Ⅰ列王記19章

 今日は、列王記第一19章から学びます。

 Ⅰ.自分の死を願ったエリヤ(1-8)

まず、1~8節までをご覧ください。4節までをお読みします。「1 アハブは、エリヤがしたことと、預言者たちを剣で皆殺しにしたこととの一部始終をイゼベルに告げた。2 すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もし私が、明日の今ごろまでに、おまえのいのちをあの者たちの一人のいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」3 彼はそれを知って立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、4 自分は荒野に、一日の道のりを入って行った。彼は、エニシダの木の陰に座り、自分の死を願って言った。「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください。私は父祖たちにまさっていませんから。」」

18章には、エリヤとバアル預言者との戦いが記されてありました。1対450です。火をもって答える神、それが真の神です。まずバアルの預言者450人が一日中祈りました。しかし、何も起こりませんでした。次にエリヤが祈ると、雄牛にたくさんの水をかけたのにも関らず、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くしました。それによって、主こそ神であることが明らかとなりました。エリヤが勝利したのです。それでエリヤは、バアルの預言者たちをキション川で殺しました。今回の箇所は、その後の出来事です。

アハブはカルメル山でエリヤがしたこと、また、預言者たちを皆殺しにしたことの一部始終を、妻のイゼベルに報告しました。するとイゼベルは使者をエリヤのところに遣わして、こう言いました。「もし私が、明日の今ごろまでに、おまえのいのちをあの者たちの一人のいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」

どういうことでしょうか。24時間以内にエリヤを殺すということです。もしそれが達成できなかったら、神々が自分を幾重にも罰せられるように、つまり、自分のいのちにかけてエリヤを殺すということです。ここに彼女の並々ならぬ決意が表れています。

それを聞いたエリヤはどうしたでしょうか。彼は、イゼベルのことばを恐れてベエル・シェバまで逃亡しました。イズレエルからベエル・シェバまでは、南に約 160㎞も離れています。どうしてそんな所まで逃げたのでしょうか。そこまで逃げれば大丈夫と思ったのでしょう。しかし、それで彼の恐れは消えることがありませんでした。彼は若い者をそこに残し、自分は荒野に、一日の道のりを入って行くと、エニシダの木の陰に座り、自分の死を願って言いました。「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください。私は父祖たちにまさっていませんから。」

エリヤは、自分の死を願うほどのひどい鬱状態に陥りました。信じられません。私たちは前の章で彼の信仰について学びましたが、彼は「私が仕えている万軍の主は生きておられます。私は必ず、今日、アハブの前に出ます。」(18:15)と言って、カルメル山で450人のバアルの預言者と対決して勝利した人です。それなのに今、たった一人の異教徒の女イゼベルの脅しによって恐れを抱き、逃げられるところまで逃げて、自殺願望まで抱くようになるなんて考えられません。どうして彼はそんなに恐れたのでしょうか。霊的大勝利を体験したエリヤほどの信仰者であっても、このような状態に陥ることがあります。いや、不思議なことですが、こうした大活躍をした後こそ、このような状態に陥ることが多いのです。いったい何が問題だったのでしょうか。

3節をご覧ください。ここには「彼はそれを知って立ち、自分のいのちを救うために立ち去った」とあります。彼は、自分のいのちを救おうとしました。言い換えると、神様から目を離してしまいました。彼は神様ではなく、自分自身に目を向けました。自分、自分、自分と、自分に関心が向いてしまうと、このように落ち込んでしまいます。でも、自分から神様に目を向けると守られます。イエス様もこのように言われました。「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。」(ヨハネ2:25)自分のいのちを愛そうとする者は、いのちを失うことになります。でも自分ではなく神様に目を向けるなら、守られます。エリヤの関心は自分のいのちを救うことでした。エリヤも普通の人でした。神から目を離した瞬間に、恐れに支配されてしまいました。その結果、恐れと落胆、孤独と失望にさいなまれてしまうようになったのです。

次に、5~8節までをご覧ください。「5 彼がエニシダの木の下で横になって眠っていると、見よ、一人の御使いが彼に触れ、「起きて食べなさい」と言った。6 彼が見ると、見よ、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水の入った壺があった。彼はそれを食べて飲み、再び横になった。7 主の使いがもう一度戻って来て彼に触れ、「起きて食べなさい。旅の道のりはまだ長いのだから」と言った。8 彼は起きて食べ、そして飲んだ。そしてこの食べ物に力を得て、四十日四十夜歩いて、神の山ホレブに着いた。」

エリヤがエニシダの木の下で横になって眠っていると、一人の御使いが彼に触れ、「起きて食べなさい」と言いました。死を願うほどひどく落ち込んでいたエリヤを癒すために主が取られた方法は、食事を取らせることでした。体調を守り、肉体を整えようとされたのです。

彼が見てみると、そこに焼け石で焼かれたパン菓子一つと、水の入った壺があったので、彼はそれを食べ、また飲みました。それを食べて飲むと、彼は再び横になりました。相当疲れていたのでしょう。再び横になり眠ってしまいました。そこで御使いがもう一度彼に触れ「起きて食べなさい。旅の道のりはまだ長いのですから。」と言うと、エリヤは起きて食べ、そして飲んで力が与えられました。すると彼は、四十日四十夜歩いて、神の山ホレブまでやって来ました。なぜホレブまでやって来たのでしょうか。誰も神の山ホレブに行くようになんて言っていません。そこはかつてモーセが神から律法を受けた場所です。おそらく彼は、そこに行けば神からの新しい啓示が与えられるのではないかと思ったのでしょう。しかし、それは神の指示によるものではなく、自分勝手な判断によるものでした。これまでのエリヤの働きはすべて神からの指示によるものでした。たとえば、ケレテ川のほとりに行ったのも(Ⅰ列王17:3)、また、ツァレファテのやもめのところに行ったのもそうです(Ⅰ列王17:9)。アハブに会いに行った時もそうです(Ⅰ列王18:1)。つまり、神の御心から外れて自分勝手な道を歩み始めると、日々の生活の方向性を失ってしまい、信仰の漂流が始まるのです。そんなエリヤに、主は何と言われたでしょうか。

Ⅱ.ここで何をしているのか(9-18)

次に、9~18節をご覧ください。「9 彼はそこにある洞穴に入り、そこで一夜を過ごした。すると、主のことばが彼にあった。主は「エリヤよ、ここで何をしているのか」と言われた。10 エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」11 主は言われた。「外に出て、山の上で主の前に立て。」するとそのとき、主が通り過ぎた。主の前で激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。12 地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。しかし火の後に、かすかな細い声があった。13 エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て洞穴の入り口に立った。すると声がして、こう言った。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」14 エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」15【主は彼に言われた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ。16 また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ。17 ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺す。18 しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである。」」

神の山ホレブに着いたエリヤは、そこにある洞穴に入り、そこで一夜を過ごししまた。すると主は彼にこう言われました。「エリヤよ、ここで何をしているのか」。どういうことでしょうか。このことばで、神はエリヤに何を問うておられたのでしょうか。

彼は神の御心から外れて日々の生活の方向性を見失っていました。彼は本来いるべきところにいなかったのです。そこで主は彼に「ここで何をしているのか」と問われたのです。つまり、あなたはどこにいるのか、あなたはわたしが望んでおられるところにいるのかと問われたのです。

それに対してエリヤは何と言いましたか。彼は10節でこのように答えました。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」

エリヤは、「ただ私だけが残りました」と言っています。これは事実ではありません。アハブ王の側近であるオバデヤがすでに、主の預言者100人をほら穴に隠して養っていたことをエリヤは知っていました。それなのに彼は自分だけが主に仕えていると言いました。エリヤは、落胆と孤独で事実が見えなくなっていたのです。否定的なことしか見ることができなくなっていました。私たちもそういうことがあるのではないでしょうか。たとえば、長いこと病気でいると、どうして自分ばかりこんなに辛い思いをしなければならないのか・・と。つまり、自分の置かれた状況に振り回されてしまうのです。

それに対して主は何と言われましたか。11節です。「外に出て、山の上で主の前に立て。」すると主が通り過ぎて行かれました。でもそこには主はおられませんでした。大風が山々を裂き、岩々を砕きましたが、そこにも主はおられませんでした。風の後に地震が起こりましたが、その火の中にも主はおられませんでした。そうした激しい自然現象の中には、主はおられませんでした。ではどこにおられましたか。火の後です。火の後に、かすかな細い声がありました。それは主の声でした。エリヤはそれが主の声でだとわかったので、すぐに外套で顔をおおい、外に出て洞穴の入り口に立ちました。エリヤが外套で顔をおおったのは、神に対する畏怖の念があったからです。

すると声がしました。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」主はここで彼に同じ質問を繰り返されました。その質問に対してエリヤも同じ答えを繰り返しています。彼は依然として否定的な面にしか目を向けることができないでいました。なぜでしょうか。エリヤはこれまで多くの奇蹟を見ていきましたが、そのような奇蹟をもたらすのが万軍の主だと思い込んでいたからです。しかし主は、そのような奇跡の中だけにおられるのではありません。むしろ、そうしたことにばかり目が行ってしまうと、そうでない現実に疲れや落胆を抱くようになってしまいます。でもこのような奇跡が私たちを動かすのではなく、ただ自分の内に語られる神様のかすかな細い声、しずかな声によって私たちは動かされるのです。エリヤも激しい自然現象によってではなく、かすかな細い声に動かされて、ほら穴から出て来ることができました。この神のかすかな細い声が、私たちを人生の洞穴から導き出してくださるのです。その声が、私たちのじたばたやもがきを止めてくれるのです。私たちはこの声を聞くべきなのです。

Ⅲ.エリヤの後継者エリシャ(15-21)

最後に、15~21節をご覧ください。15~18節をお読みします。「15 主は彼に言われた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ。16 また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ。17 ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺す。18 しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである。」

エリヤは、自分がどういうことをしたのか、他のイスラエルの民は何をしたのかとなど、いろいろな事を主の前に並べ立てました。しかし、主にとってそんなことはどうでも良いことでした。主が求めておられたことは、エリヤが自分に与えられている使命を果たすことだったのです。

そこで主は彼に、主は新しい使命を与えられました。それは、ダマスコの荒野へ帰って行き、そこでハザエルに油を注いで、アラムの王とすることでした。また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とすること、そして、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、彼に代わる預言者とすることでした。アラムの王ハザエルは、偶像礼拝と不信仰に陥っていたイスラエルの民を裁く器となります。また、ニムシの子エフーは、北イスラエルの王アハブの家を罰し、滅亡させる器となります。シャファテの子エリシャは、エリヤに代わる預言者となります。この3人は、エリヤが始めたバアル撲滅運動を完成させる器なのです。ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺します。そんなことをしたらイスラエルにはだれも残らなくなってしまうんじゃないですか。いいえ、違います。主はこのように約束してくださいました。18節です。

「しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである。」

ここで、エリヤの過剰なまでの自負心と孤独に対する最終的な解決が与えられます。それが、七千人の残りの者たちです。この「イスラエルの残りの者たち」(レムナント)という概念は、エリヤの時代に明らかになりました。彼らは、各時代にあって主を信頼した真の信仰者たちです。イスラエルの残れる者は、いつの時代にあっても少数者です。そしてそれは、イエスの時代も、使徒たちの時代も、さらに今の時代も、変わることがない真理なのです。

ですから、クリスチャンが少ないからと言って、悲しむ必要はありません。真の信仰者は、いつの時代であっても少数者だからです。それよりも、少数者でもバアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちがいることを喜び、感謝すべきです。エリヤは「自分だけが」という思いから深い孤独と絶望の中にいましたが、自分だけでなく、何と多くの兄弟姉妹たち、同労者たちに囲まれているということを知り、励ましと慰めを受け鬱から解放されたのです。立ち上がることができました。

19~21節をご覧ください。「19 エリヤはそこを去って、シャファテの子エリシャを見つけた。エリシャは、十二くびきの牛を先に立て、その十二番目のくびきのそばで耕していた。エリヤが彼のところを通り過ぎるとき自分の外套を彼に掛けたので、20 エリシャは牛を放って、エリヤの後を追いかけて言った。「私の父と母に口づけさせてください。それから、あなたに従って行きますから。」エリヤは彼に言った。「行って来なさい。私があなたに何をしたか。」21 エリシャは引き返して、一くびきの牛を取り、それを殺して、牛の用具でその肉を調理し、人々に与えてそれを食べさせた。それから彼は立ってエリヤについて行き、彼に仕えた。」

そればかりではありません。彼はもう一つの事実を知って、完全に立ち直ります。それは、後継者が備えられていたという事実です。エリヤはそこを去って、シャファテの子エリシャのところへ行きました。エリシャの出身はアベル・メホラです。すなわち、彼はシナイ山から、アベル・メホラまでやって来たということです。アベル・メホラは、死海とガリラヤ湖の中間にあるヨルダン渓谷の町です。エリシャは12くびきの牛を先に立て、その12番目のくびきのそばで耕していました。農作業に従事していたということです。

エリヤが彼のところを通り過ぎると、彼はエリシャに自分の外套を彼に掛けました。この外套を掛けるという行為は、自分の後継者として選んだということです。エリシャはそれをすぐに理解して、それで自分の職を捨て、エリヤに従っていきます。そして、こう言いました。

「私の父と母に口づけさせてください。それから、あなたに従って行きますから。」

どういうことでしょうか。エリヤについて行く前に、父と母に挨拶させてください。それからあなたに従って行きますと。するとエリヤは、「行って来なさい。私があなたに何をしたか。」と言いました。これは「あなたの思うようにしなさい」ということです。これはあなたと神様との問題なのだから、神の召しに答えるのに、自分がとやかく言えるものではないといった意味です。

エリシャは引き返して、一くびきの牛を取り、それを殺して、牛の用具でその肉を調理し、人々に与えてそれを食べさせてからエリヤについて行きました。エリシャは家族のためにさよならパーティーを開き、その後でエリヤについて行ったのです。

主はエリヤに、イスラエルの中にバアルに膝をかがめず、口づけしなかった七千人を残すと言われましたが、ここでは、彼の後継者として、神の働きを行う者を備えておられました。神の働きは決して途絶えることはありません。神は、いつの時代も、ご自身のしもべを用意しておられるのです。このことを通して、エリヤは完全に孤独と落胆から解放されました。彼は「自分だけが・・」と思っていましたが、実際には自分だけでなく、バアルに膝をかがめない、口づけしない七千人の勇士と、彼の働きを受け継ぐエリシャが備えられていることを知って、大いに励ましを受け、そこから立ち上がることができたのです。

それは私たちも同じです。私たちも恐れや困難に直面すると自分のことしか見えなくなってしまいます。「自分だけが・・・」と、孤独と落胆に陥ってしまうのです。しかし、実際はそうではありません。神様は少数者でも私たちと同じように主に信頼する真の信仰者を残しておられるのです。そればかりか、この働きを担う後継者までちゃんと用意しておられるのです。あなたは決して一人ではないのです。あなたはその事実をきちんと見なければなりません。

エリヤは神様によってその事実を見せられることによって大いに励ましを受け、孤独と落胆から立ち上がることができました。私たちもこの事実をしっかりと見ましょう。そして、そこに励ましと慰めを受けたいと思います。それはかすかな主の御声を聞くことから始まります。御声によってその事実に目が開かれるとき、あなたはあなたの目を自分から神に向けることができるようになり、神に感謝することができるようになるのです。

Ⅰ列王記18章

 

 今日は、列王記第一18章から学びます。

 Ⅰ.主を深く恐れていたオバデヤ(1-15)

まず、1~6節までをご覧ください。「1 かなりの日数を経て、三年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。「アハブに会いに行け。わたしはこの地の上に雨を降らせよう。」2 そこで、エリヤはアハブに会いに出かけた。そのころ、サマリアでは飢饉がひどかった。3 アハブは宮廷長官オバデヤを呼び寄せた。オバデヤは主を深く恐れていた。4 かつてイゼベルが主の預言者たちを殺したときに、オバデヤは百人の預言者たちを救い出し、五十人ずつ洞穴の中にかくまい、パンと水で彼らを養ったのである。5 アハブはオバデヤに言った。「国内のすべての水の泉や、すべての川に行ってみよ。馬とらばを生かしておく草が見つかり、家畜を絶やさないですむかもしれない。」6 二人はこの国を分けて巡り歩くことにし、アハブは一人で一つの道を行き、オバデヤは一人で別の道を行った。」

干ばつが始まって3年目に、アハブに会いに行くようにという主のことばが、エリヤにありました。それは「アハブに会いに行け。わたしはこの地の上に雨を降らそう。」というものでした。それでエリヤは、アハブに会うためにサマリアに出かけて行きました。というのは、特にサマリアでの飢饉がひどかったからです。これは、主に敵対するアハブとイゼベルに向けられていたものだったのです。

アハブには宮廷長官でオバデヤという名の家臣がいました。彼は主を深く恐れていました。彼は、かつてアハブの妻イゼベルが主の預言者たちを殺したときに、百人の預言者たちを救い出し、五十人ずつ洞穴の中にかくまい、パンと水で彼らを養いました。飢饉のときに、百人分の食料を調達するのは容易なことではありません。それは信仰がなければできないことです。彼は主を深く恐れていたので、アハブに背いても主に従ったのです。

極悪な王アハブのもとで、北王国イスラエルがバアル礼拝へと向かっていた中でも、彼のように真実な信仰を持っていた人が残っていたということは驚きです。そして、神は今もこのような少数の者たちを残しておかれ、彼らを用いて、ご自身の御業を行っておられるのです。ですから、クリスチャンが少ないからと言ってがっかりしないでください。数が問題なのではありません。問題はそこにオバデヤのような神を恐れる真の神の民がいるかどうかということです。私たちの置かれている状況がどうであれ、私たちはいつも「私と、私の家とは主に仕える」という信仰に堅く立っていなければなりません。

アハブはオバデヤに言いました。「国内のすべての水の泉や、すべての川に行ってみよ。馬とらばを生かしておくための牧草が見つかり、家畜を絶やさないですむかもしれない」と。馬とらばは、戦いに必要な家畜です。ですから、何とかして家畜を絶やさないようにしたかったのです。それで、アハブとオバデヤは、国を分けてそれぞれ別の道を巡り歩くことにしました。その方が効率がよいからです。

7~15節をご覧ください。「7 オバデヤがその道にいたところ、エリヤが彼に会いに来た。オバデヤにはそれがエリヤだと分かったので、ひれ伏して言った。「あなたは私の主人エリヤではありませんか。」8 エリヤは彼に答えた。「そうです。行って、エリヤがここにいると、あなたの主人に言いなさい。」9 すると、オバデヤは言った。「私にどんな罪があると言うのですか。あなたがこのしもべをアハブの手に渡し、殺そうとされるとは。10 あなたの神、主は生きておられます。私の主人があなたを捜すために人を遣わさなかった民や王国は一つもありません。その王国や民が、あなたはいないと言うと、主人は彼らに、あなたが見つからないという誓いをさせています。11 今、あなたは『行って、エリヤがここにいるとあなたの主人に言え』と言われます。12 私があなたから離れて行っている間に、主の霊はあなたを私の知らないところに連れて行くでしょう。私はアハブに知らせに行きますが、あなたを見つけられなければ、彼は私を殺すでしょう。しもべは子どものころから主を恐れています。13 あなたには、イゼベルが主の預言者たちを殺したとき、私のしたことが知らされていないのですか。私は主の預言者百人を五十人ずつ洞穴に隠し、パンと水で彼らを養ったのです。14 今、あなたは『行って、エリヤがここにいるとあなたの主人に言え』と言われます。彼は私を殺すでしょう。」15 すると、エリヤは言った。「私が仕えている万軍の主は生きておられます。私は必ず、今日、アハブの前に出ます。」」

オバデヤが道を歩いていた時、エリヤが彼に会いにやって来ました。オバデヤはそれがエリヤだとすぐにわかったので、その場にひれ伏しました。彼はエリヤに、「あなたはわたしの主人エリヤではありませんか」と言いました。それは、エリヤに対する恐れと尊敬の表れでした。エリヤが預言したとおり干ばつが起こったことを知っていたオバデヤは、エリヤを恐れていたのです。

エリヤはオバデヤに、「そうです」と言うと、「行って、エリヤがここにいると、あなたの主人に言いなさい。」と言いました。あなたの主人とはアハブ王のことです。

するとオバデヤは大いに恐れました。なぜ?エリヤが自分をアハブに渡し、殺すのではないかと思ったのです。どういうことかというと、これまでアハブはエリヤを殺そうといろいろなところに人を遣わして捜させましたが、「いない」と報告すると「本当か?」と言って誓いまで書かせていました。もし自分がそのエリヤがいることをアハブに報告している間にエリヤ本人がいなくなってしまったら、自分が殺されるのではないかと思ったのです。12節でオバデヤが言っていることはそういうことです。自分がアハブのところに報告にいっている間に、主の霊が彼をどこか知らないところに連れて行くことがあれば、私は殺されてしまうことになると言っています。エリヤは3年間アハブから逃れて隠れた生活をしていました。そのためエリヤは「主の霊」によって取り去られたのではないかという噂が広がっていたのです。そんなことが私の身に起こったら大変です。子どものころから主を信じ、主を恐れている自分にそのような悲劇があるとしたら、あまりにも理不尽です。

オバデヤは自分がしてきたことをエリヤに伝えます。13節です。「あなたには、イゼベルが主の預言者たちを殺したとき、私のしたことが知らされていないのですか。私は主の預言者百人を五十人ずつ洞穴に隠し、パンと水で彼らを養ったのです。」

彼がしたことは、主の預言者たちの間ではよく知られていました。当然、エリヤにも知らされていたはずです。彼はいのちがけで主の預言者をかくまい、彼らを養ったのです。そんな自分に災難が降りかかるようなことをしないでくださいとお願いしているのです。

するとエリヤは何と言ったでしょうか。15節をご覧ください。彼はこう言いました。「私が仕えている万軍の主は生きておられます。私は必ず、今日、アハブの前に出ます。」

エリヤは、自分のいのちを狙っているアハブの前に出ることは相当の恐れがあったと思いますが、彼が仕えている主は万軍の主であって、今も生きておられるお方であると信じていました。であれば、主は必ず守ってくださいます。その信仰をもって、今日、アハブの前に出ると言っているのです。どうして彼はそのように言うことができたのでしょうか。

エリヤは最初からこのような信仰を持っていたわけではありません。17章にあったことを思い出してください。彼はまずケレテ川のほとりに身を隠せと主から言われたのでそのようにすると、主は烏をもって彼を養ってくださいました。毎日、朝と晩に、肉とパンを運んできたのです。それから主はエリヤを、ツァレファテのやもめのところに遣わされました。このやもめは本当に貧しく、かめの中には一握りの粉と、壺の中にはほんの少しの油しか持っておらず、それを自分の息子のために調理して食べて、死のうとしていました。しかし、「主が血の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、壺の油はなくならない。」という主のことばを信じて従うと、そのことばの通りになりました。エリヤはこうしたケレテ川での体験や、ツァレファテのやもめの家での体験を通して信仰が強められ、揺るぎないものとなっていきました。それがこのことばの中に表れているのです。私たちも試練を通して練られ、強くされていきます。そうした苦難を通して信仰が養われていると信じ、神の御業を体験させていただきたいと思います。

Ⅱ.バアルとアシェラの預言者たちとの戦い(16-40)

次に、16~29節をご覧ください。「16 オバデヤは行ってアハブに会い、彼に告げたので、アハブはエリヤに会うためにやって来た。17 アハブがエリヤを見るやいなや、アハブは彼に言った。「おまえか、イスラエルにわざわいをもたらす者は。」18 エリヤは言った。「私はイスラエルにわざわいをもたらしてはいない。あなたとあなたの父の家こそ、そうだ。現に、あなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルの神々に従っている。19 今、人を遣わして、カルメル山の私のところに、全イスラエル、ならびにイゼベルの食卓に着く、四百五十人のバアルの預言者と四百人のアシェラの預言者を集めなさい。」

20 そこで、アハブはイスラエルのすべての人々に使者を遣わして、預言者たちをカルメル山に集めた。21 エリヤは皆の前に進み出て言った。「おまえたちは、いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。22 そこで、エリヤは民に向かって言った。「私一人が主の預言者として残っている。バアルの預言者は四百五十人だ。23 私たちのために、彼らに二頭の雄牛を用意させよ。彼らに、自分たちで一頭の雄牛を選び、それを切り裂いて薪の上に載せるようにさせよ。火をつけてはならない。私は、もう一頭の雄牛を同じようにし、薪の上に載せて、火をつけずにおく。24 おまえたちは自分たちの神の名を呼べ。私は主の名を呼ぶ。そのとき、火をもって答える神、その方が神である。」民はみな答えて、「それがよい」と言った。」

25 エリヤはバアルの預言者たちに言った。「おまえたちで一頭の雄牛を選び、おまえたちのほうから、まず始めよ。人数が多いのだから。おまえたちの神の名を呼べ。ただし、火をつけてはならない。」26 そこで彼らは、与えられた雄牛を取って、それを整え、朝から真昼までバアルの名を呼んだ。「バアルよ、私たちに答えてください。」しかし何の声もなく、答える者もなかった。そこで彼らは、自分たちが造った祭壇のあたりで踊り回った。27 真昼になると、エリヤは彼らを嘲って言った。「もっと大声で呼んでみよ。彼は神なのだから。きっと何かに没頭しているか、席を外しているか、旅に出ているのだろう。もしかすると寝ているのかもしれないから、起こしたらよいだろう。」28 彼らはますます大声で叫び、彼らの慣わしによって、剣や槍で、血を流すまで自分たちの身を傷つけた。29 このようにして、昼も過ぎ、ささげ物を献げる時まで騒ぎ立てたが、何の声もなく、答える者もなく、注目する者もなかった。」

オバデヤは行ってアハブに会い、彼に告げたので、アハブはエリヤに会うためにやって来ました。アハブはエリヤを見るやいなや、エリヤに言いました。「おまえか、イスラエルにわざわいをもたらす者は」。アハブは、エリヤがイスラエルに災いをもたらしていると思っていたのです。

それに対してエリヤは何と言いましたか。エリヤはこう言いました。18節、「私はイスラエルにわざわいをもたらしてはいない。あなたとあなたの父の家こそ、そうだ。現に、あなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルの神々に従っている」。イスラエルに災いをもたらしているのは自分ではなく、アハブと彼の家族であると指摘し、彼らが主の命令を捨てて、バアルの神々に従っている結果だと告げたのです。

そこでエリヤは続けてこう言いました。「今、人を遣わして、カルメル山の私のところに、全イスラエル、ならびにイゼベルの食卓に着く、四百五十人のバアルの預言者と四百人のアシェラの預言者を集めなさい。」(19)

どういうことですか。真の神はだれなのかということです。エリヤが信じている万軍の神、主なのか、それともバアルなのかということです。そのことをはっきりさせようではないかというのです。それをはっきりさせるために、バアルの預言者とアシェラの預言者をカルメル山にいる私の自分のところに集めよ、といったのです。巻末の地図をご覧ください。カルメル山は、イズレエル平原の北西にある地中海沿岸から南東に伸びる、標高およそ520メートルの山脈です。そこに450人のバアルの預言者と、400人のアシェラの預言者を集めるようにというのです。この預言者の数によって、当時の北王国イスラエルにおけるバアル礼拝の規模がどれほどのものであったかを想像することができます。それは相当の規模でした。

ここに彼らの問題の真の原因がありました。北王国イスラエルの物質的問題も霊的問題も、すべて主を退けバアルやアシェラといった偶像を礼拝していたことにあったのです。私たちも、自分が直面している問題の真の原因はどこにあるのかを考えなければなりません。それらすべての問題の原因は、神を神としないで、偶像を礼拝していることにあります。あなたのバアルは何でしょうか。あなたのアシェラは何でしょうか。私たちはバアルやアシェラといった目に見える偶像を拝むことはしていないかもしれませんが、神以上に愛するものがあるなら、それがあなたの偶像なのです。神を神として認め、この神を第一として歩むなら、神があなたを祝福してくださいます。

昨日、「1対1弟子養育聖書研究」という本を学んでいたら、サタンは「この世」を通して私たちクリスチャンを攻撃してくるとありました。そこに次のようなケースが紹介されていました。

ある若い夫婦が熱心に主に仕えていましたが、急に教会に出席するのを止めました。その理由を探ってみると、彼らが一生懸命に貯めたお金で家を勝ってから、妻は家を飾ることに神経を使い、夫は車を買うお金を稼ぐために仕事により多くの時間と勢力を費やすようになったということです。家と車を買うこと自体は罪ではありませんが、彼らがそれらを神様よりもってと愛したので、ついにサタンの誘惑に負けてしまったのです。私たちはこのような試みにどのように対処すべきでしょうか。

私たちの心を攻撃するこの世の心配が、短い人生の中で比重を占めています。今日のような物質主義、消費主義の社会においては、もっとそうなります。町の中で豪華なレストランやお店などが私たちを誘惑します。また、高級乗用車などが私たちの関心を引きます。このような誘惑は神様に対する私たちの愛が冷え始めると、その空白の中に入って来ます。このような外敵な試みは逃げて解決できるものではありません。この世を通して入って来た試みはこの世から逃げるよりは、神様に対する自分の愛がどうであるかで決まります。そのためには、自分の敬虔の生活を顧みなければなりません。

20節をご覧ください。そこで、アハブはイスラエルのすべての人々に使者を遣わして、預言者たちをカルメル山に集めました。カルメル山は、バアル礼拝の聖地です。つまり、バアル神の力が最も発揮される所と言っていいでしょう。そこが霊的戦いの場となりました。しかし、エリヤにとってそんなことは問題ではありませんでした。むしろ、カルメル山がそのような所だからこそ、バアルの預言者たちとの戦いには最適なところだと考えたのです。本当の神はどちらかが明らかになるからです。

エリヤはイスラエルの民、皆の前に進み出て何と言いましたか。「おまえたちは、いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え。」(21)

イスラエルの民は、主なる神とバアルの間を揺れ動いていました。いつまでもどっちつかずによろめいていたのです。それはよいことではありません。もし主が神であるならば主に従い、バアルが神であるなら、バアルに従えばいい。どっちつかずにいることを「二心」と言います。ヤコブ1:8-9にあるように、そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういう人は、歩むすべてにおいて心が定まっていないのです。どちらかに決めなければなりません。主に仕えるのか、バアルに仕えるのか。しかし、イスラエルの民は一言も答えることができませんでした。

そこで、エリヤは民に向かって言いました。「私一人が主の預言者として残っている。バアルの預言者は四百五十人だ。」(22)1対450です。エリヤは、彼以外にも主の預言者がいたことを知っていましたが(18:13)、この戦いに関しては、彼一人でした。敵は450人もいました。人間的に見れば勝敗は決まっているかのようですが、エリヤは自分の仕えている神は万軍の主であって、生きておられる神であると信じていたので、ただ主に信頼して戦いました。

彼は、2頭の雄牛を全焼のいけにえために用意するように命じました。そして、相手に自分たちの気に入った牛を選ばせ、それを切り裂いて薪の上に乗せるようにと言いました。そして、それぞれの神の名を呼んで、その呼びかけに対して、火をもって答える神が真の神であるということでよいかを確かめると、民が「それがよい」と言いったので、いよいよここにバアルの預言者たちとエリヤとの戦いの幕が下されました。

エリヤはバアルの預言者たちから始めるようにと言いました。人数が多かったからです。そこで彼らは、自分たちが選んだ雄牛を取って、朝から真昼までバアルの名を呼びました。「バアルよ、私たちに答えてください。」と。バアルは、天から雨を降らせ、作物を実らせる豊穣の神です。また、天から稲妻を降らせる神でもあります。ですから、彼らは必死になって彼らの神、バアルの名を呼びました。この光景がよく聖書の紙芝居に描かれていますが、おもしろいですね。阿波踊りのような格好で自分たちが造った祭壇のあたりで踊り狂っています。でも結果はどうだったでしょうか。何の声もありませんでした。何の声もなく、答える者もありませんでした。

それを見ていたエリヤは彼らを嘲って言いました。「もっと大きな声で読んでみたらどうか」「彼は神なのだから、呼べばきっと答えてくれるはずだ」。「もしかすると何かに没頭しているのかもしれない。旅に出ているのかな。もしかすると寝ているのかもしれない。」「だから、もっと大きな声で叫んで起こした方がいいんじゃないか」。

それで彼らはますます大声で叫び、彼らの慣わしによって、剣や槍で、血を流すまで自分たちのからだに傷つけたりしました。しかし、それでも何の声もなく、答える者もなく、注目する者もありませんでした。バアルには実体がないからです。偶像礼拝とは、実体のないものを神として礼拝しているだけのことです。それはただ森から切り出された木や石に、金箔とか、銀箔を塗っただけのものにすぎません。中身がないのです。ですから、どんなに叫んでも聞かれることはありません。空の空、すべては空です。偶像を拝む者もこれと同じです。それは空しいだけなのです。

それに対して、エリヤはどうしたでしょうか。30~40節をご覧ください。「30 エリヤが民全体に「私のそばに近寄りなさい」と言ったので、民はみな彼に近寄って来た。彼は、壊れていた主の祭壇を築き直した。31 エリヤは、主がかつて「あなたの名はイスラエルとなる」と言われたヤコブの子たちの部族の数にしたがって、十二の石を取った。32 その石で、彼は主の御名によって一つの祭壇を築き、その祭壇の周りに、二セアの種が入るほどの溝を掘った。33 それから彼は薪を並べ、一頭の雄牛を切り裂いて薪の上に載せ、34 「四つのかめに水を満たし、この全焼のささげ物と薪の上に注げ」と命じた。それから「もう一度それをせよ」と言ったので、彼らはもう一度そうした。さらに、彼が「三度目をせよ」と言ったので、彼らは三度目をした。35 水は祭壇の周りに流れ出した。彼は溝にも水を満たした。

36 ささげ物を献げるころになると、預言者エリヤは進み出て言った。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのおことばによって私がこれらすべてのことを行ったということが、今日、明らかになりますように。37 私に答えてください。主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主よ、あなたこそ神であり、あなたが彼らの心を翻してくださったことを知るでしょう。」38 すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした。39 民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。40 そこでエリヤは彼らに命じた。「バアルの預言者たちを捕らえよ。一人も逃すな。」彼らがバアルの預言者たちを捕らえると、エリヤは彼らをキション川に連れて下り、そこで彼らを殺した。」

エリヤは、すべての民を呼び寄せると、まず壊れていた主の祭壇を築き直しました。主の祭壇が破壊されたというのは、彼らの信仰が崩れていたことを表しています。北王国イスラエルは、主からも、主との契約からも、遠く離れた状態にありました。それをまず立て直さなければならなかったのです。すべては主の祭壇を立て直すことから始めなければなりません。それが個人であっても、教会であっても、また国であっても、私たちは壊れた祭壇を立て直すことから始めなければならないのです。あなたの祭壇は壊れていませんか。あなたの心の祭壇を建て直し、主との関係を再建することから始めなければなりません。

次に彼は「あなたの名はイスラエルとなる」と言われたヤコブの子たちの部族の数にしたがって12の石を取りました。これはイスラエル12部族を象徴していました。その石で彼は、主の御名によって一つの祭壇を築き、その祭壇の周りに、2セアの種が入るほどの溝を掘りました。2セアとは、1セアが7.6リットルですから、約15リットルとなります。それほどの水が入る溝を掘ったのです。なぜでしょうか。次のところを見るとわかりますが、これから祭壇に注ごうとしている水が流れ出さないようにするためです。

それからエリヤは薪を並べ、一頭の雄牛を切り裂いて薪の上に乗せると、四つのかめに水を満たし「この全焼のささげものと薪の上に注げ。」と命じました。干ばつが3年以上も続く中、いったいどこからこの水を汲んできたのでしょうか。おそらく、カルメル山の麓のどこかに枯れていなかった泉が残っていたのでしょう。その水を全焼のいけにえと薪の上に3度も注いだのは、これから起こることがトリックではなく、神の御業であることを示すためでした。そのことばの通り3度水を注ぐと、周囲に掘られた溝に水が流れ出しました。エリヤは溝にも水を満たしました。それは絶対にトリックなどではないことを示すためです。

ささげ物をささげるころになると、エリヤは進み出て祈りました。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのおことばによって私がこれらすべてのことを行ったということが、今日、明らかになりますように。37 私に答えてください。主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主、あなたこそ神であり、あなたが彼らの心を翻してくださったことを知るでしょう。」

エリヤはどのように祈ったでしょうか。エリヤは、バアルの預言者のようにやみくもに祈ったり、何度も同じことばを繰り返したりはしませんでした。彼はまず、「アブラハム、イサク、イスラエルの神」と呼びました。これは、イスラエルの神は契約の神であるということです。つまり、このことが神のみことばの約束に基づいて行われたことであると訴えているのです。次に彼は、主がこの祈りに応えてくださることによって、神の民であるイスラエルが主こそ神であることを知ることができるように、また、その心を翻してくださるようにと祈りました。

その結果はどうだったでしょうか。38~39節をご覧ください。「すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした。民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。」

すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、何と溝の水もなめ尽くしました。主が勝利したということです。民はこれを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です。」と言いました。民はようやく、主だけが真の神であることを認識したのです。

私たちの誰もが、エリヤが体験したような奇跡を体験するわけではありません。しかし、日々の生活において、神はこのような奇跡を行っておられます。何よりも私たちの存在と生き方がそうなのではないでしょうか。

先週、那須で88歳と83歳の御夫妻が洗礼を受けられましたが、それは東京に住んでおられる一人娘さんの生き方に深く感動してのことでした。鬱で寝たきりの御主人を真心を込めて介護する力は、主イエスを信じる信仰から出ているということを、その姿から伝わってきました。

まことに私たちは取るになりない小さな者ですが、このような小さな者を通して成される主の御業を通して、それを見る人たちが「主こそ神です。主こそ神です。」と告白することができたらどんなに素晴らしいことでしょうか。

Ⅲ.福音のためなら何でする(41-46)

最後に、41~46節をご覧ください。「41 エリヤはアハブに言った。「上って行って、食べたり飲んだりしなさい。激しい大雨の音がするから。」42 そこで、アハブは食べたり飲んだりするために上って行った。エリヤはカルメル山の頂上に登り、地にひざまずいて自分の顔を膝の間にうずめた。43 彼は若い者に言った。「さあ、上って行って、海の方をよく見なさい。」若い者は上って、見たが、「何もありません」と言った。するとエリヤは「もう一度、上りなさい」と言って、それを七回繰り返した。44 七回目に若い者は、「ご覧ください。人の手のひらほどの小さな濃い雲が海から上っています」と言った。エリヤは言った。「上って行って、アハブに言いなさい。『大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下って行きなさい。』」45 しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい大雨となった。アハブは車に乗って、イズレエルへ行った。46 主の手がエリヤの上に下ったので、彼は裾をたくし上げて、イズレエルの入り口までアハブの前を走って行った。」

「上って行って」とは、カルメル山の山頂に上って行ってということではありません。自分の宿営地に帰って行ってということです。そこで食べてり、飲んだりするようにということです。なぜなら、激しい大雨の音がするからです。干ばつが終わり、もうすぐ雨が降るからということです。だから宴会を開いてお祝いするようにというのです。

すると、アハブは食べたり飲んだりするために上って行きました。彼には悔い改めも霊的洞察力もなく、ただ現状を見てホッとしたのです。何事もなかったかのように振る舞いました。

すると、エリヤはカルメル山の頂上に上り、地にひざまずいて祈りました。「自分の顔を膝の間にうずめる」とは、彼の祈りが真剣なものであったことを表しています。そして若い者に言いました。「さあ、上って行って、海の方をよく見なさい。」

若い者は上って行って見ましたが、何も見えなかったので「何もありません」と言うと、エリヤは「もう一度、上りなさい」と言って、それを七回繰り返しました。そして七回目に上って行ったとき、人の手のひらほどの小さな濃い雲が海から上ってくるのが見えました。するとエリヤはその若者に、アハブにこう伝えるように言いました。「大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下って行きなさい。」どういうことでしょうか。

エリヤは、手のひらほどの小さな雲が、やがて大雨に変わることを知っていました。それは、そのように前もって知らされていたからです。しかし、ただ知らされていただけでなく、彼が祈っていたからです。エリヤはずっと祈っていたので、それがどういうことなのかを悟ることができたのです。

それは私たちにも言えることです。私たちも祈っていなければ、見えるものも見えなくなってしまいます。しかし、エリヤのように祈り求めていると、確かに約束がかなえられていることを悟ることができるのです。たとえそれが小さな兆候でも。小さな始まりを軽んじてはいけません。

しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい雨になりました。アハブは、その雨の中戦車に乗って、イズレエルへ行きました。それはカルメル山とイズレエル平原の間に、彼が冬を過ごす宮殿があったからです。すると主の手がエリヤに下ったので、彼は裾をたくし上げて、イズレエルの入り口までアハブの前を走って行きました。どういうことでしょうか。カルメル山からイズレエルの入り口までは、約35~40㎞あります。その距離を走り続けるというのは並大抵のことではありません。それは、主から超自然的な力が与えられていなければできなかったことです。エリヤは主の力をいただいて、アハブの車の前を走り続けました。何とかしてアハブを主に立ち返らせようと思ったからです。エリヤは背教の王を主に立ち返らせるために何でもしようと思ったのです。それで、アハブの車の前を35㎞も走ったのです。

このエリヤの姿から、主のしもべとはどのような者なのかを教えられます。彼の行動はすべて福音のため、主の栄光のためでした。主の栄光のために彼は、バアルとアシェラの預言者たちと戦い、主の栄光のために祈りました。主の栄光のためにアハブ王の車の前を何十キロと走り続けました。それは私たちも同じです。福音のためなら何でもするという決意で、ただ主の栄光が現わされることを求めなければなりません。ピリピ1:21で、パウロはこう言っています。「生きることはキリスト、死ぬことは益です。」これがパウロの生き方でした。生きることはキリスト、死ぬこともまた益なのです。私たちも、私たちの身をもって、ただキリストの栄光が現わされることをひたすら求めて歩もうではありませんか。

Ⅰ列王記17章

 今日は、列王記第一17章から学びます。

 Ⅰ.ティシュベ人エリヤ(1-7)

まず、1~7節までをご覧ください。「1 ギルアデの住民であるティシュベ人エリヤはアハブに言った。「私が仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。」2 それから、エリヤに次のような主のことばがあった。3 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。4 あなたはその川の水を飲むことになる。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」5 そこでエリヤは行って、主のことばどおりにした。彼はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。6 何羽かの烏が、朝、彼のところにパンと肉を、また夕方にパンと肉を運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。7 しかし、しばらくすると、その川が涸れた。その地方に雨が降らなかったからである。」

いよいよ旧約聖書における、代表的な預言者エリヤが登場します。エリヤが登場するのは、この北王国イスラエルの王アハブの時代です。彼は、ティシュベの出身でした。ティシュベは、ヨルダン川の東側のギルアデにある町です。彼は、アハブ王がシドン人の娘イゼベルを妻とし、バアルに仕えそれを拝んでいると聞いて、神の怒りに燃え、サマリアにいるアハブのところにやって来たのです。その距離、約50㎞です(新改訳聖書第三版巻末の地図、「イスラエルとユダの王国」参照)。「エリヤ」という名前は、「ヤハウェは私の神」という意味です。彼は神のことばを受けて、それをアハブに伝えました。

それは、「私が仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。」(1)というものでした。エリヤが仕えているイスラエルの神、主は生きておられる神です。バアルのように何もできない偶像ではありません。これは、その主が言われることばなのです。それは、ここ数年の間は露も降らず、雨も降らないということでした。つまり、干ばつになるということです。干ばつになるという預言は、バアルを礼拝する者にとっては致命的なことでした。なぜなら、バアルは雨を降らせる神、豊穣神と考えられていたからです。その雨が降らなくなるということは、イスラエルの神、主は、バアルの専門分野をも支配することになります。すなわち、バアル以上の神となるわけです。ですから、このエリヤの干ばつの預言は、ある意味でバアルに対する宣戦布告であったのです。

現代に生きる私たちも、私たちの人生に真の恵みの雨をもたらしてくれるものは何かを考えなければなりません。それは自分の力、家族、友人、偶像の神々ではなく、生きておられるまことの神、主であられるということです。エリヤの力の源は、この主なる神への信頼にあったのです。生けるまことの神に信頼するなら、恐れたり、不安になったり、絶望したりする必要はありません。

ところで、ヤコブ5:16~18に、このエリヤについての言及があります。「正しい人の祈りは、働くと大きな力があります。エリヤは私たちと同じ人間でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、雨は地に降りませんでした。それから彼は再び祈りました。すると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。」

ここでのポイントは、エリヤは私たちと同じ人間でしたが、という点です。彼は決して特別な人ではありませんでした。私たちと同じ人間でした。しかし、雨が降らないように祈ると、そのようになりました。義人の祈りが働くと大きな力があるからです。義人とは、神の目で正しい人であるということです。神に信頼して生きる人のことであります。生ける神に信頼し、この方に祈るなら、私たちも神から大きな力が与えられるのです。

それから、エリヤに次のようなことばがありました。「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。あなたはその川の水を飲むことになる。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」(3-4)

ケリテ川がどこにあるか、はっきりしたことはわかっていませんが、ティシュベの北を流れる川であったと考えられています。エリヤは、ヨルダン川の東にあるティシュベから北イスラエルの首都サマリアに行ったかと思ったら、再びヨルダン川の東側に戻らなければなりませんでした。そいったい何のためでしょうか。ケリテ川のほとりに身を隠すためでした。主は、アハブの手から彼を守ろうとしたのです。それは同時に、彼の信仰を養うためでもありました。そのような飢饉の中でも彼を養うことを通して、彼の信仰を強めようとされたのです。どのように?何と主は、烏にエリヤを養うように命じたというのです。

エリヤは主のことばのとおりケリテ川のほとりに行って住むと、何羽かの烏が「カー、カー」とやって来て、朝、夕とパンと肉を運んできました。また、彼はその川から水を飲みました。烏は、自らのひな鳥にさえ餌を忘れるような鳥です。その烏がエリヤのところに朝、夕と食べ物を運んで来たというのはアメージングです。これは神様の奇跡なのです。この「パン」という言葉は、へブル語で「レヘム」という語ですが、食べ物一般を指すことばです。ですから、パンという特定の食べ物だけでなく、そこには果物やナッツ、卵といったものも含まれていたことでしょう。主なる神さまの配慮とその方法には驚かされますね。でも、これが神の方法なのです。神の方法は私たちの想像をはるかに超えています。ですから、今月は食べるお金がないと言って心配しなくても大丈夫です。神様がちゃんと養ってくださいますから。

先日、さくらチャーチの礼拝で、長谷川先生が「さば缶」の話をされました。寒川の教会を開拓される中で食べるのにも困り果て、しょうがなく奥様が近くの施設で仕事をするようになりましたが、どうも平安がありませんでした。自分たちは主に召されたのだから、必要ならば主が与えてくださるのではないかとお仕事を辞めました。さて、この先どうしたらいいものかと途方に暮れていた時、信徒の方が「先生、これを食べてください」と、さばの缶詰をいただいたのです。ちょうど烏がエリヤのもとにパンと肉を運んで来たように、先生のもとに信徒を遣わしてさばの缶詰と大根か何かを運んでくださったのを忘れることができないと、話しておられました。まさにそうです。主は烏を用いて私たちを養ってくださるのです。

しかし、しばらくすると、その川が枯れてしまいました。その地に雨が降らなかったからです。干ばつの影響が出始めたのです。すると、主は彼にシドンのツァレファテに行き、そこに住むようにと言われました。すると主はどうされたでしょうか。

Ⅱ.ツァレファテのやもめの所で(8-16)

8~16節をご覧ください。「8 すると、彼に次のような主のことばがあった。9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしはそこの一人のやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」10 彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、薪を拾い集めている一人のやもめがいた。そこで、エリヤは彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」11 彼女が取りに行こうとすると、エリヤは彼女を呼んで言った。「一口のパンも持って来てください。」12 彼女は答えた。「あなたの神、主は生きておられます。私には焼いたパンはありません。ただ、かめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本の薪を集め、帰って行って、私と息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです。」13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。14 イスラエルの神、主が、こう言われるからです。『主が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。』」15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。16 エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった。」

主はエリヤに、シドンのツァレファテに行き、そこに住め、と言われました。そこに一人のやもめに命じて、彼を養うようにしているというのです。「ツァレファテ」は、ツロとシドンの中間に位置する地中海沿いの町です。ヨルダンの東にあったケレテ川からは100㎞ほど離れたところにあります。主はなぜわざわざツァレファテに行くようにと言われたのでしょうか。

一つの理由は、そこはアハブの妻イゼベルの出身地であったからです(16:31)。つまり、そこはバアル礼拝の中心地であったということです。そこで主は、ご自身がバアルよりも偉大なお方であることを示そうとされたのです。

二つ目に、このことによって神のご計画を示そうとしておられたからです。ルカ4:25~26にこうあります。「25 まことに、あなたがたに言います。エリヤの時代に、イスラエルに多くのやもめがいました。三年六か月の間、天が閉じられ、大飢饉が全地に起こったとき、26 そのやもめたちのだれのところにもエリヤは遣わされず、シドンのツァレファテにいた、一人のやもめの女にだけ遣わされました。」これは、イエス様がご自身の出身地であるナザレで受け入られなかった時に言われたことばです。ここで主はご自身が誰の所に遣わされたのかを述べるにあたり、このツァレファテの、一人のやもめに遣わされたと言われました。ツァレファテは異邦人の地です。つまり、イエス様はユダヤ人の中で拒まれたために、その名は異邦人の中でほめたたえられるようになるということを啓示しておられたのです。

三つ目に、このことによって神の偉大な御業を示そうとしておられたからです。一人のやもめに養われること自体、馬鹿げています。なぜなら、やもめは福祉制度が整っている今日とは異なり、こじきより多少ましであるという程度の貧しい存在であったからです。そんなこと考えられません。もし遣わすなら、もっと裕福な人のところに遣わした方が良いに決まっています。けれども神は人の考えとは違い、人の考えをはるかに超えたところで働かれるお方です。神はこのことを通してエリヤの信仰を訓練しようとしておられたのです。

主のことばに従って、エリヤがそのツァレファテに行くと、ちょうどそこに薪を拾い集めている一人のやもめがいました。そこでエリヤは彼女に、ほんの少しの水を飲ませてくれるようにと頼みました。これは、やもめが好意的に受け入れてくれるかどうかを試すためだったのでしょう。すると彼女が好意的に応答し、水を取りに行こうとしたので、彼は一口のパンも持って来てくださいとお願いしました。

すると彼女は何と言いましたか。彼女は、「あなたの神、主はき生きておられます。」と言いました。これは驚くべきことです。なぜなら、彼女は異邦人でしたが、イスラエルの神に対する信仰を持っていたからです。いわばこれは、彼女の信仰告白と言ってもいいでしょう。それにしてもどうして彼女はエリヤを見たとき、彼がイスラエルの預言者だとわかったのでしょうか。いずれにせよ、彼女はイスラエルの神、主は生きておられると告白することができました。けれども、彼女には焼いたパンはおろか、あるのはかめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油だけでした。彼女は今集めている薪で、帰って、自分と息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしていたのです。その時に現れたのがエリヤです。まさに絶妙なタイミングです。これは偶然ではなく神の摂理的な導きによるものでした。このことを通して主はエリヤだけでなく、彼女の信仰も養おうとしておられたのです。

それに対してエリヤは何と言いましたか。彼は、「それは大変ですね。わかりました。そうしてください」とは言いませんでした。エリヤは彼女にこう言いました。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。イスラエルの神、主が、こう言われるからです。『主が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。』」(13-14)

エリヤは、最初のパン菓子を、自分のところに持ってくるようにと命じました。それが終わってから、自分たちのために作りなさいと。 たとえ主からのことばが与えられていたからと言っても、このようなことはなかなか言いにくかったことでしょう。人間的に聞いたら、ずいぶん身勝手というか、調子がいい話です。いや、残酷な話です。最後のパンで私は生きるが、あなたがたは野垂れ死になさい、と言っているようなものなのですから。しかし、エリヤは大胆にそれを伝えました。それは、エリヤが主のことばを信じていただけでなく、このやもめもイスラエルの神である主を知るためです。彼女自身が、神を信じるその信仰を試しておられたのです。どのような信仰でしょうか。神の国とその義とを第一にするなら、神はそれに加えてすべてのものを備えてくださるという信仰です。彼女がエリヤのためにまず小さなパン菓子を作ったら、自分たちのためのものはありません。しかし、主のみことばに従って主を第一にするなら、主は必ず必要を与えてくださいます。主が血の上に雨を降らす日まで、かめの粉は尽きず、壺の油は無くならないということです。

彼女は、エリヤが言ったとおりにしました。するとどうなったでしょうか。15節をご覧ください。すると、主は約束通り、エリヤとそのやもめの一家を養われました。彼らは長い間食べることができたのです。主が言われたとおり、かめの中の粉は尽きず、壺の油はなくならなかったのです。すばらしいですね。「かめの中の粉は尽きず、壺の中の油はなくならない。」私はこの言葉が好きです。

ここからどういうことが言えるでしょうか。主は生きておられる方であり、この方に信頼するなら失望させられることはないということです。ツァレファテは、バアル礼拝の中心地シドンの地方にありました。ですから、そこでも干ばつが起こっていました。しかし、主はどんなに干ばつが続いても、麦から取れる粉とオリーブから取れる油を供給し続けてくださったのです。そうです、私たちの主は、バアルよりも偉大なお方なのです。この天地を造られた創造主であられ、今も生きて働いておられる神なのです。私たちも、このイスラエルの神、主こそ、天地を支配しておられる神であると認め、この方だけに信頼しましょう。

Ⅲ.やもめの息子の死(17-24)

最後に、17~24節をご覧ください。「17 これらのことの後、この家の女主人の息子が病気になった。その子の病気は非常に重くなり、ついに息を引き取った。18 彼女はエリヤに言った。「神の人よ、あなたはいったい私に何をしようとされるのですか。あなたは私の咎を思い起こさせ、私の息子を死なせるために来られたのですか。」19 彼は「あなたの息子を渡しなさい」と彼女に言って、その子を彼女の懐から受け取り、彼が泊まっていた屋上の部屋に抱えて上がり、その子を自分の寝床の上に寝かせた。20 彼は主叫んで祈った。「私の神、主よ。私が世話になっている、このやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。」21 そして、彼は三度その子の上に身を伏せて、主に叫んで祈った。「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに戻してください。」22主はエリヤの願いを聞かれたので、子どものいのちがその子のうちに戻り、その子は生き返った。23 エリヤはその子を抱いて、屋上の部屋から家の中に下りて、その子の母親に渡した。エリヤは言った。「ご覧なさい。あなたの息子は生きています。」24 その女はエリヤに言った。「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」」

それからどれくらい経ったかわかりませんが、このやもめにさらなる試みが襲い掛かります。彼女の息子が病気なり、ついに死んでしまったのです。やもめにとっては何が何だかわからなかったでしょう。死のうとしていたところを生かしてくれたかと思ったら、今度は息子が死のうとしていたのですから。18節のやもめのことばには、こうした彼女の心境が見て取れます。

するとエリヤは「あなたの息子を渡しなさい」と言うと、やもめからその子を受け取り、彼が泊まっていた屋上の部屋に抱えて上がり、その子を自分の寝床の上に寝かせました。ここに「その子を彼女の懐から受け取り」とか「抱えて上がり」とあるので、この子がまだ幼かったことがわかります。

エリヤはその子を自分の寝床の上に寝かせると、主に叫んで言いました。「私の神、主よ。私が世話になっている、このやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。」 そして、その子の上に三度身を伏せて、主に叫んで言いました。「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに戻してください。」するとどうでしょう。主はエリヤの祈りを聞かれ、子どものいのちがその子のうちに宿り、その子は生き返ったのです。ある人は、この子は本当は死んだのではなく意識を失っていただけだと考えますが、そうではありません。やもめの絶望とエリヤの必死の祈りが、この子が死んでいたことを示しています。ここでエリヤは三度祈っています。ただ祈ったのではありません。三度も必死に忍耐強く祈り続けました。ここにエリヤの必死に求める信仰が表されています。あの王室の役人の息子が死んだときも、父親はイエス様のもとに来て、息子が癒されるようにとひれ伏して祈りました(ヨハネ4:47)。イエス様は、「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は与えられ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。」(マタイ7:7~8)と言われましたが、主は愛する者のために、こうした必死の祈りに応えてくださる方なのです。それは主が生きておられる神であり、そのことばが確かなものであることを示すためです。

その子が生き返ったとき、彼女はエリヤにこう言いました。「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」(24)

それは彼女の信仰を引き上げ、彼女が主こそ神であることを示すために神がなされた御業だったのです。

その主は今も生きて働いておられます。私たちが悲しみや苦しみ、嘆きのただ中で主に叫ぶとき、主は豊かに応えてくださいます。私たちはその主に叫び、主が祈りに応えてくださることを通して、主こそ神であり、この主に信頼して信仰から信仰へと歩ませていただきましょう。

Ⅰ列王記16章

 今日は、列王記第一16章から学びます。

 Ⅰ.北王国イスラエルの王バアシャとエラ(1-14)

まず、1~14節までをご覧ください。や節までをお読みします。「1 そのとき、ハナニの子エフーに、バアシャに対する次のような主のことばがあった。2 「わたしは、あなたをちりから引き上げ、わたしの民イスラエルの君主としたが、あなたはヤロブアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪によってわたしの怒りを引き起こした。3 今、わたしはバアシャとその家を除き去り、あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにする。4 バアシャに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。」

5 バアシャについてのその他の事柄、彼が行ったこと、その功績、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。6 バアシャは先祖とともに眠りにつき、ティルツァに葬られた。彼の子エラが代わって王となった。7 主のことばはまた、ハナニの子、預言者エフーを通してバアシャとその家に向けられた。それは、彼が【主】の目に悪であるすべてのことを行い、その手のわざによって主の怒りを引き起こしてヤロブアムの家のようになり、また彼がヤロブアムを打ち殺したからである。」

北イスラエル王国の3代目の王バアシャについての記述です。彼については、15:27~に帰されてあります。今回はその続きです。預言者ハナニの子エフーに、主のことばがありました。2~4節です。「わたしは、あなたをちりから引き上げ、わたしの民イスラエルの君主としたが、あなたはヤロブアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪によってわたしの怒りを引き起こした。3 今、わたしはバアシャとその家を除き去り、あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにする。4 バアシャに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。」

主は彼を、ちりから引き上げてくださいました。それは何もないところから引き上げてくださったということです。彼は貧しい家の出で何もなかったのに、主がそのような中から引き上げてくださったのです。それは彼がイスラエルの王として、神の偉大な使命を果たすためでした。しかし、彼にはその認識がありませんでした。彼は、あのヤロブアムの道に歩み、神の民イスラエルに罪を犯させ、主の目に悪であることをすべて行って、主の怒りを引き起こしてしまいました。「ヤロブアムの道」とは、偶像礼拝の罪のことです。彼はイスラエルを偶像礼拝の罪に導きました。いったい何が問題だったのでしょうか。神から与えられた使命を忘れてしまったことです。それで彼は主の目の前に悪を行いました。主はそんな彼の家をヤロブアムの家のようにすると言われました。それはバシャに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らうということです。興味深いことに、ほぼ同じ裁きの言葉が、預言者アヒヤによってヤロブアムに語られていました(Ⅰ列王14:10-11)。彼は、自分が倒したヤロブアム家に対する神のさばきと、全く同じ裁きを受けることになったのです。

それは私たちにも言えることです。私たちも自分に与えられている使命を忘れると、バアシャのようになってしまいます。この世には2種類の人がいます。神から与えられた賜物や権力を、自分の利益と満足のために用いる人と、神のために用いる人です。バアシャは自分ために用いました。せっかく神によってちりから引き上げられイスラエルの君主としてもらったのに、それを神のためではなく自分のために用いてしまったのです。私たちはバシャのようにならないように気を付けなければなりません。私たちが神から受けている祝福や恵みは他の人を祝福するためであって自分の利益や満足のためではないことを覚えて、それを神の栄光のために用いなければならないのです。

次に、8~14節までをご覧ください。「8 ユダの王アサの第二十六年に、バアシャの子エラがティルツァでイスラエルの王となった。治世は二年であった。9 彼がティルツァにいて、ティルツァの宮廷長官アルツァの家で酒を飲んで酔っていたとき、彼の家来で、戦車隊の半分の長であるジムリが彼に謀反を企てた。10 ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが入って来てエラを打ち殺し、彼に代わって王となった。11 ジムリは王となり王座に就くと、すぐにバアシャの全家を討ち、小童から親類、友人に至るまで、一人も残さなかった。12 こうして、ジムリはバアシャの全家を根絶やしにした。預言者エフーを通してバアシャに言われた主のことばのとおりであった。13 これは、バアシャのすべての罪とその子エラの罪のゆえであり、彼らが罪を犯し、また彼らがイスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こしたためである。14 エラについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。」

バアシャのあとに北王国イスラエルの王となったのは、バアシャの子エラでした。彼の治世は2年でした。彼についてはほとんど何も記されてありません。ただ彼は自分の家来、宮廷長官アルツァの家で酒を飲んで酔っ払っていたとき、彼の家来で戦車隊の半分の長であったジムリが起こした謀反によって殺されてしまったということです。エラは家来の家に行って酒を飲むことが習慣になっていたのでしょう。まことに愚かな王であったと言えます。そのようにして、敵に隙を見せることをしたのですから。彼は酒を飲んだだけでなく、酒に飲まれてしまったのです。

ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが入って来てエラを打ち殺し、彼に代わって王となりました。ジムリが王となると何をしたでしょうか。彼はすぐにバアシャの全家を根絶やしにしました。彼は、王位継承の可能性のある者たち全員を抹殺したのです。ここには、「小童から親類、友人に至るまで、一人も残さなかった」とあります。ヤロブアム家が滅んだように、まったく同じような形でバシャの家も滅んでしまいました。それは、16:3~4で預言者エフーが語った通りでした。その預言が成就したのです。

13節には、エラの上に下った裁きの理由が要約されています。「これは、バアシャのすべての罪とその子エラの罪のゆえであり、彼らが罪を犯し、また彼らがイスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こしたためである。」

ここにある「空しい神々」とは、「偶像」のことです。つまり、偶像とは、実体のない空しい神々なのです。私たちの前には、偶像礼拝か、まことの神礼拝かの、二つの道しかありません。私は無宗教だという人は、自分の腹(欲望)を神としています。もし偶像を礼拝するなら、そこには虚しさだけが残ることになります。偶像ではなくまことの神を礼拝しましょう。

Ⅱ.北王国イスラエルの王ジムリとオムリ(15-28)

次に、15~28節をご覧ください。まず20節までをお読みします。「15 ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが七日間ティルツァで王となった。そのとき、兵はペリシテ人のギベトンに対して陣を敷いていた。16 陣を敷いていたこの兵は、「ジムリが謀反を起こして王を打ち殺した」と言われるのを聞いた。すると、全イスラエルはその日、その陣営で軍の長オムリをイスラエルの王とした。17 オムリは全イスラエルとともにギベトンから上って来て、ティルツァを包囲した。18 ジムリは町が攻め取られるのを見ると、王宮の高殿に入り、自ら王宮に火を放って死んだ。19 これは、彼が罪を犯して主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえであり、イスラエルに罪を犯させた彼の罪のゆえであった。20 ジムリについてのその他の事柄、彼が企てた謀反、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。」

ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが七日間ティルツァで王となりました。日本語に「三日天下」という言葉があります。これは、権力を握っている期間が非常に短いことを形容する言葉です。まさにジムリは「三日天下」でした。彼が王であったのはたった七日間でした。ジムリが謀反を起こしてエラを打ち殺したことを聞いた全イスラエルは、ペリシテのギベトンに対して陣を敷いていましたが、その陣営の軍の長であったオムリをイスラエルの王とし、ギベトンからティルツァに引き返して来て、これを包囲したのです。ジムリは町が攻め取られるのを見ると、王宮の高殿に入り、自ら火を放って死にました。

いったいなぜジムリはこのような結末を迎えたのでしょうか。19節にその理由が記されてあります。「これは、彼が罪を犯して主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえであり、イスラエルに罪を犯させた彼の罪のゆえであった。」

これは、13節にも記されてありましたが、繰り返して何度も言われていることです。「ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえ」です。それは偶像礼拝の罪のことです。ジムリもまた主の目の前に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩んだので、主の怒りを引き起こし、彼の王国は三日天下で終わってしまいました。ガラテヤ6:7に「人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。」とありますが、ジムリは、自らの罪の刈り取りをしたのです。列王記を貫く一つの原則はこれです。偶像礼拝の罪を犯した者は、必ずその刈り取りをするようになるということです。あなたはどんな種を蒔いているでしょうか。自分の肉に蒔くのではなく御霊に蒔いて、御霊から永遠のいのちを刈り取りましょう。

次に、21~28節をご覧ください。「21 当時、イスラエルの民は二派に分裂していた。民の半分はギナテの子ティブニに従って彼を王にしようとし、もう半分はオムリに従った。22 オムリに従った民は、ギナテの子ティブニに従った民より強かったので、ティブニが死ぬとオムリが王となった。23 ユダの王アサの第三十一年に、オムリはイスラエルの王となり、十二年間、王であった。六年間はティルツァで王であった。24 彼は銀二タラントでシェメルからサマリアの山を買い、その山に町を建て、彼が建てたこの町の名を、その山の持ち主であったシェメルの名にちなんでサマリアと呼んだ。25 オムリは主の目に悪であることを行い、彼以前のだれよりも悪いことをした。26 彼はネバテの子ヤロブアムのすべての道に歩み、イスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こした。27 オムリが行ったその他の事柄、彼が立てた功績、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。28 オムリは先祖とともに眠りにつき、サマリアに葬られた。彼の子アハブが代わって王となった。」

ジムリが死んでも、オムリが自動的に王になったのではありません。当時、イスラエルの民は二派に分裂していて、民の半分はティブニに従い、もう半分はオムリに従っていました。半分はティブニを、もう半分はオムリを王にしようとしていたのです。この期間は4年間です。結局、オムリに従った民はティブニに従った民よりも強かったので、ティブニが死ぬとオムリが王になりました。このオムリについて特筆すべきことは、新しい首都をサマリアに移したということです。彼の治世は12年間でしたが、6年間は古くから首都であったティルツァで、残りの6年間はサマリアで治めました。

24節には、彼がどのようにサマリアを建てたのか、その経緯が記されてあります。サマリアは、ティルツァから西に約11㎞のところに位置する丘です。周りが谷に囲まれたていたので、地形的に軍事的要塞として適所でした。オムリはこの丘を銀2タラント(6,000シェケル:当時戦車1台600シェケル、馬1頭150シェケル)で買い取り、その山に町を建設しました。町の名は、その山の持ち主であったシェメルの名にちなんで「サマリア」と名付けました。そこは南北の交通の要所で、西の海岸方面にも容易に移動できる絶好の場所でした。丘の上に建てられたこの町は、難攻不落の要塞となりました。

オムリは、これまで北王国イスラエルに登場した王たちの中では、恐らく最強の王だと思われます。謀反人ジムリを征伐し、政敵ティブニにも打ち勝ち、サマリアに新都を建設し、自らの王位を確実なものにしました。しかし、そんな彼も滅んでいくことになります。それはなぜでしょうか。その理由が25~26節にあります。ここにもまたあの言葉が出てきます。

「25 オムリは主の目に悪であることを行い、彼以前のだれよりも悪いことをした。26 彼はネバテの子ヤロブアムのすべての道に歩み、イスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こした。」

しかも彼は、彼以前のだれよりも悪いことをしたとあります。これまでの王は単にヤロブアムの道に歩んだ、とありましたが、ここでは、彼以前のどの王よりも悪い事をした、と書かれてあります。彼には霊的関心は全くありませんでした。王が神によって立てられているのは、民にまことの神を示すためです。それなのに彼は、それとは正反対のことをして、主の怒りを引き起こしたのです。

Ⅲ.オムリの子アハブ(29-34)

となれば、その子たちはもっとひどい結果をもたらすことは目に見えています。それが、次に王となるアハブです。29~34節をご覧ください。「29 オムリの子アハブは、ユダの王アサの第三十八年に、イスラエルの王となった。オムリの子アハブはサマリアで二十二年間、イスラエルの王であった。30 オムリの子アハブは、彼以前のだれよりも主の目に悪であることを行った。31 彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった。それどころか彼は、シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだ。32 さらに彼は、サマリアに建てたバアルの神殿に、バアルのために祭壇を築いた。33 アハブはアシェラ像も造った。こうしてアハブは、彼以前の、イスラエルのすべての王たちにもまして、ますますイスラエルの神、主の怒りを引き起こすようなことを行った。34 彼の時代に、ベテル人ヒエルがエリコを再建した。彼は、その礎を据えたとき長子アビラムを失い、門を建てたとき末の子セグブを失った。ヌンの子ヨシュアを通して語られた主のことばのとおりであった。」

オムリの子アハブは、ユダの王アサの第三十八年に、イスラエルの王となりました。彼はサマリアで22年間、イスラエルの王でした。彼は、彼以前のだれよりも主の目に悪であることを行いました。彼の父オムリも、彼以前のだれよりも悪いことをした(16:25)とありましたが、アハブはそれよりも悪い王でした。彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことでした。相当悪いことをしたのです。彼はどんな悪いことをしたのでしょうか。

ネバテの子ヤロブアムの罪とは偶像礼拝のことですが、彼はそれだけではありませんでした。31節は、彼はシドンの王エテバアルの娘イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだのです。「バアル」とは、「主人」とか「夫」という意味がありますが、権力や所有権を持つ者を指し,具体的には旧約時代におけるカナンの地の土着の豊穰神として知られていました。従ってバアルは男神であり,カナンにおける農業宗教として大きな感化を社会に与えていました。この外国のまったく新しい偶像の神バアルをイスラエルに導入したのです。確かにこれまでもヤロブアムによってもたらされた偶像礼拝によって神の怒りが引き起こされましたが、それはあくまでもイスラエルの宗教を改良したところの新興宗教でした。金の子牛を作り、自分勝手に祭司を雇ったり、仮庵の祭りの日程を変更したりと、礼拝対象はイスラエルの神であるヤハウェとされていましたが、今回は全く異質のもので、カナンの土着の神を導入したのです。

さらに彼は、サマリアに建てたバアルの神殿に、バアルのために祭壇を築きました。さらに彼はアシェラ像も造りました。アシェラ像は、バアルの相方となる女神です。バアル礼拝は、性的堕落を伴った偶像礼拝であったということです。こうして彼は、彼以前のイスラエルのすべての王にも増して、ますますイスラエルの神、主の怒りを引き起こすようなことを行ったということです。

34節は、文脈上、アハブとは無関係ではないかと思われる節です。アハブの時代に、ベテル人ヒエルがエリコを再建したのですが、彼がその礎を据えたとき、その長子アビラムが死に、門を建てたとき末の子のセレグが死にました。いったいこれはどういうことでしょうか。ここには、「ヌンの子ヨシュアを通して語られた主のことばのとおりであった。」とあります。実は、遡ること五百年前にヨシュアは、このエリコの町を再建する者があれば、その人はのろわれ、その長子と末の子を失うということを預言しました。ヨシュア6:26です。「ヨシュアは、そのとき誓った。「この町エリコの再建を企てる者は主の前にのろわれよ。その礎を据える者は長子を失い、その門を建てる者は末の子を失う。」」果たして、この預言がここに成就したのです。

問題は、いったいこれがどういうことかということです。それは神の命令に背くなら、必ずその預言の通りに神の裁きが下るということです。それは一見アハブとは何の関係もないようですが、実は大いに関係があります。つまり、神の命令に背いてエリコを再建したヒエルが、神のことばのとおりにさばきに会ったように、バアル礼拝を取り入れたアハブの上には、必ず主のさばきが下るということです。17章以降、そのことが展開されていきます。「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊に蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」(ガラテヤ6:7-8)

私たちは思い違いをしないように注意しなければなりません。神は決して侮られる方ではありません。人は種を蒔けば、必ずその刈り取りもすることになります。神の言葉に従って、御霊に種を蒔き、御霊から永遠のいのちを刈り取りましょう。

Ⅰ列王記15章

 今日は、列王記第一15章から学びます。

 Ⅰ.ユダの王アビヤム(1-8)

まず、1~8節までをご覧ください。「1 ネバテの子ヤロブアムの第十八年に、アビヤムがユダの王となり、2 エルサレムで三年間、王であった。彼の母の名はマアカといい、アブサロムの娘であった。3 彼は、かつて自分の父が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心は父祖ダビデの心のように、彼の神、主と一つにはなっていなかった。4 しかし、ダビデに免じて、彼の神、主は、彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えて、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられた。5 それは、ダビデが主の目にかなうことを行い、ヒッタイト人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことからそれなかったからである。6 レハブアムとヤロブアムの間には、彼の一生の間、戦いがあった。7 アビヤムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。アビヤムとヤロブアムの間には戦いがあった。8 アビヤムは先祖とともに眠りにつき、人々は彼をダビデの町に葬った。彼の子アサが代わって王となった。」

前回は、イスラエルが南北に分裂し、それぞれの初代王であったヤロブアムとレハブアムについて学びました。そして今回は、その後に出てくる王たちの話となります。初めに、南王国ユダの王レハブアムの子アビヤムです。彼はヤロブアムの治世第十八年目に出てきて、エルサレムで3年間王でした。

彼の母の名は「マアカ」といい、アブサロムの娘でした。アブサロムとはダビデの3番目の息子で、後に父ダビデに反逆しダビデをエルサレムから追い出した人物です。そのアブサロムの娘がマアかで、その子がこのアビヤムでした。ここに母親の名前が記されてあるのは、その悪影響が息子に及んでいることを示すためです。

さらに、彼には父親からの悪い影響もありました。3節に「彼は、かつて自分の父が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心は父祖ダビデの心のように、彼の神、主と一つにはなっていなかった。」とあるように、かつて父親のレハブアムが行ったあらゆる罪のうちを歩みました。つまり、彼は悪い王だったということです。彼の祖父はソロモンですが、ソロモンのような知恵のひとかけらもありませんでした。また、曾祖父はダビデですが、ダビテのように、主と心が一つになっていませんでした。

これは、子どもを養育する上で両親の責任がいかに大きいかを示すものです。エペソ6:4に「父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。」とあるように、主の教育と訓戒によって育てることの大切さを思い知らされます。

ところで、ここにもダビデのことが記されてあります。アビヤムは悪い王でしたが、主はダビデの子孫が王位を継承することをよしとされたので、「ダビデに免じて」、彼の神、主は、彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えて、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられました。ここにある「一つのともしび」とは、闇に光を灯すような王位継承者のことで、それは次に王となるアサのことを指しています。それは、ダビデが主の目にかなうことを行い、ヒッタイト人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことからそれなかったからです。私たちはこれまでずっとダビデの生涯を学んで来たものにとってはあれっ?と思うような内容ですね。というのは、ダビテはウリヤのこと以外にも多くの罪を犯しました。それなのにここには、ウリヤのことのほかには、一生の間、主が命じられたことからそれなかったとあります。これはどういうことでしょうか?これは、ダビデがヒッタイト人ウリヤのこと、すなわち、バテ・シェバのこと以外にも罪を犯さなかったということではなく、ダビデがいつも主を追い求めて生きていた姿勢が述べられているのです。

その有名なことばが、詩篇16:8でしょう。ここには「私はいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので、私は揺るがされることがありません。」とあります。私たちの教会の今年の目標聖句ですね。皆さんはどうですか。いつも自分の前に主を置いているでしょうか。今年も残り4か月になりましたが、何とかダビデのような信仰の歩みをしたいですね。

ここで重要なのは、この「ダビデに免じて」という言葉です。アビヤムは、かつて自分の父が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心はダビデの心のように、主と一つにはなっていませんでしたが、このダビデに免じて、主は彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えてくださいました。彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられたのです。アサ王です。

このことは、イエス・キリストを信じる者が、キリストが行われた御業によって義と認められることに通じます。私たちは罪ある者で、神にさばかれても致し方ない者ですが、神はその罪をキリストに負わせ、十字架で処理してくださったので、私たちは罪なき者となり、神の祝福を受け継ぐ者となりました。私たちが救われたのは、ただ神の恵みによるのです。キリストに免じて、そうした祝福に与る者とされたのです。

Ⅱ.ユダの王アサ(9-24)

次に、その一つのともしびであるアサ王についてみていきたいと思います。9~14節をご覧ください。「9 イスラエルの王ヤロブアムの第二十年に、ユダの王アサが王となった。10 彼はエルサレムで四十一年間、王であった。彼の母の名はマアカといい、アブサロムの娘であった。11 アサは父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行った。12 彼は神殿男娼を国から追放し、先祖たちが造った偶像をことごとく取り除いた。13 また、母マアカがアシェラのために憎むべき像を造ったので、彼女を皇太后の位から退けた。アサはその憎むべき像を切り倒し、これをキデロンの谷で焼いた。14 高き所は取り除かれなかったが、アサの心は生涯、主とともにあり、全きものであった。15 彼は、父が聖別した物と自分が聖別した物、銀、金、器を、【主】の宮に運び入れた。」

アビヤムの跡を継いだのは、息子のアサでした。彼は、北王国イスラエルの王ヤロブアムの治世の第二十年に、南王国の王となりました。ヤロブアムの治世は22年間でしたから、彼はその治世の終わり頃に王となったということです。

彼はエルサレムで41年間、王として治めました。彼の母の名は「マアカ」といい、アブサロムの娘でした。この「マアカ」については2節にも出てきましたが、アビヤムの母であり、アサにとっては祖母に当たります。祖母なのに「母」とあるのはおかしいのではないかと思う方もいるかもしれませんが、へブル的な表現では、数世代先の先祖であっても「母」と呼ぶ場合があります。「マアカ」をアサの母と位置づけているのは、「王母」という地位が宮廷内で歴然として存在していたからでしょう。その地位に着くのはひとりであることを示しているのです。

アサは、父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行いました。南王国では19人の王が登場しますが、そのうち8人が善王です。そして、その最初の王がこのアサ王です。彼はどのように主の目にかなうことを行ったのか。12~13節に記されてあります。

彼はまず神殿男娼を国から追放しました。神殿男娼とは同性愛者のことです。それは重大な罪だと認め、それを国から追放したのです。また彼は、先祖たちが造った偶像をことごとく取り除きました。そればかりではありません。彼は、母マアカがアシェラのために憎むべき像を造ったので、彼女を皇太后の位から退けました。これは非常に勇気が要ることです。でも彼は主への信仰のゆえにそれを断行したのです。彼は、その憎むべき像を切り倒し、これをキデロンの谷で焼きました。

彼は高き所は取り除きませんでしたが、その心は生涯、主とともにあり、全きものでありました。「高き所」とは、偶像礼拝が行われていた所を意味しています。それを取り除かれなかったというのは、偶像礼拝を一掃できなかったということです。それでも彼の心が、生涯、主とともにあり、全きものであったと言われているのは、彼が主だけを礼拝していたからです。

15節には銀、金、器とありますが、これらのものは、北イスラエルとの戦いやエジプトとの戦いで勝利した際に得た戦利品のことでしょう(Ⅱ歴代誌13:16~17,14:12~13)。彼はそれを主の宮に運び入れたので、再び主の宝物倉は豊かになりました。それが彼の晩年に、彼の足を引っ張るものとなります。

次に16~17節をご覧ください。「16 アサとイスラエルの王バアシャの間には、彼らが生きている間、戦いがあった。17 イスラエルの王バアシャはユダに上って来て、ラマを築き直し、ユダの王アサのもとにだれも出入りできないようにした。」

南ユダの王アサと北イスラエルの王バシャとの間には、彼らが生きている間、戦いがありました。バシャは、ユダを攻撃するために、活発に策略を巡らしました。その一つがエルサレムから北に8㎞ほど離れたラマに要塞を築くことでした。これによって南北の交通を遮断し、ユダを押さえつけようとしたのです。それはアサにとっては危機的な状況でした。この危機は、アサが主に信頼するかどうかの試金石となりました。もしアサが主に助けを求めるなら、主は彼を助け、その国を解放してくれますが、そうでないと、敗北してしまうことになります。アサはどうしたでしょうか。彼は主ではなく人間に助けを求めました。彼は、シリヤのベン・ハダテに助けを求めたのです。

18~22節をご覧ください。「18 アサは、主の宮の宝物倉と王宮の宝物倉に残っていた銀と金をことごとく取って、自分の家来たちの手に渡した。アサ王は、彼らをダマスコに住んでいたアラムの王、ヘズヨンの子タブリンモンの子ベン・ハダドのもとに遣わして言った。19 「私の父とあなたの父上の間にあったように、私とあなたの間にも盟約を結びましょう。ご覧ください。私はあなたに銀と金の贈り物をしました。どうか、イスラエルの王バアシャとの盟約を破棄して、彼が私のもとから離れ去るようにしてください。」20 ベン・ハダドはアサ王の願いを聞き入れ、自分の配下の軍の高官たちをイスラエルの町々に差し向け、イヨンと、ダンと、アベル・ベテ・マアカ、およびキネレテ全域とナフタリの全土を攻撃した。21 バアシャはこれを聞くと、ラマを築き直すのを中止して、ティルツァにとどまった。22 そこで、アサ王はユダ全土にもれなく布告し、バアシャが建築に用いたラマの石材と木材を運び出させた。アサ王は、これを用いてベニヤミンのゲバとミツパを建てた。」

アサは、主の宝物倉と王宮の宝物倉に残っていた銀と金をことごとく取って、それを自分たちの家来に渡し、彼らをダマスコに住んでいたアラムの王ベン・ハダテのもとに遣わし、助けを求めました。彼は、使者たちを遣わしてこう言わせました。「私の父とあなたの父上の間にあったように、私とあなたの間にも盟約を結びましょう。ご覧ください。私はあなたに銀と金の贈り物をしました。どうか、イスラエルの王バアシャとの盟約を破棄して、彼が私のもとから離れ去るようにしてください。」

これは、ベン・ハダテにとっては好都合でした。北からイスラエルを攻めれば、自国の領土を拡張することができるからです。それでベン・ハダテはアサ王の願い聞き入れ、自分の配下の軍の高官たちをイスラエルの町々に差し向け、イヨン、ダン、アベル・ベテ・マアカ、およびキネレテ全域とナフタリの全土を攻撃しました。バシャはこれを聞くと、ラマでの要塞建設を中止し、ティルツァにとどまりました。

そこでアサ王はユダ全土に布告し、バシャが建築に用いようとした材料を運び出させ、それをゲバとミツパの建設に用いました。この時のアサの得意顔が目に浮かぶようです。してやったりと思ったことでしょう。しかし、自分の知恵と力に過信することは、滅びの一歩です。それは先日の礼拝で学んだ通りです。「主はこう言われる。知恵ある者は自分の知恵を誇るな。力ある者は自分の力を誇るな。富ある者は自分の富を誇るな。」(エレミヤ9:23)

Ⅱ歴代誌16:7には、そのとき、予見者ハナニが彼のもとに来て、彼にこう告げました。「あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの神、主に拠り頼みませんでした。」そして、「これから、あなたには数々の戦いが起こるでしょう。」(Ⅱ歴代16:9)と宣告したのです。23節には、「ただ、彼は年を取ってから、両足とも病気になった。」とありますが、そのこともⅡ歴代誌の方に詳細に記録されています。Ⅱ歴代誌16:12です。彼の治世の第三十九年目に、彼は両足とも病気になりましたが、その病気の中でさえ、彼は主を求めず、医師を求めたのです。

アサは、大変優秀で、信仰深い王でしたが、残念ながら、最後までその信仰を貫きませんでした。初めは主に信頼していましたが、最後は自分の知恵、自分の力に頼ってしまいました。聖書には、最後まで走ることの大切さが書かれています。例えば、カレブは、85歳のときに「私は私の神、主に従い通しました。」(ヨシュア14:8)と言っています。最後まで最初の確信を貫くことが重要です。この警告を心に留めて、この地上での信仰生活を全うしようではありませんか。そして、彼がベン・ハダデに助けを求めたとき、予見者ハナニが言った主の言葉を心に刻みましょう。「主はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。」(Ⅱ歴代16:9)

Ⅲ.北イスラエルの王ナダブとバシャの治世(25-34)

最後に、25~34節を見て終わります。「25 ユダの王アサの第二年に、ヤロブアムの子ナダブがイスラエルの王となり、二年間イスラエルの王であった。26 彼は主の目に悪であることを行い、彼の父の道に歩み、父がイスラエルに犯させた罪の道を歩んだ。27 イッサカルの家のアヒヤの子バアシャは、彼に謀反を企てた。バアシャはペリシテ人のギベトンで彼を討った。ナダブとイスラエル全軍はギベトンを攻め囲んでいたのである。28 こうして、バアシャはユダの王アサの第三年にナダブを殺し、彼に代わって王となった。29 彼は王となったとき、ヤロブアムの全家を討ち、ヤロブアムに属する息ある者を一人も残さず、根絶やしにした。主がそのしもべ、シロ人アヒヤを通して言われたことばのとおりであった。30 これはヤロブアムが犯した罪のゆえ、またイスラエルに犯させた罪のゆえであり、彼が引き起こしたイスラエルの神、主の怒りによるものであった。31 ナダブについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。32 アサとイスラエルの王バアシャの間には、彼らが生きている間、戦いがあった。33 ユダの王アサの第三年に、アヒヤの子バアシャがティルツァで全イスラエルの王となった。治世は二十四年であった。34 彼は主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩み、ヤロブアムがイスラエルに犯させた罪の道に歩んだ。」

ユダの王アサの治世の第二年に、ヤロブアムの息子のナダブが北イスラエルで二代目の王となりました。でもそれはわずか2年間の治世でした。それは、彼が主の前に悪を行い、彼の父ヤロブアムの道に歩、父がイスラエルに犯させた罪の道を歩んだからです。この「彼の父の道」とは、金の子牛を拝むという偶像礼拝の罪です。そして、一般の人々の中から祭司を任命するといった、律法を逸脱した行為のことを指しています。彼は、主のみこころに歩まなかったのです。

それで主は、イッサカルの家のアヒヤの子バシャという人物を起こし、謀反を起こさせます。彼はペリシテ人のギベトンでナダブを殺し彼に代わって王となりました。アサの治世の第三年のことです。彼はティルツァで全イスラエルの王となり、24年間イスラエルを治めました。

彼が王になったとき、バシャはヤロブアムの全家を討ち、ヤロブアムに属する息ある者を一人も残さず根絶やしにしました。こうしてヤロブアムの家系が絶えたのです。それは、預言者アヒヤが語った預言の通りです(Ⅰ列王14:14)。ここにも、神の言葉の確かさ示されています。神は、ご自身が語られたことを、必ず実現なさる方なのです。

30節にはその理由が述べられています。それは、ヤロブアムが犯した罪のゆえ、またイスラエルに犯させた罪のゆえであり、彼が引き起こしたイスラエルの神、主の怒りによるものでした。ヤロブアムの家系は、「ネバテの子ヤロブアムの道」と呼ばれた罪のゆえに裁かれ、地上から姿を消したのです。しかし、ヤロブアムが考えた偶像礼拝の影響はその後も残り、北王国イスラエルの王たちに悪影響を与え続けます。私たちは、子孫に何を残そうとしているでしょうか。良い影響を与えるために、偶像礼拝から離れ、主への信仰の道を歩みましょう。

Ⅰ列王記14章

 今日は、列王記第一14章から学びます。

 Ⅰ.ヤロブアムの愚かさ(1-20)

まず、1~5節までをご覧ください。「1 このころ、ヤロブアムの子アビヤが病気になったので、2 ヤロブアムは妻に言った。「さあ、変装し、ヤロブアムの妻だと分からないようにしてシロへ行ってくれ。そこには、私がこの民の王となることを私に告げた預言者アヒヤがいる。3 パン十個と菓子数個、それに蜜の瓶を持って彼のところへ行ってくれ。彼は子どもがどうなるか教えてくれるだろう。」4 ヤロブアムの妻は言われたとおりにして、シロへ出かけ、アヒヤの家に行ったが、アヒヤは年をとって目がこわばり、見ることができなかった。5 しかし、主はアヒヤに言われた。「今、ヤロブアムの妻が来て、子どものことをあなたに尋ねようとしている。その子が病気だからだ。あなたは、これこれのことを彼女に告げなければならない。入って来るときには、彼女はほかの女のようなふりをしている。」」

「王と預言者の年代記」をご覧ください。今私たちは、イスラエルの歴史の中でダビデの子のソロモン以降、王国が二つに分かれた歴史を見ています。イスラエルの王レハブアムは、ヤロブアムを筆頭とする民の嘆願に耳を傾けず彼らに重税を課したので、イスラエルは分裂し、ヤロブアムを王とする北王国イスラエルと、レハブアムを王とする南王国ユダに分裂してしまいました。B.C.931年のことです。きょうの箇所には、この二人の王の歴史が同時に出てきます。

まず、北王国イスラエルです。13章には、一人の神の人によって、ヤロブアムから始まった背教の罪が、北王国イスラエルの中に霊的腐敗をもたらし、ついには、北王国イスラエルは、大地の面から根絶やしにされることが告げられますが、そのことを今回のところでは、預言者アヒヤが預言します。

1節をご覧ください。そのころ、ヤロブアムの息子アビヤが病気になると、ヤロブアムは妻に、シロに行ってそのことを預言者アヒヤに告げるように言いました。預言者アヒヤは、子どもがどうなるかを教えてくれると思ったからです。アビヤとか、アヒヤとか、似たような名前が出てくるのでわかりづらいですが、アヒヤはシロにいた預言者で、アビヤは北王国イスラエルのヤロブアム王の息子です。預言者アヒヤは、かつてヤロブアムに良いことを告げた預言者でした(1列王11:29~39)。ですから、今回も良いことを告げてくれるのではないかと期待したのでしょう。

ところで、ヤロブアムが妻にそのことを告げたとき、彼女がヤロブアムの妻だと分からないように変装してシロに行くようにと言いました。なぜそんなことを言ったのでしょうか。もしかしたら、アヒヤの預言のとおりヤロブアムが北イスラエルの王になったにもかかわらず、彼が主の目の前に悪を行い、金の子牛を作ったり、レビの子孫でない一般の民の中から祭司を任命したり、祭りの日を変更したりしたことで、関係が疎遠になっていたからかもしれません。あるいは、自分が預言者のもとに使者を遣わすことを、民に知られたくないと思ったからかもしれません。とにかく彼は、妻にパン菓子数個と蜜の入った瓶を持たせてアヒヤのところに送り出しました。

ヤロブアムの妻が預言者アヒヤのところへ行くと、アヒヤは年をとって目がこばわり、見ることができませんでした。しかし、主が彼に今ヤロブアムの妻が来ていること、子どものことで彼に尋ねようとしていること、その子が病気であること、彼女はほかの女のようなふりをしていること、そして、彼女に対しては、主が命じられることをそのまま伝えなければならないと言われました。

ヤロブアムの愚かさは、主には妻の変装を見破ることができないだろうと思ったことです。彼は主に背いたことで良心の呵責を感じていましたが、それでも悪の道から立ち返ろうとしませんでした。子どもが病気になることは辛いことですが、それもまた彼が悪い道から立ち返るために主が与えられたことだったのです。それにもかかわらず彼は悔い改めることをせず、人間的な解決を求めて策略を巡らしました。それはまことに愚かなことだと言わざるを得ません。私たちにもそのようなことがあるのではないでしょうか。

次に、6~16節をご覧ください。「6 アヒヤは、戸口に入って来る彼女の足音を聞いて言った。「入りなさい、ヤロブアムの妻よ。なぜ、ほかの女のようなふりをしているのですか。私はあなたに厳しいことを伝えなければなりません。7 行って、ヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、主はこう言われる。『わたしは民の中からあなたを高く上げ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、8 ダビデの家から王国を引き裂いて、あなたに与えた。しかしあなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデはわたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの目にかなうことだけを行った。9 ところがあなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。10 だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から奴隷や自由な者に至るまで絶ち滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去る。11 ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らう。』主が、こう言われたのです。2 さあ、家に帰りなさい。あなたの足が町に入るとき、その子は死にます。13 全イスラエルがその子のために悼み悲しんで葬るでしょう。ヤロブアムの家の者で墓に葬られるのは、彼だけです。ヤロブアムの家の中で、彼だけに、イスラエルの神、【主】のみこころにかなうことがあったからです。14 主はご自分のためにイスラエルの上に一人の王を起こされます。彼はその日、いや、今にもヤロブアムの家を絶ち滅ぼします。15 主はイスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖に与えられたこの良い地の面からイスラエルを引き抜き、あの大河の向こうに散らされるでしょう。彼らがアシェラ像を造って主の怒りを引き起こしたからです。16 ヤロブアムが自分で犯した罪と、彼がイスラエルに犯させた罪のゆえに、主はイスラエルを捨てられるのです。」」

ほかの女に変装していたヤロブアムの妻でしたが、戸口に入って来る彼女の足音を聞くと、彼は彼女に言いました。それは彼女にとって厳しいことばでした。それは、主がヤロブアムの家にわざわいをもたらすという内容でした。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から自由な者に至るまですべて滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去るというものでした。なぜなら、ヤロブアムは主によって高く上げられ、イスラエルを治める君主として立てられたのに、ダビデのように主の命令を守り、心を尽くして主に従い、主の目にかなうことを行わなかったからです。確かにダビデも多くの罪を犯しましたが、彼は心から悔い改め、主を求める人生を歩みました。ところが彼は、これまでのだれよりも悪いことをして、主の怒りを引き起こしました。彼は自分のために鋳物の像を造り、主をうしろに捨て去ったのです。それで主は、ヤロブアムの家にわざわいをもたらすのです。

その死に方も無残です。ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らうようになるというのです。ヤロブアムの家の者で墓に葬られるのは、ヤロブアムの子アビヤだけです。14:14の「ひとりの王」とは、イッサカルの家のアヒヤの子のバシャ(15:27)です。ヤロブアムの次の王は彼の子のナダブでしたが、このバシャが謀反を起こし、ナダブが王のとなったとき、ヤロブアムの全家を打ち滅ぼすことになります。

そればかりではありません。神のさばきは、北王国イスラエル全体に下ります。主はイスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖に与えた良い地の面から彼らを引き抜き、あの大河の向こうに散らされるのです。これは、アッシリヤによって滅ぼされ、捕囚の民となるという預言です。

ここで、ヤロブアムに対する神の約束を思い出します。それは、彼が北イスラエルの王として神に立てられた時に神が語られたことばです。「35 わたしは彼の子の手から王位を取り上げ、十部族をあなたに与える。36 彼の子には一つの部族を与える。それは、わたしの名を置くために選んだ都エルサレムで、わたしのしもべダビデが、わたしの前にいつも一つのともしびを保つためである。37 わたしがあなたを召したなら、あなたは自分の望むとおりに王となり、イスラエルを治める王とならなければならない。38 もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える。」(11:35~38)

ヤロブアムには、すばらしい約束が用意されていました。それを台無しにしたのは、ヤロブアム自身でした。このことは、私たちへの教訓でもあります。どんなにすばらしい祝福が約束されていても、私たちがそれを台無しにしてしまうことがあるのです。パウロはⅠコリント15:10で、「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。」と言っていますが、ヤロブアムにはこの思いが足りませんでした。彼は、あたかも自分の力によってイスラエルの王にでもなったかのように錯覚していたのです。しかし彼が王として立てられたのも、一方的な神の恵みによるものでした。それは私たちも同じです。私たちが今の私たちになったのは、神の恵みによってです。そのことを覚えて神の恵みに感謝し、へりくだって、神に仕えるものでありたいと思います。

Ⅱ.ヤロブアムの業績(17-20)

次に、17~20節をご覧ください。「17 ヤロブアムの妻は立ち去って、ティルツァに着いた。彼女が家の敷居をまたいだとき、その子は死んだ。18 人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のために悼み悲しんだ。主がそのしもべ、預言者アヒヤによって語られたことばのとおりであった。

19 ヤロブアムについてのその他の事柄、彼がいかに戦い、いかに治めたかは、『イスラエルの王の歴代誌』にまさしく記されている。20 ヤロブアムが王であった期間は二十二年であった。彼は先祖とともに眠りにつき、その子ナダブが代わって王となった。」

ヤロブアムの妻が立ち去って、ティルツァに着き、彼女が家の敷居をまたいたとき、その子は死にました。預言者アヒヤを通して主が語られたとおりです。人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のために悼み悲しみました。神の厳しい裁きに直面した民は、神のことばが必ず実現することを知って、どんなにか神への畏れを抱いたことでしょう。

しかし、この裁きは彼らを信仰に立ち返らせるために、神がもたらしたものでした。イスラエルに対する神の愛は変わることがありません。大切なのは、そのような悼みや悲しみに直面したとき、それが神からの愛のしるしであることを覚えて、神に立ち返ることです。

ヤロブアムが王であった期間は22年間でした。Ⅱ歴代誌13:20らは、「主が彼を打たれたので、彼は死んだ。」とあります。彼は、主に打たれて死んだのです。彼が死ぬと、その息子のナダブが変わって王となりました。

ヤロブアムの死は実にみじめなものでした。モーセが死んだときには、30日間喪に服する期間がありました(申命記34:8)。サウル王の場合でさえ7日間の服喪期間がありました。それなのにこのヤロブアムの場合は、喪に服する期間はありませんでした。どのような人生を歩んだかの評価は、死の瞬間に決まります。ですから、主を恐れ、誠実に歩むことを心掛けたいものです。

Ⅲ.レハブアムの治世(21-31)

最後に、21~31節を見て終わります。まず21~24節をご覧ください。「21 ユダではソロモンの子レハブアムが王になっていた。レハブアムは四十一歳で王となり、主がご自分の名を置くためにイスラエルの全部族の中から選ばれた都、エルサレムで十七年間、王であった。彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。22 ユダの人々は【主】の目に悪であることを行い、彼らが犯した罪によって、その先祖たちが行ったすべてのこと以上に主のねたみを引き起こした。23 彼らも、すべての高い丘の上や青々と茂るあらゆる木の下に、高き所や、石の柱や、アシェラ像を立てた。24 この国には神殿男娼もいた。彼らは、主がイスラエルの子らの前から追い払われた異邦の民の、すべての忌み嫌うべき慣わしをまねて行っていた。」

今度は、南王国ユダの王レハブアムについての記録です。一方、ユダ(南王国ユダ)では、ソロモンの王レハブアムが王となっていました。レハブアムは41歳で王となり、エルサレムで17年間治めました。彼の母の名は「ナアマ」と言って、アンモン人でした。アンモン人は、外国人です。彼女はソロモンがめとった外国人の妻の一人でした。彼女はアンモン人の偶像モレクを礼拝しました(1列11:5,11:33)。レハブアムの治世において、カナン人の偶像礼拝が復興した理由の一つは、このレハブアムの母ナアマの存在があります。ソロモンが数多くの外国人の妻を愛して、外国の神々に仕えた結果がこれです。レハブアムはその結実と言ってもよい子だったのです。

25~31節をご覧ください。「25 レハブアム王の第五年に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、26 主の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取った。彼は何もかも奪い取った。ソロモンが作った金の盾もすべて奪い取った。27 レハブアム王は、その代わりに青銅の盾を作り、これを王宮の門を守る近衛兵の隊長の手に託した。28 王が主の宮に入るたびに、近衛兵がこれを運び、また近衛兵の控え室に戻した。29 レハブアムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。30 レハブアムとヤロブアムの間には、いつも戦いがあった。31 レハブアムは先祖とともに眠りにつき、先祖とともにダビデの町に葬られた。彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。彼の子アビヤムが代わって王となった。」

レハブアムが王位に着いて5年目に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、主の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取って行きました。覚えていますか。ソロモンが王であったとき、彼は延べ金で大盾二百を作り、盾三百を作りました(10:16)。シシャクはこれに目をつけていて、そして奪い取ったのです。ソロモンがファラオの娘を自分の妻としていたことの代償が、ここにも出ています。そしてもちろん、これはレハブアムが犯していた罪のゆえです。つまり、これも神の裁きによるものであったということです。

南王国ユダにとって良かったことは、このことがきっかけとなって、王と指導者たちの間に悔い改めの心が与えられたことです(2歴代12:1~12)。ここに、神の民が経験する「裁きと回復」のサイクルが見られます。つまり、

(1)傲慢になって、偶像礼拝に陥る。

(2)主からのさばきが下る。

(3)悔い改めが起こる。

(4)主による解放 

というサイクルです。

レハブアムの場合は、滅亡からは逃れますが、シシャクに支配される状態がその後も続きました。これは、神から与えられた訓練でした。罪を犯した時、ただちに罪を告白して、神様の赦しを受け取る人は幸いです。聖書にこのように約束されています。「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(Ⅰヨハネ1:9)

私たちも、時として苦難に遭うことがありますが、神から与えられた懲らしめと思って耐え忍びましょう。そして、そのことを通して自分に罪がないかを点検し、悔い改めて神に立ち返りましょう。神は真実な方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。神の民とされたクリスチャンは、決して滅ぼし尽くされることはないのです。

Ⅰ列王記13章

 今日は、列王記第一13章から学びます。

 Ⅰ.1人の神の人(1-10)

まず、1~10節までをご覧ください。「1 一人の神の人が、主の命令によってユダからベテルにやって来た。ちょうどそのとき、ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立っていた。2 すると、この人は主の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言った。「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。』」3 その日、彼は一つのしるしを与えて、次のように言った。「これが主の告げられたしるしである。見よ、祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。」4 ヤロブアム王は、ベテルの祭壇に向かって叫んでいる神の人のことばを聞いたとき、祭壇から手を伸ばして「彼を捕らえよ」と言った。すると、彼に向けて伸ばしていた手はしなび、戻すことができなくなった。5 神の人が主のことばによって与えたしるしのとおり、祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た。6 そこで、王はこの神の人に向かって言った。「どうか、あなたの神、主にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手は元に戻るでしょう。」神の人が主に願ったので、王の手は元に戻り、前と同じようになった。7 王は神の人に言った。「私と一緒に宮殿に来て、食事をして元気をつけてください。あなたに贈り物をしたいのです。」8 すると神の人は王に言った。「たとえ、あなたの宮殿の半分を私に下さっても、私はあなたと一緒に参りません。また、この場所ではパンも食べず、水も飲みません。9 というのは、主のことばによって、『パンを食べてはならない。水も飲んではならない。また、もと来た道を通って帰ってはならない』と命じられているからです。」10 こうして、彼はベテルに来たときの道は通らず、ほかの道を通って帰った。」

前回のところでは、ソロモンの子レハブアムが王位に着いたとき、北イスラエルの人々はヤロブアムを立てて、彼を通して重税を軽減してくれるようにレハブアムに頼みましたが、彼はそれを受け入れなかったので、北イスラエルはヤロブアムを王に立て、それで王国が北イスラエルと南ユダに分裂しましたこと学びました。それは、預言者アヒヤを通して語られたことを実現しようと、主がそのように仕向けられたからです。

しかしヤロブアムは、イスラエルの民がエルサレムにある主の宮でいけにえをささげるために上って行けば、民の心が自分から離れてしまうのではないかと恐れ、何と金の子牛を造って、それをダンとベテルに置きました。そればかりか、レビ人ではない一般人を祭司に任命して、自分勝手な祭儀を行いました。今日のところには、このヤロブアムの悪行を止めさせるために主が遣わされた一人の神の人が登場します。

この神の人は、主の命令によってユダからベテルにやって来ました。ここでのポイントは「主の命令によって」という言葉です。この言葉が、何度も出てきます(1,2,9節)。彼は主の命令によって南ユダから遣わされたのです。

ちょうどそのとき、ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立っていました。すると、この人は主の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言いました。「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。これが主の告げられたしるしである。見よ、祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。

どういうことでしょうか。ダビデ王朝にヨシヤという一人の男の子が生まれるが、彼は高き所で仕える祭司たちをいけにえとして、その祭壇の上で焼いてしまうということです。そのしるしは、祭壇が裂け、その上の灰がこぼれ落ちるということです。

これは、驚くべき預言です。なぜなら、ヨシヤという具体的な王の名前を挙げて、ヤロブアムの祭壇の上で、人の骨が焼かれることを預言したからです。これは、約300年後に南ユダの王ヨシヤによって、ことごとく実現しました。Ⅱ列王記23:15~17に書いてあります。ヨシヤ王は、偶像礼拝をなくすために、ユダだけでなくイスラエルにも行って、ヤロブアムが造った祭壇も高き所も打ち壊し、焼いて粉々に砕いて灰にしました。また、墓から骨を取り出して、それを祭壇の上で焼き、祭壇を汚れたものとしたのです。この「一つのしるし」とは、将来に起こることの預言が確実であることを証明するための、今すぐに起こる出来事のことです。それは、祭壇が裂け、その上の灰はこぼれ出るということでした。つまり、祭壇で焼かれるいけにえが祭壇からこぼれ出て、生焼けのままで地に落ちるということです。

するとそれが実現します。ヤロブアムが、ベテルの祭壇に向かって叫んでいる神の人のことばを聞いたとき、祭壇から手を伸ばして「彼を捕らえよ」と言うと、彼に伸ばしていたヤロブアムの手がしなびて、元に戻すことができなくなってしまいました。そして、この神の人が語ったとおりに、祭壇が裂け、祭壇から灰がこぼれ出たのです。この神の人が語った「しるし」が、すぐに成就したのです。

驚いたヤロブアムは、神の人に向かってこう言いました。「どうか、あなたの神、主にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手は元に戻るでしょう。」

ここで注目していただきたいことは、ヤロブアムが「あなたの神、主」と言っていることです。彼はもはや、主との関係はなくなっていました。それで、神の人は、ヤロブアムの願いを聞き入れて祈ってあげると、彼の手は元に戻り、前と同じようになりました。これは、神の権威が王の権威に優るものであったことを示しています。それは、ヤロブアムが主に立ち返るようにするための主の御業でした。

ヤロブアムは感激し、この神の人に、自分と一緒に来て、食事をして元気をつけてくれるように頼みます。彼に贈り物をしたかったのです。しかし、その神の人はヤロブアムの申し出をきっぱりと断ります。「たとえ、あなたの宮殿の半分を私に下さっても、私はあなたと一緒に参りません。」また、「この場所ではパンも食べず、水も飲みません。」と言いました。なぜなら、主のことばによって、『パンを食べてはならない。水も飲んではならない。また、もと来た道を通って帰ってはならない』と命じられていたからです。おそらくこれは、北イスラエルが偶像で汚れており、これらの人々と交流しないで、ただ主が与えた使命を果たすという意図があったものと思われます。こうして、彼はベテルに来たときの道は通らず、ほかの道を通って帰って行きました。

Ⅱ.ベテルに住む老預言者(11-19)

しかし、次の箇所を見ると、これほどの神の人も誘惑に陥ってしまいます。11~19節をご覧ください。「11 一人の年老いた預言者がベテルに住んでいた。その息子たちが来て、その日、ベテルで神の人がしたことを残らず彼に話した。また、彼らは、この人が王に告げたことばも父に話した。12 すると父は「その人はどの道を行ったか」と彼らに尋ねた。息子たちは、ユダから来た神の人が行った道を知っていた。13 父は息子たちに「ろばに鞍を置いてくれ」と言った。彼らがろばに鞍を置くと、父はろばに乗り、14 神の人の後を追って行った。そして、その人が樫の木の下に座っているのを見つけると、「ユダからおいでになった神の人はあなたですか」と尋ねた。その人は「私です」と答えた。15 彼はその人に「私と一緒に家に来て、パンを食べてください」と言った。16 するとその人は言った。「私は、あなたと一緒に引き返して、あなたと一緒に行くことはできません。また、この場所では、あなたと一緒にパンも食べず、水も飲みません。17 というのは、私は主のことばによって、『そこではパンを食べてはならない。水も飲んではならない。もと来た道を通って帰ってはならない』と言われているからです。」18 彼はその人に言った。「私もあなたと同じく預言者です。御使いが主のことばを受けて、私に『その人をあなたの家に連れ帰り、パンを食べさせ、水を飲ませよ』と告げました。」こうして彼はその人をだました。19 そこで、その人は彼と一緒に帰り、彼の家でパンを食べ、水を飲んだ。」

ここに一人の老預言者が登場します。彼はベテルに住んでいました。そして、彼の息子たちが彼のところに来て、ベテルでこの神の人がしたことを残らず話しました。また、この神の人が王に告げたことも話しました。

すると、父親である年老いた預言者は、息子たちから神の人が行った道を聞き出すと、ろばに乗って、後を追って行きました。そして、樫の木に座っていた神の人を見つけると、自分と一緒に家に来て、パンを食べてくれるようにと言いました。なぜこの老預言者は、このようなことを言ったのでしょうか。もしかすると、子どもたちの話を聞いて、このように主を愛する、すばらしい若者がいることを知って、ぜひとも時間を共に過ごしたいと思ったのかもしれません。自分はベテルにいながらヤロブアム王の悪行について何も言うことができなかったのに、この若者はわざわざユダからやって来て、すばらしい主の御業を行ったからです。あるいは、最初からこの神の人を陥れようとしていたのかもしれません。それはこの後で明らかになりますが、ただ一つだけ確かなことは、このこともまた主から出たことであったということです。この神の人は、その申し出を断りました。主から、ベテルではパンを食べてはならない、水を飲んでもならないと、命じられていたからです。

すると、この老預言者は何と言ったでしょうか。彼はこう言って神の人を騙します。「私もあなたと同じく預言者です。御使いが主のことばを受けて、私に『その人をあなたの家に連れ帰り、パンを食べさせ、水を飲ませよ』と告げました。」

しつこいですね。ここにははっきりと「だました」とあります。老預言者は、自分の願望を果たすために神の人を騙したのです。何としてもこの神の人と一緒に食事をしたいと思ったのかもしれません。あるいは、自分も預言者のはしくれとして主から任職を受けている者としてプライドがあったのかもしれません。

すると、この神の人は彼と一緒に行き、彼の家でパンを食べ、水を飲んでしまいました。彼はそれが嘘であることを見抜けず、その誘いに乗ってしまったのです。つまり彼は、留まってはならないというベテルに留まってしまったのです。どうしてでしょうか。いろいろな理由が考えられます。たとえば、この老預言者が自分よりも年上の預言者であるということで、尊敬しなければならないという思いがあったかもしれません。あるいは、そこに同じ神のことばを伝える預言者という仲間意識が働いたのかもしれません。一つだけ確かなことは、一仕事終えた彼に安心感や心の緩みがあったということです。何か大きなことを成し遂げた後は、だれでも心に緩みが生じるものです。そういう心の隙を、悪魔が攻撃したのです。

イエス様はこう言われました。「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えていても肉体は弱いのです。」また、Ⅰペテロ5:8には、「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吠えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探しまわっています。」とあります。私たちの敵である悪魔は、吠えたける獅子のように、食い尽くすべき獲物を探し求めて探しまわっています。このような失敗は私たちにも起こり得ます。ですから私たちも、誘惑に陥らないように祈らなければなりません。

Ⅲ.老預言者の嘆き(20-34)

問題は、その結果どうなってしまったかということです。そのことについて、20~34節にこうあります。「20 彼らが食卓に着いていたとき、その人を連れ戻した預言者に主のことばがあったので、21 彼は、ユダから来た神の人に呼びかけて言った。「主はこう言われる。『あなたは主のことばに背き、あなたの神、主が命じた命令を守らず、22 引き返して、主があなたに、パンを食べてはならない、水も飲んではならないと言った場所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたの亡骸は、あなたの先祖の墓には入らない。』」23 彼はパンを食べ、水を飲んだ後、彼が連れ帰った預言者のために、ろばに鞍を置いた。24 その人が出て行くと、獅子が道でその人に会い、その人を殺した。死体は道に放り出され、ろばは、そのそばに立っていた。獅子も死体のそばに立っていた。25 そこを人々が通りかかり、道に放り出されている死体と、その死体のそばに立っている獅子を見た。彼らは、あの年老いた預言者の住んでいる町に行って、このことを話した。

26 その人を途中から連れ帰ったあの預言者は、それを聞いて言った。「それは、主のことばに背いた神の人だ。主が彼に告げたことばどおりに、主が彼を獅子に渡され、獅子が彼を裂いて殺したのだ。」27 そして、息子たちに「ろばに鞍を置いてくれ」と言ったので、彼らは鞍を置いた。28 彼は出かけて行って、道に放り出されている死体と、その死体のそばに立っている、ろばと獅子を見つけた。獅子はその死体を食べず、ろばを引き裂いてもいなかった。29 そこで、年老いた預言者は神の人の遺体を取り上げ、それをろばに乗せて自分の町に持ち帰り、悼み悲しんで葬った。30 彼が遺体を自分の墓に納めると、皆はその人のために、「ああ、わが兄弟」と言って悼み悲しんだ。31 彼はその人を葬った後、息子たちに言った。「私が死んだら、あの神の人を葬った墓に私を葬り、あの人の骨のそばに私の骨を納めてくれ。32 あの人が主のことばにしたがって、ベテルにある祭壇とサマリアの町々にあるすべての高き所の宮に向かって叫んだことばは、必ず成就するからだ。」

33 このことがあった後も、ヤロブアムは悪い道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から高き所の祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して高き所の祭司にした。34 このことは、ヤロブアムの家の罪となり、ついには大地の面から根絶やしにされることとなった。」

この老預言者は、自分で騙しておきながら、ユダから来た神の人にこう言いました。「「主はこう言われる。『あなたは主のことばに背き、あなたの神、主が命じた命令を守らず、引き返して、主があなたに、パンを食べてはならない、水も飲んではならないと言った場所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたの亡骸は、あなたの先祖の墓には入らない。』」

これは神の人に対する神の裁きの預言です。ひどいですね、自分で罠をかけておきながら、相手が罠に陥ると「ほら、みろ」と、今度は神の裁きを宣言するのです。実際、ユダから来たこの神の人は、神の命令に従わなかったので、この預言のとおりさばかれることになります。

24節以下をご覧ください。この神の人が用意されたろばに乗って帰路に着こうとすると、道で獅子に会い、殺されてしまいました。この獅子は、神の裁きの道具として神から送られたものでした。なぜなら、獅子はこの人をかみ殺しましたが、死体を食べることも、ろばを襲うこともしなかったからです。ただ死体のそばに立っていただけでした。

そのことを聞いた年老いた預言者は、死んだ神の人の遺体を持ち帰り、悼み悲しんで自分の墓に手厚く葬りました。また、町の人たちも皆、神の人の死を悼み悲しみました。彼はその人を葬った後、息子たちに、自分が死んだら、あの神の人を葬った墓に葬り、あの人の骨のそばに納めてくれと頼みます。全く理解に苦しみます。元はと言えば、自分のせいであの神の人が殺されることになったのではありませんか。それなのに、その神の人の死を悼み悲しみ、自分が死んだら彼の葬られた墓に葬ってくれと言うのは変な話です。いったいこれはどういうことなのでしょうか。

33~34節に、その意味が記されてあります。「33 このことがあった後も、ヤロブアムは悪い道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から高き所の祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して高き所の祭司にした。34 このことは、ヤロブアムの家の罪となり、ついには大地の面から根絶やしにされることとなった。」

ここで強調されているのは、ヤロブアムの罪です。ヤロブアムから始まった背教の罪は、北イスラエルの中に霊的腐敗をもたらしました。その結果、北王国イスラエルは、大地の面から根絶やしにされることになります。これは、B.C.722年にアッシリヤによって滅ぼされるという預言です。事実、その通りになります。そして、この神の人が神にさばかれるというこの出来事は、それを象徴していたのです。つまり、たとえ神の人(祭司、預言者、聖職者)であっても、神の命令に従わなければ、厳しくさばかれることになるということです。彼はパンを食べ、水を飲むというわずかばかりのことのために、真剣で忠実な態度を崩してしまいました。そして、神の命令に背いてしまったために滅びなければならなかったのです。

それは私たちに対する教訓でもあります。私たちは神を信じている者として、神のみことばに立ち、神のみこころを行いたちと願っています。しかし、ややもすると、このくらいなら大丈夫だろうと、神の命令を破ってしまうことがあります。その結果、この神の人が経験したような神の裁きを受けることになるのです。それはやがてアッシリヤによって滅ぼされてしまう北イスラエルの象徴でもありました。ですから、私たちはどんなささいなことでも、神のみこころから離れ、罪を犯しているなら、悔い改めて神に立ち返らなければなりません。ヤロブアムは、それでも悔い改めず、悪の道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して祭司にしました。そのことがヤロブアムの家の罪となり、ついには大地から根絶やしにされることになりました。これは、あなたにも言えることなのです。これは私たちに対する警告なのです。主はいつも、私たちに警告を与え、主に立ち返る機会を与えてくださいます。その警告を聞き入れるかどうかは、一人一人に委ねられています。私たちはヤロブアムのように神を無視して悪を続けるのではなく、悔い改めて、主に立ち返りましょう。それがこの神の人の死が私たちに語っていることだったのです。

Ⅰ列王記12章

今日は、列王記第一12章から学びます。

 Ⅰ.長老たちの助言を退けたレハブアム(1-15)

まず、1~5節までをご覧ください。「1 レハブアムはシェケムに行った。全イスラエルが彼を王とするために、シェケムに来ていたからである。2 ネバテの子ヤロブアムは、まだソロモン王の顔を避けてエジプトに逃れていた間に、レハブアムのことを聞いた。そのとき、ヤロブアムはエジプトに住んでいた。3 人々は使者を遣わして、彼を呼び寄せた。ヤロブアムは、イスラエルの全会衆とともにレハブアムのところに来て言った。4 「あなたの父上は、私たちのくびきを重くしました。今、あなたは、父上が私たちに負わせた過酷な労働と重いくびきを軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたに仕えます。」5 するとレハブアムは彼らに、「行け。三日たったら私のところに戻って来るがよい」と言った。そこで民は出て行った。」

ソロモンが死ぬと、その子レハブアムが王となりました。レハブアムはシェケムへ行きました。それは、全イスラエルが彼を王とするためにシェケムに来ていたからです。シェケムはエフライム族の主要な町であり、北の10部族が集合するのに適した場所でした。彼は、北の10部族のプライドを傷つけないように、エルサレムではなく、シェケムを選んだのです。

ネバテの子ヤロブアムは、ソロモン王の顔を恐れてエジプトに逃れていましたが、そのエジプトにいた時に、レハブアムのことを聞きました。ヤロブアムについては11章に記されてあります。彼は、アヒヤという預言者によって、「神がソロモンから国を引き裂き、あなたにイスラエルの10部族を与える。」(11:31)と伝えられていました。しかし、ソロモンが彼を殺そうとしたので、彼はエジプトに逃れ、ソロモンが死ぬまでそこにいました。彼は反乱によって神の預言を成し遂げようとするのではなく、神の導きにゆだねようとしたのです。

しかし、イスラエルの人々がヤロブアムのところに使者を遣わし彼を呼び寄せたので、彼はイスラエルの全会衆とともにレハブアムのところに来て、あることを直訴しました。それは4節にあるように、民のくびきを軽くしてほしいということです。ソロモンの時代、王国の維持のために、民は過剰な負担を強いられていました。その過酷な労働と思いくびきを軽減してほしいと訴えたのです。

それに対してレハブアムは何と答えたでしょうか。「行け。三日経ったら私のところに戻って来るがよい。」と言いました。どういうことでしょうか。彼は即答を避けました。三日というのは、エルサレムから助言者たちを呼び寄せるために必要な日数です。もしこの時、レハブアムが彼らの要請に前向きに応えていたなら、当面の間は分裂を避けることができたでしょう。しかし、レハブアムにはそこまでの知恵がありませんでした。かつてソロモンは主から、「あなたに何を与えようか。願え。」(1列王3:5)と尋ねられたとき、ソロモンは「善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべに与えてください。」(1列王3:9)と答えましたが、レハブアムはそうではありませんでした。彼に求められていたのは、この善悪を判断して民をさばく心、知恵の心でした。相手の立場を思いやることのできる人こそ人格者であり、知恵ある人です。それは主を恐れることからもたらされます。ですから、私たちはいつも主を恐れ、主に祈り、主のみこころを歩むことによって主から知恵を与えられ、真の人格者となることを目指しましょう。

次に、6~11節をご覧ください。「6 レハブアム王は、父ソロモンが生きている間ソロモンに仕えていた長老たちに、「この民にどう返答したらよいと思うか」と相談した。7 彼らは王に答えた。「今日、もしあなたがこの民のしもべとなって彼らに仕え、彼らに答えて親切なことばをかけてやるなら、彼らはいつまでも、あなたのしもべとなるでしょう。」8 しかし、王はこの長老たちが与えた助言を退け、自分とともに育ち、自分に仕えている若者たちにこう相談した。9 「この民に何と返答したらよいと思うか。私に『あなたの父上が私たちに負わせたくびきを軽くしてください』と言ってきたのだが。」10 彼とともに育った若者たちは答えた。「『あなたの父上は私たちのくびきを重くしました。けれども、あなたはそれを軽くしてください』と言ってきたこの民には、こう答えたらよいでしょう。彼らにこう言いなさい。『私の小指は父の腰よりも太い。11 私の父がおまえたちに重いくびきを負わせたのであれば、私はおまえたちのくびきをもっと重くする。私の父がおまえたちをむちで懲らしめたのであれば、私はサソリでおまえたちを懲らしめる』と。」」

レハブアムはまず、父ソロモンが生きている間にソロモンに仕えていた長老たちに相談しました。この長老たちは、恐らく、父ソロモンと同年輩だったと思われます。彼らは王国における職制上の長老であり、経験豊かな政治家たちでした。彼らは、民の負担を軽減し、彼らに親切なことばをかけてやるなら、彼らはいつまでも、レハブアムのしもべとなるでしょうと、助言しました。

一方、レハブアムは、自分とともに育ち、自分に仕えている若者たちにも相談しました。当時レハブアムは41歳(14:21)でした。ですから、これらの若者たちも、それくらいの年齢であったと推定されます。すると彼らは、長老たちのそれとは正反対のことを助言しました。民のくびきをもっと重くし、父ソロモンは彼らをむちによって懲らしめたが、あなたはさそりで懲らしめるというようにと助言したのです(10-11)。「私の小指は父の腰よりも太い」というのは、誇張法です。つまり、つまり父ソロモンよりも、もっと偉大だということです。「サソリ」というのは、金属片を埋め込んだむちのことです。奴隷を打つためのものです。それはソロモンのむちより強力で残酷なものでした。彼は自分の偉大さを誇示しようとしたのです。

1ペテロ5:5にこうあります。「同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へり くだる者に恵みを与えられるからです。」川の水が高い所から低い所に流れるように、神の恵みはへりくだった人に注がれます。それなのに彼らは「若さ」ゆえに「自分に出来る」という思いが強くありました。それゆえに彼らは失敗を招くことになります。

12~15節をご覧ください。「12 ヤロブアムとすべての民は、三日目にレハブアムのところに来た。王が「三日目に私のところに戻って来るがよい」と命じたからである。13 王は民に厳しく答え、長老たちが彼に与えた助言を退け、14 若者たちの助言どおりに彼らに答えた。「私の父がおまえたちのくびきを重くしたのなら、私はおまえたちのくびきをもっと重くする。私の父がおまえたちをむちで懲らしめたのなら、私はサソリでおまえたちを懲らしめる。」15 王は民の願いを聞き入れなかった。かつて主がシロ人アヒヤを通してネバテの子ヤロブアムにお告げになった約束を実現しようと、主がそう仕向けられたからである。」

三日目に、ヤロブアムとすべての民は、レハブアムのところに戻ってきました。するとレハブアム王は民に厳しく答え、長老たちの助言を退け、若者たちの助言どおりに伝えました。つまり、レハブアムは彼らの願いを聞き入れなかったのです。彼の問題は、知恵ある助言ではなく、自分が聞きたいことを求めたところにありました。若者たちの助言は彼の願いに合致するものだったので、その助言を受け入れてしまったのです。今、NHKの大河ドラマで「鎌倉殿の13人」を放映していますが、源頼朝の後を受け継いだ頼家の姿に似ています。実際はどうであったかはわかりませんが、あのドラマの中で頼家は、頼朝に仕えた13人の家臣たちではなく、自分と同じ年齢の若い者たちを側近に付け、やりたい放題をして失敗します。それに似ています。長老たちの助言ではなく、自分の言いなりになる若者たちの助言を求めたのです。

しかし、この愚かなレハブアムの決断について、別の視点でその理由が述べられています。それは、「かつて主がシロ人アヒヤを通してネバテの子ヤロブアムにお告げになった約束を実現しようと、主がそう仕向けられたからである。」(15)ということです。王国が分裂するというのは、元々、ソロモンの罪に対する神の裁きだったのです(11:11-13)。それがソロモンの生存中に起こらなかったのは、ダビデ契約のゆえです。王国が分裂することは、すでに預言者アヒヤを通して語られていました。それが今起ころうとしていたのです。すなわち、主がそのように仕向けられたことなのです。

それは、主がこのようなレハブアムによる荒々しい態度を起こさせたという意味ではありません。レハブアムが荒々しい態度を取る選択をしたということです。しかし、初めからレハブアムがこのような態度を取ることを知っておられた主が、積極的にこの選択によって王国を分裂させることを意図しておられたのです。主は悪に対して主権を持っておられるという真理を知ることは大切です。悪をもご自分の計画の遂行のために用いられるのです。

しかし何よりも、ソロモンの罪がこのように尾を引いていることを思うと、罪のおぞましさというものをまざまざと見せつけられます。と同時に、私たちもこのような悲惨を招くことがないように、主に指摘される罪があれば悔い改め、いつも主に喜ばれる者であることを求めていきたいと思います。

Ⅱ.北の10部族の反乱(16-24)

次に、16~20節をご覧ください。「16 全イスラエルは、王が自分たちに耳を貸さないのを見てとった。そこで、民は王にことばを返した。「ダビデのうちには、われわれのためのどんな割り当て地があろうか。エッサイの子のうちには、われわれのためのゆずりの地はない。イスラエルよ、自分たちの天幕に帰れ。ダビデよ、今、あなたの家を見よ。」イスラエルは自分たちの天幕に帰って行った。17 ただし、ユダの町々に住んでいるイスラエルの子らにとっては、レハブアムがその王であった。18 レハブアム王は役務長官アドラムを遣わしたが、全イスラエルは彼を石で打ち殺した。レハブアム王はやっとの思いで戦車に乗り込み、エルサレムに逃げた。19 このようにして、イスラエルはダビデの家に背いた。今日もそうである。20 全イスラエルは、ヤロブアムが戻って来たことを聞いたので、人を遣わして彼を会衆のところに招き、彼を全イスラエルの王とした。ユダの部族以外には、ダビデの家に従う者はいなかった。」

レハブアムが自分たちの要求に耳を貸さないのを見て、民は王にことばを返しました。「ダビデのうちには、われわれのためのどんな割り当て地があろうか。エッサイの子のうちには、われわれのためのゆずりの地はない。イスラエルよ、自分たちの天幕に帰れ。ダビデよ、今、あなたの家を見よ。」

これは、単なる不満の言葉ではなく、戦の叫びです。これは、約40年前にダビデが王として全イスラエルに迎え入れられたとき、イスラエル10部族とユダの人々との間に確執が生じましたが、そのとき、よこしまな者でシェバが語った言葉と同じです(Ⅱサムエル20:1-2)。つまり、北イスラエルの10部族はダビデ王朝に対してずっと不満を抱えていたということです。不当に扱われたという怒りは、そう簡単に消えるものではありません。

この問題を治めるべく、レハブアムは役務長官アドラムを彼らのところへ遣わしましたが、全イスラエルは彼を石で打ち殺してしまいました。それで事の深刻さを理解したレハブアムは、いのちからがらシェケムからエルサレムに逃れました。このようにして、イスラエルはダビデの家に背いたのです。そして、人を遣わしてヤロブアムを招き、彼を全イスラエルの王としました。イスラエルの分裂王国の始まりです。ユダの部族以外はダビデの家に従う者はありませんでした。実際にはベニヤミン族もいましたが、小部族だったので数の内に入っていません。北の10部族によるイスラエルと、南のユダとベニヤミンの2部族に分裂したのです。預言者アヒヤを通して語られた通りです。

ダビデとソロモンが約40年かけて築き上げてきた王国が、数日で崩壊してしまいました。築くのは大変ですが、壊すのは簡単です。愚かな行為は一瞬にしてすべてを壊してしまいます。ここから教訓を学びたいですね。私たちの教会も大田原で開拓して18年が経ちましたが、その間、那須とさくらにも開拓することができました。それはただ主のあわれみによるものですが、そこにどれほどの労苦があったことでしょう。でも壊すのは簡単です。神のみこころに立たないで自分の思いを通すなら、すぐに壊れてしまいます。それは私たちにとって一番残念なことです。教会がみことばの上にしっかりと立てられ、ずっとこの地域で主を証するために、主に従う群れでありたいと思います。

21~24節をご覧ください。「21 レハブアムはエルサレムに帰り、ユダの全家とベニヤミンの部族から選り抜きの戦士十八万を召集し、王位をソロモンの子レハブアムのもとに取り戻すため、イスラエルの家と戦おうとした。22 すると、神の人シェマヤに次のような神のことばがあった。23 「ユダの王、ソロモンの子レハブアム、ユダとベニヤミンの全家、およびそのほかの民に告げよ。24 『主はこう言われる。上って行ってはならない。あなたがたの兄弟であるイスラエルの人々と戦ってはならない。それぞれ自分の家に帰れ。わたしが、こうなるように仕向けたのだから。』」そこで、彼らは主のことばに聞き従い、主のことばのとおりに帰って行った。」

外交交渉に失敗したレハブアムは、エルサレムに返ると、ユダとベニヤミンの部族から選り抜きの戦士18万人を召集し、北の10部族と戦おうとしました。

すると、神の人シェマヤに、神のことばがありました。それは、「上って行ってはならない」ということでした。彼らの兄弟であるイスラエルの人々と戦ってはならないということです。シェマヤは南で活躍した預言者でした。一方、アヒヤは北で活躍した預言者です。いったいなぜ主はシェマヤにこのように告げられたのでしょうか。それは、主がそのように仕向けられたからです。それは偶然の出来事ではなく、主が導かれたことであるということです。それゆえ、彼らの兄弟たちと戦ってはならないのです。

それで彼らは主のことばに従い、主のことばとおりに帰って行きました。レハブアムはもっと早くこのような態度を取っていれば分裂の危機を乗り越えることができたであろうに、高慢にも「私の小指は父の腰よりも太い」なんて言って、自分の思いを通してしまった結果、北と南は分裂することになってしまいました。しかし、このことも主が仕向けられたことでした。これは主が起こされていることなのだから、自分がそれに対して争ってはいけないと、彼は戦いことを止めたのです。このように、あくまでも自分の思いで突き進み状況をさらに悪化させるのではなく、これも主が仕向けられたことだからと、主の御手にゆだねることも大切です。その時、主が憐れんでくださり、最善に導いてくださいますから。

私たちの人生には自分でも予期せぬ出来事が起こりますが、それさえも主が許されたことであって、その背後で主が導いておられると信じて、どうしてそのようなことが起こったのか自分ではわからなくても、すべてを主にゆだねて、主のみこころに歩むことが求められるのです。

Ⅲ.ヤロブアムの恐れ(25-33)

最後に、25~33節をご覧ください。「25 ヤロブアムはエフライムの山地にシェケムを築き直し、そこに住んだ。さらに、彼はそこから出て、ペヌエルを築き直した。26 ヤロブアムは心に思った。「今のままなら、この王国はダビデの家に帰るだろう。27 この民が、エルサレムにある主の宮でいけにえを献げるために上ることになっているなら、この民の心は彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、彼らは私を殺して、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。」28 そこで王は相談して金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もうエルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上った、あなたの神々がおられる。」29 それから彼は一つをベテルに据え、もう一つをダンに置いた。30 このことは罪となった。民はこの一つを礼拝するためダンまで行った。31 それから彼は高き所の宮を造り、レビの子孫でない一般の民の中から祭司を任命した。32 そのうえ、ヤロブアムはユダにある祭りに倣って、祭りの日を第八の月の十五日と定め、祭壇でささげ物を献げた。こうして彼は、ベテルで自分が造った子牛にいけにえを献げた。また、彼が造った高き所の祭司たちをベテルに常駐させた。33 彼は、自分で勝手に考え出した月である第八の月の十五日に、ベテルに造った祭壇でいけにえを献げた。このように、彼はイスラエルの人々のために祭りの日を定め、祭壇でいけにえを献げ、香をたいた。」

北王国の王となったヤロブアムは、エフライムの山地にシェケムを築き直しました。彼はシェケムを北王国の首都に定め、そこを補強し、拡張したのです。さらに、彼はそこから出て、ペヌエルを築き直しました。首都をシェケムからペヌエルに移したということです。シェケムはユダに近すぎると判断したのでしょう。ペヌエルはヨルダン川の東側の山地にあったので、そこなら大丈夫だろうと思い、ペヌエルを再建してそこに移ったのです。実は、ペヌエルに移る前にシェケムからティルツァに移動していたことがわかります(14:17)。ですからシェケム、ティルツァ、そしてペヌエルと移動したのです。そして最終的に、オムリ王の時代に首都をサマリヤに定めます。

そして彼は、イスラエルの民の心を自分に向けさせるために、とんでもないことをします。何と金の子牛を二つ作りました。これは明らかに偶像礼拝です。かつてアロンが金の子牛を作って民に拝ませたとき、イスラエルの民の上に神の怒りがどれほど注がれたのかを、彼は知らなかったのでしょうか(出32章)。また、彼はダンとベテルに神殿を設け、その金の子牛を据えました。それによって民が、エルサレムに上らなくても、宗教的儀式を行うことができるようにしたのです。

さらに彼は、祭司を新しく任命しました。31節をご覧ください。ここには、「それから彼は高き所の宮を造り、レビの子孫でない一般の民の中から祭司を任命した。」とあります。彼が任命した祭司は、一般の民の中から選ばれました。民数記18:1~7には、幕屋で仕えることができる祭司は、アロンの子孫から選ばれることが定められていました。アロンが属していたレビ族はそれを手伝うことができましたが、他の者が携わることはできませんでした。それを一般の民の中から選んだというのは、明らかに律法違反です。それは、祭司は彼らが選んだからではなく、神が選び出されたからです。神の選びと召命がなければ、その人は祭司の務めを行なうことができないのに、彼らはそんなことはお構いなしでした。それは彼らの中に神を恐れる思いがなかったことを表しています。

さらに32節を見ると、祭りの日も変更しました。これは仮庵の祭りです。仮庵の祭りは第七の月の15日に行われますが、ここではそれをそれよりもひと月遅らせた第八の月の15日に、行うようにしたとあります。

いったい彼はなぜこんなことをしたのでしょうか。彼は神様から、北王国の確立を約束されていました(Ⅰ列王11:31,11:37~38)。もし彼がダビデのように主の命令を守るなら、彼の王国は主によって守られ、祝福されたはずです。しかし彼は主のことばに背を向け、不信仰に陥ってしまいました。民が自分から離れてしまうのではないかと恐れたからです。そのような時こそ神に信頼し、すべてを神にゆだねて祈ればいいものを、彼は自分の策略で身の安全を確保しようとしたのです。

このようなことが私たちにもあるのではないでしょうか。私たちの人生にも、仕事や人間関係、将来のことで不安を覚えることがあります。そして、そのようなときこそ神様に信頼すべきなのに、自分で何とかしようとするのです。しかし、そういう時だからこそすべてを主にゆだね、主に信頼して歩まなければなりません。たとえ不安があっても、主の御手に落ちることが最善なのです。人間の不安や恐れがもたらす影響力がどれほど大きいかを知り、愚かな自分の策略を捨て、神の御手にすべてをゆだね、神を信頼して歩みましょう。

Ⅰ列王記11章

 今日は、列王記第一11章から学びます。

 Ⅰ.ソロモンの背教(1-13)

まず、1節から13節までをご覧ください。1~8節を読みます。「1 ソロモン王は、ファラオの娘のほかに多くの異国人の女、すなわちモアブ人の女、アンモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヒッタイト人の女を愛した。2 この女たちは、主がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入ってはならない。彼らをあなたがたの中に入れてもいけない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われた、その国々の者であった。しかし、ソロモンは彼女たちを愛して離れなかった。3 彼には、七百人の王妃としての妻と、三百人の側女がいた。その妻たちが彼の心を転じた。4 ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々の方へ向けたので、彼の心は父ダビデの心と違って、彼の神、主と一つにはなっていなかった。5 ソロモンは、シドン人の女神アシュタロテと、アンモン人の、あの忌むべき神ミルコムに従った。6 こうしてソロモンは、主の目に悪であることを行い、父ダビデのようには主に従い通さなかった。7 当時ソロモンは、モアブの忌むべきケモシュのために、エルサレムの東にある山の上に高き所を築いた。アンモン人の、忌むべきモレクのためにも、そうした。8 彼は異国人であるすべての妻のためにも同じようにしたので、彼女たちは自分の神々に香をたき、いけにえを献げた。」

前回学んだ10章では、ソロモンの栄華がいかにすごいものであったかを学びました。シェバの女王が彼を表敬訪問したときには、彼の知恵と富に圧倒されて帰りました。彼女はそれらを見た時「息も止まらんばかりであった」(10:5)でした。また、ソロモンのところには多くの金が贈られてきたので、すべては金でできていました。銀は、ソロモンの時代には価値があるものとはみなされていなかったほどです(10:21)。さらに、貿易も盛んに行ないました。その一つに、エジプトからの馬と戦車の輸入がありました。10章の最後に、「エジプトから買い上げられ、輸入された戦車は銀六百、馬は銀百五十であった。」とあります。けれども、これは申命記17章に書かれている、主の命令に反することでした。このように、ソロモンの繁栄の陰には、彼の心の隙というか、主の命令に対する認識の甘さがあったことがわかります。そして、今回の11章において、その問題が表面化します。

1節に「ソロモン王は、ファラオの娘のほかに多くの異国人の女、すなわちモアブ人の女、アンモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヒッタイト人の女を愛した。」とあります。前回のところで、馬を増やすこと(軍事力の増強)が禁じられていることを見ましたが(申命記17:16)、多くの妻を持つことも禁じられていました(申命記17:17)。しかし、ソロモンはこの命令にも背きました。

ソロモンには、ファラオの娘のほかに多くの異国人の女、すなわちモアブの女、アンモン人の女、エドムの女、シドン人の女、ヒッタイトの女を愛しました。彼には何と七百人の王妃としての妻と、三百人の側女がいたのです。主はかつてソロモンに、こうした異邦人の中に入って行ってはならない。そうでないと、そうした女性たちによって彼の心が転じて彼らの神々に従うことになると警告されていたのに、ソロモンは彼女たちを愛して止めなかったのです。その結果、その妻たちが彼の心を転じてしまいました。Ⅱコリント6:14には、「不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。」とありますが、私たちがその点で妥協すると、それは妥協で終わるだけでなく、主ご自身を否むようになってしまいます。

ソロモンの晩年は、父ダビデとは大きく異なっていました。その妻たちが彼の心をほかの神々へ向けたので、彼は、他の神々も拝むようになったのです。彼はヤハウェ信仰を捨てたわけではありません。そうではなく、主なる神様以外に、妻たちがもたらした偶像神も礼拝するようになったということのです。異国の妻を持つことで、心が二つに分かれてしまい、一方で主を礼拝したかと思えば、他方では外国の妻たちが拝んでいる神々を拝むという何ともチグハグな行動を獲るうになってしまったのです。

ソロモンが拝んだ偶像神は、シドンの女神アシュタロテと、アモン人の神ミルコムです。アシュタロテは、豊穣と性の女神です。その礼拝には淫乱な要素が含まれていました。主に、イスラエルの北にいるシドン人が拝む神です。そしてアンモン人の神です。死海の東では、ミルコムが拝まれていました。これは別名モレクで、子どもをいけにえとして火の中にささげなければいけない神です。レビ18:21は、名指しでミルコムを警戒するようにと命じられていたのに、これにも従いませんでした。さらにソロモンは、モアブ人の神ケモシュとアモン人の神モレク(ミルコムの別名)のために、エルサレムの東にある山の上(オリーブ山)に高き所(祭壇)を築きました。

いったいなぜ彼はこのようなことをしたのでしょうか。それは彼が主から離れ、自らの使命忘れてしまったことです。ソロモンの偉大さは、主から与えられた賜物だったのに、いつしかそのことを忘れ、自分で得たものであるかのように思ってしまったのです。彼は主の目に悪であることを行い、父ダビデのように主に従い通しませんでした。主から離れ、自らに与えられた使命を忘れたことで、彼は背教の王となってしまったのです。

次に、9~13節をご覧ください。「9主はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、主から離れたからである。主が二度も彼に現れ、10 このことについて、ほかの神々に従っていってはならないと命じておられたのに、彼が主の命令を守らなかったのである。11 そのため、主はソロモンに言われた。「あなたがこのようにふるまい、わたしが命じたわたしの契約と掟を守らなかったので、わたしは王国をあなたから引き裂いて、あなたの家来に与える。12 しかし、あなたの父ダビデに免じて、あなたが生きている間はそうしない。あなたの子の手から、それを引き裂く。13 ただし、王国のすべてを引き裂くのではなく、わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与える。」」

主はソロモンに怒りを発せられました。それは彼の心がイスラエルの神、主から離れたからです。これまでに主は二度も彼に現れて、ほかの神々に従っていってはならないと命じておられたのに、その命令を守らなかったのです。一度目は、Ⅰ列王記3:5にあります。主はギブオンで彼に現れたとき、彼が願ったことを与えると約束されました。しかし、そこには一つの条件がありました。それは、主の掟と命令を守って主の道に従うなら(3:14)ということでした。もう一回は、ソロモンが神殿を完成させたとき(Ⅰ列王9:2)です。そのときも主は、ほかの神々に従うことの危険性について語られました(9:6-7)。このように主は何度も彼に現れて、ほかの神々に従って拝んではならないと警告してきたのに、それを守りませんでした。

それゆえ、主はソロモンの王国を引き裂いて、彼の家来に与えると言われました。「あなたの家来」とは、ヤロブアムのことです。しかし、それはソロモンの存命中ではなく、ソロモンの死後に起こります。神は、ダビデにお与えになった約束のゆえに、その時まで忍耐されます。ただし、王国の全部を引き裂くのではありません。「一つの部分だけ」は、彼とその子に与えられます。それは、ユダ部族のことです。ベニヤミン族もユダ族に付き従いましたが、ベニヤミン部族は弱小部族だったので、ここでは一つの部族に数えられていません。ユダ族とベニヤミン族が一つとなって、南ユダ王国を形成することになります。

ソロモンの父ダビデも大きな罪を犯しましたが、ダビデの心はいつも主と一つになっていました。それに対してソロモンは、最初は主の御前にへりくだり、知恵と判断力を求めましたが、豊かになるにつれ心が高ぶり、その心が主から離れてしまいました。これがダビデとソロモンの大きな違いです。主は最後までへりくだってご自身を求めることを願っておられます。私たちがどのような状況でも、主から離れず、心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、主を愛する者となりましょう。最初はよかったけどだんだん悪くなったではなく、最初はパッとしなかったけど、最後はすばらしい信仰を貫いたと言われる生涯を送れるような者となるように、主に思いを集中しましょう。

Ⅱ.外敵の台頭(14-25)

次に、10~14節をご覧ください。「10 ソロモンが主の宮と王宮との二つの家を二十年かけて建て終えたとき、11 ツロの王ヒラムが、ソロモンの要請に応じて、杉の木材、もみの木材、および金を用立てたので、ソロモン王はガリラヤ地方の二十の町をヒラムに与えた。12 ヒラムはツロからやって来て、ソロモンが彼に与えた町々を見たが、彼はそれらが気に入らなかった。13 彼は、「兄弟よ。あなたが私に下さったこの町々は、いったい何ですか」と言った。そのため、これらの町々はカブルの地と呼ばれ、今日に至っている。14 ヒラムは王に金百二十タラントを贈っていた。」

ソロモンが主に背いたために、主は、ソロモンに敵対する者を起こされました。まず、エドム人のハダドです。エドムは死海の南東に位置する国です。彼はエドムの王の子孫でした。かつてダビデの将軍ヨアブは、エドムの男子を皆殺しにしたことがありましたが(Ⅱサムエル8:13-14)、その時の唯一の生き残りがこのハダドです。その時彼は少年でしたが、エジプトに亡命しました。すると、エジプトの王ファラオは、このハダドをことのほか気に入り、彼に家と、食料と、土地を与えました。さらに自分の妻タフぺネスの妹を、妻として与えました。当時ファラオは、ソロモンとは友好関係にありましたが、同時に、将来ソロモンに敵対するであろう人物を養っていたのです。

ハダドは、ダビデと将軍のヨアブが死んだことを聞くと、ファラオに「私を国へ帰らせてください」と願い出ました。その子ソロモンに復讐のために戦いを仕掛けるためです。ファラオはなぜハダドがそのように言っているのか理解できませんでしたが、「とにかく帰らせてください」というので、それを許しました。

もう一人、ソロモンに敵対する者として主は、エリヤダの子レゾンを起こされました。彼は、自分の主人ツォバの王ハダドエゼルのもとから逃亡していた者でした。ダビデがハダドエゼルの兵士たちを殺害した後(Ⅱサムエル8:3-9)、人々を自分のもとに集め、略奪隊の隊長としてダマスコに住み、ダマスコを支配していました。彼は、ソロモンが生きている間ハダドのように悪を行い、イスラエルに敵対し、ソロモンを苦しめました。

ソロモンは、生きている間は王座から追われることはありませんでしたが、このような形で神のさばきを受けました。神はソロモンの罪を罰するために、2人の敵を置かれたのです。南にはハダド、北にはレゾンです。私たちの人生も同じです。主に背くことで、このような警告的なさばきを受けることがあります。それは神からのシグナルです。それは私たちを滅ぼすためではなく、私たちが罪を悔い改めて神に立ち返るための神からの懲らしめなのです。ですから、自分の罪に気付いたら悔い改めなければなりません。そうでないと、最終的にもっと大きな神のさばきを受けることになってしまいます。

Ⅲ.ネバテの子ヤロブアム(26-43)

次に、26~43節をご覧ください。ソロモンが主に背いたことで、主は2人の外敵を起こされましたが、それは外側からだけではありませんでした。内側からの敵も起こされました。それがネバテの子ヤロブアムです。まず26~28節をお読みします。「26 ツェレダ出身のエフライム人、ネバテの子ヤロブアムはソロモンの家来であった。彼の母の名はツェルアといい、やもめであった。ところが彼も王に反逆した。27 彼が王に反逆するようになった事情はこうである。ソロモンはミロを建て、彼の父ダビデの町の破れ口をふさいでいた。28 ヤロブアムは手腕家であった。ソロモンはこの若者の働きぶりを見て、ヨセフの家のすべての役務を管理させた。」

ネバテの子ヤロブアムは、ソロモンの下で働いていた家来です。彼はエフライム族の出身です。エフライム族は、北イスラエル10部族の中でもっとも大きな影響がありました。全部族のまとめ役のような役目があったのです。彼の父親はすでに死んでおり、母親はやもめになっていました。そのヤロブアムがソロモン王に反逆したのです。その事情は27節以降にありますが、ソロモンの神殿やエルサレムの町の補強工事においてヤロブアムは手腕を発揮したので、ソロモンはヨセフの家、つまりエフライムとマナセのすべての役務を任せました。エフライム族は、南ユダ族による統治に対して不満を抱いていた北の10部族のリーダーです。ソロモンから与えられたこの重責は、結果的に王に反逆する機会をヤロブアムに与えることになってしまったのです。

ソロモンは知恵のある王でした。しかし彼はその知恵によって自らの身に困難を招いてしまいました。神から与えられた賜物や知恵も、神を恐れることを忘れた人にとっては、無用の長物どころか、むしろ危険なものになってしまいます。晩年のソロモンは、私たちにとっての反面教師です。

29~40節をご覧ください。「29 そのころ、ヤロブアムがエルサレムから出て来ると、シロ人で預言者であるアヒヤが道で彼に会った。アヒヤは新しい外套を着ていた。彼ら二人だけが野にいた。30 アヒヤは着ていた新しい外套をつかみ、それを十二切れに引き裂き、31 ヤロブアムに言った。「十切れを取りなさい。イスラエルの神、主はこう言われる。『見よ。わたしはソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える。32 ただし、ソロモンには一つの部族だけ残る。それは、わたしのしもべダビデと、わたしがイスラエルの全部族の中から選んだ都、エルサレムに免じてのことである。33 というのは、人々がわたしを捨て、シドン人の女神アシュタロテや、モアブの神ケモシュや、アンモン人の神ミルコムを拝み、父ダビデのようには、わたしの目にかなうことを行わず、わたしの掟と定めを守らず、わたしの道に歩まなかったからである。34 しかし、わたしはソロモンの手から王国のすべてを取り上げることはしない。わたしが選び、わたしの命令と掟を守った、わたしのしもべダビデに免じて、ソロモンが生きている間は、彼を君主としておく。35 わたしは彼の子の手から王位を取り上げ、十部族をあなたに与える。36 彼の子には一つの部族を与える。それは、わたしの名を置くために選んだ都エルサレムで、わたしのしもべダビデが、わたしの前にいつも一つのともしびを保つためである。37 わたしがあなたを召したなら、あなたは自分の望むとおりに王となり、イスラエルを治める王とならなければならない。38 もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える。39 このために、わたしはダビデの子孫を苦しめる。しかし、それを永久に続けはしない。』」40 ソロモンはヤロブアムを殺そうとしたが、ヤロブアムは立ち去ってエジプトに逃れ、エジプトの王シシャクのもとに行き、ソロモンが死ぬまでエジプトにいた。」

そのころ、ヤロブアムがエルサレムから出て来ると、シロ人で預言者のアヒヤと出会いました。「シロ人」とは、エフライム人という意味です。シロはエフライムの山地にある町で、かつて幕屋が置かれていた聖なる地でした。預言者アヒヤは、ヤロブアムと道で出会いますが、これは神の摂理的なみわざでした。アヒヤは着ていた新しい外套を12に切り裂いて預言を語りました。これは絵画的な方法で伝える預言です。イスラエルの預言者たちは、たびたびこうした方法で預言を伝えました(エレミヤ13:1-11,エゼキエル3:1-3)。アヒヤはこう言いました。「十切れを取りなさい。イスラエルの神、主はこう言われる。『見よ。わたしはソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える。」「十部族」とは、北の十部族のことです。ヤロブアムにどれだけの衝撃が走ったことでしょう。

しかし、ソロモンには一つの部族だけが残されます。それは、かつて主がダビデと契約を交わされたからです。この「一つの部族」とは、ユダ族のことです。ベニヤミン族もこの中に含まれていますが、ベニヤミン族は小さな部族だったので、ユダ族と合わせて一つの部族とみなされていました。

ところで、このようにソロモンには一つの部族だけが残されるのはどうしてなのかというと、それはソロモンが神の命令に背いて罪を犯したからです。彼はダビデのように、主の目にかなうことを行わず、主のおきてと定めを守らず、主の道に歩みませんでした。その結果、このようなさばきが下ったのです。

このように罪は、単に霊的な分野だけでなく、現実の世界にまで悪影響を及ぼします。彼らの祝福は、神に従うかどうか、罪から離れるかどうかにかかっていたのです。これは、私たちにも言えることです。私たちは、罪の及ぼす結果がどういうものなのかを見て、いつも主のみことばに従って歩みたいと思います。

また、ここにはヤロブアムに対する約束も語られます。38節です。「もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える。」

これはダビデに与えられた約束に似ています。また、ソロモンに与えられた約束に似ています。これはダビデであろうがソロモンであろうが、あるいは、その他どんな人であろうが、共通している約束です。すなわち、主が命じることを守り行い、主の目にかなうことをするなら、主はその人とともにいて、確かな家を与えてくださるのです。

しかし、結果的に彼はこの約束を守りませんでした。ソロモンのように偶像礼拝に走り、神の祝福を失うことになるのです。これが人間の姿です。このヤロブアムの失敗から、教訓を学びたいと思います。ソロモンはヤロブアムを殺そうとしましたが、彼もエジプトに逃れ、ソロモンが死ぬまでエジプトに留まっていました。

この章の最後の部分には、ソロモンの業績が記されてあります。ソロモンがエルサレムで全イスラエルの王であった期間は、40年でした。ソロモンが死ぬと、その子レハブアムが変わって王となりました。

ソロモンは、神から多くの賜物と祝福を受けていました。ところが、人生の後半に入ると、賜物を与えてくださった方ではなく、賜物そのものや自らの可能性に目を留めるようになりました。そして、主の道から反れてしまいました。偶像礼拝の罪に対する神のさばきは、彼の死後、その王国に下ります。けれども彼は、神のあわれみのゆえに救われていました。確かに彼は神の目にかなうことはしませんでしたが、伝道者の書を彼の作と考えるなら、彼は間違いなく救われていたことになります。彼は、人生の快楽や苦難を通過した後、次のような結論に達しました。「13 結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。14 神は、善であれ悪であれ、あらゆる隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからである。」(伝道者12:13-14)

これが、彼の結論です。結局のところ、もうすべてが聞かされていることですが、神を恐れるということ、そして、神の命令を守ること、それが人間にとってすべてなのです。私たちも、多くの祝福を与えてくださる方から離れることなく、いつも主だけを見て、主の目にかなうことを行い、与えられた地上での生涯を全うしたいと思います。

Ⅰ列王記10章

 今日は、列王記第一10章から学びます。

 Ⅰ.シェバの女王(1-13)

まず、1節から5節までをご覧ください。「1 ときに、シェバの女王は、主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうとしてやって来た。2 彼女は非常に大勢の従者を率い、バルサム油と非常に多くの金および宝石をらくだに載せて、エルサレムにやって来た。彼女はソロモンのところに来ると、心にあることをすべて彼に問いかけた。3 ソロモンは、彼女のすべての問いに答えた。王が分からなくて、彼女に答えられなかったことは何一つなかった。4 シェバの女王は、ソロモンのすべての知恵と、彼が建てた宮殿と、5 その食卓の料理、列席の家来たち、給仕たちの態度とその服装、献酌官たち、そして彼が主の宮で献げた全焼のささげ物を見て、息も止まるばかりであった。」

「シェバ」とは、アラビア半島にあるイエメン辺りのことです。イエメンは豊富な香料を産出する国でした。先日の礼拝説教はエレミヤ書6章からでしたが、20節に「いったい何のために、シェバから乳香が、また、遠い国から香りの良い菖蒲がわたしのところに来るのか。」とありました。それは、このシェバが豊富な香料を産出する国であったからです。そのシェバの女王がソロモンの名声を聞き、彼のもとにやって来たわけです。何のためでしょうか。彼を試すためです。彼がどれほどの知恵を持っているのかを試すために、難問をもって彼のもとにやって来ました。

シェバの女王は、大勢の従者を率いて、また、バルサム油や多くの金、および宝石を携えてエルサレムにやって来ました。彼女はソロモンに会うと、ありとあらゆる質問をソロモンに投げかけました。するとソロモンは、そのすべての問いに答えました。彼が分からなくて答えられなかった問いは何一つありませんでした。

シェバの女王は非常に驚きました。それはソロモンの知恵と、彼が立てた宮殿、その食卓の料理、列席の家来たち、給仕たち、給仕たちの態度、その服装、献酌官たち、そして彼が主の宮で献げた全焼のいけにえが、彼女が想像していたものよりもはるかに優れていたからです。神の知恵は、こうした一人一人の態度や振る舞い等、見える形で表れるのです。それは神様によって与えられたものだったのです。神の知恵によって生かされている人は何と幸いでしょうか。主を恐れることが知恵の初めです。私たちも主を恐れ、主に従い、主から知恵をいただいて、与えられた人生を歩みましょう。

次に、6~10節をご覧ください。「6 彼女は王に言った。「私が国であなたの事績とあなたの知恵について聞き及んでいたことは、本当でした。7 私は自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、なんと、私にはその半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさより、はるかにまさっています。8 なんと幸せなことでしょう。あなたにつく人たちは。なんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立って、あなたの知恵を聞くことができる、このあなたの家来たちは。9 あなたの神、主がほめたたえられますように。主はあなたを喜び、イスラエルの王座にあなたを就かせられました。主はイスラエルをとこしえに愛しておられるので、あなたを王とし、公正と正義を行わせるのです。」10 彼女は百二十タラントの金と、非常に多くのバルサム油と宝石を王に贈った。シェバの女王がソロモン王に贈ったほど多くのバルサム油は、二度と入って来なかった。」

シェバの女王はソロモンに言いました。それはこういうことです。彼女が実際にソロモンに会うまでは懐疑的でしたが、実際に来てみて、それが本当であったことがわかったということ。いや、その半分も知らされていませんでした。ソロモンの知恵と繁栄は、自分が聞いていたうわさなどよりも、はるかにまさっていました。彼女はソロモンのそばで仕え、いつもその知恵を聞くことのできる人たちをうらやましく思い、「なんと幸せなことでしょう。あなたにつく人たちは。なんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立って、あなたの知恵を聞くことができる、あなたの家来たちは。」(8)と感嘆の声をあげました。

そして、このように言って主をほめたたえました。9節です。「あなたの神、主がほめたたえられますように。主はあなたを喜び、イスラエルの王座にあなたを就かせられました。主はイスラエルをとこしえに愛しておられるので、あなたを王とし、公正と正義を行わせるのです。」これはシェバの女王のことばです。なんと彼女はイスラエルの神、主をほめたたえました。異邦人の女王が、イスラエルの神、主をほめたたえたのです。5:7には、異邦人のツロの王ヒラムもイスラエルの神をほめたたえました。それはイスラエルの神、主によって与えらされたものであると認めたのです。また、それは主の御計画によるものであることを認めました。さらに、それは主がイスラエルをとこしえに愛しておられる証拠であると語っています、また、主がソロモンをイスラエルの王としてお立てになったのは、公正と正義を行わせるためであるという目的にも触れています。すごい洞察力ですね。それほどソロモンの知恵が際立っていたということでしょう。それで彼女はソロモンに百二十タラントの金と、非常に多くのバルサム油と宝石を贈りました。これほど多くのバルサム油は、二度と入ってきませんでした。相当の量のバルサム油を贈ったのです。ソロモンが神によって立てられた王であると認めたということです。

11~13節をご覧ください。「11 また、オフィルから金を積んで来たヒラムの船団は、非常に多くの白檀の木材と宝石を、オフィルから運んで来た。12 王はこの白檀の木材で、主の宮と王宮のための柱を作り、歌い手たちのための竪琴と琴を作った。今日まで、このような白檀の木材が入って来たことはなく、見られたこともなかった。13 ソロモン王は、シェバの女王が求めたものは何でもその望みのままに与えた。さらに、ソロモン王の豊かさにふさわしいものも彼女に与えた。彼女は家来たちを連れて、自分の国へ帰って行った。」

「ヒラムの船団」とは、ソロモンとツロの王ヒラムが協力して運営していた船団のことです。「オフィル」とはアラビアのことを指しています。つまり、ヒラムの船団が、オフィルから非常に多くの金と白檀の木材と宝石を運んで来たということです。これらがソロモンの資金源でもありました。ソロモンはこのヒラムの船団が運んで来た白檀の木材で主の宮と王宮の柱を作り、歌い手たちのための竪琴や琴を作りました。白檀は表面が黒く、中は赤褐色の非常に堅い木材なので、建築の柱やこうした楽器などを作るのに適していました。それが今日まで見たことがないほどの量が運ばれて来たのです。ソロモンはシェバの女王に、彼女が求めるものは何でもその望みのままに与えました。それでシェバの女王はすべての面で満足して、自分の国へ帰って行きました。

このシェバの女王について、新約聖書にも言及されています。マタイ12:42でイエス様はこのように言っておられます。「南の女王が、さばきのときにこの時代の人々とともに立って、この時代の人々を罪ありとします。彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからです。しかし見なさい。ここにソロモンにまさるものがあります。」(マタイ12:42)

シェバの女王は、ソロモンの知恵を聞くために、約2,000キロの距離を旅したのです。しかし、ここにソロモンよりももって優れた方がおられます。私たちの主イエス・キリストです。であれば、2,000キロはおろか、それ以上の関心を示すのは当然のことではないでしょう。しかし、イスラエルの耳は閉ざされていました。あなたはどうでしょうか。イエス様の知恵を聞くために、あらゆる犠牲を払っているでしょうか。イエス様はあなたのすべての犠牲を払ってもあなたの必要を満たすだけの価値があるお方なのです。この方に聞き従いましょう。

Ⅱ.ソロモンの富(14-22)

次に、10~14節をご覧ください。「10 ソロモンが主の宮と王宮との二つの家を二十年かけて建て終えたとき、11 ツロの王ヒラムが、ソロモンの要請に応じて、杉の木材、もみの木材、および金を用立てたので、ソロモン王はガリラヤ地方の二十の町をヒラムに与えた。12 ヒラムはツロからやって来て、ソロモンが彼に与えた町々を見たが、彼はそれらが気に入らなかった。13 彼は、「兄弟よ。あなたが私に下さったこの町々は、いったい何ですか」と言った。そのため、これらの町々はカブルの地と呼ばれ、今日に至っている。14 ヒラムは王に金百二十タラントを贈っていた。」

一年間にソロモンのところに入って来た金の重さは、金の目方で六百六十六タラントでした。1タラントは33キログラムです。仮に1グラムが4,500円だとすると、とてつもない数字になります。1キログラムで450万円となります。であれば1タラントはその33倍ですから、1億4850万円となります。その666倍ですから、現代の価値で989億100万円となります。約1,000億円です。 それだけの量の金が、毎年ソロモンのところにはいって来たのです。

ところで、この666という数字ですが、ご存知のように聖書では「7」が完全数で、「6」はその手前であって不完全を意味しています。黙示録13章に世界を牛耳り、自分を神として拝ませようとする反キリストが出てきますが、その獣の数字が666です。それは「人間を表す数字である」(黙示録13:18)とあるので、これはソロモンに代表される世界の富と栄華を神としている人間の姿を表しているのではないかと考えられます。ソロモンのところにはこうした金のほかに隊商から得たもの、貿易商人の商いから得たもの、アラビアのすべての王たち、およびその地の総督たちからのものがあったので、相当の富と財宝がありました。こうした富を、主を愛するために用いるなら神の栄光を現わすことになりますが、もし金銭そのものを愛するならば、反キリストと少しも変わらなくなってしまいます。

ここでソロモンはそれらの金を何のために用いたかというと、大盾や盾に使いました。大盾1つに六百シェケルです。1シェケルは11.4グラムですから、6,840グラムとなります。ですから、約3千万円の金を使用したという計算になります。それが200個ですから、大盾だけで6億円です。盾は1つにつき3ミナ(1ミナは570グラム)ですから、1個につき約770万円です。それを300個作りましたから、約23億円となります。ソロモンはそれらをレバノンの森の宮殿に置きました。全くの無駄遣いです。意味がありません。

さらに彼は大きな象牙の王座を作り、これにも純金をかぶせました。それは王の威光を示すためでした。王座の背もたれの上部は丸くなっており、ひじ掛けの脇には二頭の雄獅子が立っていました。さらに王座に上る6段の階段の両側には、合計12頭の雄獅子が立っていました。これほど豪華な王座は、それまで誰も見たことがありませんでした。

また、ソロモンが飲み物に用いる器はすべて金です。銀のものはありませんでした。ソロモンの時代には銀は価値あるものとはみなされていなかったからです。すべて純金製です。ソロモンはヒラムの船団のほかにタルシシュの船団も持っていて、こうした船団が金、銀、象牙、猿、孔雀などを運んで来たのです。

このことからも、ソロモンの神への信頼は失われていったことがわかります。なぜなら、モーセの律法には、富の蓄積を禁じているからです。申命記17:17には「また王は、自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。自分のために銀や金を過剰に持ってはならない。」とあります。王は多くの妻を持って、心がそれることがあってはならなかったし、自分のために銀や金を過剰に持ってはならなかったのですが、ソロモンはこの両方をいとも簡単に破っていました。ここに、私たちへの警告があります。過剰な金や銀を持つことで、私たちの心が神から離れてしまうことになります。そうした富を持つことで神に信頼することを忘れてしまうからです。イエス様は、「あなたがたは神と富とに仕えることはできません。」(マタイ6:24)と言われました。私たちは神にも仕え、富にも仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじることになるからです。ソロモンと同じ失敗を犯さないために、私たちも自らの心を見張らなければなりません。

Ⅲ.ソロモンの栄華(23-29)

最後に、23~29節をご覧ください。「23 ソロモン王は、富と知恵において、地上のどの王よりもまさっていた。24 全世界は、神がソロモンの心に授けられた知恵を聞こうとして、彼に謁見を求めた。25 彼らはそれぞれ贈り物として、銀の器、金の器、衣服、武器、バルサム油、馬、ろばなどを、毎年携えて来た。26 ソロモンは戦車と騎兵を集め、戦車千四百台と騎兵一万二千人を所有した。彼はこれらを戦車の町々、およびエルサレムの王のもとに配置した。27 王はエルサレムで銀を石のように用い、杉の木をシェフェラのいちじく桑の木のように大量に用いた。28 ソロモンが所有していた馬は、エジプトとクエから輸入されたもので、王の商人たちが、代価を払ってクエから手に入れたものであった。29 戦車はエジプトから銀六百、馬は銀百五十で買い上げられて、輸入された。同様に、ヒッタイト人のすべての王やアラムの王たちにも、王の商人たちの仲買で輸出された。」

ソロモン王は、富と知恵において、地上のどの王よりもまさっていました。それは、ソロモンに対する 神の約束が成就したということです。その結果、非常に多くの支配者たちがソロモンに謁見を求めました。彼らはそれぞれ贈り物として、銀の器、金の器、衣服、武器、バルサム油、馬、ろばなどを、携えて来たので、ソロモンはとても富める者になりました。

ソロモンは戦車と騎兵を集め、エルサレムの彼のもとに配置しました。当時、戦車は最強の武器でした。ソロモンは軍事力を高めるために、戦車千四百台と騎兵1万2千人を所有したのです。また、銀を石のように、杉の木をいちじく桑のように大量に用いました。銀も杉の木も大変高価なものでしたが、ソロモンはそれを大量に用いることができました。

しかし、彼はさらに馬をエジプトとクエから輸入しています。戦車は銀六百、馬は銀で百五十です。それは大変高価な買い物でした。いったい何のために彼はこれらのものを輸入したのでしょうか。ヒッタイト人のすべての王たちや、王の証人たちの仲買で輸出するためです。すなわち、仲買人として利益を得るためです。

しかし、戦車や馬を大量に保持することは、モーセの律法に反していました。申命記17:16には、「ただし王は、決して自分のために馬を増やしてはならない。馬を増やすために民をエジプトに戻らせてはならない。」とあります。その理由は、目に見えるものに信頼を置き、神に信頼しなくなってしまうからです。誤った信頼感は、私たちを危険に方向へと向かわせることになります。いったい私たちの助けはどこからくるのでしょうか。私たちの助けは主から来ます(詩篇121:2)。そのことを覚え、ただ主にだけ信頼しましょう。

このように、ソロモンの富と栄華の背後で、主への愛と献身が徐々に失われていたのを見ることができます。主を愛しているけれども、多くの富を持ち、その富によって知らないうちに心が主から離れていったのです。ヘブル2:1に「ですから、私たちは聞いたことを、ますますしっかり心に留めて、押し流されないようにしなければなりません。」とあります。自分は大丈夫と思っているうちに、舟は沖へ押し流され、気づいたときは取り返しもつかない状況になっていることがあります。私たちも押し流されないように、主から聞いたことをしっかり心に留めておきたいと思います。