民数記21章

Ⅰ.カナン人アラデの王との戦い(1-3)

きょうは民数記21章から学びます。まず1-3節をご覧ください。

「1 ネゲブに住んでいたカナン人アラデの王は、イスラエルがアタリムの道を進んで来ると聞いて、イスラエルと戦い、その何人かを捕虜として捕らえて行った。2 そこでイスラエルはに誓願をして言った。「もし、確かにあなたが私の手に、この民を渡してくださるなら、私は彼らの町々を聖絶いたします。」3 はイスラエルの願いを聞き入れ、カナン人を渡されたので、彼らはカナン人と彼らの町々を聖絶した。そしてその所の名をホルマと呼んだ。」

イスラエルの民は、カデシュ・バルネアから出発し、少し北上しました。ホル山でアロンが死に、そこで彼を葬りましたが、そこは神がアブラハムに約束された、カナン人の土地に近いところでした。ネゲブとはカナン人の地の南方の地域のことです。その最大の都市はベエル・シェバという町ですが、そこから東に約35㎞のところにアラデという町がありました。そのアラデの王は、イスラエルがアタリムの道を進んで来ると聞いて、イスラエルと戦い、何人かを捕虜として捕らえて行きました。そこで主に祈りました。彼らに勝利しその民を渡してくださいと懇願したのです。すると、主はそのイスラエルの願いを聞き入れ、彼らを渡されたので、彼らに勝利することができたました。

かつて、イスラエルの民がカデシュ・バルネアからカナンの地を偵察させた時、彼らは不信仰になって約束の地に入ろうとしなかったので、主は40年間イスラエルを荒野でさまよわせると言われましたが、その時彼らは手のひらを返したかのように、今度は、「とにかく主が言われた所へ上って行ってみよう」(14:40)と言ったのですが、その時の主の答えは「上っていってはならない。」ということでした。なぜなら、主は彼らのうちにおられないからです。もし上って行くようなことがあったら、あなたがたが敵に打ち負かされるであろう、と警告したのです。それでも彼らは言うことを聞かず、上っていきましたが、案の定、山地に住んでいたカナン人が彼らを打ち、このホルマまで追い散らしたのです。もう39年も前の話です。しかし、今度は違います。今度は彼らの願いを聞き入れて、彼らの町々を聖絶することができました。一方では彼らの願いは聞かれず、他方では祈りが聞かれています。いったいこれはどういうことなのでしょうか。

それは、神がともにおられるかどうかということです。彼らは自分たちの思いで、「とにかく上って行ってみよう」と行った時には、主が彼らとともにはおられませんでした。なぜなら、主のみこころは「上って行ってはならない」ということだったからです。しかし、あれから40年、肉の欲望にかられ、不信仰に陥り、さらに反逆までしたイスラエルの民はみな死に絶えてしまいました。そこには新しい民の姿がありました。そんな新しいイスラエルが主に誓願を立てているのです。主に向かって祈りました。そこに主がともにおられました。ですから、主は彼らに勝利を与えてくださったのです。かつてだめだったから今度もだめだということはありません。かつてだめだった原因は何だったのかを見極め、それを悔い改めて、主に立ち返るなら、主は勝利を与えてくださるのです。

Ⅱ.燃える蛇と青銅の蛇(4-9)

次に4節から9節までをご覧ください。

「4 彼らはホル山から、エドムの地を迂回して、葦の海の道に旅立った。しかし民は、途中でがまんできなくなり、5 民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」6 そこでは民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。7 民はモーセのところに来て言った。「私たちはとあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、に祈ってください。」モーセは民のために祈った。8 すると、はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。」

イスラエルの民はホル山から、エドムの地を迂回して、葦の海の道に旅立ったとき、途中で我慢できなくなり、神とモーセに逆らって言いました。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」(5)またここにイスラエルの民の不満が噴出しました。彼らはちょっとでも嫌なことがあると全く我慢することができず、すぐにこうして不満を噴出させたのです。何が問題だったのでしょうか。「葦の海の道」とは、紅海への道のことです。せっかくもう少しでカナン人の地に入ることができるというところまで来ていたのに、また葦の海の道まで戻り、迂回しなければならなかったのです。彼らは葦の海の道を、砂漠を南下して行かなければならなかったのです。その砂漠の旅に耐えるということは困難なことでした。それで彼らは不満を漏らしたのです。

それで主はどうされたでしょうか。そこで主は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人が死にました。この「燃える蛇」とは、どのような蛇だったのかはわかりません。おそらく、かまれると焼けつくような痛みと激しい毒のゆえにこのように呼ばれていたのではないかと思われます。この蛇は複数形で書かれているので、何匹もうじゃうじやしていたのだと思います。それが民にかみついたので、多くの人々が死んだのです。

それでイスラエルの民は、それが神の罰であるのを見て、自分たちの非を認め、モーセに助けを求めました。そして、モーセが民のために祈ると、主はモーセに興味深いことを仰せられました。それは、青銅の燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ、ということでした。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる、というのです。モーセは命じられた通りにしました。すると、もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると生きたのです。いったいこれはどういうことでしょうか。これは、信仰の従順による癒しと救いです。これは青銅の蛇自体に救い力があったということではなく、神の約束を信じてこれを仰ぎ見た者だけが、死の毒を免れて救われることができるということです。

この出来事について、イエス様はニコデモに対して語られました。ヨハネの福音書3章14-15節です。彼はイスラエルの指導者です。ユダヤ人の教師です。ですからこの話を十分に知っていました。そしてこう言われたのです。「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」(ヨハネ3:14-15)

人の子が上げられる、というのは、十字架につけられることを表しています。ヨハネ12章32-33節に、イエス様が言われたことをヨハネが説明しています。「『わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。』イエスは自分がどのような死に方で死ぬかを示して、このことを言われたのである。」イエス様は、モーセが荒野で上げた青銅の蛇のように、十字架に上げられることを示していたのです。

まず蛇が彼らに死をもたらしたことに注目しましょう。エバを惑わしたのも蛇でした。また、黙示録12章9節によると、蛇は悪魔であったことが分かります。そして主は、蛇に対してその子孫のかしらが、女の子孫によって打ち砕かれると約束されました(3:15)。蛇の子孫は女の子孫のかかとをかみつくが、女の子孫は蛇の頭を打ち砕きます。それが十字架と復活によってキリストが行なわれたことです。「そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」(ヘブル2:14-15)

つまり、蛇が死をもたらしたのは、罪が死をもたらしたと言い換えることができるのです。そして青銅で蛇を作りなさいというのは、その罪に対する神のさばきを表していました。覚えていますか、祭壇が青銅で作られていたのを・・。そこで罪のためのいけにえが焼かれました。それは、罪に対する神の裁きを表していました。つまり、罪が裁かれたことを表していたのです。しかもそれが、旗ざおという木の上で裁かれたのです。キリストは十字架にかけられ、青銅の蛇となって、全人類の罪のさばきをその身に負われたのです。そのキリストを仰ぎ見る者が救われるのです。それが信じることであり、ニコデモにイエス様が語られた「御霊によって新しく生まれなければならない」ということだったのです。

Ⅲ.ホル山からピスガまで(10-20)

次に10節から20節までをご覧ください。

「10 イスラエル人は旅立って、オボテで宿営した。11 彼らはオボテから旅立って、日の上る方、モアブに面した荒野にあるイエ・ハアバリムに宿営した。12 そこから旅立って、ゼレデの谷に宿営し、13 さらにそこから旅立って、エモリ人の国境から広がっている荒野にあるアルノン川の向こう側に宿営した。アルノン川がモアブとエモリ人との間の、モアブの国境であるためである。14 それで、「の戦いの書」にこう言われている。「スパのワヘブとアルノンの谷川とともに、15 谷川の支流は、アルの定住地に達し、モアブの領土をささえている。」16 彼らはそこからベエルに向かった。それはがモーセに、「民を集めよ。わたしが彼らに水を与える」と言われた井戸である。17 そのとき、イスラエルはこの歌を歌った。「わきいでよ。井戸。―このために歌え―18 笏をもって、杖をもって、つかさたちがうがち、民の尊き者たちが掘ったその井戸に。」彼らは荒野からマタナに進み、19 マタナからナハリエルに、ナハリエルからバモテに、20 バモテからモアブの野にある谷に行き、荒地を見おろすピスガの頂に着いた。」

10節には、「イスラエルは旅立って」とありますが、どこから旅立ったのでしょうか。ここはには書いてないのでわかりませんが、おそらく、エドムを迂回して南下し、次いでモアブの草原に向かって北上して行った途中の地点であったので、その地点か、あるいはその周辺のどこか宿営していた所から旅立ったのでしょう。そして、オボテまでやって来ました。このオボテは地中海の南方、エドムとの境界にある町です。そこからさらにイエ・ハアバリム、ゼレデの谷に宿営し、エモリ人の国境から広がっている荒野にあるアルノン川の向こう側に宿営しました。それはアルノン川がモアブ人とエモリ人との間の、モアブの国境であったからです。すなわち、彼らはアルノン川の北のエモリ人の地に宿営したのです。

それから彼らはベエルに向かいました(16)。「ベエル」がどこにあるのかはわかりませんが、主がモーセに「民を集めよ。わたしが彼らに水を与える」と言われたので、その井戸を求めていたからでしょう。その井戸についての歌が17節と18節にあります。乾燥地帯の砂漠にあってこうした井戸に巡り合わせられたことは、彼らにとってどれほど大きないやしと励ましとなったことでしょう。彼らはそこで主に感謝の歌をささげました。すばらしいですね。不平を鳴らすのではなく、感謝の歌を歌うのです。私たちも聖霊によって生きるなら、感謝の歌をささげるようになります。そして彼らはピスガの頂にまでやってきました。後にモーセがそこに立って、約束の地を見下ろし、死にます。

Ⅳ.勝利ある人生(21-35)

次に21節から35節までをご覧ください。

「21 イスラエルはエモリ人の王シホンに使者たちを送って言った。22 「あなたの国を通らせてください。私たちは畑にもぶどう畑にも曲がって入ることをせず、井戸の水も飲みません。あなたの領土を通過するまで、私たちは王の道を通ります。」23 しかし、シホンはイスラエルが自分の領土を通ることを許さなかった。シホンはその民をみな集めて、イスラエルを迎え撃つために荒野に出て来た。そしてヤハツに来て、イスラエルと戦った。24 イスラエルは剣の刃で彼を打ち、その地をアルノンからヤボクまで、アモン人の国境まで占領した。アモン人の国境は堅固だったからである。25 イスラエルはこれらの町々をすべて取った。そしてイスラエルはエモリ人のすべての町々、ヘシュボンとそれに属するすべての村落に住みついた。26 ヘシュボンはエモリ人の王、シホンの町であった。彼はモアブの以前の王と戦って、その手からその全土をアルノンまで取っていた。27 それで、ことわざを唱える者たちが歌っている。「来たれ、ヘシュボンに。シホンの町は建てられ、堅くされている。28 ヘシュボンから火が出、シホンの町から炎が出て、モアブのアルを焼き尽くしたからだ。29 モアブよ。おまえはわざわいだ。ケモシュの民よ。おまえは滅びうせる。その息子たちは逃亡者、娘たちは捕らわれの身である。エモリ人の王シホンによって。30 しかしわれわれは彼らを投げ倒した。ヘシュボンからディボンに至るまで滅びうせた。われわれはノファフまでも荒らし、それはメデバにまで及んだ。」31 こうしてイスラエルはエモリ人の地に住んだ。32 そのとき、モーセはまた人をやって、ヤゼルを探らせ、ついにそれに属する村落を攻め取り、そこにいたエモリ人を追い出した。33 さらに彼らは進んでバシャンへの道を上って行ったが、バシャンの王オグはそのすべての民とともに出て来た。彼らを迎え撃ち、エデレイで戦うためであった。34 しかし、はモーセに言われた。「彼を恐れてはならない。わたしは彼とそのすべての民とその地とをあなたの手のうちに与えた。あなたがヘシュボンに住んでいたエモリ人の王シホンに対して行ったように、彼に対しても行え。」35 そこで彼らは彼とその子らとそのすべての民とを打ち殺し、ひとりの生存者も残さなかった。こうして彼らはその地を占領した。」

ピスガの頂まで来たとき、イスラエルはエモリ人の王シホンに使者たちを送りました。そこにエモリ人が住んでいたからです。それでモーセたちはエドム人に対するのと同じように、ただ通過させてほしいと頼んだのです。ところがシホンは、イスラエルが自分たちの領土を通ることを許しませんでした。それどころか、イスラエルと戦うために出てきたのです。いったい彼らはなぜモーセの依頼を冷たく断ったのでしょうか。彼らはイスラエルに敵対していたからです。後に北イスラエルを滅ぼしたアッシリア帝国の人々は、ハムの子カナンの子孫であるエモリ人でした(創世記10:16)。彼らはアッシリア一帯を征服し、そこの支配者となったのです。このようにエモリ人は常にイスラエルに敵対する民でした。それでイスラエルが通ることを許さなかったのです。それどころか彼らが攻撃してきたので仕方なくイスラエルは応戦し、その結果、彼らを打ち破り、アルノンからヤボクまでを占領したのです。

こうやって見ると、神の民にはいつでも戦いがあることがわかります。こちらが平和的な解決を望んでいても、必ずしも相手もそうだとは限りません。このように戦いを挑んでくることがあるのです。それはこの世が悪魔に支配されているからであり、神の進展を好まないからです。ですから、ありとあらゆる形で妨害し、それを拒もうとするわけです。しかし、主はわたしたちとともにいて戦ってくださいます。そしてそのことによってかえってご自分のみわざを進められるのです。主は、悪魔が行なう仕業をも飲み込み、ご自分の勝利に変えてくださるのです。

その大勝利の歌が27-30節までにあります。「へシュボン」はエモリ人の王、シホンの町でした。彼らは以前、モアブの王と戦って、その全土を取っていました。けれども今、そのヘシュボンはイスラエルによって投げ倒されたのです。主は勝利を治めてくださいました。この歌はそっくりそのままイスラエルの勝利の歌となったのです。

さらに彼らはバシャンへの道を上って行きました。つまり、そのまま北上していったということです。それでバシャンの王オグはそのすべての民とともに出てきました。それはイスラエルを迎え撃ち、エデレイで戦うためです。しかし、主はモーセに言われました。「恐れてはならない。彼とそのすべての民とその地をあなたがたに与える」と。あのエモリ人の王シホンに対してしたように、彼らに対してもする・・と。そこでイスラエルは彼らとその子らとすべての民とを打ち殺し、その地を占領しました。

このようにして、主はすでに約束の地に入る前に、約束の地における主の勝利を見せてくださいました。彼らは不平によって燃える蛇を送られ、死に絶えるという神のさばきを受けましたが、悔い改め、神が言われたとおりにすることによって、つまり、旗さおに掲げられた青銅の蛇を仰ぎ見ることによって救われると、たとえ行く手にどんなに強力な敵がいようとも、破竹の勢いで前進していくことができたのです。そこに主がともにおられたからです。

それは私たちも同じです。私たちも自分の罪を悔い改め、神が仰せられた救いを受け入れる時、その罪が赦され、永遠のいのちが与えられるだけでなく、たとえ目の前にどんな敵がいても勝利することができるのです。神がともにおられるからです。まだ約束の地には入っていなくても、それは確実にもたらされます。私たちの信仰の歩みはまさにイスラエルの荒野の旅と同じですが、大切なのはそれをどのように進んでいくかということではなく、だれとともに行くのかということです。神がともにおられるなら、何も怖くありません。必ず勝利することができます。イエス・キリストによって与えられた神の恵みを受け入れ、信仰をもってこの旅路を進んでいきたいと思います。