Ⅰ列王記2章

 今日は、列王記第一2章から学びます。

 Ⅰ.ダビデの遺言(1-12)

 まず1~12節をご覧ください。4節までをお読みします。「1 ダビデの死ぬ日が近づいたとき、彼は息子のソロモンに次のように命じた。2 「私は世のすべての人が行く道を行こうとしている。あなたは強く、男らしくありなさい。3 あなたの神、主への務めを守り、モーセの律法の書に書かれているとおりに、主の掟と命令と定めとさとしを守って主の道に歩みなさい。あなたが何をしても、どこへ向かっても、栄えるためだ。4 そうすれば、主は私についてお告げになった約束を果たしてくださるだろう。すなわち『もし、あなたの息子たちが彼らの道を守り、心を尽くし、いのちを尽くして、誠実にわたしの前に歩むなら、あなたには、イスラエルの王座から人が断たれることはない』。」

ダビデの死ぬ日が近づきました。それで彼は息子のソロモンに遺言を残します。その内容は、まず強く、男らしくあれということでした。これはかつてモーセがヨシュアに告げた内容に似ています(申命記31:23、ヨシュア1:1~9)。ソロモンはま若く、経験もなかったので、彼を力づける必要があったのです。

次にダビデが語ったのは、モーセの律法の書に書かれてあるとおりに、主の命令を守り、主の道に歩みなさいということでした。それはソロモンが何をしても、またどこへ行っても、栄えるためです。詩篇1篇の中に、主のおしえを喜びとする人は、水路のそばに植えられた木のようで、何をしても栄えるとあります(詩篇1:1~3)。これはダビデ自身の経験でもありました。

また、そうすれば、主がダビデに告げてくださった約束を果たしてくださるからです。その約束とは、Ⅱサムエル7章12~13節にあるダビデ契約のことです。「12 あなたの日数が満ち、あなたが先祖とともに眠りにつくとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子をあなたの後に起こし、彼の王国を確立させる。13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。」

ダビデの家系からメシヤが出ることは、この契約によって保証されました。神の約束は真実で、そのまま信じるに値するものです。ソロモンにはモーセの律法に従うという責務が与えられましたが、新約の時代に生きる私たちにとってそれは、キリストの律法に従うという責務です。それは新しい戒めです。「わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」(ヨハネ13:34-35)

キリストに愛され、キリストによって罪赦された者として、キリストの愛に心から従い、キリストの新しい戒めを守り行う者でありたいと思います。

次に、5~9節をご覧ください。「5 また、あなたはツェルヤの子ヨアブが私にしたこと、すなわち、彼がイスラエルの二人の軍の長、ネルの子アブネルとエテルの子アマサにしたことを知っている。ヨアブは彼らを虐殺し、平和なときに戦いの血を流し、自分の腰の帯と足のくつに戦いの血をつけたのだ。6 だから、あなたは自分の知恵にしたがって行動しなさい。彼の白髪頭を安らかによみに下らせてはならない。7 しかし、ギルアデ人バルジライの子たちには恵みを施してやり、彼らをあなたの食卓に連ならせなさい。彼らは、私があなたの兄弟アブサロムの前から逃げたとき、私の近くに来てくれたのだから。8 また、あなたのそばに、バフリム出身のベニヤミン人ゲラの子シムイがいる。彼は、私がマハナイムに行ったとき、非常に激しく私を呪った。だが、彼は私を迎えにヨルダン川に下って来たので、私は主にかけて、『おまえを剣で殺すことはない』と彼に誓った。9 しかし今は、彼を咎のない者としてはならない。あなたは知恵の人だから、どうすれば彼の白髪頭を血に染めてよみに下らせられるかが分かるだろう。」」

ダビデの遺言の続きです。ここでダビデは3人の人物の取り扱いについて語っています。それはツェルヤの子ヨアブと、ギルアデ人バルジライ、そしてバフリム出身のベニヤミンゲラの子シムイです。どうして遺言の中で彼らについて述べているのかというと、その中の2人は悪人ですが、彼らを野放しにすれば、ソロモンによって継がれる王国が危険にさらされる恐れがあったからです。

まずツェルヤの子ヨアブですが、彼は平和なときに戦いの血を流し、自分の腰の帯と足のくつに戦いの血をつけました。彼は、サウルの子でイスラエル王国の第2代の王であったイシュボシェテの将軍アブネルを殺しました(Ⅱサムエル2:12~32,3:22~30)。アブネルはダビデと契約を結び、ダビデの側に付いたにもかかわらずです(Ⅱサムエル3章)。ヨアブはまた、将軍職を追われた時には次に将軍となったアマサを殺して将軍の座に復帰しました(Ⅱサムエル20:4~10,23)。またアブサロムが謀反を起こした時には、ダビデの命令に背いてアブサロムを殺害しました(Ⅱサムエル8:1~15)。ヨアブは、平和なときに戦いの血を流し、自分の腰の帯と足のくつに戦いの血をつけました。その責任を取られることになったのです。

一方、ギルアデ人バルジライには、恵みを施してやらなければなりません。それは、ダビデがアブサロムの前から逃げたとき、ダビデの近くに来て助けてくれたからです(Ⅱサムエル17:27~29)。ダビデはその恩に報いアブサロムの死後、このバルジライに対して一緒にエルサレムに来てくれませんかと頼みましたが、彼は高齢であり、故郷で死にたいと言って断わりました。それで彼の子キムハムがダビデと一緒にエルサレムに行きました。ダビデはこのようにバルジライと約束したので、その約束を果たすべくソロモンに命じたのです。

もう一人はベニヤミン人ゲラの子シムイです。彼はダビデがマハナイムに行ったとき、非常に激しくダビデを呪いました。しかし彼はダビデを迎えにヨルダン川まで下って来たので、主にかけて彼を剣で殺すことはしないと誓いました(Ⅱサムエル16:5~13,19:16~23)。そのためダビデは自ら手を下すことをせず、その処置をソロモンに委ねたのです。もし彼をそのまま放置するなら、必ず同じことを繰り返すでしょう。だからソロモンに、あなたの知恵によって行動するようにと言ったのです。

このように、ダビデは過去の出来事をよく覚えており、自分の語ったことばを忠実に果たそうとしています。それは裏を返せば、私たちも主の命令に従い、主の道に歩まなければならない、ということです。やがてその報いを受けることになります。それはすぐにではないかもしれませんが、その行いに応じてさばかれる時がやってくるのです。

かくして、ソロモンはダビデからの遺言を受け取りました。ソロモンはその統治の最初の段階から難題が課せられました。ソロモンが神の知恵と聞き分ける心を必要としたのもうなずけます。複雑な人間関係の中で生きている私たちも、神からの知恵が必要です。あなたは自分の知恵にしたがって行動しなさい。神様からの知恵が与えられるように、熱心に祈り求めましょう。

このようにして、ダビデは先祖とともに眠りにつきます。10~12節です。「10 こうして、ダビデは先祖とともに眠りにつき、ダビデの町に葬られた。11 ダビデがイスラエルの王であった期間は四十年であった。ヘブロンで七年治め、エルサレムで三十三年治めた。12 ソロモンは父ダビデの王座に就き、その王位は確立した。」

ここで、ダビデは先祖たちと眠りにつき、とあります。これはダビデが死んだことを表しています。しかしそれは一時的な眠りでしかありませんでした。ダビデには復活の希望があったのです。私たちもまた、キリストにあって同じ希望が与えられています。クリスチャンの死は絶望で終わるものではないのです。

こうしてダビデは死んで、ダビデの町に葬られました。これはエルサレムのことです。当時のエルサレムはまだ小さな町で、ダビデの町と呼ばれていたのです。ダビデは40年間王としてイスラエルを治めました。ダビデは恐ろしい罪を犯したこともありましたが、基本的には神に忠実に歩みました。それはⅠ列王記15章5節を見るとわかります。ここには「それは、ダビデが主の目にかなうことを行い、ヒッタイト人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことからそれなかったからである。」とあります。

私たちも罪ある者ですが、このダビデのように主の目にかなうことを行い、主にこのように評価される一生を送らせていただきたいと思います。

Ⅱ.アドニヤの愚かな願い(13-25)

次に13~25節をご覧ください。18節までをお読みします。「13 あるとき、ハギテの子アドニヤがソロモンの母バテ・シェバのところにやって来た。バテ・シェバは「平和なことで来たのですか」と尋ねた。彼は「平和なことです」と答えて、14 さらに言った。「お話ししたいことがあるのですが。」すると彼女は言った。「話してごらんなさい。」15 彼は言った。「ご存じのように、王位は私のものでしたし、イスラエルはみな私が王になるのを期待していました。それなのに、王位は転じて、私の弟のものとなりました。主によって彼のものとなったからです。16 今、あなたに一つのお願いがあります。断らないでください。」バテ・シェバは彼に言った。「話してごらんなさい。」17 彼は言った。「どうかソロモン王に頼んでください。あなたからなら断らないでしょうから。王がシュネム人の女アビシャグを、私に妻として与えてくださるように。」18 そこで、バテ・シェバは「いいでしょう。私から王にあなたのことを話します」と言った。」

あるとき、ハギテの子アドニヤがソロモンの母バテ・シェバのところにやって来ました。アドニヤは1章で見たようにダビデの四男でソロモンの兄に当たる人物ですが、まだダビデが王様であったとき「私が王になる」と言って野心を抱いた人物でした。そのときは、預言者ナタンとソロモンの母が必死にダビデに訴えたので、ダビデはソロモンを王に任じました。本来であればアドニヤは殺されても致し方なかったのですが、ソロモンのあわれみによって許されたのです。ソロモンはこう言いました。「彼が立派な人物であれば、その髪の毛一本も地に落ちることはない。」(1:52)しかしアドニヤはここで、バテ・シェバに愚かな願い事をしました。それは、ソロモン王に頼んでシュネムの女アビシャグを、自分の妻として与えてくれるように頼んでほしい、ということでした。

シュネム人の女アビシャクは、ダビデが老齢のときに彼に仕えるために連れて来られた若い女性です。1章4節には、「この娘は非常に美しかった。」とあります。しかし、彼女はダビデの側室でした。その女を妻にするということは、王位を狙っていることを意味していました。アブサロムが、屋上でダビデの側めたちのところに入ったのはそのためでした(Ⅱサムエル16:22)。それは、アブサロムが王位をダビデから奪い取ったことを、公に示す行為だったのです。

不思議なことは、それを聞いたバテ・シェバがそれを好意的に受け止めていることです。彼女はアドニヤの話を聞いたとき「いいでしょう。私から王にあなたのことを話します。」(18)と答えています。なぜ彼女はアドニヤの陰謀に気付かなかったのでしょうか。多くの注解者たちは、彼女はお人好しで、人の心を読めない女性であったからだと考えています。しかし王位継承をめぐるこれまでの彼女の動きを見ると、彼女は決して鈍感な女性ではなかったことが分かります。また、彼女自身がダビデの妻でもあったので、そうした陰謀に気付かないはずがありません。おそらく彼女は自分の子ソロモンが王位を継承したことで、安心していたのでしょう。気の緩みが生じていたのだと思います。まさかいのちを救われたアドニヤが、そのような暴挙に出るとは考えもしなかったのでしょう。

19~25節をご覧ください。「19 バテ・シェバは、アドニヤのことを話すために、ソロモン王のところに行った。王は立ち上がって彼女を迎え、彼女に礼をして、自分の王座に座った。王の母のために席が設けられ、彼女は王の右に座った。20 彼女は言った。「あなたに一つの小さなお願いがあります。断らないでください。」王は彼女に言った。「母上、その願い事を聞かせてください。断ることはしませんから。」21 彼女は言った。「シュネム人の女アビシャグを、あなたの兄アドニヤに妻として与えてやってください。」22 ソロモン王は母に答えた。「なぜ、アドニヤのためにシュネム人の女アビシャグを願うのですか。彼は私の兄ですから、彼のためには王位を願ったほうがよいのではありませんか。彼のためにも、祭司エブヤタルやツェルヤの子ヨアブのためにも。」23 ソロモン王は主にかけて次のように誓った。「アドニヤがこういうことを言ってもなお自分のいのちを失わなかったなら、神がこの私を幾重にも罰せられるように。24 主は生きておられる。主は私を父ダビデの王座に就かせて、私を堅く立て、約束どおり私のために家を建ててくださった。アドニヤは今日殺されなければならない。」25 こうしてソロモン王は、エホヤダの子ベナヤを遣わしてアドニヤを討ち取らせたので、彼は死んだ。」

バテ・シェバが、アドニヤのことを話すためにソロモン王のところに行くと、ソロモンは立ち上がって彼女を迎え、深々と彼女に礼をして、自分の王座に座りました。彼女はアドニヤの願いをそのままソロモンに伝えると、ソロモンは激怒しました。ダビデとアビシャグの間には肉体関係はありませんでしたが、彼女はダビデの側室となっていたので、その彼女を求めるということは王位を求めることと等しいことだったからです。ソロモンは彼の陰謀を見抜き、アドニヤを打ち取らせたので、彼は死にました。ソロモンは、父ダビデの存命中はアドニヤを殺すことを控えていました。それなのに彼はそのことを忘れ、依然として陰謀を企てたのは全く愚かなことです。ソロモンの知恵と彼の愚かさは、実に対照的です。私たちは愚かさを捨てて、神からの知恵によって歩まなければなりません。

Ⅲ.祭司エブヤタルとヨアブ、シムイ(26-46)

最後に26~46節を見たいと思います。ここには、ダビデの遺言の中に出てきた注意すべき2人の人物と祭司エブヤタルの処刑について記されてあります。まず祭司エブヤタルです。26~27節をご覧ください。「26 それから、王は祭司エブヤタルに言った。「アナトテの自分の地所に帰れ。おまえは死に値する者だが、今日はおまえを殺さない。おまえは私の父ダビデの前で神である主の箱を担ぎ、父といつも苦しみをともにしたからだ。」27 こうして、ソロモンはエブヤタルを主の祭司の職から追放した。シロでエリの家族について語られた主のことばは、こうして成就した。」

それから、ソロモン王は祭司エブヤタルに言いました。アナトテの自分の地所に帰るようにと。彼はアドニヤが王位を狙ったとき、その動きに賛同したので、アドニヤが処刑されたとき一緒に処刑することもできましたが、そのようにはしませんでした。それは。彼が父ダビデの前で神である主の箱を担ぎ、父ダビデといつも苦しみをともにしていたからです。

こうして彼は主の祭司職から追放されました。これは、シロでエリの家族について語られた主のことばが成就するためでした。これは、Ⅰサムエル記2章31~33節にある内容です。それは、エリの子孫から祭司が出ることはなくなるという預言でした。エブヤタルは、エリの家系に属する祭司だったのです。この祭司エブヤタルの追放によって、シロで語られたエリに関する預言は完全に成就しました。ここにこのことが記されてあるのは、神のことばの確かさを伝えるためです。このことは、列王記が進展していくに従って、ますますあきらかにされていきます。私たちも、神が語られたことばは必ず実現するという信仰に立って、神に従って行きたいと思います。

次はヨアブです。28~35節をご覧ください。「28 この知らせがヨアブのところに伝わった。ヨアブはアブサロムにはつかなかったが、アドニヤについていたのである。ヨアブは主の天幕に逃げ、祭壇の角をつかんだ。29 ソロモン王に「ヨアブが主の天幕に逃げて、今、祭壇の傍らにいる」という知らせがあった。するとソロモンは、「行って彼を討ち取れ」と命じて、エホヤダの子ベナヤを遣わした。30 ベナヤは主の天幕に入って、彼に言った。「王がこう言われる。『外に出よ。』」彼は「いや、ここで死ぬ」と言った。ベナヤは王にこのことを報告した。「ヨアブはこう私に答えました。」31 王は彼に言った。「彼が言ったとおりにせよ。彼を討ち取って葬れ。こうして、ヨアブが理由もなく流した血の責任を、私と、私の父の家から取り除け。32 主は、彼が流した血を彼の頭に注ぎ返される。彼は自分よりも正しく善良な二人の者に討ちかかり、剣で虐殺したからだ。彼は私の父ダビデが知らないうちに、イスラエルの軍の長である、ネルの子アブネルと、ユダの軍の長である、エテルの子アマサを虐殺したのだ。33 二人の血は永遠にヨアブの頭と彼の子孫の頭に注ぎ返され、ダビデとその子孫、および、その家と王座には、とこしえまでも主から平安があるように。」34 エホヤダの子ベナヤは上って行き、彼を打って殺した。ヨアブは荒野にある自分の家に葬られた。35 王はエホヤダの子ベナヤを彼の代わりに軍団長とした。また、王は祭司ツァドクをエブヤタルの代わりとした。」

「この知らせ」とは、エブヤタルが祭司職から追放されたという知らせです。これがヨアブのところに伝わると、ヨアブは主の天幕に逃げ、祭壇の角をつかみました。それはかつてアドニヤがやったように処罰から免れるためです。しかし彼は、死刑を免れることはできませんでした。殺人者にはこの規定は適用されないからです。ソロモンはエホヤダの子ベナヤを遣わして、彼を討ち取るように命じました。ところがヨアブは神殿の外に出ようとしなかったので、ベナヤはソロモンからの許可を得て、その場で彼を討ち取りました。そして、荒野にある自分の家に葬られました。

ヨアブが処刑されたのはなぜでしょうか。それは彼が理由もなく人の血を流したからです。その責任を、自分と自分の父の家から取り除き、彼の頭に返すためでした。具体的には、彼は自分よりも正しい善良な2人に討ちかかり、剣で虐殺しました。善良な2人の人とは、イスラエルの将軍アブネルとユダの将軍アマサのことです。ヨアブは彼らをダビデが知らないうちに殺害しました。

このようにしてヨアブ処刑され、ヨアブに代わってベナヤを軍団長にしました。また、祭司ツァドクをエブヤタルの代わりにしました。それはソロモンが王として治めていく上でダビデが危惧していたことでしたが、このことによってソロモンの治世が安定していきました。

それにしても、ヨアブの流した血は、ヨアブの頭に注ぎ返されるとは恐ろしいことです。私たちも、自分の犯した罪の代価を要求される時が来ます。しかし幸いなことに、私たちの場合は御子イエスがその代価を十字架で返してくださいました。イエス様は十字架の上で「完了した」(ヨハネ19:30)と言われましたが、それはそのことです。それゆえ、御子イエスを信じる者の罪の代価が、その頭に返されることはありません。イエス様がその代価を受けてくださいましたから。主イエスの尊い贖いの恵みに感謝しましょう。

ダビデが危惧していたもう1人の人物がいました。それはシムイです。彼は、サウルの家の一族で、ダビデがアブサロムの反乱で逃れたとき、激しい言葉をもってダビデを罵倒しました(Ⅱサムエル6:5~13)。しかし、ダビデが王としてエルサレムに戻って来たとき、ダビデを迎えにヨルダン川まで迎えに来たので、ダビデは主にかけて、剣で彼を殺すことはないと誓っていました。そのシムイです。36~46節をご覧ください。「36 王は人を遣わしてシムイを呼び寄せ、彼に言った。「エルサレムに自分の家を建て、そこに住むがよい。だが、そこからどこへも出てはならない。37 出て行ってキデロンの谷を渡った日には、おまえは必ず死ななければならないと覚悟しておけ。おまえの血の責任はおまえ自身の頭上に降りかかるのだ。」38 シムイは王に言った。「よろしゅうございます。しもべは王様のおっしゃるとおりにいたします。」このようにしてシムイは、何日もの間エルサレムに住んだ。

39 それから三年たったころ、シムイの二人の奴隷が、ガテの王マアカの子アキシュのところへ逃げた。シムイに「あなたの奴隷たちが今、ガテにいる」という知らせがあったので、40 シムイはすぐ、ろばに鞍を置き、奴隷たちを捜しにガテのアキシュのところへ行った。シムイは行って、奴隷たちをガテから連れ戻した。41 シムイがエルサレムからガテに行って帰って来たことが、ソロモンに知らされた。42 すると、王は人を遣わし、シムイを呼び出して言った。「私はおまえに、主にかけて誓わせ、『おまえが出て、どこかへ行った日には、おまえは必ず死ななければならないと覚悟しておけ』と警告しておいたではないか。すると、おまえは私に『よろしゅうございます。従います』と言った。43 それなのになぜ、主への誓いと、私がおまえに命じた命令を守らなかったのか。」44 王はまたシムイに言った。「おまえは心の中で、自分が私の父ダビデに対して行ったすべての悪をよく知っているはずだ。主はおまえの悪をおまえの頭に返される。45 しかし、ソロモン王は祝福され、ダビデの王座は主の前でとこしえまでも堅く立つ。」46 王はエホヤダの子ベナヤに命じた。ベナヤは出て行ってシムイを討ち取り、シムイは死んだ。こうして、王国はソロモンによって確立した。」

ソロモンはシムイを、エルサレムに閉じ込めておくことにしました。そこから出るようなことがあったら必ず死ななければならないと警告しました。「キデロンの谷」とは、エルサレムの東側にある谷のことです。そこを渡るというのは、自分の故郷に帰ることを意味していました。そうなれば、謀反の可能性が高くなります。それで、そのキデロンの谷を渡ることがあれば必ず死ななければならないと、命じたのです。

シムイはそれに同意し、何日もの間エルサレムに住みました。しかしそれから3年が経ったころ、彼の二人の奴隷が、ガテの王アキシュのところへ逃げたのです。それでシムイは行って、奴隷たちをガテから連れ戻しました。これは命令違反です。そのことがソロモンに知らされると、ソロモンは人を遣わしてシムイを呼び出して討ち取ったので、彼は死にました。

なぜシムイはソロモンの命令を破ったのでしょうか。考えられるのは、ガテはエルサレムから南西に40㎞ほど離れたところにあるペリシテの町です。シムイがソロモンから命じられたのは、エルサレムの旧市街地の東に位置するキデロンの谷を渡ってはならないということでした。ガテとキデロンの谷があるのは反対の方向です。それゆえ、シムイはそのことがソロモンの命令に背いているとは思わなかったのでしょう。

しかしそれは、ソロモンの命令の精神に違反していました。シムイにはそのことがわからなかったのです。彼の中にはどこか、自分がソロモンよりも知恵があると思っていたのかもしれません。自分の立場をわきまえていませんでした。そして何よりも大きな理由は、46節に「こうして、王国はソロモンによって確立した」とあるように、ソロモンの王国が確立するためだったのです。いわばそれは、神のご計画が遂行するためだったのです。

こうしてソロモンは、不安定要因であった危険人物を取り除き、平和を確立することができました。これらのすべては、主の公正とあわれみと正義に基づいて行なわれました。ソロモンという名前の意味は、「平和」です。ソロモンが王になることによって、これまで戦いが続いていたイスラエルに平和が確立されました。これはやがて来られる主イエス・キリストの型でした。主イエスこそ、神との平和によって、真の平和をもたらことができる方です。そしてこの方が再臨される時、主はご自身に反抗するすべての者を取り除き、従順な者たちを御国の中に入れてくださるのです。平和の御国を確立されるのです。

猶予はあります。神はひとりも滅びることを願わず、すべての人が悔い改めることを願っておられます。神は忍耐深い方であり、ご自分のさばきをすぐに下すことをされず、悔い改めるのを待っておられるのです。しかし、タイムリミットがあります。いつまでも待たれるというわけではありません。必ずさばきの時がやって来ます。ですから今、自分がどうしなければいけないかを決めなければなりません。私たちはキリストに従い、その平和を享受する者でありたいと思います。

Ⅰ列王記1章

 今日から列王記第一に入ります。早速本文に入りたいと思います。

 Ⅰ.王位継承問題(1-10)

 まず1~10節をご覧ください。「1 ダビデ王は年を重ねて老人になっていた。そのため衣をいくら着せても温まらなかった。2 家来たちは王に言った。「王のために一人の若い処女を探し、御前に仕えて世話をするようにし、王の懐に寝させて王が温まるようにいたしましょう。」3 こうして彼らは、イスラエルの国中に美しい娘を探し求め、シュネム人の女アビシャグを見つけて、王のもとに連れて来た。4 この娘は非常に美しかった。彼女は王の世話をするようになり、彼に仕えたが、王は彼女を知ることがなかった。
 5 ときに、ハギテの子アドニヤは、「私が王になる」と言って野心を抱き、戦車、騎兵、それに自分の前に走る者五十人を手に入れた。6 彼の父は、「おまえは、どうしてこんなことをしたのか」と言って、彼のことで心を痛めたことは一度もなかった。そのうえ、彼は非常に体格も良く、アブサロムの次に生まれた子であった。7 彼がツェルヤの子ヨアブと祭司エブヤタルに相談をしたので、彼らはアドニヤを支持するようになった。8 しかし、祭司ツァドクとエホヤダの子ベナヤと預言者ナタン、それにシムイとレイ、およびダビデの勇士たちは、アドニヤにくみしなかった。9 アドニヤは、エン・ロゲルの近くにあるゾヘレテの石のそばで、羊、牛、肥えた家畜をいけにえとして献げ、王の息子たちである自分のすべての兄弟たちと、王の家来であるユダのすべての人々を招いた。10 しかし、預言者ナタン、ベナヤ、勇士たち、そして自分の兄弟ソロモンは招かなかった。」

列王記は、実際はそのままサムエル記第二の続きになっています。つまり、サムエル記第二の最後にダビデの晩年について書かれてありましたが、列王記第一はダビデの晩年の姿が描かれているのです。そしてダビデが死に、王権はその子ソロモンに受け継がれていき、イスラエル王国が隆盛を極める話へと移っていきます。

1節には「ダビデ王は年を重ねて老人になっていた。そのため衣をいくら着せても温まらなかった。」とあります。このときダビテ70歳くらいになっていたと考えられます。というのは、Ⅱサムエル記5章4節によると、彼は30歳で王となり、40年間王であった、とあるからです。彼は、死の直前肉体的に非常に弱くなっていました。血行が悪かったのか、自分で体を温めることができませんでした。いくら衣を着せても温まりませんでした。それで家来たちは王に、若い処女を連れて来て、王の懐に寝させて温まることができるように、また、王に仕えて世話をさせるようにしましょう、と進言しました。

こうして王の前に連れて来られたのは、シュネムの女でアビシャグという女性でした。シュネムは、ガリラヤ湖の南東タボル山の麓にある町です。ダビデの家来たちが、エルサレムからガリラヤ地方まで、この任務にふさわしい美しい娘を探し回ったことがわかります。今でいうとミス・日本のような女性だったのでしょうか。彼女は非常に美しかったとあります。それで彼女は王の世話をするようになりましたが、王は彼女を知ることがなかった、つまり、性的関係を持つことはありませんでした。それは彼が年を取り過ぎて生殖機能が衰えてしまったからというよりも、バテ・シェバとのことから、その罪を悔い改め、愛に裏づけられた結婚関係以外の性的関係を絶っていたからだと思われます。もしかすると、この後で王位継承問題が勃発しますが、子を儲けることでその問題がさらに複雑になることを避けたのかもしれません。

このようにダビデが非常に老いてしまったことにより、イスラエル王国の王位継承問題が浮上してきました。5節をご覧ください。「ときに、ハギテの子アドニヤは、「私が王になる」と言って野心を抱き、戦車、騎兵、それに自分の前に走る者五十人を手に入れた。」

アドニヤは、ダビデの四男です。すでに長男のアムノンと三男のアブシャロムは死んでいました。次男はキルアブですが、彼のことについてはⅡサムエル記3章3節に出てくるだけで、その後は出てきません。おそらく、若くして死んだのでしょう。そして、四男がこのアドニヤ(Ⅱサムエル3:4)でした。彼は生存していた息子たちの中では、最年長に当たります。ですから彼は、自分がダビデの後を継ぐことができると考えたのでしょう。それで彼は「私が王となる」と宣言し、戦車、騎兵、それに自分の前に走る50人を手に入れました。

しかし、すでにダビデはその子ソロモンに王位を継承すると話していました。Ⅰ歴代誌22章にあります。ここには、ダビデが主の命じられた通りにエブス人オルナン(アラウナ)の打ち場を買い、そこに神の宮を建てる計画が示されてありますが、それを実行するのはソロモンであると語られていました。Ⅱ歴代誌22章9~10節にはこうあります。「9 見よ、あなたに一人の男の子が生まれる。彼は穏やかな人となり、わたしは周りのすべての敵から守って彼に安息を与える。彼の名がソロモンと呼ばれるのはそのためである。彼の世に、わたしはイスラエルに平和と平穏を与える。10 彼がわたしの名のために家を建てる。彼はわたしの子となり、わたしは彼の父となる。わたしは彼の王座をイスラエルの上にとこしえに堅く立てる。』」

アドニヤが、そのことを知らなかったわけではありません。それなのに、彼がこのようなことをしたのはどうしてか。一つは5節にあるように、野心を抱いたからです。こうした彼の態度は、野心と思い上がりの結果から出たことだったのです。彼は父ダビデ王の存命中に「私が王になろう」と心に決めていたことがわかります。このような下劣な人間がイスラエルの王になっていいはずがありません。彼が戦車や騎兵、そして自分の前を走る50人の者を手にいれたのも、ただ民の関心を買うためでした。

もう一つの理由は、6節に「彼の父は、「おまえは、どうしてこんなことをしたのか」と言って、彼のことで心を痛めたことは一度もなかった。そのうえ、彼は非常に体格も良く、アブサロムの次に生まれた子であった。」とありますが、彼は父ダビデからとがめられたことが一度もなかったからです。つまり、彼は甘やかされて育ったのです。こうした自己中心的な性格が、彼をこのような行動へと走らせたのです。確かに彼は非常に体格もよく、美男子(新改訳)で、姿の良い人(口語訳)であり、堂々として(新共同訳)いたこともあり、イスラエルの民の注目を受けていたのかもしれませんが、そうした見かけの良さは、王としての資質とは無関係です。彼には王として備えるべき判断力や知恵、義なる性質といった資質が備えられていませんでした。

王位を狙うアドニヤはどうしたでしょうか。7節をご覧ください。彼は有力な指導者たちの中から支持者を集めます。それがツェルヤの子ヨアブであり、祭司エブヤタルでした。ヨアブは将軍で、ダビデの治世の最初からダビデに仕えてきた人物です。またエブヤタルはアヒメレクの子です(Ⅰサムエル23:6)が、祭司の町ノブがサウル王によって皆殺しにされたとき、そこから逃亡してダビデのもとに身を寄せた人物です(Ⅰサムエル22:20)。それ以来、エブヤタルはダビデの助言者となっていましたが、その彼がダビデを裏切ってアドニヤを支持するようになったのです。一方、祭司ツァドクと軍隊における重鎮であったベナヤ、そしてダビデの友人でもあった預言者ナタンは、アドニヤにくみしませんでした。

アドニヤは、エン・ロゲルの近くにあるゾヘレテの石のそばで、自分のすべての兄弟たちと、王の家来であるユダのすべての人々を招いて祝宴を開きました。これは、実質的に彼が王であることを確認させるためのものでした。自分の兄弟たちを招いたのは、彼らに王位継承を放棄させるためです。また、自分を支持してくれる人たちだけを招き、そうでない人たちは招きませんでした。招待から漏れたのは、彼らくみしなかった預言者ナタン、ベナヤ、勇士たち、そして自分の兄弟ソロモンです。預言者ナタンは宗教的力を持っていたからでしょう。また、ベナヤは軍事的力を持っていました。そしてソロモンは、王位継承者として指名されていたからです。

アドニヤのやり方は、話し合いによる平和的な解決ではなく、自分の敵を除去しようとする暴力的なものでした。神を恐れる者は一か八かの暴挙に出来るのではなく、常に平和的な解決を求めなければなりません。主イエスは「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもとよばれるから」(マタイ5:9)と言われました。私たちは主の御言葉に従い、平和をつくる者となることを求めていきたいと思います。

 Ⅱ.ソロモンの油注ぎ(11-40)

次に11~40節までをご覧ください。まず14節までをお読みします。「そこで、ナタンはソロモンの母バテ・シェバにこう言った。「われらの君ダビデが知らないうちに、ハギテの子アドニヤが王になったことを、あなたは聞いていないのですか。12 さあ今、あなたに助言をしますから、自分のいのちと、自分の子ソロモンのいのちを救いなさい。13 すぐにダビデ王のもとに行って、『王様。あなたは、このはしために、「必ずあなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に就く」と誓われたではありませんか。それなのに、なぜアドニヤが王となったのですか』と言いなさい。14 あなたがまだそこで王と話している間に、私もあなたの後から入って行って、あなたのことばが確かであることを保証しましょう。」」

このアドニヤの王位乗っ取り計画に対して、預言者ナタンが素早く行動に移します。彼は、アドニヤが王になったら、自分の脅威となるソロモンとその母バテ・シェバを殺すことは明らかであると思いました。そこで彼はバテ・シェバのところへ行き、彼女に助言します。それは、彼女がダビデ王にところへ行き、ソロモンが彼の跡を継いで王となると誓ったことを思い出させるようにせよということ、そして、その話をしている間に自分も行って、彼女のことばが確かであることを保証するというものでした。これは、モーセに律法に基づくものでした。すなわち、それが真実であるかどうかを証明するためには、2人以上の証人が必要であると定められていたからです。もしダビデの記憶が薄れたとしても、預言者ナタンが証人として証言するなら、ソロモンの王位継承の正当性が保証されることになります。

15~21節をご覧ください。「15 バテ・シェバは寝室の王のもとに行った。王は非常に年老いていて、シュネム人の女アビシャグが王に仕えていた。16 バテ・シェバがひざまずいて、王に礼をすると、王は「何の用か」と言った。17 彼女は答えた。「わが君。あなたは、あなたの神、主にかけて、『必ずあなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に就く』と、このはしためにお誓いになりました。18 それなのに今、ご覧ください、アドニヤが王となっています。王様、あなたはそれをご存じではないのです。19 彼は、雄牛や肥えた家畜や羊をたくさん、いけにえとして献げ、王のすべてのお子様と、祭司エブヤタル、それに軍の長ヨアブを招いたのに、あなたのしもべソロモンは招きませんでした。20 王様。王様の跡を継いで王座に就くのはだれと告げられるのかと、今や、全イスラエルの目はあなたの上に注がれています。21 このままですと、王様がご先祖とともに眠りにつかれるとき、私と私の子ソロモンは罪ある者と見なされるでしょう。」」

それでバテ・シェバは王のもとに行きました。そして、ナタンが助言したように、ソロモンがダビデの跡を継いで王になると誓ったこと、にもかかわらず、アドニヤが王になろうとしていることを告げます。ダビデ王はそのことを知らなかったようです。それでバデ・シェバは、だれがダビデ王の跡を継いで王座に就くのかを告げるようにと勧めています。そうでないと、もしやダビデ王が先祖たちとともに眠りにつかれるとき、自分と自分の子ソロモンは罪ある者とみなされて殺されることになるでしょう。

この直訴には、バテ・シェバとソロモンのいのちがかかっていました。それゆえ、彼女は必至に王にアピールしたのです。このバテ・シェバの知恵と熱意から学びましょう。私たちも神の約束に立ち、命がけで願うなら、神は私たちの祈りを聞いてくださいます。あなたの祈りはどうでしょうか。これほどの知恵と熱意をもって祈っているでしょうか。神が約束されたことは必ず成就します。そのことを信じて、あきらめないで、熱心に祈り続ける者でありたいと思います。

次に22~31節までをご覧ください。「22 彼女がまだ王と話しているうちに、預言者ナタンが入って来た。23 家来たちは、「預言者ナタンが参りました」と言って王に告げた。彼は王の前に出て、地にひれ伏し、王に礼をした。24 ナタンは言った。「王よ。あなたは『アドニヤが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に就く』とおっしゃったのでしょうか。25 実は今日、彼は下って行って、雄牛や肥えた家畜や羊をたくさん、いけにえとして献げ、王のお子様すべてと、軍の長たち、そして祭司エブヤタルを招きました。彼らは彼の前で食べたり飲んだりしながら、『アドニヤ王、万歳』と叫びました。26 しかしあなたのしもべのこの私や、祭司ツァドク、エホヤダの子ベナヤ、それに、あなたのしもべソロモンは招きませんでした。27 このことは、王から出たことなのですか。あなたは、だれが王の跡を継いで王座に就くのかを、このしもべに告げておられません。」

28 ダビデ王は答えた。「バテ・シェバをここに。」彼女が王の前に来て、王の前に立つと、29 王は誓って言った。「主は生きておられる。主は私のたましいをあらゆる苦難から贖い出してくださった。30 私がイスラエルの神、主にかけて、『必ずあなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私に代わって王座に就く』とあなたに誓ったとおり、今日、必ずそのとおりにしよう。」31 バテ・シェバは地にひれ伏して王に礼をし、そして言った。「わが君、ダビデ王様。いつまでも生きられますように。」」

彼女がまだ王と話しているうちに、預言者ナタンが入って来ました。打ち合わせの通りです。ナタンもまた王に敬意を払い、アドニヤが王座に着いたことを告げます。ダビデの最も私的な秘密を知っているナタンとその相手であるバテ・シェバが同時にダビデの前に現れたのですから、彼の心が動揺しないはずがありません。彼が言ったことはバテ・シェバが言ったこととほとんど同じでした。ただバテ・シェバが伝えたことよりももっと新しい情報を連れ加えています。それは、アドニヤが王として即位して宴会を催しているということでした。そして27節にあるように、ダビデの跡を継いで王になるのはだれなのかを明言するようにと決断を迫りました。

ナタンの言葉を受けたダビデ王はすぐに決断しました。それは、ソロモンが彼の跡を継ぐということです。まず、ダビデ王はバテ・シェバを自分の部屋に呼び入れ、彼女に誓ってこう言いました。29~30節です。「主は生きておられる。主は私のたましいをあらゆる苦難から贖い出してくださった。私がイスラエルの神、主にかけて、『必ずあなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私に代わって王座に就く』とあなたに誓ったとおり、今日、必ずそのとおりにしよう。」

ダビデ王は、後継者としてソロモンを指名しました。ソロモンが彼の跡を継いで王になると。しかもそれを「今日」すると言ったのです。バテ・シェバは地にひれ伏し、「わが君、ダビデ王様。いつまでも生きられますように。」と言いました。これは、王が正しい決断をしたので、神が長寿をもって祝福してくださるようにという祈りです。

神の御心を確信したダビデは「今日、必ずそのとおりにしよう」と言って、すぐにそれを行動に移しました。

32~40節をご覧ください。「32 それからダビデ王は「祭司ツァドクと預言者ナタン、それにエホヤダの子ベナヤをここに呼べ」と言った。彼らが王の前に来ると、33 王は彼らに言った。「おまえたちの主君の家来たちを連れて、私の子ソロモンを私の雌ろばに乗せ、彼を連れてギホンへ下れ。34 祭司ツァドクと預言者ナタンは、そこで彼に油を注いでイスラエルの王とせよ。そうして、角笛を吹き鳴らし、『ソロモン王、万歳』と叫べ。35 それから彼の後に従って上れ。彼は来て、私の王座に就き、私に代わって王となる。私は彼をイスラエルとユダの君主に任命する。」36 エホヤダの子ベナヤが王に答えて言った。「アーメン。王の神、主も、そう言われますように。37 主が王とともにおられたように、ソロモンとともにいて、その王座を、わが君ダビデ王の王座よりもすぐれたものとされますように。」38 そこで、祭司ツァドク、預言者ナタン、エホヤダの子ベナヤ、それにクレタ人とペレテ人が下って行き、ソロモンをダビデ王の雌ろばに乗せ、彼を連れてギホンへ行った。39 祭司ツァドクは天幕の中から油の角を取って来て、ソロモンに油を注いだ。彼らが角笛を吹き鳴らすと、民はみな、「ソロモン王、万歳」と言った。40 民はみな、彼の後に従って上って来た。民が笛を吹き鳴らしながら、大いに喜んで歌ったので、地がその声で裂けた。」

それでダビデは、祭司ツァドクと預言者ナタン、それにエホヤダの子ベナヤを呼び寄せ、ソロモンに油を注いで王とし、角笛を吹き鳴らして、「ソロモン王、万歳」と叫ぶように命じました。ソロモンを王の雌ろばに乗せるのは、彼が新しい王の地位に就いたことを民衆に示すためです。そして彼はダビデの王座に就き、ダビデに変わって王となります。

ダビデから命令を受けた3人のリーダーたちは、王が命じたとおりにソロモンを雌ろばに乗せ、ギホンの泉に行き、そこでソロモンに油を注いで王としました。この3人とは、祭司ツァドクと預言者ナタン、エホヤダの子ベナヤです。これは、神からの承認と王からの承認、そして軍からの承認(ベレヤの賛同)を象徴していました。かくしてソロモンはダビデに代わってイスラエルの新しい王になったのです。

ここでダビデのすばらしかったのは、彼はそれが神の御心だと確信すると、すぐに行動に移した事です。次の王はソロモンであるとバテ・シェバに告げたダビデは、すぐにそれを実行しました。神の御心がわかっていても、なかなか重い腰を上げようとしない人がいます。あたかもそれが冷静で、信仰的であるかのように考えているのです。しかし、真に霊的であるとは、神の御心は何かを祈り求め、それが示されたならすぐに従うことです。御心を求めて祈ることは大切なことです。でももっと大切なのは、御心が示されたならそれに従うことです。「今日」という日に行動を起こす人は幸いなのです。

Ⅲ.ダビデの賛美 (41-53)

次に41~53節までをご覧ください。48節までをお読みします。「41 アドニヤと、彼とともにいた客はみな、食事を終えたとき、これを聞いた。ヨアブは角笛の音を聞いて言った。「なぜ、都で騒々しい音がするのか。」42 彼がまだそう言っているうちに、祭司エブヤタルの子ヨナタンがやって来た。アドニヤは言った。「入れ。おまえは勇敢な男だから、良い知らせを持って来たのだろう。」43 ヨナタンはアドニヤに答えた。「いいえ、われらの君、ダビデ王はソロモンを王とされました。44 ダビデ王は、祭司ツァドク、預言者ナタン、エホヤダの子ベナヤ、それに、クレタ人とペレテ人をソロモンにつけて送り出されました。彼らはソロモンを王の雌ろばに乗せ、45 祭司ツァドクと預言者ナタンが、ギホンで彼に油を注いで王としました。こうして彼らが喜びながら、そこから上って来たので、都が騒々しくなったのです。あなたがたが聞いたあの物音がそれです。46 しかも、ソロモンはすでに王の座に就きました。47 そのうえ、王の家来たちが来て、『神がソロモンの名をあなたの名よりもすぐれたものとし、その王座をあなたの王座よりも大いなるものとされますように』と、われらの君、ダビデ王に祝福のことばを述べました。すると、王は寝台の上でひれ伏されました。48 また、王はこう言われました。『イスラエルの神、主がほめたたえられるように。主は今日、私の王座に就く者を与え、私がこの目で見るようにしてくださった。』」

アドニヤと、彼とともにいた客はみな、食事を終えたとき、都で騒々しい音がするのを聞いて不安になりました。ソロモンの油注ぎが行われたギホンの泉までは、わずか1㎞しか離れていなかったからです。この音は何の音かとヨアブが尋ねたところに、祭司エブヤタルの子ヨナタンが入って来て、ダビデ王がソロモンを王としたことを伝えました。ヨナタンが報告したことは、すでに起こったことでしたが、新しい情報もあります。それは47節のことばです。「そのうえ、王の家来たちが来て、『神がソロモンの名をあなたの名よりもすぐれたものとし、その王座をあなたの王座よりも大いなるものとされますように』と、われらの君、ダビデ王に祝福のことばを述べました。すると、王は寝台の上でひれ伏されました。」これはどういうことかというと、ソロモンの即位後、ダビデの高官たちがダビデのもとに来て祝福の言葉を述べたということです。

それに対してダビデ王はこう言って応えました。48節です。「イスラエルの神、主がほめたたえられるように。主は今日、私の王座に就く者を与え、私がこの目で見るようにしてくださった。」この時点で、アドニヤの夢は完全についえ去りました。

ダビデは、ソロモンが王座に就いたことを感謝し主をほめたたえました。彼が主に感謝したことは、主が、息子ソロモンが王座に就くことをその目で見ることができるようにしてくださったということでした。私たちの子孫が主の救いに与ることをその目で見て天に召される人は幸いです。私たちの信仰は自分たちだけのものではなくその子孫にまで継承されることが大切です。そのことを覚えて祈りつつ、その実現のために私たち自身がしっかりと信仰に立ち、また教会全体がそのことを覚えて重荷を持つ者でありたいと思います。

最後に49~53節を見て終わりたいと思います。「49 アドニヤの客たちはみな身震いして立ち上がり、それぞれ帰途についた。50 アドニヤもソロモンを恐れて立ち上がり、行って祭壇の角をつかんだ。51 そのとき、ソロモンに次のような知らせがあった。「アドニヤはソロモン王を恐れ、祭壇の角をしっかり握って、『ソロモン王がまず、このしもべを剣で殺さないと私に誓ってくださるように』と言っています。」52 すると、ソロモンは言った。「彼が立派な人物であれば、その髪の毛一本も地に落ちることはない。しかし、彼のうちに悪が見つかれば、彼は死ななければならない。」53 それから、ソロモン王は人を遣わして、アドニヤを祭壇から降ろさせた。アドニヤが来てソロモン王に礼をすると、ソロモンは彼に言った。「家に帰りなさい。」」

ソロモン即位の知らせを聞いて、アドニヤの招待客たちはみな身震いして立ち上がり、それぞれ帰途につきました。そしてアドニヤもソロモンを恐れて立ち上がり、行って祭壇の角をつかみました。これはどういうことかというと、祭壇の角とは、神殿のところで、動物のいけにえをささげる青銅の祭壇のことです。その祭壇の四隅には角がありました。その角をつかめば、ちょうど逃れの町に逃れるように、自分の命を取るために追う者たちから救われると考えられていたのです。それで彼は行って祭壇の角をつかんだのです。

そのことがソロモンに知らせられました。するとソロモンはこう言いました。「彼が立派な人物であれば、その髪の毛一本も地に落ちることはない。しかし、彼のうちに悪が見つかれば、彼は死ななければならない。」(52)

ソロモンは寛容な態度で対処に当たりしました。ソロモンが求めたことは、アドニヤが謀反を起こさず善良なしもべとして生きることです。ソロモンはアドニヤを祭壇から降ろさせ、自分の前に立たせると、「家に帰りなさい」とだけ告げて、彼に恵みを施しました。

それにも関らず、アドニヤはその後ソロモンに反抗しその結果死刑に処せられることになります。詳細は2章に記されてありますが、アドニヤがダビデ王の死後、ダビデ王の王妃シュネムの女アビシャグを自分の妻にしようとしたのです。王の妻を自分の妻にするということは、王位を主張することと同じであったのです。自分の受けた恵みを忘れる者、また、失敗から学ばない者は愚かな者です。私たちは、神から大いなる恵みを受けました。その恵みを無駄にすることがないように注意しなければなりません。その恵みを無駄にしないというのは、その恵みに応答して生きるということです。パウロはこう言っています。「私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。」

神から受けた恵みを無駄にしないようにしましょう。神が私たちにキリストの救いというどれほど大きな恵みを与えてくださったのかを覚え、それに応答して生きる者でありますように。