イザヤ43:14-28 レジュメ

「わたしは新しい事をする」                   N065

Ⅰ.救ってくださる神(14-17) 

主はイスラエルに、「あなたがたのために、わたしはバビロンに使いを送り、彼らの横木を突き落とし、カルデヤ人を喜び歌っている船から突き落とす。」(14)と言われた。これはイスラエルのためにバビロンを滅ぼし、彼らを解放してくださるという宣言である。かつてイスラエルをエジプトから救い出したように、バビロンからも救ってくださる。それはいつの時代も同じである。「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」(ヘブル13:5)主は今も罪に苦しんでいる人々を救ってくださる。罪の赦しは、いつもあなたに備えられているのである。

Ⅱ.新しい事をされる神(18-21)

ここで主はおもしろいことを言われた。「先の事どもを思い出すな。昔のことどもを考えるな。」先の事とか、昔の事とは、出エジプトに代表されるイスラエルの過去の歴史における神のさまざまな御業のことである。いったいなぜ主はこのように言われたのだろうか?それは、主は新しい事をされるからである。それはこれまで彼らが経験したこととは比べものにならないくらいスケールの大きなもっと偉大なことである。それはイスラエルをバビロンから解放するということであるが、同時に、やがて救い主をこの世に遣わして全人類を罪から救ってくださることである。最初の人アダムによってもたらされた罪ののろいを断ち切るために、神はそのひとり子をこの世に遣わしてくださった。そして、十字架につけてくださることによって、罪を処罰してくださった。イエス・キリストが十字架にかかって死んでくださることによって、罪の赦しをもたらしてくださった。イスラエルがバビロンから救われたという出来事は、全人類がこの罪から救われるための型だったのである。私たちはイエス・キリストによって罪から救われる。これは新しいことである。かつてイスラエルがバビロンから解放され祖国エルサレムに帰還するとき、道のない荒野に道を造り、水のない荒地に川を設けて彼らを安全に帰還させたように、救い主イエス・キリストを信じる者の心に、主は道を造られる。川を設けてくださるのである。

Ⅲ.罪を赦し、思い出さない神(22-28)

そればかりではない。主はイスラエルの罪を赦し、もう二度と思い出さない、と言われる。「あなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。」(25)神はただ罪を赦すのではない。もう思い出さないと言われる。これが人間の赦しと違う点である。人間の赦しは確かに赦すが、忘れることまで含まれていない。時間が経つとまた過去のことが思い出され、いつの間にか苦々しい思いが蒸し返してくる。しかし、神が赦しは、もうすべてを忘れてくださる。「ごめんなさい。赦してください。」言うとき、神はご自分の記憶から完全に消し去ってくださる。それはここに「わたし自身のために」とあるように、神自身のためである。それは私たちが何か良いことをしたからではない。ただ神が一方的にあわれんでくださり、私たちの罪を赦し完全に忘れてくださる。神が彼らを選んでくださったからだ。神が彼らを選び、彼らの神となってくださったので、どんなことがあっても彼らを見捨てるようなことはなさらない。たとえ彼らがうなじのこわい頑固者であっても・・・。これが私たちの神である。神はイエスによって私たちの罪を赦してくださった。もう二度と思い出すことはしない。そして、最後まで守ってくださる。こんなに大きな愛が他にあるだろうか。私たちはこの神の愛によって救われた。だから私たちは自分勝手に生きることを止め神の栄光のために生きよう。「わたしのために造ったこの民は、わたしの栄誉を宣べ伝えよう。」(21)これが救われた者にとってふさわしい応答なのである。

(自分に適用してみましょう!)

・神が新しい事をなさるお方だということは、あなたにどのような希望をもたらしてくれますか?

・これほどまでの神の愛に対して、あなたはどのように応答していますか?あなたはどのように神の栄誉を宣べ伝えていますか。