ヨシュア記9章

きょうはヨシュア記9章から学びたいと思います。

 Ⅰ.敵の策略(1-6)

 まず1節から6節までをご覧ください。
「さて、ヨルダン川のこちら側の山地、低地、およびレバノンの前の大海の全沿岸のヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の王たちはみな、これを聞き、相集まり、一つになってヨシュアおよびイスラエルと戦おうとした。」(1-2)

ヨルダン川のこちら側の山地、低地とは、ヨルダン川西岸の地域、すなわち、カナンの地域を指します。このカナンの王たちはみな、これを聞き、相集まり、一つとなってヨシュアおよびイスラエルと戦おうとしました。「これを聞き」とは、ヨシュア率いるイスラエルがエリコとアイを打ち破ったことを指すのか、それとも、その前のヨシュアがエバル山でモーセの律法を宣言したことを指しているのかは、はっきりわかりません。しかし、いずれにせよ、ヨシュアとイスラエル軍が破竹の勢いで進撃してきたことを指していることは間違いありません。これを聞いたパレスチナの王たちはおののき、何とかイスラエル軍の進撃を阻止しなければならないと、連合して立ち向かおうとしたのです。しかし、ギブオン人だけは別行動を取りました。3~6節をご覧ください。

「しかし、ギブオンの住民たちは、ヨシュアがエリコとアイに対して行なったことを聞いて、彼らもまた計略をめぐらし、変装を企てた。彼らは古びた袋と古びて破れたのに継ぎを当てたぶどう酒の皮袋とを、ろばに負わせ、繕った古いはきものを足にはき、古びた着物を身に着けた。彼らの食料のパンは、みなかわいて、ぼろぼろになっていた。こうして、彼らはギルガルの陣営のヨシュアのところに来て、彼とイスラエルの人々に言った。「私たちは遠い国からまいりました。ですから、今、私たちと盟約を結んでください。」

ギブオンは、イスラエルが攻め取ったエリコとアイの少し南に位置する町です。このギブオンの住民たちは、ヨシュアがエリコとアイに対して行ったことを聞いて、イスラエルと和解の条約を結ぼうとしました。彼らはわざわざ自分たちが遠くから来たかのように見せかけるため、古びた袋と古びて破れたのに継ぎを当てたぶどう酒の革袋とを、ろばに負わせ、繕った古いはきものを足にはき、古びた着物を身につけて、ヨシュアのところにやって来ました。また、かわいて、ぼろぼろになったパンを持っていました。なぜ彼らはこのような計略を企てたのでしょうか。彼らはそのことを聞いて、ヨシュアとその民に対して勝つことはできないと判断したからです。それにしても、わざわざ変装したり、偽ってまで同盟を結ぶ必要があったのでしょうか。おそらく彼らは戦いに勝てないというだけでなく、この戦いがどのような戦いであるのかをよく理解していたのでしょう。すなわち、これは聖なる戦いであり、カナン人を聖絶するものであるということです。それゆえ、彼らがその地の住人であることがわかったら聖絶されるのは落であって、そのことだけは避けなければなせないと思ったのでしょう。孫子の兵法には、戦いに絶対に勝つ秘訣は負ける相手とは戦わないとありますが、まさに彼らは最初から負ける戦いとは戦わない道を選択したのです。それはとても賢い判断でした。一方、イスラエルにとっては判断を誤り、後々までも尾を引く結果となっていくことになります。私たちの敵である悪魔はこのように巧妙に襲いかかってきます。悪魔は偽りの父であり、このように計略をめぐらし、変装を企て、知らず知らずのうちに私たちの内側に忍び込み、私たちを信仰から引き離そうとするのです。だれの目にも明らかな方法によってではなく、だれも気付かないような罠を仕掛けてくるのです。

ペテロは、「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。」(Ⅰペテロ5:8)と言っています。
ペテロはだれよりもこのことを体験させられたことでしょう。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」(ルカ22:33)と言った次の瞬間、イエスが捕らえられ大祭司のところで尋問を受けると、彼はそこでイエスを知らないと三度も言いました。人間の力なんてそんなものですよ。私たちがどんなに「私はこうだ」と豪語しても、自分の決意などというものは脆くも崩れてしまうのです。いったいなぜこんなことになってしまったのか・・と嘆いてみても後の祭りです。私たちの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜しながら、歩きまわっていることを覚えておかなければなりません。

Ⅱ.主の指示をあおがなかったイスラエル(7-15)

「イスラエルの人々は、そのヒビ人たちに言った。『たぶんあなたがたは私たちの中に住んでいるのだろう。どうして私たちがあなたがたと盟約を結ぶことができようか。』すると、彼らはヨシュアに言った。『私たちはあなたのしもべです。』しかしヨシュアは彼らに言った。『あなたがたはだれだ。どこから来たのか。』彼らは言った。『しもべどもは、あなたの神、主の名を聞いて、非常に遠い国からまいりました。私たちは主のうわさ、および主がエジプトで行なわれたすべての事、主がヨルダン川の向こう側のエモリ人のふたりの王、ヘシュボンの王シホン、およびアシュタロテにいたバシャンの王オグになさったすべての事を聞いたからです。それで、私たちの長老たちや、私たちの国の住民はみな、私たちに言いました。『あなたがたは、旅のための食料を手に持って、彼らに会いに出かけよ。そして彼らに、私たちはあなたがたのしもべです。それで、今、私たちと盟約を結んでくださいと言え。』この私たちのパンは、私たちがあなたがたのところに来ようとして出た日に、それぞれの家から、まだあたたかなのを、食料として準備したのですが、今はもう、ご覧のとおり、かわいて、ぼろぼろになってしまいました。また、ぶどう酒を満たしたこれらの皮袋も、新しかったのですが、ご覧のとおり、破れてしまいました。私たちのこの着物も、はきものも、非常に長い旅のために、古びてしまいました。』そこで人々は、彼らの食料のいくらかを取ったが、主の指示を仰がなかった。ヨシュアが彼らと和を講じ、彼らを生かしてやるとの盟約を結んだとき、会衆の上に立つ族長たちは、彼らに誓った。」

さて、それに対してイスラエルはどのように対応したでしょうか。ここでギブオン人がヒビ人と言われているのは、ギブオン人がヒビ人のグループの一つだったからです。イスラエルの人々はそのことを見抜いてこう言いました。「たぶんあなたがたは私たちの中に住んでいるのだろう。どうして私たちがあなたがたと盟約を結ぶことができようか。」それは、かつてモーセによって次のように命じられていたからです。
「あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。また、彼らと互いに縁を結んではならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない。彼はあなたの息子を私から引き離すであろう。彼らがほかの神々に仕えるなら、主の怒りがあなたがたに向かって燃え上がり、主はあなたをたちどころに根絶やしにしてしまわれる。むしろ彼らに対して、このようにしなければならない。彼らの祭壇を打ちこわし、石の柱を打ち砕き、彼らのアシェラ像を切り倒し、彼らの彫像を火で焼かなければならない。あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。」(申命記7:1~6)

すると、彼らは偽って、彼らが非常に遠い国から来たということ、そこで主がエジプトで行なわれたこと、またヨルダン川の東でエモリ人の王と、ヘシュボンの王、またバシャンの王になさったすべてのことを聞いたと、イスラエルの過去の出来事に言及しています。つい先ごろ起こったエリコとアイをイスラエルが攻め取ったことについては言及していません。なぜなら、彼らは遠くの国に住んでいるため、そのようなことは聞いていないふりをしているからです。悪魔は実に巧妙に襲いかかってきます。そして、彼らは古くなった着物、古くなったぶどう酒の皮袋、また古くなったパンを見せて、それを遠い国から来た証拠として差し出すのです。その結果、ヨシュアは彼らと和を講じ、彼らを生かしてやると同盟を結ぶことができました。

主はモーセを通してあれほどカナンの民と契約を結んではならないと命じられたのに、どうしてヨシュアは彼らと契約を結んでしまったのでしょうか。14節にその原因が書かれてあります。それは、「主の指示をあおがなかった」からです。私たちは前回、アイとの最初の戦いにおいて敗北した原因を見てきました。それはイスラエルが不信の罪を犯したからです(7:1)。アカンが聖絶のものをいくらか取ったために、主の怒りがイスラエル人全体に燃え上がったのです。それなのに彼らは偵察を送り、二、三千人の兵を上らせれば十分だと判断しました。自分が見るところに頼って、主の指示を仰がなかったのです。ここでも同じ失敗を繰り返しています。彼らは自分たちで判断し、主の指示をあおぎませんでした。

このことはイスラエルだけでなく、私たちにも言えることです。自分たちで判断して、主の指示を仰ごうとしない傾向があります。イスラエルが同じ失敗を繰り返したのは、それだけ人間にはその傾向が強いということを示しているのです。

私たちは、今週の日曜日の礼拝後臨時総会を開き、三原神学生の招聘について話し合いました。私は、この総会に臨むにあたり、二か月前からこのことを皆さんと分かち合い、このために祈ってほしい旨を伝えました。他の人と話すのではなく、ただ神が示してくださることを求めて祈ってほしかったのです。二週間前にはこの臨時総会に臨むにあたって示されたことを具体的に書いてほしいとお願いしました。実際、何人かの方々が出してくださいました。出せなかった方々もそれぞれに祈って臨んでくださいました。
結果はどうだったでしょうか。結果は、三原神学生を招聘するかどうかということではなく、私たちがどのようにこの教会を建て上げていくのかということが問われているのであって、そのためにみんなで取り組んでいくことが求められているのではないかということが示され、一同涙ながらに祈ることができました。
私は本当にすばらしい祈りの時だったと思います。後で何人かの方がメールをくださり、「出席されていた皆さんが、その課題を認識し、何とかしなければいけない、そしてその一歩は「私」からなのだ、そのために「キリストのからだの一員として」全員の参与が必要なのだと気づいたことはとても良かったと思います。何よりも、皆さんが大田原教会を愛し、その成長・発展を願っているということが分かったことは、私にとっても大きな励まし、かつ主からの恵みであったと思います。」とか、「シモン君に関する議題でしたが、教会員のみんなが、それぞれの役割と賜物を考えさせる、我々の目的を遥かに超えた交わりでした。神に感謝しています。」と言ってくださいました。それは私たちが自分の思いや考えによる判断ではなく、主の判断を求めた結果だと思います。

箴言には、「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」(箴言14:12)とあります。また、「主を恐れることは知識の初めである。」(箴言1:7)ともあります。私たちは自分の判断に頼るのではなく、主を恐れ、主の知恵を求め、主の判断を求めていかなければなりません。

Ⅲ.約束に忠実な神(16-27)

さて、そのようにギブオンの住民と契約を結んだイスラエルはどうなったでしょうか。16節から27節までをご覧ください。
「彼らと盟約を結んで後三日たったとき、人々は、彼らが近くの者たちで、自分たちの中に住んでいるということを聞いた。それから、イスラエル人は旅立って、三日目に彼らの町々に着いた。彼らの町々とは、ギブオン、ケフィラ、ベエロテ、およびキルヤテ・エアリムであった。会衆の上に立つ族長たちがすでにイスラエルの神、主にかけて彼らに誓っていたので、イスラエル人は彼らを打たなかった。しかし、全会衆は族長たちに向かって不平を鳴らした。そこで族長たちはみな、全会衆に言った。「私たちはイスラエルの神、主にかけて彼らに誓った。だから今、私たちは彼らに触れることはできない。私たちは彼らにこうしよう。彼らを生かしておこう。そうすれば、私たちが彼らに誓った誓いのために、御怒りが私たちの上に下らないだろう。」族長たちが全会衆に、「彼らを生かしておこう。」と言ったので、彼らは全会衆のために、たきぎを割る者、水を汲む者となった。族長たちが彼らに言ったとおりである。ヨシュアは彼らを呼び寄せて、彼らに次のように言った。「あなたがたは、私たちの中に住んでいながら、なぜ、『私たちはあなたがたから非常に遠い所にいる。』と言って、私たちを欺いたのか。今、あなたがたはのろわれ、あなたがたはいつまでも奴隷となり、私の神の家のために、たきぎを割る者、水を汲む者となる。」すると、彼らはヨシュアに答えて言った。「あなたの神、主がそのしもべモーセに、この全土をあなたがたに与え、その地の住民のすべてをあなたがたの前から滅ぼしてしまうようにと、お命じになったことを、このあなたのしもべどもは、はっきり知らされたのです。ですから、あなたがたの前で私たちのいのちが失われるのを、非常に恐れたので、このようなことをしたのです。ご覧ください。私たちは今、あなたの手の中にあります。あなたのお気に召すように、お目にかなうように私たちをお扱いください。」ヨシュアは彼らにそのようにし、彼らをイスラエル人の手から救って、殺さなかった。こうしてヨシュアは、その日、彼らを会衆のため、また主の祭壇のため、主が選ばれた場所で、たきぎを割る者、水を汲む者とした。今日もそうである。」

彼らと同盟を結んで三日後、人々は、彼らが近くの者たちで、自分たちの中に住んでいるということを聞きました。イスラエルは騙されたことに気付きます。三日後に彼らがパレスチナ人であることが判明したのです。そのことが判明したとき、ヨシュアはどうしたでしょうか。イスラエルの全会衆は族長たちに不平を言いましたが、ヨシュアは彼らを滅ぼしませんでした。なぜでしょうか?18節にはその理由が、「全会衆の上に立つ族長たちがすでにイスラエルの神、主にかけて誓っていたので」とあります。

ヨシュアはなぜギブオン人たちにこれほどまでに義理を立てなければならなかったのでしょうか。なぜこの契約を無効にしなかったのか。ギブオン人たちはヨシュアを騙したのです。騙した契約は無効なはずです。民法でも騙された契約は、それが騙されたものであることが証明されると無効にされます。その上、主はヨシュアにカナンの地の異邦の民をみな聖絶するようにと命じておられました。であれば、その契約を無効にし、彼らを滅ぼしても良かったはずです。それなのに、どうして彼らを助ける必要があったのでしょうか。それはヨシュアと族長たちが、イスラエルの神、主にかけて誓ったからです。ヨシュアは一度契約したことに対して、どこまでも忠実に果たそうとしたのです。なぜなら、主なる神ご自身がそのような方であられるからです。イスラエルの神は人間との契約、約束に対してどこまでも忠実に守られる方なのです。それは私たちがどのような者であるかとか、私たちがこれまでどれほどひどいことをしてきたかということと関係なく、主の語られた約束に同意したことによって、それを最後まで果たしてくださるのです。なぜなら、主は真実な方だからです。主は真実な方なので、どこまでもそれを貫いてくださるのです。

私たちがこのような神のご性質を覚えておくということは、極めて重要なことです。なぜなら、神が私たちといったん約束されたなら、そのことは必ず成就するからです。神は契約を遵守される方なのです。それゆえに私たちは神の約束を求め、その約束を受け取るまで、忍耐して祈らなければなりません。なぜなら、ヘブル人への手紙10章35~36節には、「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」とあるからです。

それならばなぜ神はすぐに約束を成就されないのでしょうか。それは、私たちのためです。私たちがあえて忍耐することによって、私たちが主の御前にへりくだるためなのです。もし約束されたことがすぐに成就するとしたらどうなるでしょうか。いつの間にかそれを自分の手によって成し遂げたかのように思い込み、高ぶってしまうことになるでしょう。自分自身の努力や熱心さによって達成したかのように思い、神の栄光を奪ってしまうことになってしまいます。ですから、神は忍耐することを通して、待つことを通して、それが自分の力ではなく神の力によって成し遂げられたことを深く刻みつけようとされるのです。

もう一つの理由は、そのように忍耐することによって、私たちの信仰や人格を磨き上げようとしておられるからです。ローマ5章3~5節には、「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることはありません。」とあります。こうした忍耐を通してこそ練られた品性と希望が生み出されていくということを覚えるとき、むしろ困難を静かに耐えることが神のみこころであり、そのとき私たちの人格が成長させられていくのです。

それゆえ、神が約束されたことが成就しないと嘆いたり、疑ったりしてはなりません。約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。その忍耐を働かせることによって、練られた品性が生み出され、希望が生み出されると信じて、この神の約束の御言葉に信頼して歩みましょう。主は必ずご自身の約束を成就してくださいますから。

ヨシュア記8章

きょうはヨシュア記8章から学びたいと思います。

 Ⅰ.アイの攻略(1-9)

 まず1節から3節までをご覧ください。
「主はヨシュアに仰せられた。「恐れてはならない。おののいてはならない。戦う民全部を連れてアイに攻め上れ。見よ。わたしはアイの王と、その民、その町、その地を、あなたの手に与えた。あなたがエリコとその王にしたとおりに、アイとその王にもせよ。ただし、その分捕り物と家畜だけは、あなたがたの戦利品としてよい。あなたは町のうしろに伏兵を置け。」

前回は7章からイスラエルがアイとの戦いに敗れた原因を学びました。それは、イスラエルの子らが、聖絶のもののことで不信の罪を犯したからです。ユダ部族のカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取ったため、主の怒りがイスラエル人に向かって燃え上がったのです。そこでヨシュアは失意の中で主に解決を求めると、その者を一掃するようにと命じられました。そこでヨシュアはその言葉のとおり、それがアカンによる犯行であることが明らかになると、彼とその家族のすべてと、彼の所有するすべてをアコルの谷に連れて行き、それらに石を投げつけ、火で焼き払いました。

あまりにも残酷な結果に、いったいなぜ神はそんなことをされるのかと不思議に思うところでしたが、それは神の残酷さを表していたのではなく罪の恐ろしさとともに、私たちも皆アカンのような罪深い者であるにもかかわらず、神はひとり子イエス・キリストの十字架の死によってその刑罰を取り除いてくださったがゆえに、そうしたすべての罪から赦されている者であり、神にさばかれることは絶対にないという確信を与えるためでありました。それゆえ、神を信じる信仰者にとって最も重要なのは自分には罪がないと言うのではなく、その罪を言い表して、悔い改めるということです。悔い改めこそが信仰生活の生命線なのです。

今回の箇所では、聖絶のものを一掃しイスラエルに対する燃える怒りをやめられた主が、再びヨシュアに語られます。主は、ヨシュアに対してまず「恐れてはならない。おののいてはならない。」と語られました。「戦う民全部を連れてアイに攻め上」らなければなりません。ヨシュアは前回の敗北の経験を通してどれほどのトラウマがあったかわかりません。相当の恐れがあったものと思いますが、恐れてはならないのです。おののいてはなりません。なぜなら、主が彼らとともにおられるからです。彼らの罪は取り除かれ、かつてヨルダン川を渡ったときのように、またエリコの町を攻略したときのように、彼らを勝利に導いてくださるからです。その勝利はここに「見よ。わたしはアイの王と、その民、その町、その地を、あなたの手に与えた。」とあるように、もう既に彼らに与えられているのです。ですから、彼らはかつてエリコとその王にしたように、アイとその王にもしなければなりませんでした。しかし、ここにはエリコの時とは三つの点で異なっていることがわかります。第一に、「戦う民全部を連れてアイに攻め上れ」ということ、第二に、「分捕り物と家畜だけは、あなたがたの戦利品としてよい。」ということと、そして第三に、「町のうしろに伏兵を置け。」ということです。どういうことでしょうか。

まず「戦う民全部を連れてアイに攻め上れ」ということについてですが、前回の攻略で攻め上ったのは3千人でしたが、今回は「全部の民」です。恐らくイスラエルの軍隊は20万人ほどであったと考えられます。その20万人すべてが戦いに参加するようにというのです。それは神が助けを必要とされるからではなく、すべての神の民が神の戦いに参加するためです。できることはひとりひとり皆違います。できないこともあるでしょう。しかし、神の戦いは全員で戦うものなのです。

先日サッカーのワールドカップアジヤ最終予選で、日本はオーストラリアと戦いました。これに負けると日本は本大会に出場することができません。勝てば本体行きの切符を手にすることが出来るという大一番でした。その大一番で活躍したのは若干21歳の井手口選手と22歳の浅野選手の二人の若い力でした。しかし、この戦いで目立ったのはこの二人だけではなかったのです。他のフィールドに立つ選手も、ベンチにいる選手も、さらには日本中のサポーターたちも一つになりました。みんなで戦った勝利でした。その結果、これまで最終予選では一度も勝ったことがないオーストラリアに勝利して本大会行きを決めることができたのです。

それは、神の戦いも同じです。戦う民全員が出て行かなければなりません。自分ひとりくらいいなくても大丈夫だろうなどというかんが考えを抱いてはならないのです。全員で戦うという覚悟が求められているのです。

次に、「その分捕り物と家畜だけは、あなたがたの戦利品としてよい」ということですが、エリコとの戦いにおいては、金、銀、銅、鉄以外のすべてを聖絶しなければなりませんでした(6:18-19)。しかし、アイとの戦いにおいては、その分捕り物と家畜だけは、彼らの戦利品とすることが認められたました。すなわち、普通の聖絶の原則が適用されたのです(申命記2:34-35,3:6-7)。重要なことは、原則の適用が人によって判断されるのではなく、神のみことばによってなされなければならないということです。自分が欲しいから取るのではなく、主が与えてくださるのを待たなければならないのです。主は、ご自分が良いと思われるときに、必要なものをちゃんと与えてくださるからです。

そして町のうしろに伏兵を置くことですが、エリコの戦いのときとは、戦術にかなりの違いが見られます。エリコの戦いでは、伏兵というものを全く用いず、ほとんど戦わずして勝利することができました。彼らは神の指示されたとおり6日間町の周りを回り、そして7日目には7回ひたすら回り、ラッパの音とともに時の声を上げると、エリコの城壁が崩れ落ち、そこに上って行くことができました。しかし、アイとの戦いにおいてはそうではありません。町のうしろに伏兵を置くようにと言われたのです。これはどういうことでしょうか。神は必ずしも超自然的な方法のみによって敵を打ち破られるわけではないということです。むしろ、ご自分の民が正々堂々と戦い、また、ある場合には、策略をも用いることによっても、敵を打ち破られることもあるのです。神はそのとき、そのときに応じて最善に導いてくださるのであり、神が成されることを一定の法則の中に当てはめることはできないのです。よく「前の教会ではこうだったのに・・」という不満を耳にすることがあります。確かにそれまでの経験が生かされる時もありますが、神の働きにおいてはその時、その時みな違うのです。事実、私たちは大田原と那須とさくらで同時に教会の形成を担っていますが、この三つの場所での働きを考えてもそこに集っておられる方々や置かれている状況が違うため、やり方は全く違うことがわかります。ですから、大切なことは主が言われることを行なうことであり、御霊に導かれて進むことなのです。

次に、3節から9節までをご覧ください。
「そこで、ヨシュアは戦う民全部と、アイに上って行く準備をした。ヨシュアは勇士たち三万人を選び、彼らを夜のうちに派遣した。そのとき、ヨシュアは彼らに命じて言った。「聞きなさい。あなたがたは町のうしろから町に向かう伏兵である。町からあまり遠く離れないで、みな用意をしていなさい。私と私とともにいる民はすべて、町に近づく。彼らがこの前と同じように、私たちに向かって出て来るなら、私たちは彼らの前で、逃げよう。彼らが私たちを追って出て、私たちは彼らを町からおびき出すことになる。彼らは、『われわれの前から逃げて行く。前と同じことだ。』と言うだろうから。そうして私たちは彼らの前から逃げる。あなたがたは伏している所から立ち上がり、町を占領しなければならない。あなたがたの神、主が、それをあなたがたの手に渡される。その町を取ったら、その町に火をかけなければならない。主の言いつけどおりに行なわなければならない。見よ。私はあなたがたに命じた。」こうして、ヨシュアは彼らを派遣した。彼らは待ち伏せの場所へ行き、アイの西方、ベテルとアイの間にとどまった。ヨシュアはその夜、民の中で夜を過ごした。」

ヨシュアは戦う民全部と、アイに上って行く準備をしました。そしてその中から勇士たち3万人を選ぶと、主が命じられたとおり、伏兵として夜のうちに彼らを派遣し町のうしろに配置しました。ヨシュアは前回と同じように、アイの町を北のほうから攻めますが、それはおとりです。アイの人々を町からおびき出すのです。アイから人々が出て来たら、ヨシュアたちは彼らの前で、逃げるふりをします。そしてアイの町に戦う人たちがいなくなったところに、伏兵として待機していたイスラエルの勇士たちが入って行って占領するという戦略です。それはヨシュアの考えに基づいてのことではなく、主に命じられた命令に基づいてのことでした。ヨシュアは、主が言いつけられたとおりに行ったのです。

Ⅱ.勝利の投げ槍(10-29)

さて、その結果どうなったでしょうか。まず10節から23節までをご覧ください。
「ヨシュアは翌朝早く民を召集し、イスラエルの長老たちといっしょに、民の先頭に立って、アイに上って行った。彼とともにいた戦う民はみな、上って行って、町の前に近づき、アイの北側に陣を敷いた。彼とアイとの間には、一つの谷があった。彼が約五千人を取り、町の西側、ベテルとアイの間に伏兵として配置してから、民は町の北に全陣営を置き、後陣を町の西に置いた。ヨシュアは、その夜、谷の中で夜を過ごした。アイの王が気づくとすぐ、町の人々は、急いで、朝早くイスラエルを迎えて戦うために、出て来た。王とその民全部はアラバの前の定められた所に出て来た。しかし王は、町のうしろに、伏兵がいることを知らなかった。ヨシュアと全イスラエルは、彼らに打たれて、荒野への道を逃げた。アイにいた民はみな、彼らのあとを追えと叫び、ヨシュアのあとを追って、町からおびき出された。イスラエルのあとを追って出なかった者は、アイとベテルにひとりもないまでになった。彼らは町を明け放しのまま捨てておいて、イスラエルのあとを追った。
そのとき、主はヨシュアに仰せられた。「手に持っている投げ槍をアイのほうに差し伸ばせ。わたしがアイをあなたの手に渡すから。」そこで、ヨシュアは手に持っていた投げ槍を、その町のほうに差し伸ばした。伏兵はすぐにその場所から立ち上がり、彼の手が伸びたとき、すぐに走って町にはいり、それを攻め取り、急いで町に火をつけた。アイの人々がうしろを振り返ったとき、彼らは気づいた。見よ、町の煙が天に立ち上っていた。彼らには、こちらへも、あちらへも逃げる手だてがなかった。荒野へ逃げていた民は、追って来た者たちのほうに向き直った。ヨシュアと全イスラエルは、伏兵が町を攻め取り、町の煙が立ち上るのを見て、引き返して来て、アイの者どもを打った。ある者は町から出て来て、彼らに立ち向かったが、両方の側から、イスラエルのはさみ打ちに会った。彼らはこの者どもを打ち、生き残った者も、のがれた者も、ひとりもいないまでにした。しかし、アイの王は生けどりにして、ヨシュアのもとに連れて来た。」

ヨシュアは先の3万人に加えて5千人を伏兵として町の西側に回らせました。そして民を町の北側に置くと、ヨシュアは,その夜、谷の中で夜を過ごしました。アイの王が気付くと、翌朝早く急いで、イスラエルを迎えて戦うために、出てきました。ヨシュアと全イスラエルが打たれたふりをして、荒野への道に逃げたとき、アイの民はみな、彼らのあとを追って出て来ると、ヨシュアの合図とともに伏兵が走って町に入り、それを攻め取り、急いで町に火をつけたのです。荒野に逃げていた民も、追って来た者たちのほうに向き直ると、ちょうどアイの民をはさみ打ちにするような形となり、アイの者たちを打ちました。イスラエルはアイの民を打つと、生き残った者も、のがれた者も、ひとりもいないまでにしました。しかし、アイの王は生けどりにして、ヨシュアのもとに連れてきました。イスラエルは、主が言われるとおりにしたことで、完全な勝利を収めることができたのです。

ところで18節には、アイがイスラエルの戦略にはまり、町を明けっ放しのままにしてイスラエルのあとを追ったとき、主はヨシュアに「手に持っている投げ槍をアイのほうに差し出せ。わたしがアイをあなたの手に渡すから。」と言われました。いったいこの「投げ槍」とは何だったのでしょうか。その手が伸びたとき、陰に隠れていた伏兵が立ち上がり、町に入り、それを攻め取り、急いで町に火をつけました。それはかつてイスラエルがアマレクと戦ったとき、モーセが神の杖を手に持って、戦いの間中手を上げていた姿を思い起こさせます(出17:8-16)。ヨシュアはそれを記録するようにと命じられましたが、ここでは投げ槍が差し伸ばされたことが勝利の合図となり、敵を聖絶する力となりました。まさにそれは祈りの手だったのです。ヨシュアは主に命じられたとおりに投げ槍をアイの方に差し伸ばし、主が戦ってくださるのを祈ったのです。

これは私たちにも求められていることです。祈りの手を差し伸ばさなければなりません。それを止めてはならないのです。主がよしと言われるまで差し伸ばし、主が働いてくださることを待ち望まなければならないのです。

そして24節から29節までをご覧ください。
「イスラエルが、彼らを追って来たアイの住民をことごとく荒野の戦場で殺し、剣の刃で彼らをひとりも残さず倒して後、イスラエルの全員はアイに引き返し、その町を剣の刃で打った。その日、打ち倒された男や女は合わせて一万二千人で、アイのすべての人々であった。ヨシュアは、アイの住民をことごとく聖絶するまで、投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。ただし、イスラエルは、その町の家畜と分捕り物を、主がヨシュアに命じたことばのとおり、自分たちの戦利品として取った。こうして、ヨシュアはアイを焼いて、永久に荒れ果てた丘とした。今日もそのままである。ヨシュアはアイの王を、夕方まで木にかけてさらし、日の入るころ、命じて、その死体を木から降ろし、町の門の入口に投げ、その上に大きな、石くれの山を積み上げさせた。今日もそのままである。」

こうしてアイの軍隊を打ち破ると、イスラエルはアイの町に入って住民を皆殺しにしました。女子供を含めた全住民を殺すことはヒューマニズムに反するようであるが、聖絶するためという明白な理由のためにそのようにしたのです。聖絶とは何ですか?聖絶とは、神のものを神のものとして分離することです。そうでないものを徹底的に取り除くのです。イスラエルにとってこれは聖戦だったのです。彼らがその地に入って行っても、神の民として、神の聖さを失うことがないように、主はそうでないものを聖絶するようにと命じられたのです。

それは、神の民である私たちも同じです。私たちは常に肉との戦いがあります。そうした戦いの中で、それと分離しなければなりません。(Ⅱコリント6:14~18)それによって主は私たちの中に住み、共に歩んでくださるからです。それなのに、私たちはどれほどそのことを真剣に求めているでしょうか。この世と妥協していることが多くあります。「わたしが聖であるから、あなたがたも聖でなければならない。」(Ⅰペテロ2:15)と書かれてあるように、あらゆる行いにおいて聖なるものとされることを求めていきたいと思います。

Ⅲ.エバル山の祭壇(30-35)

終わりに30節から35節までを見ていきたいと思います。
「それからヨシュアは、エバル山に、イスラエルの神、主のために、一つの祭壇を築いた。それは、主のしもべモーセがイスラエルの人々に命じたとおりであり、モーセの律法の書にしるされているとおりに、鉄の道具を当てない自然のままの石の祭壇であった。彼らはその上で、主に全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえをささげた。その所で、ヨシュアは、モーセが書いた律法の写しをイスラエルの人々の前で、石の上に書いた。全イスラエルは、その長老たち、つかさたち、さばきつかさたちとともに、それに在留異国人もこの国に生まれた者も同様に、主の契約の箱をかつぐレビ人の祭司たちの前で、箱のこちら側と向こう側とに分かれ、その半分はゲリジム山の前に、あとの半分はエバル山の前に立った。それは、主のしもべモーセが先に命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。それから後、ヨシュアは律法の書にしるされているとおりに、祝福とのろいについての律法のことばを、ことごとく読み上げた。モーセが命じたすべてのことばの中で、ヨシュアがイスラエルの全集会、および女と子どもたち、ならびに彼らの間に来る在留異国人の前で読み上げなかったことばは、一つもなかった。」

それからヨシュアは、エバル山に、イスラエルの神、主のために、一つの祭壇を築きました。ヨルダン川を渡ることも、エリコとアイの攻略も、信仰生活の一部であり、祭儀の執行であったにもかかわらず、また、ギルガルでは40年ぶりに割礼を施し、過越しのいけにえをささげました(5:2-12)。それにもかかわらず、なぜアイの攻略後に再び祭壇を築いたのでしょうか。

「エバル山」は「はだか山」という意味で、アイの北方50キロにある山です。標高は940メートル、谷からは367メートルもそびえている山です。アイからそこへ向かうには最低でも2日はかかります。それゆえ、戦いを終えたばかりのヨシュアがこのような遠路を旅することができるはずがなく、これは後代の挿入ではないかと主張する人たちもいるのです。

しかし、それは申命記27章で、モーセによって命じられていたことでした。すなわち、イスラエルがヨルダン川を渡ったならば、エバル山に主のための祭壇、石の祭壇を築き、そこで全焼のいけにえと和解のいけにえをささげなさい、ということです。ヨシュアはそのとおりに行ったのです。それにしても、なぜこの時だったのでしょうか。エリコ及びアイとの戦い、アカンの事件を経験し、これからさらに多くの敵と戦わなければならないイスラエルにとって、エバル山での祝福と呪いの律法の確認は、まことにふさわしいものであったからです。

石の上に律法が写されると、イスラエルの民はゲリジム山とエバル山の二つに分かれて立ち、律法の書に記されているとおりに、祝福とのろいについての律法のことばをことごとく読み上げました。ヨシュアはモーセが命じたとおりにし、読み上げられなかったことばは一つもありませんでした。それは、イスラエルの中心は神のことばであり、その神のことばによってこそ彼らは強くなり、勝利することができるからです。それは、私たちも同じです。私たちも神のみことばによって強められ、神のことばに徹底的に従い、信仰によって神の約束を自分のものにしていく者でありたいと思います。

ヨシュア記7章

きょうはヨシュア記7章から学びたいと思います。

 Ⅰ.アカンの罪(1-9)

 まず1節から5節までをご覧ください。
「しかしイスラエルの子らは、聖絶のもののことで罪を犯し、ユダ部族のゼラフの子ザブディの子であるカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取った。そこで、主の怒りはイスラエル人に向かって燃え上がった。ヨシュアはエリコから人々をベテルの東、ベテ・アベンの近くにあるアイに遣わすとき、その人々に次のように言った。「上って行って、あの地を偵察して来なさい。」そこで、人々は上って行って、アイを偵察した。彼らはヨシュアのもとに帰って来て言った。「民を全部行かせないでください。二、三千人ぐらいを上らせて、アイを打たせるといいでしょう。彼らはわずかなのですから、民を全部やって、骨折らせるようなことはしないでください。」そこで、民のうち、およそ三千人がそこに上ったが、彼らはアイの人々の前から逃げた。アイの人々は、彼らの中の約三十六人を打ち殺し、彼らを門の前からシェバリムまで追って、下り坂で彼らを打ったので、民の心がしなえ、水のようになった。」

イスラエルは神の不思議な方法によってエリコで勝利を収めると、さらに西へと向かい、次の攻撃目標であるアイへと進みました。アイは、エリコから15キロぐらい離れたところにあり、さらに7~8キロぐらい西に進むとベテルがあります。それはエリコよりも千メートルほど高いところにあり、そこへ行くには上り道でありました。しかし、そこは難攻不落と言われていたエリコに比べ以前から廃墟となっているような町で、難なく攻略できるかのように思われました。実際、事前にヨシュアによって派遣された偵察隊によると、その地にいるのはわずかなので、民全部を行かせる必要はないと判断したほどです。当時アイの人口は一万二千人、戦闘可能な兵士は約三千人でした。そのような町であれば難なく攻略できるだろうと思い、民のうち、およそ三千人が上って行きましたが、思いがけない攻勢を受けて敗退する結果となりました。イスラエルは、36人の戦死者を出し、敗北感に打ちのめされ、水のようになってしまいました。いったい何が問題だったのでしょうか。6節から9節までをご覧ください。

「ヨシュアは着物を裂き、イスラエルの長老たちといっしょに、主の箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、自分たちの頭にちりをかぶった。ヨシュアは言った。「ああ、神、主よ。あなたはどうしてこの民にヨルダン川をあくまでも渡らせて、私たちをエモリ人の手に渡して、滅ぼそうとされるのですか。私たちは心を決めてヨルダン川の向こう側に居残ればよかったのです。ああ、主よ。イスラエルが敵の前に背を見せた今となっては、何を申し上げることができましょう。カナン人や、この地の住民がみな、これを聞いて、私たちを攻め囲み、私たちの名を地から断ってしまうでしょう。あなたは、あなたの大いなる御名のために何をなさろうとするのですか。」

ヨシュアは着物を引き裂き、イスラエルの長老たちといっしょに、主の箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、自分たちの頭にちりをかぶりました。そして、いったいどうしてこのようなことになってしまったのかと、嘆きました。ヨシュアの信仰はどこへ行ってしまったのでしょうか。ヨルダン川渡河を導き、エリコの攻略を成功させた指導者のことばとは思えないことばです。けれども、これが人間の現実ではないでしょうか。神の前に正しい人であったヨブも、試練の中で、信仰の弱さを露呈しました。それは私たちも同じです。どんなに奇しい主の御業を体験しても、ちょっとでも嫌なこと、苦しいこと、辛いことがあると、次の瞬間にはもうだめだと思ってしまいます。ヨルダン川の向こう側にいた方が良かった、というようなことを言って不信仰に陥ってしまうのです。ただヨシュアはそれだけで終わらないで、そのような悲しみの中にあっても、その敗北の原因は何だったのかを主に尋ねます。敗北を味わうことは人生の中で多々あることでしょう。しかし大切なのは、そこで失敗の原因をつきとめ、除去するように努めることです。

Ⅱ.身をきよめなさい(10-15)

主は、へりくだって祈るヨシュアに、その敗北の原因が明かされました。10節から15節までをご覧ください。
「主はヨシュアに仰せられた。「立て。あなたはどうしてそのようにひれ伏しているのか。」イスラエルは罪を犯した。現に、彼らは、わたしが彼らに命じたわたしの契約を破り、聖絶のものの中から取り、盗み、偽って、それを自分たちのものの中に入れさえした。だから、イスラエル人は敵の前に立つことができず、敵に背を見せたのだ。彼らが聖絶のものとなったからである。あなたがたのうちから、その聖絶のものを一掃してしまわないなら、わたしはもはやあなたがたとともにはいない。立て。民をきよめよ。そして言え。あなたがたは、あすのために身をきよめなさい。イスラエルの神、主がこう仰せられるからだ。「イスラエルよ。あなたのうちに、聖絶のものがある。あなたがたがその聖絶のものを、あなたがたのうちから除き去るまで、敵の前に立つことはできない。あしたの朝、あなたがたは部族ごとに進み出なければならない。主がくじで取り分ける部族は、氏族ごとに進みいで、主が取り分ける氏族は、家族ごとに進みいで、主が取り分ける家族は、男ひとりひとり進み出なければならない。その聖絶のものを持っている者が取り分けられたなら、その者は、所有物全部といっしょに、火で焼かれなければならない。彼が主の契約を破り、イスラエルの中で恥辱になることをしたからである。」

いったいイスラエルはなぜ戦いに敗れたのでしょうか、心のゆるみですか。戦術の不備ですか。いいえ、もっと本質的な原因がありました。それはアカンという人物が神のものを盗んだことです。アカンは神の命令に背き、聖絶のものの中から取り、それを自分たちのものの中に入れたのです。エリコは、カナン攻略の最初の町として、全く神のものとしてささげられた町であり、神だけのものでした。アカンは、その神のものを盗み、自分のものにしたのです。ですから、1節が鍵となります。

「しかしイスラエルの子らは、聖絶のもののことで罪を犯し、ユダ部族のゼラフの子ザブディの子であるカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取った。」

これは7章全体の鍵になる御言葉です。イスラエルに起こった出来事が語られる前に、1節で問題点がすでに指摘されているのです。大勝利の陰に、次の敗北の芽が生えていたということです。聖絶すべきものをアカンが隠し持ったので、イスラエル全体が聖絶の危険に陥ったのです。ここではアカンの罪がアカン一人の罪ではなく、イスラエル全体の責任として問われています。イスラエルは神のいのちで結ばれた有機体であることを考えると、それはアカン一人の問題ではなく、イスラエル全体の問題なのです。それは伝染病を囲い込んだ群れと同じなのです。

いったいどうしたらいいのでしょうか。13節で、主はその解決策を語られます。「立て。民をきよめよ。そして言え。あなたがたは、あすのために身をきよめなさい。イスラエルの神、主がこう仰せられるからだ。「イスラエルよ。あなたのうちに、聖絶のものがある。あなたがたがその聖絶のものを、あなたがたのうちから除き去るまで、敵の前に立つことはできない。」

その解決のために主がイスラエルに求められたことは、民をきよめるということでした。彼らのうちから聖絶のものを除き去るということです。それまで主は彼らとともにはおらず、敵の前に立つことはできない、と言われたのです。

主は人の目に隠れた小さな罪でも見逃すことはなさいません。私たちに罪があるなら、主がともに働かれるということはないのです。イザヤ書59章1-2節に、「見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」とあります。主の御手が短くて救えないのではありません。その耳が遠くて、聞こえないのでもないのです。私たちの咎が、私たちと神との間の仕切りとなり、私たちの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのです。もしかしたら。私たちに起きている問題の原因はどこか別のところにあるのではなく、私たち自身にあるのかもしれません。失敗のきっかけになった原因を「あの人」「あの事」にばかりに目を奪われずに、もう少し深いところを見つめなければなりません。その根本的な問題が、神との関係にあるのかもしれないのです。その神との関係のために、罪が取り除かれなければならないのです。

そして、主が示された方法は、彼らが部族ごとに進み出て、その中から主がくじで取り分ける部族、氏族、家族は、男ひとりひとり進み出なければならないというものでした。そして、聖絶のものを持っている者が取り分けられたなら、その者は、所有物全部といっしょに、火で焼かれなければならないというものでした。

アカンを特定する方法について、くじによって違反者を見出すというのは、冤罪を生み出す懸念もありますが、これは神がこの問題に限って定めた方法であり、アカンの自白によって、適切な方法であったと見るべきでしょう。

Ⅲ.悪を取り除く(16-26)

16節から26節までをご覧ください。まず21節までをお読みします。
「そこで、ヨシュアは翌朝早く、イスラエルを部族ごとに進み出させた。するとユダの部族がくじで取り分けられた。ユダの氏族を進み出させると、ゼラフ人の氏族が取られた。ゼラフ人の氏族を男ひとりひとり進み出させると、ザブディが取られた。ザブディの家族を男ひとりひとり進み出させると、ユダの部族のゼラフの子ザブディの子カルミの子のアカンが取られた。そこで、ヨシュアはアカンに言った。「わが子よ。イスラエルの神、主に栄光を帰し、主に告白しなさい。あなたが何をしたのか私に告げなさい。私に隠してはいけない。アカンはヨシュアに答えて言った。「ほんとうに、私はイスラエルの神、主に対して罪を犯しました。私は次のようなことをいたしました。私は、分捕り物の中に、シヌアルの美しい外套一枚と、銀二百シェケルと、目方五十シェケルの金の延べ棒一本があるのを見て、欲しくなり、それらを取りました。それらは今、私の天幕の中の地に隠してあり、銀はその下にあります。」

そこで、ヨシュアは翌朝早く、イスラエルを部族ごとに進み出させると、ユダの部族がくじで取り分けられ、さらにユダの氏族ごとに進み出させると、ゼラフ人の氏族がとりわけられ、ゼラフ人の氏族を男ひとりひとり進み出させると、ザブディが取り分けられ、ザブディの家族を男ひとりひとり進み出させると、アカンが取り分けられました。原因はこのアカンでした。そのアカンに対して、ヨシュアは「わが子よ」と言って、優しく語りかけています。わが子よ、あなたが何をしたのかを私に告げなさい・・と。するとアカンは、自分が聖絶のものを盗んだことを告白します。するとヨシュアは使いを遣わして、アカンが言ったことが本当であることを確かめると、アカンと彼の息子、娘、家畜、それに彼の所有物のすべてをアコルの谷に連れて行き、彼を石で打ち殺し、彼らのものを火で焼き、それらに石を投げつけました。そこで、主はイスラエルに対する燃える怒りをやめられたのです。

この大変な罪のためにアカンとその全家族が滅ぼされました。(25,26)それにしても、あまりにも残酷ではないでしょうか。アカンだけならまだしも、ここではその家族全員も打ち殺されています。いったいこれはどういうことなのでしょうか。

それは、神は罪を赦すお方でありますが、罪を見過ごしたり、大目に見たりする方ではない、ということです。必ずけじめをつけられます。これは神の無慈悲を表しているのではなく、罪の悲惨さを表しているのです。そして、その罪のもたらす影響がどれほど大きいものであるのかを示しているのです。パウロはこのことについてコリント人への手紙の中でこう述べています。コリント人への手紙第一5章6-7節です。
「あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。」
ここには古いパン種を取り除くように、と言われています。この古いパン種とは、神の目にかなわない罪、咎のことです。なぜなら、そのようなものがあると、それが粉全体をふくらませることになるからです。つまり、全体に影響を及ぼしてしまうことになります。だから、古いパン種を取り除かなければならないのです。それは粉全体、教会全体を守るためです。それはちょうど体を蝕む癌のようなものです。それを取り除かなければ体全体に転移し、やがては死に至ることになってしまいます。そのための最善の処置は、癌細胞のすべてを取り除くことです。それと同じように、教会の中に悪があれば、その細胞のすべて取り除かなければなりません。それはひどい話ではなく、そうしなければ全体も滅んでしまうになるのです。それゆえ、私たちは私たちの内にある罪を処理しなければならなりません。

しかし、今日において、私たちがアカンのように神に滅ぼし尽くされることはありません。なぜなら、イエス様が私たちの身代わりとなって十字架で滅ぼされたからです。私たちの罪は既に赦されているのです。主は、ご自身の御子イエス・キリストの贖いによって、私たちに対する燃える怒りをやめられたのです。(26節)。ヨハネ第一の手紙1章6~9節を開いてください。
「もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。もし罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」

ですから、この箇所を人々の心の中に隠されている罪の糾弾と、それに対する神の裁きとしてだけ語られてはなりません。私たちはみな神の前に罪人であり、神のさばきを受けなければならない者ですが、そのような者も赦してくださる神の恵み、あわれみが語られなければならないのです。
私たちに求められているのは、悔い改めであり、主の赦しのもとに新しい一歩を踏み出すことなのです。

ヨシュア記6章

きょうはヨシュア記6章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.城壁がくずれるために(1-11)

 

まず1節から11節までをご覧ください。1節と2節をお読みします。

「エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。主はヨシュアに仰せられた。「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。」

 

主の奇跡的なみわざによってヨルダン川を渡ったイスラエルはまず割礼を施し、過越しのいけにえをささげました。そして、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、抜き身の剣を手にしたひとりの人がいて、「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」と命じられ、ヨシュアはそのようにしました。すなわち、彼は主の御前に自らを明け渡し、主の命じられることに従っていく準備をしました。そして、いよいよ約束の地カナンの占領が始まっていきます。

 

その最初の取り組みは、エリコを攻略することでした。エリコの町はパレスチナ最古の町と言われており、この町はパレスチナの主要都市であっただけでなく、パレスチナにおける交通の要所であり、軍事的にも重要な拠点でした。ですからこのエリコの町を攻略することができるかどうかは、その後のヨシュアの戦いにとって極めて重要なことでした。

 

しかし、1節を見ると、「エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。」とあります。この町の周囲には高い城壁が巡らされており、だれひとり出入りすることができない難攻不落の町でした。この難攻不落の要塞を前にして、おそらくヨシュアは不安と恐れの中でしばしたたずんでいたのではないかと思います。

 

そのような時に、主がヨシュアに語られました。2節です。「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。」ここで注目したいのは、主がヨシュアに、エリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡したと、完了形で言われていることです。すなわち、いまだ起こっていない未来のことが、もう既に彼の手に渡っているということです。このことは私たちの信仰生活において極めて重要なことを示しています。それは、たとえそれが未だ起こっていないことであっても、神の約束の言葉があれば必ず成就するということです。すなわち、たとえそれが未来のことであっても完了形となるのです。ですから、私たちは何かを始めていくとき、まず主の前に祈り、主から約束の言葉をいただいてから始めていくことが重要なのです。

 

今週の日曜日の礼拝後に、三原神学生を招聘することについての祈りの分かち合いをさせていただきました。教会の将来のことを考えるとどうしても若い働き人が必要なことは明らかですが、経済的状況をみるとそれはとても不可能なことと考えていました。しかし、みことばを読めば読むほど神のみここはどこにあるのだろうかと祈らされるようになりました。その一つがこのヨシュア記3章に記されてあるヨルダン川渡河の内容です。イスラエルの民はどのようにしてヨルダン川を渡ることができたのかというと、ヨルダン川の水がせき止められたので渡ったのではなく、契約の箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいに溢れるのですが、上から流れ下る水はつっ立って、水は完全にせきとめられたので、彼らはその乾いたところを渡ることができたのです。状況を見ればそれは完全に不可能なことでしたが、神のみこころは状況を見ることではなく、神のみことばに聞き従うことだったのです。そのとき、主のみわざがなされました。ですから、私たちはまず神の御心は何かを知り、それに従うことが求められていると思いました。主がどのように導いてくださるのかわかりませんが、この二カ月の間祈り、それを求めていきたいと思ったのです。

 

ところで、主はどのようにしてエリコの町を彼らの手に渡したのでしょうか。3節から5節までをご覧ください。「あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ。町の周囲を一度回り、六日、そのようにせよ。七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上って行かなければならない。」

 

ここで主は大変不思議なことをヨシュアに言われました。あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ、というのです。七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、町の周囲を一度回り、六日間、そのようにし、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならないというのです。そして、祭司たちが吹くその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。そうすれば、城壁が崩れ落ちるので、崩れ落ちたら、民はおのおのまっすぐに上っていかなければならない、というのです。これは全く軍事的な行動ではありません。宗教的行為です。こんなことをして一体どうなるでしょうか。途中で敵がそれに気づいて襲ってくるかもしれないし、襲って来なくても、その行動を見てあざ笑うことでしょう。いったいなぜ主なる神はこのような命令を出されたのでしょうか。それは、彼らが自分たちの考えではなく神のみこころに徹底的に従うなら、神が勝利してくださるということを示すためでした。

 

イザヤ55章8,9節には、「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。─主の御告げ─天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」とあります。私たちの思いと神の思いとは決定的に異なります。私たちがどんなに愚かな知恵をしぼって、ああでもない、こうでもないと思い悩んでも、複雑な迷路に落ち込み、果てには不信仰の中に落ち込んでいくだけですが、しかし、人間の知恵をはるかに超えた神の知恵に自分自身をゆだね、あるいはその問題をゆだねるなら、そこに不思議な神のみわざが現されるのです。

 

今年の3月、家内はこれまで13年間働いてきたさくらの小学校を突然解雇されました。次年度からは担任の先生が英語を教えることができるようにしたいという教育委員会の方針が変わったためだと説明を受けました。それにしても長年働き、来年もお願いしたいと言われていたのにどうして急に話が変わったのかなかなか受け止められないでいました。しかし、あわれみ豊かな神はそのような状況の中でも大田原教育委員会で働く道を開いてくださいました。

あれから三か月、教会でこの夏サマー・イングリッシュ・デイ・キャンプを行うことになり、このチラシをどのように配布するかを話し合ったとき小学校で配ることはできないかということになりました。それで家内がそのことを以前働いていた小学校の教頭先生にお願いしたのです。すると教頭先生は「どうぞ配ってください」と快く了承してくれただけでなく、「たくさん集まるといいですね。」と後でお電話までくださいました。するとその翌日から申し込みが相次ぎ、結局66人の参加申込があったのです。

そのとき、私たちは「はっ」とさせられました。家内が学校を解雇されたのはこのためだったのだということを確信したのです。もしそこに留まっていれば家内の写真が載った教会の案内を配ることはできなかったでしょう。しかし、そこを完全に辞め、しかもよく知っている先生方がおられたので、大胆にチラシを配布することができたのです。まさに私たちの思いと神の思いとは異なり、神の道は完全であるということを実感させられました。

 

ですから、たとえそれが私たちには理解できないことであっても、あるいは、敵にあざけられるようなことであっても、主が命じておられるのであれば、そのみことばに従わなければなりません。特にここには「七」という数字が強調されていることに注目してください。エリコの町を七日間回ること、七日目には七度回ること、七人の祭司、七つの雄羊の角笛と「七」が強調されているのは、これが完全な神のみわざとしてなされるということです。

 

それに対してヨシュアはどうしたでしょうか。6節と7節をご覧ください。「そこで、ヌンの子ヨシュアは祭司たちを呼び寄せ、彼らに言った。「契約の箱をかつぎなさい。七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、主の箱の前を行かなければならない。」ついで、彼は民に言った。「進んで行き、あの町のまわりを回りなさい。武装した者たちは、主の箱の前を進みなさい。」

ヨシュアは信仰によってそれを主の御声として受け止め、その御声に従いました。また、イスラエルの民も、そのヨシュアの声に従いました。それは世界の戦闘の歴史の中でも最も異様な光景でしたが、彼らは主の御声に聞き従ったのです。

 

8節から11節までをご覧ください。

「ヨシュアが民に言ったとき、七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って主の前を進み、角笛を吹き鳴らした。主の契約の箱は、そのうしろを進んだ。武装した者たちは、角笛を吹き鳴らす祭司たちの先を行き、しんがりは箱のうしろを進んだ。彼らは進みながら、角笛を吹き鳴らした。ヨシュアは民に命じて言った。「私がときの声をあげよと言って、あなたがたに叫ばせる日まで、あなたがたは叫んではいけない。あなたがたの声を聞かせてはいけない。また口からことばを出してはいけない。」こうして、彼は主の箱を、一度だけ町のまわりを回らせた。彼らは宿営に帰り、宿営の中で夜を過ごした。」

10節に注目してください。ここには、「私がときの声をあげよと言って、あなたがたに叫ばせる日まで、あなたがたは叫んではいけない。」とあります。口からことばを出してはいけません。黙っていなければなりません。なぜでしょうか。主の戦いに人間の声は必要ないからです。人間が口から出すことばによって、主の働きを妨げてしまうことがあるからです。しかし、黙っているということはなかなかできることではありません。特に女性にとっては大変なことでしょう。ある若い婦人は、「私は夫が聞いていても、いなくても、とにかく話します」と言っておられました。話さないではいられないのです。しかし、主の戦いにおいては黙っていなければなりません。

 

また、主の戦いにおいてもう一つ注意しなければならないことは、焦らないということです。11節を見ると、ヨシュアは1日に一度だけ町の回りを回らせたとあります。これはなかなか忍耐のいることです。どうせなら一日に七度回ってその日のうちに終わらせた方が効率的ではないかと思うのですが、ヨシュアはこの点でも主の御声に従いました。主は、私たちの思いと異なる思いを持っておられ、私たちの道と異なる道を持っておられます。ですから、私たちは力を尽くして主に拠り頼み、自分の悟りに頼らないことが大切です。

 

Ⅱ.くずれた城壁(12-21)

 

次に、12節から21節までをご覧ください。

「翌朝、ヨシュアは早く起き、祭司たちは主の箱をかついだ。七人の祭司たちが七つの雄羊の角笛を持って、主の箱の前を行き、角笛を吹き鳴らした。武装した者たちは彼らの先頭に立って行き、しんがりは主の箱のうしろを進んだ。彼らは進みながら角笛を吹き鳴らした。彼らはその次の日にも、町を一度回って宿営に帰り、六日、そのようにした。七日目になると、朝早く夜が明けかかるころ、彼らは同じしかたで町を七度回った。この日だけは七度町を回った。その七度目に祭司たちが角笛を吹いたとき、ヨシュアは民に言った。「ときの声をあげなさい。主がこの町をあなたがたに与えてくださったからだ。この町と町の中のすべてのものを、主のために聖絶しなさい。ただし遊女ラハブと、その家に共にいる者たちは、すべて生かしておかなければならない。あの女は私たちの送った使者たちをかくまってくれたからだ。ただ、あなたがたは、聖絶のものに手を出すな。聖絶のものにしないため、聖絶のものを取って、イスラエルの宿営を聖絶のものにし、これにわざわいをもたらさないためである。ただし、銀、金、および青銅の器、鉄の器はすべて、主のために聖別されたものだから、主の宝物倉に持ち込まなければならない。そこで、民はときの声をあげ、祭司たちは角笛を吹き鳴らした。民が角笛の音を聞いて、大声でときの声をあげるや、城壁がくずれ落ちた。そこで民はひとり残らず、まっすぐ町へ上って行き、その町を攻め取った。彼らは町にあるものは、男も女も、若い者も年寄りも、また牛、羊、ろばも、すべて剣の刃で聖絶した。」

 

イスラエルの民はその次の日も、町を一度回って宿営に帰り、六日間、同じようにしました。いったい彼らはどんな気持ちだったでしょうか。最初のうちに希望と期待に喜び勇んで行進していたかもしれません。しかし、それが二日、三日とむだに見えるような行進が続く中で、次第に疲れていったのではないでしょうか。しかし、彼らが疲労困憊し、夢や希望が潰えてしまったような時に、神は勝利の合図を送られました。角笛の音を聞いて、大声で時の声をあげると、城壁はくずれ落ちました。これが神の時なのです。私たちも時として「主よ、いつまでですか」と叫ばずにはいられないような時がありますが、そのような時にこそ神は御声を発せられるのです。

モーセの死後、あのヨルダン渡河の奇跡と、このエリコの城壁が崩れたという奇跡によって、出エジプトの神はその大能の御手をもってヨシュアとその民と共におられるということが、ここで完全に立証されたのです。そして、民はまっすぐに町へ上って行き、その町を攻め取りました。

 

ところで、ヨシュアはこのエリコの町を占領するにあたり、この町のすべてのものを、主のために聖絶しなさい、と命じました。その町にあるもの、男も女も、若い者も年寄りも、また牛、羊、ろばも、すべて聖絶しなければなりませんでした。ただし、銀、金、および青銅の器、鉄の器はすべて、主のために聖別されたものなので、主の宝物倉に持ち込まなければなりませんでした。

 

「聖絶」するとはどういうことでしょうか。「聖絶する」という言葉はヘブル語の「ハーラム」(חָרַם)で、旧約聖書に51回使われていますが、このヨシュア記には14回も使われています。それは神がすでに「与えた」と言われる約束の地カナンにおいて、そこを征服し、占領していくその戦いにおいて、「聖絶する」ことが強調されていたからです。

この「ハーラム」(חָרַם)は英語訳では、「totally destroyed」とか「completely destroyed」と訳されています。つまり、徹底的に破壊すること、完全に破壊することです。すべてのものを打ち殺すという意味です。すなわち、神のものを神のものとするために、そうでないものを完全に破壊するということなのです。このことばの意味だけを考えるなら、「なんと残酷な」と思うかもしれませんが、しかしイスラエルが神の民として神の聖さを失い、他のすべての国々のようにならないようにするためにはどうしても必要なことだったのです。つまり、「聖絶」とは、神の「聖」を民に守らせる戦いだったのです。

 

それは神の民であるクリスチャンにも求められていることです。パウロは、コリント人への第二の手紙6章17、18節で、「それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。そうすれば、わたしはあなたがたを受け入れ、わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる、と全能の主が言われる。」と言っています。神の民として贖われたクリスチャンも、この世から出て行き、彼らと分離しなければなりません。勿論それはこの世と何の関係も持ってはならないということではありません。私たちはこの世に生きているので、この世と関わりを持たないで生きていくことはできません。ここでパウロが言っているのは、この世に生きていながらもこの世から分離して、神のものとして生きなければならないということです。そのためには、常に世俗性と戦う必要性があるのです。世俗性とは何でしょうか。それを定義することは難しいことですが、あえて定義するとすれば、それは「神への信頼を妨げる一切のもの」と言えます。私たちがこの世に生きる限りこうした世俗的なものが絶えず襲い掛かって来ては神への信頼を脅かしますが、神の民として生きるために、いつもこの世と分離しなければなりません。私たちにもこの「聖絶」(聖別)することが求められているのです。

 

Ⅲ.神のあわれみ(22-27)

 

最後に、22節から終わりまでをみたいと思います。

「ヨシュアはこの地を偵察したふたりの者に言った。「あなたがたがあの遊女に誓ったとおり、あの女の家に行って、その女とその女に属するすべての者を連れ出しなさい。」斥候になったその若者たちは、行って、ラハブとその父、母、兄弟、そのほか彼女に属するすべての者を連れ出し、また、彼女の親族をみな連れ出して、イスラエルの宿営の外にとどめておいた。彼らは町とその中のすべてのものを火で焼いた。ただ銀、金、および青銅の器、鉄の器は、主の宮の宝物倉に納めた。しかし、遊女ラハブとその父の家族と彼女に属するすべての者とは、ヨシュアが生かしておいたので、ラハブはイスラエルの中に住んだ。今日もそうである。これは、ヨシュアがエリコを偵察させるために遣わした使者たちを、ラハブがかくまったからである。」

 

エリコの町とその町の中にあるすべてのものは、主のために聖絶されましたが、遊女ラハブと、その家に共にいた者たちは、助け出されました。それは以前ラハブが偵察したふたりの者をかくまったからです。あの時遊女ラハブに誓ったとおり、ふたりの斥候は彼女の家に行き、彼女と彼女に属するすべての者を連れ出し、イスラエルの宿営の外にとどめておきました。すぐに彼らを宿営の中に入れなかったのは、おそらく彼らが異邦人だったので、その前に信仰告白と割礼を受ける必要があったからでしょう。しかし、そんな異邦人であった彼らもやがて神の民の中に加えられました。そればかりか、ラハブは遊女でありながらも救い主の系図に名を連ねるという栄光に浴することができたのです(マタイ1:5)。

 

こうして、旧約においても、神は、この世における最も卑しい者に対しても救いと恵みを与えてくださる方であることを示してくださいました。それは限りない神の恵みとあわれみの表れです。たとえ私たちが、「こんなにひどい罪を犯したのだから、決して赦されることはないだろう」と思っても、神の恵みとあわれみは尽きることがありません。神はその罪よりもさらに上回り、私たちを満たしてくださるのです。

 

26節と27節には、このエリコの町の聖絶が徹底的なものであったことが記されてあります。いや徹底的であっただけでなく、それはヨシュアの世代を超えた未来にまで及ぶまでの徹底さでした。Ⅰ列王記16章34節には、「ヌンの子ヨシュアを通して語られた主のことばのとおりであった。」とありますが、エリコの町を再建させようとするヒエルがエリコの町の礎を据えたとき、長子アビラムが死に、門を建てたとき末の子セクブが死んだことで、この言葉が文字通り成就しました。ここにはイスラエルをかくまったラハブと、イスラエルに敵対したエリコとの姿とが対比されています。

 

私たちも遊女ラハブのように救われるべき素性や行ないなどないような者でしたが、一本の赤いひもが彼女とその家族を救ったように、イエス・キリストの血に信頼することによって、神の怒りから救い出されました。そのように救い出された者として、神の民、神のものとして、神の深いご計画の中で、神に喜ばれる歩みをさせていただきたいと思います。

ヨシュア記5章

きょうはヨシュア記5章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.割礼をせよ(1-9)

 

まず1節から9節までをご覧ください。

「ヨルダン川のこちら側、西のほうにいたエモリ人のすべての王たちと、海辺にいるカナン人のすべての王たちとは、主がイスラエル人の前でヨルダン川の水をからし、ついに彼らが渡って来たことを聞いて、イスラエル人のために彼らの心がしなえ、彼らのうちに、もはや勇気がなくなってしまった。そのとき、主はヨシュアに仰せられた。「火打石の小刀を作り、もう一度イスラエル人に割礼をせよ。」そこで、ヨシュアは自分で火打石の小刀を作り、ギブアテ・ハアラロテで、イスラエル人に割礼を施した。ヨシュアがすべての民に割礼を施した理由はこうである。エジプトから出て来た者のうち、男子、すなわち戦士たちはすべて、エジプトを出て後、途中、荒野で死んだ。その出て来た民は、すべて割礼を受けていたが、エジプトを出て後、途中、荒野で生まれた民は、だれも割礼を受けていなかったからである。イスラエル人は、四十年間、荒野を旅していて、エジプトから出て来た民、すなわち戦士たちは、ことごとく死に絶えてしまったからである。彼らは主の御声に聞き従わなかったので、主が私たちに与えると彼らの先祖たちに誓われた地、乳と蜜の流れる地を、主は彼らには見せないと誓われたのであった。主は彼らに代わって、その息子たちを起こされた。ヨシュアは、彼らが無割礼の者で、途中で割礼を受けていなかったので、彼らに割礼を施した。民のすべてが割礼を完了したとき、彼らは傷が直るまで、宿営の自分たちのところにとどまった。すると、主はヨシュアに仰せられた。「きょう、わたしはエジプトのそしりを、あなたがたから取り除いた。」それで、その所の名は、ギルガルと呼ばれた。今日もそうである。」

 

イスラエルの神、主が、ヨルダン川の水をからし、ついに彼らが渡って来たことを聞くと、ヨルダン川のこちら側、すなわち西のほうにいたエモリ人のすべての王たちや、カナン人のすべての王たちの心はしなえ、もはや戦う勇気をなくしてしまいました。したがって、もしこの時イスラエルが一挙にカナンの地に攻め込んでいれば、たちまちの内にその地を占領することができたと思われます。しかし、主はすぐに攻め込むようにとは命じないで、ある一つのことを命じられました。それは、「火打石の小刀を作り、もう一度イスラエル人に割礼をせよ。」(2)ということです。いったいなぜ主はこのように命じたのでしょうか。

 

割礼というのは古代からユダヤ人の間で行われていた儀式です。その由来はアブラハムの時代にまで遡ります。創世記17章10節には、アブラハムとその子孫が世々守るべきものとして神から与えられた契約で、男子の性器を包んでいる皮を切り捨てるというものでした。それは、彼らが主の民であるということのしるしでした。彼らは生まれて八日目に、この割礼を受けなければなりませんでした。それにしても、いったいなぜ神はこのような時にこの割礼を施すようにと命じられたのでしょうか。

 

4節以降にその理由が記されてあります。つまり、エジプトから出て来たイスラエルの民のうち、戦士たちはみな、エジプトを出て後、途中、荒野で死んでしまい、その出て来た民は、すべて割礼を受けていましたが、途中、荒野で生まれた民は、だれも割礼を受けていなかったからです。これからカナンの地を占領するにあたり彼らまずしなければならなかったことは、この割礼を受けることでした。なぜなら、それは神が命じておられたことであり、神の民として神への献身を表していたからです。そして、そのように神に献身し、全面的に神に信頼することによってこそカナンの地での戦いに勝利することができるからです。それはある意味でバプテスマの象徴であったとも言えます。バプテスマは自分に死んで、キリストのいのち、神のいのちに生きることです。信仰の戦いにおいて最も重要なことは、このことです。それは言い換えるなら、自らを神に明け渡し、神に献身するということです。そうすれば、神が戦って勝利してくださるのです。

 

また、あのギデオンが10万人にものぼるミデアン人との戦いに勝利を収めたのは、わずか三百人の勇士たちによるものでした。当初は3万2千人の戦士がいましたが、主は、あなたといっしょにいる民は多すぎるから、恐れ、おののく者はみな帰らせるようにと言うと、2万2千人が帰って行き、1万人が残りました。10万人に対して1万人ですから、絶対的に不利な状況です。それなのに主は、これでも多すぎるから、彼らを水の所へ連れて行き、そこで犬がなめるように、舌で水をなめる者、ひざをついて飲む者は去らせ、ただ口に手を当てて水をなめた者だけを残しておくようにと言うと、たったの三百人しかいなかったのです。10万人のミデアン人に対してたったの三百人です。人間的に見るならば、全く話にならない戦いです。勝利する確率など全く無いに等しい戦いでした。しかし、この最後に残った三百人は神に全く献身した人々、神に全く身をゆだねた人々でした。ゆえに、主はこの三百人を用いてイスラエルに働かれ、ミデアンの大軍に勝利することができたのです(士師記7章)。

 

このことからわかることは、私たちの信仰の戦いにおいて重要なことは数の多さではなく、そこに神に全く献身した人たちがどれだけいるかということです。主はヨシュアにカナンとの戦いを始めるにあたり、イスラエルの人々にまず割礼を行うように命じ、神に献身することを要求されました。同じように主は、私たちが神に全く献身することを要求しておられます。私たちは主のもの、主の牧場の羊であることを覚えながら、主に自らを明け渡し、その生涯を主にささげるなら、主が私たちの生涯にも偉大な御業を成してくださいます。

 

ところで、主の命令に従いヨシュアがイスラエルの民に割礼を施すと、主は何と言われたでしょうか。9節をご覧ください。

「すると、主はヨシュアに仰せられた。「きょう、わたしはエジプトのそしりを、あなたがたから取り除いた。」それで、その所の名は、ギルガルと呼ばれた。今日もそうである。」

 

「エジプトのそしり」とは何でしょうか。「そしり」とは、悪口とか陰口、非難、恥といった意味です。口語訳では「はずかしめ」と訳しています。ですから、ここでは「エジプトのそしりを、あなたがたから取り除いた」とあるので、かつてイスラエルがエジプトにいた時の奴隷の状態、そのはずかしめを取り除いたということになります。コロサイ2章10-12には、神はキリストにあって、人手によらない割礼、心の割礼を受けたクリスチャンのすべての罪を赦し、私たちを責め立てている債務証書を取り除けられた、とあります。ですから、ここでもイスラエルの民が割礼を受けることによって、かつての罪の奴隷としてのそしりが取り除かれ、神のものとされたということが確認されたのです。彼らの立場がそのようにころがされたという意味です。ですから、その所の名は、「ギルガル」、意味は「ころがす」となったのです。

 

Ⅱ.過越のいけにえ(10-12)

 

次に、10節から12節までをご覧ください。

「イスラエル人が、ギルガルに宿営しているとき、その月の十四日の夕方、エリコの草原で彼らは過越のいけにえをささげた。過越のいけにえをささげた翌日、彼らはその地の産物、「種を入れないパン」と、炒り麦を食べた。その日のうちであった。過越のいけにえをささげた翌日、彼らはその地の産物、「種を入れないパン」と、炒り麦を食べた。その日のうちであった。」

 

イスラエル人は、ギルガルに宿営していたとき、その月の十四日の夕方、エリコの草原で過越のいけにえをささげました。荒野にいたときには一度も行なわれませんでしたが、今ここでその過越を祝っています。なぜ過越のいけにえをささげたのでしょうか。

 

過越のいけにえとは、かつてイスラエルの民がエジプトから脱出したことを記念して行うものです。エジプトからイスラエルをなかなか出て行かせなかったパロに対して、神は最後の災いとしてエジプト中の初子という初子をみな滅ぼされると言われました。ただ傷のない小羊をほふってその血を取り、それを家のかもいと二本の門柱に塗れば、神はそのさばきを過ぎ越すと言われたのです。そのようにしてイスラエルの民は、神の裁きから逃れることができたのです。

 

あれから四十年、彼らが荒野にいる間は、この過越のいけにえがささげられませんでした。しかし今、カナンの地を占領しに出て行くにあたり、この過越の祭りを行うようにと命じられたのです。それは、イスラエルにとって四十年の試練の旅が終わり、再び神との契約が確立されたことを表わしていました。つまり、エジプトを出た後の荒野での放浪の旅の期間が正式に終わり、エジプトのそしりが完全に取り除かれたことを意味していたのです。一つの時代が終わり、新しい時代が始まりました。荒野は終わり、約束の地が訪れたのです。

 

この小羊の血は、キリストの十字架の血を指し示していました。かつてイスラエルを神のさばきから救い出した小羊の血は、これから進む約束の地においても彼らの救いと力になります。今礼拝ではⅠペテロから学んでいますが、今週の聖書箇所にこの小羊の血による贖いについてこう記されてありました。

「ご承知のように、あなたがたが父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」(Ⅰペテロ1:18-19)

この小羊の血による贖いこそ、キリストの再臨のときにもたらされる恵みをひたすら待ち望む力となり、あらゆる行いにおいて聖なるものとされる原動力となり、この地上にしばらくとどまっている間の時を、神を恐れかしこんで過ごす動機になるのです。この小羊の血こそ私たちをすべての罪から救い出す力であり、この先の歩みにおいても勝利をもたらす秘訣なのです。私たちを罪からきよめるのは、これまでだけでなくこれからも、ずっと、この小羊の血なのです。

「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」(Ⅰヨハネ1:7)

この救いのすばらしさを知り、その恵みに生きる人こそ、献身へと促されていくのではないでしょうか。

 

さて11節を見ると、その過越しのいけにえをささげた翌日、その地の産物、「種を入れないパン」と、炒り麦を食べた、とあります。すると、それを食べた翌日から、マナの降ることがやみ、イスラエル人には、もうマナはありませんでした。それで、彼らはその年のうちにカナンの地で収穫した物を食べました。どういうことでしょうか。

 

マナは彼らがヨルダン川を渡る直前までずっと降っていました。これは神の奇蹟です。彼らは荒野で食べるものがありませんでしたが、神は彼らを養うために天からマナを降らし、彼らの必要を満たしてくださいました。けれども今、約束の地において収穫した物を食べることができるようになったので、マナは必要なくなったのです。これからは、彼らが主体的に自分の手で糧を得ていかなければなりませんでした。

 

これは神の恵みによって救われたクリスチャンの歩みにも言えることです。クリスチャンは、神の一方的な恵みによって救われました。その恵みは尽きることがありません。その恵みはとこしえまで続きます。しかし、そのような恵みを受けた者はおのずと行動に変化が現われるのです。これまでは愛されることしか考えられ中吸った者が愛する者へ、受けることしか考えられなかった者から与える者へと変えられていくのです。自分の必要が満たされることはうれしいことですが、それよりも、自分を用いて主が御業を成してくださることに喜びを見出していくようになるのです。

 

しかし、これはあくまでも約束の地に入れられた者がこれまでの神の恵みに溢れて成すことであって、そうせねばならないと、外側から強制されてすることではありません。見た目では同じでも、その動機がどこから来ているかによって、全く違う結果となってしまうことがあります。私たちの信仰生活も強いられてではなく、内側から感謝に溢れて、心から、神に向かってしたいものです。すべては神の恵みによるのです。

 

Ⅲ.足のはきものを脱げ(13-15)

 

最後に、13節から終わりまでをみたいと思います。

「さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは、私たちの見方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」すると彼は言った。「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」すると、主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。」

 

ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていました。抜き身の剣とは、神の強い力や勢いを象徴する剣のことです。この抜き身の剣を持つ人が、ヨシュアの前方に立っていたのです。おそらくヨシュアはエリコの城壁を目の前にして、どのようにしてその堅固な城壁を落とすことができるだろうかと悩んでいたものと思います。その時、主が抜き身の剣を手に持ち、彼の前に現われたのです。

 

ヨシュアはその時、「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの敵ですか。」と言いました。するとその人はそれには一切答えないで、「わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」と答えました。つまり、主ご自身が戦ってくださるということであり、彼はその将軍であるというのです。

 

ヨシュアにとってはどれほど大きな励ましであったことかと思います。私たちも、このような高くそびえ立つ城壁を前にすると、そこにどんなに偉大な神の約束があってもすぐに怯えてしまうものですが、そのような時でも主が共にいて戦ってくださるのです。私たちの戦いは私たちの力によるのではなく、主が共にいて戦ってくださる主の戦いなのです。いや、主が先だって進んで行かれ、その戦いを進めてくださいます。それゆえに、私たちは弱り果ててはならないし、意気消沈してはなりません。主が戦ってくださるのであれば、必ず勝利してくださるのですから、その勝利を確信して進んでいかなければなりません。そのために必要なことは何でしょうか。

 

ヨシュアが、「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」と言うと、その主の軍の将はヨシュアにこう言いました。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる場所である。」そこで、ヨシュアはそのようにしました。これはどういう意味でしょうか。

 

これはかつて、あのホレブの山で、主がモーセに対して語られた言葉と同じ言葉です。足のくつを脱ぐということは、その当時、奴隷になることを意味していました。奴隷は主人の前ではくつを脱がなければなりませんでした。したがって、くつを脱げということは「奴隷になりなさい」ということであり、神のしもべでありなさいということを示していたのです。言い換えるならば、それは主のしもべとして完全に自分を明け渡して主に従いなさい、ということです。そうすれば、たとえ目の前にどんな困難が立ちはだかろうとも、主が勝利を与えてくださるのです。

 

私たちはイエス・キリストの十字架によって救われ、その血による贖いをいただいているにもかかわらず、いつも敗北感を味わっています。いったい何が問題なのでしょうか。足のくつをぬいでいないことです。主に従っていないのです。いつも自分が優先になり、自分の思いで突っ走っています。これではどんなに主が働きたくても働くことができません。主の前で足のくつを脱がなければなりません。自分の思いに従ってはなりません。私たちは足のくつを脱ぎましょう。主のしもべとなり、主にすべてを明け渡しましょう。そうすれば、主が必ず勝利してくださるのです。

ヨシュア記4章

きょうはヨシュア記4章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.恵みの記念石(1-7)

 

まず1節から7節までをご覧ください。

「民がすべてヨルダン川を渡り終わったとき、主はヨシュアに告げて仰せられた。「民の中から十二人、部族ごとにひとりずつを選び出し、彼らに命じて言え。『ヨルダン川の真中で、祭司たちの足が堅く立ったその所から十二の石を取り、それを持って来て、あなたがたが今夜泊まる宿営地にそれを据えよ。』」そこで、ヨシュアはイスラエルの人々の中から、部族ごとにひとりずつ、あらかじめ用意しておいた十二人の者を召し出した。ヨシュアは彼らに言った。「ヨルダン川の真中の、あなたがたの神、主の箱の前に渡って行って、イスラエルの子らの部族の数に合うように、各自、石一つずつを背負って来なさい。それがあなたがたの間で、しるしとなるためである。後になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石はあなたがたにとってどういうものなのですか。』と聞いたなら、あなたがたは彼らに言わなければならない。『ヨルダン川の水は、主の契約の箱の前でせきとめられた。箱がヨルダン川を渡るとき、ヨルダン川の水がせきとめられた。これらの石は永久にイスラエル人の記念なのだ。』」

圧倒的な神の御業によってイスラエルの民がヨルダン川を渡り終えたとき、主はヨシュアに、民の中から12人、部族ごとにひとりずつを選び、ヨルダン川の真ん中で、祭司たちが立ったその場所から12の石を取り、彼らが泊まる宿営地に据えるようにと命じました。せっかくヨルダン川を渡りきったのに、なぜ再びヨルダン川に戻って石を取って来なければならなかったのでしょうか。また、なぜそれを宿営地に据えなければならなかったのでしょうか。

6節を見ると、その理由が記されてあります。つまり、それはしるしとなるためでした。後になって、彼らの子どもたちが、「これらの石はあなたがたにとってどういうものなのですか」と聞くとき、主がヨルダン川の水をせきとめられたということのしるしである、と答えなければなりませんでした。それは実にこのヨルダン川渡河の奇跡が、生きて働かれる主の御業によるものであることの証拠として、後世の人たちの信仰の励ましとなるためのしるしだったのです。言うならば、それはイスラエルの後世の人たちに対する教訓として立てられたものだったのです。

昔から、「ユダヤ人はどうして優秀な民族なのか」という問いがありますが、その一つの理由はここにあると思います。すなわち、ユダヤ人は、過去の体験から教訓をしっかりと受け継ぐ民族であるということです。ユダヤ人の生活の中にも他の民族と同じように多くの祭りがありますが、他の祭りと違うことは、ただ単に祭りによって浮かれ、はしゃぎ、興奮して、喜んでいるのではなく、その祭りに込められている歴史的教訓から学んでいることです。それは良いこと、勝利の体験ばかりでなく、悪いこと、失敗の体験からも、それらの事柄を通して得た教訓を、その祭りの中に託し儀式化しているのです。

たとえば、過越しの祭りはその一つです。その祭りの期間中は、どこに行っても「種なしパン」が出されます。それはこの種なしパンに大きな意味があるからです。それはイスラエル民族の屈辱と解放を記念しているものなのです。昔イスラエルがエジプトで奴隷であったとき、主は彼らの嘆きを聞かれモーセという人物を立ててそこから解放してくださいました。その脱出の際、時間がなかったので、パンを膨らませる余裕がなく、仕方なく種なしパンを食べたのです。そしてその後、過越しの祭りの際にはその時のことを忘れないために、何百年も何千年もそのことを繰り返して祝ってきたのです。彼らはその種なしパンを食べる度に、あの出エジプトにおいてイスラエルの民族が受けた屈辱と、そこから解放してくださった神の恵みを、ずっと思い起こしてきたのです。

この記念の石塚も同じです。主がヨルダン川をせきとめイスラエルの民を渡らせてくださったことをいつまでも覚え、そのすばらしい主の力を思い出し、その恵みにしっかりととどまっているために、主はわざわざヨルダン川に戻らせて12の石を取らせて、それを記念碑としたのです。

それは私たちにも必要なことではないでしょうか。私たちもこのような感謝の記念碑を立てなければなりません。主がなしてくださったその恵みの数々を思い起こし一つ一つを心に刻まなければならないのです。私たちはともすると神の恵みに対して、それが当たり前であるかのように、口では感謝といいながら、ぬくぬくとその中で生きていることがあるのではないでしょうか。かつてあの時に、あのようにすごい恵みと祝福を与えてくださったのに、そればかりか様々に起こる困難に対しても、その都度乗り越える力を与え、平安をあえてくださったのに、それらすべてを過去のもとしてしまい、何の感謝もせず、むしろブツブツと不平不満をもらし、あるいはそれらを自分自身の業績のように思って生きていることがあるのではないでしょうか。

詩篇103篇2節には、「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」とあります。ほめたたえられるべき方がどのような方であるかを思い出すことが、その後の歩みの力となります。神がどのような方をあるかを知ればしるほど、神の恵みがどれほど大きいかを知れば知るほど、この神の恵みにとどまるようになるのです。

主イエスは、十字架にかかられる前夜、弟子たちと食事をした後、パンを取り、感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのためのわたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯はわたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」(Ⅰコリント11:23-25)それは、私たちのために救いを成し遂げてくださった主の恵みを覚え、その主と一つになるために主がするようにと命じられたことでした。これを行うことによって、主の成してくださったことを覚え、心に深く刻むことができます。それは聖餐だけではありません。私たちは主の恵みを具体的な形にして感謝を表すことによって主の恵みにとどまり、それが次に進ませる力となるのです。

Ⅱ.信仰によって(8-18)

次に、8節から18節までをご覧ください。

「イスラエルの人々は、ヨシュアが命じたとおりにした。主がヨシュアに告げたとおり、イスラエルの子らの部族の数に合うように、ヨルダン川の真中から十二の石を取り、それを宿営地に運び、そこに据えた。・・ ヨシュアはヨルダン川の真中で、契約の箱をかつぐ祭司たちの足の立っていた場所の下にあった十二の石を、立てたのである。それが今日までそこにある。・・箱をかつぐ祭司たちは、主がヨシュアに命じて民に告げさせたことがすべて終わるまで、ヨルダン川の真中に立っていた。すべてモーセがヨシュアに命じたとおりである。その間に民は急いで渡った。民がすべて渡り終わったとき、主の箱が渡った。祭司たちは民の先頭に立ち、ルベン人と、ガド人と、マナセの半部族は、モーセが彼らに告げたように、イスラエルの人々の先頭を隊を組んで進んだ。いくさのために武装した約四万人が、エリコの草原で戦うために主の前を進んで行った。主がヨシュアに、「あかしの箱をかつぐ祭司たちに命じて、ヨルダン川から上がって来させよ。」と仰せられたとき、ヨシュアは祭司たちに、「ヨルダン川から上がって来なさい。」と命じた。主の契約の箱をかつぐ祭司たちが、ヨルダン川の真中から上がって来て、祭司たちの足の裏が、かわいた地に上がったとき、ヨルダン川の水はもとの所に返って、以前のように、その岸いっぱいになった。」

イスラエルの民は、ヨシュアが命じたとおりに、ヨルダン川の真ん中から12の石を取り、それを宿営地に運び、そこに据えました。ところで、9節を見ると、8節を補足する形での挿入のように、・・線で括られています。つまり、ヨルダン川の真ん中から取って宿営地に運び、そこに据えた石がどこから拾ってきたのかを説明しているかのようになっていますが、原文では・・     線がないばかりか、同じことの繰り返しではないのです。

口語訳や新共同訳では、川底から運び出して川岸に設置した12の石とは別に、川底にも12の石を立てた、と読むことができます。多くの訳がそのように訳しています。けれども、川の中に石を立てるというのは、川の水が増したときに見えなくなるため、記念としては意味がありません。新聖書注解によると、「川の水で流されないような大きな石が、ヨルダン川の中に据えられて、ヨシュアとその世代の記憶がまだ生々しい頃に、河岸からそれを見ることができたのである。真ん中でも、必ずしも川の流れが激しい場所と解釈する必要はない。」(新聖書注解、旧約2 P51)と注解しています。けれども、仮に一時的に川岸から見ることができたとしても長い年月のうちにはその石も崩れて見えなくなってしまうでしょう。そのような理由で、この記述は合理的でないため、書き違いであると考えられてきました。また、川の中に石を立てることは神の命令になかったことからも、そのようなことをヨシュアが命じるはずがないと考えられてきたのです。

けれども、このような合理的な理由からだけでヘブル語本文を解釈することは極めて危険であり、人間的に判断してしまう恐れがあります。もちろん、ヘブル語によくある表現で、「ヨシュアは据えた」という句を補う形で、「祭司たちが立っていた場所の下にあった十二の石を」と理解することも可能なので、原文をそのまま受け入れるとしても、そこには依然として、二つの可能性が残るのは事実です。したがって、ここではどちらが正しいのかという判断はそのまま残しながら、もし、口語訳のように、宿営地とヨルダン川の川底の二か所に石塚が建てられたとすると、それはどういうことなのかを考えて行きたいと思うのです。

すると、そこにとても興味深い意義が浮かびあがってきます。それは、確かに川の真ん中に作られた石塚は川が再び流れ出したあとでは、何の証拠にもならないかのように見えますが、たとえ形が見えなくても、確かにヨルダン川を渡り、そのしるしとして川底に石塚を立てたということを信じることができたということです。私は先日、近くにある前方後円墳の遺跡を見に行きました。遺跡というのは、古い時代に建てられた建物とか、お墓、歴史的事件があったなんらかの痕跡が残されている場所のことで、それを見ると過去の人々の営みが見えてきます。しかし、そのほとんどは、「えっ、こんなところにあるの」と思われるような人目につかない閑散な場所であります。私が見に行った遺跡もそうで、そこには説明が書かれた立て看板があるだけで、どこから上って行けばたどりつくのかさえもわからない場所でした。つまり、こうした遺跡は見えるとか、見えないというのはそれほど問題ではないのです。問題は、実際ここに数百年前に人々が住んでいて、誰なのかはわからないけれども葬られたという事実があるということなのです。ですから、そこにたたずんでいるだけで、昔の人のそうした思いや生活ぶりがよみがえってくるのです。

ヨシュアがヨルダン川の川底に記念の石塚を立てたのも同じではないでしょうか。それが見えるか、見えないかということではなく、実際にヨルダン川の川岸に立った時、かつてここでイスラエルの先祖たちが神の御業を体験し、そこを渡ることができたということを思い起こし、彼らに働いておられる神の大いなる力を信じることができたのです。見えるだけでなく、見えない所にも記念の石塚を立てるほどものすごい神の奇跡を体験したんだということを後世の人たちも感じることができるために、わざわざ川底にも石を据えてその記念としたのです。ですから、見えなくもいいのです。見えなくても、そのことが聖書に書き記されることによって、その思いがひしひしと伝わってくるのです。

それから、そこにはもう一つの重要な意義があります。それは、このヨルダン川の川底に立てられた石塚は、キリストとともに十字架につけられたことの象徴であったということです。パウロはコリント人への手紙第一10章1節と2節で、「そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの父祖たちはみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、」と言っています。つまり、かつてモーセが紅海を通ったのはモーセにつくバプテスマであったのならば、ヨシュアがヨルダン川を通ったのはヨシュアにつくバプテスマであったということです。ヨシュアとはだれのことでしょうか。「ヨシュア」とはギリシャ語で「イエス」です。ですから、これはイエスにつくバプテスマのひな型だったのです。

「私はキリストともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」(ガラテヤ2:20)

このようにして見ると、ヨルダン川の川底に作られた石塚はキリストとともに十字架につけられた自分の姿の象徴であり、宿営地に作られた記念の石塚は、キリストとともに生きる新しいいのちの象徴だったと言えます。本来であれば、川の流れの中で滅ぼされていたかもしれない自分の代わりにキリストが死んでくださったというだけでなく、その身代わりによって新しいいのちに生かされるようになりました。この十字架と復活による救いの恵みを、この二つの石塚は表していたのです。

さて、民がすべて渡り終わった時、主の契約の箱をかつぐ祭司たちが、ヨルダン川の真ん中から上がって来て、祭司たちの足の裏が、かわいた地にあがったとき、ヨルダン川の水はもとのところに返って、以前のように、その岸いっぱいになりました。その日、主は全イスラエルの見ている前でヨシュアを大いなるとされたので、彼らは、モーセを恐れたように、ヨシュアをその一生の間恐れました。それはヨシュアが大いなる者とされ、次なる戦いにとって大きな出来事であったことがわかります。そのポイントはいったい何だったのでしょうか。信仰です。モーセが主によって与えられた約束を、ヨシュアが信仰によってその実現に向かっているのです。それがカナンの地の征服において現われていきます。信仰こそ、神の約束を実現してく手段であり、大いなる者とされる秘訣であることがわかります。

Ⅲ.信仰の継承(19-24)

最後に、19節から終わりまでをみたいと思います。

「民は第一の月の十日にヨルダン川から上がって、エリコの東の境にあるギルガルに宿営した。ヨシュアは、彼らがヨルダン川から取って来たあの十二の石をギルガルに立てて、イスラエルの人々に、次のように言った。「後になって、あなたがたの子どもたちがその父たちに、『これらの石はどういうものなのですか。』と聞いたなら、あなたがたは、その子どもたちにこう言って教えなければならない。『イスラエルは、このヨルダン川のかわいた土の上を渡ったのだ。』あなたがたの神、主は、あなたがたが渡ってしまうまで、あなたがたの前からヨルダン川の水をからしてくださった。ちょうど、あなたがたの神、主が葦の海になさったのと同じである。それを、私たちが渡り終わってしまうまで、私たちの前からからしてくださったのである。」

イスラエルはヨルダン川から上がると、エリコの東の境にあるギルガルに宿営しました。そこはカナン侵略の、いわば作戦軍事基地になっていった場所です。そこからイスラエルの民はカナン人との戦いを開始していきました。それほど重要な場所だったのです。戦いに勝つこともあれば、負けることもありました。しかし、とにかくギルガルに戻ってきた時には、この記念碑を見て、奮起したのです。父なる神はあのヨルダン川をせきとめて、その真ん中を渡らせてくださった全能者である。そのことを再確認し、思い起こして、勇気をいただいて、再び戦いへと出て行ったのです。ギルガルは、私たちが帰る場所なのです。そこに帰って静まり、神の偉大さを思い起こし、勇気と力をいただいて、再び戦いへと出て行く場所です。そうです、それが十字架のキリストなのです。私たちはいつも十字架のキリストのもとに帰り、そこから慰めと励まし、勇気と力をいただいて、再びこの世の中に出て行くことができるのです。私たちの中で絶えずギルガルに戻ることが必要なのです。

それは私たちだけではありません。子どもたちにも言えることです。後になって、あなたの子どもたちがその父たちに、「これらの石はどういうものなのですか」と聞くなら、「イスラエルはヨルダン川のかわいた土の上渡ったのだと言わなければなりません。それは、地のすべての民が、主の御手が力強いことを知り、彼らがいつも彼らの神、主を恐れるためです。

私たちの子どもたちは主を恐れているでしょうか。この世の流れにどっぷりと浸かり、神ではなく別のことを恐れながら生きています。それは子どもたちだけでなく、私たち自身もそうです。地のすべての民が、主の御手が力強いことを知り、この主を恐れるために、その偉大さを教えていかなければなりません。

パウロはテモテに、「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。」(Ⅱテモテ2:2)と言いましたが、そのためには、他にも教える力のある忠実な人が起こされるように祈らなければなりません。これが私たちに託された使命です。そのためには、まず私たちが信仰に生き、神の恵みの豊かさを体験する必要があります。この世はそれとは全く反対の方向に流れていても、「私と私の家とは、主に仕える。」(ヨシュア24:15)とヨシュアが告白したように、私たちもそのように告白しながら歩んでいきたいものです。

ヨシュア記3章

きょうはヨシュア記3章から学びたいと思います。

 

 Ⅰ.主の契約の箱のうしろを進め(1-6

 

 まず1節から4節までをご覧ください。

「ヨシュアは翌朝早く、イスラエル人全部といっしょに、シティムを出発してヨルダン川の川岸まで行き、それを渡る前に、そこに泊まった。三日たってから、つかさたちは宿営の中を巡り、民に命じて言った。「あなたがたは、あなたがたの神、主の契約の箱を見、レビ人の祭司たちが、それをかついでいるのを見たなら、あなたがたのいる所を発って、そのうしろを進まなければならない。あなたがたと箱との間には、約二千キュビトの距離をおかなければならない。それに近づいてはならない。それは、あなたがたの行くべき道を知るためである。あなたがたは、今までこの道を通ったことがないからだ。」

 

エリコの町を偵察した斥候からの報告を受け、ヨシュアは翌朝早く、イスラエル人全部といっしょにシティムを出発してヨルダン川の川岸まで行き、それを渡る前に、三日間そこに泊まりました。それは、彼らが約束の地へ進んで行くために、一つの困難に差しかかっていたからです。それはヨルダン川を渡るということでした。神からの約束が与えられたということは、それが棚ぼた式にもたらされるということではありません。その達成のためには、いくつかの困難を乗り越えて行かなければならないのです。神の約束があり、その約束の言葉にしたがって行動を起こし始めるや否や、このような大きな障害が立ちはだかるのです。こうした障害を乗り越えて行きながら、神の約束は実現していくのです。

 

彼らはどのようにこれを乗り越えて行ったのでしょうか。2節から4節までをご覧ください。ヨシュアはこのように民に命じていいました。

「あなたがたは、あなたがたの神、主の契約の箱を見、レビ人の祭司たちが、それをかついでいるのを見たなら、あなたがたのいる所を発って、そのうしろを進まなければならない。あなたがたと箱との間には、約二千キュビトの距離をおかなければならない。それに近づいてはならない。それは、あなたがたの行くべき道を知るためである。あなたがたは、今までこの道を通ったことがないからだ。」

どういうことでしょうか。それは徹底的に主に信頼し、主に従うことによって乗り越えられるということです。イスラエルの民は、主の契約の箱を先頭にして、そのうしろを進まなければなりませんでした。普通、契約の箱はその隊列の中央に置かれていました。それは主がイスラエルの民の真ん中におられることを象徴していたからです。けれどもここでは契約の箱を先頭に立て、そのうしろを進まなければなりませんでした。それは主が彼らに行くべき道を示すためであり、その道を開かれるためでした。言い換えると、主ご自身が先頭に立って問題を解決してくださるということです。私たちの信じる神は、私たちに先だって行かれ、そこに生じるであろうあらゆる問題を解決してくださるのです。信仰生活の醍醐味は、まさにこの先だって行かれる主を体験するところにあります。感謝なことに、私たちが問題の渦中にあっても、既に主が先だって行かれ、その問題の解決に当たって下さっているのです。

 

ところで、4節を見ると、この契約の箱との間には、二千キュビトの距離を置かなければならないとあります。1キュビトは44.5センチですから、二千キュビトは約900メートルになります。いったいなぜこれほどの距離を置かなければならなかったのでしょうか。

ここで思い浮かべるのが、Ⅱサムエル記6章にある「ウザの事件」です。かつて、ダビデがエルサレムに契約の箱を運び入れようとした際、新しい車に乗せて進んでいましたが、車を引いていた牛がつまずいて契約の箱が落ちそうになりました。それで側にいたウザという人があわてて手で持ってそれを支えたところ、この行為が神の怒りに触れ、彼は神に打たれてその場で死んでしまったのです。私たちはこの箇所を読むたびに本当に不思議に思います。なぜウザが神に打たれなければならなかったのか、ウザはただ契約の箱が落ちないように支えただけでなかったのか、いったいどうしてそのことが神の怒りを招くことになったのか・・・。

それは、神がそれほど聖い方であって、たとえ善意によるものであってもそれに触れるようなことがあれば、死ななければならないことを示していました。神は人間が近づくことも、触れることもできないほど聖い方であって、この方の前にしゃしゃり出ることは許されないのです。私たちに求められているのはこの神の御前にへりくだり、絶対的に従うことなのです。

そして、この時の命令も同じことを意味していました。すなわち、肉なる者が前面に出てしまうと主が働きにくくなるのです。否、むしろ主の御業の妨げになってしまいます。それゆえに、二千キュビトの距離を置かなければならなかったのです。絶対に主の前に出て、主の働きを妨げてはならない、主が働いてくださることを信じて、そのはるか後方を進まなければならなかったのです。

 

ウオッチマン・二―は「神の前における二つの罪ということについて、次のように述べています。「第一に拒否の罪、すなわち、神様の命令に従わないで、それを拒否するという罪。そして、もう一つは出しゃばりの罪、すなわち神の命令がないのに、人間的な考えによって自分で進んで行こうとする罪である。この二つの罪が人間にはあるだけだ。」神様が命じているのにそれに従わないということがよくありますが、それだけでなく、命じていないのに自分から出しゃばって失敗するということもあります。私もどちらかというと、この点で失敗することが多いと感じます。神様の命令よりも自分の思いが優先してしまうのです。結局のところ、何もしなければよかったということがよくあるます。何もしなければいいということではありませんが、神が先を進んでおられると信じ、神が求めておられることは何か、何が良いことで完全であるのかをわきまえ知るために自分自身を主にささげ、それが示されたなら大胆に進んで行く。そういう者でありたいと願わされます。

 

ところで、そのためにイスラエルの民はどのような備えが必要だったのでしょうか。5節と6節をご覧ください。

「ヨシュアは民に言った。「あなたがたの身をきよめなさい。あす、主が、あなたがたのうちで不思議を行なわれるから。ヨシュアは祭司たちに命じて言った。「契約の箱をかつぎ、民の先頭に立って渡りなさい。」そこで、彼らは契約の箱をかつぎ、民の先頭に立って行った。」

 

続いて、ヨシュアは民に言いました。「あなたがたの身をきよめなさい。」と。身をきよめるとはどういうことでしょうか。身をきよめるとは、神に全く献身するということです。なぜでしょうか?主が、あなたがたのうちで不思議を行われるからです。ここで「あなたがた」とはイスラエルの民のことを指しています。主が彼らのうちで不思議を行われるために彼らがしなければならなかったことは、彼らの身をきよめることでした。自分たちのものはすべて、自分たちのからだも心もすべて主のものであることを認め、そのすべてを主に捧げなければならなかったのです。すなわち、主の命令と指示に対しては、どんなことがあっても従っていくという覚悟です。

 

それは教会も同じではないでしょうか。主が御業を行ってくださるために、私たちも身をきよめなければなりません。自分の思いや、自分の考えがあるかもしれませんが、主のみこころを最優先にして、どんなことがあってもみこころに従っていくという覚悟が求められているのです。そのようなところに主が働いてくださらないわけがありません。そこには信じられない主の御業と栄光が現されるのです。

 

Ⅱ.ヨルダン渡河の目的(7-13

 

次に7節から13節までをご覧ください。

主はヨシュアに仰せられた。「きょうから、わたしはイスラエル全体の見ている前で、あなたを大いなる者としよう。それは、わたしがモーセとともにいたように、あなたとともにいることを、彼らが知るためである。あなたは契約の箱をかつぐ祭司たちに命じてこう言え。『ヨルダン川の水ぎわに来たとき、あなたがたはヨルダン川の中に立たなければならない。』ヨシュアはイスラエル人に言った。「ここに近づき、あなたがたの神、主のことばを聞きなさい。」ヨシュアは言った。「生ける神があなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。見よ。全地の主の契約の箱が、あなたがたの先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。今、部族ごとにひとりずつ、イスラエルの部族の中から十二人を選び出しなさい。全地の主である主の箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまると、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになる。」

 

ヨシュアは祭司たちに、「契約の箱をかつぎ、民の先頭に立って渡りなさい。」と命じました。そこで祭司たちは契約の箱をかつぎ、民の先頭に立って行きました。いったいなぜこのようなことを命じたのでしょうか。続く7節にはその理由が記されてあります。それは、イスラエル全体の前で、主がヨシュアを大いなる者とするためでした。それは、主がモーセとともにいたように、ヨシュアとともにいることを、イスラエルの民が知るためだったのです。実際、ヨシュアがこれから行なうことは、かつてモーセが行なったことと同じようなものでした。つまり、神が紅海を分けるためにモーセを用いられたように、ヨルダン川をせき止めるためにヨシュアを用いられたということです。そして、かつてモーセが祈り紅海を分けたとき、「イスラエルは主がエジプトに行なわれたこの大いなる御力を見たので、民は主を恐れ、主とそのしもべモーセを信じた。(出エジプト14:31)」ように、今度はヨルダン川の水をせき止めるという神の奇跡をヨシュアが行うことによってヨシュアを大いなる者とし、イスラエルの民が彼に従うようにさせたのです。つまり、この出来事はカナンの地における次なる戦いのためにヨシュアのリーダーシップを確立させるためだったのです。おそらく、この時点ではまだ、十分なリーダーシップが発揮されていなかったのでしょう。イスラエルの初代指導者であったモーセがあまりにも偉大なリーダーであったがゆえに、その後継者であったヨシュアに対する民の尊敬は今一つだったのだと思います。ですから、この出来事を通して、モーセと同じ神が、その同じ霊をもってヨシュアにも働いていることを示し、ヨシュアを大いなる者にしようとしたのです。

 

しかし、イスラエルの民がヨルダン川を渡るという出来事には、もう一つの目的がありました。それは、彼らがカナンの地に入って行った後に直面するであろう次なる戦いのためであったということです。10節には、「ヨシュアは言った。「生ける神があなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。」とあります。そこにはカナン人をはじめとする七つの部族がすでに定住していました。したがって、彼らがその地を占領するためには、そうした部族と戦って勝利しなければならなかったのです。いったいどうしたら勝利することができるのでしょうか。そのためには、生ける神が彼らのうちにおられ、そうした部族を追い払われるという確信を持たなければなりませんでした。どうしたらその確信を持つことができるのでしょうか。この奇跡的な出来事を通してです。全地の契約の箱が、彼らの先頭に立ってヨルダン川を進んで行く時、その箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまるとき、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになるという出来事によって、生ける神が彼らのうちにおられ、彼らの前から敵を追い払ってくださるということを知ることができたのです。

 

これは私たちの信仰生活も同じです。私たちも主イエス・キリストの十字架の死による贖いと復活のいのちによって、約束の地に入れられました。しかし、それはすべてにおいて順風満帆で何の問題も起こらないかというとそうではなく、そこには新たなる戦いが起こってくるのです。しかし、その戦いのただ中に生ける主が共におられ、敵を必ず追い払ってくださいます。そうです、私たちの戦いは、すでに勝利が決定している戦いなのです。言うならば、クリスチャンの生涯とは、むしろこの戦いを心躍らせながら進んで行く生涯なのです。そこには圧倒的な勝利の主がともにいて戦ってくださるのです。そのことを知らなければなりません。まさにイスラエルのヨルダン渡河は、このことを知るためだったのです。

Ⅲ.せきとめられたヨルダン川(14-17

 

さて、その結果はどうなったでしょうか。14節から17節までをご覧ください。

「民がヨルダン川を渡るために、天幕を発ったとき、契約の箱をかつぐ祭司たちは民の先頭にいた。箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、・・ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが・・上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。主の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった。」

 

箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれますが、上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられたので、イスラエルの民はすべて、そのかわいた地を通り、ヨルダン川を渡り終えました。これは「刈り入れの期間中」の出来事だとありますが、今の暦に直すと三月下旬から四月上旬にかけての時期です。その時期は大麦の収穫の時期で、ヘルモン山からの雪解け水がガリラヤ湖に入ってきて、そしてヨルダン川に流れるので、水かさが最も増します。しかし、どんなに水かさが増しても、主の圧倒的な力によって完全にせきとめられたので、イスラエルの民はヨルダン川の真ん中のかわいた地を通って、渡ることができたのです。

 

ところで、15節を見ると、「箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき」とあります。そのとき、ヨルダン川の水は、上から流れ下る水はつったって、せきをなして立ち、塩の海のほうに流れる水は完全にせきとめられました。すなわち、ヨルダン川の水がせきとめられたのは、祭司たちの足の裏がそのヨルダン川の水の中にとどまったときであったということです。祭司たちはヨルダン川の水がせきとめられてから足を踏み入れたのではなく、水の中に足を踏み入れた結果、せきとめられたのです。このとき祭司たちはどんな気持ちだったでしょうか。もし水が引かなかったらどうなってしまうかと不安だったことでしょう。しかし、彼らは神の約束に従って水の中に足を踏み入れたので、水がせきとめられたのです。

これが信仰です。信仰とは望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。目に見えるものを信じることは、信仰ではありません。信仰とは目に見えなくても、主が約束してくださったことを信じることです。そこに偉大な主の御業が現されるのです。私たちも信仰によって踏み出す者となりましょう。

ヨシュア記2章

きょうはヨシュア記2章から学びたいと思います。

 

 Ⅰ.遊女ラハブ(1-14

 

 まず1節から7節までをご覧ください。

「ヌンの子ヨシュアは、シティムからひそかにふたりの者を斥候として遣わして、言った。「行って、あの地とエリコを偵察しなさい。」彼らは行って、ラハブという名の遊女の家にはいり、そこに泊まった。エリコの王に、「今、イスラエル人のある者たちが、今夜この地を探るために、はいって来ました。」と告げる者があったので、エリコの王はラハブのところに人をやって言った。「あなたのところに来て、あなたの家にはいった者たちを連れ出しなさい。その者たちは、この地のすべてを探るために来たのだから。」ところが、この女はそのふたりの人をかくまって、こう言った。「その人たちは私のところに来ました。しかし、私はその人たちがどこから来たのか知りませんでした。その人たちは、暗くなって、門が閉じられるころ、出て行きました。その人たちがどこへ行ったのか存じません。急いで彼らのあとを追ってごらんなさい。追いつけるでしょう。」彼女はふたりを屋上に連れて行き、屋上に並べてあった亜麻の茎の中に隠していたのである。彼らはその人たちのあとを追って、ヨルダン川の道を渡し場へ向かった。彼らがあとを追って出て行くと、門はすぐ閉じられた。」

 

「「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの紙、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア1:9)との主のみことばに励まされてヨシュアは、主が彼らに与えて所有させようとしている地を占領するために出て行きます。ヨシュアはまずシティムという所からふたりの者を斥候として遣わしてエリコを偵察させました。すると、彼らはラハブという名の遊女の家に入りそこに泊まりました。いったいなぜ彼らはラハブの家に入ったのでしょうか。おそらく、彼らがエリコの町に入ったということが発覚したため追いかけられて必至に逃げた先がこのラハブの家だったのでしょう。あるいは、そこならば彼らが入って行っても怪しまれないと思ったのかもしれません。

 

2節と3節を見ると、エリコの王に、「今、イスラエル人のある者たちが、この地を探るために、入ってきました」と告げる者があったので、エリコの王はラハブのところに人をやってこう言わせました。「あなたのところに来て、あなたの家に入った者たちを連れ出しなさい。その者たちは、この地のすべてをさぐるために来たのだから。」

すると、ラハブはそのふたりの人をかくまって、こう言いました。「その人たちは私のところに来ました。しかし、私はその人たちがどこから来たのか知りませんでした。その人たちは、暗くなって、門が閉じられるころ、出て行きました。その人たちがどこへ行ったのか存じません。急いで彼らのあとを追ってごらんなさい。追いつけるでしょう。」ラハブはなぜこのような嘘までついて彼らをかくまったのでしょうか。それは彼女がイスラエルの民について聞いていたからです。8節から14節までをご覧ください。

「ふたりの人がまだ寝ないうちに、彼女は屋上の彼らのところに上って来て、その人たちに言った。「主がこの地をあなたがたに与えておられること、私たちはあなたがたのことで恐怖に襲われており、この地の住民もみな、あなたがたのことで震えおののいていることを、私は知っています。あなたがたがエジプトから出て来られたとき、主があなたがたの前で、葦の海の水をからされたこと、また、あなたがたがヨルダン川の向こう側にいたエモリ人のふたりの王シホンとオグにされたこと、彼らを聖絶したことを、私たちは聞いているからです。私たちは、それを聞いたとき、あなたがたのために、心がしなえて、もうだれにも、勇気がなくなってしまいました。あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです。どうか、私があなたがたに真実を尽くしたように、あなたがたもまた私の父の家に真実を尽くすと、今、主にかけて私に誓ってください。そして、私に確かな証拠を下さい。私の父、母、兄弟、姉妹、また、すべて彼らに属する者を生かし、私たちのいのちを死から救い出してください。その人たちは、彼女に言った。「あなたがたが、私たちのこのことをしゃべらなければ、私たちはいのちにかけて誓おう。主が私たちにこの地を与えてくださるとき、私たちはあなたに真実と誠実を尽くそう。」

 

9節で彼女は、「私は知っています」、10節でも、「私たちは聞いているからです」と言っています。彼女が知っていたこと、聞いていたことはどんなことだったのでしょうか。それは、イスラエルの民がエジプトから出てきたとき、主が葦の海の水をからされるといった偉大な御業をなされたことや、エモリ人のふたりの王シホンとオグを打ち破ったことや、パレスチナの地を次々と制覇してきているということです。彼女はそれらのことを聞いたとき、このイスラエルの民の背後には偉大な神が共におられ、行く手を切り拓いておられるのだと直感したのです。そして、このイスラエルの民の信じる主(ヤハウェ)こそまことの神であり、この神に信頼するなら間違いないと信じたのです。9節から12節までのところには「主」という言葉が四回出ていますが、これはヘブル語で「ヤハウェ」となっています。すなわち、彼女はここで「ヤハウェ」という主の御名を呼ぶことによって、自分の信仰を告白しているのです。それゆえに彼女は、遊女という身分でありながらも、この信仰のゆえに救いを受けることができたのです。ここに大きな慰めを受けます。私たちが救われるのは、私たちが善人だからではなく、イエス・キリストを信じる信仰によるのです。この「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

それは私たちも同じです。私たちもこのラハブと同じように汚れた者であり、不道徳な者であるにもかかわらず、主の御名を呼び求めることによって、主イエスを救い主と信じて受け入れたことによって価なしに義と認められたのです。

 

Ⅱ.赤いひも(15-20

 

次に、15節から20節までをご覧ください。

「そこで、ラハブは綱で彼らを窓からつり降ろした。彼女の家は城壁の中に建て込まれていて、彼女はその城壁の中に住んでいたからである。彼女は彼らに言った。「追っ手に出会わないように、あなたがたは山地のほうへ行き、追っ手が引き返すまで三日間、そこで身を隠していてください。それから帰って行かれたらよいでしょう。」その人たちは彼女に言った。「あなたが私たちに誓わせたこのあなたの誓いから、私たちは解かれる。私たちが、この地にはいって来たなら、あなたは、私たちをつり降ろした窓に、この赤いひもを結びつけておかなければならない。また、あなたの父と母、兄弟、また、あなたの父の家族を全部、あなたの家に集めておかなければならない。あなたの家の戸口から外へ出る者があれば、その血はその者自身のこうべに帰する。私たちは誓いから解かれる。しかし、あなたといっしょに家の中にいる者に手をかけるなら、その血は私たちのこうべに帰する。だが、もしあなたが私たちのこのことをしゃべるなら、あなたが私たちに誓わせたあなたの誓いから私たちは解かれる。」ラハブは言った。「おことばどおりにいたしましょう。」こうして、彼女は彼らを送り出したので、彼らは去った。そして彼女は窓に赤いひもを結んだ。」

 

ラハブが、「私があなたがたに真実を尽くしたように、あなたがたもまた私の父の家に真実を尽くすと、誓ってください。そして、私に確かな証拠をください。」(12というと、彼らは、「私たちのことをしゃべらなければ、主が自分たちにこの地を与えてくださるとき、彼女に真実と誠実を尽くそう」(14と約束しました。そのしるしこそ赤いひもです。ラハブが彼らを綱でつり降ろした窓に赤いひもを結びつけておき、その家に彼女の父と母、兄弟、また、父の家族を全部、集めておかなければならないというのです。そうすれば、彼らがエリコを占領した時に、そのしるしを見て、その家だけは滅ぼさないというのです。

 

かつて、これに似たような出来事がありました。そうです、過越の祭りです。出エジプト記1213節には、イスラエルがエジプトから出て行くとき、神はエジプトの初子という初子をみな滅ぼすと言われました。ただ家の門柱とかもいに小羊の血が塗られた家は神のさばきが過ぎ越していき、災いから免れたのです。ですから、この赤いひもは、過越しの小羊の血を表していたのです。それはまたイエス・キリストの贖いの血潮の象徴でもありました。ラハブは遊女という職業でしたが、この小羊の血によって救われたのです。私たちを神のさばきから救うのは、この小羊の血を信じる信仰によるのです。私たちがどのようなものであるかは、問われません。ただキリストの血を信じ、その血が塗られているかどうかが問われるのです。

 

ヘブル人への手紙1131節に、このラハブの信仰について次のように記されてあります。「信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので、不従順な人たちといっしょに滅びることを免れました。」

すなわち、ラハブは信仰によって生きたのです。それゆえに彼女は遊女でありながらも、不従順な人たちといっしょに滅びることを免れることができました。神のさばきから免れる唯一の道は、赤いひもを結び付けること、すなわち、神の小羊であられキリストの贖いを信じることなのです。

 

ここに、クリスチャンとはどのような者をいうのか、その姿が描かれています。それは、高潔な人であるとか、立派な人、教養のある人、美徳に満ちた人のことではありません。クリスチャンというのは、ただ信仰によって神の恵みと救いを受けている人のことなのです。

 

でもちょっと待ってください。新約聖書にはこのラハブのことについてもう一か所に引用されていて、そこには彼女が行いによって救われたと言われています。ヤコブの手紙225節です。「同様に、遊女ラハブも、使者たちを招き入れ、別の道から送り出したため、その行いによって義と認められたではありませんか。」

ここでは特に、人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないということの例として取り上げられているのです。いったいこれはどういうことでしょうか。これはちょうど今礼拝でヤコブの手紙を取り上げており、その中でもお話ししたように、彼女がその行いによって義と認められたということではなく、彼女は生きた、本当の信仰があったので、自分の命の危険を冒してもイスラエルの使者たちを招き入れ、招き入れただけでなく、別の道から送り出すことができたのです。その信仰にこうした行いが伴っていたということなのです。本物の信仰にはこうした行いが伴うのです。

 

つまり、私たちは神の恵みにより、イエス・キリストを信じる信仰によってのみ救われるのです。そこには、その人がどんな人であるかとか、どんな仕事をしていたかとか、どんな性格の人か、どんなことをした人なのかといったことは全く関係ありません。ただ神の恵みの賜物であるイエスを、救い主として信じて受け入れたかどうかということだけが問われるのです。もしイエス様を信じるなら、たとえ彼女のように「遊女」という不名誉な肩書であっても、たとえ異邦人として神から遠く離れていた人であっても、だれでも救われ、神の祝福を受け継ぐ者とさせていただくことができるのです。そして、そのように救い主につながった本物の信仰には、そうした行いが伴ってくるのであって、その逆ではないのです。

 

Ⅲ.ラハブの信仰(21-24

 

さて、二人の斥候からそのような提示をされたラハブは、どのように応答したでしょうか。21節から終わりまでをご覧ください。

「ラハブは言った。「おことばどおりにいたしましょう。」こうして、彼女は彼らを送り出したので、彼らは去った。そして彼女は窓に赤いひもを結んだ。彼らは去って山地のほうへ行き、追っ手が引き返すまで三日間、そこにとどまった。追っ手は彼らを道中くまなく捜したが、見つけることができなかった。ふたりの人は、帰途につき、山を下り、川を渡り、ヌンの子ヨシュアのところに来て、その身に起こったことを、ことごとく話した。それから、ヨシュアにこう言った。「主は、あの地をことごとく私たちの手に渡されました。そればかりか、あの地の住民はみな、私たちのことで震えおののいています。」

 

ラハブは、二人のことばに対して、「おことばどおりにいたしましょう。」と答えました。これは簡単なことのようですが難しいことです。皆さんがそのように言われたらラハブのように答えたでしょうか。そんなことしていったい何になるというのか、もっと他にすることはないのですか、たとえば、地下に隠れ家を作ってそこに隠れるとか、ありったけのお金を出して命拾いするとか、そういうことならわかりますが、つり降ろした窓に赤いひとを結ぶなんてそんな簡単なことではだめなのではありませんか、と言いたくなります。でも救いは単純です。救いはただ神が仰せになられたことに対して、「おことばどおりにします」と応答することです。よく聖書を学んでおられる方が、「私はまだバプテスマを受けられません」というような方がおられます。「どうしてですか」と聞くと、「まだ聖書を全部学んでいないからです、せめて新約聖書の半分くらいは読まないとだめでしょう」と言います。確かに聖書を学ぶことは大切ですが、全部学ばないと救われないということではありません。聖書が指し示しているイエス様が救い主であり、私たちのために十字架にかかって死なれ、三日目によみがえられたということを信じるなら救われるのです。

 

ラハブのように応答した人が、聖書の他の箇所にも見られます。イエスの母マリヤです。彼女も主の使いから、「あなたはみごもって男の子を産みます」と告げられたとき、「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」と答えますが、それが神の聖霊によるとわかると、「どうぞ、あなたのおことばどおりにこの身になりますように。」と言って、神のみことばを受け入れました。神の救いは自分の頭では理解できないことでも、神が言われることをそのまま受け入れることから始まります。そのような人は神から大いなる祝福を受けるようになるのです。

 

それはマリヤもそうですが、このラハブもイエス・キリストの系図の中に記されていることからもわかります。マタイの1章を見ると名誉なことに、イエス・キリストの系図の中に、彼女の名が連ねられていることがわかります(5節)。異邦人でありながら、しかも遊女という肩書にもかかわらず、神の恵みに信仰をもって応答したことによって、彼女は救い主の系図の中に組み込まれるまでに祝福されたのです。私たちも神の恵みを受けるにはあまりにも汚れた者ですが、主の恵みに信頼して、神の救いイエス・キリストを信じて受け入れ、この方と深く結びつけられることによって、神の恵みを受ける者とさせていただきましょう。

ヨシュア記1章

きょうからヨシュア記に入ります。きょうは、ヨシュア記1章から学びます。まず1節から9節までをご覧ください。

 

 Ⅰ.モーセの従者、ヌンの子ヨシュア(1-9

 

 まず1節から8節までをご覧ください。

「さて、主のしもべモーセが死んで後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行なえ。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」

 

私たちは、これまでモーセ五書から学んできました。創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、そして申命記です。これらはみな、モーセによって書かれたものであり、イスラエル人の信仰生活の土台となる書物です。そのモーセが死に、今新しくイスラエルの指導者が立てられます。それがヨシュアです。ここには、「モーセの従者、ヌンの子ヨシュア」とあります。彼は偉大な先達者モーセの後継者であるということです。すぐれた人物の後に続く、いうならば「二番煎じ」です。ここには、「主のしもべモーセは死んだ」ということが繰り返して書かれてあります。どういうことでしょうか。先達者が偉大な人物であればあるほどその後を継ぐ者のプレッシャーは大きいものです。しかし、そのモーセは死にました。ヨシュアにはモーセとは違う、彼自身に与えられた使命を実現してくことが求められていたのです。

 

ではその使命とは何でしょうか。それはイスラエルの民を約束の地に導き入れることでした。モーセは偉大な指導者でしたが、彼らを約束の地に導き入れることはできませんでした。ヨシュアにはその使命が与えられていたのです。そしてそれはまた、律法ではなく福音によって約束を受けることの象徴でもありました。モーセは律法の代表者でしたが、そのモーセは死んだのです。モーセはイスラエルの民を約束の地に導くことができませんでした。約束の地に導くことができたのはヨシュアです。ヨシュアとはギリシャ語で「イエス」です。そうです、約束の地に導くのは律法ではなくイエスご自身であり、イエスを通してなされた神の御業を信じる信仰によってなのです。

 

そのヨシュアに対して主が語られたことは、「今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」ということでした。

 

ここで重要なことは、「わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け」ということばです。また、「あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」ということばです。この「与えようとしている」とか「与えている」という言葉は、完了形になっています。つまり、これは確かに未来の事柄ではありますが、神にとっては確実に与えられているということです。もう既に完了しているのです。信仰の内に既にそのことが完了していることを表わすために、未来のことであっても完了形で書かれているのです。神の約束が与えられたなら、それはもう実現しているも同然のことなのです。

 

それと同時に、2節には、「今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り」とあります。これは、神の約束の実現の前には、ヨルダン川を渡らなければならないということが示されています。つまり、神の約束が与えられたからといって、何の苦労もなく自然に、いつの間にか成就されるということではないのです。むしろその約束の実現の前には困難と試練が横たわっており、それを乗り越える信仰が求められるのです。すなわち、このヨルダン川を渡った時に初めて約束のものを得ることができるということです。ヨルダン川を渡らずして、ヨシュアはあのカナンの地に入ることはできませんでした。ヨルダン川という試練と困難を経て、足の裏で踏むという信仰の決断を経てこそ、彼はカナンの地に入って行くことができたのです。これは霊的法則なのです。ですから、私たちはすばらしい主の約束の実現のために、ヨルダン川を渡ることを臆してはならないのです。私たちの前にふさがるそのヨルダン川を信仰と勇気をもって渡って行くならば、大きな神の祝福を受けることができるのです。

 

5節をご覧ください。ここには、「あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」とあります。ここには、神がともにいるという約束が語られています。信仰を持ってヨルダン川を渡って行こうとしても、やはりそこには恐れが生じます。しかし、この戦いは信仰の戦いであって、自分の力で敵に立ち向かっていくものではありません。主はモーセとともにいたように、ヨシュアとともにいると約束してくださいました。主がともにおられるなら、だれひとりとして彼の前に立ちはだかる者はいません。主の圧倒的な力で勝利することができるのです。

 

それゆえ、主はこう言われるのです。「強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行なえ。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(6-9

 

ここで主はヨシュアに、「強くあれ。雄々しくあれ。」と同じことを三度繰り返しています。なぜでしょうか。ある聖書学者はこう分析しています。ヨシュアは年齢が若く、したがってモーセほどの実力を持っていなかったので、イスラエルの民が自分に従ってくれるかどうか非常に恐れていた。それで主はこれを三度も語って励ます必要があったのだ、と。もちろん、それも一理あると思います。しかし、ヨシュアのこれから先に起こることを考えると、主がそのように言われたのも納得できます。つまり、主は、これからのヨシュアの生涯が戦いの連続であるということをご存知でしたので、「強くあれ。雄々しくあれ。」と何度も繰り返して語る必要があったのです。確かに荒野においてヨシュアはモーセとともに戦いました。しかしそのモーセは死んだのです。モーセが死んだ今、自分一人で戦わなければならない時に、頼るべきものは主なる神だけです。神に聞き従いつつ、自分自身が先頭に立って様々な困難と闘っていかなければならないのです。そんなヨシュアにとって、「わたしはあなたとともにいる」という約束の言葉はどれほど力強かったことかと思います。確かにヨシュアの生涯は戦いの連続でした。しかし、共にいましたもう主の導きの中で、勝利を勝ち取ることができたのです。

 

これは私たちの信仰の生涯も同じです。それは戦いの連続であり、激しい戦いを通らなければならないことがあります。しかし、主はそのような時にも共にいて、勝利を取ってくださいます。それが私たちの信仰なのです。主イエスの十字架は、私たちの罪の赦しのためです。しかしそれ以上に、十字架は悪魔に対する勝利の力であり、悪魔の罠をも勝利に転換させる大いなる力なのです。この十字架の勝利の信仰のゆえに、どんな戦いにも勝利することができるのです。一時的には敗北と見えるようなことがあったとしても、私たちにはやがて必ず勝利するのです。なぜなら、十字架においてすでに主が勝利をとっておられるからであり、その勝利の陣営に私たちはいるからです。

 

私たちクリスチャンは信仰をいただいたからといって、戦いが全くなくなるというわけではありません。困難がなくなる訳ではないのです。この世に住む以上、常に戦いの連続であり、そのような人生を歩まざるを得ません。しかし感謝なことは、私たちは勝利が確実な戦いを戦っているということです。小手先の所ではもしかすると敗北しているように見えるかもしれません。小さな所では破れていることもあります。。しかし大局的には、最も重要な所では、もう既に私たちは勝利しているのです。

 

アラン・レッドパスという霊的指導者はこのように言いました。「クリスチャンは勝利に向かって努力するのではなく、勝利によって働き続ける者なのです。」

そうです。私たちは勝利のために、勝利に向かって懸命に戦う者ではなく、もう既に与えられている勝利をもって、勝利の中を戦い続けていくものなのです。それゆえに、その勝利の信仰をいただいて、大胆に信仰と勇気をもって人生を歩んでいきたいものです。

 

Ⅱ.全員で戦う(10-15

 

 次に10節から15節までをご覧ください。

「そこで、ヨシュアは民のつかさたちに命じて言った。「宿営の中を巡って、民に命じて、『糧食の準備をしなさい。三日のうちに、あなたがたはこのヨルダン川を渡って、あなたがたの神、主があなたがたに与えて所有させようとしておられる地を占領するために、進んで行こうとしているのだから。』と言いなさい。ヨシュアは、ルベン人、ガド人、およびマナセの半部族に、こう言った。「主のしもべモーセがあなたがたに命じて、『あなたがたの神、主は、あなたがたに安住の地を与え、あなたがたにこの地を与える。』と言ったことばを思い出しなさい。あなたがたの妻子と家畜とは、モーセがあなたがたに与えたヨルダン川のこちら側の地に、とどまらなければならない。しかし、あなたがたのうちの勇士は、みな編隊を組んで、あなたがたの同族よりも先に渡って、彼らを助けなければならない。主が、あなたがたと同様、あなたがたの同族にも安住の地を与え、彼らもまた、あなたがたの神、主が与えようとしておられる地を所有するようになったなら、あなたがたは、主のしもべモーセがあなたがたに与えたヨルダン川のこちら側、日の上る方にある、あなたがたの所有地に帰って、それを所有することができる。」

 

ヨシュアは民のつかさたちに、「糧食の準備をするように」と命じました。それはもう三日のうちに、ヨルダン川を渡って、神が所有させようとしておられる地を占領するために、進んで行こうとしていたからです。

これは、ある意味で、それ以前彼らがイスラエルの荒野で天からのマナとうずらを食べたという出来事と対照的に語られています。以前は、一方的な神の恩寵によって、上から与えられる食べ物によって彼らは生きてきました。しかし、これからは自分の手によって食物を得るようにと命じられているのです。つまり、父なる神に対するある種の甘えや、依存心から脱却して、自分自身の手によって、食べ物を獲得していきないというのです。

 

いったいどのように糧食の準備をしたらいいのでしょうか。12節から15節までのところには、その一つについて語られています。すなわち、全員で戦うということです。ここでヨシュアは、ルベン人、ガド人、およびマナセの半部族に、戦いに参加するようにと命じています。覚えていますか、ヨルダン川の東岸、エモリ人が住んでいたところは、すでにモーセによって占領していました。そこに、ルベン族、ガド族、そしてマナセの半部族が、ここを所有地にしたいと願い出ました。モーセは初め怒りましたが、彼らのうち成年男子が、イスラエルとともにヨルダン川を渡り、ともに戦うと申し出たので、モーセはそれを許し、彼らにその地を相続させたのです。それで今、彼らが約束したように、彼らに民の先頭に立って戦うようにと命じられているのです。

 

これらの諸部族は、すでにヨルダン川の東側を所有し定住していたので、わざわざヨルダン川を渡って戦う必要はありませんでした。確かにかつて東側を所有するにあたり勢い余ってそのように宣言をしたかもしれませんが、今では戦いに参加するという意欲は失われていたのでしょう。そんな彼らに対して、彼らも立ち上がって戦いに参加するようにと命じられているのです。なぜなら、一つでも欠けることがあれば戦いに勝つことができないからです。彼らが一つとなって戦うところに意味があります。そこに神の力が発揮されるからです。その中には、全面的に参加する者もいれば、部分的参加する者もいたでしょう。また最前線で戦う者もいれば、後方で支援する者もいたに違いありません。しかし、それがどのような形であっても、各々が皆同じように戦略的には尊い存在なのです。そうした仲間が一つとなって戦うことによって、神の力が溢れるのです。

 

Ⅲ.ただ強く、雄々しく(16-18

 

次に16節から18節までをご覧ください。

「彼らはヨシュアに答えて言った。「あなたが私たちに命じたことは、何でも行ないます。また、あなたが遣わす所、どこへでもまいります。私たちは、モーセに聞き従ったように、あなたに聞き従います。ただ、あなたの神、主が、モーセとともにおられたように、あなたとともにおられますように。」あなたの命令に逆らい、あなたが私たちに命じるどんなことばにも聞き従わない者があれば、その者は殺されなければなりません。ただ強く、雄々しくあってください。」

 

ここでは、イスラエルの民がヨシュアにあることを求めています。それは、自分たちはモーセに従ったようにヨシュアにも従うので、ただ強く、雄々しくあってほしいということです。これは指導者に対する条件です。つまり、敵との戦いのために、指導者は強く、雄々しくなければならないということです。指導者にとって誠実であることは重要なことですが、それにもまさって強さ、雄々しさが必要なのです。やさしく親切で、思いやりがあることは大切ですが、それにもまさって強く、雄々しくあることが求められているのです。特に戦いにあっては、その指導者の強さが勝敗を決定するといっても過言ではありません。

 

いったいこのヨシュアの強さはどこから来たのでしょうか。第一にそれは、天性のものではなく天来のものであり、肉によるものではなく霊によるものでした。ヨシュアが強く雄々しかったのは、神の霊が彼に注がれ、神の霊が彼の内側に宿っていたからです。

 

ヨシュアが強かった第二の理由は、彼は明確な召命観を持っていたことです。私はよく牧師に必要なのは何ですかと尋ねられることがありますが、それに対して迷うことなく、「神からの召命です」と答えます。神が自分を選び、この務めに任じてくださった。自分の願いからではなく、神が目的をもって自分を用いようと召してくださったという召命があれば、どんな問題も乗り越えることができるからです。ヨシュアはこの召命を持っていたので、強く雄々しくあることができました。自分がこの務めに資格があるかないかとか、適任であるかどうかということは関係ありません。それよりも、自分がその目的のために召されているのかどうか、神がそのことを自分にせよと命じているのかどうかが重要なのです。それは牧師に限ったことではありません。どんな小さな働きのように見えるものであっても、主の働きに求められているのは、主からの召命意識なのです。たとえ自分に力がなくとも、弱さや欠点を持っていようとも、私たちは強くなることができるのです。

 

ヨシュアが強くあることができた第三の理由は、彼が神の約束の言葉に信頼していたからです。彼には神の約束の言葉が与えられていたので、いかなることがあっても失望しませんでした。主なる神は約束されたことを守られる方であると信じていたからです。それゆえに神はヨシュアに、7,8節で、律法を守り行うこと、これを離れて右にも左にもそれてはならないということ、この律法の書を口から離さず、昼も夜も口ずさまなければならない、と命じられたのです。そうです、ヨシュアの強さはこの神のことばに信頼することからくる確信だったのです。それは私たちも同じです。私たちも神のみことばに信頼し、主が約束してくださったことは必ず実現すると信じ切るなら、主の強さと確信がもたらされるのです。

 

私たちもヨシュアのように神の強さをいただくために、神の霊を宿し、神からの召命を確認しながら、神の約束に信頼するものでありたいと思います。そして、ヨシュアが主の力によってイスラエルを約束の地へと導いていったように、信仰によって前進していきたいと思います。