビデは、二人の妻、イズレエル人アヒノアムと、カルメル人ナバルの妻であったアビガイルと一緒に、そこに上って行った。ダビデは、自分とともにいた人々を、その家族ごと連れて上った。彼らはヘブロンの町々に住んだ。ユダの人々がやって来て、そこでダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。」

 

「この後」とは、サウルとヨナタンが死んだ後ということです。ダビデは主に伺いを立てました。「ユダの町のどれか一つに上って行くべきでしょうか。」と。彼は今ペリシテ人の町ツィクラグにとどまっていましたが時期イスラエルの王として選ばれていましたので、サウルが死んだ今次の行動に移る必要がありました。かといって、自分で勝手に判断して動くようなことをしませんでした。どのようにすべきかを求めて、主に伺いを立てたのです。ここにダビデの信仰のすばらしさを見ることができます。自分が次の王であるということがわかっていれば、すぐにでも出て行ってそれを示そうと思いたいところを彼はそのようにはせず、あくまでも主のみこころを求めて祈りました。自分で判断して勝手に動くのではなく、主のみこころを求めたのです。それは私たちの信仰の模範です。私たちはすぐに自分の思い付きや考えで動こうとしますが、まずは神のみこころを求めて祈らなければなりません。

 

おそらくダビデは、ウリムとトンミムによってみこころを求めたでしょう。しかしそれは「イエス」か「ノー」の答えでしか返ってこなかったので、何度も主に伺う必要がありました。彼はまずユダの町のどれか一つに上って行くべきでしょうかと尋ねると、主は「上って行け」と言われたので、次に、では「どこに上って行けばよいでしょうか」と尋ねました。すると、主の答えは「ヘブロンに」でした。なぜヘブロンだったのでしょうか。巻末のイスラエルの地図をご覧いただくと、ヘブロンはユダ部族の中にあって、その中心に位地しているのがわかります。そして、イスラエル民族の父祖アブラハムの墓がある所です。そこでダビデは、二人の妻イズレエル人アヒノアムと、カルメル人ナバルの妻であったアビガイルと一緒に上って行き、そこに住みました。

 

すると、ユダの人々がやって来て、ダビデに油を注ぎ、ユダの家の王としました。これは、預言者サムエルによって油を注がれた時に続く二回目の油注ぎでした(Ⅰサムエル16:13)。しかし、これはあくまでもユダの家における王であって、彼がイスラエル全家の王となるのはまだ先のことです。

この時ダビデは30歳になっていました。サムエルによって油注がれ主の霊の注ぎを受けたのは、彼がまだ幼い少年の時でした。あれから十数年が経ち、あの神の約束が今、実現しようとしていました。このように見ると、神のみわざは一朝一夕で成し遂げられるものではありません。それまで長い間待たなければなりませんでした。そこには多くの困難もありました。しかし、そのような経験を通して神は彼の信仰を養い、人格を磨き、ご自身の器として用いられるように整えてくださったのです。そのためには忍耐が必要でした。

それは、私たちにも言えることです。へブル10:36には「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは、忍耐です。」とあります。神のみわざは一朝一夕では成し遂げられません。最後まであきらめないで待つことが求められます。教会の建て上げは、まさにそうです。特に日本ではまだその時は来ていません。神の時が来て、人々がこぞって主を求めるようになるまで、忍耐しなければなりません。先ほどお読みしたヘブル10:36の後に何と書いてあるかご存知ですか。こうあります。「もうしばららくすれば、来るべき方が来られる。送れることはない。わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない。」(ヘブル10:37-38)すばらしい約束ではありませんか。ですから、私たちは恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者でありたいと思います。

 

Ⅱ.ヤベシュ・ギルアデの人々(4b-7)

 

次に、4節後半から7節までをご覧ください。「ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬ったことが、ダビデに知らされたとき、ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使者たちを遣わし、彼らに言った。「あなたがたが【主】に祝福されるように。あなたがたは、あのような真実を尽くして主君サウルを葬った。今、【主】があなたがたに恵みとまことを施してくださるように。あなたがたがそのようなことをしたので、この私もあなたがたに善をもって報いよう。今、強くあれ。勇気ある者となれ。あなたがたの主君サウルは死んだが、ユダの家は私に油を注いで、自分たちの王としたからだ。」」

 

ヤベシュ・ギルアデの人々のことについて記されてあります。ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬ったということが、ダビデに知らされたとき、ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使者たちを遣わし、彼らを祝福しました。ヤベシュ・ギルアデの人々は、サウルが死んだ後、ペリシテ人が彼の死体をベテ・シャンの城壁にさらしたことを聞いたとき、ヨルダンの東側の地から長い距離を夜通し歩いて、勇気をもってその地域に入り、サウルとヨナタンの死体を取って自分たちのところに運び、そこで丁重に火葬にして葬ったからです。なぜ彼らはそんなことをしたのですか?私たちは既にその学びました。Ⅰサムエル記11章でしたね。アンモン人ナハシュが彼らに攻め入った時、彼らはナハシュに和解を申し入れましたが、ナハシュは一つの条件を提示しました。どんな条件でしたか?なんと彼らの右の目をえぐり取るということでした。そうすれば和解してもいい、と言ったのです。それを聞いたヤベシュ・ギルアデの人たちは嘆き悲しみイスラエルの国中に使いを送って助けを求めたとき、立ち上がったのがサウルだったのです。サウルは主の霊によってアンモン人を討ち破り、ヤベシュ・ギルアデの人たちを救ったのです。彼らはそのサウルの恩を忘れずそれに応じたのです。主に油注がれた主君サウルに対する彼らの態度は実に立派でした。そこでそのことを聞いたダビデは、そんな彼らの行為を取り上げて賞賛したのです。事実、このヤベシュ・ギルアデは北イスラエルの10部族に属する町で、本来ならヘブロンを拠点とするユダとは敵対関係にありましたが、ダビデはそんな彼らに善をもって報いたのです。

 

このように、主の恵みに対して真実な態度で応答することは大切なことです。そのような人はヤベシュ・ギルアデの人たちのように、主から恵みを受けるのです。

ダビデの先祖の中にも、その真実さのゆえに祝福を受けた女性がいます。ルツです。彼女はモアブ人でしたが、ナオミの神、主を信じ、ナオミとともにベツレヘムにやって来て彼女に真実な態度で仕えたので、神は彼女を祝福してくださいました。そこでボアズと出会い、彼と結婚することができただけでなく、やがてその子孫からダビデが生まれ、その系図から救い主が誕生するという救いの系図の中に組み込まれたのです。真実に生きる人こそ、神から祝福を受ける人なのです。

 

Ⅲ.イシュ・ボシェテの即位(8-11)

 

次に、8~11節までをご覧ください。「一方、サウルの軍の長であったネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテを連れてマハナイムに行き、彼をギルアデ、アッシュル人、およびイズレエル、そしてエフライムとベニヤミン、すなわち全イスラエルの王とした。サウルの子イシュ・ボシェテは、四十歳でイスラエルの王となり、二年間、王であった。しかし、ユダの家だけはダビデに従った。

2:11 ダビデがヘブロンでユダの家の王であった期間は、七年六か月であった。」

 

一方、サウルの軍の長であったネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテを連れてマハナイムに行き、彼をギルアデ、アッシュル人、およびイズレエル、そしてエフライムとベニヤミン、すなわち全イスラエルの王としました。ペリシテ人との戦いにおいてサウルと3人の息子ヨナタン、アビナダブ・マルキ・シュアは、ギルボア山でペリシテ人に打ち殺されました(Ⅰサムエル31:2)が、イシュ・ボシェテは戦いに行かなかったので難を逃れていたのです。アブネルがイシュ・ボシェテを連れてマナハイムに行ったのは、そこがヨルダン川の東側にありペリシテ人の支配が及んでいなかったからでしょう。

 

これ以降、ダビデの家とサウルの家との間には、長い間戦いが生じることになります。サウルの子イシュ・ボシェテは、40歳でイスラエルの王となり、2年間、王でした。しかし、ユダの家だけはダビデに従いました。ダビデがヘブロンでユダの家の王であった期間は、実に7年6か月に及びます。言い換えると、彼がイスラエルの統一王国の王になるのには、さらに7年半もかかったということです。これはダビデに忍耐が求められたというだけでなく、彼がイスラエルの有能な王として立てられるために必要な神のご計画でもありました。

 

ダビデは、メシヤであられるイエス・キリストの型です。イエスは父なる神からメシヤとしての油注ぎを受けていましたが、イスラエルの民はそれを認めようとしませんでした。ダビデも同じです。彼はイスラエルの王として油注ぎを受けていましたが、イスラエルの民はそれを認めませんでした。しかし、それでもイエスは私たちの救いに対する神のご計画を成し遂げるために、父なる神に従順に従われました。へブル5:7には「キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。」とあります。ダビデも同じです。患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出します。この希望は、決して失望に終わることがありません。私たちもダビデのように、たとえ目の前に患難があっても忍耐し、その忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと信じて、神の御霊によって忍耐を身につけさせていただきましょう。忍耐は、まさに御霊によって結ぶことができる実なのです。

 

Ⅳ.イスラエルとユダの戦い(12-32)

 

次に、12~32節をご覧ください。ここにはイスラエルとユダの戦いの様子が記されてあります。まず16節までお読みします。「ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテの家来たちと一緒にマハナイムを出て、ギブオンへ向かった。一方、ツェルヤの子ヨアブも、ダビデの家来たちと一緒に出て行った。こうして彼らはギブオンの池のそばで出会った。一方は池の手前側に、もう一方は池の向こう側にとどまった。アブネルはヨアブに言った。「さあ、若い者たちを出し、われわれの前で闘技をさせよう。」ヨアブは言った。「よし、そうしよう。」ベニヤミンの側、すなわちサウルの子イシュ・ボシェテの側から十二人、ダビデの家来たちから十二人が順番に出て行った。彼らは互いに相手の頭をつかみ、相手の脇腹に剣を刺し、一つになって倒れた。それで、その場所はヘルカテ・ハ・ツリムと呼ばれた。それはギブオンにある。」

ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテの家来たちといっしょにマハナイムを出て、ギブオンへ向かいました。ユダの地を攻め取るためです。ギブオンはエルサレムの北西9.6㎞に位置するベニヤミンの領地にある町です。ります。そこは、サウルの生まれ故郷、出身地でした。

一方、ツェルヤの子ヨアブも、ダビデの家来たちといっしょに出て行きました。こうして両軍は、ギブオンの池のそばで出会い、にらみ合いが続きました。一方は池の手前側に、もう一方は池の向こう側にとどまりました。

するとアブネルからヨアブに提案が出されました。双方から若い者たちを出して、決闘させようというのです。それぞれ12人の代表戦士が出て、1対1で戦うのですが、ヨアブは愚かにもその提案を受け入れてしまいました。アブネルはこの決闘によって決着を付けようとしたのですが、結果、全面戦争に突入していくことになりました。彼らは互いに相手の頭をつかみ、相手の脇腹に剣を刺し、一つになって倒れました。それで、その場所はヘルカナ・ハ・ツリムと呼ばれるようになりました。意味は「剣の刃の野」です。相手の脇腹に剣を刺して、一つとなって共に倒れた野です。

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アブネルは、人の血を流すことを軽く考えていました。また、ヨアブもヨアブで、その提案を愚かにも受け入れてしまい、多くの血が流される結果となってしまいました。箴言11:17に「誠実な人は自分のたましいに報いを得るが、残忍な者は自分の身にわざわいをもたらす。」とありますが、まさに彼らはその報いを受けることになります。

 

17~24節をご覧ください。「その日、戦いは激しさを極め、アブネルとイスラエルの兵士たちは、ダビデの家来たちに打ち負かされた。そこに、ツェルヤの三人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルがいた。アサエルは野のかもしかのように、足が速かった。アサエルはアブネルの後を追った。右にも左にもそれずに、アブネルを追った。アブネルは振り向いて言った。「おまえはアサエルか。」彼は答えた。「そうだ。」 アブネルは彼に言った。「右か左にそれ、若い者の一人を捕らえ、その者からはぎ取れ。」しかしアサエルは、アブネルを追うのをやめず、ほかへ行こうとしなかった。アブネルはもう一度アサエルに言った。「私を追うのはやめ、ほかへ行け。なぜ、私がおまえを地に打ち倒さなければならないのか。どうやって、おまえの兄ヨアブに顔向けができるというのか。」アサエルはなおも拒んで、ほかへ行こうとしなかった。それでアブネルは、槍の石突きで彼の下腹を突いた。槍はアサエルを突き抜けた。アサエルはその場に倒れて、そこで死んだ。アサエルが倒れて死んだ場所に来た者はみな、立ち止まった。」

 

その日、戦いは激しさを極めました。戦いにかったのは、ユダ部族、すなわち、ダビデの家来たちでした。イスラエルの王イシュ・ボシェテの将軍アブネルとイスラエルの兵士たちは、ダビデの家来たちに打ち負かされました。そこに、ツェルヤの3人の息子がいました。ヨアブと、アビシャイと、アサエルです。Ⅰ歴代2:16を見ると、このツェルヤはダビデの姉妹であることがわかります。ですから、この3人はダビデからすると甥に当たります。甥とはいってもダビデは末っ子でしたから、もしかしたら彼らと同年代か、もっと歳を取っていたかもしれません。

 

その中のアサエルは、野のかもしかのように足が速かったので、彼はアブネルの後を追いました。アブネルを殺すことができれば、イスラエル軍、すなわち、イシュ・ボシェテの軍は壊滅状態になると判断したのでしょう。しかし、それが仇となりました。アブネルはアサエルが自分を追って来るのを見ると、自分を追うのをやめて、別の方へ行けと警告しました。戦いでは自分の方がまさっていると思ったのでしょう。将軍ヨアブの兄弟を殺すのは忍びないと思ったのです。しかし、アサエルはアブネルを追うのを止めませんでした。それでアブネルは、槍の石突きで彼の下腹を突きました。それで、アサエルはその場に倒れて死んだのです。

 

あまりにも突然の死でした。彼は足が速いのを誇っていましたが、その長所が彼を死に至らしめることになったのです。自分の力を過信し、警告を無視し続けるなら、悲劇が起こります。私たちが誇るのは足の速さではなく、主の御名と十字架です。詩篇20:7には「ある者は戦車をある者は馬を求める。しかし私たちは私たちの神、主の御名を呼び求める。」とあります。また、ガラテヤ6:14には「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが、決してあってはなりません。」とあります。

 

あなたは何を誇っていますか。私も足が速く、小学生、中学生、高校生とマラソン大会では常に優勝していたので、すぐにそれを誇りたい気持ちになります。高校生の時には1,500m走で4分17秒の記録を出し、陸上部からも声をかけられたほどです。すぐにこんなことを誇りたがるのが任気です。しかし、私たちが誇るものは戦車でも馬でもなく、自分の足でもなく、私たちの神、主の御名です。また、私たちの主イエス・キリストの十字架です。それ以外に誇りとするものがあってはなりません。私たちはすぐに自分の肉の力を誇ろうとしますが、それが短所や欠点にもなり得るということを覚え、主の力、聖霊の力を求めようではありませんか。

 

次に、24~28節をご覧ください。「しかしヨアブとアビシャイは、アブネルの後を追った。太陽が沈んだとき、彼ら二人はギブオンの荒野への道を通り、ギアハの反対側にあるアンマの丘までやって来た。ベニヤミン人はアブネルに従って集まり、一団となって、一つの丘の頂に立った。アブネルはヨアブに呼びかけて言った。「いつまでも剣が人を食い尽くしてよいものか。その果ては、ひどいことになるのを知らないのか。いつになったら、兵たちに、自分の兄弟たちを追うのをやめて帰れ、と命じるつもりか。」ヨアブは言った。「神は生きておられる。もし、おまえが言い出さなかったなら、確かに兵たちは、明日の朝まで、それぞれ自分の兄弟たちを追うのをやめなかっただろう。」ヨアブは角笛を吹いた。それで兵たちはみな立ち止まり、それ以上イスラエルの後を追わず、戦いを続けることはなかった。」

 

アサエルが殺されたことを知ると、兄弟ヨアブとアビシャイは必死になってアブネルを追いました。そして太陽が沈むころ、彼らはギアハの反対側にあるアンマの丘までやって来ると、ベニヤミン人がアブネルの呼びかけに応じて彼に従って集まり、一団となって、一つの丘の頂に立ちました。そして、アブネルに呼びかけ、これ以上、兄弟同士の戦いを続けてどうするのか、その果ては、互いにひどいことになるだろう。自分たちを追うのをやめて帰れと言ったので、ヨアブはその提案を受け入れ、それ以上イスラエルの後を追うことをしませんでした。

 

29~32節までをご覧ください。「アブネルとその部下たちは、一晩中アラバを通って行った。そしてヨルダン川を渡り、午前中歩き続けてマハナイムに着いた。一方、ヨアブはアブネルを追うのをやめて帰った。兵たちを全部集めてみると、ダビデの家来十九人とアサエルがいなかった。ダビデの家来たちは、アブネルの部下であるベニヤミン人のうち三百六十人を討ち取っていた。彼らはアサエルを運んで、ベツレヘムにある彼の父の墓に葬った。ヨアブとその部下たちは一晩中歩いて、夜明けごろヘブロンに着いた。」

 

双方の死者は、ヨアブの方がダビデの家来19人と兄弟アサエルがいませんでした。一方、アブネルの方はどうだったかとうと、ダビデの家来たちがアブネルの部下であるベニヤミン人のうち360人を討ちトッテいたので、それだけの犠牲者が出ました。戦いを仕掛けたのはアブネルの方でしたが、そのアブネルの方に多数の死者が出たのです。何とも虚しい結果に終わりました。彼はギブオンの池のそばで決闘を呼びかける前に、その果てがどうなるのかを考えなければなりませんでした。

 

私たちも同じです。自分の思いや感情だけで突っ走ると、このような結果を招くことになります。その前に立ち止まって、祈るべきです。そして、神のみこころは何か、何が良いことで完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えるべきなのです。心の一新によって自分を変えるとは、考え方を変えるということです。自分の考えではなく、神の考え、神のみこころに立つ、ということです。そのためには、神のみことばを学び、それがどういうことなのかをよく考えて、その上に立たなければなりません。そうすれば、神の御霊が私たちを正しい判断と正しい方向へと導いてくださいます。そういう意味ではあのダビデのように、いつも主に伺いながら、一歩一歩前進していく必要があります。主のみこころを求めながら、みこころに歩めるように祈りましょう。

出エジプト記37章

出エジプト記37章から学びます。

 

Ⅰ.契約の箱と宥めのふた(1-9)

 

まず、1~9節までをご覧ください。5節までをお読みします。「ベツァルエルは、アカシヤ材で、長さ二キュビト半、幅一キュビト半、高さ一キュビト半の箱を作り、その内側と外側に純金をかぶせ、その周りに金の飾り縁を作った。箱のために金の環を四つ鋳造し、その四隅の基部に取り付けた。一方の側に二つの環を、もう一方の側にもう二つの環を取り付けた。また、アカシヤ材で棒を作り、それに金をかぶせ、箱を担ぐために、その棒を箱の両側の環に通した。」

 

前回の36章もそうですが、ここでも命令に対する実行という形になっています。ここには、ベツァルエルが箱を作ったことが記されてありますが、これは25:10~16にある神の命令の実行です。この箱とは契約の箱です。中には十戒が書かれた2枚の石の板、マナを入れた金の壺、それにアロンの杖が収められていました。これが幕屋全体の中心でした。つまり、神のみことばこそ幕屋全体の中心であったということです。それは神の臨在を表していました。ヨハネ1:14には、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」とあります。イエス・キリストは、神のことばとして私たちの間に住まわれました。イスラエルの民は、幕屋の中のこの契約の箱を見て神がともにいてくださることを確認したように、私たちは、インマヌエルなる神イエス・キリストを仰ぎ見て、神がともにおられることを確認するのです。この神のことばこそ私たちの信仰生活の中心であり、最も重要なものなのです。

 

この神の契約の箱を作ったのはベツァルエルでした。それ以外のものは心に知恵のあるもの、すなわち、神によって賜物が与えられた人たちによって作られましたが、この契約の箱はベツァルエルによって作られました。彼はこの幕屋建設の棟梁であり監督者でしたが、監督自らがこの製作に当たったのです。なぜでしょうか?それは、これが幕屋全体の中心であり最も重要なものだからです。

 

先日、同盟の総会に出席した際、牧会談話をする機会がありましたが、ある牧師が牧会に疲れた、と言われました。よく話を聞くと、あれもやらなければならない、これもやらなければならないと、やらなければならないことがとても多く、そのすべてをこなすのは難しいということでした。よく話を聞くと、その牧師はいろいろなことに関心があり、そのすべてに首を突っ込んでいるような状態でした。

牧師にとっての誘惑は、あれもこれもやりたがることです。いろいろな刺激を求めたいのです。しかし、それはかえって疲れさせることになります。そのことによって祈りと御言葉に取り組む時間が取れなくなってしまうからです。そして、十分な準備がないまま日曜日の講壇に立つので、今度はそのことで負い目を抱くようになります。それが大きな疲れになるわけです。牧師にとって重要なことは優先順位を確立することです。祈りと御言葉を最優先にしなければなりません。日曜日の説教は毎週必ずやって来ます。そこから逃れることはできません。しかし、そこに取り組めば平安があります。プラス、その中で神が自分自身に御言葉をもって語ってくださるので励まされ、力が与えられます。ですから、牧師が説教の準備に取り組むことは大切なことなのです。それは自分自身だけではなく、群れ全体にとってもそうです。その結果、全体が生き生きすることになります。

ある牧師は、教会はもっと効果的な伝道をすべきだと言います。しかし、一番効果的な伝道は牧師が御言葉に仕えることなのです。そんなに人が救われないようでも、5年、10年経つといつの間に御言葉にしっかりと立つ信徒が増えてくることになります。これが神のなさることです。それが最も効果的な伝道なのです。日本はいま霊的に困難な時代を迎えています。どの教会もかつてのように多くの求道者がいるわけではありません。だからといっていろいろなことをすれば良いというのではなく、むしろ、最も大切なものを大切にしなければなりません。神の御言葉を中心に、それに取り組むことです。そうすれば、神がご自身の教会を建て上げてくださいます。ベツァルエルが直接契約の箱の製作に取り組んだのは、神のみことばこそ幕屋の中心であり、本質的なことであり、最も重要なことであることを理解していたからでしょう。

 

ところで、この箱はアカシヤ材で作られ、その内側と外側に純金がかぶせられました。アカシヤは人間の性質を、そして金は神性を象徴していました。つまり、これは人として現れた神の子キリストを象徴していたのです。それにこれだけの純金がかぶせられたのは、キリストの栄光、神の栄光を表していたからです。前回の箇所で見たように、幕屋の一番外側はじゅごんの皮で作られていました。それは丈夫な素材でしたが、黒っぽい、見るからにみすぼらしいものでした。でも、その内側は神の栄光に輝いていました。イエス・キリストは、外側は何の輝きもないかのように見えますがその内側は神の栄光に輝いておられる方なのです。

 

次に、6~9節をご覧ください。「さらに、純金で「宥めの蓋」を作った。その長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。また、二つの金のケルビムを作った。槌で打って、「宥めの蓋」の両端に作った。一つを一方の端に、もう一つを他方の端に作った。「宥めの蓋」の一部として、ケルビムをその両端に作った。ケルビムは両翼を上の方に広げ、その翼で「宥めの蓋」をおおっていた。互いに向かい合って、ケルビムの顔が「宥めの蓋」の方を向いていた。」

 

さらに、純金で「宥めのふた」を作りました。それは契約の箱を覆うもの。これはギリシャ語で「ヒラステーリオン」という語ですが、「なだめの供え物」という意味です(Iヨハネ2:2)。罪に対する神の怒りをなだめるものです。それは、イエス・キリストの十字架の血を象徴していました。イエス・キリストが十字架で血を流して死んでくださることによって、神の私たちの罪に対する怒りがなだめられ大胆に神に近づくことができるようになったのです。すなわち、私たちの力では神の箱に収められていた神の戒めを守ることはできず、したがって、神に近づくこともできませんが、その契約の箱を覆うかのようにその戒めを完全に守られた方が十字架で死んでくださることによって、その血の贖いを受けた私たちは、神に近づくことができるようになったのです。私たちが罪から救われるのは、イエス・キリストが私たちの身代わりとして十字架にかかっての死なれたことを受け入れ、信じるだけでいいのです。ほかに何の条件もありません。救いはただイエスの血潮を信じるだけです。神のあわれみによるのです。救われるために何か努力をしなければならないとか、奉仕をしなければならないといったことは何もありません。身代わりとなって死んでくだせさったイエスを信じることによってのみです。これが福音です。これが幕屋の中心です。私たちが神にお会いするにはどうしたら良いのでしょうか。この神のあわれみにすがることです。自分では神の御言葉を行うことはできません。そのできない自分を認め、神のあわれみに拠りすがること。それが、私たちが救われる唯一の道なのです。25:22で神は、「そこでわたしはあなたと会見、・・・ことごとく語ろう」と言われました。「そこで」とは、どこで、でしょうか。イエスが身代わりとして十字架で血を流して死んでくださり、神のなだめとなってくださった「そこで」神は私たちに会ってくださるのです。

 

Ⅱ.パンを置く机と燭台(10-16)

 

次に、パンを置く机と燭台です。10~16節までをご覧ください。「彼はアカシヤ材で机を作った。その長さは二キュビト、幅は一キュビト、高さは一キュビト半であった。これに純金をかぶせ、その周りに金の飾り縁を作った。その周りに一手幅の枠を作り、その枠の周りに金の飾り縁を作った。その机のために金の環を四つ鋳造し、四本の脚のところの四隅にその環を取り付けた。その環は枠の脇に付け、机を担ぐ棒を入れるところとした。アカシヤ材で机を担ぐための棒を作り、 これに金をかぶせた。また、机の上の備品、すなわち、注ぎのささげ物を注ぐための皿、ひしゃく、水差し、瓶を純金で作った。」

 

彼はアカシヤ材で机を作りました。彼とはベツァルエルです。これも主が命じたとおりです。彼は、25:23~30で命じられたことを実行したのです。この机は供えのパンの机と呼ばれるもので、至聖所の垂幕に向かって右側に置かれていました。この机には、イスラエル12部族の象徴として12個のパンが置かれていました。この供えのパンはイエス・キリストの型でした。ヨハネ6:35には、「わたしは、いのちのパンです。」とあります。旧約時代、神は荒野でイスラエルの民をマナをもって養われましたが、新約時代においては、イエス様ご自身が私たちの霊の糧となってくださいます。このいのちのパンを食べるとは、イエス・キリストを救い主として信じ、日々そのお方と交わることです。いのちのパンは毎日食べる必要があります。日々のデボーションは、私たちが日々の糧をいただく時です。

 

12節には、この机の周りに一手幅の枠を作りとあります。これはパンがずり落ちるのを防ぐために作られたものです。つまり、イエス・キリストを信じた者は、どんなことがあっても落ちることはないということです。イザヤ書にはそのことが随所に出てきます。神の契約を守らないイスラエルに対して、神はどこまでも契約を守られます。どんなことがあっても彼らが落ちることがないように守ってくださるのです。

 

次に、17~24節をご覧ください。ここには、燭台のことが書かれてあります。「また彼は燭台を純金で作った。その燭台は槌で打って作った。それには、台座と支柱と、がくと節と花弁があった。六本の枝がその脇の部分から、すなわち燭台の三本の枝が一方の脇から、燭台のもう三本の枝がもう一方の脇から出ていた。一方の枝には、アーモンドの花の形をした、節と花弁のある三つのがくが、また、もう一方の枝にも、アーモンドの花の形をした、節と花弁のある三つのがくが付いていた。燭台から出る六本の枝はみな、そのようであった。燭台そのものには、アーモンドの花の形をした、節と花弁のある四つのがくが付いていた。それから出る一対の枝の下に一つの節、それから出る次の一対の枝の下に一つの節、それから出るその次の一対の枝の下に一つの節。このように六本の枝が燭台から出ていた。それらの節と枝は燭台と一体で、その全体は一つの純金を打って作られていた。また、ともしび皿を七つ作った。その芯切りばさみも芯取り皿も純金であった。純金一タラントで、燭台とそのすべての器具を作った。」

 

これも、25:31~39で命じられた通りです。この燭台は、純金1タラントで作られました。1タラントとは約30㎏です。どれほど高価なものであったかがわかります。それはキリストの神性を表していました。これは金を型に流して作られたのではなく、槌(ハンマー)で打って作られました。これはキリストが十字架で打たれたことを表しています。これに台座、支柱、がく、節、花弁がつけられました。アーモンドの花の形をした節と花弁は復活の象徴です。アーモンドは春一番に咲く花です。すなわち、十字架で死なれ、三日目に復活されたキリストご自身の象徴だったのです。そして、その脇の部分からそれぞれ3つの枝が出ていたというのは、キリストの花嫁なる教会のことです(黙示録1:20)。教会はキリストの血をもって買い取られたキリストの花嫁です。キリストという木から出た枝。十字架と復活の主のあかし。それが燭台の光です。キリストは「わたしは世の光です。」(ヨハネ8:12)と言われました。この光を受けた教会も、この世の光です。教会はキリストの光を輝かせなければなりません。この燭台が一つの純金で作られていたのは、教会はキリストと同じ性質が与えられているということです。キリストのように死んで、キリストのように復活する。それがキリストの教会なのです。

 

Ⅲ.香の祭壇と聖なる注ぎの油(25-29)

 

最後に、25~29節を見て終わります。「彼はアカシヤ材で香の祭壇を作った。長さ一キュビト、幅一キュビトの正方形で、高さは二キュビトであった。祭壇から角が出ているようにした。祭壇の上面と、側面のすべて、および角には純金をかぶせ、また、その周りには金の飾り縁を作った。また、その祭壇のために二つの金の環を作った。その飾り縁の下の両側に、相対するように作り、そこに祭壇を担ぐ棒を通した。その棒をアカシヤ材で作り、それに金をかぶせた。ベツァルエルはまた、調香の技法を凝らして、聖なる注ぎの油と純粋な香り高い香を作った。」

 

次に、ベツァルエルが作ったのは香の祭壇でした。これも30:1~10で命じられたことの実行です。これは至聖所の垂幕のすぐ前に置かれました。垂幕の向かい側には契約の箱がありました(30:6)。つまり、これは至聖所に向けられていたということです。それは聖徒たちの祈りを表していました。聖徒たちが神に出会い、神と交わり、生ける神を体験するには祈りが必要であるということです。これは朝毎に、夕暮れにも、煙を立ち上らせなければなりませんでした(29:7-8)。それは常供のささげ物であったのです(30:8)。つまり、聖徒たちはいつも祈りの香を立ち上らせなければならないということです。

 

彼はまた調合法に従って、聖なる注ぎの油と純粋な香り高い香を作りました。これも30:22~33の命令の実行です。聖なる注ぎの油は、神が命じた調合法によって混ぜ合わされました。もし、これに似たものを調合するなら、その者は死ななければなりませんでした。香料もまた、神が命じられたとおりの調合で作られました。これと似たものを作って、これをかぐ者はだれでも、死ななければなりませんでした。

この油は、幕屋のさまざまな器具を聖別するためのものです。祭司も、この油によって聖別されました。メシヤとは、「聖なる油によって聖別された方」を指します。そのようなメシヤの出現を預言者イザヤは預言し(イザヤ61:1)、それが主イエスにあって成就しました。イエスが受けた油注ぎとは、聖霊の油注ぎのことです。

 

イエスは、メシヤとしての働きに必要な力を聖霊から受けましたが、イエスを信じる者には、それと同じ聖霊の油注ぎが与えられます。Iヨハネ2:20,27には、クリスチャンにはこの油がとどまっているとありますが、これが聖霊のことです。この油を聖所の器具に、また祭司に注がれなければなりませんでした。この油が注がれるとき、それは聖なるものとなります。クリスチャンはそのすべての働きにおいて、聖霊の油そそぎが必要であるということです。何一つ肉によって、人間的な力によって行ってはならないのです。聖なる油を注がれ、それによって歩まなければなりません。その模範がイエス・キリストです。ルカ4:18-21を見ると、イエス・キリストにはこの油が注がれていました。ですから、私たちがこの油が注がれるためには頭であるキリストにつながっていなければなりません。詩篇133:1-3をご覧ください。頭に注がれた油は、ひげに、アロンのひげに流れて衣の端にまで滴ります。私たちも主に用いていただくために、聖霊の油注ぎが与えられるように祈りましょう。

伝道者の書6章1~12節「何が人のために良いことなのか」

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伝道者の書6章に入ります。きょうのタイトルは、「何が人のために良いことなのか」です。12節に「だれが知るだろうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを。」とあります。何が人のために良いことなのでしょうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを知ることが出来る人はそれほど多くはいません。でも私たちは神のことばである聖書を通して、それを知ることができます。きょうは、このことについてご一緒に学びたいと思います。

 

Ⅰ.楽しめない財産(1-6)

 

まず、1~6節までをご覧ください。1節には「私が日の下で見た悪しきことがある。それは人の上に重くのしかかる。」とあります。 新改訳第三版では、「私は日の下で、もう一つの悪があるのを見た。それは人の上に重くのしかかっている。」と訳しています。これまで伝道者は、日の下での労苦を見て、「空の空。すべては空。」と語ってきましたが、ここで彼は、もう一つの悪しきことがあるのを見たのです。「もう一つの悪しきこと」とは、「もう一つの不幸」のことです。それはどんなことでしょうか。それは、神から与えられた富を楽しむことができず、ほかの人がそれを奪ってしまうことです。2節には「神が富と財と誉れを与え、望むもので何一つ欠けることがない人がいる。しかし神は、この人がそれを楽しむことを許さず、見ず知らずの人がそれを楽しむようにされる。これは空しいこと、それは悪しき病だ。」

とあります。

「見ず知らずの人」とは「他人」のことです。神から与えられた富と財産が見ず知らずの他人に全部持って行かれてしまうのです。たとえば、自分の土地と建物が差し押さえになったり、競売にかけられたりするというケースです。自分の望む富と名誉をすべて手に入れても、それを楽しむことができないばかりか、それを見ず知らずの人の手に渡ってしまうとしたら、どんなに空しいことでしょうか。

 

そればかりではありません。3節をご覧ください。「もし人が百人の子どもを持ち、多くの年月を生き、彼の年が多くなっても、彼が良き物に満足することなく、墓にも葬られなかったなら、私は言う。彼よりも死産の子のほうがましだと。」

子宝に恵まれ、長寿を全うすることができたらどうでしょう。それは大きな祝福ですが、それでももしその人が人生に満足することなく死に、しかも自分の子供たちから蔑まれ、墓に葬られることもないとしたら、悲しいことです。不幸です。伝道者は言います。それは、日の目を見ずに死産で生まれた子どものほうがはるかにましです。死産で生まれてくるというのは最初から日の目を見ることができないわけですから、それほど悲しいことはないかと思うのですが、そのほうがましだというのです。それほどひどいということです。

このようなことは、4:2~3でも言われていました。4:2には「いのちがあって、生きながらえている人よりは、すでに死んだ死人に、私は祝いを申し上げる。」とあります。これは日の下で行われている一切の虐げを見てのことばです。いのちがあっても、虐げられながら生きるのなら、死んだほうがましだということです。それほど苦しいということです。4:3でも「また、この両者よりももっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行われる悪いわざを見なかった者だ。」とあります。「この両者」とは、「いのちがあって生きながらえている人」と「すでに死んだ死人」のことを指していますが、この両者よりももっと良いのは、今までに存在しなかった者、最初から生まれて来なかった者だというのです。最初から生まれて来なければ、日の下で行われる悪いわざを見ることがないからです。同じようにこの6章でも、もし富と財と誉が与えられていても、それを楽しむことができず、他人がそれを楽しむようなことになったり、どんなに子宝に恵まれても、その子供たちから蔑まれ、人生を楽しむことなく死ぬような人のことを指しています。親にとって子供は自分のいのちよりも大切だと思って育てても、その気持ちが子供に伝わっているかというと必ずしもそうではなく、むしろ、その子供に蔑まれるようなことがあるなら、死産の子のほうがましだ、日の目を見ないほうがましだというのです。これは伝道者がこの世に存在することを否定しているのではなく、日の下で行われている現実がいかに空しいものであるのかを誇張して述べているのです。最初から生まれて来なければ、日の下で行われる悪いわざを見ることはないし、虐げられることもないからです。

 

旧約聖書に出てくるヨブも全ての財産を失い、足の裏から頭の天辺まで、悪性の腫物で打たれました。その時彼は自分が生まれた日を呪って言いました。「私が生まれた日は滅び失せよ」(ヨブ3:3)と。ここで伝道者が「死産の子のほうがましだ」とか、4節で「この子の方が彼より安らかだ」と言っているのは、それだけ、酷いことであるということです。

 

6節をご覧ください。ここには「彼が千年の倍も生きても、幸せな目にあわなければ。両者とも同じ所に行くではないか。」とあります。「千年の倍」とは二千年です。すなわち、どれだけ長く生きても、その命に幸せを見出することができなければ、両者とも同じところに行くわけですから、全く意味がない、と言っています。「両者とも」とは、長寿を全うした人と、死産の子のことです。同じところとは、死ぬことを指しています。どんなに長寿を全うしても、そこに幸せを見出すことができなければ、全く意味はありません。命はその長さではなく質だからです。たとえ千年の倍、二千年生きたとしても同じなのです。

 

このように、すべてのものを神から与えられていてもそれを楽しむことができないとしたら、そのような人の一生は何と不幸なことでしょうか。私たちはこの地上のことであれこれと関心を払い、一生懸命に富を蓄え、健康を維持し、長寿を全うしようとありとあらゆる努力を重ねますが、もしそこに神がいなければ、すなわち、神を無視して生きるとしたら、それは不幸なものなのです。1節には「日の下で」とありますが、それはこのことを指しています。神を無視し、神がいない生涯は、前回のところで学んだように、闇の中で食事をするようなものなのです。それゆえ、私たちは私たちの目を、日の下から日の上に向けなければなりません。この地上にありながら天の御国、永遠のいのちに心を留め、神とともに生きる生活を始めていかなければならないのです。

 

米国の先住民伝道にその若き生涯をささげ、29歳でこの世を去ったデイビット・ブレイナードは、死の床でこう語りました。

「私は永遠の世界へ行きます。永遠を生きることは、私にとって快いことです。

永遠に続くということが、懐かしさを感じさせるのです。

しかし、邪悪な人々の永遠は、いったいどうでしょう。

私はそれを説明したり、考えたりすることができません。

それを考えること自体が、あまりにも恐ろしいことです。」

 

邪悪な人々の永遠は暗闇です。それが地獄です。それはこの地上ですでに始まっています。もし、神がともにいなければ、暗闇の中を生きるようになります。ですから、罪を悔い改めて神に立ち返らなければなりません。救い主イエス・キリストを信じて、心に受け入れなければならないのです。デービッド・ブレイナードの生涯は29年という短いものでしたが、実に快いものでした。充実していました。なぜなら彼は、永遠を見つめていたからです。日の下での生涯、この地上の生涯は、まばたきをするようにほんの一瞬にすぎません。しかし、永遠の世界はいつまでも続きます。その永遠に目を向けて生きることで、神から与えられたものに満足し、それを楽しむことができるようになります。神が与えてくださった日常の中で、御言葉と祈りを通して人生の意味を見出し、与えられたものに感謝しながら、大いに楽しむことができるのです。

 

Ⅱ.満たされない食欲(7-9)

 

次に、7~9節をご覧ください。「人の労苦はみな、自分の口のためである。しかし、その食欲は決して満たされない。知恵のある者は、愚かな者より何がまさっているだろう。人の前でどう生きるかを知っている貧しい人も、何がまさっているだろうか。目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる。これもまた空しく、風を追うようなものだ。」

 

「人の労苦はみな、自分の口のためである。」これはどういうことかというと、人はみな食うために働いている、ということです。私はよく「あなたは何のために生きていますか」と聞くことがありますが、その答えで一番多いのがこれです。「私は食うために生きている」。しかし、不思議なことに、その食欲が満たされることは決してありません。収入が増えれば、それだけ欲しいものも増えるからです。ですから、どんなに働いても欲望が満たされることはないのです。

 

「知恵のある者は、愚かな者より何がまさっているだろう」知恵がある者も、愚かな者も同じである、ということです。どんなに知恵があっても、欲望を押さえることができなければ、愚か者となんら変わりがありません。貧しい人々の中にも、いかに生きるべきかを知っている人がいますが、しかし、そのような人でさえ、より多くの物を所有したいという欲望に打ち勝つことができなければ、結局のところ愚か者と同じことなってしまいます。

 

結局、「目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる。」のです。どういうことでしょうか。これは謎めいた言葉です。新改訳改訂第3版ではこれを、「目が見るところは、心があこがれることにまさる。」と訳しています。「欲望のひとり歩き」を、「心があこがれること」と訳したんですね。どうですか、皆さん、わかりますか?もうちょっとわかりやすいかもしれませんね。目で見えるものに満足することは、心であこがれることを追い求めることよりもまさる、ということです。

もっとわかりやすいのは新共同訳ではないかと思います。新共同訳ではこのように訳しています。「欲望が行きすぎるよりも 目の前に見えているものが良い。」つまり、もっと良いものを、もっと良いものをと、もう少し上の贅沢を追い求めて生きるよりも、目の前に置かれた食事で満足するほうが良い、ということです。まあ、これを何も食事に限定することはないと思います。食事でも、物でも、置かれた状況でも同じです。つまり、自分に与えられているものです。ことわざに、「隣の芝生は青く見える」ということわざがありますが、他人が持っているものは、自分のものよりよく見えるものです。それでもっと良いものを、もっと良いものをと、欲望が満たされることを求めて走り回りがちですが、それよりも今自分に与えられたものを感謝して生きることのほうがずっと良いのです。

 

どうでしょう、現代は本当に忙しい時代ですね。少しも心休まる時がありません。一つの事が終わったらまた次のことをしなければなりません。次から次にやらなければならないことがあるのです。いったい何が問題なのでしょうか。「目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる」です。もっと欲しい、もっと欲しいと、欲望が満たされることを求めて走り回ることです。あれも、これもしようと思えば、どんなに時間があっても足りません。私はいつもいろいろな機会に言うのですが、私たちの指は10本しかありません。その10本の指を何に使うかを考えなければならないのです。もし10本の指をすべて仕事のために使えば、残りの指は無くなってしまいます。限られたもの、時間なり、お金なり、体力といったものを何に使うのかよく祈って求めなければなりません。イエス様はこう言われました。「まず神の国とその義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:33)まず、神の国とその義を求めなさい。まず、神の国とその義を求めるのです。そのために、何本の指を使うかわかりませんが、まず神の国とその義のために使い、食べ物や飲み物、着物など残りのことのために、残りの指をバランスよく用いなければなりません。そうすれば、それに加えてすべてのものが与えられます。大切なのは時間があるか、ないかということではありません。何のために用いるかということです。神のために、神との交わりのために用いるなら、それに加えて、すべてのものが与えられます。そのためには、自分に与えられたものを感謝し、それを満足することを学ばなければなりません。

 

人は何かを手に入れることで満足を得られるのではないかと考えますが、実際にはそうではありません。人の満足というのは何かを手に入れることによって得られるものではなく、その心がどうであるかで決まります。それは条件の問題ではなく、心の問題だからです。基本的な欲求は神から与えられたものですが、それを越えた欲望、貪欲は、神から離れた空白から生じます。ですから、あらゆるものをつかんでも、次から次に空しさや飢え渇きが襲ってくるのです。ですから、目の前に置かれた食事で満足するほうが、もっと良いものを、もっと良いものをと、欲望がひとり歩きするよりも良いのです。

 

箴言17:1には、「一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる。」とあります。これは私が好きな御言葉の一つです。日本の多くの家庭では外面的には物であふれていて、一見、幸せそうに見えますが、実際には争いが絶えず、本当に平和な家庭は稀にしかないというのが現実です。人間は対物ではなく対人関係の中に生きていますから、対人関係が良くないとどんなに物が溢れていても幸せではないのです。その対人関係が豊かであるためには神を恐れ、神の知恵をいただき、その知恵に生きることが必要です。そうでなければ、空しく、風を追うような人生となってしまいます。その知恵、神の知恵とは何でしょうか。「目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる」ということです。ぜひこのことを心に留めていただきたいと思います。

 

おそらくこれは、だれよりもこの伝道者ソロモン自身が痛感していたことでしょう。彼は、美しい宮殿に住み、多くの女性に囲まれながら、毎日のように贅沢な生活をしていましたが、それでも心が満たされませんでした。彼はおいしいご馳走をいっぱい食べても、争いに満ちた家に住むよりも、心の底からの平安を求めていたのです。

 

それは、ソロモンだけではありません。ご馳走なんてなくてもいい、豪邸になんか住まなくてもいい、本当の平和な家庭が欲しい!と思っている人は、案外と多いのではないでしょうか。家庭の平和と真の幸福は、決して物質の豊かさにあるのではない、と聖書は教えています。人間が神と和解するために、神がお遣わしになった救い主イエス・キリストを信じ受けて入れる時に心に平和と喜びと満足が与えられ、神との交わりを楽しむことができ、また、他人の過ちや失敗を心から赦し、愛することができるようになります。

 

少し前に「赦しの力」という映画を観ました。素晴らし映画です。ぜひ皆さんにも観ていただきたいと思いますが、この映画は、高校でクロスカントリー競技をしていたハンナという少女の話です。彼女はある時コーチのジョンから父親が病院に入院していることを聞きます。彼女の父親もかつてクロスカントリーをやっていて、州で3位に入るほどの実力者でしたが、次第に傲慢になり、酒と麻薬と女に溺れ、人生のどん底に落ちてしまいました。当然、妻とも別れ、生まれたばかりの娘ハンナも妻の母親に預けたのです。

あれから15年、彼は、神のあわれみによって神に立ち返ることができ、悔い改めて、イエス・キリストを救い主と信じ、すべての罪が赦され、神の子とされて新しい人生を歩むことができました。しかし、その代償は大きく、糖尿病などの合併症によって両目の視力を失ったばかりか、今は死を待つばかりの状態になっていました。

驚いたのはハンナの方です。というのは、彼女は、両親は彼女が生まれるとすぐ死んだと祖母から聞かされていたからです。自分を捨てていなくなったなんて寝耳の水でした。今さらそんな父親を赦すことなどできません。それでも父親に会いに病院に行ったハンナは、彼にはっきりと言うのです。「私は、あなたを赦しません」それはそうでしょう。自分を捨てた父親を赦すことなどできません。父親は、どんなことがあったのかを正直に話し、そんな自分を神があわれんでくださったので神に立ち返ることができたことを伝えました。

そんな時、彼女が通う学校の校長先生から、神がどれほどハンナを愛しておられるのかを聞くのです。神はそのためにご自分の御子イエス・キリストを与えてくださったと。それを聞いたハンナは、自分の罪を認め、イエス様を信じて心に受け入れました。そして校長先生のアドバイスにしたがってエペソ書1,2章を読みながら自分が何者であるかをノートに書き止めるのです。自分は罪が贖われた者、罪が赦された者、神の子、クリスチャン。彼女は罪が赦されたその大きな神の愛のゆえに、父親を赦そうと決心しました。そして、病院に行ってみると彼はICUに入っていましたが、そのことを告げたのです。

そして、クロスカントリーの州大会で、コーチのジョンはある秘策を思いつきました。レースをイメージさせて父親に彼女へのアドバイスを録音させたのです。それを聞きながら走った彼女は、奇跡的に州大会で優勝するのです。そして、金メダルを病院のベッドにいる父親の首にかけてやるのですが、神に赦された、赦しの力がどれほど大きなものであるかを強く感じました。

 

イエス・キリストは、あなたの罪のために、身代わりとなって十字架で死んでくださいました。そして、三日目によみがえられました。この方を信じる時、あなたのすべての罪は神の前に赦され、本当の意味で幸福な者となることができます。当然、その結果として家庭にも平和が訪れるのです。そうした貪欲からも解放されます。目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさるという、このみことばを実践できるようになるのです。

 

Ⅲ.神は知っている(10-12)

 

最後に、10~12節をご覧ください。「存在するようになったものは、すでにその名がつけられ、それが人間であることも知られている。その人は、自分より力のある者と言い争うことはできない。多く語れば、それだけ空しさを増す。それは、人にとって何の益になるだろうか。だれが知るだろうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを。だれが人に告げることができるだろうか。その人の後に、日の下で何が起こるかを。」

 

存在しているものはすべて名前がつけられています。それは「人間」についても言えることです。人間とはどのようなものなのかも神に知られているのです。神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれました。それで人は生きるものとなったのです(創世記2:7)。ですから、地のちりにすぎない者が、創造主に対して言い争うことなどできません。この「自分より力ある者」を「死」と解釈し、人は死に逆らうことはできないと理解する人もいますが、ここでは「神」のことであると解釈すべきです。というのは、その後の11節には「多く語れば、それだけ空しさを増す」とあるからです。これは、神の定めにいくら言い逆らったとしても、それはただ空しさを増すだけだという意味です。つまり、ここで伝道者が言わんとしていたことは、私たち人間がどのような者であるかを知っておられる神と言い争っても、何の意味もないということです。

 

それなのに、私たちは愚かにもこの「力ある方」と言い争うことがあります。なぜですか?なぜこのようなことが起こるのでしょうか。なぜ夫は私を捨てたのですか。なぜ仕事に失敗したのでしょうか。なぜこんな災いがふりかかったのですか。なぜですか・・と。しかし、どんなに神と言い争っても事態は何も変わりません。むしろ、多く語れば語るほど、それだけ空しくなるだけです。それは、人にとって何の益にもなりません。むしろ、人間の限界を悟り、その人間を造られた神を恐れることです。そして、変わらない神の真実に目を向けることです。神はあなたをどんなに愛しておられるか、そのために、神はご自分の御子をあなたに与えてくださいました。自分のいのちよりも大切な御子イエス・キリストをお与えになられたのです。それほどまであなたを愛しておられるのです。ヨハネ3:16には「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」とあります。

神はそれほどまでに、あなたを愛しておられるのです。何があっても私は愛されている。そのために御子を与えてくださったほどに愛されているんだと、この事実に目を留めて、神と言い争うのを止めなければなりません。そうすれば、たましいに安らぎが来ます。私たちの心に平安がないのはこの御言葉の約束の上に立たないで、自分の感情の上に立っているからです。それで、神様どうしてですか、と神と言い争うのです。でも事態は何も変わりません。結果的に、自分がみじめになるだけです。ではどうしたら良いのでしょうか。12節をご覧ください。ご一緒に読みたいと思います。「だれが知るだろうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを。だれが人に告げることができるだろうか。その人の後に、日の下で何が起こるかを。」

 

影のように過ぎて行く、短く、むなしい人生において、何が人のために良いことなのでしょうか。そのことを人に告げることができる人はだれもいません。だれも将来何が起こるのかを教えてくれることもできません。でも神は知っています。何が人のために良いことなのかを。何が人にとって必要なことなのかを。何が人にとっての真の幸福なのかを。神は私たちに対する完全なご計画を持っておられるのです。そこには痛みや悲しみもあるかもしれませんが、それは神のご計画の一部でしかありません。私たちに求められているのは、私たちは神と言い争ったり、神を呪ったりするのではなく、神を恐れ、すべてを神にゆだねて生きることです。これが、この書全体の結論です。12:13、「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」

 

パウロはこのことを、陶器師と陶器のたとえで説明しています。陶器師は同じ土のかたまりから、あるものは尊いことに用いる器に、別のものは普通の器に作る権利を持っています。造られた者が造った者に、「どうして私をこのように造ったのか」などと言うことはできません。どのように造るかは、それを造る陶器師の手(思い)にかかっているからです。私たちにできることは、その陶器師であられる神によって造られていることを感謝し、その神を恐れ、神のみこころに生きることです。それこそ真の満足が与えられる、幸せで祝福された人生なのです。

 

あなたはどうですか。自分より力ある方と言い争ってはいませんか。「主よ、どうしてですか。どうしてこのようなことを見て何ともお思いにならないのですか。どうしてこのようなことが起こるのですか・・・。」しかし、私たちの主は私たちを造られた創造主です。その方にすべてをゆだね、この方を恐れて生きること、それこそ私たち人間にとってすべてなのです。

Ⅱサムエル記1章

きょうからサムエル記第二に入ります。

 

Ⅰ.アマレク人の報告(1-10)

 

まず、1-10節をご覧ください。「サウルが死んだとき、ダビデはアマレク人を打ち破って帰って来ていた。その後ダビデは二日間、ツィクラグにとどまっていた。すると三日目に、見よ、一人の男がサウルのいた陣営からやって来た。衣は裂け、頭には土をかぶっていた。彼はダビデのところに来ると、地にひれ伏して礼をした。ダビデは言った。「どこから来たのか。」彼は言った。「イスラエルの陣営から逃れて来ました。」ダビデは彼に言った。「状況はどうか。話してくれ。」彼は言った。「兵たちは戦場から逃げ、しかも兵たちの多くの者が倒れて死にました。それに、サウルも、その子ヨナタンも死にました。」

ダビデは、報告をもたらしたその若い者に言った。「サウルとその子ヨナタンが死んだことを、どのようにして知ったのか。」報告をもたらしたその若い者は言った。「私は、たまたまギルボア山にいましたが、見ると、サウルは自分の槍にもたれ、戦車と騎兵が押し迫っていました。サウルが振り返って、私を見て呼びました。私が『はい』と答えると、私に『おまえはだれだ』と言いましたので、『私はアマレク人です』と答えますと、 『さあ、近寄って、私を殺してくれ。激しいけいれんが起こっているが、息はまだ十分あるから』と言いました。私は近寄って、あの方を殺しました。もう倒れて生き延びることができないと分かったからです。私は、頭にあった王冠と、腕に付いていた腕輪を取って、ここに、あなた様のところに持って参りました。」」

 

前回のところで、サウルとその3人の息子たち、そして、イスラエルの兵士たちはギルボア山でペリシテ人との戦いで敗れ、打ち殺されたことを見ました。サウルに至っては自分の道具持ちに彼の剣を抜いて刺し殺してくれるように頼みましたが、道具持ちはそのようにすることを恐れてしなかったので、自分の剣を抜き、その上に倒れ込んで自殺しました。何とも悲しい最期でした。しかし、サウルの生涯のすべてがダメだったというわけではなく、彼は良いことも行ったのでその報いも受けました。それがヤベシュ・ギルアデの人たちによって丁重に葬られたという出来事です。

 

そのサウルが死んだとき、ダビデはアマレク人を打ち破り、ツィケラグに帰って来ていました。アマレク人はダビデたちが留守中にツィケラグを襲い、これを火で焼き払い、そこにいた女たちや子どもたちをみな捕らえ、自分たちのとこへ連れ去って行ったのですが、彼はアマレク人を追って行き、彼らと戦って勝利し、アマレクが奪い取ったものをすべて取り戻したのです。その戦いから帰って二日間ツィケラグにとどまっていましたが、三日目に、一人のアマレク人の男がサウルのいた陣営からダビデのもとにやってきました。彼の衣は裂け、頭には土をかぶっていました。これは、悲しい出来事が起こったということです。

 

ダビデが彼に、「どこから来たのか」と言うと、彼は「イスラエルの陣営から逃れて来ました」と言うので、サウルとヨナタンのことを気にかけていたダビデは、その状況について尋ねました。すると彼は、イスラエルは敗北し、多くの兵たちは戦場から逃げ、倒れて死んだこと、それにサウルとヨナタンも死んだということを報告しました。彼はどのようにしてそのことを知っていたのでしょうか。ダビデは、報告をもたらしたその若い者にそのことを尋ねると、彼は、自分はたまたまギルボア山にいたのだが、サウルが自分の槍にもたれ死にそうになっていたとき、サウルから自分を殺してほしいと言われたので、最後のとどめを刺したと答えました。その証拠にサウルがかぶっていた王冠と、腕につけていた腕輪を取って、ダビデのところに持って来て見せたのです。いったいなぜ彼はそんなことをしたのでしょうか。

 

彼は、次の王となるはずのダビデがサウルの死を喜び、とどめを刺した自分に褒美をくれるのではないかと思ったのです。しかし、次のところを見るとわかりますが、ダビデはサウルの死を喜ぶどころか悲しみました。確かにダビデはこれまでサウルの手から逃れていました。そして神が自分とサウルの間をさばいてくださる、と言っていました。しかし彼は、サウルの死を喜びませんでした。彼はサウルの死を望んでいなかったのです。そのような状況の中でも、すべてを主にゆだねていたからです。主にゆだねるなら、主が最善の時に道を開いてくださると信じていたのです。ここに、このアマレク人との思惑のズレがありました。彼は人間的な思いからきっとダビデがサウルを憎み、彼が殺されたことを喜ぶに違いないと思い、そのことを報告した自分に何らかの報酬が与えられると思いましたが、実際にはその逆でした。そういうことがよくあるのではないでしょうか。聖書を読むとき自分の思いが強すぎて、自分の思いを正当化するかのようにそれを受け止めるも、実際には、神のみこころとズレていたということがよくあります。大切なのは自分の思いではなく、神のみこころは何か、何が良いことで神に受け入れられることなのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えることです。心を変えるとは考え方を変えるということです。神のみことばを神のみことばとして受け入れ、神の考え方に生きることです。ダビデのように、すべてを主にゆだね、主が導いてくださる最善を待ち望むことなのです。

 

Ⅱ.サウルとヨナタンの死を悼み悲しんだダビデ(11-16)

 

次に、11~16節をご覧ください。「ダビデは自分の衣をつかんで引き裂いた。ともにいた家来たちもみな、そのようにした。彼らは、サウルのため、その子ヨナタンのため、また【主】の民のため、イスラエルの家のために悼み悲しんで泣き、夕方まで断食した。サウルらが剣に倒れたからである。ダビデは自分に報告したその若い者に言った。「おまえはどこの者か。」彼は言った。「私はアマレク人で、寄留者の子です。」ダビデは彼に言った。「【主】に油注がれた方に手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか。」ダビデは家来の一人を呼んで言った。「これに討ちかかれ。」彼がその若い者を討ったので、若い者は死んだ。ダビデは若い者に言った。「おまえの血は、おまえの頭上に降りかかれ。おまえ自身の口で、『私は【主】に油注がれた方を殺した』と証言したのだから。」」

 

アマレク人の若者の報告を聞いたダビデはどうしたでしょうか。彼は自分の衣を掴んで引き裂きました。ともにいた家来たちもみな同様にしました。彼らはサウルため、その子ヨナタンのため、また主の民のため、悼み悲しんだのです。彼らは、その死を悼み悲しんで泣き夕方まで断食をしました。このアマレク人が予測していたこととは反対のことでした。なぜダビデはサウルの死を悼み、悲しんだのでしょうか。自分の命を狙ってつき待っていたサウルが死んだのです。「ああ、よかった!これで安心だ」と喜んでも良かったのではないでしょうか。それなのに彼は喜ぶどころか、深く悲しみました。そこには、二つの理由がありました。

 

まず、箴言24:17をご覧ください。ここには「あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、心躍らせてはならない。」とありますが、ダビデはこのみことばに生きていたのです。あなたの敵が倒れたなら、「ざまあみろ!」と言いたくなるところでしょう。しかし彼はそれが神のみこころでないことを知っていました。主のみこころは、あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない、とあるからです。これは私たちクリスチャンにも言えることです。私たちもダビデのように自分の感情に流されて生きるのではなく、主のみことばに生きる者でなければなりません。そういう人は、神からも、人からも認められるようになるのです。

 

もう一つのことは、Ⅰ歴代誌16:22を見るとわかります。そこには、「わたしの油注がれた者たちに触れるな。わたしの預言者たちに危害を加えるな。」とあります。これが神のみこころです。たとえサウルが間違ったことを行なったとしても、彼を引き倒そうとする試みは間違っていることを彼は知っていました。なぜなら、サウルは神に油を注がれた者だからです。神が油注がれた者には、神が立て、神が倒してくださいます。他人が関わるべきことではありません。ですからダビデは、自分から手を下すことは一切しなかったのです。

 

それに対してこのアマレク人はどうでしたか?ダビデが「おまえはどこの者か」と尋ねると、彼は、「私はアマレク人で、寄留者の子です。」と答えています。「寄留者」とは在留異国人ということです。彼はイスラエルにいる在留異国人の子どもであったのです。その真偽はわかりませんが、もしこれが本当だとすれば、彼はサウルのしもべということになります。それなのに、主に油注がれた方に手を下して殺すとはどういうことでしょう。そこでダビデは家来の一人を呼んで、これに討ちかかるように命じました。それは神に背く行為であったからです。

 

ここに、ダビデの徹底した主にゆだねる姿勢を見ることができます。このようなダビデの信仰は、神を知らない異邦人にはなかなか理解できないことです。神を知らない人の判断とクリスチャンの判断とでは本質的に違うからです。しかし、クリスチャンはこの世にいながら、この世のものではありません。クリスチャンは神のものであり、神のみこころに従って生きている者です。それゆえ、クリスチャンの判断とその行動の基準は、神によって動かされるものでなければなりません。日々の生活の中で私たちはどのような基準で生きているのかをもう一度思い直し、神に喜ばれることを選び取っていきたいと思います。

 

Ⅲ.ダビデの哀歌(17-27)

 

最後に、17~27節までを見て終わりたいと思います。ダビデは、サウルのため、また、その子ヨナタンのために哀歌を歌いました。「イスラエルよ、君主はおまえの高き所で殺された。ああ、勇士たちは倒れた。これをガテに告げるな。アシュケロンの通りに告げ知らせるな。ペリシテ人の娘らを喜ばせないために。無割礼の者の娘らが喜び躍ることがないために。ギルボアの山よ。高原の野よ。おまえたちの上に、露は降りるな。雨も降るな。そこでは勇士たちの盾が汚され、サウルの盾に油も塗られなかったからだ。殺された者の血から、勇士たちの脂から、ヨナタンの弓は退くことがなく、サウルの剣も、空しく帰ることがなかった。サウルもヨナタンも、愛される、立派な人だった。生きているときも死ぬときも、二人は離れることはなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。イスラエルの娘たちよ、サウルのために泣け。サウルは、紅の衣を華やかにおまえたちに着せ、おまえたちの装いに金の飾りを着けてくれた。ああ、勇士たちは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンはおまえの高き所で殺された。あなたのために私はいたく悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ。あなたは私を大いに喜び楽しませ、あなたの愛は、私にとって女の愛にもまさって、すばらしかった。ああ、勇士たちは倒れた。戦いの器は失せた。」

 

「ヤシャルの書」とは、ヨシュア記10章13節に、「これは『ヤシャルの書』に確かに記されている。」とあるように、イスラエルの歌を編集した書物のようです。ヨシュア記の詩は、主がアモリ人をイスラエルの手に渡された時、ヨシュアが歌った歌です。日が沈んでしまうと、彼らを追跡することができなくなるので、ヨシュアは日が沈まないようにと主に祈りました。太陽よ、止まれ!と命じたのです。すると、民がその敵に復讐するまで、日は動かず、月はとどまりました。主がこのような祈りを聞かれたことは、先にもあとにもありません。その詩が記されたのが「ヤシャルの書」です。そのヤシャルの書に、このダビデの哀歌が記されたのです。それは、このことをしっかりと記録することで、ユダの子らに教えるためです。ここには「弓を教えるためのもので」とありますが、この哀歌は「ヤシャルの書」に載せられ、「弓」という名で歌い継がれることになりました。

 

この哀歌は、三つの部分から構成されています。「ああ、勇士たちは倒れた」ということばが、各部分の始まりとなっています。

その最初の部分は、19~24節です。19節の「君主」とは、サウルとヨナタンのことです。そして「おまえの高き所」とはギルボア山のことです。この山はイスラエル人が住んでいるところにある山でしたが、サウルとヨナタンはそこで倒れました。

 

20節の「ガテ」と「アシュケロン」とは、ペリシテの主要な都市のことです。このことをペリシテ人に告げ知らせないようにというのです。なぜなら、そのことを聞いたペリシテ人が喜ぶことになるからです。

 

21節でダビデは、ギルボア山を呪っています。「露は降りるな。雨も降るな」とは、水を提供するな、それを断つようにという意味です。現在でもギルボア山の北側の山腹は植林が行なわれず、はげた状態になっているそうです。それはイスラエル人がそこに植林をしないからです。イスラエルは、荒地に木々を植えていくことによってあの地を豊かにしましたが、そこに植林をしなかった理由は、ダビデのこの哀歌によるものです。

 

22節と23節では、サウルとヨナタンを称えています。サウルとヨナタンは一生涯離れることなくともに戦った立派な戦士であり、だれからも愛されるべき勇士でした。

 

24節には、イスラエルの民にサウルの死を悼み悲しむようにと歌っています。なぜなら、サウルはイスラエルの民に紅の衣を華やかに着せ、彼らの装いに金の飾りを着けてくれたからです。すなわち、物質的祝福を与えるために心を尽くして戦ってくれたからです。

 

25~27節をご覧ください。第二と第三の部分です。ここでダビデは、親友ヨナタンの死を悼んでいます。その生前の愛と友情を思い、「あなたは私を大いに喜び楽しませ、あなたの愛は、私にとって女の愛にもまさって、すばらしかった。」と歌っています。これは、異性との間にある愛とは全く異なった種類の愛です。ですから、これはダビデがそのような性癖があったとか、自分の妻たちとそれほど関係が深くなかったということではありません。それほどにヨナタンとの友情が深かったということです。それは契約に基づいた友情でした。

 

そしてそれは、私たちと神との関係も同じです。神は、キリストの十字架の贖いを信じる者を義と認めてくださいました。そのすべての罪を赦してくださると約束してくだったのです。どんなことがあっても、です。どんなことがあっても、あなたを見捨てたり、見離したりはしません。それは神との契約なのです。ダビデとヨナタンにあった友情の契約は、私たちと神との関係を思い出させてくれます。イエス様もまた、私たちをこよなく愛しておられます。そのような関係にあることは何と幸いなことでしょうか。私たちもダビデがヨナタンとの友情を称えたように、主に愛に感謝し、その愛に心から応答する者でありたいと思います。

出エジプト記36章

出エジプト記36章から学びます。

Ⅰ.あり余る奉仕(1-7)

まず、1~7節までをご覧ください。「ベツァルエルとオホリアブ、および、聖所の奉仕のあらゆる仕事をする知恵と英知を【主】に授けられた、心に知恵ある者はみな、すべて【主】が命じられたとおりに仕事をしなければならない。」モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および【主】が心に知恵を授けられた、すべて心に知恵ある者、またその仕事をするために進み出ようと、心を動かされた者をみな呼び寄せた。彼らは、 聖所を造る奉仕の仕事のためにイスラエルの子らが持って来たすべての奉納物を、モーセから受け取った。しかしイスラエルの子らは、 なおも朝ごとに、進んで献げるものを彼のところに持って来た。そこで、聖所のすべての仕事をしていた知恵のある者はみな、それぞれ自分がしていた仕事から離れてやって来て、モーセに告げて言った。「民は何度も持って来ます。【主】がせよと命じられた仕事のためには、あり余るほどのことです。」それでモーセは命じて、宿営中に告げ知らせた。「男も女も、聖所の奉納物のためにこれ以上の仕事を行わないように。」こうして民は持って来るのをやめた。手持ちの材料は、すべての仕事をするのに十分であり、あり余るほどであった。」

モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、及び主が心に知恵を授けられた、すべての心に知恵ある者、また、その仕事をするために進み出ようと、心を動かされた者をみな呼び寄せました。「主が心に知恵を授けられた、すべて心に知恵ある者」とは、そのために聖霊の賜物と知恵が与えられている人のことで、「その仕事をするために進み出ようと、心を動かされた者」とは、その仕事をするために進み出ようと、聖霊によって心を動かされた人たちです。神の御業はこのような人たちによって成し遂げられていくのです。

しかし、ここで問題が生じました。どんな問題でしょうか。それは、彼らは聖所を造る奉仕の仕事のためにイスラエル人が持って来た奉納物をモーセから受け取ったわけですが、イスラエルの民が朝ごとにささげ物を持ってきたので、あり余るほどになってしまったということです。彼らはモーセのところに来て、現状を伝えました。「民は何度も持って来ます。主がせよと命じられた仕事のためには、あり余るほどです。」

イスラエルの民がいかに感動して、進んでささげていたかがわかります。教会で、献金があり余るほどなのでもう持ってこないでください、という話は聞いたことがありません。どうして彼らはこんなに喜んでささげたのでしょうか。それは、あの金の子牛を拝むという罪を悔改めたことでその罪が赦されたこと、そして、栄光の主が彼らとともにおられるということを実感したからでしょう。すなわち、罪が赦された喜びのゆえです。ダビデは、詩篇32:1で「幸いなことよ。その背きの罪を赦され、罪を覆われた人は。」と歌っていますが、罪が赦されること、それほど大きな喜びはありません。そのような人と、主がいつもともにいてくださるからです。イスラエルの民には、その喜びが溢れていたのです。それで、

主の幕屋の建設のために、喜んでささげたいと思ったのです。

Ⅱ.幕(36:8-19)

次に、8~19節までをご覧ください。「仕事に携わっている者のうち、心に知恵ある者はみな、 幕屋を十枚の幕で造った。幕は、撚り糸で織った亜麻布、 青、 紫、 緋色の撚り糸を用い、意匠を凝らしてケルビムを織り出した。幕の長さはそれぞれ二十八キュビト、幕の幅はそれぞれ四キュビト、幕はみな同じ寸法とした。五枚の幕を互いにつなぎ合わせ、もう五枚の幕も互いにつなぎ合わせた。つなぎ合わせたものの端にある幕の縁に、青いひもの輪を付け、もう一つのつなぎ合わせたものの端にある幕の縁にも、そのようにした。その一枚の幕に五十個の輪を付け、もう一つのつなぎ合わせた幕の端にも五十個の輪を付け、その輪を互いに向かい合わせにした。金の留め金を五十個作り、その留め金で幕を互いにつなぎ合わせ、こうして一つの幕屋にした。また、幕屋の上に掛ける天幕のために、やぎの毛の幕を作った。その幕を十一枚作った。幕の長さはそれぞれ三十キュビト、幕の幅はそれぞれ四キュビト、その十一枚の幕は同じ寸法とした。そのうち五枚の幕を一つに、 もう六枚の幕も一つにつなぎ合わせ、つなぎ合わせたものの端にある幕の縁には五十個の輪を付け、もう一つのつなぎ合わせた幕の縁にも五十個の輪を付けた。青銅の留め金を五十個作り、天幕をつなぎ合わせて一つにした。天幕のために、赤くなめした雄羊の皮で覆いを作り、さらに、その上に掛ける覆いをじゅごんの皮で作った。」

これは26章の繰り返しです。内容がほとんど同じです。一見、無味乾燥に思える繰り返しのようにも見えますが、実はそうではありません。このように、同じことが繰り返して書かれている時は、それなりに重要であるということです。ではどういう点でこの記述が重要なんのでしょうか。それは、26章で語られた内容をここで実行したという点においてです。すなわち、命令と実行の関係になっているということです。それはどういうことかというと、イスラエルの民は神から与えられた命令を忠実に守って実行したということです。

 

8節には、幕屋の幕とその上に掛ける天幕について記されてあります。この幕は、撚り糸で織った亜麻布、青、紫、緋色の撚り糸でおられたもので、ケルビムの刺繍が施して造られました。幕は全部で10枚でしたが、その幕5枚を互いにつなぎ合わせ、また、ほかの幕5枚も互いにつなぎ合わせました。そのつなぎ合わせた物の端にある幕の縁に、青いひもの輪を付け、ほかのつなぎ合わせた物の端にも同じようにしました。その1枚の幕に50個の輪を付け、ほかのつなぎ合わせた幕の端にも50個の輪を付けて、その輪を互いに向かい合わせにしました。そして金の留め金50個を作り、その留め金で、幕を互いにつなぎ合わせて、一つの天幕にしました。この「留め金」は26章の説明にあったように、キリストの神性と力を象徴していました。つまり、この2枚の幕を結び付けるのは、キリストによるということです。これは神と私たち人間のことであり、ユダヤ人と異邦人のことを象徴していました。これはただ神の愛、神の恵みによって結び合わされるのであって、私たちの力や働きによるのではありません。

 

また、天幕の上に掛ける幕のために、やぎの毛でおった幕を作りました。全部で11枚です。その5枚の幕と6枚の幕も一つにつなぎ合わせなければなりませんでした。つなぎ合わせたものの端にある幕の縁には50個の輪を付け、もう一つのつなぎ合わせた幕の縁にも50個の輪を付けました。しかし、それを留める留め金には「青銅の留め金」が用いられました。なぜ「青銅の留め金」だったのでしょうか?内側の幕には金の留め金が用いられましたが、ここでは青銅の留め金です。それは、神のさばきを象徴していたからです。黒の幕が青銅の留め金でつなぎ合わされていたのは、人の罪に対する神のさばきを表していました。イエス・キリストは、まさに私たちの罪のために神のさばきを受けられたのです。

 

やぎの毛の幕の上にさらに覆いが2枚用いられました。どのような幕ですか。赤くなめした雄羊の皮で作った覆いと、その上にはじゅごんの皮で作った覆いです。「赤くなめした雄羊の皮」は、雄羊の身代わりを象徴していました。やぎの毛でできた黒い「天幕」はすべての罪の象徴ですから、それを覆うのは「赤くなめした雄羊の皮」でなければならなかったのです。Ⅰペテロ1:18-19には、「ご存じのように、あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」とあります。傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、キリストの尊い血こそ、私たちの罪を贖うことができるものです。

「私たちは、この御子の内にあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによる事です(エペソ1:7)。

 

また、「じゅごん」というのは紅海に生息していた動物で、アザラシのことではないかと考えられていますが、これは風雨にさらされても大丈夫な皮です。それは、どんなに強大な嵐が襲って来ても大丈夫な屋根であることを示しています。しかし、それはとりわけ人の目を引くような魅力あるものではありません。誰も入りたいとは思えないこの幕屋のみすぼらしい外観は、イザヤが預言した、この地を歩まれたキリストの姿そのものでした。イザヤ53:2には「彼は主の前に、ひこばえのように生え出た。砂漠の地から出た根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。」とあります。

しかし、見た目にはみすぼらしく、人々を引きつけるには何の魅力もないようなこの幕屋でも、ひとたび中に入ったら、そこには神の栄光の輝きがありました。全く次元の違う輝きを放っていたのです。それは人の目には隠されています。イエスは大工の息子として来られましたが、そこには神の本質と栄光の輝きが隠されていたのです。

 

この幕が象徴していたのは何だったのでしょうか。それは、キリスト以外に救いは無いということです。神の栄光の輝きに至るには、私たちの罪を聖めてもらわなければなりません。それがキリストの十字架の贖いであったということです。キリストは神の栄光の輝き、神の御子であり、私たちの罪を完全に聖めることができたのです。表面だけを見るなら何ともみすぼらしい姿にしか見えなかったかもしれませんが、「このキリストの内にこそ、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」(コロサイ2:3)

 

イスラエルの民は、主がモーセを通した命じられたとおりに造りました。あなたはどうですか。あなたは、この幕に込められた神の救い、キリストの十字架の贖いをその通り受け入れているでしょうか。この方の内側の輝きを知る事のできた人は幸いです。見みすぼらしく見えるようでも、キリストには神の栄光が宿っているのです。

 

Ⅲ.幕屋の建枠と横木(20-38)

次に、20~38節をご覧ください。まず34節までをお読みします。「さらに幕屋のために、アカシヤ材で、まっすぐに立てる板を作った。一枚の板は、長さ十キュビト、板一枚の幅は一キュビト半。板一枚ごとに、はめ込みのほぞを二つ作り、幕屋のすべての板にそのようにした。こうして幕屋のために板を作った。南側に二十枚。その二十枚の板の下に銀の台座を四十個作った。一枚の板の下に、 二つのほぞのために二個の台座、ほかの板の下にも、二つのほぞのために二個の台座を作った。幕屋のもう一つの側、北側に板二十枚。銀の台座四十個。すなわち、一枚の板の下に二個の台座。次の板の下にも二個の台座。幕屋のうしろ、西側に板六枚を作った。幕屋のうしろの両隅に板二枚を作った。これらは底部では別々であるが、上部では、一つの環のところで一つに合わさるようにした。二枚とも、そのように作った。これらが両隅である。板は八枚、その銀の台座は十六個。すなわち、一枚の板の下に二個ずつの台座があった。また、アカシヤ材で横木を作った。すなわち、幕屋の一方の側の板のために五本、幕屋のもう一方の側の板のために横木五本、幕屋のうしろ、西側の板のために横木を五本作った。それから、板の中間を端から端まで通る中央横木を作った。板には金をかぶせ、横木を通す環を金で作った。横木にも金をかぶせた。」
これは、幕屋のための板について記されてあります。彼らは幕屋のために、アカシヤ材で、まっすぐに建てる板を作りました。その命令の通りです。この板も幕と同じように長細い形をしていますが、それをいくつも作り、そこに棒を通すことによって一つの壁にしたのです。そして、板が倒れないようにそれを支えるための台座も造りました。それは銀です。先ほど話しましたように、天を表わす聖所の部分が地上に触れるときに贖いが必要な銀が使われるのです。そして、板も横木もみな金をかぶせました。主が、モーセを通して民に命じられた通りです。そのとおりに実行したのです。

この板は何を表していたのかというと、私たち一人一人のクリスチャンのことです。教会はキリストのからだ(幕屋)です。その幕屋を構成している材料がこの板なのです。それはアカシヤ材で作られました。それは罪に汚れた人間の姿を表していました。アカシヤ材は曲がった木で、それだけでは全く役に立たない価値のないものですが、そんな者の罪が贖われて、神の教会を建て上げていくための材料として用いられるのです。その板を支えていたのが銀の台座です。銀は贖いの象徴です。キリストが贖ってくださったので私たちはもはやこの世のものではありません。だから台座によって宙に浮いているのです。宙に浮いているようにこの世に遣わされているのです。

 

31~34節には、その板を支えるための横木について記されてあります。板は、5本の横木によって支えられていました。そして板の中間には、端から端まで通る中央の横木を作りました。そしてその横木には金がかぶせられました。アカシヤに金という表現は前から出てきますが、それは人となられた神、イエス・キリストを象徴していました。この横木とは板であるクリスチャンを支えるキリストご自身の象徴だったのです。エペソ4:16には、「キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされて、成長して、愛のうちに建てられるのです。」とあります。

教会は、キリストによって結び合わされて、愛のうちに建て上げられていきます。それは「板には金をかぶせ、横木を通す環を金で作った。」(34)とあることからもわかります。この環こそ愛のしるしです。教会はキリストによって結び合わされ、愛によって結ばれてこそ建て上げられていくものなのです。

 

最後に、35~38節を見て終わります。「また、青、 紫、 緋色の撚り糸、それに撚り糸で織った亜麻布を用いて、垂れ幕を作った。これに意匠を凝らしてケルビムを織り出した。その垂れ幕のために、金をかぶせたアカシヤ材の四本の柱を作った。それらの鉤は金であった。また、柱のために四つの銀の台座を鋳造した。天幕の入り口のために、青、紫、緋色の撚り糸、それに撚り糸で織った亜麻布を用い、刺?を施して垂れ幕を作った。また、五本の柱とその鉤を作り、柱頭と頭つなぎに金をかぶせた。その五つの台座は青銅であった。」

 

ここには聖所と至生所を仕切る垂れ幕と、天幕の入口の幕について語られています。この垂れ幕は四色のケルビムが織り出されていました。この幕こそイエス・キリストご自身のことです。言うならば、キリストご自身の肉体を象徴していたのです。へブル10:19-20に、「こういうわけで、兄弟たち。私たちはイエスの血によって大胆に聖所に入ることができます。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのために、この新しい生ける道を開いてくださいました。」とあるように、キリストはご自身の肉体という垂幕を、十字架で裂かれることによって、私たちが天国のまことの聖所に入ることができるようにしてくださったのです。キリストが十字架につけられたとき、上から下に真っ二つに裂けた(マタイ27:50-51)のは、この垂れ幕のことです。今は、キリストにあって神の御座が完全に開かれており、私たちは、キリストにあって大胆に神に近づくことができるのです。  そして37-38節には、聖所の入口である幕について記されてあります。この幕もキリストを象徴していました。キリストこそまことの門です。「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら救われます。また出たり入ったりして、牧草を見つけます。この方を通って入るなら救われます。」(ヨハネ10:9)

 

あなたは、この門から入ったでしょうか。この門から入るなら救われます。イスラエルの民は、主がモーセに命じられた通りに行いました。私たちも、主が命じられたとおりにキリストを信じ、キリストの十字架の贖いを受けることによってのみ救われるのです。

 

伝道者の書5章10~20節「幸せな人」

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きょうは、伝道者の書5章後半から、「幸せな人」というタイトルでお話しします。20節に、「こういう人は、自分の生涯のことをあれこれ思い返さない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。」とあります。どういう人が、自分の生涯のことをあれこれ思い返さないのでしょうか。どういう人が、神によって心を喜びで満たされる人なのでしょうか。私たちはいつも自分の生涯のことをあれこれ思い返しては、心を煩わせることがあるのではないでしょうか。しかし聖書は、「こういう人は」神によって心を喜びで満たされると言っています。それはどういう人なのでしょうか。きょうは、このことについてご一緒に考えたいと思います。

 

Ⅰ.どんな境遇にあっても満足することを学ぶ人(10-12)

 

第一に、どんな境遇にあっても満足することを学ぶ人です。10~12節までをご覧ください。「金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた空しい。 財産が増えると、寄食者も増える。持ち主にとって何の成功だろう。それを目で眺めているだけだ。働く者は少し食べても多く食べても、心地よく眠る。富む者は満腹しても、安眠を妨げられる。」

 

「金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。」金銭を愛することへの警告です。金銭そのもの、富そのものは決して悪いものではありません。仕事をする時に、その労働の対価として与えられる恵みを感謝し、喜びを味わうことは自然なことです。ところが、その富を愛することが様々な災いをもたらすことになると、聖書は教えています。その一つが金銭に満足しない、収益に満足しないということです。いくら富を蓄えても、それで満足することがありません。いつも、まだ足りない、まだ足りない、もっともっと、と欲しがるのです。欲張り、貪欲です。そのことからわかることは、富によっては決して「満足」を買うことはできないということです。商売の利益、銀行の利子、株の配当、株の売買益など、これら一切がさらに欲望をかきたてるのです。

 

この「金銭」と訳されたことばは、へブル語では「銀」ということばです。ですから、新共同訳ではこれを「銀を愛する者は銀に満足することがない。」と訳しているのです。銀に満足しなかった人はだれですか。そう、イエス様を裏切ったイスカリオテのユダです。彼は銀貨30枚でイエス様を売り渡しました。彼は銀貨を愛していました。弟子たちの会計係として金入れを預かっていましたが、そこからいつも銀貨を盗んでいたのです。そして、遂には銀貨30枚のために自分の主であったイエスを売り渡してしまいました。それで彼は満足したでしょうか。いいえ、最後に彼はその銀貨を神殿に投げ込むと、出て行って首を吊って死んでしまいました。銀貨を愛する者は銀貨に満足しないのです。

 

Ⅰテモテ6:10には、「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは金銭を追い求めたために、信仰から迷い出て、多くの苦痛で自分を刺し貫きました。」とあります。また、へブル13:5には、「金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足しなさい。主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたからです。」とあります。大切なのは金銭を愛することではなく、今持っているもので満足することです。確かに、「生活に不安がある」状態では満足を得られないかもしれません。かといって、不安から解放されれば満足できるかというとそうでもないのです。なぜなら、真の満足はどれだけ持っているかとか、どのような境遇にあるかによって決まるのではなく、どのような心を持っているかによって決まるからです。

 

古代ペルシャに古くから伝わる伝説です。昔、神様が「幸せの鍵」を、お作りになられました。これを一生懸命捜して見つけた人に「幸せの扉」を開けさせたいと考えたのです。
そこで「幸せの鍵」をどこに隠すかという話になりました。天使たちがいろいろアイデアを出し合いました。
「高い山の上がいいんじゃないか」「地の深い所にしよう」「深い海の底はどうか」しかし、どのアイデアもいま一つでした。誰でも見出せるけれど、なかなか見つけられない所はないのか。
そして、とうとう理想的な場所を見つけ出しました。それは「人間の心の中」に隠すことでした。

 

そうです、幸せの鍵は私たちの心の中に眠っているのです。それを掘り出して、用いる人が豊かな人生を歩むことができます。そのことをパウロはピリピ人への手紙の中でこう言っています。「乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満足することを学びました。私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。」(ピリピ4:11-13)

パウロは、どんな境遇にあっても満ち足りることを学んだと言っています。貧しさの中でも、富んでいても、そのような境遇が彼の幸せを奪うことはありませんでした。なぜなら、彼はイエス・キリストを知っていたからです。イエス・キリストによってどんな境遇にあっても満ち足りることを学んでいたのです。金銭を愛する者は金銭に満足しません。富を愛する者は収益に満足しないのです。これもまた空しいことです。しかし、イエス・キリストにあるなら、どんな境遇にあっても満足することかできます。これは幸いなことではないでしょうか。

 

11節をご覧ください。「財産が増えると、寄食者も増える。持ち主にとって何の成功だろう。それを目で眺めているだけだ。」
財産が多くなると、それをあてにして群がる者たちが現われるということです。そのために出費が増え、財産の所有者はその恩恵に与ることができません。彼にできるのは、せいぜい預金通帳の数字を目で眺めていることくらいです。これもまた空しいことです。

 

12節には、「働く者は少し食べても多く食べても、心地よく眠る。富む者は満腹しても、安眠を妨げられる。」とあります。働く者が少し食べても多く食べても、心地よく眠ることができるのは、心配がないからです。貧乏人は失うものがないので怖いものがありません。株価が上がろうが下がろうが関係ないのです。でも財産がある人はそういうわけにはいきません。満腹しても、心配事が山のようにあるため、安眠することができないのです。彼は床の中で、資産の運用のことや、税金の支払い、財産が盗まれるのではないかと不安になり、よく眠ることができません。皆さん、寝る前にいろいろ考えない方がいいでよ。考えると眠れなくなりますから。というか、皆さんは考える必要もないようですね。でも、そんなに持っていなくても、もっと増やそうと貪欲になると眠れなくなりますよ。

 

以前、関西に住んでおられる方から電話で相談がありました。その方は、自分のおこずかいの中から株を始めたのですが、前年に大失敗をして大きな損失を出してしまい、どうしたら良いものかと夜も眠れないというのです。それで、お金ではなくもっと大切なものを持つといいですよと言うと、後日、こんなメールがきました。

「お金より大事なものって、結局何なのでしょうか・・・?大きなお金を失ってまで気づく大事な事はあるのでしょうか。今朝目をつけていて、でも買わなかった株が、今日一日で10万円以上上がっていて、買っておけばよかったと、まだ思ってしまい、、、昨年の失敗をいい教訓に、これから慎重に銘柄を選んだり、頑張れば少し取り戻すことはできるのではないかと、少し思いますが、時間はとられます。今、損をしたままやめてしまっても、このあとの人生、そういうものが見つかると思っていいのでしょうか?もし、分かりやすい言葉で、それが何か教えていただけるのであれば、教えていただきたいと思いまして、大変厚かましいのですが、メールをさせていただきました。本当に申し訳ありません。」

 

この方は寝ても覚めても株なのです。株のことが気になって仕方がないのです。それで、星野富弘さんの「いのちよりも大切なもの」という詩を送りました。

「命がいちばんだと思っていたころ 生きるのが苦しかった。
いのちより大切なものがあると知った日 生きているのが嬉しかった」

短い詩ですが、とても大切なことが教えられると思うのです。「いのち」とは肉体のいのちのことです。そのいのちがいちばん大切だと思っていたころは、生きるのが苦しかった。でも、そのいのちよりも大切なものがあると知った日、生きるのが嬉しくなった。いのちよりもたいせつなものとは何でしょうか。それはイエス・キリストです。イエス・キリストにあるいのち、永遠のいのちのことです。それがあると知った日、生きるのが嬉しくなりました。そうしたものに執着しなくてもよくなったからです。神が与えられたいのちに生きればいい、そう思うと生きるのが嬉しくなります。

 

すると、彼女からメールがありました。「よく分かりました。頑張って、教会に通ってみたいと思います。星野さんがイエス・キリストに出会われていたことも知りませんでした。詩集も読んでみます。」

まあ、頑張って行く必要もありませんが、その方にとって教会は初めての所ですから敷居が高かったんでしょうね。頑張って行ってみます。

すると、しばらくしてメールがありました。「おかげさまで、近くの教会に昨日で3回目行かせていただきました。星野富弘さんの本も、図書館で数冊読み、感動しました。その中で奥様との出会いや家族の方々の優しさにも感動しました。
今朝、突発的に全部の持ち株を処分してしまったのは、昨日も残っている資金で株を買い、少し下がると怖くなって売り、1万6000円の損を出し、懲りずに今朝も買った株が下がりだし・・
その株を売ると同時に、持ち株全部、衝動的に処分したわけなのですが、その時、昨日も今日も、失敗を重ね、「これでもまだやめないのか」「これでもまだ分からないのか」って、ふと神様に言われているような気がして、本当に衝動的に全部売ってしまいました。全く、まだ売るつもりもやめるつもりもなかったのに、です。
1月からも、買っては小さな損をする、を繰り返していて、「これでもまだ懲りないのか」って、あまりの失敗続きに、失敗を重ねるたびそう言われているような気がなんとなくしていました。考えすぎでしょうか?神様がこれほどの大きな損失を出さないと分からない私を正してくださったのでしょうか?
とにかく、そう思って、これからは、だんだん生活と私自身の心を改善させていくよう、努力したいと思います。」

 

その後、どうなったかはわかりませんが、近くの教会に通い、そこでいのちよりもたいせつなもの、イエス・キリストのいのち、永遠のいのちを得ることができたらと願っていますが。金銭を愛する者は金銭に満足しません。富を愛する者は収益に満足しないのです。そのような人は満腹してよく眠ることができません。むしろ、すべてを豊かに与えてくださる神に感謝し、イエス・キリストと共にあることこそ、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣であることを覚え、そこに目を留めたいと思うのです。

 

Ⅱ.なくならない食物のために働く人(13-17)

 

ここで教えられる幸せの第二の鍵は、なくなる食物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食物のために働く人です。13~17節をご覧ください。まず13節と14節をお読みします。「私は日の下に、痛ましいわざわいがあるのを見た。所有者に守られていた富が、その所有者自身に害を加えることだ。その富は不運な出来事で失われ、息子が生まれても、その者の手もとには何もない。」

 

「痛ましいわざわい」とは、単なる悪しきことというレベルではなく、恐ろしい悪、決定的な打撃のことです。金持ちがいかに心を労し、富を守ろうとしても、その富が所有者自身に害を加えることがあります。たとえば、突然不幸な出来事が襲って、その富が一挙に失われ、子どもに残してやる財産すら無くなってしまうとかです。私たちは時々そのようなことを耳にします。株価や市場の暴落によって、持っていた財産の価値がなくなってしまったというニュースを。そのようにニュースに触れるたびに、できれば多くの財産を持っていたいと思う反面、経済って本当に怖いなあと思い知らされます。明日どうなるかなんてだれにもわからないのですから。伝道者自身、金持ちが突然の不幸に襲われ、一夜にして貧困のどん底に投げ込まれるのを目撃したのでしょう。このような経験から、伝道者は、次のような結論に導かれるのです。15,16節です。「母の胎から出て来たときのように、裸で、来たときの姿で戻って行く。自分の労苦によって得る、自分の自由にすることのできるものを、何一つ持って行くことはない。これも痛ましいわざわいだ。出て来たときと全く同じように去って行く。風のために労苦して何の益になるだろうか。」

 

人はこの世に裸で生まれてきました。同じように、この世を去る時何一つ携えて行くことはできません。それがこの世の定めなのです。にもかかわらず、人はこの地上生涯においてその富を蓄積するために労苦するわけです。これも痛ましいわざわいです。それはまさに風のために労苦するようなものです。何の益もないのです。

 

そればかりではありません。17節には、「しかも、人は一生、闇の中で食事をする。多くの苛立ち、病気、そして激しい怒り。」とあります。どういうことでしょうか。これは夜中、ごはんを食べる話ではありません。その一生は、多くの苛立ち、病気、そして激しい怒りが伴うということです。それが闇の中で食事をするということです。

ここで伝道者が警告しているのは、神を信じないで、自分のために労苦する一生の空しさです。13節には「日の下に」ということばがありますが、それは、神様抜きの、神様無しの、神を除外したという意味です。神を除外して自分のために富を得ようとあくせく働くことがもたらす悲劇とはこのようなものであるというのです。

 

しかし、日の上には、喜びと楽しみがあります。その人の一生は、闇の中で食事をするのではなく、光の中で食事をするようになります。主イエスは言われました。「見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」(黙示録3:20)

主イエスの招きに応じて心の戸を開き、主イエスを心の中に迎えるなら、主がその人の中に入ってその人とともに食事をし、その人もまた彼とともに食事をします。苦痛も、病気も、怒りも、嘆きもありません。闇の中で食事をするのではなく、光の中で食事をするようになるのです。神の聖霊があなたに臨み、あなたのすべての罪が赦され、あなたは神の子とせられ、神との親しい交わりを持ちことができます。あなたの一生は、良いもので満たされるのです。

 

ですから、大切なのは何のために働くのかということです。あなたは、何のために働いていますか。なくなる食べ物のためにあくせくと働いてはいないでしょうか。イエス様は言われました。「なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。」(ヨハネ6:27)

富のために労苦するなら、その富がわざわいをもたらすことになります。それは風のために労苦するようなものです。何の益にもなりません。そのような人の一生は、苛立ちであり、病気であり、激しい怒りです。闇の中で食事をするようなものです。けれども、日の上には喜びがあります。神が共におられるからです。富のためではなく、神のために、なくなる食物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きましょう。それこそ、人の子が与えてくださる食べ物なのです。

 

Ⅲ.主の恵みを数える人(18-20)

 

ですから、結論は何かというと、幸せな人とは神が与えてくださる恵みを数え、それを喜び楽しむ人であるということです。18~20節をご覧ください。「見よ。私が良いと見たこと、好ましいこととは、こうだ。神がその人に与えたいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦にあって、良き物を楽しみ、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。実に神は、すべての人間に富と財を与えてこれを楽しむことを許し、各自が受ける分を受けて自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。こういう人は、自分の生涯のことをあれこれ思い返さない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。」

 

「見よ。私が良いと見たこと、好ましいこととはとは、こうだ」とは、伝道者がこれまで語って来たことを受けての結論です。それは、神によって与えられた日々の生活を楽しむということです。そうすれば、何が起こっても、人生の喜びを奪い去られることはありません。人生は短いのだから、神によって与えられているものを思う存分楽しむのが、最善の策であるというのです。このような思想は、2:24や3:13にもありましたが、伝道者はここでそのことを繰り返して語っているのです。繰り返して語っているというのは、それだけ重要なことであるということです。なぜこのことが重要なのでしょうか。それは、神がどのような方であるかを示しているからです。そうです、神は私たちに必要なものを与え、これを楽しむことを許してくださる方なのです。18-20節には、「神」の名が4回も出てきていますが、いずれの場合も、「神」は「与える方」として表現されています。

 

19節には、「実に神は、すべての人間に富と財を与えてこれを楽しむことを許し、各自が受ける分を受けて自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。」とあります。何が神の賜物なのでしょうか。これこそ神の賜物です。神は食べたり飲んだりするだけでなく、すべての人間に富と財を与えてこれを楽しむことを許し、各自が受ける分を受けて自分の労苦を喜ぶようにされました。これこそが神の賜物なのです。

 

伝道者はここで、神というものを強く意識し、また、これを読む者に神から与えられた人生がどれほどすばらしいものであるかに目を向けさせているのです。であれば、私たちはこのことを理解し、自分が神よって受ける分を喜ぶことが求められています。そういう人は、自分に与えられた労苦(仕事)を、自分にゆだねられたものとして楽しむことができるようになりますが、そうでないと、自分の置かれた境遇を嘆き、文句タラタラ言いながら生きることになってしまいます。本当に不思議ですね。同じ境遇でも一方はそれを感謝して、前向きに受け止めることができる人がいれば、一方ではいつも周りの人と自分を比較して、自分に無いものに目を留めて失望したり、不平不満に陥っている人がいます。いったいその違いはどこにあるのでしょうか。それは神によって与えられた賜物を、自分の分としてしっかり受け止めることができるかどうかです。

 

新聖歌172番に「望みも消え行くまでに」という賛美があります。

1. 望みも消え行くまでに 世の嵐に悩むとき 数えてみよ 主の恵み 汝(な)が心は安きを得ん
数えよ 主の恵み 数えよ 主の恵み 数えよ 一つずつ 数えてみよ 主の恵み

2. 主の賜いし十字架を 担いきれず沈むとき 数えてみよ 主の恵み つぶやきなど如何であらん 数えよ 主の恵み
数えよ 主の恵み 数えよ 一つずつ 数えてみよ 主の恵み

3. 世の楽しみ 富 知識 汝が心を誘うとき 数えてみよ 主の恵み 天つ国の幸に酔わん 数えよ 主の恵み 数えよ
主の恵み 数えよ 一つずつ 数えてみよ 主の恵み

この賛美は、E.O.エクセルという人によって作られました。エクセルという人は、この歌の題を「Count your blessings」と名付けています。「Count your blessings」。文字通り、「あなたに賜った恵みを数えなさい」という意味です。望みも消えそうになるほどの この世の嵐に悩むとき 数えてみてください 主の恵みを。あなたの心は安らぎ得るでしょう。主から賜った十字架を担いきれず 心沈むようなとき 数えてみてください 主の恵みを。あなたの心からつぶやきなど消え去るでしょう。この世の楽しみ 富 知識が あなたの心を誘惑するとき 数えてみてください 主の恵みを。さながら天国のような心地に 心躍るでしょう。数えよ 主の恵み 数えよ 主の恵み 数えよ 一つずつ 数えてみよ 主の恵み。

 

魂に平安がなく、私たちの内に不平不満が絶えない原因は、問題が大きいからではありません。エジプトを脱出した後のイスラエルの民に呟きが絶えなかったのは、あの救いの御業を忘れてしまったからです。詩篇103:2には、「わがたましいよ 主をほめたたえよ 主がよくしてくださったことを何一つ忘れるな。」とあります。主が良くしてくださったことを何一つ忘れないこと、そうです、主が良くしてくださったことを一つ一つ数えて感謝すること、それが幸福の秘訣なのです。

 

毎年11月第四木曜日は、アメリカではサンクスギビングを迎えます。1620年9月16日、信教の自由を求め102名の人を乗せて英国のプリマスを出航した船は、66日間の航海の後11月21日にアメリカ東部マサチューセッツ州プリマスに到着しました。慣れない土地で、森の木を切り、丸太で家を建て生活を始めますが、多くの人は都会育ちで農業に慣れておらず、新天地での生活は困難を極めました。冬の半年間に約半数の人たちが飢えと寒さで死にました。春に親しくなったインディアンから、トウモロコシやえんどう豆、小麦、大麦などの種まきを教えてもらい、2度目の秋には沢山の収穫が与えられたことから、秋の収穫物を前にインディアンの友を招き、神の恵みに感謝して収穫感謝礼拝を行ったのです。あれから400年、アメリカ人はそのことを忘れないようにと、毎年盛大にこれをお祝いするのです。というわけで、私はアメリカ人ではありませんが、家内がどうしてもというので、今週はターキーを焼いて盛大にお祝いすることになっています。

 

それはアメリカだけてのことではなく、私たちの人生においても言えることです。食べたり、飲んだりすることは日常茶飯事です。普段、食事がことさら楽しいと感じることはないでしょう。しかしその日常の小さな幸いこそが「神の賜物」であり、「幸福」なのです。私たちの人生は神に与えられた短い人生の日々です。残りわずかな人生の日々に、汗をかいて労し、食事ができることは、なんと幸いなことでしょう。それを神の賜物として受け入れ、喜んで生きることが大切なのです。

 

20節をご覧ください。「こういう人は、自分の生涯のことをあれこれ思い返さない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。」

こういう人は、自分の生涯のことをあれこれ思い返しません。自分が不幸だとか、神は不公平だとか、人生は悲劇で満ちているとか、思わなくなるのです。つまり、自分の人生をくよくよ思わなくなるということです。なぜ?神が彼の心を喜びで満たされるからです。その人の心には、神が下さる喜びが満ちているからです。

結局のところ、私たちの幸いは自分にどれだけの富や財産があるかとか、どんな仕事をしているか、どのようにうまくいっているかということではなく、神によって心が喜びで満たされているかどうかで決まるのです。自分に与えられたすべてのものが神の賜物であると受け止め、これを喜び、楽しみましょう。こういう人は、自分の生涯のことをあれこれ思い返すことはしません。まことに幸いな人だと言えるのです。

Ⅰサムエル記31章

これまでサムエル記第一から学んできましたが、きょうはその最後となりました。きょうは31章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.サウルの死(1-7)

 

まず、1-7節をご覧ください。「ペリシテ人はイスラエルと戦った。そのとき、イスラエルの人々はペリシテ人の前から逃げ、ギルボア山で刺し殺されて倒れた。ペリシテ人はサウルとその息子たちに追い迫って、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを打ち殺した。攻撃はサウルに集中し、射手たちが彼をねらい撃ちにしたので、彼は射手たちのためにひどい傷を負った。サウルは、道具持ちに言った。「おまえの剣を抜いて、それで私を刺し殺してくれ。あの割礼を受けていない者どもがやって来て、私を刺し殺し、私をなぶり者にするといけないから。」しかし、道具持ちは、非常に恐れて、とてもその気になれなかった。そこで、サウルは剣を取り、その上にうつぶせに倒れた。道具持ちも、サウルの死んだのを見届けると、自分の剣の上にうつぶせに倒れて、サウルのそばで死んだ。こうしてその日、サウルと彼の三人の息子、道具持ち、それにサウルの部下たちはみな、共に死んだ。谷の向こう側とヨルダン川の向こう側にいたイスラエルの人々は、イスラエルの兵士たちが逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見て、町々を捨てて逃げ去った。それでペリシテ人がやって来て、そこに住んだ。」

 

29:1には、イスラエル軍はイズレエルにある泉のほとりに陣を敷いたとありますが、ペリシテ人との戦いで後退しました。ギルボア山は、イズレエル平野の南東に位置しています。そこでイスラエルの人々の大勢の者が刺されて殺されました。

ペリシテ人たちは、特にサウルとその息子たちを狙い撃ちにしました。そして、サウルの息子4人のうち、ヨナタン、アビナダブ、マルチ・シュアの3人を撃ち殺しました。もう一人の息子イシュボシェテ(エシュバアル)は、戦争に参加していなかったので無事でした。

 

攻撃はサウルに集中し、ペリシテ軍の射手たちが彼を狙い撃ちにしたので、彼はひどい傷を負ってしまいました。このままでは敵になぶりものにされてしまいます。なぶりものにするとは、もてあそび苦しめながら殺すことです。そこで彼はどうしたかというと、部下の道具持ちに、彼の剣で自分を刺し殺すように言いました。しかし、自分の主君を刺し殺すことなどできません。それで道具持ちはそのことを非常に恐れ、手を下しませんでした。するとサウルは彼の剣を取り、その上に身を伏せました。自殺したのです。道具持ちは、サウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に身を伏せて、サウルのあとを追って自害しました。こうしてその日、サウルと彼の3人の息子、道具持ち、それにサウルの部下たちはみな、ともに死んだのです。

 

イズレエルの谷の向こう側、すなわち、北側にいたイスラエルの人々と、ヨルダン川の向こう側にいたイスラエル人々は、イスラエルの兵士たちが逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見ると、町々を捨てて逃げ去りました。それで、ペリシテ人がやって来て、そこに住むようになりました。イスラエルの人々が築いた町々が、敵の手に渡ってしまったのです。

 

これで、サウルの生涯は幕を閉じます。彼の最初はすばらしいものでした。彼はベニヤミン人で、イスラエルの最も小さな部族の出にすぎませんでしたが、主は彼に油を注いでイスラエルを治める王としました。それなのに彼は主の命じられたことに背き、サムエルを待たずして全焼のささげ物を自分の手で献げたり(13:9)、アマレクとの戦いにおいては聖絶するようにという主の命令に背き、肥えた羊と牛の最も良いものや、子羊とすべての最も良いものを惜しんで聖絶しませんでした。そればかりか、小さな不従順を積み重ね、最後は、主に反抗することが習慣になっていました。彼はそうした罪を犯し続け、最後まで悔い改めませんでした。彼は、自分で蒔いた種の刈り取りをしたのです。それはサウルだけのことではありません。私たちも主に背き、小さな不従順を重ねながら最後まで悔い改めないなら、同じような結果を招いてしまうことになります。

 

黙示録3章には、主がラオデキアの教会に宛てて書かれた手紙があります。「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。」(黙示録3:15-18)

 

このラオデキアの教会の問題は何だったのでしょうか。それは、彼らの信仰が熱くもなく、冷たくもなかったということです。彼らは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知りませんでした。知らなかったというより気付いていなかったのです。ドキッとしますね。まさに私たちは、自分はそんなに富んでいるわけではなくても普通の生活ができているとまあまあのクリスチャンだと思い込んでいる節がありますが、実はそうではありません。ただ自分の姿が見えていないだけなのです。自分がどれほどみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸であるかを知らないだけなのです。もし知っていたら、主の前に胸をたたいて悔い改めたあの取税人のようになるでしょう。

ですから、主はこう言われたのです。「豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。」

 

神様は、私たちがサウルのような最期を迎えることを願っていません。今は恵みの時、今は救いの日です。そういうことがないように、恵みの時、救いの日である今、熱心になって悔い改め、主に立ち返ろうではありませんか。あのラオデキアの教会に対して、主はこのように言われました。「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」(黙示録3:19)

主イエスの招きにあなたも応答し、あなたも心に主イエスを招き入れましょう。そして、彼とともに食事を、彼も私とともに食事をするという、主イエスとの親しい交わりの中を歩ませていただきましょう。

 

Ⅱ.ヤベシュ・ギルアデの人たちの手による丁寧な埋葬(8-13)

 

次に、8~13節をご覧ください。「翌日、ペリシテ人がその殺した者たちからはぎ取ろうとしてやって来たとき、サウルとその三人の息子がギルボア山で倒れているのを見つけた。彼らはサウルの首を切り、その武具をはぎ取った。そして、ペリシテ人の地にあまねく人を送って、彼らの偶像の宮と民とに告げ知らせた。彼らはサウルの武具をアシュタロテの宮に奉納し、彼の死体をベテ・シャンの城壁にさらした。ヤベシュ・ギルアデの住民が、ペリシテ人のサウルに対するしうちを聞いたとき、勇士たちはみな、立ち上がり、夜通し歩いて行って、サウルの死体と、その息子たちの死体とをベテ・シャンの城壁から取りはずし、これをヤベシュに運んで、そこで焼いた。それから、その骨を取って、ヤベシュにある柳の木の下に葬り、七日間、断食した。」

 

翌日、ペリシテ人たちが、イスラエルの刺し殺された者たちからはぎ取ろうとして戦場にやって来たとき、そこにサウルと3人の息子たちがギルボア山で倒れているのを見つけました。それで彼らはまず、サウル首を切り、彼の武具をはぎ取ります。そして、ペリシテ人の地の隅々にまで人を送り、彼らの偶像の宮と民とに告げ知らせました。というのは、ペリシテ人の勝利は、彼らの神々の勝利でもあったからです。サウルの首は、ダゴンの神殿にさらさることになります(Ⅰ歴代誌10:10)。また、彼の武具は、アシュタロテの神殿に奉納し、首から下の彼の遺体は、ベテ・シャンの城壁にさらされました。ベテ・シャンは、イズレエルから南東に約15㎞にある町です。

 

そのことを聞いたヤベシュ・ギルアデの人たちは、夜通し歩いてベテ・シャンまで行き、サウルの死体と息子たちの死体を城壁から取り下ろしてヤベシュに帰って来ると、そこで死体を焼きました。そして、ヤベシュにあるタマリスクの木の下に葬り、七日間、断食したのです。ヤベシュ・ギアデは、ヨルダン川の東約10㎞入ったところにあります。ベテ・シャンはヨルダン川の西側約10㎞のところにありますから、彼らは約20㎞の道のりを夜通し歩いて行ったことになります。いったいなぜ彼らはそんなことをしたのでしょうか。

 

11章を振り返ってみましょう。「その後、アモン人ナハシュが上って来て、ヤベシュ・ギルアデに対して陣を敷いた。ヤベシュの人々はみな、ナハシュに言った。「私たちと契約を結んでください。そうすれば、私たちはあなたに仕えましょう。」そこでアモン人ナハシュは彼らに言った。「次の条件で契約を結ぼう。おまえたちみなの者の右の目をえぐり取ることだ。それをもって全イスラエルにそしりを負わせよう。」ヤベシュの長老たちは彼に言った。「七日の猶予を与えてください。イスラエルの国中に使者を送りたいのです。もし、私たちを救う者がいなければ、あなたに降伏します。」使者たちはサウルのギブアに来て、このことをそこの民の耳に入れた。民はみな、声をあげて泣いた。そこへ、サウルが牛を追って畑から帰って来た。サウルは言った。「民が泣いているが、どうしたのですか。」そこで、みなが、ヤベシュの人々のことを彼に話した。サウルがこれらのことを聞いたとき、神の霊がサウルの上に激しく下った。それで彼の怒りは激しく燃え上がった。彼は一くびきの牛を取り、これを切り分け、それを使者に託してイスラエルの国中に送り、「サウルとサムエルとに従って出て来ない者の牛は、このようにされる」と言わせた。民は【主】を恐れて、いっせいに出て来た。サウルがベゼクで彼らを数えたとき、イスラエルの人々は三十万人、ユダの人々は三万人であった。彼らは、やって来た使者たちに言った。「ヤベシュ・ギルアデの人にこう言わなければならない。あすの真昼ごろ、あなたがたに救いがある。」使者たちは帰って来て、ヤベシュの人々に告げたので、彼らは喜んだ。ヤベシュの人々は言った。「私たちは、あす、あなたがたに降伏します。あなたがたのよいと思うように私たちにしてください。」翌日、サウルは民を三組に分け、夜明けの見張りの時、陣営に突入し、昼までアモン人を打った。残された者もいたが、散って行って、ふたりの者が共に残ることはなかった。そのとき、民はサムエルに言った。「サウルがわれわれを治めるのか、などと言ったのはだれでしたか。その者たちを引き渡してください。彼らを殺します。」 しかしサウルは言った。「きょうは人を殺してはならない。きょう、【主】がイスラエルを救ってくださったのだから。」」(11:1-13)

 

これは、かつてヤベシュ・ギルアデに対してアンモン人が戦いを挑んで来た時のことです。ヤベシュ・ギルアデの人々は自分たちに勝つ見込みがなかったので和平条約を申し入れますが、アンモン人ハナシュは、無理難題を突き付けてきました。何と右の目をえぐり取ることを条件に契約を結ぼうというのです。右目をえぐり取られるとは、戦うことができなくなることを意味していました。それは非常に屈辱的な要求でした。それで、ヤベシュの長老たちは7日間の猶予をもらい、イスラエル全土にこの状況を伝えて救いを求めたのですが、その時に立ち上がったがサウルだったのです。彼は牛を追っていた畑から帰って来てそのことを聞くと、神の霊によって立ち上がり、イスラエルの全部族を招集してアンモン人と戦い勝利しました。この戦いがきっかけとなって、彼は王としての道を確立していくことになりました。ヤベシュ・ギルアデの人たちは、その時のことを忘れていませんでした。そして、サウルと息子たちの遺骨をその地に葬り、7日間断食して、敬意と哀悼の意を表したのです。

 

そして、後にユダの家の王となったダビデは、そのことを知って彼らに賛辞と称賛、祝福のことばを贈っています。「ダビデは、自分とともにいた人々を、その家族といっしょに連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ。そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした。ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬った、ということがダビデに知らされたとき、ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使いを送り、彼らに言った。「あなたがたの主君サウルに、このような真実を尽くして、彼を葬ったあなたがたに、【主】の祝福があるように。今、【主】があなたがたに恵みとまことを施してくださるように。この私も、あなたがたがこのようなことをしたので、善をもって報いよう。さあ、強くあれ。勇気のある者となれ。あなたがたの主君サウルは死んだが、ユダの家は私に油をそそいで、彼らの王としたのだ。」(Ⅱサムエル2:4-7)

 

サウルはサウルで、ヤベシュ・ギルアデの人々を敵から救ったことで、彼らの敬意と哀悼の意を受け、彼らも彼らで、そのようにサウルを葬ったことで、ダビデからの賛辞と称賛と祝福を受けたのです。私たちはこの後どうなるかはわかりませんが、わかっていることは、主の前に忠実であった者は同じように祝福されるということです。それゆえ、私たちはどんなことがあっても、神に喜ばれることは何か、すなわち、何が良いことで完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなければなりません。目の前に置かれた一つ一つの出来事を、主のみこころを求めて忠実に行っていく者でありたいと思うのです。良いことであれ、悪いことであれ、人は種を蒔けば、その刈り取りをするようになるのです。

出エジプト記35章

出エジプト記35章を開いてください。金の子牛の事件によって神との契約を取り消されたイスラエルでしたが、モーセのとりなしによって神の赦しを得て、再び神との契約を結ぶことができました。モーセは40日40夜、シナイ山で主とともにいました。彼が山から降りて来ると、彼の顔が輝きを放っていました。それでモーセはイスラエルの民と話し終えると、顔に覆いを掛けました。その輝きを失わないためです。そして主と語るために主のもとに行く時は、その覆いを外していました。それは、律法の限界を示していました。確かに、律法にはそれなりの輝きがありますが、それによって救われることはありません。けれども、人が主に向くならその覆いは取り除かれます。そして鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられて行くのです。それが御霊の輝きです。その輝きは律法のように一時的なものではなく永続した輝きです。

そして35章に入ります。ここには、モーセがシナイ山で受けた幕屋と祭司の事柄について記されてあります。幕屋は神の臨在が現われる場所です。モーセは、その幕屋を建設するにあたり、主が行えと命じられたとおりに行っていきます。これは25~31章で語られた内容の繰り返しです。このように繰り返して記されてあるということは、それだけ重要であるということです。ここから私たちは、どのようにして主の働きをしていったら良いかを学びたいと思います。

Ⅰ.安息日の規定(1-3)

まず、1~3節をご覧ください。「モーセはイスラエルの全会衆を集めて、彼らに言った。「これは、【主】が行えと命じられたことである。六日間は仕事をする。しかし、七日目は、 あなたがたにとって【主】の聖なる全き安息である。この日に仕事をする者は、だれでも殺されなければならない。 安息日には、あなたがたの住まいのどこであっても、火をたいてはならない。」」

これから幕屋の材料を集めること、幕屋を造る作業を開始させるのですが、その初めに安息日についての規定について語られました。それは、彼らが本当に大切なもの、第一にすべきものを見失わないようにするためです。本当に大切なものとは何でしょうか。主を礼拝することです。言い換えると、主ご自身を求めることです。以前にもお話ししましたが、主のための働きは主を礼拝するという行為があってこその働きです。主を礼拝することこそ本質的なことであって、それに伴う作業はその次のことなのです。

クリスチャン生活と教会、諸活動の中心は、主を礼拝することです。信仰生活の他の点でどんなに成長していても礼拝の生活が確立されていなかったら、あるいはまた、教会のどの活動に力を入れても、礼拝がその中心に据えられていなかったら、すべては空回りしてしまいます。礼拝こそ信仰の中心であり、礼拝によって強められ、励まされ、燃やされ、一週間の生活に遣わされていきたいと思います。

Ⅱ.進んでささげるささげ物(4-19)

次に、4~9節をご覧ください。まず、9節までをお読みします。「モーセはイスラエルの全会衆に告げた。「これは【主】が命じられたことである。あなたがたの中から【主】への奉納物を受け取りなさい。すべて、進んで献げる心のある人に、【主】への奉納物を持って来させなさい。すなわち、金、銀、青銅、青、紫、緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、 ともしび用の油、注ぎの油と、香り高い香のための香料、エポデや胸当てにはめ込む、縞めのうや宝石である。」

モーセはイスラエルの全会衆に、主への奉納物を持ってくるように命じました、これらは25:4~7にもあった15種類の材料です。ここでは、そのささげものを献げるにあたっての心構えが記されてあります。それは、「すべて、進んで献げる心のある人に、主への奉納物を持って来させなさい」ということです。義理とか、義務感からではなく、心から、喜んでささげる者から受け取るようにということです。Ⅱコリント9:6~7でパウロは、このように言っています。「私が伝えたいことは、こうです。わずかだけ蒔く者はわずかだけ刈り入れ、豊かに蒔く者は豊かに刈り入れます。一人ひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は、喜んで与える人を愛してくださるのです。」

これが献金についての原則です。献金について聖書の中で貫かれている原則は、自分自身のもの、特に自分にとって尊いものを主に献げるということと同時に、それらが自分の意思で、主体的に、喜んで献げるということです。他の人が献げているからとか、牧師にそのように言われたからとかではなく、自分の心で決めたとおりに、喜んで献げるということです。神は喜んで献げる人を愛してくださいます。実際、スラエルの民は、心から進んで献げました(35:21,22,29)。その結果、あり余るほどのささげものが献げられたのです(36:5-7)。

次に、10~19節をご覧ください。「あなたがたのうち、心に知恵ある者はみな来て、【主】が命じられたものをすべて造らなければならない。幕屋と、その天幕、覆い、留め金、板、横木、柱、台座、 箱と、その棒、 『宥めの蓋』、仕切りの垂れ幕、机と、その棒とそのすべての備品、臨在のパン、ともしびのための燭台と、その器具、ともしび皿、ともしび用の油、香の祭壇と、その棒、注ぎの油、香り高い香、そして幕屋の入り口に付ける入り口の垂れ幕、全焼のささげ物の祭壇と、それに付属する青銅の格子、その棒とそのすべての用具、洗盤とその台、庭の掛け幕と、その柱、その台座、庭の門の垂れ幕、幕屋の杭、庭の杭、そのひも、聖所で務めを行うための式服、すなわち、祭司アロンの聖なる装束と、祭司として仕える彼の子らの装束である。」」

ここには、ささげられた材料を使って幕屋やその中にあるもの、あるいは祭司の装束を造るようにと言われています。誰にそのことが命じられているかというと、「心に知恵のある者」です。心に知恵のある者はみな来て、主が命じられたものをすべて造らなければなりませんでした。心に知恵のある者とはどういう人でしょうか。それは人間的な言い方をすれば職人さんたちのことでしょう。ただの職人さんではありません。これは神の知恵、神の霊に満たされた、御霊の賜物が与えられていた人たちです。このようなものを巧みに造ることができる特別な能力を神から与えられている人がいます。そのような人たちに命じられているのです。30~31節には、「モーセはイスラエルの子らに言った。「見よ。【主】は、ユダ部族の、フルの子ウリの子ベツァルエルを名指して召し、彼に、知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たされた。」とあります。また、「ダン部族のアヒサマクの子オホリアブ」にもそのようにされました。それは彼らが、あらゆる仕事と巧みな設計をなす者として、神から与えられた仕事を成し遂げるためです。

同じように神様は、私たち一人一人を召し、主から与えられた仕事を成し遂げるために、御霊の賜物を与えてくださいました。Iコリント12章には、「奉仕にはいろいろな種類があり、働きにはいろいろな種類がありますが、主は同じ主です。みなの益になるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。」(12:4-7)とあります。神から与えられている賜物は、それぞれみな違います。ちょうど人間のからだは一つでも、そこに多くの器官があるように、キリストのからだにもいろいろな種類の賜物が与えられた人たちがいるのです。それぞれに与えられた賜物を通して、主のからだである教会が建て上げられていくのです。それはどういうことかというと、第一に、私たちはそれぞれを必要としているということです(12:21)。それぞれ互いに補い合ってこそ、教会はしっかりと建て上げられていくのです。第二のことは、比較的弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものであるということです。私たちはからだの中で比較的に尊いとみなす器官をことさらに尊ぶ傾向がありますが、神は違います。劣ったところをさらに尊んで調和させてくださいます。そうやってキリストのからだが立て上げられていくのです。

Ⅲ.心を動かされた者、霊に促しを受けた者(20-35)

それに対して、民はどのように応答したでしょうか。20~29節をご覧ください。「イスラエルの全会衆はモーセの前から立ち去った。心を動かされた者、霊に促しを受けた者はみな、会見の天幕の仕事のため、そのあらゆる奉仕のため、また聖なる装束のために、【主】への奉納物を持って来た。進んで献げる心のある者はみな、男も女も、飾り輪、耳輪、指輪、首飾り、すべての金の飾り物を持って来た。金の奉献物を【主】に献げる者はみな、そのようにした。また、青、紫、緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮を持っている者はみな、それを持って来た。銀や青銅の奉納物を献げる者はみな、それを【主】への奉納物として持って来た。アカシヤ材を持っている者はみな、奉仕のあらゆる仕事のためにそれを持って来た。また、心に知恵ある女もみな、自分の手で紡ぎ、その紡いだ青、紫、緋色の撚り糸、それに亜麻布を持って来た。心を動かされ、知恵を用いたいと思った女たちはみな、やぎの毛を紡いだ。部族の長たちは、エポデと胸当てにはめ込む、縞めのうや宝石を持って来た。また、ともしび、注ぎの油のため、また香りの高い香のために、香料と油を持って来た。イスラエルの子らは男も女もみな、【主】がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、心から進んで献げたのであり、それを進んで献げるものとして【主】に持って来た。」  モーセの前から立ち去った民はどのように応答したでしょうか。「心を動かされた者、霊に促しを受けた者はみな、会見の天幕の仕事のため、そのあらゆる奉仕のため、また聖なる装束のために、主への奉納物を持ってきた。」(21)

ここで繰り返して記されていることは、「心を動かされた者」、「霊に促しを受けた者」です。つまり、彼らは自分のものをささげるときに、いやいやながらではなく、また強制されてでもなく、自分でささげたいと思って、それを心から喜んでしたということです。そこには聖霊による感動がありました。それは、金の子牛の事件の罪が赦されたという感動でもありました。さらに、主の栄光が再び宿るという恵みへの感動でした。

29節をご覧ください。ここには、「イスラエルの子らは男も女もみな、【主】がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、心から進んで献げたのであり、それを進んで献げるものとして【主】に持って来た。」とあります。ここには、「イスラエルの子らは男も女もみな」とあります。金の子牛を作るためにアロンが指定したのは金だけでした。金を持っていない人たちはそれに参加することができませんでした。しかし、幕屋の建設は違います。幕屋の建設のためには15種類のものが必要とされました。つまり、誰でも参加することができたのです。事実、民は主がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、あり余るほどのささげものを献げました。神の事業には、全員が参加するのです。

それは、神の教会も同じです。教会は牧師だけの働きによって成し遂げられるものではありません。信者全員が参加することによって建て上げられていくものです。まさに全員野球です。そのことを覚え、喜んで主の働きに参与させていただきましょう。

最後に、30~35節をご覧ください。「モーセはイスラエルの子らに言った。「見よ。【主】は、ユダ部族の、フルの子ウリの子ベツァルエルを名指して召し、彼に、知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たされた。それは、彼が金や銀や青銅の細工に意匠を凝らし、はめ込みの宝石を彫刻し、木を彫刻し、意匠を凝らす仕事をするためである。また、彼の心に人を教える力をお与えになった。彼と、ダン部族のアヒサマクの子オホリアブに、そのようにされた。主は彼らをすぐれた知恵で満たされた。それは彼らが、あらゆる仕事と巧みな設計をなす者として、彫刻する者、設計する者、青、紫、緋色の撚り糸と亜麻布で刺?する者、また機織りをする者の仕事を成し遂げるためである。」

祭具や祭司の彫刻において細工が必要ですが、そのために主はベツァルエルを名指しで召されました。そして、彼が幕屋のあらゆる仕事を成し遂げるために、彼に知恵と英知と知識を与えました。神の霊で彼を満たされたのです。神は、ご自身の働きのために召してくださった人にこのように神の霊を与えてくださるのです。教会において、神の働きにおいて必要なのは能力がある人ではなく、神の霊に満たされた人です。神の霊、知恵と英知と知識なのです。

もうひとりはオホリアブという人物です。彼はベツァルエルの補助者となりました。彼はダン部族の出身でした。最大のユダ部族からベツァルエルが召され、最小のダン部族からオホリアブが召されました。ここから、神はイスラエル12部族のすべてを用いようとしておられたことがわかります。主は彼らをすぐれた知恵で満たされました。それは彼らがあらゆる仕事と巧みな設計をなす者として、神の幕屋を制作するという仕事を成し遂げるためです。これは主が名指しで召したとあるように、神の主権によって成されたことでした。

この原則は、新約の時代の教会にも言えることです。エペソ4:11~13節には、「こうして、キリストご自身が、ある人たちを使徒、ある人たちを預言者、ある人たちを伝道者、ある人たちを牧師また教師としてお立てになりました。それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためです。私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。」とあります。

主は、キリストのからだを建て上げるために、ある人たちを使徒、ある人たちを預言者、ある人たちを伝道者、ある日外たちを牧師また教師としてお立てになりました。名指しで召されたのです。それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きを指せ、キリストのからだを建て上げるためです。ですから、他の兄姉に与えられた賜物をねたんだり、うらやましがったりする必要はありません。互いの賜物を認め合い、キリストが建て上げられていくことを求めて、自分に与えられた賜物を喜んで主に用いていただきましょう。