ヨシュア記9章

きょうはヨシュア記9章から学びたいと思います。

 Ⅰ.敵の策略(1-6)

 まず1節から6節までをご覧ください。
「さて、ヨルダン川のこちら側の山地、低地、およびレバノンの前の大海の全沿岸のヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の王たちはみな、これを聞き、相集まり、一つになってヨシュアおよびイスラエルと戦おうとした。」(1-2)

ヨルダン川のこちら側の山地、低地とは、ヨルダン川西岸の地域、すなわち、カナンの地域を指します。このカナンの王たちはみな、これを聞き、相集まり、一つとなってヨシュアおよびイスラエルと戦おうとしました。「これを聞き」とは、ヨシュア率いるイスラエルがエリコとアイを打ち破ったことを指すのか、それとも、その前のヨシュアがエバル山でモーセの律法を宣言したことを指しているのかは、はっきりわかりません。しかし、いずれにせよ、ヨシュアとイスラエル軍が破竹の勢いで進撃してきたことを指していることは間違いありません。これを聞いたパレスチナの王たちはおののき、何とかイスラエル軍の進撃を阻止しなければならないと、連合して立ち向かおうとしたのです。しかし、ギブオン人だけは別行動を取りました。3~6節をご覧ください。

「しかし、ギブオンの住民たちは、ヨシュアがエリコとアイに対して行なったことを聞いて、彼らもまた計略をめぐらし、変装を企てた。彼らは古びた袋と古びて破れたのに継ぎを当てたぶどう酒の皮袋とを、ろばに負わせ、繕った古いはきものを足にはき、古びた着物を身に着けた。彼らの食料のパンは、みなかわいて、ぼろぼろになっていた。こうして、彼らはギルガルの陣営のヨシュアのところに来て、彼とイスラエルの人々に言った。「私たちは遠い国からまいりました。ですから、今、私たちと盟約を結んでください。」

ギブオンは、イスラエルが攻め取ったエリコとアイの少し南に位置する町です。このギブオンの住民たちは、ヨシュアがエリコとアイに対して行ったことを聞いて、イスラエルと和解の条約を結ぼうとしました。彼らはわざわざ自分たちが遠くから来たかのように見せかけるため、古びた袋と古びて破れたのに継ぎを当てたぶどう酒の革袋とを、ろばに負わせ、繕った古いはきものを足にはき、古びた着物を身につけて、ヨシュアのところにやって来ました。また、かわいて、ぼろぼろになったパンを持っていました。なぜ彼らはこのような計略を企てたのでしょうか。彼らはそのことを聞いて、ヨシュアとその民に対して勝つことはできないと判断したからです。それにしても、わざわざ変装したり、偽ってまで同盟を結ぶ必要があったのでしょうか。おそらく彼らは戦いに勝てないというだけでなく、この戦いがどのような戦いであるのかをよく理解していたのでしょう。すなわち、これは聖なる戦いであり、カナン人を聖絶するものであるということです。それゆえ、彼らがその地の住人であることがわかったら聖絶されるのは落であって、そのことだけは避けなければなせないと思ったのでしょう。孫子の兵法には、戦いに絶対に勝つ秘訣は負ける相手とは戦わないとありますが、まさに彼らは最初から負ける戦いとは戦わない道を選択したのです。それはとても賢い判断でした。一方、イスラエルにとっては判断を誤り、後々までも尾を引く結果となっていくことになります。私たちの敵である悪魔はこのように巧妙に襲いかかってきます。悪魔は偽りの父であり、このように計略をめぐらし、変装を企て、知らず知らずのうちに私たちの内側に忍び込み、私たちを信仰から引き離そうとするのです。だれの目にも明らかな方法によってではなく、だれも気付かないような罠を仕掛けてくるのです。

ペテロは、「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。」(Ⅰペテロ5:8)と言っています。
ペテロはだれよりもこのことを体験させられたことでしょう。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」(ルカ22:33)と言った次の瞬間、イエスが捕らえられ大祭司のところで尋問を受けると、彼はそこでイエスを知らないと三度も言いました。人間の力なんてそんなものですよ。私たちがどんなに「私はこうだ」と豪語しても、自分の決意などというものは脆くも崩れてしまうのです。いったいなぜこんなことになってしまったのか・・と嘆いてみても後の祭りです。私たちの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜しながら、歩きまわっていることを覚えておかなければなりません。

Ⅱ.主の指示をあおがなかったイスラエル(7-15)

「イスラエルの人々は、そのヒビ人たちに言った。『たぶんあなたがたは私たちの中に住んでいるのだろう。どうして私たちがあなたがたと盟約を結ぶことができようか。』すると、彼らはヨシュアに言った。『私たちはあなたのしもべです。』しかしヨシュアは彼らに言った。『あなたがたはだれだ。どこから来たのか。』彼らは言った。『しもべどもは、あなたの神、主の名を聞いて、非常に遠い国からまいりました。私たちは主のうわさ、および主がエジプトで行なわれたすべての事、主がヨルダン川の向こう側のエモリ人のふたりの王、ヘシュボンの王シホン、およびアシュタロテにいたバシャンの王オグになさったすべての事を聞いたからです。それで、私たちの長老たちや、私たちの国の住民はみな、私たちに言いました。『あなたがたは、旅のための食料を手に持って、彼らに会いに出かけよ。そして彼らに、私たちはあなたがたのしもべです。それで、今、私たちと盟約を結んでくださいと言え。』この私たちのパンは、私たちがあなたがたのところに来ようとして出た日に、それぞれの家から、まだあたたかなのを、食料として準備したのですが、今はもう、ご覧のとおり、かわいて、ぼろぼろになってしまいました。また、ぶどう酒を満たしたこれらの皮袋も、新しかったのですが、ご覧のとおり、破れてしまいました。私たちのこの着物も、はきものも、非常に長い旅のために、古びてしまいました。』そこで人々は、彼らの食料のいくらかを取ったが、主の指示を仰がなかった。ヨシュアが彼らと和を講じ、彼らを生かしてやるとの盟約を結んだとき、会衆の上に立つ族長たちは、彼らに誓った。」

さて、それに対してイスラエルはどのように対応したでしょうか。ここでギブオン人がヒビ人と言われているのは、ギブオン人がヒビ人のグループの一つだったからです。イスラエルの人々はそのことを見抜いてこう言いました。「たぶんあなたがたは私たちの中に住んでいるのだろう。どうして私たちがあなたがたと盟約を結ぶことができようか。」それは、かつてモーセによって次のように命じられていたからです。
「あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主が、あなたを導き入れられるとき、主は、多くの異邦の民、すなわちヘテ人、ギルガシ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人の、これらあなたよりも数多く、また強い七つの異邦の民を、あなたの前から追い払われる。あなたの神、主は、彼らをあなたに渡し、あなたがこれを打つとき、あなたは彼らを聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。容赦してはならない。また、彼らと互いに縁を結んではならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない。彼はあなたの息子を私から引き離すであろう。彼らがほかの神々に仕えるなら、主の怒りがあなたがたに向かって燃え上がり、主はあなたをたちどころに根絶やしにしてしまわれる。むしろ彼らに対して、このようにしなければならない。彼らの祭壇を打ちこわし、石の柱を打ち砕き、彼らのアシェラ像を切り倒し、彼らの彫像を火で焼かなければならない。あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。」(申命記7:1~6)

すると、彼らは偽って、彼らが非常に遠い国から来たということ、そこで主がエジプトで行なわれたこと、またヨルダン川の東でエモリ人の王と、ヘシュボンの王、またバシャンの王になさったすべてのことを聞いたと、イスラエルの過去の出来事に言及しています。つい先ごろ起こったエリコとアイをイスラエルが攻め取ったことについては言及していません。なぜなら、彼らは遠くの国に住んでいるため、そのようなことは聞いていないふりをしているからです。悪魔は実に巧妙に襲いかかってきます。そして、彼らは古くなった着物、古くなったぶどう酒の皮袋、また古くなったパンを見せて、それを遠い国から来た証拠として差し出すのです。その結果、ヨシュアは彼らと和を講じ、彼らを生かしてやると同盟を結ぶことができました。

主はモーセを通してあれほどカナンの民と契約を結んではならないと命じられたのに、どうしてヨシュアは彼らと契約を結んでしまったのでしょうか。14節にその原因が書かれてあります。それは、「主の指示をあおがなかった」からです。私たちは前回、アイとの最初の戦いにおいて敗北した原因を見てきました。それはイスラエルが不信の罪を犯したからです(7:1)。アカンが聖絶のものをいくらか取ったために、主の怒りがイスラエル人全体に燃え上がったのです。それなのに彼らは偵察を送り、二、三千人の兵を上らせれば十分だと判断しました。自分が見るところに頼って、主の指示を仰がなかったのです。ここでも同じ失敗を繰り返しています。彼らは自分たちで判断し、主の指示をあおぎませんでした。

このことはイスラエルだけでなく、私たちにも言えることです。自分たちで判断して、主の指示を仰ごうとしない傾向があります。イスラエルが同じ失敗を繰り返したのは、それだけ人間にはその傾向が強いということを示しているのです。

私たちは、今週の日曜日の礼拝後臨時総会を開き、三原神学生の招聘について話し合いました。私は、この総会に臨むにあたり、二か月前からこのことを皆さんと分かち合い、このために祈ってほしい旨を伝えました。他の人と話すのではなく、ただ神が示してくださることを求めて祈ってほしかったのです。二週間前にはこの臨時総会に臨むにあたって示されたことを具体的に書いてほしいとお願いしました。実際、何人かの方々が出してくださいました。出せなかった方々もそれぞれに祈って臨んでくださいました。
結果はどうだったでしょうか。結果は、三原神学生を招聘するかどうかということではなく、私たちがどのようにこの教会を建て上げていくのかということが問われているのであって、そのためにみんなで取り組んでいくことが求められているのではないかということが示され、一同涙ながらに祈ることができました。
私は本当にすばらしい祈りの時だったと思います。後で何人かの方がメールをくださり、「出席されていた皆さんが、その課題を認識し、何とかしなければいけない、そしてその一歩は「私」からなのだ、そのために「キリストのからだの一員として」全員の参与が必要なのだと気づいたことはとても良かったと思います。何よりも、皆さんが大田原教会を愛し、その成長・発展を願っているということが分かったことは、私にとっても大きな励まし、かつ主からの恵みであったと思います。」とか、「シモン君に関する議題でしたが、教会員のみんなが、それぞれの役割と賜物を考えさせる、我々の目的を遥かに超えた交わりでした。神に感謝しています。」と言ってくださいました。それは私たちが自分の思いや考えによる判断ではなく、主の判断を求めた結果だと思います。

箴言には、「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」(箴言14:12)とあります。また、「主を恐れることは知識の初めである。」(箴言1:7)ともあります。私たちは自分の判断に頼るのではなく、主を恐れ、主の知恵を求め、主の判断を求めていかなければなりません。

Ⅲ.約束に忠実な神(16-27)

さて、そのようにギブオンの住民と契約を結んだイスラエルはどうなったでしょうか。16節から27節までをご覧ください。
「彼らと盟約を結んで後三日たったとき、人々は、彼らが近くの者たちで、自分たちの中に住んでいるということを聞いた。それから、イスラエル人は旅立って、三日目に彼らの町々に着いた。彼らの町々とは、ギブオン、ケフィラ、ベエロテ、およびキルヤテ・エアリムであった。会衆の上に立つ族長たちがすでにイスラエルの神、主にかけて彼らに誓っていたので、イスラエル人は彼らを打たなかった。しかし、全会衆は族長たちに向かって不平を鳴らした。そこで族長たちはみな、全会衆に言った。「私たちはイスラエルの神、主にかけて彼らに誓った。だから今、私たちは彼らに触れることはできない。私たちは彼らにこうしよう。彼らを生かしておこう。そうすれば、私たちが彼らに誓った誓いのために、御怒りが私たちの上に下らないだろう。」族長たちが全会衆に、「彼らを生かしておこう。」と言ったので、彼らは全会衆のために、たきぎを割る者、水を汲む者となった。族長たちが彼らに言ったとおりである。ヨシュアは彼らを呼び寄せて、彼らに次のように言った。「あなたがたは、私たちの中に住んでいながら、なぜ、『私たちはあなたがたから非常に遠い所にいる。』と言って、私たちを欺いたのか。今、あなたがたはのろわれ、あなたがたはいつまでも奴隷となり、私の神の家のために、たきぎを割る者、水を汲む者となる。」すると、彼らはヨシュアに答えて言った。「あなたの神、主がそのしもべモーセに、この全土をあなたがたに与え、その地の住民のすべてをあなたがたの前から滅ぼしてしまうようにと、お命じになったことを、このあなたのしもべどもは、はっきり知らされたのです。ですから、あなたがたの前で私たちのいのちが失われるのを、非常に恐れたので、このようなことをしたのです。ご覧ください。私たちは今、あなたの手の中にあります。あなたのお気に召すように、お目にかなうように私たちをお扱いください。」ヨシュアは彼らにそのようにし、彼らをイスラエル人の手から救って、殺さなかった。こうしてヨシュアは、その日、彼らを会衆のため、また主の祭壇のため、主が選ばれた場所で、たきぎを割る者、水を汲む者とした。今日もそうである。」

彼らと同盟を結んで三日後、人々は、彼らが近くの者たちで、自分たちの中に住んでいるということを聞きました。イスラエルは騙されたことに気付きます。三日後に彼らがパレスチナ人であることが判明したのです。そのことが判明したとき、ヨシュアはどうしたでしょうか。イスラエルの全会衆は族長たちに不平を言いましたが、ヨシュアは彼らを滅ぼしませんでした。なぜでしょうか?18節にはその理由が、「全会衆の上に立つ族長たちがすでにイスラエルの神、主にかけて誓っていたので」とあります。

ヨシュアはなぜギブオン人たちにこれほどまでに義理を立てなければならなかったのでしょうか。なぜこの契約を無効にしなかったのか。ギブオン人たちはヨシュアを騙したのです。騙した契約は無効なはずです。民法でも騙された契約は、それが騙されたものであることが証明されると無効にされます。その上、主はヨシュアにカナンの地の異邦の民をみな聖絶するようにと命じておられました。であれば、その契約を無効にし、彼らを滅ぼしても良かったはずです。それなのに、どうして彼らを助ける必要があったのでしょうか。それはヨシュアと族長たちが、イスラエルの神、主にかけて誓ったからです。ヨシュアは一度契約したことに対して、どこまでも忠実に果たそうとしたのです。なぜなら、主なる神ご自身がそのような方であられるからです。イスラエルの神は人間との契約、約束に対してどこまでも忠実に守られる方なのです。それは私たちがどのような者であるかとか、私たちがこれまでどれほどひどいことをしてきたかということと関係なく、主の語られた約束に同意したことによって、それを最後まで果たしてくださるのです。なぜなら、主は真実な方だからです。主は真実な方なので、どこまでもそれを貫いてくださるのです。

私たちがこのような神のご性質を覚えておくということは、極めて重要なことです。なぜなら、神が私たちといったん約束されたなら、そのことは必ず成就するからです。神は契約を遵守される方なのです。それゆえに私たちは神の約束を求め、その約束を受け取るまで、忍耐して祈らなければなりません。なぜなら、ヘブル人への手紙10章35~36節には、「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」とあるからです。

それならばなぜ神はすぐに約束を成就されないのでしょうか。それは、私たちのためです。私たちがあえて忍耐することによって、私たちが主の御前にへりくだるためなのです。もし約束されたことがすぐに成就するとしたらどうなるでしょうか。いつの間にかそれを自分の手によって成し遂げたかのように思い込み、高ぶってしまうことになるでしょう。自分自身の努力や熱心さによって達成したかのように思い、神の栄光を奪ってしまうことになってしまいます。ですから、神は忍耐することを通して、待つことを通して、それが自分の力ではなく神の力によって成し遂げられたことを深く刻みつけようとされるのです。

もう一つの理由は、そのように忍耐することによって、私たちの信仰や人格を磨き上げようとしておられるからです。ローマ5章3~5節には、「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることはありません。」とあります。こうした忍耐を通してこそ練られた品性と希望が生み出されていくということを覚えるとき、むしろ困難を静かに耐えることが神のみこころであり、そのとき私たちの人格が成長させられていくのです。

それゆえ、神が約束されたことが成就しないと嘆いたり、疑ったりしてはなりません。約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。その忍耐を働かせることによって、練られた品性が生み出され、希望が生み出されると信じて、この神の約束の御言葉に信頼して歩みましょう。主は必ずご自身の約束を成就してくださいますから。

Ⅰペテロ2章18~25節 「主人に従う」

 きょうのテーマは「主人に従う」です。「主人」と言ってもその「主人」とは主イエスのことのことではなく、この世の主人ことです。これを現代風に当てはめるなら、会社の社長や職場の上司に従いなさい、ということになるでしょう。しかも善良でやさしい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさいというのです。冗談じゃない!やさしい上司になら従うことができるかもしれませんが、ガミガミ言うような横暴な上司に従うことなんてできません。しかし、ここではそのような主人にも尊敬の心を込めて従いなさい、というのです。いったいこれはどういうことなのでしょうか。

Ⅰ.不当な苦しみに耐える(18-21)

 まず18節から21節までをご覧ください。18節をご一緒にお読みしましょう。
「しもべたちよ。尊敬の心を込めて主人に服従しなさい。善良で優しい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさい。」

ペテロは、ローマ皇帝の迫害によって小アジヤ地方に散らされていたクリスチャンを励ますために、この手紙を書きました。その中で最も重要なことは、彼らはどのような者であるか、ということです。そこでペテロは2章9節、10節で、このように言いました。
「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。」

この事実に基づいてペテロは、具体的な勧めを語るのです。それは12節にあるように、この「異邦人の中にあっても、りっぱにふるまいなさい」(12)ということです。「そうすれば、彼らは、何かのことであなたがたを悪人呼ばわりしていても、そのりっぱな行いを見て、やがておとずれの日に神をほめたたえるようになります。」そうか、それじゃ頑張ろうと、この異教社会の中にあっても、主の証になるようにりっぱにふるまおうと思った次の瞬間、「えっ」と思うようなことばが続くのです。13節です。
「人の立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい。それが主権者であっても、また、悪を行う者を罰し、善を行うように王から遣わされた総督であっても、」
とても無理です。当時はローマ帝国が支配していましたから、当時の主権者といったらローマの皇帝です。しかし、そもそも彼らが各地に散らされ肩身の狭い思いで生きなければならないのは、そのローマのせいです。そんな人たちに従うなんてできるはずがありません。しかし、そのように善を行って、愚かな人々の口を封じることは、神のみこころなのです。もちろん、それが神のみこころと違うことを命じるのであればあくまでも神に従うことが優先されますが、そうでない限り、人の立てたすべての制度に従わなければなりません。そのようにしてすべての人を敬い、兄弟たちを愛し、主権者を敬うことが神のみこころなのです。

その流れの中で今回の言葉が続くのです。「しもべたちよ。尊敬の心を込めて主人に服従しなさい。善良でやさしい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさい。」と。

今から約2千年前のローマの社会では、奴隷制度が敷かれていました。もともとギリシャもローマも戦勝国でしたから、植民地から大量の奴隷を連れて来たのです。借金で我が身を売った者たちもいました。中には生まれながらに奴隷という境遇の人もいました。いろいろな事情で奴隷として生きなければならない人たちが相当数いたのです。歴史の記述を見ると、当時ローマ帝国全体には6千万人の奴隷がいたと言われています。奴隷というと、鎖で数珠つなぎにされ、鞭でたたかれ、集団できつい労働に酷使されているようなイメージがありますが、実際は少し違っていたようです。中には家の管理を任せられたり、家庭教師や医者である奴隷もいました。当時、こうした労働や実業といったことは奴隷が担い、主人は政治に携わるか、もっぱら趣味や娯楽に興じていたのです。ですから、ここにある「しもべ」というのは、どちらかというと「その家に属する者」というニュアンスがありました。けれども、奴隷であることには変わりはありません。奴隷は主人の所有物であり、もし主人に従わなければ殺されることもありました。奴隷の人権などというものは全く認められていなかったのです。そうしたしもべたちに対してペテロは、奴隷の状態から解放されるように祈りなさいとは言わないで、むしろ、「尊敬の心を込めて主人に服従しなさい」と勧めたのです。それは善良でやさしい主人に対してだけでありません。横暴な主人に対してもそうしなさいというのです。

冗談じゃない!と私たちなら思うかもしれません。否、当時のしもべたちも、そのように思ったことでしょう。奴隷だから、制度だから従うのは仕方がないけれども、尊敬の心を込めて従うなんてできない。善良でやさしい主人になら従ってもいいけど、横暴な主人に従うなんてとんでもないと思ったとしても不思議ではありません。いったいなぜそのように主人に従わなければならないのでしょうか。ペテロはその理由を次のように語っています。19節と20節をご覧ください。
「人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。」

どういうことでしょうか?ペテロはここで善良でやさしい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従わなければならないのは、それが神に喜ばれることだからであると言っています。しもべがもし罪を犯したために打ちたたかれそれを耐え忍んだからといっても何の誉れにもなりませんが、もし善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることだというのです。しもべが罪を犯すというのは、たとえば、主人の言いつけを守らなかったとか、言われたのにやりたくなかったからやらなかった、ということでしょうか。つまり、しもべとしての務めを果たさなかったとか、その務めに怠慢であった、明らかに違反していたということでしょう。そうしたことで主人に打ちたたかれたとしてもそれはある意味当然のことであって、それを耐え忍んだからといっても、何の誉めるべきことではありません。しかし、正しいことを行って打ちたたかれるようなことがあるとしたら、しかもその苦しみを耐えるとしたら、それは神に喜ばれることなのです。

なぜでしょうか?21節をご覧ください。ここには、「あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。」とあります。「そのため」とは何のためでしょうか?不当な苦しみに耐えることです。あなたがたが召されたのは、実にそのためです。なぜなら、私たちの主イエスも、私たちのために苦しみを受けられ、その足跡に従うようにと、私たちに模範を残されたからです。

この「模範」という言葉は、習字の時に先生が書いた筆に沿って書くような様を表しています。つまり、キリストが不当な苦しみを受けられたのは、私たちが同じように不当な苦しみを受けても、その足跡に従うための模範となるためであったということです。私たちはそのために召されたのです。

キリストが担われた十字架の苦しみは、まさに不当な苦しみであり、全く理不尽なことでした。それは当時のユダヤ教の宗教指導者のねたみのゆえに引き起こされたことであり、ローマの極刑という厳しい刑罰、恥と苦しみに耐えるというものでした。それはご自身の罪のためではなく、私たちの身代わりのためでした。けれども、キリストはその不当な十字架の苦しみによって、私たちの罪のさばきを負ってくださったのです。それゆえ神は、キリストを高くあげられ、神の右の座に着座させました。そのキリストに、あなたがたも召されているというのです。

この召されていることに気付くことは、私たちの生涯において極めて重要なことではだと思います。私はよく「牧師にとって一番重要なことは何ですか」と尋ねられることがありますが、その時には迷わずこう答えます。「それは神に召されているという確信です」。神に召されているという確信がなければ続けていくことはできないし、逆に召されているという確信があれば、どんな困難でも乗り越えることができると思います。ですから召されているということを知ること、気付くことはとても重要なことなのです。

それは牧師に限らずすべてのことに言えるのではないでしょうか。クリスチャン生活においてもそうです。神様が私を呼んでおられることに気付いた時に、私たちのクリスチャン生活が始まります。イエス・キリストに召していただいた、イエス・キリストが私に目を留め、私の名を呼び、私を召してくださったので、この方についていくのです。それがわからなかったらついて行くなんてできません。嫌なこと、苦しいことがあったらすぐにポイッと投げ捨ててしまうことでしょう。私たちは私たちの人生の様々な局面で「わたしに従ってきなさい」という主の御声を聞くことによって、「そうだ、私は主に召されているんだ。だから主に従っていこう」ということになるのです。

ここでペテロは、「あなたがたが召されたのは、実にそのためです。」と言っています。しもべとしての歩みの中で、どこかで不当な扱いを受け、どこかで人のいいようにされていると感じる時に、謙虚にへりくだった姿勢で、私たちを召してくださった方のことを考えてみなさい、というのです。

キリストは、最後まで苦しみを忍ばれただけでなく、自分を十字架につけた人々さえも赦してくださいました。自分を不当に扱う人間を、その不当な扱いに耐えるのみならず、赦されたのです。だから私たちも、不当な苦しみを与える人に対してそれに耐えるだけでなく、その人を愛し赦さなければなりません。なぜなら、キリストはその足跡に従うようにと、私たちに模範を残されたからです。私たちはそのように召されているからです。ですから、しもべとして主人に従うことができるかどうかという、ただ表面的に従うというのではなく、尊敬の心を込めて従うことができるかどうか、しかも、善良でやさしい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従うことができるかどうかは、私たちがこの方に召されているということにどれだけ気付いているかにかかっているのです。あなたがたが召されたのは、実にそのためなのです。そのことにあなたは気付いておられるでしょうか。そのことをどのように受け止めているでしょうか。

アフリカ系アメリカ人公民権運動にいのちを捧げたキング牧師は、このことを「苦しみに耐える能力」という言葉で表現しました。
 「あなたがたの他人を苦しませる能力に対して、私たちは苦しみに耐える能力で対抗しよう。あなたがたの肉体による暴力に対して、私たちは魂の力で応戦しよう。どうぞ、やりたいようにやりなさい。それでも私たちはあなたがたを愛するであろう。
 どんなに良心的に考えても、私たちはあなたがたの不正な法律には従えないし、不正な体制を受け入れることもできない。なぜなら、悪への非協力は、善への協力と同じほどの道徳的義務だからである。だから、私たちを刑務所にぶち込みたいなら、そうするがよい。それでも、私たちはあなたがたを愛するであろう。
 私たちの家を爆弾で襲撃し、子どもたちを脅かしたいなら、そうするがよい。辛いことだが、それでも私たちは、あなたがたを愛するであろう。
 真夜中に、頭巾をかぶったあなたがたの暴漢を私たちの共同体に送り、私たちをその辺の道端に引きずり出し、ぶん殴って半殺しにしたいなら、そうするがよい。それでも、私たちはあなたがたを愛するであろう。
 国中に情報屋を回し、私たち黒人は文化的にもその他の面でも人種統合にふさわしくない、と人々に思わせたいなら、そうするがよい。それでも、私たちはあなたがたを愛するであろう。
 しかし、覚えておいてほしい。私たちは苦しむ能力によってあなたがたを疲弊させ、いつの日か必ず自由を手にする、ということを。私たちは自分たち自身のために自由を勝ち取るだけでなく、きっとあなたがたをも勝ち取るであろう。」

「きっとあなたがたをも勝ち取るであろう」というのは、あなたがたを友として勝ち取るという意味です。そのことを、キング牧師は「苦しみに耐える能力」によって実現していくと言ったのです。いったいなぜ彼はこのように言うことができたのでしょうか。それは、彼が苦しみに耐えるようにと召されていることを確信していたからです。

イエス・キリストは不当な苦しみを負って十字架に付けられました。しかし、神はこのイエスをよみがえらせ、ご自分の右の座に着かせられました。それは私たちの模範でもありました。その足跡に従うようにと、キリストは模範を残されたのです。私たちが不当な苦しみに耐えることは、決して無意味なことではありません。いつの日か必ず私たちも勝利を得る時がやって来ます。その確信を最後までしっかりと持ち続けようではありませんか。

Ⅱ.キリストの模範(22~24)

第二のことは、そのキリストの模範とはどのようなものであったのかということです。
22節から24節までをご覧ください。
「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」

ここに記されてあるほとんどのことは、イザヤ書53章からの引用です。イザヤ書53章は、旧約聖書の中で最も有名な箇所の一つで、キリストの受難を預言しています。ペテロはここでそれをそのまま引用しているのです。
22節の「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした」というのは、イザヤ書53章9節の「彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが」という言葉の引用です。
 23節の「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず」というのは、イザヤ書53章7節の「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、彼は口を開かない」からの引用です。
 それから24節の「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました」というのは、イザヤ書53章12節からの引用です。そこには、「彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする」とあります。
そして24節の最後の「それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」というのは、イザヤ書では53章5節の「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた」という言葉の引用です。
 また、先ほどはお読みしませんでしたが、25節の「あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが」というのは、イザヤ書53章6節の「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。」の引用です。
 このようにペテロは、キリストの模範をイザヤ書53章のみことばから、そっくりそのまま引用しているのです。どうして彼はそのように旧約聖書から引用したのでしょうか。ペテロは主イエスと3年半もの間一緒に過ごし、そのお姿をつぶさに見、その語られる言葉を聞くことによって、旧約聖書以上にイエスのことを知っていたはずですから、そのイエスについて語るのに、わざわざ旧約聖書をから引用しなくてもよかったはずです。それなのに、イエスの苦しみを語るのに、彼はあえて神の言葉である聖書の言葉を引用したのです。

それは、そのように聖書の言葉を引用することが、自分が語る言葉よりもはるかに意味があると思ったからです。ペテロはキリストを自分の目でじっと見、自分の耳でじっと聞いてきました。しかし、いざキリストの十字架の苦しみとその忍耐を説明しようとした時に、そうだ、神の言葉を引用しよう、と思ったのです。所詮、自分が経験したどんなことも神の言葉にはかなわない、ということを悟ったのです。自分書くどんな言葉よりも、一つの神の言葉の方が真理を語ると思ったのです。それほどに、神の言葉には力があるのです。

ところで、そのようにしてペテロが見出したキリストの姿とはどのようなものだったのでしょうか。第一に、キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見出されなかったということです。22節をご覧ください。「見出されなかった」とは、どんな風にあら探しをしても見つからなかった、という意味です。普通の人間ならば、「叩けば埃が出る」ものです。しかし、キリストはどこを叩いても、埃が出ませんでした。

第二に、彼はののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。23節です。十字架のそば近くにいたペテロは、真に主イエスの苦しみを目撃したものとして、毛を刈られる羊のように、黙って苦難を忍ばれる姿を印象的に覚えていました。兵士たちに拳でたたかれ、むち打たれ、いばらの冠をかぶせられるという痛みと苦しみの中にあっても、その苦しみに黙々と耐えられました。ユダヤ教の裁判では、全く事実無根の罪名を着せられ、祭司たちからあざけられ、あらゆる屈辱を受けました。それでもキリストは黙って、それを静かに受けられました。イザヤ書53章7節にあるように、「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、彼は口を開かな」かったのです。それは、すべてを知り、正しくさばかれる神にすべてをゆだね切っていたからです。これこそ、私たちが習うべき模範ではないでしょうか。

第三に、キリストは自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。24節です。なぜでしようか。それは、私たちが罪から離れ、義のために生きるためです。そのキリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

ペテロはここで「あなたがたは、いやされたのです」と言っています。打ち傷によっていやされたというのは不思議な表現ですが、それはある意味で、キリストの傷は私の傷との交換であったということです。それは心に受けた傷もあるでしょうし、あるいは身体に受けた傷もあるでしょう。もしかすると人生そのものに刻んでしまった傷というのもあるかもしれない。しかし主は、それらの傷のすべてを十字架の上で、私に代わって負ってくださったのです。

ところで、ペテロのそもそもの話は何だったかというと、しもべたちに対して、尊敬の心を込めて主人に従いなさいということでした。善良でやさしい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさいということでした。それなのに、いつの間にか、そういう話ではなく、イエス様の十字架の打ち傷によって私たちの罪は赦され、その傷はいやされて、平安をいただいたという話にポイントが移っていることがわかります。いったいなぜポイントがズレてきてるのでしょうか。それは、これこそ最も重要なポイントであるからです。このことがわかれば全ての問題が解決するからです。十字架がわかるということが、私たちの人生におけるすべての不条理なことや苦しみの解決なのです。

私たちの人生ってそんなものですよ。私たちの人生にはいろいろなことがあるわけですが、結局のところ、最後は一番重要なところに行きつくわけです。それが十字架なのです。イエス様の十字架によって罪が赦され、天の御国に召されていくということです。これが本当の平安です。このことがわかったら、私たちの生活のすべての領域において解決が与えられるのです。

私たちは自分の人生の中でいろいろなことを経験します。時に苦々しいことや、悲しいこと、辛いこと、信じられないこと、そうしたすべてのことが神の御手の中で練られながら、最終的にはやっぱりここに行きつくのです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。私たちのすべての傷は、キリストの十字架の贖いでいやされたのです。もうこれ以上、何が必要でしょうか。もう何もいりません。キリストの打ち傷によってすべての傷がいやされたのですから、私たちはキリストの示された模範にならって、不当な苦しみをも、耐え忍ぶことができるのです。

かつてイギリスにヘレン・ローズベリーと女性宣教師がいました。彼女はケンブリッジ大学で外科医になり、アフリカのコンゴ共和国の宣教師になって遣わされました。少し前に亡くなりましたが、この方は、宣教師の中でもヘレン・ローズベリーの右に出る人はいないと言われるほど壮絶な生涯を送られた方です。
 彼女は、病院が少ないコンゴに医療宣教師として遣わされ、そこで小さなクリニックを始め、やがて病院を建てるのですが、コンゴの革命に巻き込まれる中で虐待され、レイプされ、投獄されるのです。彼女はその中でイエス様との体験を深めていくのです。
彼女の証しには、その壮絶な体験が書かれてあります。その壮絶な体験の中で、ヘレン・ローズベリーはイエス様の声を聞くのです。「ヘレン、この壮絶な経験をあなたにゆだねたことで、あなたはわたしに感謝できるか?たとえ、その理由をわたしがあなたに話さないとしても、感謝できるか?」
 その中で彼女は、答えるのです。「主よ。私はどんなことがあってもあなたに感謝します。なぜなら、私はあなたへの信頼を絶対に捨てませんから。」

このとき彼女が体験したのは、より深いキリストとの一体感でした。そうした不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは神に喜ばれることだからです。キリストもそうされました。私たちが召されたのは、実にそのためです。私たちが不当な苦しみを受けながらも、それに耐え忍ぶとしたら、それは神に喜ばれることであり、キリストとの一体感をより深く体験するという恵みがあるのです。

Ⅲ.牧者のもとに帰る(25)

第三のことは、その結果です。25節をご覧ください。
「あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」

これがキリストの十字架の贖いの結果です。「あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」これもイザヤ書53章6節の言葉のからの引用です。「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。」

「あなたがたは羊のようにさまよっていた」という言葉は、ある日、道に迷ったというような軽いものではありません。ずっと前から、そして継続的に、神に背を向けて、自分勝手な道を歩んでいたという意味です。私たちは迷える小羊なのです。羊は目の前のことしか見えないので、いつしかどこかに迷い込んでしまうわけです。私たちはその迷える羊なのです。そんな者が、キリストの十字架の贖いによって、キリストが身代わりとなって私たちの罪を負ってくださったので、心おきなく、神のみとに帰ることができました。

ここには、主なる神の姿が二つの言葉で表されています。一つは「たましいの牧者」であり、もう一つは「たましいの監督者」です。たましいの牧者とは、羊飼いが羊をケアするように、私たちの人生そのものをケアしてくださり、正しい道に導き、守ってくださる方であるということです。100匹の羊のうち1匹が失われたとき、羊飼いは山や谷を巡って、見つかるまで捜し続けます。そして見つかったとき、「大喜びでその羊をかついで、こういうのです。「いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。」(ルカ15:5)「たった1匹でしょ、しょうがない。羊は落ち着きがないからすぐにどこかに行っちゃうのよね。こういうことはよくあるの」なんて言ったりはしないのです。見つかるまで、どこまでも捜しし続けます。

それからもう一つのイメージは、「監督者」です。「監督者」とは、「見張るもの」とか、「見守るもの」という意味です。「見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。」(詩篇121:4)とあるように、主は私たちをしっかり守ってくださいます。キリストの十字架の贖いによって、私たちはこのたましいの牧者であり監督者のもとに帰ることができたのです。

けさ私たちは、このたましいの牧者であり監督者である主のもとに帰りましょう。そこでたましいの安らぎと喜びを味わいたいと思います。私たちのたましいがこの方のもとに帰るとき、私たちは真の安らぎを得ることができるからです。

初代キリスト教最大の神学者と言われたアウグスチヌスは、母モニカの心配をよそに放蕩生活を続けていましたが、「涙の子は決して滅びることはない」という司教アンブロシウスの言葉のとおり、母モニカが召される1年前に、遂に主のもとに立ち返りました。そのたましいの遍歴をアウグスチヌスはその著「告白」の中でこう述べています。
「あなたは人を目覚めさせて、あなたを賛美することを人の喜びとされました。というのもあなたは、私たちをあなたに向かうようにお造りになったからです。私たちの心はあなたの内で安らぎを得るまで揺れ動いています。」

この主の懐に憩いましょう。そして、不当な苦しみを受けることがあっても、それを耐え忍ぶ者でありたいと思います。あなたがたが召されたのは、実にそのためなのです。

ヨシュア記8章

きょうはヨシュア記8章から学びたいと思います。

 Ⅰ.アイの攻略(1-9)

 まず1節から3節までをご覧ください。
「主はヨシュアに仰せられた。「恐れてはならない。おののいてはならない。戦う民全部を連れてアイに攻め上れ。見よ。わたしはアイの王と、その民、その町、その地を、あなたの手に与えた。あなたがエリコとその王にしたとおりに、アイとその王にもせよ。ただし、その分捕り物と家畜だけは、あなたがたの戦利品としてよい。あなたは町のうしろに伏兵を置け。」

前回は7章からイスラエルがアイとの戦いに敗れた原因を学びました。それは、イスラエルの子らが、聖絶のもののことで不信の罪を犯したからです。ユダ部族のカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取ったため、主の怒りがイスラエル人に向かって燃え上がったのです。そこでヨシュアは失意の中で主に解決を求めると、その者を一掃するようにと命じられました。そこでヨシュアはその言葉のとおり、それがアカンによる犯行であることが明らかになると、彼とその家族のすべてと、彼の所有するすべてをアコルの谷に連れて行き、それらに石を投げつけ、火で焼き払いました。

あまりにも残酷な結果に、いったいなぜ神はそんなことをされるのかと不思議に思うところでしたが、それは神の残酷さを表していたのではなく罪の恐ろしさとともに、私たちも皆アカンのような罪深い者であるにもかかわらず、神はひとり子イエス・キリストの十字架の死によってその刑罰を取り除いてくださったがゆえに、そうしたすべての罪から赦されている者であり、神にさばかれることは絶対にないという確信を与えるためでありました。それゆえ、神を信じる信仰者にとって最も重要なのは自分には罪がないと言うのではなく、その罪を言い表して、悔い改めるということです。悔い改めこそが信仰生活の生命線なのです。

今回の箇所では、聖絶のものを一掃しイスラエルに対する燃える怒りをやめられた主が、再びヨシュアに語られます。主は、ヨシュアに対してまず「恐れてはならない。おののいてはならない。」と語られました。「戦う民全部を連れてアイに攻め上」らなければなりません。ヨシュアは前回の敗北の経験を通してどれほどのトラウマがあったかわかりません。相当の恐れがあったものと思いますが、恐れてはならないのです。おののいてはなりません。なぜなら、主が彼らとともにおられるからです。彼らの罪は取り除かれ、かつてヨルダン川を渡ったときのように、またエリコの町を攻略したときのように、彼らを勝利に導いてくださるからです。その勝利はここに「見よ。わたしはアイの王と、その民、その町、その地を、あなたの手に与えた。」とあるように、もう既に彼らに与えられているのです。ですから、彼らはかつてエリコとその王にしたように、アイとその王にもしなければなりませんでした。しかし、ここにはエリコの時とは三つの点で異なっていることがわかります。第一に、「戦う民全部を連れてアイに攻め上れ」ということ、第二に、「分捕り物と家畜だけは、あなたがたの戦利品としてよい。」ということと、そして第三に、「町のうしろに伏兵を置け。」ということです。どういうことでしょうか。

まず「戦う民全部を連れてアイに攻め上れ」ということについてですが、前回の攻略で攻め上ったのは3千人でしたが、今回は「全部の民」です。恐らくイスラエルの軍隊は20万人ほどであったと考えられます。その20万人すべてが戦いに参加するようにというのです。それは神が助けを必要とされるからではなく、すべての神の民が神の戦いに参加するためです。できることはひとりひとり皆違います。できないこともあるでしょう。しかし、神の戦いは全員で戦うものなのです。

先日サッカーのワールドカップアジヤ最終予選で、日本はオーストラリアと戦いました。これに負けると日本は本大会に出場することができません。勝てば本体行きの切符を手にすることが出来るという大一番でした。その大一番で活躍したのは若干21歳の井手口選手と22歳の浅野選手の二人の若い力でした。しかし、この戦いで目立ったのはこの二人だけではなかったのです。他のフィールドに立つ選手も、ベンチにいる選手も、さらには日本中のサポーターたちも一つになりました。みんなで戦った勝利でした。その結果、これまで最終予選では一度も勝ったことがないオーストラリアに勝利して本大会行きを決めることができたのです。

それは、神の戦いも同じです。戦う民全員が出て行かなければなりません。自分ひとりくらいいなくても大丈夫だろうなどというかんが考えを抱いてはならないのです。全員で戦うという覚悟が求められているのです。

次に、「その分捕り物と家畜だけは、あなたがたの戦利品としてよい」ということですが、エリコとの戦いにおいては、金、銀、銅、鉄以外のすべてを聖絶しなければなりませんでした(6:18-19)。しかし、アイとの戦いにおいては、その分捕り物と家畜だけは、彼らの戦利品とすることが認められたました。すなわち、普通の聖絶の原則が適用されたのです(申命記2:34-35,3:6-7)。重要なことは、原則の適用が人によって判断されるのではなく、神のみことばによってなされなければならないということです。自分が欲しいから取るのではなく、主が与えてくださるのを待たなければならないのです。主は、ご自分が良いと思われるときに、必要なものをちゃんと与えてくださるからです。

そして町のうしろに伏兵を置くことですが、エリコの戦いのときとは、戦術にかなりの違いが見られます。エリコの戦いでは、伏兵というものを全く用いず、ほとんど戦わずして勝利することができました。彼らは神の指示されたとおり6日間町の周りを回り、そして7日目には7回ひたすら回り、ラッパの音とともに時の声を上げると、エリコの城壁が崩れ落ち、そこに上って行くことができました。しかし、アイとの戦いにおいてはそうではありません。町のうしろに伏兵を置くようにと言われたのです。これはどういうことでしょうか。神は必ずしも超自然的な方法のみによって敵を打ち破られるわけではないということです。むしろ、ご自分の民が正々堂々と戦い、また、ある場合には、策略をも用いることによっても、敵を打ち破られることもあるのです。神はそのとき、そのときに応じて最善に導いてくださるのであり、神が成されることを一定の法則の中に当てはめることはできないのです。よく「前の教会ではこうだったのに・・」という不満を耳にすることがあります。確かにそれまでの経験が生かされる時もありますが、神の働きにおいてはその時、その時みな違うのです。事実、私たちは大田原と那須とさくらで同時に教会の形成を担っていますが、この三つの場所での働きを考えてもそこに集っておられる方々や置かれている状況が違うため、やり方は全く違うことがわかります。ですから、大切なことは主が言われることを行なうことであり、御霊に導かれて進むことなのです。

次に、3節から9節までをご覧ください。
「そこで、ヨシュアは戦う民全部と、アイに上って行く準備をした。ヨシュアは勇士たち三万人を選び、彼らを夜のうちに派遣した。そのとき、ヨシュアは彼らに命じて言った。「聞きなさい。あなたがたは町のうしろから町に向かう伏兵である。町からあまり遠く離れないで、みな用意をしていなさい。私と私とともにいる民はすべて、町に近づく。彼らがこの前と同じように、私たちに向かって出て来るなら、私たちは彼らの前で、逃げよう。彼らが私たちを追って出て、私たちは彼らを町からおびき出すことになる。彼らは、『われわれの前から逃げて行く。前と同じことだ。』と言うだろうから。そうして私たちは彼らの前から逃げる。あなたがたは伏している所から立ち上がり、町を占領しなければならない。あなたがたの神、主が、それをあなたがたの手に渡される。その町を取ったら、その町に火をかけなければならない。主の言いつけどおりに行なわなければならない。見よ。私はあなたがたに命じた。」こうして、ヨシュアは彼らを派遣した。彼らは待ち伏せの場所へ行き、アイの西方、ベテルとアイの間にとどまった。ヨシュアはその夜、民の中で夜を過ごした。」

ヨシュアは戦う民全部と、アイに上って行く準備をしました。そしてその中から勇士たち3万人を選ぶと、主が命じられたとおり、伏兵として夜のうちに彼らを派遣し町のうしろに配置しました。ヨシュアは前回と同じように、アイの町を北のほうから攻めますが、それはおとりです。アイの人々を町からおびき出すのです。アイから人々が出て来たら、ヨシュアたちは彼らの前で、逃げるふりをします。そしてアイの町に戦う人たちがいなくなったところに、伏兵として待機していたイスラエルの勇士たちが入って行って占領するという戦略です。それはヨシュアの考えに基づいてのことではなく、主に命じられた命令に基づいてのことでした。ヨシュアは、主が言いつけられたとおりに行ったのです。

Ⅱ.勝利の投げ槍(10-29)

さて、その結果どうなったでしょうか。まず10節から23節までをご覧ください。
「ヨシュアは翌朝早く民を召集し、イスラエルの長老たちといっしょに、民の先頭に立って、アイに上って行った。彼とともにいた戦う民はみな、上って行って、町の前に近づき、アイの北側に陣を敷いた。彼とアイとの間には、一つの谷があった。彼が約五千人を取り、町の西側、ベテルとアイの間に伏兵として配置してから、民は町の北に全陣営を置き、後陣を町の西に置いた。ヨシュアは、その夜、谷の中で夜を過ごした。アイの王が気づくとすぐ、町の人々は、急いで、朝早くイスラエルを迎えて戦うために、出て来た。王とその民全部はアラバの前の定められた所に出て来た。しかし王は、町のうしろに、伏兵がいることを知らなかった。ヨシュアと全イスラエルは、彼らに打たれて、荒野への道を逃げた。アイにいた民はみな、彼らのあとを追えと叫び、ヨシュアのあとを追って、町からおびき出された。イスラエルのあとを追って出なかった者は、アイとベテルにひとりもないまでになった。彼らは町を明け放しのまま捨てておいて、イスラエルのあとを追った。
そのとき、主はヨシュアに仰せられた。「手に持っている投げ槍をアイのほうに差し伸ばせ。わたしがアイをあなたの手に渡すから。」そこで、ヨシュアは手に持っていた投げ槍を、その町のほうに差し伸ばした。伏兵はすぐにその場所から立ち上がり、彼の手が伸びたとき、すぐに走って町にはいり、それを攻め取り、急いで町に火をつけた。アイの人々がうしろを振り返ったとき、彼らは気づいた。見よ、町の煙が天に立ち上っていた。彼らには、こちらへも、あちらへも逃げる手だてがなかった。荒野へ逃げていた民は、追って来た者たちのほうに向き直った。ヨシュアと全イスラエルは、伏兵が町を攻め取り、町の煙が立ち上るのを見て、引き返して来て、アイの者どもを打った。ある者は町から出て来て、彼らに立ち向かったが、両方の側から、イスラエルのはさみ打ちに会った。彼らはこの者どもを打ち、生き残った者も、のがれた者も、ひとりもいないまでにした。しかし、アイの王は生けどりにして、ヨシュアのもとに連れて来た。」

ヨシュアは先の3万人に加えて5千人を伏兵として町の西側に回らせました。そして民を町の北側に置くと、ヨシュアは,その夜、谷の中で夜を過ごしました。アイの王が気付くと、翌朝早く急いで、イスラエルを迎えて戦うために、出てきました。ヨシュアと全イスラエルが打たれたふりをして、荒野への道に逃げたとき、アイの民はみな、彼らのあとを追って出て来ると、ヨシュアの合図とともに伏兵が走って町に入り、それを攻め取り、急いで町に火をつけたのです。荒野に逃げていた民も、追って来た者たちのほうに向き直ると、ちょうどアイの民をはさみ打ちにするような形となり、アイの者たちを打ちました。イスラエルはアイの民を打つと、生き残った者も、のがれた者も、ひとりもいないまでにしました。しかし、アイの王は生けどりにして、ヨシュアのもとに連れてきました。イスラエルは、主が言われるとおりにしたことで、完全な勝利を収めることができたのです。

ところで18節には、アイがイスラエルの戦略にはまり、町を明けっ放しのままにしてイスラエルのあとを追ったとき、主はヨシュアに「手に持っている投げ槍をアイのほうに差し出せ。わたしがアイをあなたの手に渡すから。」と言われました。いったいこの「投げ槍」とは何だったのでしょうか。その手が伸びたとき、陰に隠れていた伏兵が立ち上がり、町に入り、それを攻め取り、急いで町に火をつけました。それはかつてイスラエルがアマレクと戦ったとき、モーセが神の杖を手に持って、戦いの間中手を上げていた姿を思い起こさせます(出17:8-16)。ヨシュアはそれを記録するようにと命じられましたが、ここでは投げ槍が差し伸ばされたことが勝利の合図となり、敵を聖絶する力となりました。まさにそれは祈りの手だったのです。ヨシュアは主に命じられたとおりに投げ槍をアイの方に差し伸ばし、主が戦ってくださるのを祈ったのです。

これは私たちにも求められていることです。祈りの手を差し伸ばさなければなりません。それを止めてはならないのです。主がよしと言われるまで差し伸ばし、主が働いてくださることを待ち望まなければならないのです。

そして24節から29節までをご覧ください。
「イスラエルが、彼らを追って来たアイの住民をことごとく荒野の戦場で殺し、剣の刃で彼らをひとりも残さず倒して後、イスラエルの全員はアイに引き返し、その町を剣の刃で打った。その日、打ち倒された男や女は合わせて一万二千人で、アイのすべての人々であった。ヨシュアは、アイの住民をことごとく聖絶するまで、投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。ただし、イスラエルは、その町の家畜と分捕り物を、主がヨシュアに命じたことばのとおり、自分たちの戦利品として取った。こうして、ヨシュアはアイを焼いて、永久に荒れ果てた丘とした。今日もそのままである。ヨシュアはアイの王を、夕方まで木にかけてさらし、日の入るころ、命じて、その死体を木から降ろし、町の門の入口に投げ、その上に大きな、石くれの山を積み上げさせた。今日もそのままである。」

こうしてアイの軍隊を打ち破ると、イスラエルはアイの町に入って住民を皆殺しにしました。女子供を含めた全住民を殺すことはヒューマニズムに反するようであるが、聖絶するためという明白な理由のためにそのようにしたのです。聖絶とは何ですか?聖絶とは、神のものを神のものとして分離することです。そうでないものを徹底的に取り除くのです。イスラエルにとってこれは聖戦だったのです。彼らがその地に入って行っても、神の民として、神の聖さを失うことがないように、主はそうでないものを聖絶するようにと命じられたのです。

それは、神の民である私たちも同じです。私たちは常に肉との戦いがあります。そうした戦いの中で、それと分離しなければなりません。(Ⅱコリント6:14~18)それによって主は私たちの中に住み、共に歩んでくださるからです。それなのに、私たちはどれほどそのことを真剣に求めているでしょうか。この世と妥協していることが多くあります。「わたしが聖であるから、あなたがたも聖でなければならない。」(Ⅰペテロ2:15)と書かれてあるように、あらゆる行いにおいて聖なるものとされることを求めていきたいと思います。

Ⅲ.エバル山の祭壇(30-35)

終わりに30節から35節までを見ていきたいと思います。
「それからヨシュアは、エバル山に、イスラエルの神、主のために、一つの祭壇を築いた。それは、主のしもべモーセがイスラエルの人々に命じたとおりであり、モーセの律法の書にしるされているとおりに、鉄の道具を当てない自然のままの石の祭壇であった。彼らはその上で、主に全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえをささげた。その所で、ヨシュアは、モーセが書いた律法の写しをイスラエルの人々の前で、石の上に書いた。全イスラエルは、その長老たち、つかさたち、さばきつかさたちとともに、それに在留異国人もこの国に生まれた者も同様に、主の契約の箱をかつぐレビ人の祭司たちの前で、箱のこちら側と向こう側とに分かれ、その半分はゲリジム山の前に、あとの半分はエバル山の前に立った。それは、主のしもべモーセが先に命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。それから後、ヨシュアは律法の書にしるされているとおりに、祝福とのろいについての律法のことばを、ことごとく読み上げた。モーセが命じたすべてのことばの中で、ヨシュアがイスラエルの全集会、および女と子どもたち、ならびに彼らの間に来る在留異国人の前で読み上げなかったことばは、一つもなかった。」

それからヨシュアは、エバル山に、イスラエルの神、主のために、一つの祭壇を築きました。ヨルダン川を渡ることも、エリコとアイの攻略も、信仰生活の一部であり、祭儀の執行であったにもかかわらず、また、ギルガルでは40年ぶりに割礼を施し、過越しのいけにえをささげました(5:2-12)。それにもかかわらず、なぜアイの攻略後に再び祭壇を築いたのでしょうか。

「エバル山」は「はだか山」という意味で、アイの北方50キロにある山です。標高は940メートル、谷からは367メートルもそびえている山です。アイからそこへ向かうには最低でも2日はかかります。それゆえ、戦いを終えたばかりのヨシュアがこのような遠路を旅することができるはずがなく、これは後代の挿入ではないかと主張する人たちもいるのです。

しかし、それは申命記27章で、モーセによって命じられていたことでした。すなわち、イスラエルがヨルダン川を渡ったならば、エバル山に主のための祭壇、石の祭壇を築き、そこで全焼のいけにえと和解のいけにえをささげなさい、ということです。ヨシュアはそのとおりに行ったのです。それにしても、なぜこの時だったのでしょうか。エリコ及びアイとの戦い、アカンの事件を経験し、これからさらに多くの敵と戦わなければならないイスラエルにとって、エバル山での祝福と呪いの律法の確認は、まことにふさわしいものであったからです。

石の上に律法が写されると、イスラエルの民はゲリジム山とエバル山の二つに分かれて立ち、律法の書に記されているとおりに、祝福とのろいについての律法のことばをことごとく読み上げました。ヨシュアはモーセが命じたとおりにし、読み上げられなかったことばは一つもありませんでした。それは、イスラエルの中心は神のことばであり、その神のことばによってこそ彼らは強くなり、勝利することができるからです。それは、私たちも同じです。私たちも神のみことばによって強められ、神のことばに徹底的に従い、信仰によって神の約束を自分のものにしていく者でありたいと思います。