Ⅰ列王記22章

 今日は、列王記第一22章から学びます。列王記第一の最後の章となります。

 Ⅰ.預言者ミカヤ(1-23)

まず、1~23節までをご覧ください。5節までをお読みします。「1 アラムとイスラエルの間に戦いがないまま、三年が過ぎた。2 しかし、三年目になって、ユダの王ヨシャファテがイスラエルの王のところに下って来ると、3 イスラエルの王は自分の家来たちに言った。「おまえたちは、ラモテ・ギルアデがわれわれのものであることをよく知っているではないか。それなのに、われわれはためらっていて、それをアラムの王の手から奪い返していない。」4 そして、彼はヨシャファテに言った。「私とともにラモテ・ギルアデに戦いに行ってくれませんか。」ヨシャファテはイスラエルの王に言った。「私とあなたは一つ、私の民とあなたの民は一つ、私の馬とあなたの馬は一つです。」5 ヨシャファテはイスラエルの王に言った。「まず、主のことばを伺ってください。」

アラムとイスラエルの間に戦いがないまま、三年が過ぎました。思い出してください。20章で見たとおり、アラムすなわちシリヤの王ベン・ハダドが、イスラエルに戦いをしかけて敗北しました。それでイスラエルの王アハブは彼を聖絶しなければならなかったのに、やすやすと逃してしまいました。あれから三年が経過しました。この間、アラムとイスラエルの間には戦いがありませんでした。

その頃、南ユダの王ヨシャファテがイスラエルの王のところにやってきました。南ユダ王国に関する記述は、Ⅰ列王記15章24節のアサ王の死後ありませんでした。アサ王は15章11節に「父祖ダビテのように、主の目にかなうことを行った」とあるように善い王だったので、41年間南ユダを統治することができましたが、ヨシャファテはその息子です。あれからずっと南ユダ王国に関しての記述がなかったのは、北イスラエルの王アハブに関する出来事を伝えたかったからです。しかし、この22章40節でアハブに関する記述が終わるので、41節から再び南王国ユダに関する戻ります。

そのユダの王ヨシャファテがアハブところにやって来ました。これまでイスラエルとユダの関係は敵対関係にありましたが、アラムという共通の敵を前にして、友好関係を築いていたのでしょう。ですから、このヨシャファテの訪問は、いわゆる表敬訪問だったということです。

しかし、ヨシャファテがアハブのところに下って来たとき、自分の家来たちに言いました。「おまえたちは、ラモテ・ギルアデがわれわれのものであることをよく知っているではないか。それなのに、われわれはためらっていて、それをアラムの王の手から奪い返していない。」どういうことでしょうか。アラムの王ベン・ハダドは、アハブとの戦いに敗れ恩赦を受けた時、そのお礼としてかつて彼の父がアハブの父親から奪い取った町々を返却すると約束しました(Ⅰ列王記20:34)が、ラモテ・ギルアデという町が返却されていなかったので、それを奪い返そうとしたのです。巻末の地図4「イスラエルの各部族への土地の割り当て」をご覧ください。ラモテ・ギルアデの位置を確認しましょう。そこは、ヨルダン川の東にあるガド族の領地にある町です。この町は、軍事的に戦略的に重要な町でした。その町をアラムの王の手から奪い返すのに、ヨシャファテの力を借りようと思ったのです。それで南ユダ王国のヨシャパテが来たとき、一緒に戦いに行ってくれるように頼んだのです。

それに対して、ヨシャファテはどのように応答したでしょうか。彼は一つ返事で快諾しました。4節です。「私とあなたは一つ、私の民とあなたの民は一つ、私の馬とあなたの馬は一つです。」しかし、彼はまず「主のことばを伺ってください。」とアハブに言いました。さすがヨシァファテですね。南王国ユダの善王の一人です。しかし、順序が逆でした。彼はアハブから協力を依頼されたとき「私とあなたは一つ、私の民とあなたの民は一つ、私の馬とあなたの馬は一つです。」とすぐに返事をするのではなく、その前に主に伺いを立てるべきでした。まず主のみこころを確かめてから答えるべきだったのです。これはヨシャパテばかりでなく、私たちもよく犯すものです。私もよく失敗します。その時の自分の思いで即答してしまうのです。しかし、後になって冷静に考えてみると、必ずしもそれが良い判断ではないことに気付いて撤回しようとすると、後に引けなくなってしまうことがあります。まず、主に伺いを立て、まず、主の導きを祈り求めること、それが私たちの確かな信仰生活につながる鍵なのです。

次に、6~18節をご覧ください。「6 イスラエルの王は約四百人の預言者を集めて、彼らに尋ねた。「私はラモテ・ギルアデに戦いに行くべきか。それとも、やめるべきか。」彼らは答えた。「あなたは攻め上ってください。主は王様の手にこれを渡されます。」7 ヨシャファテは、「ここには、われわれがみこころを求めることのできる主の預言者が、ほかにいないのですか」と言った。8 イスラエルの王はヨシャファテに答えた。「ほかにもう一人、主に伺うことのできる者がいます。しかし、私は彼を憎んでいます。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言するからです。イムラの子ミカヤです。」ヨシャファテは言った。「王よ、そういうふうには言わないでください。」9 イスラエルの王は一人の宦官を呼び、「急いでイムラの子ミカヤを連れて来い」と命じた。10 イスラエルの王とユダの王ヨシャファテは、それぞれ王服をまとって、サマリアの門の入り口にある打ち場の王の座に着いていた。預言者はみな、彼らの前で預言していた。11 ケナアナの子ゼデキヤは、王のために鉄の角を作って言った。「主はこう言われます。『これらの角で、あなたはアラムを突いて、絶ち滅ぼさなければならない。』」12 預言者たちはみな、同じように預言した。「あなたはラモテ・ギルアデに攻め上って勝利を得てください。主は王の手にこれを渡されます。」

13 ミカヤを呼びに行った使者はミカヤに告げた。「いいですか。預言者たちは口をそろえて、王に対して良いことを述べています。どうか、あなたも彼らと同じように語り、良いことを述べてください。」14 ミカヤは答えた。「主は生きておられる。主が私に告げられることを、そのまま述べよう。」15 彼が王のもとに着くと、王は彼に言った。「ミカヤ、われわれはラモテ・ギルアデに戦いに行くべきか。それとも、やめるべきか。」彼は王に答えた。「あなたは攻め上って勝利を得なさい。主は王の手にこれを渡されます。」16 王は彼に言った。「私が何度おまえに誓わせたら、おまえは主の名によって真実だけを私に告げるようになるのか。」17 彼は答えた。「私は全イスラエルが山々に散らされているのを見た。まるで、羊飼いのいない羊の群れのように。そのとき主はこう言われた。『彼らには主人がいない。彼らをそれぞれ自分の家に無事に帰らせよ。』」18 イスラエルの王はヨシャファテに言った。「あなたに言ったではありませんか。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言すると。」

イスラエルの王アハブは約四百人の預言者を集めて、ラモテ・ギルアデに上って行くべきか、それとも、やめるべきか尋ねます。彼らはバアルの預言者ではありません。そんなことをしたらヨシャファテを大いに侮辱することになるでしょう。彼らは主の預言者でした。しかし、真の預言者ではなくただ王が喜ぶことだけを告げる偽預言者でした。彼らは「攻め上ってください。主は王様にこれを渡されます。」と答えました。これはまさに、アハブ王が聞きたいと思っていた言葉です。聞きたいと思っていることを告げるのが良い預言者ではありません。真の預言者とは民が聞きたいことではなく、神が語れと言われることを語る預言者です。

ヨシャファテはそれを聞いて、「ここには、われわれのみこころを求めることのできる主の預言者が、ほかにいないのか」(7)と言いました。おそらくヨシャファテは、彼らが告げることばを聞いて違和感を覚えたのでしょう。四百人が四百人同じように答えたからです。ヨシャファテには霊的洞察力が備わっていました。私たちも預言者である牧師が語る主のことばを聞いて、それが本当に主から来たものなのかを見分ける霊的洞察力が求められます。

イスラエルの王アハブはヨシャファテに答えました。8節です。「ほかにもう一人、主に伺うことのできる者がいます。しかし、私は彼を憎んでいます。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言するからです。イムラの子ミカヤです。」

いるにはいるけど、自分はあまり好きではない。なぜなら、彼は自分について良いことは預言せず、悪いことばかり預言するからです。その人は、イムラの子ミカヤです。ミカヤはエリヤと同時代の預言者で主のことばを忠実に伝えていました。ですから、彼の告げることばは必ずしもアハブにとって都合が良いことばかりではありませんでした。都合が悪いことでも語る、いや、悪いことばかり語るのではないかとアハブには思われていました。ヨシャパテはピンとくるものがあったのでしょう。アハブに「そういうふうにいわないでください」と言って、ミカヤを連れて来させました。

イスラエルの王アハブと南ユダの王ヨシャファテは、それぞれ王服をまとって、サマリアの門の入り口にあるうちばの王の座に着いていました。「打ち場」とは麦打ち場のことです。そこは他の場所より一段高くなっていました。ですから、王たちが座り預言者たちのことばを聞くのに適していた場所でした。

まず登場したのは、ケナアテの子ゼデキヤでした。彼は、鉄の角を作ると、それを振りかざしながら、「これらの角でアラムを突いて、絶ち滅ぼさなければならない」と言いました。他の預言者たちもみな、同じように預言しました。

次に、ミカヤが連れて来られました。彼は連れて来られ前に使いの者から、「いいですか」と、彼らと同じように良いことを語るようにと忠告を受けていました。彼は王たちの前に連れて来られると、主が告げられたとおりのことを語りました。それは15節にあるように、「あなたは攻め上って勝利を得なさい。主は王の手にこれを渡されます。」と言いました。

これを聞いたアハブ王はハレルヤ!と喜ぶかと思ったら、彼にこのように怒って言いました。「私が何度おまえに誓わせたら、おまえは主の名によって真実だけを私に告げるようになるのか」どういうことでしょうか。これこそ彼が聞きたかったことばじゃないですか。他の預言者たちが告げた内容と同じです。それなのにアハブ王はそれを聞いて怒りました。なぜでしょうか。それはこれが他の預言者が語った内容と同じでも、皮肉って語ったからです。「行ったらいいんじゃないですか。主はあなたの手にこれを渡されますよ。きっと・・・」といった感じです。それを聞いたアハブはすぐにわかりました。皮肉っていると。そういう語り口調だったのでしょう。それは、その後の彼のことばを見ればわかります。ミカヤはその後ですぐ真実な預言を語り始めます。それが17節にある内容です。「彼は答えた。「私は全イスラエルが山々に散らされているのを見た。まるで、羊飼いのいない羊の群れのように。そのとき主はこう言われた。『彼らには主人がいない。彼らをそれぞれ自分の家に無事に帰らせよ。』」

「全イスラエルが山々に散らされる」とは、アラムとの戦いに敗れて散り散りになるということです。それはまるで羊飼いのいない羊のようになるということです。戦いに敗れて主人がいなくなってしまうからです。それは、アハブ王が死ぬことを意味していました。

それを聞いたアハブはヨシァファテに告げます。「あなたに言ったではありませんか。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言すると。」(18)アハブは、ミカヤの預言は信じるに値しないもので、信ずべきものは四百人の預言者たちの一致した預言であると強調したのです。つまり、自分と同盟関係を結んで、一緒にアラムと戦ってほしいと懇願しているのです。

自分の計画に固執していると、神の声が聞こえなくなってしまうことがあります。そして、やがて神の声を無視するという行為が習慣となり、滅びを招くことになるのです。

するとミカヤは、主のことばに耳を貸そうしないアハブに対して、別の角度から神のことばを告げます。それはミカヤが見た幻を通してです。それが19~23節にある内容です。「19 ミカヤは言った。「それゆえ、主のことばを聞きなさい。私は主が御座に着き、天の万軍がその右左に立っているのを見ました。20 そして、主は言われました。『アハブを惑わして攻め上らせ、ラモテ・ギルアデで倒れさせるのはだれか。』すると、ある者はああしよう、別の者はこうしようと言いました。21 ひとりの霊が進み出て、主の前に立ち、『この私が彼を惑わします』と言うと、主は彼に『どのようにやるのか』とお尋ねになりました。22 彼は答えました。『私が出て行って、彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります。』主は『きっとあなたは惑わすことができる。出て行って、そのとおりにせよ』と言われました。23 今ご覧のとおり、主はここにいるあなたのすべての預言者の口に、偽りを言う霊を授けられました。主はあなたに下るわざわいを告げられたのです。」

ミカヤは、主が御座に着き、天の万軍がその左右に立っているのを見ました。そこで主が、「アハブを惑わして攻め上がらせ、ラモテ・ギルアデで彼を倒れさせるのはだれか」と言うと、ある御使いはこうしようといい、また別の御使いはああしようと提案しますが、その時ひとりの天使が御前に進みで、「この私が彼を惑わします。」と告げるのです。「どうやって惑わすのか」と尋ねると、彼は答えました。『私が出て行って、彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります。』

すると主は、「きっとあなたは惑わすことができる。出て行って、そのとおりにせよ」と言われました。その偽りを言う霊こそ、ここにいるすべての預言者たちであるというのです。そして、それはアハブに下るわざわいのことばだというのです。

ここで注目すべきことは、主はご自身のみこころを実行するために、悪霊さえも用いられるということです。しかし、それは神が悪霊を遣わしたということではありません。ただ悪霊が惑わすことを許可されたということです。同じようなことがヨブ記にも見られます。サタンはヨブに害を加えようと神の前に出ています。そうすればどんなに正しい人でも、神をのろうようになると。それで神はサタンにこう言われました。「では、彼をおまえの手に任せる。ただ、彼のいのちには触れるな。」(ヨブ2:6)主は、サタンがヨブに害を加える事を許されたのです。サタンは神に反抗する霊ですが、そのようなものさえも神が用いられることがあるのです。しかし、それさえも神の御手の中にあります。それを超えてサタンが働くことはできません。ここでも、主に背くアハブ王を倒すために悪霊が用いられ、偽りを言う預言者たちの口を通して、アハブにわざわいを下されるのです。

Ⅱ.アハブ王の死(24-40)

次に、24~40節をご覧ください。28節をお読みします。「24 ケナアナの子ゼデキヤが近寄って来て、ミカヤの頬を殴りつけて言った。「どのようにして、主の霊が私を離れ、おまえに語ったというのか。」25 ミカヤは答えた。「あなたが奥の間に入って身を隠すその日に、あなたは思い知ることになる。」26 イスラエルの王は言った。「ミカヤを捕らえよ。町の長アモンと王の子ヨアシュのもとに連れて行き、27 王がこう命じたと言え。『この男を獄屋に入れ、私が無事に帰るまで、わずかなパンと、わずかな水だけ与えておけ。』」28 ミカヤは言った。「もしも、あなたが無事に戻って来ることがあるなら、主は私によって語られなかったということです。」そして、「すべての民よ、聞きなさい」と言った。」

するとゼデキヤがミカヤに近寄り、彼の頬を殴りつけて言いました。「どのようにして、主の霊が私を離れ、おまえに語ったというのか。」ひどいですね。ミカヤの頬を殴りつけるなんて。おそらくゼデキヤは自分が神の霊によって語ったと思い込んでいたのでしょう。それを「偽りを言う霊」、悪霊によって語ったと言われたので頭にきたのではないかと思います。

ミカヤはその質問には一切答えず、ただ「あなたが奥の間に入って身を隠すその日に、あなたは思いしることになる。」と言いました。これは、アハブ王が死ぬときゼデキヤは奥の間に隠れるようになるが、その時、彼は自分が語ったことが偽りの預言であったことを知るようになるということです。時がすべてを証明するということです。だから青筋を立てて怒る必要はないのです。

するとアハブ王はミカヤを捕え、監獄に入れ、自分が無事に帰るまで、わずかなパンと、わずかな水だけを与えて養っておけ、と命じました。

するとミカヤは「もしも、あなたが無事に戻って来ることがあるなら、主は私によって語られなかったということです。」と言い、「すべての民よ、聞きなさい」と言いました。これは、すべての民がこのことの証人であるということです。

ここでアハブは悔い改めの機会が与えられたにもかかわらず、その頑なな心を変えようとしませんでした。彼は21章27節ではエリヤのことばを聞いて悔い改めましたが、ここではそうしませんでした。残念ですね。一度悔い改めたから大丈夫だということはありません。私たちはすぐに高ぶり、神の前に罪を犯す者ですが、大切なのはその都度悔い改めることです。そうでなければ、悲惨な最後を迎えることになるからです。

次に、29~40節までをご覧ください。「29 イスラエルの王とユダの王ヨシャファテは、ラモテ・ギルアデに攻め上った。30 イスラエルの王はヨシャファテに言った。「私は変装して戦いに行きます。しかし、あなたは自分の王服を着ていてください。」イスラエルの王は変装して戦いに行った。31 アラムの王は、自分の配下の戦車隊長たち三十二人に次のように命じた。「兵とも将軍とも戦うな。ただイスラエルの王だけを狙って戦え。」32 戦車隊長たちはヨシャファテを見つけたとき、「きっと、あれがイスラエルの王に違いない」と思ったので、彼の方に向きを変え、戦おうとした。ヨシャファテは助けを叫び求めた。33 戦車隊長たちは、彼がイスラエルの王ではないことを知り、彼を追うことをやめて引き返した。34 そのとき、ある一人の兵士が何気なく弓を引くと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた。王は自分の戦車の御者に言った。「手綱を返して、私を陣営から出させてくれ。傷を負ってしまったから。」35 その日、戦いは激しくなった。王はアラムに向かって、戦車の中で立っていたが、夕方になって死んだ。傷から出た血が戦車のくぼみに流れた。36 日没のころ、陣営の中に「それぞれ自分の町、自分の国へ帰れ」という叫び声が伝わった。

37 王は死んでサマリアに運ばれた。人々はサマリアで王を葬った。38 それから戦車をサマリアの池で洗った。犬が彼の血をなめ、遊女たちがそこで身を洗った。主が語られたことばのとおりであった。39 アハブについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、彼が建てた象牙の家、彼が建てたすべての町、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。40 アハブは先祖とともに眠りにつき、その子アハズヤが代わって王となった。」

イスラエルの王アハブとユダの王ヨシャファテは、ラモテ・ギルアデに攻め上りました。しかし、イスラエルの王アハブは変装して行きました。たぶん、ミカヤの預言を恐れたからでしょう。変装して行けば、攻撃される可能性は低くなると考えたのです。しかし彼はヨシャファテには、自分の王服を着るようにと言います。自分は着たくないのに、ヨシャファテには着せようとしました。どうしてでしょうか。何かあった時にはヨシャファテの命が狙われても自分の命は助かると思ったからです。アハブはどこまでも身勝手な人間でした。

しかし、結果的に、王服を来たヨシャファテは助かり、変装したアハブが死ぬことになります。アラムの王が狙っていたのはイスラエルの王アハブの命だけでした。アラムの戦車隊長はヨシャファテを見つけたときそれがイスラエルの王アハブだと思って戦おうとしましたが、ヨシャァファテが助けを叫び求めたので、それがイスラエルの王ではないことを知り、彼を追うことをやめて引き返しました。

そのとき、ある一人の兵士が何気なく弾いた弓が、イスラエルの王アハブの胸当てと草摺りの間を射抜きました。胸当てと草摺の間とは、鎧の隙間のことを指しています。ある兵士が偶然放った矢が、何とアハブの鎧の間を射抜いたのです。これは偶然のように見えますが、38節を見ると、そうではないことがわかります。これは、主が語られたことばが成就するためであったことがわかります。それがこのような経緯で実現したのです。そのことを記したかったのです。彼はその兵士が放った矢によって負傷したので自分の陣地に戻りましたが、その日、戦いは激しさを増し、結局、アハブはその日の夕方に死んでしまいました。彼が戦車の中で立っていたのは指揮官としての自分の姿を見せることで、自陣の兵士たちを鼓舞するためです。

日没のころ、自営の中に「それぞれ自分の街、自分の国へ帰れ」という叫び声が伝わったのでアハブ王もサマリアに運ばれましたが、彼はそこで死んで、葬られました。血のついた戦車はサマリアの池で表れ、流れた血を犬たちがなめました。また遊女たちがその身を洗いました。これは、エリヤが語った預言のとおりです(Ⅰ列王21:19)。主が語られたことばのとおりになりました。アハブが先祖たちとともに眠りにつくと、その子アハズヤが代わって王となりました。

アハズヤについては、51~53節に記録されてあります。「51 アハブの子アハズヤは、ユダの王ヨシャファテの第十七年にサマリアでイスラエルの王となり、二年間イスラエルの王であった。52 彼は主の目に悪であることを行い、彼の父の道と彼の母の道、それに、イスラエルに罪を犯させた、ネバテの子ヤロブアムの道に歩んだ。53 彼はバアルに仕え、それを拝み、彼の父が行ったのと全く同じように行って、イスラエルの神、主の怒りを引き起こした。」

彼の治世は、わずか2年間でした。それは彼が主の目に悪であることを行い、彼の父の道と母の道、それに、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの道に歩んだからです。彼はバアルに仕え、それを拝み、彼の父が行ったのと全く同じように行って、イスラエルの神、主の怒りを引き起こしたからです。

主が語られたことは必ず成就します。主を恐れることが、知恵のはじまりです。主を恐れ、主に従いしましょう。それが確かな人生の鍵なのです。

Ⅲ.ヨシャファテの治世(41-50)

最後に、41~50節をご覧ください。「41 アサの子ヨシャファテがユダの王となったのは、イスラエルの王アハブの第四年であった。42 ヨシャファテは三十五歳で王となり、エルサレムで二十五年間、王であった。その母の名はアズバといい、シルヒの娘であった。43 彼はその父アサのすべての道に歩み、そこから外れることなく、主の目にかなうことを行った。しかし、高き所は取り除かなかった。民はなおも、その高き所でいけにえを献げたり、犠牲を供えたりしていた。44 ヨシャファテはイスラエルの王と友好関係を保っていた。

45 ヨシャファテについてのその他の事柄、彼が立てた功績とその戦績、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。46 彼は、父アサの時代にまだ残っていた神殿男娼をこの国から除き去った。

47 そのころ、エドムには王がなく、守護が王であった。48 ヨシャファテはタルシシュの船団をつくり、金を得るためにオフィルに行こうとしたが、行けなかった。船団がエツヨン・ゲベルで難破したからである。49 そのとき、アハブの子アハズヤはヨシャファテに、「私の家来をあなたの家来と一緒に船で行かせましょう」と言ったが、ヨシャファテは同意しなかった。50 ヨシャファテは先祖とともに眠りにつき、先祖とともに父ダビデの町に葬られた。その子ヨラムが代わって王となった。」

ここから、南王国ユダの王ヨシャファテの記録に移ります。彼については、アハブ王との関係の中で、その活動の一部が紹介されていましたが、ここに彼の一生の記録がまとめられています。

彼は35歳で王となり、エルサレムで25年間王として南ユダを統治しました。彼は父アサのすべての道に歩み、そこから外れることなく、主の目にかなうことを行いました。彼は南ユダ王国に登場する8人の善王の一人です。彼は父アサにならい宗教改革に尽力しましたが、完全に偶像を取り除くことができませんでした。一度は取り除いたのでしょうが、高き所、偶像礼拝の場所を再建したのです。ヨシャファテはイスラエルの王アハブと敵対することを止め、同盟関係を結びました。その結果、ヨシャファテの息子ヨラムとアハブの娘のアタルヤが結婚することになります。アタルヤはイゼベルの娘でもありますが、このことによって南ユダにも偶像礼拝をもたらすことになります。ヨシャファテは父アサのように偶像礼拝の撲滅に熱心でしたが、その働き中途半端で終わりました。父アサの時代にまだ残っていた神殿男娼を除き去ることをしませんでした。

ヨシャファテは先祖とともに眠りにつき、先祖とともにダビデの町に葬られました。そして、その子ヨラムが代わって王となりました。ヨシャファテは時には愚かな選択をしたこともありましたが、その中心は主に向かっていました。その結果、彼は8人の善王の中に数えられるようになりました。私たちも失敗することがありますが、いつも主に立ち返り、主に信頼して歩みましょう。その心がどこに向かっているのかが問われているのです。

Ⅰ列王記21章

 

 今日は、列王記第一21章から学びます。

 Ⅰ.ナボテのぶどう畑(1-16)

まず、1~16節までをご覧ください。「1 これらのことがあった後のことである。イズレエル人ナボテはイズレエルにぶどう畑を持っていた。それはサマリアの王アハブの宮殿のそばにあった。2 アハブはナボテに次のように頼んだ。「おまえのぶどう畑を私に譲ってもらいたい。あれは私の宮殿のすぐ隣にあるので、私の野菜畑にしたいのだが。その代わりに、あれよりもっと良いぶどう畑を与えよう。もしおまえが良いと思うなら、それ相当の代価を銀で支払おう。」ナボテはアハブに言った。「私の先祖のゆずりの地をあなたに譲るなど、主にかけてあり得ないことです。」4 アハブは不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に入った。イズレエル人ナボテが彼に「私の先祖のゆずりの地はあなたに譲れません」と言ったからである。アハブは寝台に横になり、顔を背けて食事もしようとしなかった。5 彼の妻イゼベルは彼のもとに来て言った。「どうしてそんなに不機嫌で、食事もなさらないのですか。」6 そこで、アハブは彼女に言った。「私がイズレエル人ナボテに『金を払うから、おまえのぶどう畑を譲ってほしい。あるいは、おまえが望むなら、代わりのぶどう畑をやってもよい』と言ったのに、彼は『私のぶどう畑はあなたに譲れません』と答えたからだ。」7 妻イゼベルは彼に言った。「今、あなたはイスラエルの王権を得ています。さあ、起きて食事をし、元気を出してください。この私がイズレエル人ナボテのぶどう畑を、あなたのために手に入れてあげましょう。」8 彼女はアハブの名で手紙を書き、彼の印で封印し、ナボテの町に住む長老たちとおもだった人々にその手紙を送った。9 彼女は手紙にこう書いた。「断食を布告し、ナボテを民の前に引き出して座らせ、10 彼の前に二人のよこしまな者を座らせて、彼らに『おまえは神と王を呪った』と証言させなさい。そして、彼を外に引き出し、石打ちにして殺しなさい。」11 そこで、その町の人々、その町に住んでいる長老たちとおもだった人々は、イゼベルが彼らに言ってよこしたとおり、彼女が手紙に書き送ったとおりに行った。12 彼らは断食を布告し、ナボテを民の前に引き出して座らせた。13 そこに、二人のよこしまな者が入って来て、彼の前に座った。よこしまな者たちは民の前で、「ナボテは神と王を呪った」と証言した。そこで人々は彼を町の外に引き出し、石打ちにして殺した。14 こうして、彼らはイゼベルに「ナボテは石打ちにされて死にました」と言ってよこした。15 イゼベルはナボテが石打ちにされて殺されたことを聞くとすぐ、アハブに言った。「起きて、イズレエル人ナボテが代金と引き替えで譲ることを拒んだ、あのぶどう畑を取り上げなさい。もうナボテは生きていません。死んだのです。」16 アハブはナボテが死んだと聞いてすぐ、立って、イズレエル人ナボテのぶどう畑を取り上げようと下って行った。」

「これらのことがあって後」というのは、アハブがアラムの王ベン・ハダドと戦って、彼を生かして逃してしまった後ということです。怪我をしている兵士を装った預言者によって、アハブは、アラムの王の命の代わりにあなたのいのちが取られる、と言われました。そこでアハブは不機嫌になり、激しく怒って、自分の宮殿に帰って行きました。アハブには、性格上大きな問題がありました。それは、自分の気に入らないことがあるとすぐに不機嫌になってしまうということです。へりくだって悔い改めるどころか甘えん坊の子供のように、すぐにふてくされてしまうのです。今日のところにも、そんな彼の性格が如実に出てきます。

これらのことがあった後、イズレエル人ナボテはイズレエルにぶどう畑を持っていましたが、それがアハブの宮殿のそばにあったこともあり、それを欲しがるのですが、断られます。アハブはナボテに次のように頼みました。2節です。「おまえのぶどう畑を私に譲ってもらいたい。あれは私の宮殿のすぐ隣にあるので、私の野菜畑にしたいのだが。その代わりに、あれよりもっと良いぶどう畑を与えよう。もしおまえが良いと思うなら、それ相当の代価を銀で支払おう。」

アハブはいつも自分の宮殿からナボテのぶどう畑を見ていて、「あそこはいいぶどう畑だ。きっといろいろな野菜も育てられるだろう」と思っていたのでしょう。何とかそれを手に入れたいと思いました。そのために、もっと良い畑を与えると提示しました。何だったら、それ相当の銀貨を払ってもいいと思いました。何とかして手に入れたかったのです。

それに対して、ナボテはどのように答えましたか。ノーです。先祖のゆずりの地、相続地を譲るなど、主にかけてあり得ないことだったからです。ナボテは神を恐れるイスラエル人でした。モーセの律法によれば、先祖からの相続地を売ることは禁じられていました(レビ25:23~28,民36:7)。それで彼はアハブの申し出を断ったのです。

するとアハブはどうしたでしょうか。4節です。彼は不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に入りました。彼はベッドに横になると、顔を向けて食事もしようとしませんでした。皆さん、どう思いますか。皆さんにもこういうことがありますか。自分の思うようにいかないと、嫌になって、ずっと寝てしまうということが。何もしたくありません。食べたくもない。ただベッドに横になっていたいということが。これは、20章43節にも見られる彼の悪い癖でした。彼は自分の思いどおりにならないことがあるとすぐにふてくされて、このような態度を取ってしまうのでした。

それを見た妻イゼベルは彼のもとに来て言いました。5節です。「どうしてそんなに不機嫌で、食事もなさらないのですか」。それで彼は、事の次第を彼女に告げました。すると彼女はどうしましたか。彼女はその地所を手に入れるために悪知恵を働かせて、ある行動に出ます。それは、アハブの名で手紙を書き、彼の印で封印し、ナボテの町に住む長老たちとおもだった人々にその手紙を送るということでした。その手紙にはこう書きました。9節。「断食を布告し、ナボテを民の前に引き出して座らせ、彼の前に二人のよこしまな者を座らせて、彼らに『おまえは神と王を呪った』と証言させなさい。そして、彼を外に引き出し、石打ちにして殺しなさい。」

どういうことでしょうか。イゼベルはモーセの律法を悪用しました。モーセの律法には、「神をののしってはならない。また、あなたの民の族長をののしってはならない。」(出エジプト22:28)とあります。もし神をののしる者があれば、石打の刑で殺されなければなりませんでした(レビ24:13-16)。そのためには、最低2人の証人が必要だったので、彼女は、彼の前に二人のよこしまな者を座らせ、彼らにナボテが神と王を呪ったと証言させるようにしたのです。

これらのことは、合法的に土地を手に入れたかのように見せかける陰謀でした。悪魔は、神のことばを引用し、神の民を破壊しようとします。悪魔の化身のようなイゼベルも、同じ手法でイズレエル人ナボテを抹殺しようとしたのです。悪魔に対抗するために必要なのは、みことばの正しい理解と適用です。時としてクリスチャンも御言葉を誤って用いる場合がありますが、それが本当に神のみこころなのかどうかを、御言葉によって十分吟味しなければなりません。

ナボテの町の人々は、彼女が彼らに言ってよこしたとおりに実行します。すなわち、断食を布告し、ナボテを民の前に引き連れ出して座らせると、そこに、二人のよこしまな者を座らせて、「ナボテは神と王を呪った」と証言させ、彼を町の外に引きずり出し、石打ちにして殺したのです。実は、この時に殺されたのはナボテだけではありません。Ⅱ列王記9章26節を見ると、彼の息子たちも殺されたことがわかります。なぜなら、ナボテが死ねば、その所有地は息子たちのものになるからです。そうさせないように、イゼベルは息子たちも殺すように手配していたのです。相続人のいない土地は、王宮のものになりますから。このようにして彼女はナボテのぶどう畑をアハブが手に入れることができるようにしたのです。

イゼベルはナボテが石打にされて殺されたと聞くとすぐ、アハブに告げました。「起きて、イズレエル人ナボテが代金と引き替えで譲ることを拒んだ、あのぶどう畑を取り上げなさい。もうナボテは生きていません。死んだのです。」(15)これは聖書の中で最も悪臭を放っているひどいことばの一つです。罪のないナボテが、アハブの欲望とその妻イゼベルの策略によって殺されてしまったのですから。

アハブはナボテが死んだと聞いてすぐ、立って、ナボテのぶどう畑を取り上げようと下って行きました。アハブの良心は完全に麻痺していました。最初のうちはそれ相当の代価を銀で払って買い取ろうとしましたが、それが叶わないと人殺しまでして手に入れようとしました。まさにヤコブの手紙にあるとおりです。「1 あなたがたの間の戦いや争いは、どこから出て来るのでしょうか。ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で戦う欲望から出て来るのではありませんか。2 あなたがたは、欲しても自分のものにならないと、人殺しをします。熱望しても手に入れることができないと、争ったり戦ったりします。自分のものにならないのは、あなたがたが求めないからです。3 求めても得られないのは、自分の快楽のために使おうと、悪い動機で求めるからです。」(ヤコブ4:1-3)。他人のものを欲しがることが、諸悪の根源です。物にこだわらないことこそ、平安の秘訣なのです。

それにしても、ナボテの人々は、なぜイゼベルの要求をはねのけなかったのでしょうか。それは、彼らがイゼベルを恐れたからです。彼らは主を恐れる以上に、バアル神の崇拝者であったイゼベルを恐れていました。「人を恐れるとわなにかかる、しかし、主を恐れる者は守られる。」(箴言29:25)とあります。人を恐れるのではなく、主を恐れ、主に従いましょう。

Ⅱ.ティシュベ人エリヤの登場(17-24)

次に、17~24節をご覧ください。「17 そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような主のことばがあった。18 「さあ、サマリアにいるイスラエルの王アハブに会いに下って行け。今、彼はナボテのぶどう畑を取り上げようと、そこに下って来ている。19 彼にこう言え。『主はこう言われる。あなたは人殺しをしたうえに、奪い取ったのか。』また、彼に言え。『主はこう言われる。犬たちがナボテの血をなめた、その場所で、その犬たちがあなたの血をなめる。』」

20 アハブがエリヤに「おまえは私を見つけたのか、わが敵よ」と言うと、エリヤは答えた。「そうだ。あなたが主の目に悪であることを行うことに身を任せたので、見つけたのだ。21 『今わたしは、あなたにわざわいをもたらす。わたしはあなたの子孫を除き去り、イスラエルの中の、アハブに属する小童から奴隷や自由の者に至るまで絶ち滅ぼし、22 あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにし、アヒヤの子バアシャの家のようにする。それは、あなたが引き起こしたわたしの怒りのゆえであり、あなたがイスラエルに罪を犯させたためだ。』23 また、イゼベルについても【主】はこう言われる。『犬がイズレエルの領地でイゼベルを食らう。24 アハブに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。』」」

神様のタイミングってすごいですね。ちょうどそのとき、エリヤに、サマリアにいるアハブに会いに行くようにと、言われたからです。「そのとき」とは、まさに、アハブがナボテのぶどう畑を取り上げようと下って行った、ちょうどその時です。そのときに、エリヤに主のことばがあったのです。エリヤは、ちょっと前までホレブ山にいましたが、エリシャに油を注ぎなさいという主の命令を受けて、イスラエルの地に戻っていました。そのエリアに、アハブに会いに行って、次のように言うようにと告げられたのです。「『主はこう言われる。あなたは人殺しをしたうえに、奪い取ったのか。』また、彼に言え。『主はこう言われる。犬たちがナボテの血をなめた、その場所で、その犬たちがあなたの血をなめる。』」(19)つまり、アハブは人殺しをしてまでナボテからぶどう畑を奪ったので、悲惨な死に方をするということです。そんなひどいことをしたので、何と犬たちがナボテの血をなめた場所で、その犬たちが今度はアハブの血をなめるようになるというのです。これはⅠ列王記22章38節で成就することになります。

すると、アハブは何と言いましたか。彼はエリヤにこう言いました。「おまえは私を見つけたのか、わが敵よ」(20)それに対してエリヤは「そうだ。あなたが主の目の前で悪を行うことに身を任せたので、見つけたのだ。」と言いました。

どういうことでしょうか。アハブにとってエリヤは敵のような存在でしかなかったということです。かつてアハブはエリヤのことを「イスラエルを煩わすもの」(Ⅰ列王18:17)と呼びました。まさに目の上のたんこぶのような存在です。アハブは、ナボテのぶどう畑を略奪したことが神の人エリヤにばれるのではないかと心配していたようです。「おまえは私を見つけたのか」という言葉が、それを示しています。それが実現しました。エリヤは彼を見つけ、神のさばきを告げたのです。

それは21~24節の内容です。それはアハブの家がヤロブアムの家ように、また、バシャの家のように、滅ぼされるということです。これはどういうことかというと、北イスラエルでは、これまで一つの王家が根絶やしにされるということが二度、ありました。一つはヤロブアムの家であり、もう一つがバシャの家です。そのヤロブアムの家のように、また、バシャの家のように、アハブの家を根絶やしにされるというのです。それは、彼が引き起こした罪に対する神の怒りのゆえであり、彼がイスラエルに罪を犯させたためです。

また、イゼベルについては、「犬がイゼベルの領地でイゼベルを食らう」とあります。死体が犬に食われるのは、犬に血をなめられるよりも屈辱的であり、厳しい裁きです。そして最後にアハブの家系に属する者に対するさばきが告げられますが、彼らは犬に食われるか、空の鳥に食われるかのいずれかの運命をたどるようになるのです。これが後に現実のものとなります(Ⅱ列王9:30~10:28)。

罪に対して鈍感になっていたアハブは、神の人エリヤを自分の敵としか見ることができませんでした。彼には真の友と真の敵を見分ける力がなかったのです。エリヤこそ、アハブに罪を示し、彼が主に立ち返るようにと勧めた最良の友であり、イゼベルこそ、ナボテのぶどう畑の事件を見てもわかるように、彼を地獄に突き落とす最悪の敵だったのに、それを見分けることができませんでした。なんと悲しいことでしょうか。しかし、いつの世でも真理は変わりません。私たちにとって最良の友は、私たちが過ちを犯す時それを戒め、神の道に引き戻そうとする者であり、最悪の敵は、誘惑と自己満足に引き込み、奈落の底へと突き落とす者です。友情から出た勧告を敵の声だと勘違いするなら、恐ろしい結果を刈り取ることになります。敵に見えるような人でも、愛をもって真理を語り、忠告を与えてくれる友の声に耳を傾けることができるように祈りましょう。

Ⅲ.アハブの悔い改め(25-29)

最後に、25~29節をご覧ください。「25 アハブのように、自らを裏切って主の目に悪であることを行った者は、だれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたのである。26 彼は、主がイスラエル人の前から追い払われたアモリ人がしたのと全く同じように、偶像につき従い、非常に忌まわしいことを行った。27 アハブはこれらのことばを聞くとすぐ、自分の外套を裂き、身に粗布をまとって断食をした。彼は粗布をまとって伏し、打ちひしがれて歩いた。28 そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような主のことばがあった。29 「あなたは、アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間はわざわいを下さない。しかし、彼の子の時代に、彼の家にわざわいを下す。」」

北王国イスラエルに、アハブほど主の目に悪を行った者はいませんでした。彼は最悪の王でした。その最大の原因は、彼の妻イゼベルです。イゼベルが彼をそそのかしたのです。アハブは完全に妻イゼベルの尻に敷かれていました。妻の尻に敷かれるとは妻の言いなりになるということですが、必ずしもそれ自体が悪いわけではありません。しかし、神様が行なってはいけないと禁じていることをしたり、あるいは行なわなければいけないと命じていることを行わないようにと妻が要求するとしたら、そしてその妻の言うことを聞いてしまうなら、それは問題です。たとえば、アダムは神の命令に反して妻のエバが言うことを受け入れてしまいました。食べてはならないと命じられていた木から取って食べてしまったのです。それゆえ、全人類に罪が入ってしまいました。ですから、妻の尻に敷かれることは構いませんが、それは神が命じていることなのかどうかをよく吟味し、そうでないときは毅然とした態度を取らなければなりません。まぁ、そういう時はあまりありませんけど。アハブの場合は、イゼベルに完全にそそのかされてしまいました。アハブの罪は、アモリ人の罪を再びイスラエルにもたらしたことでした。それは忌むべきカナン人やアモリ人の偶像礼拝やそのならわしを、イスラエルの中に導入したことです。特に妻イゼベルの影響で、イスラエルにバアル崇拝を持ち込んだのが大きな罪でした。

27節の「これらのことば」とは、21~24節でエリヤが語ったことばのことです。彼はそれを聞くとどうしましたか。彼は自分の外套を裂き、粗布を身にまとって断食しました。これは悔い改めのしるしです。彼はエリヤのことばを聞くと、粗布をまとって悔い改めたのです。本当ですか?あれほど主に背きひどいことをしてきた彼が、本当に悔い改めたのでしょうか。本当です。29節には「あなたは、アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。」とあるように、アハブは主の前にへりくだって悔い改めたのです。それゆえ主は、彼が生きている間はわざわいを下さないと言われたのです。

アハブほどの悪王はいないというのに、彼が悔い改めた時、いつくしみ深い主は彼にあわれみ示されました。主はどこまでもいつくしみ深い方なのです。

主は私たちにも恵み深くあられます。どのような罪を犯した人であっても、主の御前にへりくだり、心から悔い改めるなら、主はその罪を赦し、すべての悪から聖めてくださいます。父なる神は今日も、ご自身の子が立ち返るのを待っておられるのです。

Ⅰ列王記20章

 今日は、列王記第一20章から学びます。

 Ⅰ.アラムの王ベン・ハダドによる侵攻(1-12)

まず、1~12節までをご覧ください。「1 アラムの王ベン・ハダドは彼の全軍勢を集めた。彼には三十二人の王と、馬と戦車があった。彼はサマリアに上り、これを包囲して攻め、2 町に使者たちを遣わして、イスラエルの王アハブに3 こう言った。「ベン・ハダドはこう言われる。『おまえの銀と金は私のもの。おまえの妻たちや子どもたちの、最も美しい者も私のものだ。』」4 イスラエルの王は答えた。「王よ、仰せのとおりです。この私、および、私に属するものはすべてあなたのものです。」5 使者たちは再び戻って来て言った。「ベン・ハダドはこう言われる。『私はおまえに人を遣わし、おまえの銀と金、および、おまえの妻たちや子どもたちを私に与えよ、と言った。6 明日の今ごろ、私の家来たちを遣わす。彼らは、おまえの家とおまえの家来たちの家の中を探し、たとえ、おまえが一番大事にしているものさえ、手をかけて奪い取るだろう。』」7 イスラエルの王は国のすべての長老たちを呼び寄せて言った。「あの男が、こんなにひどいことを要求しているのを知ってほしい。彼は人を遣わして、私の妻たちや子どもたち、および、私の銀や金を求めたが、私はそれを断りきれなかった。」8 すると長老たちや民はみな、彼に言った。「聞かないでください。承諾しないでください。」9 そこで、彼はベン・ハダドの使者たちに言った。「王に言ってくれ。『初めにあなたがこのしもべにお求めになったことは、すべてそのようにいたしますが、このたびのことはできません。』」使者たちは帰って行って、このことを報告した。10 するとベン・ハダドは、彼のところに人を遣わして言った。「サマリアのちりが私に従うすべての民の手を満たすほどでもあったら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」11 イスラエルの王は答えた。「こう伝えてくれ。『武装しようとする者は、武装を解く者のように誇ってはならない。』」12 ベン・ハダドは、このことばを聞いたとき、王たちと仮小屋で酒を飲んでいたが、家来たちに「配置につけ」と命じたので、彼らはこの町に向かう配置についた。」

アハブの妻イゼベルの言葉に恐れ鬱になったエリヤでしたが、主のかすかな声を聞いて大いに励まされました。それは、イスラエルの中に七千人の信仰の勇士を残しておくということ、そして、エリシャを彼の後継者として立てるということでした。

その頃、北イスラエルの脅威となっていたのが、北に位置していたアラムでした。そのアラムの王ベン・ハダドが、全軍勢とともに32人の同盟国の王と、馬と戦車をもって、北王国イスラエルの首都サマリアに上り、これを包囲しました。彼は使者たちを遣わしてアハブにこう言いました。「おまえの銀と金は私のもの。おまえの妻たちや子どもたちの、最も美しい者も私のものだ。」つまり、アハブが持っている金、銀、財宝、それに彼の家族を引き渡すようにと要求したのです。それに対してアハブは勝ち目がないと判断したのか、その要求をすんなり受け入れました。

すると、ベン・ハダドはアハブがあまりにも簡単に要求を受け入れたので、再度使者たちを遣わして、さらなる要求をしました。それは、自分の家来たちが彼の家と家来たちの家を略奪することを許可するようにということでした。

それでアハブ王は、国のすべての長老たちを呼び寄せて協議すると、長老たちや民はみな、その要求を聞かないようにしようということになり、アハブは、ベン・ハダドの使者たちにそのことを伝えると、ベン・ハダドは、アハブのところに人を遣わしてこう言いました。10節です。「サマリアのちりが私に従うすべての民の手を満たすほどでもあったら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」どういうことでしょうか。

これは、サマリアはちりみたいなもので、自分たちの民にはあまりにも小さすぎるという意味です。つまり、全軍で攻撃し、全てを略奪し尽くすということです。ここに彼の傲慢さと貪欲さが頂点に達しました。

するとアハブはこう伝えます。「武装しようとする者は、武装を解く者のように誇ってはならない。」これは、戦争に勝ってから誇りなさいという意味です。尾山令仁先生は、これを「とらぬ(たぬき)皮算用(かわざんよう)」と訳しています。これは、狸をまだ捕まえていないのに、その皮を売ったと考えて、(もう)けの計算をすることから、手に入れていないものを当てにして、様々な計画を立てるこという意味です。名訳だと思います。戦いに勝ってから言え、ということです。

随分勇敢なことを言ったアハブでしたが、実際にはこの戦いに勝ち目がないことは誰よりもよく知っていました。しかし彼は、バアル礼拝に心が奪われていたので、イスラエルの神、主に祈りませんでした。バアルには、アハブとその民を救う力はありません。それなのに、真の神、主に祈れなかったというのは残念なことです。こうした危機に関しては、日頃の信仰がものを言います。日々主とともに歩むことが、こうした危機から守られるための最善の道なのです。

これを聞いたベン・ハダドは、仮小屋で酒を飲んでいましたが、イスラエルに戦いを挑むための配置につきました。

Ⅱ.ベン・ハダドに勝利したアハブ(13-21)

次に、13~21節をご覧ください。「13 見よ、一人の預言者がイスラエルの王アハブに近づいてこう言った。「主はこう言われる。『この大軍のすべてをよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る。』」14 アハブが、「誰を用いてそうなさるのか」と尋ねると、預言者は、「主はこう言われる。『諸州の知事に属する若者たちである』」と答えた。王が、「誰が戦いを始めるのか」と尋ねると、彼は、「あなたです」と答えた。15 そこでアハブが、諸州の知事に属する若者たちを召集すると、その数は二百三十二名であった。続いてすべての民すなわちイスラエル人七千人を召集した。16 彼らが出陣したのは正午であったが、ベン・ハダドと援護に来た三十二人の王侯たちは仮小屋で酒を飲んで酔っていた。17 諸州の知事に属する若者たちがまず出て行った。ベン・ハダドは、サマリアから人々が出て来るとの知らせを、遣わした者から受けると、18 「彼らが和平のために出て来たとしても生かしたまま捕虜にし、戦いのために出て来たとしても、生かしたまま捕虜にせよ」と命じた。19 諸州の知事に属する若者たち、更に後続部隊が町から出て来た。20 それぞれがその相手を打ち、アラム軍は敗走した。イスラエルの人々は追い打ちをかけたが、アラムの王ベン・ハダドは馬に乗り、騎兵を伴って逃げ去った。21 イスラエルの王も出陣して、軍馬や戦車を撃ち、アラムに大損害を与えた。」

ちょうどそのころ、一人の預言者がアハブ王に近づいて言いました。「主はこう言われる。『この大軍のすべてをよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る。』」

ここは興味深い預言です。極悪人であるアハブに対して、神はなおも、ご自分が主であることをアハブに現わそうとされたのです。主はいつまでも忍耐深く、アハブに接してくださる方です。主はアハブに勝利を約束されました。この約束はアハブに何か称賛すべき資質があったからではなく、一方的な主のあわれみによるものでした。それは、この勝利によって彼が主こそ神であることを知るためでした。

それでアハブが、「それはだれによってもたらされるのでしょうか」と尋ねると、その預言者は「諸州の首長に属する若者たちによって」と答えました。つまり、各州の青年将校たちによるということです。さらにアハブが、「誰が戦いを仕掛けるのでしょうか」と尋ねると、「あなたです」という答えがありました。アハブがこの戦いの総司令官になるということです。それで彼は、諸州の首長に属する若者たちを調べてみると、その数は232人、それに兵士たちが7千人いたので、真昼ごろ出陣しました。

そのころ、ベン・ハダドは何をしていたかというと、味方の32人の王たちと仮小屋で酒を飲んで酔っ払っていました。この地方では、昼間の熱い時間帯は戦いを避けるのが普通だったからです。彼らはまさかこの暑い中を攻めてくるなど全く想像していませんでした。ベン・ハダドは、「人々がサマリアから出て来ています」という報告を聞いても、「和平のために出て来ても生け捕りにし、戦うために出てきても生け捕りにせよ」と言いました。彼はアハブの軍勢を見下し、完全に油断していたのです。

しかし、戦いは予想外の方向に展開します。諸州の首長に属する若い者たちと、これに続く軍勢がアラムの軍勢を打ったので、イスラエルは大勝利を収めることができました。アラム人は逃げ、ベン・ハダドは馬で逃走しました。

この戦いから、どんなことが教えられるでしょうか。主だけがイスラエルを救うことができる神であることです。しかし、この戦い以降も、アハブは不信仰な態度を取り続けます。主に信頼する人は幸いです。そのような人は、人生の勝利を収めることができるからです。しかし、これを無視するなら、最後は自らに滅びを招くことになります。

Ⅲ.アハブの失敗(22-34)

次に、22~35節をご覧ください。まず22~25節をお読みします。「22 その後、あの預言者がイスラエルの王に近寄って言った。「さあ、奮い立って、これからなすべきことをよく考えなさい。来年の今ごろ、アラムの王があなたを攻めに上って来るからです。」23 そのころ、アラムの王の家来たちは王に言った。「彼らの神々は山の神です。だから、彼らは私たちより強いのです。しかし、私たちが平地で彼らと戦うなら、きっと私たちのほうが彼らより強いでしょう。24 このようにしてください。王たちをそれぞれ、その地位から退かせ、王たちの代わりに総督を任命し、25 あなたは失っただけの軍勢と馬と戦車を補充してください。彼らと平地で戦うなら、きっと私たちのほうが彼らより強いでしょう。」王は彼らの言うことを聞き入れて、そのようにした。」

戦いに勝利した後、あの預言者が再びアハブ王に近づいてこう言いました。「さあ、奮い立って、これからなすべきことをよく考えなさい。来年の今ごろ、アラムの王があなたを攻めに上って来るからです。」

一度の勝利で安心してはならないということです。なぜなら、再び敵が攻めてくるからです。私たちの敵である悪魔も、容易に誘惑の手を緩めません。その戦いにいつも備えていなければならないのです。

そのころ、アラムの王の家来たちが王に言いました。「彼らの神々は山の神です。だから、彼らは私たちより強いのです。しかし、私たちが平地で彼らと戦うなら、きっと私たちのほうが彼らより強いでしょう。」

彼らは、自分たちが戦いに敗れたのは、イスラエルの神が山の神だからであって、もし平地で戦えば必ず勝てると思いました。それで同盟関係にあった32人の王たちをその王位から退け、その代わりに総督を任命し、彼らが失った軍勢と馬と戦車を補充して、平地で戦うなら、絶対自分たちが勝ちますと進言すると、アラムの王ベン・ハダドは、そのようにしました。ベン・ハダドの高官たちは、戦争に勝利をもたらすのは戦車ではなく、神であることを理解していませんでした。

それはクリスチャンの生活においても同じことが言えます。クリスチャン生活において、勝利をもたらすのは自分の置かれた環境とか状況ではなく、キリストの臨在、神の力によります。私たちはきょうも、神の力によってこの世に出て行かなければなりません。

26~30節をご覧ください。「26 年が改まると、ベン・ハダドはアラム人を召集し、イスラエルと戦うためにアフェクに上って来た。27 一方、イスラエル人も召集され、食糧を受けて、彼らを迎え撃つために出て行った。イスラエル人は彼らと向かい合って、二つの小さなやぎの群れのように陣を敷いたが、アラム人はその地に満ちていた。28 ときに、一人の神の人が近づいて来て、イスラエルの王に言った。「主はこう言われる。『アラム人が、主は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。』」

29 両軍は互いに向かい合って、七日間、陣を敷いていた。七日目になって戦いに臨んだが、イスラエル人は一日のうちにアラムの歩兵十万人を打ち殺した。30 生き残った者たちはアフェクの町に逃げたが、その生き残った二万七千人の上に城壁が崩れ落ちた。ベン・ハダドは逃げて町に入り、奥の間に入った。」

年が改まると、ベン・ハダドはアラム人を召集して、イスラエルと戦うためにアフェクに上って行きました。「アフェク」という町がどこにあるか巻末の地図をご覧ください。地図6を見るとあります。ガリラヤ湖の東岸ですね。ダマスコからイスラエルに下ってくる途中にあります。北からアラム軍が下り、南西の方面からイスラエルが上って来てぶつかるところです。しかし、正確なところはわかっていません。サマリアからは離れ過ぎるからです。それでアフェクのところに?のマークがあるわけです。ある学者は、イズレエルの平原のどこかにあったのではないかと考えていますが、はっきりしたことはわかりません。

一方、イスラエル人もまた、アラムの軍勢を迎え撃つために進軍して行きました。イスラエル人は彼らと向かい合って、二つの小さなやぎの群れのようであったのに対して、アラム人はその地に満ちていました。両者の兵力は歴然としていたということです。

そのとき、一人の神の人が近づいて来て、アハブにこう言いました。「主はこう言われる。『アラム人が、主は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。』」

アラムは、イスラエルの神は山の神であって平地の神ではないと言っているので、この平地で主は、彼らをイスラエルの手に渡すということでした。それは、アハブ王とイスラエルの民のすべてが、主こそ神であるということを知るためです。二度目の勝利の預言です。アハブはどれほど勇気づけられたことかと思います。

両軍は互いに向き合って、七日間、陣を敷いていましたが、七日目になって戦いに挑みましたが、イスラエルは一日のうちにアラムの歩兵10万人を打ち殺しました。生き残った者たちはアフェクの町に逃げましたが、彼らの上に城壁が崩れ落ちたので、2万七千人が死にました。それでベン・ハダドは逃げて町に入り、奥の間に入ったのです。またもやイスラエルの大勝利です。

31~34節をご覧ください。「31 家来たちは彼に言った。「イスラエルの家の王たちは恵み深い王である、と聞いています。それで、私たちの腰に粗布をまとい、首に縄をかけ、イスラエルの王のもとに出て行かせてください。そうすれば、あなたのいのちを助けてくれるかもしれません。」32 こうして彼らは腰に粗布をまとい、首に縄をかけ、イスラエルの王のもとに行って願った。「あなたのしもべ、ベン・ハダドが『どうか私のいのちを助けてください』と申しています。」するとアハブは言った。「彼はまだ生きているのか。彼は私の兄弟だ。」33 この人々は、これは吉兆だと見て、すぐにそのことばにより事が決まったと思い、「ベン・ハダドはあなたの兄弟です」と言った。王は言った。「行って、彼を連れて来なさい。」ベン・ハダドが王のところに出て来ると、王は彼を戦車に乗せた。34 ベン・ハダドは彼に言った。「私の父が、あなたの父上から奪い取った町々をお返しします。あなたは私の父がサマリアにしたように、ダマスコに市場を設けることもできます。」「では、契約を結んで、あなたを帰そう。」こうして、アハブは彼と契約を結び、彼を去らせた。」

 「家来たち」とは、ベン・ハダドの家来たちのことです。彼らはベン・ハダドに言いました。「イスラエルの家の王たちは恵み深い王である、と聞いています。それで、私たちの腰に粗布をまとい、首に縄をかけ、イスラエルの王のもとに出て行かせてください。そうすれば、あなたのいのちを助けてくれるかもしれません。」

荒布と縄は、悔い改めと従順のしるしです。彼らは腰に荒布をまとい、首に縄をかけて、イスラエルの王アハブのもとに行きました。

すると、イスラエルの王アハブはこう言いました。「彼はまだ生きているのか。彼は私の兄弟だ。」彼は私の兄弟だとは、彼は親しい友人であるということです。そしてベン・ハダドがアハブ王のところに出て来ると、彼を戦車に乗せました。

ベン・ハダドはアハブ王に、自分の父がイスラエルの王バシャの時代に数々の町々を奪い取ったが(Ⅰ列王15:20)、それらをイスラエルに返還すると言うと、アハブに一つの提案をしました。それは、ダマスコに市場を設けることができるように契約を結ぼうというものでした。するとアハブは、「では、契約を結んで、あなたを帰そう。」と言って彼と契約を結び、彼を去らせたのです。いったい彼はなぜベン・ハダドとこのような契約を結んだのでしょうか。

アハブがしたことは一見良さそうにみえますが、これが致命傷となります。彼はアラムと同盟関係を結ぶことで、北からの脅威であったアッシリアに対抗しようとしたのですが、それは人間的な知恵であって、信仰から出たことではありませんでした。結局、これがいのち取りとなり、イスラエルは滅ぼされてしまうことになります。私たちが良かれと思ってやっていることが、必ずしも主の御心にかなっているとは限りません。主の御心に反する歩みを続けるアハブには、将来の希望がありませんでした。私たちも注意しなければなりません。何か重大な決断をする前に主に御心を求めて祈り、それが御心に反していないかどうかを吟味しなければならないのです。いつも、主に聞かなければならないということです。

Ⅳ.御心を損なったアハブ(35-43)

最後に35~43節をご覧ください。 「35 預言者の仲間の一人が、主のことばにしたがって、自分の仲間に「私を打ってくれ」と言った。しかし、その人は彼を打つことを拒んだ。36 そこで彼はその人に言った。「あなたは主の御声に聞き従わなかったので、あなたが私のところから出て行くと、すぐ獅子があなたを殺す。」その人が彼のそばから立ち去ると、獅子がその人を見つけて殺した。37 彼はもう一人の人に会ったので、「私を打ってくれ」と頼んだ。すると、その人は彼を打って傷を負わせた。38 それから、その預言者は行って、道端で王を待っていた。彼は目の上に包帯をして、だれだか分からないようにしていた。39 王が通りかかったとき、彼は王に叫んで言った。「しもべが戦場に出て行くと、ちょうどそこに、ある人が一人の者を連れてやって来て、こう言いました。『この者を見張れ。もし、この者を逃がしでもしたら、この者のいのちの代わりにおまえのいのちを取るか、または、銀一タラントを払わせるぞ。』40 ところが、しもべがあれやこれやしているうちに、その人はいなくなってしまいました。」すると、イスラエルの王は彼に言った。「おまえは、そのとおりにさばかれる。おまえ自身が決めたとおりに。」41 彼は急いで目から包帯を取った。そのとき、イスラエルの王は彼が預言者の一人であることに気づいた。42 彼は王に言った。「主はこう言われる。『わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃がしたので、あなたのいのちは彼のいのちの代わりとなり、あなたの民は彼の民の代わりとなる。』」43 イスラエルの王は不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に戻って行き、サマリアに着いた。」

アハブが行なったことがいかに主の御心を損なったのかを伝えるために、主があの預言者を再びアハブの元に遣わします。そのために彼は、自分の仲間に「私を打ってくれ」と頼みましたが、す。彼はそれを拒んだので、この預言者が言った通り、彼は獅子に食い殺されてしまいました。これは、主がこれから起こることを効果的にアハブに伝えるための預言でした。主はそれほどに、自分の思いをアハブに伝えたかったということです。

それで、彼はもう一人の人に会ったので同じように他の頼むと、その人は彼を打って傷を負わせたので、その預言者は目の上に包帯をして、道端でアハブ王を待っていました。そして王が通りかかったとき、彼は王に叫んで言いました。39~40節の内容です。「しもべが戦場に出て行くと、ちょうどそこに、ある人が一人の者を連れてやって来て、こう言いました。『この者を見張れ。もし、この者を逃がしでもしたら、この者のいのちの代わりにおまえのいのちを取るか、または、銀一タラントを払わせるぞ。』ところが、しもべがあれやこれやしているうちに、その人はいなくなってしまいました。」(39-40)

これはたとえ話です。捕虜を見張るように命じられた者が、その捕虜を逃がしでもしたら、その捕虜のいのちの代わりに見張り人のいのちを取るか、または、銀1タラントを罰金として払わされることになります。銀1タラントは高額です。それは、この捕虜が重要な人物であることを示しています。しかし、彼はその重要な捕虜を、不注意のためるに逃がしてしまいました。さて、どうしたらいいものか。ダビデの姦淫の罪を責めるためにナタンが遣わされ、彼はダビデに富んでいる人が貧しい者の一匹の小さな雌の子羊を奪い取り、それで自分のところに来た人のために調理したが、果たしてどうすべきかと、尋ねているのに似ています。(Ⅱサムエル記12章)

そのときダビデはその男に対して激しい怒りを燃やし、「そんなことをした男は死に値する。」と言いましたが、ここでアハブ王もこう言いました。40節です。「おまえは、そのとおりにさばかれる。おまえ自身が決めたとおりに。」

すると、その預言者の仲間の一人は、急いで目から包帯を取りました。その時アハブは、彼があの預言者の一人であることに気付きました。この預言者が兵士に変装したのは、アハブが犯した罪を自らさばかせるためでした。敵を逃がした兵士が罰せられなければいけないのであれば、アハブがベン・ハダデ王にしたのもそれと同じである、ということです。つまり、アハブは、主が聖絶しようとした者を逃がしたので、彼のいのちはその者のいのちの代わりとなり、彼の民はその者の民の代わりとなるのです。ベン・ハダドを聖絶することが主の御心だったのに、アハブは逃してしいました。それゆえ、彼自身がベン・ハダドに代わって死ぬことになるのです(Ⅰ列王22:30)。

それを聞いたアハブはどうしたでしょうか。43節、「イスラエルの王は不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に戻って行き、サマリアに着いた。」

彼は不機嫌になり、激しく憤って、自分の宮殿に戻って行きました。彼は、へりくだって悔い改めるどころか、非常に不機嫌になり、甘えん坊の子供のように、ふてくされて家に帰ったのです。いわゆる「逆切れ」です。主によって叱責を受けたときに、自分を正すのではなく、逆に頭に来たのです。

神に敵対する人には平安がありません。いつもアハブのように不機嫌になり、ふてくされています。憤り、怒りがその人の心を支配するからです。時として私たちも間違いを犯しやすい者ですが、その間違いを示されたなら、へりくだって悔い改めなければなりません。そうすれば、主が共にいてくださり、その心に平安を与えてくださるのです。

Ⅰ列王記19章

 今日は、列王記第一19章から学びます。

 Ⅰ.自分の死を願ったエリヤ(1-8)

まず、1~8節までをご覧ください。4節までをお読みします。「1 アハブは、エリヤがしたことと、預言者たちを剣で皆殺しにしたこととの一部始終をイゼベルに告げた。2 すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もし私が、明日の今ごろまでに、おまえのいのちをあの者たちの一人のいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」3 彼はそれを知って立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、4 自分は荒野に、一日の道のりを入って行った。彼は、エニシダの木の陰に座り、自分の死を願って言った。「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください。私は父祖たちにまさっていませんから。」」

18章には、エリヤとバアル預言者との戦いが記されてありました。1対450です。火をもって答える神、それが真の神です。まずバアルの預言者450人が一日中祈りました。しかし、何も起こりませんでした。次にエリヤが祈ると、雄牛にたくさんの水をかけたのにも関らず、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くしました。それによって、主こそ神であることが明らかとなりました。エリヤが勝利したのです。それでエリヤは、バアルの預言者たちをキション川で殺しました。今回の箇所は、その後の出来事です。

アハブはカルメル山でエリヤがしたこと、また、預言者たちを皆殺しにしたことの一部始終を、妻のイゼベルに報告しました。するとイゼベルは使者をエリヤのところに遣わして、こう言いました。「もし私が、明日の今ごろまでに、おまえのいのちをあの者たちの一人のいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」

どういうことでしょうか。24時間以内にエリヤを殺すということです。もしそれが達成できなかったら、神々が自分を幾重にも罰せられるように、つまり、自分のいのちにかけてエリヤを殺すということです。ここに彼女の並々ならぬ決意が表れています。

それを聞いたエリヤはどうしたでしょうか。彼は、イゼベルのことばを恐れてベエル・シェバまで逃亡しました。イズレエルからベエル・シェバまでは、南に約 160㎞も離れています。どうしてそんな所まで逃げたのでしょうか。そこまで逃げれば大丈夫と思ったのでしょう。しかし、それで彼の恐れは消えることがありませんでした。彼は若い者をそこに残し、自分は荒野に、一日の道のりを入って行くと、エニシダの木の陰に座り、自分の死を願って言いました。「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください。私は父祖たちにまさっていませんから。」

エリヤは、自分の死を願うほどのひどい鬱状態に陥りました。信じられません。私たちは前の章で彼の信仰について学びましたが、彼は「私が仕えている万軍の主は生きておられます。私は必ず、今日、アハブの前に出ます。」(18:15)と言って、カルメル山で450人のバアルの預言者と対決して勝利した人です。それなのに今、たった一人の異教徒の女イゼベルの脅しによって恐れを抱き、逃げられるところまで逃げて、自殺願望まで抱くようになるなんて考えられません。どうして彼はそんなに恐れたのでしょうか。霊的大勝利を体験したエリヤほどの信仰者であっても、このような状態に陥ることがあります。いや、不思議なことですが、こうした大活躍をした後こそ、このような状態に陥ることが多いのです。いったい何が問題だったのでしょうか。

3節をご覧ください。ここには「彼はそれを知って立ち、自分のいのちを救うために立ち去った」とあります。彼は、自分のいのちを救おうとしました。言い換えると、神様から目を離してしまいました。彼は神様ではなく、自分自身に目を向けました。自分、自分、自分と、自分に関心が向いてしまうと、このように落ち込んでしまいます。でも、自分から神様に目を向けると守られます。イエス様もこのように言われました。「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。」(ヨハネ2:25)自分のいのちを愛そうとする者は、いのちを失うことになります。でも自分ではなく神様に目を向けるなら、守られます。エリヤの関心は自分のいのちを救うことでした。エリヤも普通の人でした。神から目を離した瞬間に、恐れに支配されてしまいました。その結果、恐れと落胆、孤独と失望にさいなまれてしまうようになったのです。

次に、5~8節までをご覧ください。「5 彼がエニシダの木の下で横になって眠っていると、見よ、一人の御使いが彼に触れ、「起きて食べなさい」と言った。6 彼が見ると、見よ、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水の入った壺があった。彼はそれを食べて飲み、再び横になった。7 主の使いがもう一度戻って来て彼に触れ、「起きて食べなさい。旅の道のりはまだ長いのだから」と言った。8 彼は起きて食べ、そして飲んだ。そしてこの食べ物に力を得て、四十日四十夜歩いて、神の山ホレブに着いた。」

エリヤがエニシダの木の下で横になって眠っていると、一人の御使いが彼に触れ、「起きて食べなさい」と言いました。死を願うほどひどく落ち込んでいたエリヤを癒すために主が取られた方法は、食事を取らせることでした。体調を守り、肉体を整えようとされたのです。

彼が見てみると、そこに焼け石で焼かれたパン菓子一つと、水の入った壺があったので、彼はそれを食べ、また飲みました。それを食べて飲むと、彼は再び横になりました。相当疲れていたのでしょう。再び横になり眠ってしまいました。そこで御使いがもう一度彼に触れ「起きて食べなさい。旅の道のりはまだ長いのですから。」と言うと、エリヤは起きて食べ、そして飲んで力が与えられました。すると彼は、四十日四十夜歩いて、神の山ホレブまでやって来ました。なぜホレブまでやって来たのでしょうか。誰も神の山ホレブに行くようになんて言っていません。そこはかつてモーセが神から律法を受けた場所です。おそらく彼は、そこに行けば神からの新しい啓示が与えられるのではないかと思ったのでしょう。しかし、それは神の指示によるものではなく、自分勝手な判断によるものでした。これまでのエリヤの働きはすべて神からの指示によるものでした。たとえば、ケレテ川のほとりに行ったのも(Ⅰ列王17:3)、また、ツァレファテのやもめのところに行ったのもそうです(Ⅰ列王17:9)。アハブに会いに行った時もそうです(Ⅰ列王18:1)。つまり、神の御心から外れて自分勝手な道を歩み始めると、日々の生活の方向性を失ってしまい、信仰の漂流が始まるのです。そんなエリヤに、主は何と言われたでしょうか。

Ⅱ.ここで何をしているのか(9-18)

次に、9~18節をご覧ください。「9 彼はそこにある洞穴に入り、そこで一夜を過ごした。すると、主のことばが彼にあった。主は「エリヤよ、ここで何をしているのか」と言われた。10 エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」11 主は言われた。「外に出て、山の上で主の前に立て。」するとそのとき、主が通り過ぎた。主の前で激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。12 地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。しかし火の後に、かすかな細い声があった。13 エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て洞穴の入り口に立った。すると声がして、こう言った。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」14 エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」15【主は彼に言われた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ。16 また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ。17 ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺す。18 しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである。」」

神の山ホレブに着いたエリヤは、そこにある洞穴に入り、そこで一夜を過ごししまた。すると主は彼にこう言われました。「エリヤよ、ここで何をしているのか」。どういうことでしょうか。このことばで、神はエリヤに何を問うておられたのでしょうか。

彼は神の御心から外れて日々の生活の方向性を見失っていました。彼は本来いるべきところにいなかったのです。そこで主は彼に「ここで何をしているのか」と問われたのです。つまり、あなたはどこにいるのか、あなたはわたしが望んでおられるところにいるのかと問われたのです。

それに対してエリヤは何と言いましたか。彼は10節でこのように答えました。「私は万軍の神、主に熱心に仕えました。しかし、イスラエルの子らはあなたとの契約を捨て、あなたの祭壇を壊し、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうと狙っています。」

エリヤは、「ただ私だけが残りました」と言っています。これは事実ではありません。アハブ王の側近であるオバデヤがすでに、主の預言者100人をほら穴に隠して養っていたことをエリヤは知っていました。それなのに彼は自分だけが主に仕えていると言いました。エリヤは、落胆と孤独で事実が見えなくなっていたのです。否定的なことしか見ることができなくなっていました。私たちもそういうことがあるのではないでしょうか。たとえば、長いこと病気でいると、どうして自分ばかりこんなに辛い思いをしなければならないのか・・と。つまり、自分の置かれた状況に振り回されてしまうのです。

それに対して主は何と言われましたか。11節です。「外に出て、山の上で主の前に立て。」すると主が通り過ぎて行かれました。でもそこには主はおられませんでした。大風が山々を裂き、岩々を砕きましたが、そこにも主はおられませんでした。風の後に地震が起こりましたが、その火の中にも主はおられませんでした。そうした激しい自然現象の中には、主はおられませんでした。ではどこにおられましたか。火の後です。火の後に、かすかな細い声がありました。それは主の声でした。エリヤはそれが主の声でだとわかったので、すぐに外套で顔をおおい、外に出て洞穴の入り口に立ちました。エリヤが外套で顔をおおったのは、神に対する畏怖の念があったからです。

すると声がしました。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」主はここで彼に同じ質問を繰り返されました。その質問に対してエリヤも同じ答えを繰り返しています。彼は依然として否定的な面にしか目を向けることができないでいました。なぜでしょうか。エリヤはこれまで多くの奇蹟を見ていきましたが、そのような奇蹟をもたらすのが万軍の主だと思い込んでいたからです。しかし主は、そのような奇跡の中だけにおられるのではありません。むしろ、そうしたことにばかり目が行ってしまうと、そうでない現実に疲れや落胆を抱くようになってしまいます。でもこのような奇跡が私たちを動かすのではなく、ただ自分の内に語られる神様のかすかな細い声、しずかな声によって私たちは動かされるのです。エリヤも激しい自然現象によってではなく、かすかな細い声に動かされて、ほら穴から出て来ることができました。この神のかすかな細い声が、私たちを人生の洞穴から導き出してくださるのです。その声が、私たちのじたばたやもがきを止めてくれるのです。私たちはこの声を聞くべきなのです。

Ⅲ.エリヤの後継者エリシャ(15-21)

最後に、15~21節をご覧ください。15~18節をお読みします。「15 主は彼に言われた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ。16 また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ。17 ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺す。18 しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである。」

エリヤは、自分がどういうことをしたのか、他のイスラエルの民は何をしたのかとなど、いろいろな事を主の前に並べ立てました。しかし、主にとってそんなことはどうでも良いことでした。主が求めておられたことは、エリヤが自分に与えられている使命を果たすことだったのです。

そこで主は彼に、主は新しい使命を与えられました。それは、ダマスコの荒野へ帰って行き、そこでハザエルに油を注いで、アラムの王とすることでした。また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とすること、そして、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、彼に代わる預言者とすることでした。アラムの王ハザエルは、偶像礼拝と不信仰に陥っていたイスラエルの民を裁く器となります。また、ニムシの子エフーは、北イスラエルの王アハブの家を罰し、滅亡させる器となります。シャファテの子エリシャは、エリヤに代わる預言者となります。この3人は、エリヤが始めたバアル撲滅運動を完成させる器なのです。ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺します。そんなことをしたらイスラエルにはだれも残らなくなってしまうんじゃないですか。いいえ、違います。主はこのように約束してくださいました。18節です。

「しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残している。これらの者はみな、バアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちである。」

ここで、エリヤの過剰なまでの自負心と孤独に対する最終的な解決が与えられます。それが、七千人の残りの者たちです。この「イスラエルの残りの者たち」(レムナント)という概念は、エリヤの時代に明らかになりました。彼らは、各時代にあって主を信頼した真の信仰者たちです。イスラエルの残れる者は、いつの時代にあっても少数者です。そしてそれは、イエスの時代も、使徒たちの時代も、さらに今の時代も、変わることがない真理なのです。

ですから、クリスチャンが少ないからと言って、悲しむ必要はありません。真の信仰者は、いつの時代であっても少数者だからです。それよりも、少数者でもバアルに膝をかがめず、バアルに口づけしなかった者たちがいることを喜び、感謝すべきです。エリヤは「自分だけが」という思いから深い孤独と絶望の中にいましたが、自分だけでなく、何と多くの兄弟姉妹たち、同労者たちに囲まれているということを知り、励ましと慰めを受け鬱から解放されたのです。立ち上がることができました。

19~21節をご覧ください。「19 エリヤはそこを去って、シャファテの子エリシャを見つけた。エリシャは、十二くびきの牛を先に立て、その十二番目のくびきのそばで耕していた。エリヤが彼のところを通り過ぎるとき自分の外套を彼に掛けたので、20 エリシャは牛を放って、エリヤの後を追いかけて言った。「私の父と母に口づけさせてください。それから、あなたに従って行きますから。」エリヤは彼に言った。「行って来なさい。私があなたに何をしたか。」21 エリシャは引き返して、一くびきの牛を取り、それを殺して、牛の用具でその肉を調理し、人々に与えてそれを食べさせた。それから彼は立ってエリヤについて行き、彼に仕えた。」

そればかりではありません。彼はもう一つの事実を知って、完全に立ち直ります。それは、後継者が備えられていたという事実です。エリヤはそこを去って、シャファテの子エリシャのところへ行きました。エリシャの出身はアベル・メホラです。すなわち、彼はシナイ山から、アベル・メホラまでやって来たということです。アベル・メホラは、死海とガリラヤ湖の中間にあるヨルダン渓谷の町です。エリシャは12くびきの牛を先に立て、その12番目のくびきのそばで耕していました。農作業に従事していたということです。

エリヤが彼のところを通り過ぎると、彼はエリシャに自分の外套を彼に掛けました。この外套を掛けるという行為は、自分の後継者として選んだということです。エリシャはそれをすぐに理解して、それで自分の職を捨て、エリヤに従っていきます。そして、こう言いました。

「私の父と母に口づけさせてください。それから、あなたに従って行きますから。」

どういうことでしょうか。エリヤについて行く前に、父と母に挨拶させてください。それからあなたに従って行きますと。するとエリヤは、「行って来なさい。私があなたに何をしたか。」と言いました。これは「あなたの思うようにしなさい」ということです。これはあなたと神様との問題なのだから、神の召しに答えるのに、自分がとやかく言えるものではないといった意味です。

エリシャは引き返して、一くびきの牛を取り、それを殺して、牛の用具でその肉を調理し、人々に与えてそれを食べさせてからエリヤについて行きました。エリシャは家族のためにさよならパーティーを開き、その後でエリヤについて行ったのです。

主はエリヤに、イスラエルの中にバアルに膝をかがめず、口づけしなかった七千人を残すと言われましたが、ここでは、彼の後継者として、神の働きを行う者を備えておられました。神の働きは決して途絶えることはありません。神は、いつの時代も、ご自身のしもべを用意しておられるのです。このことを通して、エリヤは完全に孤独と落胆から解放されました。彼は「自分だけが・・」と思っていましたが、実際には自分だけでなく、バアルに膝をかがめない、口づけしない七千人の勇士と、彼の働きを受け継ぐエリシャが備えられていることを知って、大いに励ましを受け、そこから立ち上がることができたのです。

それは私たちも同じです。私たちも恐れや困難に直面すると自分のことしか見えなくなってしまいます。「自分だけが・・・」と、孤独と落胆に陥ってしまうのです。しかし、実際はそうではありません。神様は少数者でも私たちと同じように主に信頼する真の信仰者を残しておられるのです。そればかりか、この働きを担う後継者までちゃんと用意しておられるのです。あなたは決して一人ではないのです。あなたはその事実をきちんと見なければなりません。

エリヤは神様によってその事実を見せられることによって大いに励ましを受け、孤独と落胆から立ち上がることができました。私たちもこの事実をしっかりと見ましょう。そして、そこに励ましと慰めを受けたいと思います。それはかすかな主の御声を聞くことから始まります。御声によってその事実に目が開かれるとき、あなたはあなたの目を自分から神に向けることができるようになり、神に感謝することができるようになるのです。

Ⅰ列王記18章

 

 今日は、列王記第一18章から学びます。

 Ⅰ.主を深く恐れていたオバデヤ(1-15)

まず、1~6節までをご覧ください。「1 かなりの日数を経て、三年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。「アハブに会いに行け。わたしはこの地の上に雨を降らせよう。」2 そこで、エリヤはアハブに会いに出かけた。そのころ、サマリアでは飢饉がひどかった。3 アハブは宮廷長官オバデヤを呼び寄せた。オバデヤは主を深く恐れていた。4 かつてイゼベルが主の預言者たちを殺したときに、オバデヤは百人の預言者たちを救い出し、五十人ずつ洞穴の中にかくまい、パンと水で彼らを養ったのである。5 アハブはオバデヤに言った。「国内のすべての水の泉や、すべての川に行ってみよ。馬とらばを生かしておく草が見つかり、家畜を絶やさないですむかもしれない。」6 二人はこの国を分けて巡り歩くことにし、アハブは一人で一つの道を行き、オバデヤは一人で別の道を行った。」

干ばつが始まって3年目に、アハブに会いに行くようにという主のことばが、エリヤにありました。それは「アハブに会いに行け。わたしはこの地の上に雨を降らそう。」というものでした。それでエリヤは、アハブに会うためにサマリアに出かけて行きました。というのは、特にサマリアでの飢饉がひどかったからです。これは、主に敵対するアハブとイゼベルに向けられていたものだったのです。

アハブには宮廷長官でオバデヤという名の家臣がいました。彼は主を深く恐れていました。彼は、かつてアハブの妻イゼベルが主の預言者たちを殺したときに、百人の預言者たちを救い出し、五十人ずつ洞穴の中にかくまい、パンと水で彼らを養いました。飢饉のときに、百人分の食料を調達するのは容易なことではありません。それは信仰がなければできないことです。彼は主を深く恐れていたので、アハブに背いても主に従ったのです。

極悪な王アハブのもとで、北王国イスラエルがバアル礼拝へと向かっていた中でも、彼のように真実な信仰を持っていた人が残っていたということは驚きです。そして、神は今もこのような少数の者たちを残しておかれ、彼らを用いて、ご自身の御業を行っておられるのです。ですから、クリスチャンが少ないからと言ってがっかりしないでください。数が問題なのではありません。問題はそこにオバデヤのような神を恐れる真の神の民がいるかどうかということです。私たちの置かれている状況がどうであれ、私たちはいつも「私と、私の家とは主に仕える」という信仰に堅く立っていなければなりません。

アハブはオバデヤに言いました。「国内のすべての水の泉や、すべての川に行ってみよ。馬とらばを生かしておくための牧草が見つかり、家畜を絶やさないですむかもしれない」と。馬とらばは、戦いに必要な家畜です。ですから、何とかして家畜を絶やさないようにしたかったのです。それで、アハブとオバデヤは、国を分けてそれぞれ別の道を巡り歩くことにしました。その方が効率がよいからです。

7~15節をご覧ください。「7 オバデヤがその道にいたところ、エリヤが彼に会いに来た。オバデヤにはそれがエリヤだと分かったので、ひれ伏して言った。「あなたは私の主人エリヤではありませんか。」8 エリヤは彼に答えた。「そうです。行って、エリヤがここにいると、あなたの主人に言いなさい。」9 すると、オバデヤは言った。「私にどんな罪があると言うのですか。あなたがこのしもべをアハブの手に渡し、殺そうとされるとは。10 あなたの神、主は生きておられます。私の主人があなたを捜すために人を遣わさなかった民や王国は一つもありません。その王国や民が、あなたはいないと言うと、主人は彼らに、あなたが見つからないという誓いをさせています。11 今、あなたは『行って、エリヤがここにいるとあなたの主人に言え』と言われます。12 私があなたから離れて行っている間に、主の霊はあなたを私の知らないところに連れて行くでしょう。私はアハブに知らせに行きますが、あなたを見つけられなければ、彼は私を殺すでしょう。しもべは子どものころから主を恐れています。13 あなたには、イゼベルが主の預言者たちを殺したとき、私のしたことが知らされていないのですか。私は主の預言者百人を五十人ずつ洞穴に隠し、パンと水で彼らを養ったのです。14 今、あなたは『行って、エリヤがここにいるとあなたの主人に言え』と言われます。彼は私を殺すでしょう。」15 すると、エリヤは言った。「私が仕えている万軍の主は生きておられます。私は必ず、今日、アハブの前に出ます。」」

オバデヤが道を歩いていた時、エリヤが彼に会いにやって来ました。オバデヤはそれがエリヤだとすぐにわかったので、その場にひれ伏しました。彼はエリヤに、「あなたはわたしの主人エリヤではありませんか」と言いました。それは、エリヤに対する恐れと尊敬の表れでした。エリヤが預言したとおり干ばつが起こったことを知っていたオバデヤは、エリヤを恐れていたのです。

エリヤはオバデヤに、「そうです」と言うと、「行って、エリヤがここにいると、あなたの主人に言いなさい。」と言いました。あなたの主人とはアハブ王のことです。

するとオバデヤは大いに恐れました。なぜ?エリヤが自分をアハブに渡し、殺すのではないかと思ったのです。どういうことかというと、これまでアハブはエリヤを殺そうといろいろなところに人を遣わして捜させましたが、「いない」と報告すると「本当か?」と言って誓いまで書かせていました。もし自分がそのエリヤがいることをアハブに報告している間にエリヤ本人がいなくなってしまったら、自分が殺されるのではないかと思ったのです。12節でオバデヤが言っていることはそういうことです。自分がアハブのところに報告にいっている間に、主の霊が彼をどこか知らないところに連れて行くことがあれば、私は殺されてしまうことになると言っています。エリヤは3年間アハブから逃れて隠れた生活をしていました。そのためエリヤは「主の霊」によって取り去られたのではないかという噂が広がっていたのです。そんなことが私の身に起こったら大変です。子どものころから主を信じ、主を恐れている自分にそのような悲劇があるとしたら、あまりにも理不尽です。

オバデヤは自分がしてきたことをエリヤに伝えます。13節です。「あなたには、イゼベルが主の預言者たちを殺したとき、私のしたことが知らされていないのですか。私は主の預言者百人を五十人ずつ洞穴に隠し、パンと水で彼らを養ったのです。」

彼がしたことは、主の預言者たちの間ではよく知られていました。当然、エリヤにも知らされていたはずです。彼はいのちがけで主の預言者をかくまい、彼らを養ったのです。そんな自分に災難が降りかかるようなことをしないでくださいとお願いしているのです。

するとエリヤは何と言ったでしょうか。15節をご覧ください。彼はこう言いました。「私が仕えている万軍の主は生きておられます。私は必ず、今日、アハブの前に出ます。」

エリヤは、自分のいのちを狙っているアハブの前に出ることは相当の恐れがあったと思いますが、彼が仕えている主は万軍の主であって、今も生きておられるお方であると信じていました。であれば、主は必ず守ってくださいます。その信仰をもって、今日、アハブの前に出ると言っているのです。どうして彼はそのように言うことができたのでしょうか。

エリヤは最初からこのような信仰を持っていたわけではありません。17章にあったことを思い出してください。彼はまずケレテ川のほとりに身を隠せと主から言われたのでそのようにすると、主は烏をもって彼を養ってくださいました。毎日、朝と晩に、肉とパンを運んできたのです。それから主はエリヤを、ツァレファテのやもめのところに遣わされました。このやもめは本当に貧しく、かめの中には一握りの粉と、壺の中にはほんの少しの油しか持っておらず、それを自分の息子のために調理して食べて、死のうとしていました。しかし、「主が血の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、壺の油はなくならない。」という主のことばを信じて従うと、そのことばの通りになりました。エリヤはこうしたケレテ川での体験や、ツァレファテのやもめの家での体験を通して信仰が強められ、揺るぎないものとなっていきました。それがこのことばの中に表れているのです。私たちも試練を通して練られ、強くされていきます。そうした苦難を通して信仰が養われていると信じ、神の御業を体験させていただきたいと思います。

Ⅱ.バアルとアシェラの預言者たちとの戦い(16-40)

次に、16~29節をご覧ください。「16 オバデヤは行ってアハブに会い、彼に告げたので、アハブはエリヤに会うためにやって来た。17 アハブがエリヤを見るやいなや、アハブは彼に言った。「おまえか、イスラエルにわざわいをもたらす者は。」18 エリヤは言った。「私はイスラエルにわざわいをもたらしてはいない。あなたとあなたの父の家こそ、そうだ。現に、あなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルの神々に従っている。19 今、人を遣わして、カルメル山の私のところに、全イスラエル、ならびにイゼベルの食卓に着く、四百五十人のバアルの預言者と四百人のアシェラの預言者を集めなさい。」

20 そこで、アハブはイスラエルのすべての人々に使者を遣わして、預言者たちをカルメル山に集めた。21 エリヤは皆の前に進み出て言った。「おまえたちは、いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。22 そこで、エリヤは民に向かって言った。「私一人が主の預言者として残っている。バアルの預言者は四百五十人だ。23 私たちのために、彼らに二頭の雄牛を用意させよ。彼らに、自分たちで一頭の雄牛を選び、それを切り裂いて薪の上に載せるようにさせよ。火をつけてはならない。私は、もう一頭の雄牛を同じようにし、薪の上に載せて、火をつけずにおく。24 おまえたちは自分たちの神の名を呼べ。私は主の名を呼ぶ。そのとき、火をもって答える神、その方が神である。」民はみな答えて、「それがよい」と言った。」

25 エリヤはバアルの預言者たちに言った。「おまえたちで一頭の雄牛を選び、おまえたちのほうから、まず始めよ。人数が多いのだから。おまえたちの神の名を呼べ。ただし、火をつけてはならない。」26 そこで彼らは、与えられた雄牛を取って、それを整え、朝から真昼までバアルの名を呼んだ。「バアルよ、私たちに答えてください。」しかし何の声もなく、答える者もなかった。そこで彼らは、自分たちが造った祭壇のあたりで踊り回った。27 真昼になると、エリヤは彼らを嘲って言った。「もっと大声で呼んでみよ。彼は神なのだから。きっと何かに没頭しているか、席を外しているか、旅に出ているのだろう。もしかすると寝ているのかもしれないから、起こしたらよいだろう。」28 彼らはますます大声で叫び、彼らの慣わしによって、剣や槍で、血を流すまで自分たちの身を傷つけた。29 このようにして、昼も過ぎ、ささげ物を献げる時まで騒ぎ立てたが、何の声もなく、答える者もなく、注目する者もなかった。」

オバデヤは行ってアハブに会い、彼に告げたので、アハブはエリヤに会うためにやって来ました。アハブはエリヤを見るやいなや、エリヤに言いました。「おまえか、イスラエルにわざわいをもたらす者は」。アハブは、エリヤがイスラエルに災いをもたらしていると思っていたのです。

それに対してエリヤは何と言いましたか。エリヤはこう言いました。18節、「私はイスラエルにわざわいをもたらしてはいない。あなたとあなたの父の家こそ、そうだ。現に、あなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルの神々に従っている」。イスラエルに災いをもたらしているのは自分ではなく、アハブと彼の家族であると指摘し、彼らが主の命令を捨てて、バアルの神々に従っている結果だと告げたのです。

そこでエリヤは続けてこう言いました。「今、人を遣わして、カルメル山の私のところに、全イスラエル、ならびにイゼベルの食卓に着く、四百五十人のバアルの預言者と四百人のアシェラの預言者を集めなさい。」(19)

どういうことですか。真の神はだれなのかということです。エリヤが信じている万軍の神、主なのか、それともバアルなのかということです。そのことをはっきりさせようではないかというのです。それをはっきりさせるために、バアルの預言者とアシェラの預言者をカルメル山にいる私の自分のところに集めよ、といったのです。巻末の地図をご覧ください。カルメル山は、イズレエル平原の北西にある地中海沿岸から南東に伸びる、標高およそ520メートルの山脈です。そこに450人のバアルの預言者と、400人のアシェラの預言者を集めるようにというのです。この預言者の数によって、当時の北王国イスラエルにおけるバアル礼拝の規模がどれほどのものであったかを想像することができます。それは相当の規模でした。

ここに彼らの問題の真の原因がありました。北王国イスラエルの物質的問題も霊的問題も、すべて主を退けバアルやアシェラといった偶像を礼拝していたことにあったのです。私たちも、自分が直面している問題の真の原因はどこにあるのかを考えなければなりません。それらすべての問題の原因は、神を神としないで、偶像を礼拝していることにあります。あなたのバアルは何でしょうか。あなたのアシェラは何でしょうか。私たちはバアルやアシェラといった目に見える偶像を拝むことはしていないかもしれませんが、神以上に愛するものがあるなら、それがあなたの偶像なのです。神を神として認め、この神を第一として歩むなら、神があなたを祝福してくださいます。

昨日、「1対1弟子養育聖書研究」という本を学んでいたら、サタンは「この世」を通して私たちクリスチャンを攻撃してくるとありました。そこに次のようなケースが紹介されていました。

ある若い夫婦が熱心に主に仕えていましたが、急に教会に出席するのを止めました。その理由を探ってみると、彼らが一生懸命に貯めたお金で家を勝ってから、妻は家を飾ることに神経を使い、夫は車を買うお金を稼ぐために仕事により多くの時間と勢力を費やすようになったということです。家と車を買うこと自体は罪ではありませんが、彼らがそれらを神様よりもってと愛したので、ついにサタンの誘惑に負けてしまったのです。私たちはこのような試みにどのように対処すべきでしょうか。

私たちの心を攻撃するこの世の心配が、短い人生の中で比重を占めています。今日のような物質主義、消費主義の社会においては、もっとそうなります。町の中で豪華なレストランやお店などが私たちを誘惑します。また、高級乗用車などが私たちの関心を引きます。このような誘惑は神様に対する私たちの愛が冷え始めると、その空白の中に入って来ます。このような外敵な試みは逃げて解決できるものではありません。この世を通して入って来た試みはこの世から逃げるよりは、神様に対する自分の愛がどうであるかで決まります。そのためには、自分の敬虔の生活を顧みなければなりません。

20節をご覧ください。そこで、アハブはイスラエルのすべての人々に使者を遣わして、預言者たちをカルメル山に集めました。カルメル山は、バアル礼拝の聖地です。つまり、バアル神の力が最も発揮される所と言っていいでしょう。そこが霊的戦いの場となりました。しかし、エリヤにとってそんなことは問題ではありませんでした。むしろ、カルメル山がそのような所だからこそ、バアルの預言者たちとの戦いには最適なところだと考えたのです。本当の神はどちらかが明らかになるからです。

エリヤはイスラエルの民、皆の前に進み出て何と言いましたか。「おまえたちは、いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え。」(21)

イスラエルの民は、主なる神とバアルの間を揺れ動いていました。いつまでもどっちつかずによろめいていたのです。それはよいことではありません。もし主が神であるならば主に従い、バアルが神であるなら、バアルに従えばいい。どっちつかずにいることを「二心」と言います。ヤコブ1:8-9にあるように、そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういう人は、歩むすべてにおいて心が定まっていないのです。どちらかに決めなければなりません。主に仕えるのか、バアルに仕えるのか。しかし、イスラエルの民は一言も答えることができませんでした。

そこで、エリヤは民に向かって言いました。「私一人が主の預言者として残っている。バアルの預言者は四百五十人だ。」(22)1対450です。エリヤは、彼以外にも主の預言者がいたことを知っていましたが(18:13)、この戦いに関しては、彼一人でした。敵は450人もいました。人間的に見れば勝敗は決まっているかのようですが、エリヤは自分の仕えている神は万軍の主であって、生きておられる神であると信じていたので、ただ主に信頼して戦いました。

彼は、2頭の雄牛を全焼のいけにえために用意するように命じました。そして、相手に自分たちの気に入った牛を選ばせ、それを切り裂いて薪の上に乗せるようにと言いました。そして、それぞれの神の名を呼んで、その呼びかけに対して、火をもって答える神が真の神であるということでよいかを確かめると、民が「それがよい」と言いったので、いよいよここにバアルの預言者たちとエリヤとの戦いの幕が下されました。

エリヤはバアルの預言者たちから始めるようにと言いました。人数が多かったからです。そこで彼らは、自分たちが選んだ雄牛を取って、朝から真昼までバアルの名を呼びました。「バアルよ、私たちに答えてください。」と。バアルは、天から雨を降らせ、作物を実らせる豊穣の神です。また、天から稲妻を降らせる神でもあります。ですから、彼らは必死になって彼らの神、バアルの名を呼びました。この光景がよく聖書の紙芝居に描かれていますが、おもしろいですね。阿波踊りのような格好で自分たちが造った祭壇のあたりで踊り狂っています。でも結果はどうだったでしょうか。何の声もありませんでした。何の声もなく、答える者もありませんでした。

それを見ていたエリヤは彼らを嘲って言いました。「もっと大きな声で読んでみたらどうか」「彼は神なのだから、呼べばきっと答えてくれるはずだ」。「もしかすると何かに没頭しているのかもしれない。旅に出ているのかな。もしかすると寝ているのかもしれない。」「だから、もっと大きな声で叫んで起こした方がいいんじゃないか」。

それで彼らはますます大声で叫び、彼らの慣わしによって、剣や槍で、血を流すまで自分たちのからだに傷つけたりしました。しかし、それでも何の声もなく、答える者もなく、注目する者もありませんでした。バアルには実体がないからです。偶像礼拝とは、実体のないものを神として礼拝しているだけのことです。それはただ森から切り出された木や石に、金箔とか、銀箔を塗っただけのものにすぎません。中身がないのです。ですから、どんなに叫んでも聞かれることはありません。空の空、すべては空です。偶像を拝む者もこれと同じです。それは空しいだけなのです。

それに対して、エリヤはどうしたでしょうか。30~40節をご覧ください。「30 エリヤが民全体に「私のそばに近寄りなさい」と言ったので、民はみな彼に近寄って来た。彼は、壊れていた主の祭壇を築き直した。31 エリヤは、主がかつて「あなたの名はイスラエルとなる」と言われたヤコブの子たちの部族の数にしたがって、十二の石を取った。32 その石で、彼は主の御名によって一つの祭壇を築き、その祭壇の周りに、二セアの種が入るほどの溝を掘った。33 それから彼は薪を並べ、一頭の雄牛を切り裂いて薪の上に載せ、34 「四つのかめに水を満たし、この全焼のささげ物と薪の上に注げ」と命じた。それから「もう一度それをせよ」と言ったので、彼らはもう一度そうした。さらに、彼が「三度目をせよ」と言ったので、彼らは三度目をした。35 水は祭壇の周りに流れ出した。彼は溝にも水を満たした。

36 ささげ物を献げるころになると、預言者エリヤは進み出て言った。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのおことばによって私がこれらすべてのことを行ったということが、今日、明らかになりますように。37 私に答えてください。主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主よ、あなたこそ神であり、あなたが彼らの心を翻してくださったことを知るでしょう。」38 すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした。39 民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。40 そこでエリヤは彼らに命じた。「バアルの預言者たちを捕らえよ。一人も逃すな。」彼らがバアルの預言者たちを捕らえると、エリヤは彼らをキション川に連れて下り、そこで彼らを殺した。」

エリヤは、すべての民を呼び寄せると、まず壊れていた主の祭壇を築き直しました。主の祭壇が破壊されたというのは、彼らの信仰が崩れていたことを表しています。北王国イスラエルは、主からも、主との契約からも、遠く離れた状態にありました。それをまず立て直さなければならなかったのです。すべては主の祭壇を立て直すことから始めなければなりません。それが個人であっても、教会であっても、また国であっても、私たちは壊れた祭壇を立て直すことから始めなければならないのです。あなたの祭壇は壊れていませんか。あなたの心の祭壇を建て直し、主との関係を再建することから始めなければなりません。

次に彼は「あなたの名はイスラエルとなる」と言われたヤコブの子たちの部族の数にしたがって12の石を取りました。これはイスラエル12部族を象徴していました。その石で彼は、主の御名によって一つの祭壇を築き、その祭壇の周りに、2セアの種が入るほどの溝を掘りました。2セアとは、1セアが7.6リットルですから、約15リットルとなります。それほどの水が入る溝を掘ったのです。なぜでしょうか。次のところを見るとわかりますが、これから祭壇に注ごうとしている水が流れ出さないようにするためです。

それからエリヤは薪を並べ、一頭の雄牛を切り裂いて薪の上に乗せると、四つのかめに水を満たし「この全焼のささげものと薪の上に注げ。」と命じました。干ばつが3年以上も続く中、いったいどこからこの水を汲んできたのでしょうか。おそらく、カルメル山の麓のどこかに枯れていなかった泉が残っていたのでしょう。その水を全焼のいけにえと薪の上に3度も注いだのは、これから起こることがトリックではなく、神の御業であることを示すためでした。そのことばの通り3度水を注ぐと、周囲に掘られた溝に水が流れ出しました。エリヤは溝にも水を満たしました。それは絶対にトリックなどではないことを示すためです。

ささげ物をささげるころになると、エリヤは進み出て祈りました。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのおことばによって私がこれらすべてのことを行ったということが、今日、明らかになりますように。37 私に答えてください。主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主、あなたこそ神であり、あなたが彼らの心を翻してくださったことを知るでしょう。」

エリヤはどのように祈ったでしょうか。エリヤは、バアルの預言者のようにやみくもに祈ったり、何度も同じことばを繰り返したりはしませんでした。彼はまず、「アブラハム、イサク、イスラエルの神」と呼びました。これは、イスラエルの神は契約の神であるということです。つまり、このことが神のみことばの約束に基づいて行われたことであると訴えているのです。次に彼は、主がこの祈りに応えてくださることによって、神の民であるイスラエルが主こそ神であることを知ることができるように、また、その心を翻してくださるようにと祈りました。

その結果はどうだったでしょうか。38~39節をご覧ください。「すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、溝の水もなめ尽くした。民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。」

すると、主の火が降り、全焼のささげ物と薪と石と土を焼き尽くし、何と溝の水もなめ尽くしました。主が勝利したということです。民はこれを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です。」と言いました。民はようやく、主だけが真の神であることを認識したのです。

私たちの誰もが、エリヤが体験したような奇跡を体験するわけではありません。しかし、日々の生活において、神はこのような奇跡を行っておられます。何よりも私たちの存在と生き方がそうなのではないでしょうか。

先週、那須で88歳と83歳の御夫妻が洗礼を受けられましたが、それは東京に住んでおられる一人娘さんの生き方に深く感動してのことでした。鬱で寝たきりの御主人を真心を込めて介護する力は、主イエスを信じる信仰から出ているということを、その姿から伝わってきました。

まことに私たちは取るになりない小さな者ですが、このような小さな者を通して成される主の御業を通して、それを見る人たちが「主こそ神です。主こそ神です。」と告白することができたらどんなに素晴らしいことでしょうか。

Ⅲ.福音のためなら何でする(41-46)

最後に、41~46節をご覧ください。「41 エリヤはアハブに言った。「上って行って、食べたり飲んだりしなさい。激しい大雨の音がするから。」42 そこで、アハブは食べたり飲んだりするために上って行った。エリヤはカルメル山の頂上に登り、地にひざまずいて自分の顔を膝の間にうずめた。43 彼は若い者に言った。「さあ、上って行って、海の方をよく見なさい。」若い者は上って、見たが、「何もありません」と言った。するとエリヤは「もう一度、上りなさい」と言って、それを七回繰り返した。44 七回目に若い者は、「ご覧ください。人の手のひらほどの小さな濃い雲が海から上っています」と言った。エリヤは言った。「上って行って、アハブに言いなさい。『大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下って行きなさい。』」45 しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい大雨となった。アハブは車に乗って、イズレエルへ行った。46 主の手がエリヤの上に下ったので、彼は裾をたくし上げて、イズレエルの入り口までアハブの前を走って行った。」

「上って行って」とは、カルメル山の山頂に上って行ってということではありません。自分の宿営地に帰って行ってということです。そこで食べてり、飲んだりするようにということです。なぜなら、激しい大雨の音がするからです。干ばつが終わり、もうすぐ雨が降るからということです。だから宴会を開いてお祝いするようにというのです。

すると、アハブは食べたり飲んだりするために上って行きました。彼には悔い改めも霊的洞察力もなく、ただ現状を見てホッとしたのです。何事もなかったかのように振る舞いました。

すると、エリヤはカルメル山の頂上に上り、地にひざまずいて祈りました。「自分の顔を膝の間にうずめる」とは、彼の祈りが真剣なものであったことを表しています。そして若い者に言いました。「さあ、上って行って、海の方をよく見なさい。」

若い者は上って行って見ましたが、何も見えなかったので「何もありません」と言うと、エリヤは「もう一度、上りなさい」と言って、それを七回繰り返しました。そして七回目に上って行ったとき、人の手のひらほどの小さな濃い雲が海から上ってくるのが見えました。するとエリヤはその若者に、アハブにこう伝えるように言いました。「大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下って行きなさい。」どういうことでしょうか。

エリヤは、手のひらほどの小さな雲が、やがて大雨に変わることを知っていました。それは、そのように前もって知らされていたからです。しかし、ただ知らされていただけでなく、彼が祈っていたからです。エリヤはずっと祈っていたので、それがどういうことなのかを悟ることができたのです。

それは私たちにも言えることです。私たちも祈っていなければ、見えるものも見えなくなってしまいます。しかし、エリヤのように祈り求めていると、確かに約束がかなえられていることを悟ることができるのです。たとえそれが小さな兆候でも。小さな始まりを軽んじてはいけません。

しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい雨になりました。アハブは、その雨の中戦車に乗って、イズレエルへ行きました。それはカルメル山とイズレエル平原の間に、彼が冬を過ごす宮殿があったからです。すると主の手がエリヤに下ったので、彼は裾をたくし上げて、イズレエルの入り口までアハブの前を走って行きました。どういうことでしょうか。カルメル山からイズレエルの入り口までは、約35~40㎞あります。その距離を走り続けるというのは並大抵のことではありません。それは、主から超自然的な力が与えられていなければできなかったことです。エリヤは主の力をいただいて、アハブの車の前を走り続けました。何とかしてアハブを主に立ち返らせようと思ったからです。エリヤは背教の王を主に立ち返らせるために何でもしようと思ったのです。それで、アハブの車の前を35㎞も走ったのです。

このエリヤの姿から、主のしもべとはどのような者なのかを教えられます。彼の行動はすべて福音のため、主の栄光のためでした。主の栄光のために彼は、バアルとアシェラの預言者たちと戦い、主の栄光のために祈りました。主の栄光のためにアハブ王の車の前を何十キロと走り続けました。それは私たちも同じです。福音のためなら何でもするという決意で、ただ主の栄光が現わされることを求めなければなりません。ピリピ1:21で、パウロはこう言っています。「生きることはキリスト、死ぬことは益です。」これがパウロの生き方でした。生きることはキリスト、死ぬこともまた益なのです。私たちも、私たちの身をもって、ただキリストの栄光が現わされることをひたすら求めて歩もうではありませんか。

Ⅰ列王記17章

 今日は、列王記第一17章から学びます。

 Ⅰ.ティシュベ人エリヤ(1-7)

まず、1~7節までをご覧ください。「1 ギルアデの住民であるティシュベ人エリヤはアハブに言った。「私が仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。」2 それから、エリヤに次のような主のことばがあった。3 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。4 あなたはその川の水を飲むことになる。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」5 そこでエリヤは行って、主のことばどおりにした。彼はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。6 何羽かの烏が、朝、彼のところにパンと肉を、また夕方にパンと肉を運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。7 しかし、しばらくすると、その川が涸れた。その地方に雨が降らなかったからである。」

いよいよ旧約聖書における、代表的な預言者エリヤが登場します。エリヤが登場するのは、この北王国イスラエルの王アハブの時代です。彼は、ティシュベの出身でした。ティシュベは、ヨルダン川の東側のギルアデにある町です。彼は、アハブ王がシドン人の娘イゼベルを妻とし、バアルに仕えそれを拝んでいると聞いて、神の怒りに燃え、サマリアにいるアハブのところにやって来たのです。その距離、約50㎞です(新改訳聖書第三版巻末の地図、「イスラエルとユダの王国」参照)。「エリヤ」という名前は、「ヤハウェは私の神」という意味です。彼は神のことばを受けて、それをアハブに伝えました。

それは、「私が仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。」(1)というものでした。エリヤが仕えているイスラエルの神、主は生きておられる神です。バアルのように何もできない偶像ではありません。これは、その主が言われることばなのです。それは、ここ数年の間は露も降らず、雨も降らないということでした。つまり、干ばつになるということです。干ばつになるという預言は、バアルを礼拝する者にとっては致命的なことでした。なぜなら、バアルは雨を降らせる神、豊穣神と考えられていたからです。その雨が降らなくなるということは、イスラエルの神、主は、バアルの専門分野をも支配することになります。すなわち、バアル以上の神となるわけです。ですから、このエリヤの干ばつの預言は、ある意味でバアルに対する宣戦布告であったのです。

現代に生きる私たちも、私たちの人生に真の恵みの雨をもたらしてくれるものは何かを考えなければなりません。それは自分の力、家族、友人、偶像の神々ではなく、生きておられるまことの神、主であられるということです。エリヤの力の源は、この主なる神への信頼にあったのです。生けるまことの神に信頼するなら、恐れたり、不安になったり、絶望したりする必要はありません。

ところで、ヤコブ5:16~18に、このエリヤについての言及があります。「正しい人の祈りは、働くと大きな力があります。エリヤは私たちと同じ人間でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、雨は地に降りませんでした。それから彼は再び祈りました。すると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。」

ここでのポイントは、エリヤは私たちと同じ人間でしたが、という点です。彼は決して特別な人ではありませんでした。私たちと同じ人間でした。しかし、雨が降らないように祈ると、そのようになりました。義人の祈りが働くと大きな力があるからです。義人とは、神の目で正しい人であるということです。神に信頼して生きる人のことであります。生ける神に信頼し、この方に祈るなら、私たちも神から大きな力が与えられるのです。

それから、エリヤに次のようなことばがありました。「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。あなたはその川の水を飲むことになる。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」(3-4)

ケリテ川がどこにあるか、はっきりしたことはわかっていませんが、ティシュベの北を流れる川であったと考えられています。エリヤは、ヨルダン川の東にあるティシュベから北イスラエルの首都サマリアに行ったかと思ったら、再びヨルダン川の東側に戻らなければなりませんでした。そいったい何のためでしょうか。ケリテ川のほとりに身を隠すためでした。主は、アハブの手から彼を守ろうとしたのです。それは同時に、彼の信仰を養うためでもありました。そのような飢饉の中でも彼を養うことを通して、彼の信仰を強めようとされたのです。どのように?何と主は、烏にエリヤを養うように命じたというのです。

エリヤは主のことばのとおりケリテ川のほとりに行って住むと、何羽かの烏が「カー、カー」とやって来て、朝、夕とパンと肉を運んできました。また、彼はその川から水を飲みました。烏は、自らのひな鳥にさえ餌を忘れるような鳥です。その烏がエリヤのところに朝、夕と食べ物を運んで来たというのはアメージングです。これは神様の奇跡なのです。この「パン」という言葉は、へブル語で「レヘム」という語ですが、食べ物一般を指すことばです。ですから、パンという特定の食べ物だけでなく、そこには果物やナッツ、卵といったものも含まれていたことでしょう。主なる神さまの配慮とその方法には驚かされますね。でも、これが神の方法なのです。神の方法は私たちの想像をはるかに超えています。ですから、今月は食べるお金がないと言って心配しなくても大丈夫です。神様がちゃんと養ってくださいますから。

先日、さくらチャーチの礼拝で、長谷川先生が「さば缶」の話をされました。寒川の教会を開拓される中で食べるのにも困り果て、しょうがなく奥様が近くの施設で仕事をするようになりましたが、どうも平安がありませんでした。自分たちは主に召されたのだから、必要ならば主が与えてくださるのではないかとお仕事を辞めました。さて、この先どうしたらいいものかと途方に暮れていた時、信徒の方が「先生、これを食べてください」と、さばの缶詰をいただいたのです。ちょうど烏がエリヤのもとにパンと肉を運んで来たように、先生のもとに信徒を遣わしてさばの缶詰と大根か何かを運んでくださったのを忘れることができないと、話しておられました。まさにそうです。主は烏を用いて私たちを養ってくださるのです。

しかし、しばらくすると、その川が枯れてしまいました。その地に雨が降らなかったからです。干ばつの影響が出始めたのです。すると、主は彼にシドンのツァレファテに行き、そこに住むようにと言われました。すると主はどうされたでしょうか。

Ⅱ.ツァレファテのやもめの所で(8-16)

8~16節をご覧ください。「8 すると、彼に次のような主のことばがあった。9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしはそこの一人のやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」10 彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、薪を拾い集めている一人のやもめがいた。そこで、エリヤは彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」11 彼女が取りに行こうとすると、エリヤは彼女を呼んで言った。「一口のパンも持って来てください。」12 彼女は答えた。「あなたの神、主は生きておられます。私には焼いたパンはありません。ただ、かめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本の薪を集め、帰って行って、私と息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです。」13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。14 イスラエルの神、主が、こう言われるからです。『主が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。』」15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。16 エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった。」

主はエリヤに、シドンのツァレファテに行き、そこに住め、と言われました。そこに一人のやもめに命じて、彼を養うようにしているというのです。「ツァレファテ」は、ツロとシドンの中間に位置する地中海沿いの町です。ヨルダンの東にあったケレテ川からは100㎞ほど離れたところにあります。主はなぜわざわざツァレファテに行くようにと言われたのでしょうか。

一つの理由は、そこはアハブの妻イゼベルの出身地であったからです(16:31)。つまり、そこはバアル礼拝の中心地であったということです。そこで主は、ご自身がバアルよりも偉大なお方であることを示そうとされたのです。

二つ目に、このことによって神のご計画を示そうとしておられたからです。ルカ4:25~26にこうあります。「25 まことに、あなたがたに言います。エリヤの時代に、イスラエルに多くのやもめがいました。三年六か月の間、天が閉じられ、大飢饉が全地に起こったとき、26 そのやもめたちのだれのところにもエリヤは遣わされず、シドンのツァレファテにいた、一人のやもめの女にだけ遣わされました。」これは、イエス様がご自身の出身地であるナザレで受け入られなかった時に言われたことばです。ここで主はご自身が誰の所に遣わされたのかを述べるにあたり、このツァレファテの、一人のやもめに遣わされたと言われました。ツァレファテは異邦人の地です。つまり、イエス様はユダヤ人の中で拒まれたために、その名は異邦人の中でほめたたえられるようになるということを啓示しておられたのです。

三つ目に、このことによって神の偉大な御業を示そうとしておられたからです。一人のやもめに養われること自体、馬鹿げています。なぜなら、やもめは福祉制度が整っている今日とは異なり、こじきより多少ましであるという程度の貧しい存在であったからです。そんなこと考えられません。もし遣わすなら、もっと裕福な人のところに遣わした方が良いに決まっています。けれども神は人の考えとは違い、人の考えをはるかに超えたところで働かれるお方です。神はこのことを通してエリヤの信仰を訓練しようとしておられたのです。

主のことばに従って、エリヤがそのツァレファテに行くと、ちょうどそこに薪を拾い集めている一人のやもめがいました。そこでエリヤは彼女に、ほんの少しの水を飲ませてくれるようにと頼みました。これは、やもめが好意的に受け入れてくれるかどうかを試すためだったのでしょう。すると彼女が好意的に応答し、水を取りに行こうとしたので、彼は一口のパンも持って来てくださいとお願いしました。

すると彼女は何と言いましたか。彼女は、「あなたの神、主はき生きておられます。」と言いました。これは驚くべきことです。なぜなら、彼女は異邦人でしたが、イスラエルの神に対する信仰を持っていたからです。いわばこれは、彼女の信仰告白と言ってもいいでしょう。それにしてもどうして彼女はエリヤを見たとき、彼がイスラエルの預言者だとわかったのでしょうか。いずれにせよ、彼女はイスラエルの神、主は生きておられると告白することができました。けれども、彼女には焼いたパンはおろか、あるのはかめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油だけでした。彼女は今集めている薪で、帰って、自分と息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしていたのです。その時に現れたのがエリヤです。まさに絶妙なタイミングです。これは偶然ではなく神の摂理的な導きによるものでした。このことを通して主はエリヤだけでなく、彼女の信仰も養おうとしておられたのです。

それに対してエリヤは何と言いましたか。彼は、「それは大変ですね。わかりました。そうしてください」とは言いませんでした。エリヤは彼女にこう言いました。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。イスラエルの神、主が、こう言われるからです。『主が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。』」(13-14)

エリヤは、最初のパン菓子を、自分のところに持ってくるようにと命じました。それが終わってから、自分たちのために作りなさいと。 たとえ主からのことばが与えられていたからと言っても、このようなことはなかなか言いにくかったことでしょう。人間的に聞いたら、ずいぶん身勝手というか、調子がいい話です。いや、残酷な話です。最後のパンで私は生きるが、あなたがたは野垂れ死になさい、と言っているようなものなのですから。しかし、エリヤは大胆にそれを伝えました。それは、エリヤが主のことばを信じていただけでなく、このやもめもイスラエルの神である主を知るためです。彼女自身が、神を信じるその信仰を試しておられたのです。どのような信仰でしょうか。神の国とその義とを第一にするなら、神はそれに加えてすべてのものを備えてくださるという信仰です。彼女がエリヤのためにまず小さなパン菓子を作ったら、自分たちのためのものはありません。しかし、主のみことばに従って主を第一にするなら、主は必ず必要を与えてくださいます。主が血の上に雨を降らす日まで、かめの粉は尽きず、壺の油は無くならないということです。

彼女は、エリヤが言ったとおりにしました。するとどうなったでしょうか。15節をご覧ください。すると、主は約束通り、エリヤとそのやもめの一家を養われました。彼らは長い間食べることができたのです。主が言われたとおり、かめの中の粉は尽きず、壺の油はなくならなかったのです。すばらしいですね。「かめの中の粉は尽きず、壺の中の油はなくならない。」私はこの言葉が好きです。

ここからどういうことが言えるでしょうか。主は生きておられる方であり、この方に信頼するなら失望させられることはないということです。ツァレファテは、バアル礼拝の中心地シドンの地方にありました。ですから、そこでも干ばつが起こっていました。しかし、主はどんなに干ばつが続いても、麦から取れる粉とオリーブから取れる油を供給し続けてくださったのです。そうです、私たちの主は、バアルよりも偉大なお方なのです。この天地を造られた創造主であられ、今も生きて働いておられる神なのです。私たちも、このイスラエルの神、主こそ、天地を支配しておられる神であると認め、この方だけに信頼しましょう。

Ⅲ.やもめの息子の死(17-24)

最後に、17~24節をご覧ください。「17 これらのことの後、この家の女主人の息子が病気になった。その子の病気は非常に重くなり、ついに息を引き取った。18 彼女はエリヤに言った。「神の人よ、あなたはいったい私に何をしようとされるのですか。あなたは私の咎を思い起こさせ、私の息子を死なせるために来られたのですか。」19 彼は「あなたの息子を渡しなさい」と彼女に言って、その子を彼女の懐から受け取り、彼が泊まっていた屋上の部屋に抱えて上がり、その子を自分の寝床の上に寝かせた。20 彼は主叫んで祈った。「私の神、主よ。私が世話になっている、このやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。」21 そして、彼は三度その子の上に身を伏せて、主に叫んで祈った。「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに戻してください。」22主はエリヤの願いを聞かれたので、子どものいのちがその子のうちに戻り、その子は生き返った。23 エリヤはその子を抱いて、屋上の部屋から家の中に下りて、その子の母親に渡した。エリヤは言った。「ご覧なさい。あなたの息子は生きています。」24 その女はエリヤに言った。「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」」

それからどれくらい経ったかわかりませんが、このやもめにさらなる試みが襲い掛かります。彼女の息子が病気なり、ついに死んでしまったのです。やもめにとっては何が何だかわからなかったでしょう。死のうとしていたところを生かしてくれたかと思ったら、今度は息子が死のうとしていたのですから。18節のやもめのことばには、こうした彼女の心境が見て取れます。

するとエリヤは「あなたの息子を渡しなさい」と言うと、やもめからその子を受け取り、彼が泊まっていた屋上の部屋に抱えて上がり、その子を自分の寝床の上に寝かせました。ここに「その子を彼女の懐から受け取り」とか「抱えて上がり」とあるので、この子がまだ幼かったことがわかります。

エリヤはその子を自分の寝床の上に寝かせると、主に叫んで言いました。「私の神、主よ。私が世話になっている、このやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。」 そして、その子の上に三度身を伏せて、主に叫んで言いました。「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに戻してください。」するとどうでしょう。主はエリヤの祈りを聞かれ、子どものいのちがその子のうちに宿り、その子は生き返ったのです。ある人は、この子は本当は死んだのではなく意識を失っていただけだと考えますが、そうではありません。やもめの絶望とエリヤの必死の祈りが、この子が死んでいたことを示しています。ここでエリヤは三度祈っています。ただ祈ったのではありません。三度も必死に忍耐強く祈り続けました。ここにエリヤの必死に求める信仰が表されています。あの王室の役人の息子が死んだときも、父親はイエス様のもとに来て、息子が癒されるようにとひれ伏して祈りました(ヨハネ4:47)。イエス様は、「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は与えられ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。」(マタイ7:7~8)と言われましたが、主は愛する者のために、こうした必死の祈りに応えてくださる方なのです。それは主が生きておられる神であり、そのことばが確かなものであることを示すためです。

その子が生き返ったとき、彼女はエリヤにこう言いました。「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」(24)

それは彼女の信仰を引き上げ、彼女が主こそ神であることを示すために神がなされた御業だったのです。

その主は今も生きて働いておられます。私たちが悲しみや苦しみ、嘆きのただ中で主に叫ぶとき、主は豊かに応えてくださいます。私たちはその主に叫び、主が祈りに応えてくださることを通して、主こそ神であり、この主に信頼して信仰から信仰へと歩ませていただきましょう。

Ⅰ列王記16章

 今日は、列王記第一16章から学びます。

 Ⅰ.北王国イスラエルの王バアシャとエラ(1-14)

まず、1~14節までをご覧ください。や節までをお読みします。「1 そのとき、ハナニの子エフーに、バアシャに対する次のような主のことばがあった。2 「わたしは、あなたをちりから引き上げ、わたしの民イスラエルの君主としたが、あなたはヤロブアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪によってわたしの怒りを引き起こした。3 今、わたしはバアシャとその家を除き去り、あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにする。4 バアシャに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。」

5 バアシャについてのその他の事柄、彼が行ったこと、その功績、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。6 バアシャは先祖とともに眠りにつき、ティルツァに葬られた。彼の子エラが代わって王となった。7 主のことばはまた、ハナニの子、預言者エフーを通してバアシャとその家に向けられた。それは、彼が【主】の目に悪であるすべてのことを行い、その手のわざによって主の怒りを引き起こしてヤロブアムの家のようになり、また彼がヤロブアムを打ち殺したからである。」

北イスラエル王国の3代目の王バアシャについての記述です。彼については、15:27~に帰されてあります。今回はその続きです。預言者ハナニの子エフーに、主のことばがありました。2~4節です。「わたしは、あなたをちりから引き上げ、わたしの民イスラエルの君主としたが、あなたはヤロブアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪によってわたしの怒りを引き起こした。3 今、わたしはバアシャとその家を除き去り、あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにする。4 バアシャに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。」

主は彼を、ちりから引き上げてくださいました。それは何もないところから引き上げてくださったということです。彼は貧しい家の出で何もなかったのに、主がそのような中から引き上げてくださったのです。それは彼がイスラエルの王として、神の偉大な使命を果たすためでした。しかし、彼にはその認識がありませんでした。彼は、あのヤロブアムの道に歩み、神の民イスラエルに罪を犯させ、主の目に悪であることをすべて行って、主の怒りを引き起こしてしまいました。「ヤロブアムの道」とは、偶像礼拝の罪のことです。彼はイスラエルを偶像礼拝の罪に導きました。いったい何が問題だったのでしょうか。神から与えられた使命を忘れてしまったことです。それで彼は主の目の前に悪を行いました。主はそんな彼の家をヤロブアムの家のようにすると言われました。それはバシャに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らうということです。興味深いことに、ほぼ同じ裁きの言葉が、預言者アヒヤによってヤロブアムに語られていました(Ⅰ列王14:10-11)。彼は、自分が倒したヤロブアム家に対する神のさばきと、全く同じ裁きを受けることになったのです。

それは私たちにも言えることです。私たちも自分に与えられている使命を忘れると、バアシャのようになってしまいます。この世には2種類の人がいます。神から与えられた賜物や権力を、自分の利益と満足のために用いる人と、神のために用いる人です。バアシャは自分ために用いました。せっかく神によってちりから引き上げられイスラエルの君主としてもらったのに、それを神のためではなく自分のために用いてしまったのです。私たちはバシャのようにならないように気を付けなければなりません。私たちが神から受けている祝福や恵みは他の人を祝福するためであって自分の利益や満足のためではないことを覚えて、それを神の栄光のために用いなければならないのです。

次に、8~14節までをご覧ください。「8 ユダの王アサの第二十六年に、バアシャの子エラがティルツァでイスラエルの王となった。治世は二年であった。9 彼がティルツァにいて、ティルツァの宮廷長官アルツァの家で酒を飲んで酔っていたとき、彼の家来で、戦車隊の半分の長であるジムリが彼に謀反を企てた。10 ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが入って来てエラを打ち殺し、彼に代わって王となった。11 ジムリは王となり王座に就くと、すぐにバアシャの全家を討ち、小童から親類、友人に至るまで、一人も残さなかった。12 こうして、ジムリはバアシャの全家を根絶やしにした。預言者エフーを通してバアシャに言われた主のことばのとおりであった。13 これは、バアシャのすべての罪とその子エラの罪のゆえであり、彼らが罪を犯し、また彼らがイスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こしたためである。14 エラについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。」

バアシャのあとに北王国イスラエルの王となったのは、バアシャの子エラでした。彼の治世は2年でした。彼についてはほとんど何も記されてありません。ただ彼は自分の家来、宮廷長官アルツァの家で酒を飲んで酔っ払っていたとき、彼の家来で戦車隊の半分の長であったジムリが起こした謀反によって殺されてしまったということです。エラは家来の家に行って酒を飲むことが習慣になっていたのでしょう。まことに愚かな王であったと言えます。そのようにして、敵に隙を見せることをしたのですから。彼は酒を飲んだだけでなく、酒に飲まれてしまったのです。

ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが入って来てエラを打ち殺し、彼に代わって王となりました。ジムリが王となると何をしたでしょうか。彼はすぐにバアシャの全家を根絶やしにしました。彼は、王位継承の可能性のある者たち全員を抹殺したのです。ここには、「小童から親類、友人に至るまで、一人も残さなかった」とあります。ヤロブアム家が滅んだように、まったく同じような形でバシャの家も滅んでしまいました。それは、16:3~4で預言者エフーが語った通りでした。その預言が成就したのです。

13節には、エラの上に下った裁きの理由が要約されています。「これは、バアシャのすべての罪とその子エラの罪のゆえであり、彼らが罪を犯し、また彼らがイスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こしたためである。」

ここにある「空しい神々」とは、「偶像」のことです。つまり、偶像とは、実体のない空しい神々なのです。私たちの前には、偶像礼拝か、まことの神礼拝かの、二つの道しかありません。私は無宗教だという人は、自分の腹(欲望)を神としています。もし偶像を礼拝するなら、そこには虚しさだけが残ることになります。偶像ではなくまことの神を礼拝しましょう。

Ⅱ.北王国イスラエルの王ジムリとオムリ(15-28)

次に、15~28節をご覧ください。まず20節までをお読みします。「15 ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが七日間ティルツァで王となった。そのとき、兵はペリシテ人のギベトンに対して陣を敷いていた。16 陣を敷いていたこの兵は、「ジムリが謀反を起こして王を打ち殺した」と言われるのを聞いた。すると、全イスラエルはその日、その陣営で軍の長オムリをイスラエルの王とした。17 オムリは全イスラエルとともにギベトンから上って来て、ティルツァを包囲した。18 ジムリは町が攻め取られるのを見ると、王宮の高殿に入り、自ら王宮に火を放って死んだ。19 これは、彼が罪を犯して主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえであり、イスラエルに罪を犯させた彼の罪のゆえであった。20 ジムリについてのその他の事柄、彼が企てた謀反、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。」

ユダの王アサの第二十七年に、ジムリが七日間ティルツァで王となりました。日本語に「三日天下」という言葉があります。これは、権力を握っている期間が非常に短いことを形容する言葉です。まさにジムリは「三日天下」でした。彼が王であったのはたった七日間でした。ジムリが謀反を起こしてエラを打ち殺したことを聞いた全イスラエルは、ペリシテのギベトンに対して陣を敷いていましたが、その陣営の軍の長であったオムリをイスラエルの王とし、ギベトンからティルツァに引き返して来て、これを包囲したのです。ジムリは町が攻め取られるのを見ると、王宮の高殿に入り、自ら火を放って死にました。

いったいなぜジムリはこのような結末を迎えたのでしょうか。19節にその理由が記されてあります。「これは、彼が罪を犯して主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえであり、イスラエルに罪を犯させた彼の罪のゆえであった。」

これは、13節にも記されてありましたが、繰り返して何度も言われていることです。「ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえ」です。それは偶像礼拝の罪のことです。ジムリもまた主の目の前に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩んだので、主の怒りを引き起こし、彼の王国は三日天下で終わってしまいました。ガラテヤ6:7に「人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。」とありますが、ジムリは、自らの罪の刈り取りをしたのです。列王記を貫く一つの原則はこれです。偶像礼拝の罪を犯した者は、必ずその刈り取りをするようになるということです。あなたはどんな種を蒔いているでしょうか。自分の肉に蒔くのではなく御霊に蒔いて、御霊から永遠のいのちを刈り取りましょう。

次に、21~28節をご覧ください。「21 当時、イスラエルの民は二派に分裂していた。民の半分はギナテの子ティブニに従って彼を王にしようとし、もう半分はオムリに従った。22 オムリに従った民は、ギナテの子ティブニに従った民より強かったので、ティブニが死ぬとオムリが王となった。23 ユダの王アサの第三十一年に、オムリはイスラエルの王となり、十二年間、王であった。六年間はティルツァで王であった。24 彼は銀二タラントでシェメルからサマリアの山を買い、その山に町を建て、彼が建てたこの町の名を、その山の持ち主であったシェメルの名にちなんでサマリアと呼んだ。25 オムリは主の目に悪であることを行い、彼以前のだれよりも悪いことをした。26 彼はネバテの子ヤロブアムのすべての道に歩み、イスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こした。27 オムリが行ったその他の事柄、彼が立てた功績、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。28 オムリは先祖とともに眠りにつき、サマリアに葬られた。彼の子アハブが代わって王となった。」

ジムリが死んでも、オムリが自動的に王になったのではありません。当時、イスラエルの民は二派に分裂していて、民の半分はティブニに従い、もう半分はオムリに従っていました。半分はティブニを、もう半分はオムリを王にしようとしていたのです。この期間は4年間です。結局、オムリに従った民はティブニに従った民よりも強かったので、ティブニが死ぬとオムリが王になりました。このオムリについて特筆すべきことは、新しい首都をサマリアに移したということです。彼の治世は12年間でしたが、6年間は古くから首都であったティルツァで、残りの6年間はサマリアで治めました。

24節には、彼がどのようにサマリアを建てたのか、その経緯が記されてあります。サマリアは、ティルツァから西に約11㎞のところに位置する丘です。周りが谷に囲まれたていたので、地形的に軍事的要塞として適所でした。オムリはこの丘を銀2タラント(6,000シェケル:当時戦車1台600シェケル、馬1頭150シェケル)で買い取り、その山に町を建設しました。町の名は、その山の持ち主であったシェメルの名にちなんで「サマリア」と名付けました。そこは南北の交通の要所で、西の海岸方面にも容易に移動できる絶好の場所でした。丘の上に建てられたこの町は、難攻不落の要塞となりました。

オムリは、これまで北王国イスラエルに登場した王たちの中では、恐らく最強の王だと思われます。謀反人ジムリを征伐し、政敵ティブニにも打ち勝ち、サマリアに新都を建設し、自らの王位を確実なものにしました。しかし、そんな彼も滅んでいくことになります。それはなぜでしょうか。その理由が25~26節にあります。ここにもまたあの言葉が出てきます。

「25 オムリは主の目に悪であることを行い、彼以前のだれよりも悪いことをした。26 彼はネバテの子ヤロブアムのすべての道に歩み、イスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主の怒りを引き起こした。」

しかも彼は、彼以前のだれよりも悪いことをしたとあります。これまでの王は単にヤロブアムの道に歩んだ、とありましたが、ここでは、彼以前のどの王よりも悪い事をした、と書かれてあります。彼には霊的関心は全くありませんでした。王が神によって立てられているのは、民にまことの神を示すためです。それなのに彼は、それとは正反対のことをして、主の怒りを引き起こしたのです。

Ⅲ.オムリの子アハブ(29-34)

となれば、その子たちはもっとひどい結果をもたらすことは目に見えています。それが、次に王となるアハブです。29~34節をご覧ください。「29 オムリの子アハブは、ユダの王アサの第三十八年に、イスラエルの王となった。オムリの子アハブはサマリアで二十二年間、イスラエルの王であった。30 オムリの子アハブは、彼以前のだれよりも主の目に悪であることを行った。31 彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった。それどころか彼は、シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだ。32 さらに彼は、サマリアに建てたバアルの神殿に、バアルのために祭壇を築いた。33 アハブはアシェラ像も造った。こうしてアハブは、彼以前の、イスラエルのすべての王たちにもまして、ますますイスラエルの神、主の怒りを引き起こすようなことを行った。34 彼の時代に、ベテル人ヒエルがエリコを再建した。彼は、その礎を据えたとき長子アビラムを失い、門を建てたとき末の子セグブを失った。ヌンの子ヨシュアを通して語られた主のことばのとおりであった。」

オムリの子アハブは、ユダの王アサの第三十八年に、イスラエルの王となりました。彼はサマリアで22年間、イスラエルの王でした。彼は、彼以前のだれよりも主の目に悪であることを行いました。彼の父オムリも、彼以前のだれよりも悪いことをした(16:25)とありましたが、アハブはそれよりも悪い王でした。彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことでした。相当悪いことをしたのです。彼はどんな悪いことをしたのでしょうか。

ネバテの子ヤロブアムの罪とは偶像礼拝のことですが、彼はそれだけではありませんでした。31節は、彼はシドンの王エテバアルの娘イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだのです。「バアル」とは、「主人」とか「夫」という意味がありますが、権力や所有権を持つ者を指し,具体的には旧約時代におけるカナンの地の土着の豊穰神として知られていました。従ってバアルは男神であり,カナンにおける農業宗教として大きな感化を社会に与えていました。この外国のまったく新しい偶像の神バアルをイスラエルに導入したのです。確かにこれまでもヤロブアムによってもたらされた偶像礼拝によって神の怒りが引き起こされましたが、それはあくまでもイスラエルの宗教を改良したところの新興宗教でした。金の子牛を作り、自分勝手に祭司を雇ったり、仮庵の祭りの日程を変更したりと、礼拝対象はイスラエルの神であるヤハウェとされていましたが、今回は全く異質のもので、カナンの土着の神を導入したのです。

さらに彼は、サマリアに建てたバアルの神殿に、バアルのために祭壇を築きました。さらに彼はアシェラ像も造りました。アシェラ像は、バアルの相方となる女神です。バアル礼拝は、性的堕落を伴った偶像礼拝であったということです。こうして彼は、彼以前のイスラエルのすべての王にも増して、ますますイスラエルの神、主の怒りを引き起こすようなことを行ったということです。

34節は、文脈上、アハブとは無関係ではないかと思われる節です。アハブの時代に、ベテル人ヒエルがエリコを再建したのですが、彼がその礎を据えたとき、その長子アビラムが死に、門を建てたとき末の子のセレグが死にました。いったいこれはどういうことでしょうか。ここには、「ヌンの子ヨシュアを通して語られた主のことばのとおりであった。」とあります。実は、遡ること五百年前にヨシュアは、このエリコの町を再建する者があれば、その人はのろわれ、その長子と末の子を失うということを預言しました。ヨシュア6:26です。「ヨシュアは、そのとき誓った。「この町エリコの再建を企てる者は主の前にのろわれよ。その礎を据える者は長子を失い、その門を建てる者は末の子を失う。」」果たして、この預言がここに成就したのです。

問題は、いったいこれがどういうことかということです。それは神の命令に背くなら、必ずその預言の通りに神の裁きが下るということです。それは一見アハブとは何の関係もないようですが、実は大いに関係があります。つまり、神の命令に背いてエリコを再建したヒエルが、神のことばのとおりにさばきに会ったように、バアル礼拝を取り入れたアハブの上には、必ず主のさばきが下るということです。17章以降、そのことが展開されていきます。「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊に蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」(ガラテヤ6:7-8)

私たちは思い違いをしないように注意しなければなりません。神は決して侮られる方ではありません。人は種を蒔けば、必ずその刈り取りもすることになります。神の言葉に従って、御霊に種を蒔き、御霊から永遠のいのちを刈り取りましょう。

Ⅰ列王記15章

 今日は、列王記第一15章から学びます。

 Ⅰ.ユダの王アビヤム(1-8)

まず、1~8節までをご覧ください。「1 ネバテの子ヤロブアムの第十八年に、アビヤムがユダの王となり、2 エルサレムで三年間、王であった。彼の母の名はマアカといい、アブサロムの娘であった。3 彼は、かつて自分の父が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心は父祖ダビデの心のように、彼の神、主と一つにはなっていなかった。4 しかし、ダビデに免じて、彼の神、主は、彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えて、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられた。5 それは、ダビデが主の目にかなうことを行い、ヒッタイト人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことからそれなかったからである。6 レハブアムとヤロブアムの間には、彼の一生の間、戦いがあった。7 アビヤムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。アビヤムとヤロブアムの間には戦いがあった。8 アビヤムは先祖とともに眠りにつき、人々は彼をダビデの町に葬った。彼の子アサが代わって王となった。」

前回は、イスラエルが南北に分裂し、それぞれの初代王であったヤロブアムとレハブアムについて学びました。そして今回は、その後に出てくる王たちの話となります。初めに、南王国ユダの王レハブアムの子アビヤムです。彼はヤロブアムの治世第十八年目に出てきて、エルサレムで3年間王でした。

彼の母の名は「マアカ」といい、アブサロムの娘でした。アブサロムとはダビデの3番目の息子で、後に父ダビデに反逆しダビデをエルサレムから追い出した人物です。そのアブサロムの娘がマアかで、その子がこのアビヤムでした。ここに母親の名前が記されてあるのは、その悪影響が息子に及んでいることを示すためです。

さらに、彼には父親からの悪い影響もありました。3節に「彼は、かつて自分の父が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心は父祖ダビデの心のように、彼の神、主と一つにはなっていなかった。」とあるように、かつて父親のレハブアムが行ったあらゆる罪のうちを歩みました。つまり、彼は悪い王だったということです。彼の祖父はソロモンですが、ソロモンのような知恵のひとかけらもありませんでした。また、曾祖父はダビデですが、ダビテのように、主と心が一つになっていませんでした。

これは、子どもを養育する上で両親の責任がいかに大きいかを示すものです。エペソ6:4に「父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。」とあるように、主の教育と訓戒によって育てることの大切さを思い知らされます。

ところで、ここにもダビデのことが記されてあります。アビヤムは悪い王でしたが、主はダビデの子孫が王位を継承することをよしとされたので、「ダビデに免じて」、彼の神、主は、彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えて、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられました。ここにある「一つのともしび」とは、闇に光を灯すような王位継承者のことで、それは次に王となるアサのことを指しています。それは、ダビデが主の目にかなうことを行い、ヒッタイト人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことからそれなかったからです。私たちはこれまでずっとダビデの生涯を学んで来たものにとってはあれっ?と思うような内容ですね。というのは、ダビテはウリヤのこと以外にも多くの罪を犯しました。それなのにここには、ウリヤのことのほかには、一生の間、主が命じられたことからそれなかったとあります。これはどういうことでしょうか?これは、ダビデがヒッタイト人ウリヤのこと、すなわち、バテ・シェバのこと以外にも罪を犯さなかったということではなく、ダビデがいつも主を追い求めて生きていた姿勢が述べられているのです。

その有名なことばが、詩篇16:8でしょう。ここには「私はいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので、私は揺るがされることがありません。」とあります。私たちの教会の今年の目標聖句ですね。皆さんはどうですか。いつも自分の前に主を置いているでしょうか。今年も残り4か月になりましたが、何とかダビデのような信仰の歩みをしたいですね。

ここで重要なのは、この「ダビデに免じて」という言葉です。アビヤムは、かつて自分の父が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心はダビデの心のように、主と一つにはなっていませんでしたが、このダビデに免じて、主は彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えてくださいました。彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられたのです。アサ王です。

このことは、イエス・キリストを信じる者が、キリストが行われた御業によって義と認められることに通じます。私たちは罪ある者で、神にさばかれても致し方ない者ですが、神はその罪をキリストに負わせ、十字架で処理してくださったので、私たちは罪なき者となり、神の祝福を受け継ぐ者となりました。私たちが救われたのは、ただ神の恵みによるのです。キリストに免じて、そうした祝福に与る者とされたのです。

Ⅱ.ユダの王アサ(9-24)

次に、その一つのともしびであるアサ王についてみていきたいと思います。9~14節をご覧ください。「9 イスラエルの王ヤロブアムの第二十年に、ユダの王アサが王となった。10 彼はエルサレムで四十一年間、王であった。彼の母の名はマアカといい、アブサロムの娘であった。11 アサは父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行った。12 彼は神殿男娼を国から追放し、先祖たちが造った偶像をことごとく取り除いた。13 また、母マアカがアシェラのために憎むべき像を造ったので、彼女を皇太后の位から退けた。アサはその憎むべき像を切り倒し、これをキデロンの谷で焼いた。14 高き所は取り除かれなかったが、アサの心は生涯、主とともにあり、全きものであった。15 彼は、父が聖別した物と自分が聖別した物、銀、金、器を、【主】の宮に運び入れた。」

アビヤムの跡を継いだのは、息子のアサでした。彼は、北王国イスラエルの王ヤロブアムの治世の第二十年に、南王国の王となりました。ヤロブアムの治世は22年間でしたから、彼はその治世の終わり頃に王となったということです。

彼はエルサレムで41年間、王として治めました。彼の母の名は「マアカ」といい、アブサロムの娘でした。この「マアカ」については2節にも出てきましたが、アビヤムの母であり、アサにとっては祖母に当たります。祖母なのに「母」とあるのはおかしいのではないかと思う方もいるかもしれませんが、へブル的な表現では、数世代先の先祖であっても「母」と呼ぶ場合があります。「マアカ」をアサの母と位置づけているのは、「王母」という地位が宮廷内で歴然として存在していたからでしょう。その地位に着くのはひとりであることを示しているのです。

アサは、父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行いました。南王国では19人の王が登場しますが、そのうち8人が善王です。そして、その最初の王がこのアサ王です。彼はどのように主の目にかなうことを行ったのか。12~13節に記されてあります。

彼はまず神殿男娼を国から追放しました。神殿男娼とは同性愛者のことです。それは重大な罪だと認め、それを国から追放したのです。また彼は、先祖たちが造った偶像をことごとく取り除きました。そればかりではありません。彼は、母マアカがアシェラのために憎むべき像を造ったので、彼女を皇太后の位から退けました。これは非常に勇気が要ることです。でも彼は主への信仰のゆえにそれを断行したのです。彼は、その憎むべき像を切り倒し、これをキデロンの谷で焼きました。

彼は高き所は取り除きませんでしたが、その心は生涯、主とともにあり、全きものでありました。「高き所」とは、偶像礼拝が行われていた所を意味しています。それを取り除かれなかったというのは、偶像礼拝を一掃できなかったということです。それでも彼の心が、生涯、主とともにあり、全きものであったと言われているのは、彼が主だけを礼拝していたからです。

15節には銀、金、器とありますが、これらのものは、北イスラエルとの戦いやエジプトとの戦いで勝利した際に得た戦利品のことでしょう(Ⅱ歴代誌13:16~17,14:12~13)。彼はそれを主の宮に運び入れたので、再び主の宝物倉は豊かになりました。それが彼の晩年に、彼の足を引っ張るものとなります。

次に16~17節をご覧ください。「16 アサとイスラエルの王バアシャの間には、彼らが生きている間、戦いがあった。17 イスラエルの王バアシャはユダに上って来て、ラマを築き直し、ユダの王アサのもとにだれも出入りできないようにした。」

南ユダの王アサと北イスラエルの王バシャとの間には、彼らが生きている間、戦いがありました。バシャは、ユダを攻撃するために、活発に策略を巡らしました。その一つがエルサレムから北に8㎞ほど離れたラマに要塞を築くことでした。これによって南北の交通を遮断し、ユダを押さえつけようとしたのです。それはアサにとっては危機的な状況でした。この危機は、アサが主に信頼するかどうかの試金石となりました。もしアサが主に助けを求めるなら、主は彼を助け、その国を解放してくれますが、そうでないと、敗北してしまうことになります。アサはどうしたでしょうか。彼は主ではなく人間に助けを求めました。彼は、シリヤのベン・ハダテに助けを求めたのです。

18~22節をご覧ください。「18 アサは、主の宮の宝物倉と王宮の宝物倉に残っていた銀と金をことごとく取って、自分の家来たちの手に渡した。アサ王は、彼らをダマスコに住んでいたアラムの王、ヘズヨンの子タブリンモンの子ベン・ハダドのもとに遣わして言った。19 「私の父とあなたの父上の間にあったように、私とあなたの間にも盟約を結びましょう。ご覧ください。私はあなたに銀と金の贈り物をしました。どうか、イスラエルの王バアシャとの盟約を破棄して、彼が私のもとから離れ去るようにしてください。」20 ベン・ハダドはアサ王の願いを聞き入れ、自分の配下の軍の高官たちをイスラエルの町々に差し向け、イヨンと、ダンと、アベル・ベテ・マアカ、およびキネレテ全域とナフタリの全土を攻撃した。21 バアシャはこれを聞くと、ラマを築き直すのを中止して、ティルツァにとどまった。22 そこで、アサ王はユダ全土にもれなく布告し、バアシャが建築に用いたラマの石材と木材を運び出させた。アサ王は、これを用いてベニヤミンのゲバとミツパを建てた。」

アサは、主の宝物倉と王宮の宝物倉に残っていた銀と金をことごとく取って、それを自分たちの家来に渡し、彼らをダマスコに住んでいたアラムの王ベン・ハダテのもとに遣わし、助けを求めました。彼は、使者たちを遣わしてこう言わせました。「私の父とあなたの父上の間にあったように、私とあなたの間にも盟約を結びましょう。ご覧ください。私はあなたに銀と金の贈り物をしました。どうか、イスラエルの王バアシャとの盟約を破棄して、彼が私のもとから離れ去るようにしてください。」

これは、ベン・ハダテにとっては好都合でした。北からイスラエルを攻めれば、自国の領土を拡張することができるからです。それでベン・ハダテはアサ王の願い聞き入れ、自分の配下の軍の高官たちをイスラエルの町々に差し向け、イヨン、ダン、アベル・ベテ・マアカ、およびキネレテ全域とナフタリの全土を攻撃しました。バシャはこれを聞くと、ラマでの要塞建設を中止し、ティルツァにとどまりました。

そこでアサ王はユダ全土に布告し、バシャが建築に用いようとした材料を運び出させ、それをゲバとミツパの建設に用いました。この時のアサの得意顔が目に浮かぶようです。してやったりと思ったことでしょう。しかし、自分の知恵と力に過信することは、滅びの一歩です。それは先日の礼拝で学んだ通りです。「主はこう言われる。知恵ある者は自分の知恵を誇るな。力ある者は自分の力を誇るな。富ある者は自分の富を誇るな。」(エレミヤ9:23)

Ⅱ歴代誌16:7には、そのとき、予見者ハナニが彼のもとに来て、彼にこう告げました。「あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの神、主に拠り頼みませんでした。」そして、「これから、あなたには数々の戦いが起こるでしょう。」(Ⅱ歴代16:9)と宣告したのです。23節には、「ただ、彼は年を取ってから、両足とも病気になった。」とありますが、そのこともⅡ歴代誌の方に詳細に記録されています。Ⅱ歴代誌16:12です。彼の治世の第三十九年目に、彼は両足とも病気になりましたが、その病気の中でさえ、彼は主を求めず、医師を求めたのです。

アサは、大変優秀で、信仰深い王でしたが、残念ながら、最後までその信仰を貫きませんでした。初めは主に信頼していましたが、最後は自分の知恵、自分の力に頼ってしまいました。聖書には、最後まで走ることの大切さが書かれています。例えば、カレブは、85歳のときに「私は私の神、主に従い通しました。」(ヨシュア14:8)と言っています。最後まで最初の確信を貫くことが重要です。この警告を心に留めて、この地上での信仰生活を全うしようではありませんか。そして、彼がベン・ハダデに助けを求めたとき、予見者ハナニが言った主の言葉を心に刻みましょう。「主はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。」(Ⅱ歴代16:9)

Ⅲ.北イスラエルの王ナダブとバシャの治世(25-34)

最後に、25~34節を見て終わります。「25 ユダの王アサの第二年に、ヤロブアムの子ナダブがイスラエルの王となり、二年間イスラエルの王であった。26 彼は主の目に悪であることを行い、彼の父の道に歩み、父がイスラエルに犯させた罪の道を歩んだ。27 イッサカルの家のアヒヤの子バアシャは、彼に謀反を企てた。バアシャはペリシテ人のギベトンで彼を討った。ナダブとイスラエル全軍はギベトンを攻め囲んでいたのである。28 こうして、バアシャはユダの王アサの第三年にナダブを殺し、彼に代わって王となった。29 彼は王となったとき、ヤロブアムの全家を討ち、ヤロブアムに属する息ある者を一人も残さず、根絶やしにした。主がそのしもべ、シロ人アヒヤを通して言われたことばのとおりであった。30 これはヤロブアムが犯した罪のゆえ、またイスラエルに犯させた罪のゆえであり、彼が引き起こしたイスラエルの神、主の怒りによるものであった。31 ナダブについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『イスラエルの王の歴代誌』に確かに記されている。32 アサとイスラエルの王バアシャの間には、彼らが生きている間、戦いがあった。33 ユダの王アサの第三年に、アヒヤの子バアシャがティルツァで全イスラエルの王となった。治世は二十四年であった。34 彼は主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩み、ヤロブアムがイスラエルに犯させた罪の道に歩んだ。」

ユダの王アサの治世の第二年に、ヤロブアムの息子のナダブが北イスラエルで二代目の王となりました。でもそれはわずか2年間の治世でした。それは、彼が主の前に悪を行い、彼の父ヤロブアムの道に歩、父がイスラエルに犯させた罪の道を歩んだからです。この「彼の父の道」とは、金の子牛を拝むという偶像礼拝の罪です。そして、一般の人々の中から祭司を任命するといった、律法を逸脱した行為のことを指しています。彼は、主のみこころに歩まなかったのです。

それで主は、イッサカルの家のアヒヤの子バシャという人物を起こし、謀反を起こさせます。彼はペリシテ人のギベトンでナダブを殺し彼に代わって王となりました。アサの治世の第三年のことです。彼はティルツァで全イスラエルの王となり、24年間イスラエルを治めました。

彼が王になったとき、バシャはヤロブアムの全家を討ち、ヤロブアムに属する息ある者を一人も残さず根絶やしにしました。こうしてヤロブアムの家系が絶えたのです。それは、預言者アヒヤが語った預言の通りです(Ⅰ列王14:14)。ここにも、神の言葉の確かさ示されています。神は、ご自身が語られたことを、必ず実現なさる方なのです。

30節にはその理由が述べられています。それは、ヤロブアムが犯した罪のゆえ、またイスラエルに犯させた罪のゆえであり、彼が引き起こしたイスラエルの神、主の怒りによるものでした。ヤロブアムの家系は、「ネバテの子ヤロブアムの道」と呼ばれた罪のゆえに裁かれ、地上から姿を消したのです。しかし、ヤロブアムが考えた偶像礼拝の影響はその後も残り、北王国イスラエルの王たちに悪影響を与え続けます。私たちは、子孫に何を残そうとしているでしょうか。良い影響を与えるために、偶像礼拝から離れ、主への信仰の道を歩みましょう。

Ⅰ列王記14章

 今日は、列王記第一14章から学びます。

 Ⅰ.ヤロブアムの愚かさ(1-20)

まず、1~5節までをご覧ください。「1 このころ、ヤロブアムの子アビヤが病気になったので、2 ヤロブアムは妻に言った。「さあ、変装し、ヤロブアムの妻だと分からないようにしてシロへ行ってくれ。そこには、私がこの民の王となることを私に告げた預言者アヒヤがいる。3 パン十個と菓子数個、それに蜜の瓶を持って彼のところへ行ってくれ。彼は子どもがどうなるか教えてくれるだろう。」4 ヤロブアムの妻は言われたとおりにして、シロへ出かけ、アヒヤの家に行ったが、アヒヤは年をとって目がこわばり、見ることができなかった。5 しかし、主はアヒヤに言われた。「今、ヤロブアムの妻が来て、子どものことをあなたに尋ねようとしている。その子が病気だからだ。あなたは、これこれのことを彼女に告げなければならない。入って来るときには、彼女はほかの女のようなふりをしている。」」

「王と預言者の年代記」をご覧ください。今私たちは、イスラエルの歴史の中でダビデの子のソロモン以降、王国が二つに分かれた歴史を見ています。イスラエルの王レハブアムは、ヤロブアムを筆頭とする民の嘆願に耳を傾けず彼らに重税を課したので、イスラエルは分裂し、ヤロブアムを王とする北王国イスラエルと、レハブアムを王とする南王国ユダに分裂してしまいました。B.C.931年のことです。きょうの箇所には、この二人の王の歴史が同時に出てきます。

まず、北王国イスラエルです。13章には、一人の神の人によって、ヤロブアムから始まった背教の罪が、北王国イスラエルの中に霊的腐敗をもたらし、ついには、北王国イスラエルは、大地の面から根絶やしにされることが告げられますが、そのことを今回のところでは、預言者アヒヤが預言します。

1節をご覧ください。そのころ、ヤロブアムの息子アビヤが病気になると、ヤロブアムは妻に、シロに行ってそのことを預言者アヒヤに告げるように言いました。預言者アヒヤは、子どもがどうなるかを教えてくれると思ったからです。アビヤとか、アヒヤとか、似たような名前が出てくるのでわかりづらいですが、アヒヤはシロにいた預言者で、アビヤは北王国イスラエルのヤロブアム王の息子です。預言者アヒヤは、かつてヤロブアムに良いことを告げた預言者でした(1列王11:29~39)。ですから、今回も良いことを告げてくれるのではないかと期待したのでしょう。

ところで、ヤロブアムが妻にそのことを告げたとき、彼女がヤロブアムの妻だと分からないように変装してシロに行くようにと言いました。なぜそんなことを言ったのでしょうか。もしかしたら、アヒヤの預言のとおりヤロブアムが北イスラエルの王になったにもかかわらず、彼が主の目の前に悪を行い、金の子牛を作ったり、レビの子孫でない一般の民の中から祭司を任命したり、祭りの日を変更したりしたことで、関係が疎遠になっていたからかもしれません。あるいは、自分が預言者のもとに使者を遣わすことを、民に知られたくないと思ったからかもしれません。とにかく彼は、妻にパン菓子数個と蜜の入った瓶を持たせてアヒヤのところに送り出しました。

ヤロブアムの妻が預言者アヒヤのところへ行くと、アヒヤは年をとって目がこばわり、見ることができませんでした。しかし、主が彼に今ヤロブアムの妻が来ていること、子どものことで彼に尋ねようとしていること、その子が病気であること、彼女はほかの女のようなふりをしていること、そして、彼女に対しては、主が命じられることをそのまま伝えなければならないと言われました。

ヤロブアムの愚かさは、主には妻の変装を見破ることができないだろうと思ったことです。彼は主に背いたことで良心の呵責を感じていましたが、それでも悪の道から立ち返ろうとしませんでした。子どもが病気になることは辛いことですが、それもまた彼が悪い道から立ち返るために主が与えられたことだったのです。それにもかかわらず彼は悔い改めることをせず、人間的な解決を求めて策略を巡らしました。それはまことに愚かなことだと言わざるを得ません。私たちにもそのようなことがあるのではないでしょうか。

次に、6~16節をご覧ください。「6 アヒヤは、戸口に入って来る彼女の足音を聞いて言った。「入りなさい、ヤロブアムの妻よ。なぜ、ほかの女のようなふりをしているのですか。私はあなたに厳しいことを伝えなければなりません。7 行って、ヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、主はこう言われる。『わたしは民の中からあなたを高く上げ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、8 ダビデの家から王国を引き裂いて、あなたに与えた。しかしあなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデはわたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの目にかなうことだけを行った。9 ところがあなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。10 だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から奴隷や自由な者に至るまで絶ち滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去る。11 ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らう。』主が、こう言われたのです。2 さあ、家に帰りなさい。あなたの足が町に入るとき、その子は死にます。13 全イスラエルがその子のために悼み悲しんで葬るでしょう。ヤロブアムの家の者で墓に葬られるのは、彼だけです。ヤロブアムの家の中で、彼だけに、イスラエルの神、【主】のみこころにかなうことがあったからです。14 主はご自分のためにイスラエルの上に一人の王を起こされます。彼はその日、いや、今にもヤロブアムの家を絶ち滅ぼします。15 主はイスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖に与えられたこの良い地の面からイスラエルを引き抜き、あの大河の向こうに散らされるでしょう。彼らがアシェラ像を造って主の怒りを引き起こしたからです。16 ヤロブアムが自分で犯した罪と、彼がイスラエルに犯させた罪のゆえに、主はイスラエルを捨てられるのです。」」

ほかの女に変装していたヤロブアムの妻でしたが、戸口に入って来る彼女の足音を聞くと、彼は彼女に言いました。それは彼女にとって厳しいことばでした。それは、主がヤロブアムの家にわざわいをもたらすという内容でした。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から自由な者に至るまですべて滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去るというものでした。なぜなら、ヤロブアムは主によって高く上げられ、イスラエルを治める君主として立てられたのに、ダビデのように主の命令を守り、心を尽くして主に従い、主の目にかなうことを行わなかったからです。確かにダビデも多くの罪を犯しましたが、彼は心から悔い改め、主を求める人生を歩みました。ところが彼は、これまでのだれよりも悪いことをして、主の怒りを引き起こしました。彼は自分のために鋳物の像を造り、主をうしろに捨て去ったのです。それで主は、ヤロブアムの家にわざわいをもたらすのです。

その死に方も無残です。ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らうようになるというのです。ヤロブアムの家の者で墓に葬られるのは、ヤロブアムの子アビヤだけです。14:14の「ひとりの王」とは、イッサカルの家のアヒヤの子のバシャ(15:27)です。ヤロブアムの次の王は彼の子のナダブでしたが、このバシャが謀反を起こし、ナダブが王のとなったとき、ヤロブアムの全家を打ち滅ぼすことになります。

そればかりではありません。神のさばきは、北王国イスラエル全体に下ります。主はイスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖に与えた良い地の面から彼らを引き抜き、あの大河の向こうに散らされるのです。これは、アッシリヤによって滅ぼされ、捕囚の民となるという預言です。

ここで、ヤロブアムに対する神の約束を思い出します。それは、彼が北イスラエルの王として神に立てられた時に神が語られたことばです。「35 わたしは彼の子の手から王位を取り上げ、十部族をあなたに与える。36 彼の子には一つの部族を与える。それは、わたしの名を置くために選んだ都エルサレムで、わたしのしもべダビデが、わたしの前にいつも一つのともしびを保つためである。37 わたしがあなたを召したなら、あなたは自分の望むとおりに王となり、イスラエルを治める王とならなければならない。38 もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える。」(11:35~38)

ヤロブアムには、すばらしい約束が用意されていました。それを台無しにしたのは、ヤロブアム自身でした。このことは、私たちへの教訓でもあります。どんなにすばらしい祝福が約束されていても、私たちがそれを台無しにしてしまうことがあるのです。パウロはⅠコリント15:10で、「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。」と言っていますが、ヤロブアムにはこの思いが足りませんでした。彼は、あたかも自分の力によってイスラエルの王にでもなったかのように錯覚していたのです。しかし彼が王として立てられたのも、一方的な神の恵みによるものでした。それは私たちも同じです。私たちが今の私たちになったのは、神の恵みによってです。そのことを覚えて神の恵みに感謝し、へりくだって、神に仕えるものでありたいと思います。

Ⅱ.ヤロブアムの業績(17-20)

次に、17~20節をご覧ください。「17 ヤロブアムの妻は立ち去って、ティルツァに着いた。彼女が家の敷居をまたいだとき、その子は死んだ。18 人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のために悼み悲しんだ。主がそのしもべ、預言者アヒヤによって語られたことばのとおりであった。

19 ヤロブアムについてのその他の事柄、彼がいかに戦い、いかに治めたかは、『イスラエルの王の歴代誌』にまさしく記されている。20 ヤロブアムが王であった期間は二十二年であった。彼は先祖とともに眠りにつき、その子ナダブが代わって王となった。」

ヤロブアムの妻が立ち去って、ティルツァに着き、彼女が家の敷居をまたいたとき、その子は死にました。預言者アヒヤを通して主が語られたとおりです。人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のために悼み悲しみました。神の厳しい裁きに直面した民は、神のことばが必ず実現することを知って、どんなにか神への畏れを抱いたことでしょう。

しかし、この裁きは彼らを信仰に立ち返らせるために、神がもたらしたものでした。イスラエルに対する神の愛は変わることがありません。大切なのは、そのような悼みや悲しみに直面したとき、それが神からの愛のしるしであることを覚えて、神に立ち返ることです。

ヤロブアムが王であった期間は22年間でした。Ⅱ歴代誌13:20らは、「主が彼を打たれたので、彼は死んだ。」とあります。彼は、主に打たれて死んだのです。彼が死ぬと、その息子のナダブが変わって王となりました。

ヤロブアムの死は実にみじめなものでした。モーセが死んだときには、30日間喪に服する期間がありました(申命記34:8)。サウル王の場合でさえ7日間の服喪期間がありました。それなのにこのヤロブアムの場合は、喪に服する期間はありませんでした。どのような人生を歩んだかの評価は、死の瞬間に決まります。ですから、主を恐れ、誠実に歩むことを心掛けたいものです。

Ⅲ.レハブアムの治世(21-31)

最後に、21~31節を見て終わります。まず21~24節をご覧ください。「21 ユダではソロモンの子レハブアムが王になっていた。レハブアムは四十一歳で王となり、主がご自分の名を置くためにイスラエルの全部族の中から選ばれた都、エルサレムで十七年間、王であった。彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。22 ユダの人々は【主】の目に悪であることを行い、彼らが犯した罪によって、その先祖たちが行ったすべてのこと以上に主のねたみを引き起こした。23 彼らも、すべての高い丘の上や青々と茂るあらゆる木の下に、高き所や、石の柱や、アシェラ像を立てた。24 この国には神殿男娼もいた。彼らは、主がイスラエルの子らの前から追い払われた異邦の民の、すべての忌み嫌うべき慣わしをまねて行っていた。」

今度は、南王国ユダの王レハブアムについての記録です。一方、ユダ(南王国ユダ)では、ソロモンの王レハブアムが王となっていました。レハブアムは41歳で王となり、エルサレムで17年間治めました。彼の母の名は「ナアマ」と言って、アンモン人でした。アンモン人は、外国人です。彼女はソロモンがめとった外国人の妻の一人でした。彼女はアンモン人の偶像モレクを礼拝しました(1列11:5,11:33)。レハブアムの治世において、カナン人の偶像礼拝が復興した理由の一つは、このレハブアムの母ナアマの存在があります。ソロモンが数多くの外国人の妻を愛して、外国の神々に仕えた結果がこれです。レハブアムはその結実と言ってもよい子だったのです。

25~31節をご覧ください。「25 レハブアム王の第五年に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、26 主の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取った。彼は何もかも奪い取った。ソロモンが作った金の盾もすべて奪い取った。27 レハブアム王は、その代わりに青銅の盾を作り、これを王宮の門を守る近衛兵の隊長の手に託した。28 王が主の宮に入るたびに、近衛兵がこれを運び、また近衛兵の控え室に戻した。29 レハブアムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。30 レハブアムとヤロブアムの間には、いつも戦いがあった。31 レハブアムは先祖とともに眠りにつき、先祖とともにダビデの町に葬られた。彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。彼の子アビヤムが代わって王となった。」

レハブアムが王位に着いて5年目に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、主の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取って行きました。覚えていますか。ソロモンが王であったとき、彼は延べ金で大盾二百を作り、盾三百を作りました(10:16)。シシャクはこれに目をつけていて、そして奪い取ったのです。ソロモンがファラオの娘を自分の妻としていたことの代償が、ここにも出ています。そしてもちろん、これはレハブアムが犯していた罪のゆえです。つまり、これも神の裁きによるものであったということです。

南王国ユダにとって良かったことは、このことがきっかけとなって、王と指導者たちの間に悔い改めの心が与えられたことです(2歴代12:1~12)。ここに、神の民が経験する「裁きと回復」のサイクルが見られます。つまり、

(1)傲慢になって、偶像礼拝に陥る。

(2)主からのさばきが下る。

(3)悔い改めが起こる。

(4)主による解放 

というサイクルです。

レハブアムの場合は、滅亡からは逃れますが、シシャクに支配される状態がその後も続きました。これは、神から与えられた訓練でした。罪を犯した時、ただちに罪を告白して、神様の赦しを受け取る人は幸いです。聖書にこのように約束されています。「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(Ⅰヨハネ1:9)

私たちも、時として苦難に遭うことがありますが、神から与えられた懲らしめと思って耐え忍びましょう。そして、そのことを通して自分に罪がないかを点検し、悔い改めて神に立ち返りましょう。神は真実な方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。神の民とされたクリスチャンは、決して滅ぼし尽くされることはないのです。

Ⅰ列王記13章

 今日は、列王記第一13章から学びます。

 Ⅰ.1人の神の人(1-10)

まず、1~10節までをご覧ください。「1 一人の神の人が、主の命令によってユダからベテルにやって来た。ちょうどそのとき、ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立っていた。2 すると、この人は主の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言った。「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。』」3 その日、彼は一つのしるしを与えて、次のように言った。「これが主の告げられたしるしである。見よ、祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。」4 ヤロブアム王は、ベテルの祭壇に向かって叫んでいる神の人のことばを聞いたとき、祭壇から手を伸ばして「彼を捕らえよ」と言った。すると、彼に向けて伸ばしていた手はしなび、戻すことができなくなった。5 神の人が主のことばによって与えたしるしのとおり、祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た。6 そこで、王はこの神の人に向かって言った。「どうか、あなたの神、主にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手は元に戻るでしょう。」神の人が主に願ったので、王の手は元に戻り、前と同じようになった。7 王は神の人に言った。「私と一緒に宮殿に来て、食事をして元気をつけてください。あなたに贈り物をしたいのです。」8 すると神の人は王に言った。「たとえ、あなたの宮殿の半分を私に下さっても、私はあなたと一緒に参りません。また、この場所ではパンも食べず、水も飲みません。9 というのは、主のことばによって、『パンを食べてはならない。水も飲んではならない。また、もと来た道を通って帰ってはならない』と命じられているからです。」10 こうして、彼はベテルに来たときの道は通らず、ほかの道を通って帰った。」

前回のところでは、ソロモンの子レハブアムが王位に着いたとき、北イスラエルの人々はヤロブアムを立てて、彼を通して重税を軽減してくれるようにレハブアムに頼みましたが、彼はそれを受け入れなかったので、北イスラエルはヤロブアムを王に立て、それで王国が北イスラエルと南ユダに分裂しましたこと学びました。それは、預言者アヒヤを通して語られたことを実現しようと、主がそのように仕向けられたからです。

しかしヤロブアムは、イスラエルの民がエルサレムにある主の宮でいけにえをささげるために上って行けば、民の心が自分から離れてしまうのではないかと恐れ、何と金の子牛を造って、それをダンとベテルに置きました。そればかりか、レビ人ではない一般人を祭司に任命して、自分勝手な祭儀を行いました。今日のところには、このヤロブアムの悪行を止めさせるために主が遣わされた一人の神の人が登場します。

この神の人は、主の命令によってユダからベテルにやって来ました。ここでのポイントは「主の命令によって」という言葉です。この言葉が、何度も出てきます(1,2,9節)。彼は主の命令によって南ユダから遣わされたのです。

ちょうどそのとき、ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立っていました。すると、この人は主の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言いました。「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。これが主の告げられたしるしである。見よ、祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。

どういうことでしょうか。ダビデ王朝にヨシヤという一人の男の子が生まれるが、彼は高き所で仕える祭司たちをいけにえとして、その祭壇の上で焼いてしまうということです。そのしるしは、祭壇が裂け、その上の灰がこぼれ落ちるということです。

これは、驚くべき預言です。なぜなら、ヨシヤという具体的な王の名前を挙げて、ヤロブアムの祭壇の上で、人の骨が焼かれることを預言したからです。これは、約300年後に南ユダの王ヨシヤによって、ことごとく実現しました。Ⅱ列王記23:15~17に書いてあります。ヨシヤ王は、偶像礼拝をなくすために、ユダだけでなくイスラエルにも行って、ヤロブアムが造った祭壇も高き所も打ち壊し、焼いて粉々に砕いて灰にしました。また、墓から骨を取り出して、それを祭壇の上で焼き、祭壇を汚れたものとしたのです。この「一つのしるし」とは、将来に起こることの預言が確実であることを証明するための、今すぐに起こる出来事のことです。それは、祭壇が裂け、その上の灰はこぼれ出るということでした。つまり、祭壇で焼かれるいけにえが祭壇からこぼれ出て、生焼けのままで地に落ちるということです。

するとそれが実現します。ヤロブアムが、ベテルの祭壇に向かって叫んでいる神の人のことばを聞いたとき、祭壇から手を伸ばして「彼を捕らえよ」と言うと、彼に伸ばしていたヤロブアムの手がしなびて、元に戻すことができなくなってしまいました。そして、この神の人が語ったとおりに、祭壇が裂け、祭壇から灰がこぼれ出たのです。この神の人が語った「しるし」が、すぐに成就したのです。

驚いたヤロブアムは、神の人に向かってこう言いました。「どうか、あなたの神、主にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手は元に戻るでしょう。」

ここで注目していただきたいことは、ヤロブアムが「あなたの神、主」と言っていることです。彼はもはや、主との関係はなくなっていました。それで、神の人は、ヤロブアムの願いを聞き入れて祈ってあげると、彼の手は元に戻り、前と同じようになりました。これは、神の権威が王の権威に優るものであったことを示しています。それは、ヤロブアムが主に立ち返るようにするための主の御業でした。

ヤロブアムは感激し、この神の人に、自分と一緒に来て、食事をして元気をつけてくれるように頼みます。彼に贈り物をしたかったのです。しかし、その神の人はヤロブアムの申し出をきっぱりと断ります。「たとえ、あなたの宮殿の半分を私に下さっても、私はあなたと一緒に参りません。」また、「この場所ではパンも食べず、水も飲みません。」と言いました。なぜなら、主のことばによって、『パンを食べてはならない。水も飲んではならない。また、もと来た道を通って帰ってはならない』と命じられていたからです。おそらくこれは、北イスラエルが偶像で汚れており、これらの人々と交流しないで、ただ主が与えた使命を果たすという意図があったものと思われます。こうして、彼はベテルに来たときの道は通らず、ほかの道を通って帰って行きました。

Ⅱ.ベテルに住む老預言者(11-19)

しかし、次の箇所を見ると、これほどの神の人も誘惑に陥ってしまいます。11~19節をご覧ください。「11 一人の年老いた預言者がベテルに住んでいた。その息子たちが来て、その日、ベテルで神の人がしたことを残らず彼に話した。また、彼らは、この人が王に告げたことばも父に話した。12 すると父は「その人はどの道を行ったか」と彼らに尋ねた。息子たちは、ユダから来た神の人が行った道を知っていた。13 父は息子たちに「ろばに鞍を置いてくれ」と言った。彼らがろばに鞍を置くと、父はろばに乗り、14 神の人の後を追って行った。そして、その人が樫の木の下に座っているのを見つけると、「ユダからおいでになった神の人はあなたですか」と尋ねた。その人は「私です」と答えた。15 彼はその人に「私と一緒に家に来て、パンを食べてください」と言った。16 するとその人は言った。「私は、あなたと一緒に引き返して、あなたと一緒に行くことはできません。また、この場所では、あなたと一緒にパンも食べず、水も飲みません。17 というのは、私は主のことばによって、『そこではパンを食べてはならない。水も飲んではならない。もと来た道を通って帰ってはならない』と言われているからです。」18 彼はその人に言った。「私もあなたと同じく預言者です。御使いが主のことばを受けて、私に『その人をあなたの家に連れ帰り、パンを食べさせ、水を飲ませよ』と告げました。」こうして彼はその人をだました。19 そこで、その人は彼と一緒に帰り、彼の家でパンを食べ、水を飲んだ。」

ここに一人の老預言者が登場します。彼はベテルに住んでいました。そして、彼の息子たちが彼のところに来て、ベテルでこの神の人がしたことを残らず話しました。また、この神の人が王に告げたことも話しました。

すると、父親である年老いた預言者は、息子たちから神の人が行った道を聞き出すと、ろばに乗って、後を追って行きました。そして、樫の木に座っていた神の人を見つけると、自分と一緒に家に来て、パンを食べてくれるようにと言いました。なぜこの老預言者は、このようなことを言ったのでしょうか。もしかすると、子どもたちの話を聞いて、このように主を愛する、すばらしい若者がいることを知って、ぜひとも時間を共に過ごしたいと思ったのかもしれません。自分はベテルにいながらヤロブアム王の悪行について何も言うことができなかったのに、この若者はわざわざユダからやって来て、すばらしい主の御業を行ったからです。あるいは、最初からこの神の人を陥れようとしていたのかもしれません。それはこの後で明らかになりますが、ただ一つだけ確かなことは、このこともまた主から出たことであったということです。この神の人は、その申し出を断りました。主から、ベテルではパンを食べてはならない、水を飲んでもならないと、命じられていたからです。

すると、この老預言者は何と言ったでしょうか。彼はこう言って神の人を騙します。「私もあなたと同じく預言者です。御使いが主のことばを受けて、私に『その人をあなたの家に連れ帰り、パンを食べさせ、水を飲ませよ』と告げました。」

しつこいですね。ここにははっきりと「だました」とあります。老預言者は、自分の願望を果たすために神の人を騙したのです。何としてもこの神の人と一緒に食事をしたいと思ったのかもしれません。あるいは、自分も預言者のはしくれとして主から任職を受けている者としてプライドがあったのかもしれません。

すると、この神の人は彼と一緒に行き、彼の家でパンを食べ、水を飲んでしまいました。彼はそれが嘘であることを見抜けず、その誘いに乗ってしまったのです。つまり彼は、留まってはならないというベテルに留まってしまったのです。どうしてでしょうか。いろいろな理由が考えられます。たとえば、この老預言者が自分よりも年上の預言者であるということで、尊敬しなければならないという思いがあったかもしれません。あるいは、そこに同じ神のことばを伝える預言者という仲間意識が働いたのかもしれません。一つだけ確かなことは、一仕事終えた彼に安心感や心の緩みがあったということです。何か大きなことを成し遂げた後は、だれでも心に緩みが生じるものです。そういう心の隙を、悪魔が攻撃したのです。

イエス様はこう言われました。「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えていても肉体は弱いのです。」また、Ⅰペテロ5:8には、「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吠えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探しまわっています。」とあります。私たちの敵である悪魔は、吠えたける獅子のように、食い尽くすべき獲物を探し求めて探しまわっています。このような失敗は私たちにも起こり得ます。ですから私たちも、誘惑に陥らないように祈らなければなりません。

Ⅲ.老預言者の嘆き(20-34)

問題は、その結果どうなってしまったかということです。そのことについて、20~34節にこうあります。「20 彼らが食卓に着いていたとき、その人を連れ戻した預言者に主のことばがあったので、21 彼は、ユダから来た神の人に呼びかけて言った。「主はこう言われる。『あなたは主のことばに背き、あなたの神、主が命じた命令を守らず、22 引き返して、主があなたに、パンを食べてはならない、水も飲んではならないと言った場所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたの亡骸は、あなたの先祖の墓には入らない。』」23 彼はパンを食べ、水を飲んだ後、彼が連れ帰った預言者のために、ろばに鞍を置いた。24 その人が出て行くと、獅子が道でその人に会い、その人を殺した。死体は道に放り出され、ろばは、そのそばに立っていた。獅子も死体のそばに立っていた。25 そこを人々が通りかかり、道に放り出されている死体と、その死体のそばに立っている獅子を見た。彼らは、あの年老いた預言者の住んでいる町に行って、このことを話した。

26 その人を途中から連れ帰ったあの預言者は、それを聞いて言った。「それは、主のことばに背いた神の人だ。主が彼に告げたことばどおりに、主が彼を獅子に渡され、獅子が彼を裂いて殺したのだ。」27 そして、息子たちに「ろばに鞍を置いてくれ」と言ったので、彼らは鞍を置いた。28 彼は出かけて行って、道に放り出されている死体と、その死体のそばに立っている、ろばと獅子を見つけた。獅子はその死体を食べず、ろばを引き裂いてもいなかった。29 そこで、年老いた預言者は神の人の遺体を取り上げ、それをろばに乗せて自分の町に持ち帰り、悼み悲しんで葬った。30 彼が遺体を自分の墓に納めると、皆はその人のために、「ああ、わが兄弟」と言って悼み悲しんだ。31 彼はその人を葬った後、息子たちに言った。「私が死んだら、あの神の人を葬った墓に私を葬り、あの人の骨のそばに私の骨を納めてくれ。32 あの人が主のことばにしたがって、ベテルにある祭壇とサマリアの町々にあるすべての高き所の宮に向かって叫んだことばは、必ず成就するからだ。」

33 このことがあった後も、ヤロブアムは悪い道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から高き所の祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して高き所の祭司にした。34 このことは、ヤロブアムの家の罪となり、ついには大地の面から根絶やしにされることとなった。」

この老預言者は、自分で騙しておきながら、ユダから来た神の人にこう言いました。「「主はこう言われる。『あなたは主のことばに背き、あなたの神、主が命じた命令を守らず、引き返して、主があなたに、パンを食べてはならない、水も飲んではならないと言った場所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたの亡骸は、あなたの先祖の墓には入らない。』」

これは神の人に対する神の裁きの預言です。ひどいですね、自分で罠をかけておきながら、相手が罠に陥ると「ほら、みろ」と、今度は神の裁きを宣言するのです。実際、ユダから来たこの神の人は、神の命令に従わなかったので、この預言のとおりさばかれることになります。

24節以下をご覧ください。この神の人が用意されたろばに乗って帰路に着こうとすると、道で獅子に会い、殺されてしまいました。この獅子は、神の裁きの道具として神から送られたものでした。なぜなら、獅子はこの人をかみ殺しましたが、死体を食べることも、ろばを襲うこともしなかったからです。ただ死体のそばに立っていただけでした。

そのことを聞いた年老いた預言者は、死んだ神の人の遺体を持ち帰り、悼み悲しんで自分の墓に手厚く葬りました。また、町の人たちも皆、神の人の死を悼み悲しみました。彼はその人を葬った後、息子たちに、自分が死んだら、あの神の人を葬った墓に葬り、あの人の骨のそばに納めてくれと頼みます。全く理解に苦しみます。元はと言えば、自分のせいであの神の人が殺されることになったのではありませんか。それなのに、その神の人の死を悼み悲しみ、自分が死んだら彼の葬られた墓に葬ってくれと言うのは変な話です。いったいこれはどういうことなのでしょうか。

33~34節に、その意味が記されてあります。「33 このことがあった後も、ヤロブアムは悪い道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から高き所の祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して高き所の祭司にした。34 このことは、ヤロブアムの家の罪となり、ついには大地の面から根絶やしにされることとなった。」

ここで強調されているのは、ヤロブアムの罪です。ヤロブアムから始まった背教の罪は、北イスラエルの中に霊的腐敗をもたらしました。その結果、北王国イスラエルは、大地の面から根絶やしにされることになります。これは、B.C.722年にアッシリヤによって滅ぼされるという預言です。事実、その通りになります。そして、この神の人が神にさばかれるというこの出来事は、それを象徴していたのです。つまり、たとえ神の人(祭司、預言者、聖職者)であっても、神の命令に従わなければ、厳しくさばかれることになるということです。彼はパンを食べ、水を飲むというわずかばかりのことのために、真剣で忠実な態度を崩してしまいました。そして、神の命令に背いてしまったために滅びなければならなかったのです。

それは私たちに対する教訓でもあります。私たちは神を信じている者として、神のみことばに立ち、神のみこころを行いたちと願っています。しかし、ややもすると、このくらいなら大丈夫だろうと、神の命令を破ってしまうことがあります。その結果、この神の人が経験したような神の裁きを受けることになるのです。それはやがてアッシリヤによって滅ぼされてしまう北イスラエルの象徴でもありました。ですから、私たちはどんなささいなことでも、神のみこころから離れ、罪を犯しているなら、悔い改めて神に立ち返らなければなりません。ヤロブアムは、それでも悔い改めず、悪の道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して祭司にしました。そのことがヤロブアムの家の罪となり、ついには大地から根絶やしにされることになりました。これは、あなたにも言えることなのです。これは私たちに対する警告なのです。主はいつも、私たちに警告を与え、主に立ち返る機会を与えてくださいます。その警告を聞き入れるかどうかは、一人一人に委ねられています。私たちはヤロブアムのように神を無視して悪を続けるのではなく、悔い改めて、主に立ち返りましょう。それがこの神の人の死が私たちに語っていることだったのです。