きょうは、「信仰によって生きた人」というタイトルでお話します。これまで述べてきたことを受け、このヘブル人への手紙の著者は、前回のところで、信仰とは何かについて語りました。つまり、信仰とは望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。信仰によって、私たちは、この世界が目に見えるものによって造られたのではなく、目に見えないもの、つまり神のことばによって造られたということを悟るのです。
そこで、きょうの箇所では、昔の人々がどのように信仰に生きたのかという実例を取り上げ、信仰によって生きるとはどういうことなのかをさらに説明していきます。きょうはその中から三人の人を取り上げてお話したいと思います。それは、アベルとエノクとノアです。
Ⅰ.信仰によって神にいけにえをささげたアベル(4)
まず、4節をご覧ください。
「信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。」
まず、最初に紹介されているのはアベルです。アベルは最初の人アダムとエバの子どもで、二人息子の弟です。ここには、信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得た、とあります。どういうことでしょうか。
この話は創世記4章に記されてありますので、そこを開いて確認したいと思います。1節から7節です。
「人は、その妻エバを知った。彼女はみごもってカインを産み、「私は、主によってひとりの男子を得た。」と言った。彼女は、それからまた、弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来た。また、アベルは彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。主は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。」そこで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。そこで、主は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」(創世記4:1~7)
ここには、カインは土を耕す者となり、アベルは羊を飼う者になりましたが、ある時期になった時、彼らは神にささげ物をささげるためにやって来た、とあります。「ある時期」というのは、収穫の時期のことだと思われます。自分たちが一生懸命に働いて得たその収穫の一部を神にささげるためにやって来たのでしょう。そして、カインは土を耕す者でしたので、その作物の中から主へのささげ物を、一方のアベルは、羊を飼う者だったので、その羊の中から主にささげ物を持ってきました。しかし、主はアベルとそのささげ物には目を留められましたが、カインとそのささげ物には目を留められませんでした。なぜでしょうか。アベルは正しく行ったのに対して、カインはそうではなかったからです。どういう点でアベルは正しくて、カインは正しくなかったのでしょうか。それはささげ物をささげ姿勢です。アベルは羊を飼う者となり、その中から主へのささげ物を持ってきましたが、ただ持って来たというのではなく、羊の初子の中から、それも最上のものを持ってきました。同じ新改訳聖書でも第二版では、「それも最良のものを、それも自分自身の手で、もって来た。」とあります。つまり、彼は心からささげたのです。それに対してカインはというと、「地の作物から主へのささげ物を持って来た。」とあるだけで、それがどのようなものであったのかについては触れられていません。というとこは、アベルのように最良のもので、自分自身の手で持って来たものではなかったということです。アベルのように心から神にささげたのではなく、一種の儀式として形式的にささげたのです。
ここに彼らの信仰がよく表れていると思います。彼らは神の存在を信じ、神にささげ物をささげたという点ではどちらも同じで、宗教的であったと言えますが、しかし、宗教的であるということと信仰的であるということは必ずしも同じことではありません。神を礼拝し、神にささげ物をささげても、それが必ずしも、信仰的であるとは言えないのです。確かに二人とも神を礼拝していましたが信仰的であったのはカインではなく、アベルの方でした。そのささげ物によって、そのことが証明されたのです。
アベルが信仰によって生きていたことが証明されたのが、彼のささげ物をささげる姿勢、つまり礼拝の姿勢であったということは注目に値することです。というのは、礼拝の姿勢というものは、日ごろの生き方がそこに表れるのであって、いつも信仰に生きている人は、礼拝をする時もそのような姿勢になりますが、適当に信仰生活をしている人は、どんなに熱心に礼拝しているようでも、それは心から神を礼拝しているとは言えず、ただ形式的に礼拝しているにすぎません。そのような礼拝においては少しも神とお出会いすることができず、その結果、神に喜ばれる者に変えていただくことはできないのです。
しかし、ここでアベルが信仰によって神にいけにえをささげたというのは、そうした彼の礼拝の姿勢が正しかったというだけではなく、彼が神の方法によっていけにえをささげたからでもあります。その方法とは何でしょうか。それは、彼は羊をほふり、その血を注ぎ出して、神にささげたという点です。「なぜなら、肉のいのちは血の中にあるからです。わたしはあなたがたのいのちを祭壇の上で贖うために、これをあなたがたに与えた。いのちとして贖いをするのは血である。」(レビ17:11)とあるからです。いのちとして贖いをするのは血です。これがささげ物をささげる時の神の方法でした。アベルは自分が罪人で、自分の力ではその罪を贖うことができないということを知っていたので、神が示された方法でいけにえをささげたのです。けれども、カインはそうではありませんでした。彼は自分の方法によっていけにえをささげました。それは、彼が自分の育てた作物の中からささげ物を持って来たということではありません。神は地を耕して育てた作物を好まれないということはないのです。彼が正しくなかったのは、彼が神に喜ばれる方法によって神を礼拝したのではなく、あくまでも自分の考えで、自分のやり方で、神に受け入れられようとしたことです。それが問題だったのです。だから、神は彼のささげものを退けられたのです。
それはアダムとエバが罪を犯したとき、いちじくの葉をつづり合わせたもので自分たちの腰のおおいを作ったのと同じです。そんなものはすぐに枯れて何の役にも立たないのに、彼らはそのようにすれば何とか自分たちの裸をおおうことができると考えました。しかし、いちじくの葉はすぐに枯れてしまったのでしょう。神は、彼らの罪をおおうために、皮の衣を作り、それを彼らに着せてくださいました。(創世記3:21)なぜ、皮の衣だったのでしょうか。皮の衣によらなければ、罪をおおうことができなかったからです。神は動物をほふり、その皮を剥ぎ取って、彼らに着せてくださったのです。それが神の方法でした。そうでなければ、神に受け入れられることはできなかったのです。
そして、これはやがて来られる神の小羊イエス・キリストを指し示していました。人はイエス・キリストによらなければ、だれも神に近づくことはできません。私たちは、だれか困っている人がいたら助けてあげたり、貧しい人がいれば施しをしたり、優しく、親切に生きれば神に受け入れられるのではないかと考えますが、そのような方法によっては神に受け入れられることはできません。確かにそのような業は善いことですが、そうしたことによって自分の罪を消すことはできないのです。私たちの罪は、ただ神が私たちのために用意してくださった小羊の血によってのみ赦されるのであって、それ以外の何をもってしても赦されることはありません。
「イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)
「信仰によって」とはそういうことです。アベルは、神の方法とはどのようなものなのかを知っていて、そのようにささげました。信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえをささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得たのです。
私たちも信仰によって、神にささげ物をささげましょう。あくまでも自分の思いや考えに従うのではなく、神のことばを聞き、神のみこころは何かを知り、それに従うものでありたいと思うのです。それが信仰なのです。
Ⅱ.神に喜ばれていたエノク(5-6)
次に5節と6節をご覧ください。ここには、「信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」とあります。
信仰によって生きた人として次に取り上げられているのは、エノクです。エノクという人物は、創世記5章に記されているアダムの子孫の中に登場する人物です。そこにはアダムの系図が記録されていますが、それらは皆決まった形で紹介されています。すなわち、「・・の生涯は○○であった。こうして彼は死んだ。」です。たとえば、5節には、「アダムはは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ。」とあります。8節にはその子セツについて書かれてありますが、それも、「セツの一生は九百十二年であった。こうして彼は死んだ。」とあります。また、11節にはエノシュについて書かれてありますが、それも同じです。全員が同じように記録されていますが、エノクだけはそうではありません。24節を見ると、「神が彼を取り去られたので、彼はいなくなった。」とあります。神が彼を取り去られたので、彼はいなくなったとはどういうことなのか?ヘブル書にはそのことを次のように説明しています。「エノクは死を見ることがないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。」とあります。エノクが取り去られたのは、死を見ることがないように、神に取り去られたというのです。この箇所からほとんどの人は、らエノクは死を経験することなく天に引き上げられたのだと考えていますが、ある人たちは、いや、アダムが罪を犯したことで死が全人類に入って来たのだから、エノクと言えども死なずに天国に行ったのは考えられない、と言う人もいます。しかし、このヘブル人への手紙を見る限り、彼がいなくなったのは、彼が死を見る事がないように天に移されたとあるので、彼は死を経験しないで引き上げられたのだろうと思います。しかし真相はどうであろうと、確かなことは、彼の地上での生涯はそれで終わったということです。
創世記5章の系図を見ると、ほとんどの人が九百歳ぐらいまで生きたのに対して、エノクは三百六十五歳しか生きませんでした。彼は意外に短命であったことから、彼の一生は不幸な一生だったのではないかと考える人もいますが、そうではありません。確かに彼の生涯は当時の一般的な人たちと比べたら短いものでしたが、それは死を見ることがないように天に移された幸いな生涯だったのです。人の一生はその長さで測られるものではありません。人の一生の善し悪しは、その人がどのような生涯を送ったのかという中身で測られるものです。それが神とともに歩んだ生涯であるなら、たとえそれがどんなに短いものであっても、幸いな徹宵だったと言えるのです。エノクの一生は三百六十五年という短いものでしたが、それは神とともに生き歩み、神に喜ばれたものであることがあかしされるすばらしい一生だったのです。
それでは、彼はどのような点で神に喜ばれていたのでしょうか。それは、彼が信仰によって生きていたという点です。エノクが生きていた時代は、ノアの時代と同じように、人々の心が悪いことばかりに傾いているような時代でした。その中でも彼は、神がおられることを信じていました。神がおられることを信じていたので罪から離れた歩みをしていたばかりでなく、常に神を求めて生きていました。彼は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることを信じていたのです。
God is not Deadという映画をみました。 日本語のタイトルでは「神は死んだか」というタイトルです。あるクリスチャンの大学生が大学の授業で哲学のクラスを受けるのですが、その授業を始める前に教授が生徒たちに「神はいない」と紙に書くよう に強制し、書かなければ単位をあげないというのです。単位が取れないことを危惧した生徒たちは言われるままに書いて提出するものの、納得できないジョシュだけは拒否します。それなら神の存在を証明するように、もしできなかったら落第だと告げられました。ジョッシュは悩みながらも必至で神が存在しているという説明を試みるも、それはかなりハードなことでした。しかし、彼は最後に教授にこう言うのです。「あなたが神を憎んでいるということ。それこそ神が存在している一番大きな事実です。もし神がいなかったら、どうして神を憎むということなどあるでしょうか。」それは大きなかけでもありました。もし証明できなければ大きなリスクを負ってしまうことになりますが、逆に、もしそれを証明することができたら、それこそ多くの人たちにとっての証となります。彼は神の存在を疑いませんでした。神がおられることと、神を求めるものには報いてくださる方であるということを信じたのです。
あなたはどうですか。この地上の歩みにおいて、エノクのように、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であるということを、信じているでしょうか。エノクは天に引き上げられましたが、今日も、キリストのうちにある者は、主が天から再び戻って来られるとき、空中に引き上げられるという約束が与えられています。その成就が限りなく近いことをつくづく感じます。それはもしかしたら、私たちが生きている時代に実現するかもしれません。そうすれば、私たちはエノクが経験したように、死を見ることなく天に移されるかもしれません。仮にそれが、私たちが死んだ後であっても、その一生は主とともに生きたすばらしい一生であったと証されることでしょう。そのような生涯を共に歩ませていただきたいものです。
Ⅲ.信仰によって箱舟を作ったノア(7)
信仰によって生きた人として三人目に取り上げられているのは、ノアです。7節にはこうあります。「信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。」
ノアが生きていた時代がどのような時代であったかは、創世記6章に記されてあります。6章11節、12節を見ると、「地は、神の前に堕落し、地は、暴虐で満ちていた。神が地をご覧になると、実に、それは堕落していた。すべての肉なるものが、地上でその道を乱していたからである。」とあります。しかし、ノアは、主の心にかなっていました。ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人でした。つまり、彼は、いつも神とともに歩んだのです。
そこで、神はノアに対して、間もなく世界中の人々を滅ぼす洪水を起こされると言われました。しかし、ノアとその家族の者たちは救うので、大きな船を作るようにと命じられたのです。その船は、長さ百五十メートル、幅二十五メートル、高さ十五メートルの箱舟で、一万トン級の大きな船でした。彼はそれまでそんな大洪水を経験したことがなければ、船を作ったこともありませんでした。そんな一万トン級の船を作るということにでもなれば、この先何年かかるか、全くわかりません。気の遠くなるような話です。しかし彼はその御言葉を信じて受け入れたのです。今日のようにチェーンソーがあったわけではありません。どのようにして大木を切り倒したのでしょうか。ノアと三人の息子の四人だけで造ったとしても、おそらく百二十年はかかったでしょう。創世記6章3節には、「それで人の齢は、百二十年にしよう。」とありますが、これは人の寿命が百二十年に定められたというだけでなく、その日から大洪水が起こるまでの年数であったとも考えられます。それは気の遠くなるような大仕事でした。しかし、ノアは信仰によってそれに挑戦したのです。すなわち、ノアはたとえ常識では考えられないようなことでも、主によって命じられたことであれば、それをそのとおりに受け止めて実行したのです。それが信仰です。来る日も来る日も、彼らは山へ行き、何日もかかって木を伐採しました。それを見ていた回りの人たちは、どんなにバカにし、嘲笑ったことでしょう。「ノアもとうとう気が狂っちゃったんじゃないの」と思ったことでしょう。
皆さんさんだったらどうですか。全く雨が降らない時代に、神がこの地上のものを滅ぼすので、あなたは箱舟を造りなさいと言われて、「はいよ」と言って造るでしょうか。最近私は、一年前の母の日に娘が家内に贈ってきた小物入れのラックを組み立てました。それを組み立てるのに要した時間は約30分です。たった30分なのになかなか組み立てられませんでした。組み立てる気がなかったからです。だから、それを組み立てるのに一年もかかってしまいました。まして、ノアに与えられたプロジェクトは
120年もかかる大仕事でした。どんなに暇でも造る気にはなれないでしょう。
しかし、ノアにとって神のことばは絶対でした。彼は、神によって語られたことは必ず起こると信じていました。つまり、大洪水は必ず起こると信じていたのです。しかも、それは世の罪をさばくための神のさばきとしての大洪水です。ですから、創世記6章22節には、ノアは箱舟を作り、その中に入って救われるようにと神から言われた時、「ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。」とあるのです。たとえ自分の常識の枠の中に納まらないことであっても、神の御言葉に従うのが信仰であり、それが神に喜ばれる道なのです。
信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神のみもとに来る人はだれでも、神が存在することと、神を求める人には必ず報いてくださる方であるということを信じなければなりません。アベルやノアやエノクのような生き方こそ、神のみもとに来る人です。彼らは神が存在すること、つまり神が生きておられるということと、神に求めることには必ず答えてくださる方であるということを信じました。つまり、神は生きて働いておられる方であると信じ、そのことばに従ったのです。
私たちもそうありたいですね。聖書には天国があると書いてあるけど本当かなと疑ってみたり、信じようとしないのではなく、神の約束の言葉は必ず実現すると信じて、その言葉に自分の人生をかける者でありたいと思います。それが信仰です。義人は信仰によって生きる。神はそのような人を喜んでくださるのです。