Ⅱサムエル記8章

サムエル記第二8章から学びます。

 

Ⅰ.ペリシテとモアブを討ったダビデ(1-2)

 

まず、1~2節までをご覧ください。「その後のことである。ダビデはペリシテ人を討って、これを屈服させた。ダビデはメテグ・ハ・アンマをペリシテ人の手から奪い取った。

8:2 彼はモアブを討ち、彼らを地面に伏させ、測り縄で彼らを測った。縄二本で測った者を殺し、縄一本で測った者を生かしておいた。モアブはダビデのしもべとなり、貢ぎ物を納める者となった。」

 

「その後」とは、主がナタンを通してダビデに告げられた後のことです。主はダビデに、彼が主のために家を建てるのではなく、主が彼のために一つの家を建てると言われました。それは彼の身から出る世継ぎの子ソロモンを通して立てられる王国のことですが、そればかりではなく、ダビデの子孫から出るメシヤによって立てられる王国のことを指していました。それはイエス・キリストによって立てられる神の国のことです。主はダビデにダビデの子孫から出るメシヤによってその王国を立て、それをとこしえまでも堅く立てると約束されたのです。

 

その後、ダビデはペリシテ人を討って、これを屈服させました。ペリシテ人は長年にわたってイスラエルの脅威となっていましたが、ついにそのペリシテ人を打ち、彼らを屈服させたのです。「メテグ・ハ・アンマ」とは、ペリシテ人の主要都市のガテとそれに属する村落のことです(Ⅰ歴代誌18:1)。ガテはペリシテ人の五大都市の一つでしたが、そのガテを倒したということは、ペリシテ人全体を屈服させたということです。

 

次に、ダビデはモアブを討ちました。モアブはもともとダビデと友好関係にありました。サウルから追われ逃亡生活をしていたダビデは、自分の両親をモアブの王にゆだねたほどです(Ⅰサムエル記22:3~4)。そのモアブに対して、どうしてこのような殺戮を行ったのかはわかりません。もしかすると、彼らが何らかの謀反を起こしたのかもしれません。ユダヤ教の古代誌によると、モアブの王が、ダビデの父母を殺したからとありますが、その真意はわかりません。

 

このモアブを討ったとき、ダビデは彼らを地面に伏させ、測り縄で彼らを測り、縄二本で測った者を殺し、縄一本で測った者を生かしておきました。これはどういうことかというと、大きな体の者は殺し、そうでないものを生かしておいたということです。なぜこのようなことをしたのでしょうか。本来であれば、すべての者にきびしいさばきがあって当然なのに、小さな者に対してあわれみが示されたのでしょう。それは私たちも同じです。私たちも自分の罪のために神にさばかれて当然の者なのに、神はこんな者をあわれみ、慈しんでくださいました。私たちは、神の慈しみを受けた者として、その中にしっかりとどまっている者でありたいと思います。そうでないと、切り取られてしまうことになります。神の恵みを侮ることがないように注意しなければなりません。

 

Ⅱ.シリヤの連合軍を征服したダビデ(3-8)

 

次に、ダビデが討ったのはシリヤの連合軍です。3~8節までをご覧ください。「ツォバの王、レホブの子ハダドエゼルが、ユーフラテス川流域にその勢力を回復しようとして出て行ったとき、ダビデは彼を討った。ダビデは、彼から騎兵千七百、歩兵二万を取った。ダビデは、そのすべての戦車の馬の足の筋を切った。ただし、そのうち戦車百台分の馬は残した。 ダマスコのアラムがツォバの王ハダドエゼルを助けに来たが、ダビデはアラムの二万二千人を討った。ダビデはダマスコのアラムに守備隊を置いた。アラムはダビデのしもべとなり、貢ぎ物を納める者となった。【主】は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。ダビデは、ハダドエゼルの家来たちが持っていた金の丸い小盾を奪い取り、エルサレムに持ち帰った。またダビデ王は、ハダドエゼルの町ベタフとベロタイから、非常に多くの青銅を奪い取った。」

 

3節には、ツォバの王、レホブの子ハダドエゼルが、ユーフラテス川流域にその勢力を回復しようとして出て行ったとき、ダビデは彼を討った、とあります。巻末の地図5「サウル」、ダビデ、ソロモン治世下のイスラエル」を見ると「ツォバ」がどこにあるかがわかります。何とイスラエルの北にあるシリヤのはるか北に位置しています。実は「ツォバ」はアラム人の王国で、ユーフラテス川流域にまでその勢力を広げていました。そのツォバの王ハダドエゼルが一度失ったユーフラテス川流域にその勢力をもう一度回復しようとして出て行ったのです。そのときダビデは彼を討ちました。そんな遠くの国などどうでもいいのにと思うかもしれませんが、このことにも主の深い意味がありました。創世記15章18~21節までをご覧ください。

「その日、【主】はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。エジプトの川から、あの大河ユーフラテス川まで。ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヒッタイト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の地を。」

つまり、これは、神がアブラハムに与えると約束された地であったのです。それがこの時に実現したのです。神が約束されたことは必ず実現します。神はこのように真実なお方なのです。

 

ダビデはハダドエゼルを討つと、彼から騎兵千七百、歩兵二万を捕虜として取りました。また、そのすべての戦車の馬の足の筋を切りました。ただし、そのうちの戦車百台分の馬は残しました。どうしてこのようなことをしたのでしょうか。馬に拠り頼むのではなく、主に拠り頼むためです。そのことが、次のところに記されてあります。

 

次に、ダビデが討ったのはダマスコのアラムでした。ダマスコのアラムとはシリヤのことです。彼はツォバの王ハダドエゼルがダビデによって打たれたと聞くと、彼を助けるために出て来たわけですが、ダビデはそのアラムの軍勢二万二千人を討ったのです。ダビデはダマスコのアラムを打つと、北方の守りを固めるために、そこに守備隊を置きました。かくして、ペリシテと並ぶ仇敵であったシリヤはダビデのしもべとなり、貢ぎ物を納める者となったのです。

 

いったいダビデはどうしてこんなに勝利を収めることができたのでしょうか。聖書はその理由を次のように述べています。6節後半です。「主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」主がダビデに勝利を与えられたのです。ダビデはそのことをよく知っていました。そのことのゆえに、ツォバの王ハダデエゼルを討ったときも、そのすべての戦車の馬の足の筋を切ったのです。ダビデは詩篇33篇16~18節でこう言っています。「王は軍勢の大きさでは救われない。勇者は力の大きさでは救い出されない。軍馬も勝利の頼みにはならず軍勢の大きさも救いにはならない。見よ【主】の目は主を恐れる者に注がれる。主の恵みを待ち望む者に。」

私たちはもう一度、私たちに勝利を与えてくださる方がだれであるかを覚えましょう。そして、私たちが計画している主のみわざも、すべてこの主の力によって成し遂げられることを覚え、主に信頼して祈る者でありたいと思います。

 

Ⅲ.行く先々で勝利したダビデ(9-18)

 

最後に、9~18節までをご覧ください。まず12節までをお読みします。「ハマテの王トイは、ダビデがハダドエゼルの全軍勢を打ち破ったことを聞いた。トイは、息子ヨラムをダビデ王のもとに遣わし、安否を尋ね、ダビデがハダドエゼルと戦ってこれを打ち破ったことについて、祝福のことばを述べた。ハダドエゼルがトイにしばしば戦いを挑んでいたからである。ヨラムは銀の器、金の器、青銅の器を携えていた。ダビデ王は、それらもまた、【主】のために聖別した。彼が征服したすべての国々から取って聖別した銀や金、すなわち、アラム、モアブ、アンモン人、ペリシテ人、アマレクから取った物、およびツォバの王、レホブの子ハダドエゼルからの分捕り物と同様にした。」

 

ハマテの王トイは、ダビデがハダドエゼルの全軍勢を打ち破ったことを聞くと、息子ヨラムをダビデ王のもとに遣わして、祝福のことばを述べました。ハマテはダマスコから北に約150㎞のところにある都市国家ですがハダドエゼルと敵対関係にあり、これまでしばしば戦いを挑まれていたからです。そのハダドエゼルが打ち破られたことを聞いたトイは喜び、ダビデに祝福のことばを述べただけでなく、銀の器、金の器、青銅の器を贈りました。ダビデは、それらの物を主のために聖別しました。「聖別」とは、主のものとすることです。最近、この聖別することについて考えさせられています。時間でも、お金でも、奉仕でも、すべては聖別することから始まります。主のために取っておくのです。礼拝が大切なのはどうしてかというと、自分を主のためにささげる時だからです。だからその時間はこの世との一切の関わりを断ち、主に向かうのです。これが聖別です。ダビデは、他の分捕り物と同様に、ハマテの王トイから贈られた物を、主のために聖別してささげました。かつてダビデは敵が残していった偶像を破壊したことがありましたが(5:21)、ここでは、それらを聖別して主にささげたのです。どういうことでしょうか。この世のものでも主のために用いられると言うことです。但し、偶像礼拝的な要素は退けなければなりません。それ以外のものは、たとえこの世の物であっても、主のために聖別して用いることができます。

 

さくらチャーチでは今度の日曜日に教会総会が行われます。今度の日曜日が、開所式をしてさくらでの働きを始めてちょうど5年になる記念日になります。そのとき、F兄御夫妻が娘のために買ったピアノが残っているので主にささげたいと献品してくれました。しかし、あれから5年間奏楽者がいなかったのでずっとヒムプレーヤーで賛美をささげていたのですが、音大でピアノ科を専攻されたクリスチャンの方が加えられ、そのピアノを礼拝で弾いてくださることになりました。最初は家にあるピアノですがという動機からでしたが、それが信仰によって聖別されたとき、主のために用いられることになったのです。

 

あなたはどうですか。キリストのからだを建て上げるために何をささげておられますか。まず自分自身を聖別し、自分に与えられた賜物を主にささげ、主の栄光のために用いていただこうではありませんか。

 

最後に13~18節までを見て終わります。「ダビデが塩の谷でアラム人一万八千人を討って帰って来たとき、彼は名をあげた。彼はエドムに守備隊を、エドム全土に守備隊を置いた。こうして、全エドムはダビデのしもべとなった。【主】は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。ダビデは全イスラエルを治めた。ダビデはその民のすべてにさばきと正義を行った。ツェルヤの子ヨアブは軍団長、アヒルデの子ヨシャファテは史官、アヒトブの子ツァドクとエブヤタルの子アヒメレクは祭司、セラヤは書記、 エホヤダの子ベナヤはクレタ人とペレテ人の上に立つ者、ダビデの息子たちは祭司であった。」

 

さらにダビデはエドム人一万八千人を討ち、エドム全土に守備隊を置きました。エドムは死海の南東、モアブの領地の下にある地です。ダビデは初め、南西のペリシテ人と戦って勝利すると、次に東方のモアブと戦い、一気に北上してシリヤの連合軍と戦い、そして今度は南下してエドム人と戦って勝利しました。彼は、このように、行く先々で勝利を収めました。彼がこのように勝利することができたのは、主がそのようにしてくださったからです。14節にはこうあります。「主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」ダビデは自分の背後には主がおられ、行く先々で勝利を与えてくださったことを認めていました。詩篇44篇3節には、「自分の剣によって彼らは地を得たのではなく自分の腕が彼らを救ったのでもありません。ただあなたの右の手あなたの御腕あなたの御顔の光がそうしたのです。あなたが彼らを愛されたからです。」とあります。彼は自分の剣によって地を得たのではなく、自分の腕で勝利したのでもない、ただ主の右の手が彼に勝利をもたらしてくれたと確信していました。

 

あなたは今どのような生活が与えられていますか。もし安定した生活、祝福された生活が与えられているのなら、それは主が与えてくださったものでることを認め、主に感謝し、主の御名をほめたたえるべきです。

 

また、ダビデが行く先々で勝利を収めることができたもう一つの理由は、彼がその民のすべてにさばきと正義を行っていたことにあります。15節には、「ダビデは全イスラエルを治めた。ダビデはその民のすべてにさばきと正義を行った。」とあります。国にとってもっとも大切なことは、正義です。経済力でも軍事力でもありません。「正義は国を高め、罪は国民をはずかしめる。」(箴言14:34)と箴言に書かれています。ダビデは、正義によって国を治めました。それは後に来られるメシヤのひな型でもありました。ダビデの子孫から出られるキリストは、正義によって国を治められるのです。  そして、ダビデが行く先々で勝利することができたもう一つの理由は、彼には有能な補佐官たちがいたことです。16節をご覧ください。「ツェルヤの子ヨアブは軍団長、アヒルデの子ヨシャパテは参議、アヒトブの子ツァドクとエブヤタルの子アヒメレクは祭司、セラヤは書記、エホヤダの子ベナヤはケレテ人とペレテ人の上に立つ者、ダビデの子らは祭司であった。」

私たちにもこのような補佐官、戦友、協力者が与えられていることを感謝します。それゆえ、共に主に信頼して、この世の敵である悪魔との戦いに出て行き、キリストに仕える者とさせていただきたいと思います。