Ⅱテモテ4章9~22節 「最後まで忘れられない名前」

きょうは、第二テモテの最後の箇所、これはこの地上におけるパウロの最後の手紙ですので、パウロの最後の言葉となります。この最後の言葉からご一緒に学びたいと思います。

パウロの手紙の最後には、よく親しい人たちに向けてのあいさつが書かれていることが多いですが、ここにも同じようにあいさつが書かれています。しかし、ただ親しい人たちに向けてのあいさつばかりではなく、不名誉ながら、パウロを苦しめた人たちの名前も記録されています。いい意味でも、悪い意味でも、彼らはパウロにとって最後まで忘れられない名前でした。しかし、どうせ残るなら、いい意味で記憶に残る者でありたいと思います。きょうは、いい意味で最後まで忘れられなかった人たちとはどういう人たちだったのかを見ていきたいと思います。

Ⅰ.最後までパウロのそばにいた人たち(9-13)

まず9節から13節までをご覧ください。

「あなたは、何とかして、早く私のところに来てください。デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。私はテキコをエペソに遣わしました。あなたが来るときは、トロアスでカルポのところに残しておいた上着を持って来てください。また、書物を、特に羊皮紙の物を持って来てください。」

ここには、最後までパウロのそばにいた人たちの名前が記されてあります。パウロはここでテモテに、「何とかして、早く私のところに来てください。」と言っています。それは21節でも繰り返して書かれてあります。しかも「何とかして」とか、「早く」とあるように、その思いが強く表れているのです。いったいなぜパウロはそんなにテモテに会いたかったのでしょうか。それは、自分の死期が近いことを感じていたからです。だれでも自分の死が近づくと、「あの人に会いたいなぁ」とか、「この人に会いたいなぁ」と思う人がいるものです。普段はなかなか会えない人でも、最後の時だから何とかして会いたいと思うものなのです。パウロにとってテモテはそういう人でした。パウロはテモテを「信仰によるわが子」と呼んでいますが、彼は実際の家族以上のつながりを持っていたのです。これまでずっと忠実に主に従ってきたテモテに、自分の最期の時をともにいてほしいと思ったのです。だれかの死が近づいたとき、あなたに会いたいと願う人がいるでしょうか。そのような存在になるためには、どうしたらいいのでしょうか。考えさせられますね。

10節をご覧ください。10節にはデマスという人について語られています。「デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい」ました。ピレモンへの手紙24節を見ると、ここには「私の同労者たちであるマルコ、アリスタルコ、デマス、ルカからもよろしくと言っています。」と書いてあって、彼は「同労者」と呼ばれていましたほどの人であったことがわかります。あれからわずか6~7年の間に、彼は信仰から脱落してしまいました。最後まで信仰の道を走りぬくことができなかったのです。なぜでしょうか?ここには、「デマスは今の世を愛し」とあります。彼は、キリストに対する愛をこの世に向けてしまったのです。キリストに対する愛をこの世に向けてしまうと、このように悲しい結果になってしまいます。しかしながらそれはデマスだけのことでしょうか。私たちも同じような弱さを抱えているのではないでしょうか。だから私たちは互いに集まることを止めたりしないで、かの日が近づいていることを知り、ますますそうしようではないかと勧められているのです。そうしようではないかというのは、互いに励まし合い、助け合おうではないかということです。私たちは強いようでも、実際は本当に弱い者であることを覚えておかなければなりません。一人では信仰を保つことさえもできないのです。だから互いに集まって、助け合い、励まし合うことが必要なのです。どんなに初めが良くても、最後が悪ければ、それまでのすべての行程が悪くなってしまいます。

次に出てくるのは「クレメンス」と「テトス」です。彼らはそれぞれガラテヤとダルマテヤ、これは今のユーゴスラビアのことですが、そこに行きました。この「行った」というのはデマスのようにパウロを見捨てて行ったということではなく、パウロに遣わされて行ったということです。なぜそこへ行ったのかはわかりませんが、テトスは次のテトスへの手紙の受取人ですので、彼はテモテと同じように、問題のある教会に遣わされてその立て直しのために尽力したのでしょう。

そして11節をご覧ください。ここには感動的な二人の名前が出てきます。一人はルカで、もう一人はマルコです。まずルカについてですが、ここには、「ルカだけは私とともにおります。」とあります。いったいルカはなぜパウロとともにいたのでしょうか?それは、彼は片時もパウロから離れたくないと思っていたからです。ここからルカがどういう人であったかがわかります。彼はパウロの最も愛すべき人物のひとりでした。というのは、この時パウロはローマの地下牢に捕えられ間もなく打ち首にされようとしていましたが、それでも彼はパウロから離れないで、使徒の働き27章1節を見ると、「さて、私たちが船でイタリヤへ行くことが決まったとき、パウロはほかの数人の囚人は、ユリアスという親衛隊の百人隊長に引き渡された。」とあります。ここに「私たち」とあるのは、この時ルカも一緒だったということです。というのは、この使徒の働きはルカによって書かれたからです。パウロが囚人としてローマに行ったとき、ルカも同行したのです。当時はこのように逮捕された囚人がローマで裁判を受けるために送られるときには、二人の奴隷が同行することが許されていましたが、その一人がルカ自身だったのです。すなわち、彼はローマの獄中にパウロに同行するために自分を奴隷として登録したのです。だからパウロがこのルカのことを感動的な愛をもって語っているのも無理はありません。確かにこれ以上の献身はあり得ないからです。ルカはパウロから離れるよりもむしろ彼の奴隷となり、彼に仕えたいと願ったのです。

このルカについて新約聖書の中ではっきりと言及されている箇所は、他に二つしかありません。一つはコロサイ人への手紙4章14節ですが、そこには、「愛する医者」として紹介されています。ルカは医者でした。パウロは何らかの病気を抱えていてそれで苦しんでいましたが、そんなパウロを看護したのがこのルカだったのです。そして、パウロの苦痛を少しでも和らげるために、その持てる技術を駆使したのです。そうした看護のおかげで、パウロは働きを続けることができました。ルカは、ほんとうに親切な人でした。彼は大説教者でも大伝道者でもありませんでしたが、個人的奉仕という点から貢献した人だったのです。彼は医師として自分に与えられた賜物を通して主に仕えました。こうした親切心は、特に心に残るものがあります。雄弁は忘れられても、こうした親切心はいつまでも人々の心の中にしっかりと生き続けるからです。

私たちは明後日から渡米しますが、滞在する先はほとんど以前来日して交わりのあった人たちです。私たちは特に何かしたわけでもないのに多くの方々が「ぜひうちに来て泊まってください」と言っていただけるのはほんとうに感謝なことです。それはその人たちの中に、そのようなことを通して私たちと共に主にお仕えしたいという思いがあるからです。ピレモンへの手紙24節を見ると、パウロは彼を「同労者」と呼んでいますが、まさに彼はパウロの同労者だったのです。

ルカについてのもう一つの言及はⅡコリント8章18節と19にあります。そこには、「また私たちは、テトスといっしょに、ひとりの兄弟を送ります。この人は、福音の働きによって、すべての教会で称賛されていますが、そればかりでなく、この恵みのわざに携わっている私たちに同伴するよう諸教会かの任命を受けたのです。」とあります。この兄弟がだれのことなのかははっきり書かれてありませんが、これはルカのことでしょう。なぜなら彼はパウロに同行し、パウロの働きを助けていたからです。彼は、この福音の働きによって、すべての教会で称賛されていたのです。彼は誰からも慕われる存在でした。彼は死に至るまで忠実なパウロの友だったのです。そのルカについてパウロはここで言及しているのです。「ルカだけは私とともにいます。」

あなたはだれのそばにいますか。だれのそばにいて、その労苦を分かち合おうとしておられるでしょうか。ルカのようにパウロとともにいて、パウロの友となり、パウロの働きを担い、その奉仕に献身したいと思うような、そんな人になりたいとは思わないでしょうか。彼のように親切な心をもって主の働き人を支えていくような、そんな人になりたいとは思わないでしょうか。そういう人は、誰からも良く思われるようなすばらしい生涯を送ることができるのです。

11節には、もう一人感動的な人の名前が記されてあります。それはマルコです。このマルコはマルコの福音書を書いたマルコです。このマルコについてパウロは、彼を伴って、いっしょに来てください、とテモテに頼んでいます。彼はパウロの働きに役に立つからです。しかし、これまでの経緯を知っている人なら、パウロがこのように言うことに驚きを隠せないでしょう。というのは、マルコはパウロの第一次伝道旅行に同行しましたが、どういうわけか途中で働きを止め、さっさと家に帰ってしまったからです(使徒13:13)。思ったよりも大変だったのか、その危険と苦難に耐えられなかったのか、その理由ははっきりわかりません。しかし、数年後にもう一度伝道旅行に出かけることになった時、バルナバはこのマルコを連れて行こうとしましたが、パウロは働きの途中で仕事を投げ出してしまうような者は神の働きにふさわしくないと、断固として反対したのです。それでバルナバとパウロは激しい反目となり、結局バルナバはマルコを連れて、パウロはシラスを連れて出かけて行くことになり、彼らは別々の道を行くことになったのです。あの時は「あいつは役に立たない」と言ったパウロですが、今は違います。ここには、「彼は私の務めのために役に立つからです。」と言っているのです。

これは私たちにとっても励ましではないでしょうか。かつては自分のわがままでその働きを途中でやめてしまうような中途半端な者でも、やがて立ち直って主のお役に立つ者となれるのです。過去においてどんなに失敗しても、それで終わりということはありません。失敗しても希望があるのです。この人がマルコの福音書を書いたマルコになりました。

次に12節をご覧ください。ここには「テキコ」という人のことが紹介されています。パウロはこのテキコをエペソに遣わしました。つまりエペソにいたテモテにこの手紙を届けさせたということです。彼はコロサイの教会にも手紙を届けました(コロサイ4:7)が、それは、それだけ彼がパウロに信頼されていたということです。信頼されていなかったら、自分の大事なものを託すことはしないでしょう。

そして13節には、「あなたが来るときには、トロアスでカルポのところに残しておいた上着を持って来てください。また、書物を、特に羊皮紙の物を持って来てください。」とあります。パウロは、テモテが来るときは、トロアスに残しておいた上着を持って来てほしいと頼んでいます。多くの学者はこの記述から、パウロはローマの軟禁生活から解放されイスパニヤにまで行ったあと、このトロアスに戻って来たときに再び捕えられたのではないかと考えているのです。だから急いでいたので、上着を持って来ることができなかったのだろうというのです。しかし、もうすぐ冬になるのでその前に何とか上着を持って来てほしいと頼んでいるのです。

それから書物も持ってくるようにと頼んでいます。この書物が何であったかはわかりませんが、おそらく旧約聖書だったのではないかと考えられています。というのは、ここに「特に羊皮紙の物を持って来てください」とあるからです。当時、羊皮紙に書かれたものは大切な文書か、神聖な書物であったからです。死を前にした彼は神のことばを読み、栄光の天の御国に思いを馳せたかったのでしょう。

パウロが、その人生の最期の瞬間に会いたいと願っていたのはこのような人たちでした。このような人がずっとパウロのそばにいて助けてくれた人たちでした。彼らはパウロの喜びだったのです。私たちもそのような人になりたいですね。ですから、最後まで信仰の道を走り続ける者でありたいと願います。

Ⅱ.パウロを助けてくれた主(14-18)

次に14節から18節までをご覧ください。まず16節までをお読みします。

「銅細工人のアレキサンデルが私をひどく苦しめました。そのしわざに応じて主が彼に報いられます。あなたも彼を警戒しなさい。彼は私たちのことばに激しく逆らったからです。私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。」

パウロはその生涯の終わりに、自分に仕え、支えてくれた人たちばかりでなく、逆に自分を苦しめた人たちの名前もあげています。そのひとりがアレキサンデルです。彼についてはⅠテモテ1章20節にも、信仰の破船にあった人と紹介されていました。彼は違った教えを説いて、パウロに激しく敵対しました。しかしパウロは、そんなアレキサンデルに対して個人的に恨むようなことをせず、神の怒りに任せました。「そのしわざに応じて主が彼に報いられます。」と言っています。そして、彼のことを警戒するようにとテモテに勧めています。

その他にもアレキサンデルのようにパウロを裏切り、彼を見捨ててしまった人はたくさんいました。16節には、「私の最初の弁明の最には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。」とあります。彼らはみな、パウロを見捨ててしまいました。けれども、パウロは、彼らが神によってさばかれることがないようにと祈っています。ここがパウロのすごいところです。人に恨まれても自分が恨むようなことはしませんでした。むしろ、そうした神のさばきから免れるようにと、罪の赦しのための祈りをささげているのです。なぜでしょうか?それは、彼も経験したことだからです。パウロはかつて主イエスを信じる人たちを迫害する者でした。そして、主の弟子であったステパノを殺す時には賛成もしたのです。そして、人々がステパノに向かって一斉に石を投げつけたとき、ステパノが祈った祈りを聞きました。ステパノはひざまずいて、こう叫びました。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」(使徒7:60)しかし、パウロはそんな声をかき消すかのように、その後ますます激しく迫害していくのですが、彼がダマスコに向かっていた時、復活の主イエスと出会いました。「あなたはどなたですか」「わたしはあなたが迫害しているイエスである。」それを聞いたとき、彼はあのステパノの祈りを思い出したのです。

しかし、それは主イエスの祈りでもありました。主イエスは十字架に付けられたとき、その十字架の上でこう祈られました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でもわからないのです。」(ルカ23:34)ここでパウロも同じ祈りをしているのです。これは私たちの祈りでもあるべきです。人々があなたをさげすみ、あなたにひどいことをしたり、あなたを裏切って見捨てて行ってしまうとき、あなたは何を言うでしょうか。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でもわからないのです。」それでこそ、父なる神の子どもになれるのです。

また、そのように同労者に見捨てかられても、彼らのためにパウロが祈ることができたのは、真に助けてくださる方に信頼していたからです。17節と18節のところでパウロはこう言っています。

「しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。私はししの口から助け出されました。主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。」

すべての人がパウロを見捨ててしまった。一番助けてほしい、一番証言してほしい、そのような時に助けてくれるどころかみな去ってしまった。「しかし、主は」これはパウロが好んで使う表現です。「しかし、あなたは」「しかし、テモテよ」という表現がたくさん出てきます。状況はこうであっても、確かにそれで苦しいことがあっても、しかし、主は、パウロを見捨てることはしませんでした。パウロと一緒に立つ人はいなかったかもしれませんが、しかし、主は、ともに立ってくださり、力を与えてくださいました。それはパウロを通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。現に、この時パウロはローマ皇帝ネロの前に立ち、主を証することができました。彼は大胆に福音を語ることができたのです。主は彼をすべての悪のわざわいから助け出し、天の御国に入れてくださるという確信がありました。たとえこの地上の裁判の判決がどうであれ、たとえそれによって打ち首にされようとも、主は栄光の天の御国に入れてくださるということを思うと、もう賛美せずにはいられませんでした。彼は勝利の思いに満たされてこう賛美しました。「主に、御栄がとこしえにありますように。アーメン。」

これが信仰者の姿です。たとえあなたを苦しめる人がいても、あなたを見捨てて去って行く人がいたとしても、あなたはそのことでがっかりする必要はありません。しかし、主は、あなたとともに立ち、あなたに力を与えてくださり、すべての悪のわざわいから助け出して、天の御国に救い入れてくださるのですから、大いに喜び、賛美することができるのです。むしろ、あなたはそうした人たちのためにとりなし祈ることができるのです。何ということでしょうか。このことを思うとき、あなたは勝利の雄叫びを上げることができるのです。

あなたはどうでしょうか。あなたをひどく苦しめる人がいますか。あなたのことばに激しく逆らい、あなたを口汚くののしる人がいるでしょうか。もしそのような人がいるなら幸いです。喜びなさい。喜び踊りなさい。天において、あなたの受ける報いは大きいからです。神はあなたのためにすべてを働かせて益としてくださす。この神に感謝し、賛美しようではありませんか。

Ⅲ.すべては主の恵み(19-22)

最後に19節から22節までを見て終わりたいと思います。

「プリスカとアクラによろしく。また、オネシポロの家族によろしく。エラストはコリントにとどまり、トロピモは病気のためにミレトに残して来ました。何とかして、冬になる前に来てください。ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤ、またすべての兄弟たちが、あなたによろしくと言っています。主があなたの霊とともにおられますように。恵みが、あなたがたとともにありますように。 」

ここには、パウロの最後の挨拶が記されてあります。ブリスカとアクラは、パウロが行くところどこにでも行って、パウロの働きを助けてくれた夫婦です。そのパウロが捕えられて、彼らは今どこにいるかというと、この手紙を送っているテモテが牧会していたエペソにいました。パウロがいなくなった今、彼らはエペソにいてテモテを助けていたのです。そのプリスカとアクラによろしくとあいさつを送っています。

つぎはオネシポロの家族によろしくと言っています。オネシポロについては1章16節にも出てきましたが、そこには、彼はローマにいたパウロを捜して見つけ出し、パウロが鎖につながれていることなど何のその、恥とも思わず、パウロに仕え、パウロを励ましてくれた、とあります。そして、パウロはそのことをとても感謝し、「かの日には、主があわれみを彼に示してくださいますように。」と言っているのです。おそらくこの時オネシポロはすでに召されていたのでしょう。でもその栄誉に報い、そのオネシポロの家族によろしくと言っているのだと思います。

そしてエラストにもあいさつを送っています。エラストはコリントの町の収入役でした(ローマ16:23-24)。彼はパウロの働きをよく助けてくれました。そんな彼をパウロはコリントにとどまらせていたのです

トロピモへの挨拶もあります。トロピモは病気のためにミレトに残してきました。パウロにはいやしの賜物が与えられていて、彼の前かけに触れただけで多くの人々がいやされましたが、トロピモはいやされませんでした。信仰があればすべての病気がいやされるわけではありません。いやされることもあれば、いやされないこともあります。でもいやされないからといって、必ずしもそれが不信仰だというわけではないのです。いやされるのは主ご自身であり、主が必要に応じてご自身の御業を行ってくださるので、その主にすべてをゆだねて祈ることが大切です。

その他、21節には、ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤ、またすべての兄弟たちが、あなたによろしくと言っています。彼らも最後までパウロに従い、パウロにとってかけがえのない信仰の友でした。

そして、パウロの最後のことばです。22節をご一緒に読みましょう。「主があなたの霊とともにおられますように。恵みが、あなたがたとともにありますように。」

これがパウロの最後のことばです。最後にパウロはテモテの内側が強められるように祈りました。主があなたの霊とともにおられますように。神が彼に与えてくださったのは臆病の霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。その霊があなたとともにありますように。それはテモテばかりではありません。あなたも同じです。私たちの人生にもいろいろな問題が起こり、その度に、心が弱くなり臆病になってしまいがちですが、力と愛と慎みとの霊が、あなたとともにあって、あなたの心が強められるようにと祈っているのです。

そして、主の恵みが、あなたがたとともにありますようにと祈っています。すべては主の恵みです。主の恵みによって私たちは救われました。また、主の恵みによって主の働きをすることができます。すべては主の恵みなのです。主の恵みに始まり、最後までこの恵みの中を歩ませていただきましょう。そしてこの地上での生涯を賛美と感謝をもって全うさせていただきたいと思います。そういう人こそ最後まで忘れられない人なのです。