Ⅱサムエル記3章

今日は、Ⅱサムエル3章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.ダビデの息子たち(1-5)

 

まず、1-5節までをご覧ください。「サウルの家とダビデの家の間には、長く戦いが続いた。ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった。ダビデにはヘブロンで子が生まれた。長子はイズレエル人アヒノアムによるアムノン。次男はカルメル人ナバルの妻であったアビガイルによるキルアブ。三男はゲシュルの王タルマイの娘マアカの子アブサロム。四男はハギテの子アドニヤ。五男はアビタルの子シェファテヤ。六男はダビデの妻エグラによるイテレアム。これらの子がヘブロンでダビデに生まれた。」

 

サウルの家とダビデの家の間には、長く戦いが続きました。しかし、ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなりました。その結果、6節以降にあるように、サウルの家の将軍アブネルは、ダビデに和解を申し出るようになります。その前に、ダビデがヘブロンにいる間に生まれた子どもたちの名前が列挙されています。ダビデには6人の息子たちが生まれました。長男はイズレエル人アヒノアムが産んだアムノン、次男はカルメル人アビガイルが産んだギルアブ、三男がゲショルの王タルマイの娘マテカの娘アブシャロム、四男はハギテの子アドニヤ、五男はアビタルの子シェファテヤ、六男がダビデの妻エグラによるイテレアムです。

 

ここで問題になるのは、これら6人の息子たちが、それぞれ別々の母親から産まれていることです。ダビデは以前より妻としていたアヒノアムとアビガイル以外にも、多くの女を妻としていたのです。そして、彼が後にエルサレムに行ってからも、さらに妻を加えるのですが、その結果、家庭内に多くの問題を抱えることになります。後に、アムノンはアブシャロムの妹タマルに恋して悩み、タマルを犯してしまいます。その後、アムノンはタマルに対して激しい憎しみにかられ彼女を追い出してしまいますが、それが原因となって兄アブシャロムがアムノンを殺害するという事件が起こるのです。ここからダビデとアブシャロム親子の葛藤劇が始まります。その原因を作ったのは、ダビデ自身でした。申命記17:17にはモーセを通して「王は、自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。自分のために銀や金を過剰に持ってはならない。」という律法がありますが、彼はその戒めを守らなかったからです。

 

ダビデも完璧な人間ではありませんでした。ダビデのように神に用いられた器であっても、間違いを犯すことがあるのです。そして、神の御心にかなわない行動をすれば、その刈り取りもすることになります。確かに、当時は王が権力を持つために結婚が利用されることがありました。いわゆる政略結婚です。相手の国と良い関係を持ち、互いに戦うことがないようにするために、その王の娘と結婚して縁戚関係を結ぶのです。しかし、たとえそうであっても、神のみことばに立たなければなりません。人を恐れるとわなにかかります。しかし、主に信頼する者は守られます。人との関係よりも神との関係を優先し、神の御心にしっかりと立つことが求められます。

 

Ⅱ.アブネルの死(6-30)

 

次に、6~30節までを見ていきたいと思います。まず11節までをご覧ください。「サウルの家とダビデの家が戦っている間に、アブネルがサウルの家で勢力を増していた。サウルには、アヤの娘で、名をリツパという側女がいた。イシュ・ボシェテはアブネルに言った。「あなたはなぜ、私の父の側女と通じたのか。」アブネルはイシュ・ボシェテのことばを聞くと、激しく怒って言った。「この私がユダの犬のかしらだとでも言うのか。今日、私はあなたの父サウルの家と、その兄弟と友人たちに真実を尽くして、あなたをダビデの手に渡さないでいる。それなのに今日、あなたは、あの女のことで私をとがめるのか。【主】がダビデに誓われたとおりのことを、もし私がダビデのために果たさなかったなら、神がこのアブネルを幾重にも罰せられるように。それは、サウルの家から王位を移し、ダビデの王座を、ダンからベエル・シェバに至るイスラエルとユダの上に堅く立てるということだ。」イシュ・ボシェテはアブネルを恐れていたので、彼に、もはや一言も返すことができなかった。」

 

サウルの家とダビデの家が戦っている間に、将軍アブネルがサウルの家で勢力を増していました。彼はサウルの息子イシュ・ボシェテを王に立てイスラエル王国の確立を図り、自らを将軍としていました。本当は自らが王になりたかったのでしょう。この後に起こった事件の時に、彼がイシュ・ボシェテに発した言葉からそのことを垣間見ることができます。

 

サウルには、アヤの娘で、リツパというそばめがいましたが、アブネルは彼女と通じたのです。するとイシュ・ボシェテはそのことでアブネルをとがめました。それは単に性的な関係を持ったということではなく、別のことを意味していたからです。当時の中近東では、新しく王になった者は、以前の王のそばめのところに入ることによって、自分が王権を奪い取ったことを人々に示したのです。つまり、アブネルがサウルのそばめに入ったということは、自分が王となったことを宣言しているようなものだったのです。ですから、イシュ・ボシェテが恐れたのは、アブネルが権力を増していったことだったのです。

 

それに対してアブネルは、異常なほど感情的な反応を示しました。彼は激怒し、今まで自分は忠誠の限りを尽くしてきたのになぜ自分を責めるのかと反論しました。さらに、これを契機に、ダビデ支持に回ると宣言しました。彼は知っていたのです。ダビデが神によって選ばれた王であるということを。しかし、彼はイシュ・ボシェテを王に立てて、神が言われたことに反発していました。しかし、イシュ・ボシェテからとがめられたときそれをきっかけに、神の御心に従おうと思ったのです。イシュ・ボシェテは、アブネルのあまりの剣幕に、それ以上一言も言い返すことができませんでした。

 

このアブネルの中に、罪人の典型的な姿が見られます。彼は自分の非を責められると激怒し、自分に都合の良いように方針を変更しました。そもそもイシュ・ボシェテを擁立したのも自分の益になると判断したからです。しかし、それがうまくいないと、今度は簡単に方針を変更しました。彼の行動の動機は、自分の益になるかどうかということでした。私たちは改めてイエス様がゲッセマネの園で祈られた祈りを思い出します。イエス様は、「私の願いではなく、あなたのみこころがなりますように」(ルカ22:42)と祈られました。私たちもイエス様のように、「私の思いではなく、あなたのみこころが成りますように」と祈りたいと思います。

 

次に12~21節をご覧ください。「アブネルはダビデのところに使者を遣わして言った。「この国はだれのものでしょうか。私と契約を結んでください。ご覧ください。私は全イスラエルをあなたに移すのに協力します。」ダビデは言った。「よろしい。あなたと契約を結ぼう。しかし、条件が一つある。それは、あなたが私に会いに来るときは、まずサウルの娘ミカルを連れて来ること、そうでなければ私に会えないということだ。」ダビデはサウルの子イシュ・ボシェテに使者を遣わして言った。「私がペリシテ人の陽の皮百をもってめとった、私の妻ミカルを返していただきたい。」イシュ・ボシェテは人を遣わして、彼女をその夫、ライシュの子パルティエルから取り返した。彼女の夫は泣きながら彼女の後を追ってバフリムまで来たが、アブネルが「行け。帰れ」と言ったので、彼は帰った。アブネルはイスラエルの長老たちと話してこう言った。「あなたがたは、かねてから、ダビデを自分たちの王とすることを願っていた。今、それをしなさい。【主】がダビデについて、『わたしのしもべダビデの手によって、わたしはわたしの民イスラエルをペリシテ人の手、およびすべての敵の手から救う』と言われたからだ。」アブネルはまた、ベニヤミン人とじかに話し合った。それから、アブネルはまた、ヘブロンにいるダビデのところへ行き、イスラエルとベニヤミンの家全体が良いと思っていることを、すべて彼の耳に入れた。アブネルは二十人の部下とともにヘブロンのダビデのもとに来た。ダビデはアブネルとその部下のために祝宴を張った。アブネルはダビデに言った。「私は、全イスラエルをわが主、王のもとに集めに出かけます。彼らがあなたと契約を結び、あなたが、お望みどおりに王として治められるようにいたしましょう。」ダビデはアブネルを送り出し、アブネルは安心して出て行った。」

 

早速、アブネルはダビデに使者を遣わし、契約を結ぶことにしました。全イスラエルをダビデの支配下に移すのに協力すると約束したのです。

ダビデはその申し出を受け入れ契約を結ぼうとしましたが、そのために一つの条件を提示しました。それは、サウルの娘ミカルを連れて来るということでした。ミカルは元々ダビデの妻でしたが、サウルがダビデのことをますます妬ましく思うようになると、彼女を他の男に与えて、ダビデから取り上げてしまったのです。そこでダビデは今、そのミカルを返してくれるように要求したのです。もしミカルが子を産むなら、その子はダビデの家とサウルの家を和解させる人物になるでしょう。まさに平和の子となります。

ダビデのこの願いはイシュ・ボシェテを通して実行に移され、ミカルは別れを惜しむ夫パルティエルからダビデのもとに返されました。ここには「その夫」とありますが、元々はダビデが夫であって、その婚姻関係は解消されてはいなかったので、法的にはまだダビデが正当な夫です。

 

ダビデを全イスラエルの王とするのにあたり、アブネルはイスラエルの長老たちと話をして説得しました。実は、イスラエルの長老たちもダビデを自分たちの王とすることを望んでいました。歴代誌を見ると、ユダ族以外のイスラエルの部族が、次第にダビデになびいていく様子が描かれています。自然にダビデを王とする方向へと向かっていたのです。主がダビデを選ばれ、そして主がイスラエル全体を動かしておられたことがわかります。人は、神の計画に反対するようなことをしますが、そのような人間の試みが空しいことを教えてくれます。御霊の働きによって、主の計画だけが成るのです。

 

アブネルは、ダビデを全イスラエルの王としても良いという約束を取り付けると、20人の部下を引き連れてヘブロンにいるダビデのもとに行き、そのことを伝えました。するとダビデはアブネルを歓迎して祝宴を張りました。それは、ダビデがアブネルの提案を受け入れたということです。身の安全を保証されたアブネルは、安心して帰路に着きました。

 

ダビデは実に平和の人でした。イスラエル王国が弱体化しているなら、武力を行使することもできたはずです。また、ヘブロンに来た敵方の将軍アブネルを暗殺することもできました。しかし彼は、血を流すことを避け、平和の道を選びました。これが、クリスチャンが追い求める道です。へブル14:12には「すべての人との平和を追い求め、また、聖さを追い求めなさい。」とあります。ローマ14:19には「ですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つことを追い求めましょう。」とあります。クリスチャンが追い求めなければならないのはすべての人との平和です。確かにダビデは主が戦うようにと命じられた時は必死に戦いましたが、そうでない時は血を流すことを避けました。私たちは、互いに平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つことを求める者でありたいと思います。

 

22~30節をご覧ください。そうしたダビデの思いとは裏腹に、乱暴で、血を流すのに早い者たちの姿を見ます。ヨアブです。「ちょうどそこへ、ダビデの家来たちとヨアブが略奪から帰り、たくさんの分捕り物を持って来た。しかし、アブネルはヘブロンのダビデのもとにはいなかった。ダビデがアブネルを送り出し、もう安心して出て行っていたからである。ヨアブと、彼とともにいた軍勢がみな帰って来たとき、「ネルの子アブネルが王のところに来たが、王がアブネルを送り出したので、彼は安心して出て行った」とヨアブに知らせる者があった。ヨアブは王のところに来て言った。「何ということをなさったのですか。ご覧ください。アブネルがあなたのところに来たのです。なぜ、彼を送り出して、出て行くままにされたのですか。あなたはネルの子アブネルのことをご存じのはずです。彼はあなたを惑わし、あなたの動静を探り、あなたのなさることを残らず知るために来たのです。」ヨアブはダビデのもとを出てから使者を遣わし、アブネルの後を追わせ、彼をシラの井戸から連れ戻させた。しかし、ダビデはそのことを知らなかった。アブネルはヘブロンに戻った。ヨアブは彼とひそかに話そうと、彼を門の内側に連れ込み、そこで彼の下腹を刺した。こうして、アブネルは、彼がヨアブの弟アサエルの血を流したことのゆえに死んだ。 後になって、ダビデはそのことを聞いて言った。「ネルの子アブネルの血については、私も私の王国も、【主】の前にとこしえまで潔白である。その血は、ヨアブの頭と彼の父の家の全員に降りかかるように。またヨアブの家には、漏出を病む者、皮膚をツァラアトに冒される者、糸巻きをつかむ者、剣で倒れる者、食に飢える者が絶えないように。」ヨアブとその兄弟アビシャイがアブネルを殺したのは、アブネルが彼らの弟アサエルをギブオンでの戦いで殺したからであった。」

 

ちょうどそこへ、ダビデの家来たちとヨアブが略奪から帰り、たくさんの分捕り物を持って来ました。しかし、アブネルはヘブロンのダビデのもとにはいなかったので、アブネルとその軍勢が来たことを知りませんでした。そのことがヨアブの耳に入ったとき、彼は激怒し、ダビデのところに行って抗議しました。その内容は、アブネルが来たのはダビデの動静を探るためであったのに、なぜおめおめと彼を送り出してしまったのかということでした。でも本当の理由は、もしアブネルがダビデに気にいられたら将軍としての自分の地位が危うくなるからであり、また、弟のアサエルが彼によって殺されたので、個人的な恨みがあったからです。このとき、ダビデがどのように応答したかは書いてないのでわかりませんが、恐らくまともに取り合おうとせず、無視したのではないかと思われます。

 

ヨアブは直ちに使者たちを遣わしアブネルの後を追わせ、ダビデには秘密に彼をヘブロンに連れ戻し、彼の下腹を刺して殺害しました。ヨアブにとってこれは弟アサエルが殺されたことへの復讐でした。しかし、これはそれ以上の悪行でした。というのは、アサエルの死は戦場での戦死でしたが、アブネルの死は陰謀による死であったからです。両者の死の内容は明らかに異なりました。ヨアブのやり方は、当然責められるべきものです。

 

また、この悲惨な事件が起こったのはヘブロンという町でのことでしたが、このヘブロンはイスラエルに6つあった「のがれの町」の一つでした。本来なら、このような復讐による殺害から逃れるために設けられた町なのに、その町で暗殺事件が起こってしまったのです。この「のがれの町」は、イエス・キリストを予表していました。地上ののがれの町は完璧な安全を保証してくれるものではありませんが、私たちの救い主イエスは、確かな御手をもって私たちを守ってくださいます。この「のがれの町」に逃げ込むことこそが、私たちに真の慰めと平安をもたらしてくれるのです。それなのに、この「のがれの町」で、このような悲惨な事件が起こったのです。

 

これを聞いたダビデは、このことについては自分と自分の王国も、主の前にとこしえに潔白であることを主張し、その血はヨアブとその家に降りかかるようにと祈りました。また、ヨアブの家には、漏出を病む者、重い皮膚病に冒される者、糸巻をつかむ者、剣で倒れる者、食に飢える者が絶えないようにと祈りました。「糸巻きをつかむ者」とは、「糸巻き」が女性の仕事とされていたことから、女性の仕事しかできない男になるように、すなわち、戦うことができない軟弱な男になるようにという意味です。たとえ剣を手にすることができても、それは必ずしも戦うことができるということではありません。武器を手にすることだけが男らしさではないからです。いずれにせよ、ここでダビデが祈ったのは、そうした呪いがヨアブの家にあるようにということです。彼がやったことは単なる人殺しではなく、悪質な人殺しだったからです。アブネルは残忍な男でした。そういう意味では、彼の死は神の裁きであったとも言えます。と同時に、このヨアブの残忍な行為もまた裁かれるべきものだったのです。

 

このダビデの祈りは、ダビデの死後成就することになります。Ⅰ列王記2:28~34をご覧ください。ソロモンはエホヤダの子ベナヤを遣わし、主の天幕のかたわらで彼を打ち殺しました。それはアブネルを虐殺した報いです。神をあなどってはなりません。罪の行為がそのまま見過ごされることはないのです。私たちは、ヨアブのように乱暴で、すぐに暴力を振るう者ではなく、ダビデのように義と平和を求める者となりましょう。

 

Ⅲ.ダビデの悲しみ(31-39)

 

最後に31~39節までを見て終わりたいと思います。「ダビデは、ヨアブと彼とともにいたすべての兵に言った。「あなたがたの衣を引き裂き、粗布をまとい、アブネルの前で悼み悲しみなさい。」そして、ダビデ王は棺の後をついて行った。彼らはアブネルをヘブロンに葬った。王はアブネルの墓で声をあげて泣き、民もみな泣いた。王はアブネルのために哀歌を歌った。「愚か者が死ぬように、アブネルは死ななければならなかったのか。あなたの手足は縛られず、かせにもつながれずに。不正な者の前に倒れるように、あなたは倒れてしまったのか。」民はみな、さらに続けて彼のために泣いた。民はみな、まだ日のあるうちにダビデに食事をとらせようとしてやって来たが、ダビデはこう誓った。「もし私が、日の沈む前に、パンでもほかの何でも口にすることがあれば、神がこの私を幾重にも罰せられますように。」民はみな、そのことを認めて、それで良いと思った。王のしたことはすべて、民を満足させた。民はみな、そして全イスラエルは、その日、ネルの子アブネルを殺したのは、王から出たことではないことを知った。王は自分の家来たちに言った。「今日、イスラエルで一人の偉大な軍の将が倒れたのを知らないのか。この私は油注がれた王であるが、今日の私は無力だ。ツェルヤの子であるこれらの者たちは、私にとっては手ごわすぎる。【主】が、悪を行う者に、その悪にしたがって報いてくださるように。」

 

アブネルが死ぬと、ダビデは、その死を悼み悲しみました。彼は、ヨアブと彼ともにいたすべての兵に、衣を引き裂き、粗布をまとい、アブネルの前で悼み悲しむように、と命じました。また、自分が先頭に立って、その亡骸をヘブロンに葬りました。そして、アブネルの墓で声をあげて泣いたのです。さらに彼は、アブネルのために哀歌を歌いました。この中でダビデは、アブネルが愚かな者ではなかったこと、手足を縛られた囚人でもなかったこと、それなのに不正な者の手によって倒れたと言っています。

さらにダビデは、日没まで断食しました。民はみな、まだ日があるうちにダビデに食事をとらせようとしましたが、ダビデは、「もし私が、日の沈む前に、パンでもほかの何でも口にすることがあれば、神がこの私を幾重にも罰せられますように。」と言って、一切食べようとしませんでした。

 

このようにしてダビデは、つい最近まで敵であったアブネルの死を悼み悲しんだのです。民はそれを見てどう思ったでしょうか。36節をご覧ください。ここには「民はみな、そのことを認めて、それで良いと思った。王のしたことはすべて、民を満足させた。」とあります。そして、民はみな、それがダビデから出たことではないことをはっきりと知ったのです。ここに、ダビデの知恵があります。上に立つ者は、常に不義に対する怒りと、いのちに対する敬意とを持つ必要があります。ダビデのこの態度は、彼が王にふさわしい人物であることを民全体に認めさせる結果となったのです。

 

ダビデは自分の家来たちに、自分の無力さを漏らしています。ヨアブに対して見せしめ的なことはしましたが、それ以上のことはできなかったからです。本来なら彼を将軍の地位から退けるべきでした。しかし、そのようなことをすれば将来に禍根を残すことになります。それで彼はどうしたかというと、この件に関して主ご自身が介入してくださり、その悪にしたがって報いてくださるようにと祈りました。彼は自分ではどうすることもできないことは、すべて主にゆだねたのです。主が何とかしてくださるという信仰です。私たちの生活の中には、自分ではどうすることもできないことばかりです。でも、神にはどんなことでもおできになります。その神にすべてをゆだねればいいのです。ダビデはまさにどうしようもない自分の無力さを前に、そのすべてを主なる神にゆだねたのです。

エレミヤ書2章14~19節「いつも主を前に置いて」

 新しい年を迎えました。この新しい年を、皆さんはどのような思いで迎えられたでしょうか。箴言4章23節に、「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」とあります。いのちの泉は私たちの心からわいてきます。ですから、力の限り、見張って、あなたの心を見守らなければなりません。新しい年も神の御言葉によって、心の井戸を深く掘っていきたいと思います。

この新年の礼拝で、主が私たちに与えておられる御言葉は、エレミヤ書2章14~19節の御言葉です。前回もお話したように、この2章には神から離れ偶像に走って行ったイスラエルの姿を、いくつかの比喩をもって語られています。1~8節までには不誠実な妻の姿を通して、また9~13節には、壊れた水溜のたとえをもって描かれてきました。

きょうのところには、奴隷としてのイスラエルの姿を通して語られています。イスラエルは奴隷なのか、それとも家に生まれたしもべなのか、ということです。だから、知り、見極めよ、と。何を見極めるのでしょうか。19節の後半にこうあります。「あなたがあなたの神、主を捨てて、わたしを恐れないのは、いかに苦いことかを。」主を捨てて、主を恐れないことは、いかに苦しいことであるのかを、です。すなわち、主を恐れないこと、主に信頼しないことが、いかに悪いことであり苦しいことであるかということです。このことを見極めなければなりません。この新しい年、私たちはこのことを見極め、真に主を恐れ、主に信頼して歩む年でありたいと思います。

 Ⅰ.イスラエルは奴隷なのか(14-16)

 まず14節から16節までをご覧ください。「14 イスラエルは奴隷なのか。それとも家に生まれたしもべなのか。なぜ、獲物にされたのか。15 若獅子は彼に向かって吼えたけり、うなり声をあげて、その地を荒れ果てさせる。その町々は焼かれて、住む者がいなくなる。16 メンフィスとタフパンヘスの子らも、あなたの頭の頂を剃り上げる。

 ここで預言者エレミヤは、イスラエルの背信がどのような結果を招くのかを語っています。イスラエルは神に背いた結果、どうなったでしょうか。14節には「イスラエルは奴隷なのか。それとも家に生まれたしもべなのか。」とあります。

当時、奴隷には二つの種類がありました。お金で買われて奴隷になった者と、奴隷の両親の間に生まれた、生まれながらの奴隷です。イスラエルは神の民として贖われた者ですから、自由な民であるはずです。まして生まれながらの奴隷であるはずがありません。それなのに、彼らの状態はもっと悪くなっていました。戦争によって捕虜となり、獲物として外国に連れ去られるような惨めな状態になっていたのです。どうしてこのようになったのでしょうか。いうまでもなく、彼らが自分の神を捨てて偶像に仕え、外交や武力によって自分たちの安全を保つことができると考えたからです。その結果、どうなったでしょうか。

 15節をご覧ください。「若獅子は彼に向かって吼えたけり、うなり声をあげて、その地を荒れ果てさせる。その町々は焼かれて、住む者がいなくなる。」

 「若獅子」とはライオンのことです。聖書では、イスラエルを荒らす敵の比喩としてしばしば用いられています。文脈によってそれはアッシリヤであったり、エジプトであったり、バビロンであったりしますが、ここではバビロンのことを指しています。バビロンがイスラエルに向かって吼えたけり、うなり声をあげて、その地を荒れ果てさせるというのです。その町々は焼かれて、住む者がいなくなります。エレミヤがこれを語った約40年後に、実際にこのことが起こります。バビロン捕囚という出来事です。B.C586年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムを攻め落とし、そこに住んでいた者たちを捕囚の民としてバビロンに連れて行きました。

それはバビロンだけではありません。エジプトもそうです。16節にある「メンフィスとタフパンヘス」は、ともにエジプトにある都市です。つまり、もし彼らがエジプトに保護を求めるなら、彼らがあなたの頭の頂を剃り上げるようになるというのです。ユダヤ人にとって髪を剃り上げることは、恥を見ること、悲しみに打ちひしがれることを表わしていました。イスラエルはせっかく神によって贖われ自由の民とされたのに、その神に背きメンフィスやタフパンスに助けを求めたことで、再び奴隷の状態に陥り獲物として外国に連れ去られるような惨めな状態になったのです。私たちもせっかく主イエス・キリストによって罪から解放され自由の民とされたのにその神に背くなら、若獅子の獲物にされてしまうことになります。頭の頂を剃り上げられることになるのです。

1ペテロ5章8節にこうあります。「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。」

ここでは、悪魔がほえたける獅子のようだと言われています。悪魔は、ほえたける獅子のように、食い尽くすべき獲物を捜し求めながら歩き回っています。だから、身を慎み、目をさましていなければなりません。そうでないと、当時のイスラエルのように若獅子の獲物にされてしまいます。頭の頂を剃り上げられてしまうことになるのです。そういうことがないように、身を慎み、目をさましていなければなりません。エレミヤは、かつてB.C.722年に北王国イスラエルがアッシリヤによって滅ぼされたことを思い起こしながら、南ユダ王国の人々に、注意しないとあなたがたもライオンの餌食にされてしまいますよ、と警告しているのです。

それは今を生きる私たちにも言えることです。注意しないと、私たちもライオンの餌食にされてしまいます。だから、身を慎み、目をさましていなければなりません。自分は大丈夫と思っている人ほど危ない人です。悪魔なんてやっつけてやるという人ほど簡単にコロリとやられてしまいます。私たちは若獅子の餌食にならないように身を慎み、目をさましていなければなりません。

Ⅱ.なぜ、獲物にされたのか(17~19a)

いったい彼らの問題は何だったのでしょうか。なぜ彼らは若獅子の獲物にされてしまったのでしょうか。次にその理由について考えたいと思います。17~19節前半をご覧ください。「17 あなたの神、主があなたに道を進ませたとき、あなたが主を捨てたために、このことがあなたに起こったのではないか。18 今、ナイル川の水を飲みにエジプトへの道に向かうとは、いったいどうしたことか。大河の水を飲みにアッシリヤへの道に向かうとは、いったいどうしたことか。「あなたの悪があなたを懲らしめ、あなたの背信があなたを責める。」

いったいなぜ彼らは獲物にされてしまったのでしょうか。それは彼らが主を捨てたからです。彼らの神、主が彼らに道を進ませたとき、彼らが主を捨てたので、このようになったのです。どうしてナイル川の水を飲みにエジプトへ向かうのでしょうか。どうして大河ユーフラテス川の水を飲みにアッシリヤへ向かうのでしょうか。それは彼らが自分たちの神、主に助けを求めないで、エジプトやアッシリヤに助けを求めたからです。その悪が彼らを懲らしめ、彼らの背信が彼らを責めたのです。

私たちも、そういうことがあるのではないでしょうか。聖書ではエジプトはこの世の象徴として描かれています。また、アッシリヤは超大国の象徴として描かれています。私たちもイエス様を信じていてもにっちもさっちもいかなくなると、目に見えるこの世のもので安心を得ようとすることがあります。しかし、そのような水をいくら飲んでもまた渇くと、イエス様は教えてくださいました。「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」(ヨハネ4:13-14)

また使徒パウロは、そうした頼りにならないものに望みを置かないようにと警告しています。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように、と(1テモテ6:17)。そのようなものに望みをおくと、結局のところ、裏切られてしまうことになります。皆さんもそういう経験があるでしょう。

実際、イスラエルの王であったヨシヤ王も、この後B.C.609年にエジプトに攻め込まれて死んでしまうことになります。メギドの戦いです。エレミヤがこれを警告したのはB.C.627年のことですから、実に18年後のことになります。彼らはエジプトに助けを求めたのに、そのエジプトによって滅ぼされてしまうのです。まさに、頭の頂を剃り上げられたのです。その後、新興国であるバビロン帝国が台頭して来て、エジプトも、アッシリヤも、そしてこの南ユダ王国も滅ぼされしまうことになります。そして、バビロンの奴隷として、捕囚の民としてバビロンに連れて行かれることになるのです。どんなにエジプトを頼っても、どんなにアッシリヤを頼っても、そうしたものは何の助けにもならないのです。

預言者イザヤは、そんなイスラエルの姿を短い毛布にたとえてこう言いました。「寝床は、身を伸ばすには短すぎ、毛布も、身をくるむには狭すぎるようになる。」(イザヤ28:20)皆さん、わかりますか。エジプトという寝床は、身を伸ばして寝るには短すぎます。アッシリヤという毛布は、身をくるむには狭すぎるのです。私の妻はいつも毛布に身をくるんで寝ていますが、見ると足がベッドからはみ出しています。背中には毛布がかかっていません。短じかすぎるのです。狭すぎるのです。そのようなものは安全のための何の保障にもなりません。それなのに、どうしてエジプトやアッシリヤへの道に向かうのでしょうか。どうして主なる神に背を向けて、この世に向かって走って行くのでしょうか。

あなたがこの世に向かって走るなら、結果的に神に背を向けることになります。その結果、懲らしめや責めを受けることになるのです。勿論、それはこの世を捨てるということではありません。この世を憎むということでもありません。神はこの世を愛されました。神は一人も滅びることなく、すべての人が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。そのためにひとり子をこの世に与えてくださいました。それは御子を信じる者が一人として滅びることなく永遠のいのちを持つためです。ですから、私たちは神がこの世を愛されたように、私たちもほかの人々を愛するべきです。

しかしそれは、この世の考えやこの世を優先することではありません。神様以上にこの世を愛してはならないと、イエス様は言われました。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:33)

神の子とされた者、クリスチャンは、その優先順位を神の価値観に従って、選択すべきです。誰も二人の主人に仕えることはできないからです。神とこの世に同時に仕えることはできません。その優先順位において神よりもこの世を優先するなら、それは神に背を向けてしまうことになります。その悪があなたを懲らしめ、その背信があなたを責めることになるのです。

皆さん、私たちが歴史から学ぶことは何でしょうか。それはたった一つのことです。それは、人類は歴史から何も学ばないということです。本来、彼らは学ぶべきでした。彼らと同じことをすれば自分たちはどうなるのかということを。自分たちもそうなるということ。しかし、彼らは何も学びませんでした。そして同じように痛い目に遭ってしまったのです。どんな人でも最初の一歩を間違えると、どんどん神から離れていってしまいます。しかし、信仰によって小さな一歩を踏み出すと、その人の人生は神によって祝福されたものへと導かれます。

1969年7月16日、アメリカの有人ロケット「アポロ11号」が月に着陸して、初めて人間が月を歩いた時、ニール・アームストロング船長はこのように言いました。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」

それはあなたにとって小さな一歩かもしれません。しかし、それはあなたの人生にとって偉大な一歩となるのです。その信仰の一歩を踏み出そうではありませんか。

Ⅲ.だから、知り、見極めよ(19b)

では、どうすればよいのでしょうか。最後に19節の後半を見て終わりたいと思います。「だから、知り、見極めよ。あなたがあなたの神、主を捨てて、わたしを恐れないのは、いかに苦いことかを。-万軍の主のことば。」

この箇所のまとめです。私たちにとって必要なのは、このことを知り、見極めることです。アッシリヤやバビロンの奴隷になるという悲惨さの原因は、指導者の政策が悪いからではありません。それは神を捨て、神を恐れないことです。これが最も根本的な原因なのです。悲惨の原因が自らの罪であることを知らないことが最大の悲惨でありますこのことを知り、見極めるようにと、エレミヤは教えているのです。あなたはこのことを知り、見極めているでしょうか。

昨年からサムエル記を通してダビデの生涯を学んでいますが、ダビデはこのことを知り、見極めていました。主が彼を、すべての敵の手、特にサウルの手から救い出された日に、彼は主に向かってこのように歌いました。「私は苦しみの中で主を呼び求め、わが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、私の叫びは御耳に届いた。」(Ⅱサムエル記22:7)ダビではいつも苦しみの中で主を呼び求めました。すると主は彼の声を聞かれ、彼は助だされたのです。

私たちの人生に何が起こるか、だれも予測することはできません。突然、病気や事故や災いに襲われることがあります。まさに人生という舞台に、大きな穴がポッカリと開くような出来事に遭遇することがあるのです。そんなときに、ある人は穴を見て絶望し、運命を呪い、悲しみに暮れます。またある人は、穴を見ないふりをして、現実から逃避しようとします。しかしダビデは、その穴から神を見ました。神を見て、神に信頼し、神に叫んだのです。そして、その穴から救われるという経験をしたのです。すなわち、その穴から、穴が開かなければ、決して見ることがない新しい世界をしっかり見つめたのです。なぜなら、彼はいつも、主を恐れ、主に信頼していたからです。

彼は、詩篇16篇で次のように告白しています。「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。」(詩篇16:8)すばらしいですね。これを、今年の教会の目標聖句にしたいと考えています。「私の前に主を置く」とは、いつも主の助けと導きを仰ぐことです。これによってダビデは、「揺るぐことはない」と告白することができました。彼はサウル王に追われて流浪の生活をしていた時は、生命を繋ぐだけでも大変でした。また、その後イスラエル王となってからも、家庭問題で大いに悩まされました。しかし、こうした人生のトラブルの中にあっても、彼の心の深い所には神様との強い絆がありました。だから彼は揺るがされなかったのです。それは、彼がいつも主に信頼し、主を前に置いていたからです。

17世紀に、フランスの修道院において台所の奉仕で一生涯を終えたブラサー・ローレンスという人がいますが、彼は「神の臨在の実践」(The Practice of the Presence of God)の中でこう言っています。「仕事の時は、私にとって祈りの時とさして変わらない。台所でガチャガチャした騒音に埋もれ、色々な人々が同時に別々なことで私を呼んでいる時でさえ、私は聖餐式の時に跪いているかのような大いなる静けさの中に住み給う神を持っている」

彼は、それが仕事の時であろうと、祈りの時であろうと、いつも神の臨在の中にいるようでした。それは彼が大切にしていたのは、そうした事柄の背後にある動機であったからです。つまり、いつも自分の前に主を置いているかどうか、そして、何をするにしても、その主への愛に対する応答であるかどうかということです。

彼はダビデのように、いつも自分の前に主を置いていたのです。

新しく迎えたこの2022年、さまざまな計画があり、活動があることでしょうが、それらの活動に勝って、私たちが知り、見極めなければならないことは、主を恐れ、主に信頼し、心を尽くして主を求めることです。ダビデのように「私の前に主を置く」という心の営みを一人一人のものにさせていただこうではありませんか。

伝道者の書7章15~29節「キリストにあって歩みなさい」

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主の2021年、明けましておめでとうございます。この新しい年、皆さんはどのような御言葉が与えられたでしょうか。私は詩篇92:13の御言葉が与えられました。「彼らは、主の家に植えられ、私たちの神のおお庭で花を咲かせます。」悪者は青草のように萌え出でますが、主を愛する者は、主の家に植えられ、神の大庭で花を咲かせます。この新しい年も、主の大庭、主の幕屋の庭で花を咲かせる年になりたいと思います。

 

さて、この朝私たちに与えられている御言葉は、伝道者の書7章15節からの御言葉です。伝道者は7章前半のところには、何が人のために良いことなのかを、知恵のある者と愚かな者の対比を通して学びました。その中心は何かというと、13節にあるように「神のみわざに目を留めよ」ということでした。神が曲げたものをだれもまっすぐにすることはできません。すなわち、神の成されたことをだれも変更することはできないのですから、それをありのままに受け入れ、それが神の最善と信じて前進するのがベストです。どのように受け入れれば良いのでしょうか?14節にあるように、「順境の日には幸いを味わい、逆境の日にはよく考えよ」ということでしたね。なぜなら、「順境日も」も「逆境の日」も共に神がお与えになられたものだからです。これもあれも、神のなさることなのです。ですから、そのすべてが神の主権によって成されていることを覚え、その神にすべてをゆだねることが求められているのです。今回はその続きとなります。

 

Ⅰ.正しすぎてはならない、悪すぎてはいけない(15-20)

 

まず、15~20節までをご覧ください。「私はこの空しい人生において、すべてのことを見てきた。正しい人が正しいのに滅び、悪しき者が悪を行う中で長生きすることがある。あなたは正しすぎてはならない。自分を知恵のありすぎる者としてはならない。なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか。あなたは悪すぎてはいけない。愚かであってはいけない。時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。一つをつかみ、もう一つを手放さないのがよい。神を恐れる者は、この両方を持って出て行く。知恵は町の十人の権力者よりも、知恵のある者を力づける。この地上に、正しい人は一人もいない。善を行い、罪に陥ることのない人は。」

 

非常に含蓄のある言葉ではないでしょうか。この新年礼拝にふさわしい御言葉だと思います。15節の「すべてのことを見てきた」とは、人生におけるすべてのことです。その中には考えられないようなこと、信じられないようなこともあります。何とも理不尽だなぁ思えるようなことも含まれています。たとえば、その後にあるように「正しい人が正しいのに滅び、悪しき者が悪を行う中で長生きすることがある。」というようなことです。私たちもこのような現実に直面することがあるのではないでしょうか。そして、その度に、イエス様を信じ、神様に信頼して歩むことにいったいどんな意味があるのだろうかと考えさせられるわけです。中には、そのような不条理を経験する中で、「聖書はもういらない」と信仰から離れてしまう人もいます。しかし、そのような現実の中にあっても、神を恐れて生きることを学ばなければなりません。

 

伝道者ソロモンは、その理由を次のように語るのです。16~18節です。「あなたは正しすぎてはならない。自分を知恵のありすぎる者としてはならない。なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか。あなたは悪すぎてはいけない。愚かであってはいけない。時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。一つをつかみ、もう一つを手放さないのがよい。神を恐れる者は、この両方を持って出て行く。」

 

どういうことでしょうか。正しい人が正しいのに滅び、逆に、悪しき者が悪を行う中で長生きすることがありますが、これもあれも、神がなさることなのです。私たちにはわからないことがあります。そうかといって正しい人であることが問題なのではありません。たとえ、正しい人が滅びていくかのように見えても、正しい人であること、イエス様を信じて義と認めていただくことは、神に受け入れていただく唯一の道であることに変わりはありません。問題は、自分で義と認めてもらおうとあくせくすることです。ですからここには「あなたは正しすぎてはならない。自分を知恵のありすぎる者としてはならない。」とあるのです。そうかと言って、悪すぎればいいのかというとそうでもありません。正しすぎるのはよくありませんが、悪すぎてもいけないのです。なぜなら、自分を滅ぼしてしまうことになるからです。

 

それが18節で言っていることです。「一つをつかみ、もう一つを手放さないのがよい。神を恐れる者は、この両方を持って出て行く。」この「一つをつかみ」とは、正しすぎることであり、知恵ありすぎることです。そして「もう一つを手放さないのがよい」の「もう一つ」とは、悪すぎることであり、愚かであることです。どちらも手放さないで、両方持っているのが良いのです。つまり、神に信頼し、すべてを神にゆだね、神がなさることを受け入れて、神に感謝して生きることです。それが神を恐れて生きる人なのです。

 

20節にその理由が述べられています。「この地上に、正しい人は一人もいない。善を行い、罪に陥ることのない人は。」この地上には正しい人など一人もいないからです。それなのに、自分を正しい者とするなら、あの律法学者やパリサイ人たちのように、人をさばいてしまうことになります。彼らは自分たちには神の律法が与えられているので、優れた者、正しい者だと思い込んでいました。その結果、そうでない人たちをさばいていたのです。そのようなことが私たちにもあります。私たちももし自分を正しい者とするなら、同じ誤りに陥ってしまいます。それは最初の人アダムの罪そのものです。彼の問題は何だったのでしょうか。それは自分を善悪の基準としたことです。神ではなく自分を基準にしました。その結果、神から「あなたは、食べてはならない、とわたしが命じた木から食べたのか」と問われたとき、「私のそばにいるようにとあなたが与えてくださったこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」と答えたのです。あろうことか、神と妻のエバとを非難したのです(創世記3:11,12)。

 

残念ながら、今も「あなたのせいで・・・」と罵り(ののしり)合う夫婦喧嘩がどれほどあるでしょう。問題は、正しすぎることです。「私は正しい。悪いのはあなただ」と徹底的に主張するなら、結婚関係は破綻してしまいます。それはすべての人間関係、また国と国との関係にも当てはまることです。そのようにして自分を滅ぼすことになってしまうのです。

 

また、「知恵がありすぎる」のも問題です。そこには大きな落とし穴があります。ソロモン王はこの世の誰よりも知恵がありましたが、多くの妻を持つことで妻たちの偶像崇拝に陥り、神からの警告にも耳を傾けなくなってしまいました。自分こそ知者だと思う人は、神にも人にも聞くことができなくなります。ですから、「正しすぎる」ことも「知恵がありすぎる」ことも、神と人のありがたさを忘れさせるきっかけになってしまい、人を滅ぼしてしまうことになります。

 

そうかといって、悪すぎるのもよくありません。ここには、「あなたは悪すぎてはいけない。愚かであってはいけない。」とあります。これは、悪すぎなければ多少の悪は赦されるということではありません。これは、悪や愚かさであることを開き直ることは危険であるという意味です。「どうせ、私は・・なんだから」と開き直るなら、自分を滅ぼしてしまうことになります。また、「神のかたち」に造られたすべての人には良心があり悪いことをしたら心が痛みますが、悪いことをし過ぎると、それさえも感じなくなってしまいます。その結果、生ける屍のような状態になってしまうわけです。

 

では、どうしたらいいのでしょうか。Ⅰヨハネ2:1をご覧ください。ここに解決があります。「私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。しかし、もしだれかが罪を犯したら、私たちには、御父の前でとりなしてくださる方、義なるイエス・キリストがおられます。」

私たちはキリストによって罪が贖われ、神の前に義人とされました。しかし、私たちが罪を犯さずに生きることは不可能です。作家の三浦綾子さんは、その著「孤独のとなり」の中で「わたしたち人間は罪を犯さずには生きていけない存在だということである」と言っておられますが、罪を犯さずに生きていくことなどできないのです。…正しく歩もうとすればするほど、自分の愛のなさ、内側の醜さに心を痛めずにはいられません。しかし、私たちには、御父の前でとりなしてくださる方がおられます。その方は義なるイエス・キリストです。ですから、あなたが罪を犯したなら、その罪を悔い改めて、神に立ち返り、キリストにとどまることです。そうすれば、あなたの罪は赦されるのです。

18節に「一つをつかみ、もう一つを手放さないのがよい。」とあるのは、このことです。つまり、正し過ぎるのではなく、かといって悪すぎるのでもなく、謙虚になって自分の罪を認め、神の恵みとイエス様のとりなしに生きることこと、これが神の知恵であるということです。神を恐れる者は、この両方を持って出て行くのです。

 

あるとき、一人の若いクリスチャンの女性が、自分の弱さを率直に認めながら、真心から「私はイエス様なしには生きてゆけない・・」と言っているのを聞いたことがありますが、その謙遜な姿にとても感動したのを覚えています。自分を義とするのではなく、神の義、イエス・キリストの義に生きること、それが神の知恵なのです。

 

19節をご覧ください。「知恵は町の十人の権力者よりも、知恵のある者を力づける。」この知恵は、十人の権力者よりも、知恵ある者を力づけます。もっと力があるという意味です。なぜでしょうか?この地上に罪を犯さない人などひとりもいないからです。義人はいない。一人もいない。みんな罪を犯さずには生きていくことができません。そのような日々の歩みの中で私たちを真に力づけるのはこの神の知恵なのです。

 

Ⅱ.人の語ることばをいちいち心を留めてはならない(21-22)

 

次に、21~22節をご覧ください。ここにもう一つの知恵が語られています。「また、人の語ることばをいちいち心に留めてはならない。しもべがあなたをののしるのを聞かないようにするために。あなた自身が他人を何度もののしったことを、あなたの心は知っているのだから。」

人の語ることばをいちいち心に留めてはなりません。そうでないと、つまらないことに気が奪われてしまうことになります。それを気にしてどれだけ多くの人々が心を痛めていることでしょうか。ネットの書き込みで自殺する人も跡を断ちません。しかし、悪意ある者のことばは気まぐれです。そんなことばにいちいち躓き、心をかき乱されるのも馬鹿馬鹿しいことです。イギリスの有名な牧師チャールズ・スポルジョンはこう言いました。「人の舌を止めることはできない。だったら、自分の耳を閉じて、話されたことを気にしないことである」と。
22節には、どうして人の語ることばをいちいち心に留めてはならないのか、その理由が書かれてあります。それは「あなた自身が他人を何度もののったことを、あなたの心は知っているのだから。」です。なるほど、考えてみると、自分自身もよく人の悪口を言ってしまいます。自分も他人をののしるのだから、他人もあなたをののしるのは当然じゃないかというのです。自分は人から批判されたり、非難されたりするのが嫌なのに、自分は平気で人の悪口を言ってしまう。これが人間の性です。

 

大川従道先生が、ご自身の説教集「風は己が好む所に吹く」という本の中で、聖霊がご自身の教会を好んでいない、ということを感じた時があったと言っておられます。それは、先生がよく信徒を裁いていたことが原因でした。少し長いですが、その部分を引用させていただきます。

「私は鈴木健二さんの気くばりの本が出る前から、「気くばり牧師」と言われていました。日曜日、朝から晩まで私は気を配っていたのです。絶対に人から後ろ指さされないように気をつかっていたのです。老人には優しくし、青年にも仕え、人間的な努力で、電話の取り方、言葉づかい、カウンセリング、あらゆることに配慮していました。

日曜日の夜は疲れきり、コカコーラとスルメを買ってきて、妻を相手に信徒の悪口を言うのが楽しみでした。若い牧師が一生懸命頑張っているのだから、日曜日の夜くらい信徒の悪口を言わせてもらわなければ、と思っていたのです。

「あの役員は言うことは言うけれど金は出さないね。いつになったら給料上がるかね」

「婦人会の彼女はしゃべること喋ること。ありゃ、口から生まれてきたのかね」

「今の若者はしつけがなってないねえ。親の顔が見たい」信徒を裁くと溜飲(りゅういん)が下がり、「スカッとさわやかコカコーラ」でした。そして、また月曜日からさわやかに伝道する、というのを繰り返していました。

その点を、私は主から厳しく指摘されました。

・・・

しかし、私は神様から言われました。

「何を言うか。お前に必要だから、この人をここに置くのだ」

・・・

私は主の御前に涙を流しながら、「イエス様、ごめんなさい。あなたの愛する信徒を裁いていました。あなたが置いてくださったのに、「あいつの根性が悪い」などと思っておりました。赦してください!」

気持ちが変わらないうちに、次の日曜日にこんな説教をしました。

「愛する皆さん、私に御言葉が与えられました。この御言葉通りに生きれば絶対に祝福されると思います。それは、「風は己が好む所に吹く」という御言葉です。聖霊様は人格を持っておられて、人を裁くことがお嫌いです。それを示されました。皆さんの中にはお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんけれど、私はけっこう皆さんを裁いておりました」

うなずいている人がいました。

「私はそれがいけないことだと分かりましたから、もう、どんなことがあっても皆さんを裁かない牧師になります。どうか私を赦してください。ところで、皆さんも、事によると、私を裁いていたでしょう」

またうなずいている人がいました。

・・・

それから教会に人が増え始め、試練もありましたが、ものすごく祝福され、教会堂も建てられました。大川先生いわく、祝福の原点は何でしょう。「裁き合わない」ことです。神様がくださった人生を裁き合わないことです。そうすれば、聖霊様は喜んでくださり、私たちの人生を祝福してくださいます。

 

私たちも他人を何度ののしったことでしょう。だから、他人があなたをののしるのは当然なことなのです。でもそのようなことにいちいち心を留めてはなりません。そうでないと、つまらないことに気を遣わなければならなくなるからです。むしろ、私たちは人をののしるのではなく神の愛で人を評価し、その人の良さを見つけ、その人のためにとりなしの祈りをささげていくべきです。そのように人を否定的な眼ではなく、肯定的な眼で見るなら、あなたもそのように観られるようになるでしょう。人の悪口、陰口は、自分に返ってくるものです。

 

米国の伝道者スタンレー・ジョーンズが、ある国の有力な将軍と話をしていたときのことです。この将軍は密かに女を囲っていました。

彼はしきりに、他のクリスチャンの悪口を言い出しました。ジョーンズは、このような状態の人のことをよく知っていました。

「悪意の背後には、自分自身の堕落を隠そうとする動機があるということ」を。

そこでジョーンズは、将軍の語る批判の言葉をさえぎって言いました。

「将軍、ペテロがヨハネについて『主よ、この人はどうですか』とイエスに尋ねたとき、主はこう言われました。『それがあなたと、何のかかわりがありますか。あなたはわたしに従ってきなさい。』(ヨハネ21:22)」

すると将軍は素直に、「どうも負けました」と自分の非を認めました。

 

大切なのは、他の人があなたのことを何と言っているかということではなく、主があなたに何と言っておられるかということであり、主に従っていくことです。

 

Ⅲ.キリストにあって歩みなさい(23-29)

 

最後に、23~29節をご覧ください。まず、23~25節までをお読みします。「私は、これらの一切を知恵によって試みた。私は言った。「私は知恵のある者になりたい」と。しかし、それは私には遠く及ばないことだった。今までにあったことは、遠く、とても深い。だれがそれを見極めることができるだろうか。私は心を転じて、知恵と道理を学び、探り出し、探し求めた。愚かさの悪と、狂気の愚かさを知ろうとした。」

伝道者は、人生におけるすべてのことを見極めるために知恵を得ようと決心しましたが、それは無理なことでした。知恵は遠いかなたにあって、だれもそれを見出すことはできないからです。そこで、彼は知恵と物事の道理を追及し、捜し求めました。すると、そこにあったのは人間の悪行と狂気の愚かさばかりでした。

 

その一つが26節にあることです。「私は、女が死よりも苦々しいことに気がついた。女は罠であり、その心は網、その手は、かせである。神に良しとされる者は女から逃れるが、罪に陥る者は女に捕らえられる。」

ここをちょっと見ると、女性の皆さんは憤慨してしまうかもしれませんね。でもこれは女性を蔑視したり、差別しているのではなく、私たちが陥りやすい罠について警告しているのです。それが「女」であり、「男」であるということです。つまり「異性」です。この「女」という言葉ですが、これは「娼婦」のことを指しています。伝道者は、こうした娼婦が死より苦々しいということを実感したのです。ソロモンには千人もそばめがいましたから、それがどれほど男を捕らえる罠であり、網であり、手かせであるのかを実感していたのでしょう。

 

しばらく前に、NHKBSプレミアムで「洞窟おじさん」というスペシャルドラマを放映しました。これは、親の虐待から逃れ13歳で家出をした少年が、43年間も洞窟で生活したという実話です。山奥の洞窟で一体どうやって43年間も1人で生活することができたのでしょうか。この少年はヘビや木の実で食いつなぎながら、やがて山の幸を売って大金を稼ぐ知恵を身につけていくのです。その中に自力でイノシシを狩るシーンが出て来るのですが、どうやって狩るのかというと罠を使ってです。土を深く掘りそこに竹を槍の形に鋭く切ったものを並べ、その上にうっすらと土をかぶせて元のように見せかけるのです。そして、イノシシの前に自分の姿を現して襲わせるのです。逃げるふりをした少年はその罠のそばを駆け抜け、イノシシがその罠に落ちるようにするのです。自分が落ちたら大変ですが、そうやってイノシシを捕まえて食いつないだのです。まさに女は罠であり、その心は網、その手は、かせです。神に喜ばれる者は女の罠から逃れますが、罪に陥る者は女に捕らえられるのです。

 

27~28節をご覧ください。「伝道者は言う。見よ。私が道理を見出そうとして、一つ一つに当たり、見出したことは次のとおりである。私のたましいは、なおも探し求めたが、見出すことはなかった。私は千人のうちに、一人の男を見出したが、そのすべてのうちに、一人の女も見出さなかった。」

「道理」とは、物事の正しいすじみち。また、人として行うべき正しい道のことです。伝道者はこの道理を見いだそうと一つ一つ当たりましたが、何も見出すことができませんでした。彼が見出したのは、千人のうちで心の真実な人は、男はせいぜい一人ぐらいしかいないということ、女の人に至っては一人もいませんでした。なんだ、やっぱり女性蔑視ではないかと思われるかもしれませんが、それは今の私たちの感覚とはかけ離れています。というのは、聖書は男女が等しい価値感を持っていると教えているからです。いずれにせよ、人として行うべき正しい道を知っている人はほとんどいませんでした。

 

そこで伝道者はこういうのです。29節をご覧ください。これが伝道者の結論です。ご一緒に読みましょう。「私が見出した次のことだけに目を留めよ。神は人を真っ直ぐな者に造られたが、人は多くの理屈を探し求めたということだ。」

伝道者は、知恵の探求の結果、正しい結論に至りました。それは、神は人を真っ直ぐな者に造られたが、人は多くの理屈を探し求めたということです。どういうことでしょうか。神は人を真っ直ぐな者として創造されたが、人は勝手に向きを変え、罪の生活へと向かって行った、ということです。「真っ直ぐな者に造られた」とは、正しい者に造られたという意味です。それは神のかたちに造られたということです。神を愛し、神と交わり、神の栄光を現す者として私たち人間を造られたのに、人は、本来造られた目的から離れて自分勝手な道に向かってしまいました。

 

これこそが、人間の本当の問題です。私たちの根本的な問題は神から離れてしまったことです。聖書ではこれを罪と言っています。「罪」とはギリシャ語で「ハマルティア」と言いますが、それは「的外れ」を意味します。本来なら神という的に向かって矢が放たれなければならないものを、その的を外してしまいました。それが「罪」です。その本質は「自分中心」です。神中心ではなく自分中心であること、それが罪です。罪を英語で書くと「SIN」と書きますが、真中にあるのは何でしょうか?「I」、「私」です。これが罪の本質なのです。

 

ですから、もし私たちが本当に満たされたいと願うなら、この罪を解決し、再び元々の状態、真っ直ぐな者に造り変えていただかなければなりません。神のかたちに再創造していただく必要があるのです。どうしたら新しく造り変えていただくことができるのでしょうか。Ⅱコリント5:17にこう約束されてあります。「ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

だれでも、キリストにあるなら、その人は新しく造られた者です。罪という古い性質が過ぎ去って、すべてが新しくされます。もしあなたが人生に答えを見出したいなら、満ち足りた人生を送りたいと願っているなら、キリストにあって神が造られた元の状態に造り変えられなければならないのです。

 

それは自力ではできません。ソロモンもそうでした。彼も自分の力で何とかしようとしましたができませんでした。日の下でどんなに労苦しても、「空の空。すべては空。」なのです。しかし、ここにソロモンよりも偉大な方がおられます。私たちを「真っ直ぐな者」、「正しい者」に造り変えてくださる方がおられるのです。それはイエス・キリストです。だれでも、キリストのうちにあるなら、新しく造り変えられます。それは完全無欠な人間に変えられるということではありません。神の目には、イエス・キリストのうちにいる者とされるということです。私たちはイエス・キリストのうちにいなければただの罪人にすぎません。しかし、イエス・キリストのうちにいるなら、私たちの罪が覆われるのです。キリストという義の衣を着せられるからです。イエス・キリストの義の衣を着て、神に再び受け入れられた者となり、本来の姿に造り変えられるのです。それ以外にいかなる理屈を探しても答えは見つかりません。唯一の答えは、イエス・キリストにあります。コロサイ2:3に「このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています。」とありますが、このキリストに知恵と知識の宝がすべて隠されているからです。

 

あなたはどこに知恵を求めていますか。神の知恵はこの方、イエス・キリストにあります。ですから、このキリストを求め、キリストによって新しく造り変えられ、キリストの知恵に生きる者とさせていただきたいと思います。これが私たちの教会の今年の目標です。「キリストにあって歩む」。「このように、あなたがたは主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストにあって歩みなさい。」(コロサイ2:6)

このキリストにあって歩むお一人お一人の上に、神の知恵と知識が豊かに満ち溢れますようにお祈りします。

伝道者の書7章1~14節「知恵ある者と愚かな者」

伝道者の書7章に入ります。伝道者ソロモンは、6章の終わりで、何が人のために良いことなのかを、誰も告げることはできない、と言いました。しかし、この7章では、何が人にとって良いことなのかについて、よいものと、よりよいもの、知恵ある者と愚かな者の対比を用いて語っています。

 

Ⅰ.死ぬ日は生まれる日にまさる(1-4)

 

まず、1~4節までをご覧ください。1節には、「名声は良い香油にまさり、死ぬ日は生まれる日にまさる。」とあります。名声とは、その人の性質であり、評判のことです。また、良い香油とは、高価な香油のことです。つまり、よい評判を得ることは、高価な香油を持つよりもまさっているということです。リビングバイブルでは、「良い評判は、最高級の香水より値打があります。」と訳しています。では良い評判とはどのような評判なのでしょうか。

 

1節の後半を見てください。ここには、「死ぬ日は生まれた日にまさる。」とあります。ギョッとするような言葉です。私たちは普通命が誕生した時ほど喜ばしい日はないと思っています。ですから、その人の誕生日を記念してHappy Birthday!と祝福するわけですが、ここでは、その生まれた日よりも死ぬ日のほうがまさっているというのです。どういうことでしょうか。「死ぬ日は生まれる日にまさる」とは、生きるよりも死ぬ方が良いという意味ではありません。むしろ、私たちの人生は死によって終わるということをきちんと受け止めることが重要であるということです。ですから、良い評判を得る人とは、人生には終わりがあるということをきちんと認識し、死について真剣に考える人のことなのです。私たちはどちらかというと名声よりも良い香油を求めてしまいます。すなわち、裕福で何不自由のない生活、社会的な地位を得ること、あるいは、教会の奉仕に勤しむことなどです。それらのことが悪いと言っているのではありません。それよりももっと良いものがあると言っているのです。それは何か、それは名声です。良い評判です。あなたの中身の方が大切なのです。あなたが死について真剣に考え、それに備えた生き方をすることの方がずっとまさっているのです。

 

それは、2節を見てもわかります。2節には、「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。」とあります。祝宴に行くよりも、葬式に行くほうがよい、というのです。なぜでしょうか?「そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるから」です。これは、決して結婚披露宴などどうでも良いということではありません。結婚披露宴も良いものです。イエス様もカナの婚礼で水をぶどう酒に変えるという最初の奇跡を行い、その結婚式を祝福されました。しかし、それよりもよいのは、喪中の家に行くことです。なぜなら、死について深く考えさせられるからです。人生の終わりが死であることを意識する人は、日々の生活を律し、有意義な地上生涯を送るようになるからです。

 

私は、いろいろな式に関わることがありますが、正直、お葬式の時が一番考えさせられます。実際、多くの人が聖書の話に真剣に耳を傾け、人生観とか、死生観について考えるのではないでしょうか。その一方で祝宴となると、どんなに聖書の話をしても、ほとんどの人が耳を貸そうとしません。もう冗談を言ったり、茶化したり、受け流したりするわけです。しかし、お葬式になると他人事のように話を聞くということがほとんどありません。死という現実が目の前に突きつけられて、真剣に考えざるを得ないのです。だから、祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよいのです。

 

3節をご覧ください。「悲しみは笑いにまさる。顔が曇ると心は良くなる。」どういうことでしょうか。尾山令仁先生が訳された創造主訳聖書では、「悲しみは笑いに勝る。悲しみによって、心は良くなる。」と訳されています。つまり、人は悲しみを体験することによって人生の意味について深く考えるようになるということです。そして、生きていることのありがたさを思うようになるということです。

 

イエス様は山上の説教の中でこのように言われました。「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。」(マタイ5:3-4)

これは、イエス様が教えられた「至福の教え」です。「至福の教え」といっても、自分の腹を肥やす「私服の教え」ではありません。どのような人が幸いな人なのかという意味の至福の教えです。イエス様はこの中で8つの事を教えておられますが、その一部がこれです。それは、心の貧しい者であり、悲しむ者です。この貧しさとか、悲しみというのは単に物質的な貧しさとか、感情的な悲しみのことではなく霊的な貧しさ、霊的な悲しみのことです。一般に人はこうし貧しさや悲しみを避けようとする傾向がありますが、こうした貧しさや悲しみを体験することによって、人生の意味を考えるようになり、たましいの救いを求めるようになります。また、神を信じる者にとっては、そうした悲しみや苦難の中に神の目的と意味を見出すきっかけとなります。ですから、詩篇の作者は、このように言っています。「苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。それにより、私はあなたのみおしえを喜んでいます。」(詩篇119:71)

 

アメリカの主婦の方で、メアリー・ネメック・ドーレマスという方がおられますが、彼女はウイルスに冒されてからだが麻痺し、全身が機能不全に陥りました。

彼女は、車いすの生活をしながら、日中は30分おきに薬を飲み、夜間も数回飲むことによって、かろうじて全身麻痺から守られています。しかし、私はいったいどうしてこんな目にあうのかを、神さまに尋ねることはしませんでした。むしろ私は、いつもこういうふうに祈りました。

「神様、私に何をお望みなのでしょうか。私はどこへ行くことになっているのでしょうか。」と。

人生には目的があり、しかるべき時にそれが示されることを知りました。私は理由を知りたいという気持ちを放棄しましたが、この態度は自分にとってとても健康的なことでした。

彼女は、こうした苦しみの中で、その神との関係が深められ、信仰が強められていったのです。まさに、苦しみにあったことはわたしにとって幸せでした。それにより、神のみおしえを学ぶからです。

 

それに対して、笑いは一時的なものであり、単に時間を浪費するだけの結果で終わってしまいます。 6節には「愚かな者の笑いは、鍋の下の茨がはじける音のよう。」とあります。

皆さん、茨を燃やしたことがありますか。茨を燃やすとすぐによく燃えますが、残念なことにすぐに燃え尽きてしまいます。ですから、たとえ鍋の下に置いてもパチパチとはじけるだけで、大した火力とはならないのです。愚か者の笑いも同じです。その時だけです。その時は一時的に元気になったかのように感じてもすぐに元に戻ってしまいます。それは空しいことです。すべての笑いがそうだと言うわけではありませんが、愚か者の笑いはそうなのです。そんな笑いを求めてあくせくするよりも、人生で経験する様々な悲しみ、苦しみから学ぶことのほうがどれほどよいでしょう。

 

4節をご覧ください。「知恵のある者の心は喪中の家にあり、愚かな者の心は楽しみの家にある。」

これは2節でも言われてきたことと同じことです。知恵ある者の心は喪中に向きます。なぜなら、彼の人生観は、死を前提として築き上げられているからです。しかし、愚か者の心はそうではありません。死の現実を直視することができないので、楽しい家にしか心が向きません。人生の空しさや虚無感に浸っているよりも、おもしろおかしく生きたほうがましだと思っているからです。そんなことを考えても暗くなるばかりだし、どうせ考えても答えなんか出ないのだから、だったらおもしろおかしくい生きればいいんじゃないかというのです。でも聖書は、こういう人は愚かな人だと言っています。

 

あなたの心はどこに向いていますか。神の人モーセはこう祈りました。「どうか教えてください。自分の日を正しく数えることを。そうして私たちに、知恵の心を得させてください。」(詩篇90:12)

喪中の家に行くとは、人生には限りがあるということを悟り、その限られている時間の中で、神様から知恵をいただき、また導いていただいて、与えられている一日一日を、一瞬一瞬を大切に生きていくことにほかなりません。祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。このことを心に留めて、自分の日を正しく数え、知恵の心を得させていただきたいものです。

 

Ⅱ.忍耐は、うぬぼれにまさる(5-12)

 

次に、5~12節までをご覧ください。5節をお読みします。「知恵のある者の叱責を聞くのは、愚かな者の歌を聞くのにまさる。」

知恵のある者の叱責とは、建設的な批判や助言のことです。そのような声に耳を傾けるなら、その人はより成長し栄誉を得ることになります。しかし、それとは逆に、愚かな者の歌をいくら聞いても何も残るものありません。この愚か者の歌とは何を指しているのかわかりません。ある人は、これは酔っ払いの歌ではないかという人がいますが、それが酔っ払いの歌とようよりも、「知恵の初め」である神様抜きの、人間中心の歌と理解するのが良いと思います。そのような歌は何の益ももたらしません。

 

7節をご覧ください。「虐げは知恵のある者を狂わせ、賄賂は心を滅ぼす。」どういうことでしょうか。虐げとは、虐待とか辛い出来事のことです。こういうものがあると知恵のある者を狂わせてしまいます。つまり、判断力を失い、愚かにふるまうようになってしまうということです。知恵のある者を狂わせてしまうもう一つのものは、賄賂です。賄賂は人の心を狂わせます。リビングバイブルでは、「わいろは人の判断力を麻痺させる」と訳しています。正しい判断ができなくなってしまうのです。ではどうしたらいいのでしょうか。最初から賄賂を受け取らないことです。政治の世界では贈賄事件があとを断ちません。それは必ず明るみに出ます。ですから、一番良いのは最初からそれを拒否することです。それがまことの知恵なのです。

 

8節をご覧ください。「事の終わりは、その始まりにまさり、忍耐は、うぬぼれにまさる。」「事の終わりは、その始まりにまさり」とは、1節から4節で語られてきたことに通じるところがあります。つまり、事の結果を見るまでは軽はずみに物事の判断をすべきではないということです。人生の終わりとは何ですか。それは死です。その死の結果を見るまでは、その人の人生がどうであったのかを判断することはできません。たとえ生きている間にどれほど裕福であったとしても、真のいのちを損じたら何の意味もありません。イエス様はこのことを、畑が豊作であったあの金持ちのたとえで教えられました。彼は作物が豊作だったとき、自分のたましいにこう言いました。「どうしよう。作物をしまっておく場所がない。そうだ!倉を壊してもっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をすべてしまっておこう。そして、自分のたましいにこう言おう。「わがたましいよ、これから先何年分もためられた。さあ休め。食べて、飲んで、楽しめ。」(ルカ12:17-19)

しかし、神は彼にこう言われました。「愚か者、おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか」(ルカ12:20)

彼の問題はどこにあったのでしょうか。人のいのちが財産にあると思ったことです。けれども、そのいのちが取り去られるとしたら、いったいそこにどんな意味があるというのでしょうか。そのいのちの良し悪しは、事が終わってみないとわからないのです。この地上での生涯は苦労が絶えないものであっても、その生涯の中で救い主イエス・キリストと出会い、天の御国に引き上げられる終わりであるなら、その人の終わりは、その始まりにまさるのです。私は、そのような人を何人も見てきました。たとえその人の生涯がどんなに悲惨なものであったとしても、それが天につながる生き方であるなら、それこそ幸いな一生であったと言えるのではないでしょうか。

 

ですから、事の結果を見るまでは忍耐すべきで、軽々しく心を苛立たせてはなりません。あなたは心をイラってしていませんか。私たちはちょっとしたことですぐにイライラしてしまいます。それは愚か者の心に宿るものです。でも知恵のある者は違います。知恵のある者の心に宿るのは、忍耐です。「忍耐はうぬぼれにまさる。」とあります。忍耐して後悔することはありませんが、うぬぼれると、高ぶると破滅の一途をたどることになります。箴言16:18には、「高慢は破滅に先立ち、高ぶった霊は挫折に先立つ。」とあります。それは、罪の性質の一つなのです。私たちはうぬぼれではなく、忍耐を身につけましょう。軽々しく心を苛立たせるのではなく、イエス・キリストによって神との平和が与えられていることを感謝し、この平和が心を支配するように祈ろうではありませんか。

 

心が平和であるために必要なもう一つのことは何かというと、今に感謝し、今を大切に生きることです。10節をご覧ください。ここには、「「どうして、昔のほうが今より良かったのか」と言ってはならない。このような問いは、知恵によるのではない。」とあります。

「昔のほうがよかった」というのは、過去に生きている人の口癖です。昭和の古き良い時代を知っている人は、ついつい言ってしまいます。「昔のほうがよかった」と。しかし、それは過去に生き続けていることです。確かに、昭和の時代の方が良かったなあと思います。私は別に昭和の初期から生きているわけではありませんが、そのように感じることがよくあります。でも、それは知恵によるのではありません。愚問にすぎません。なぜなら、どんなに過去が良くても、私たちは今を生きなければならないからです。であれば、今がいかに困難な状況であっても、この今をどのように生きるかを考えることのほうがもっと重要なのです。もしこのように言うことがあるとしたら、何が問題なのでしょうか。どこに原因があるのでしょうか。それは終わりまで待つことができずイライラしてしまう心と、すぐにそのように判断してしまう思いです。だから伝道者は8節で、「事の終わりは、その始まりにまさり、忍耐は、うぬぼれにまさる」と言ったのです。私たちは「待てない」のです。すぐに結果を求めてしまいます。すぐに判断してしまうのです。そんな私たちに聖書は、「あわてない、あわてない。一休み、一休み」と問いかけているようです。事の終わりは、その始まりにまさり、忍耐は、うぬぼれにまるのですから。私たちはすぐに結果を求めるのではなく、事の終わりがどうなのかを見て判断しなければなりません。終わり良ければすべて良し、です。それまでは神の平安の中でじっと忍耐し、神に示されることをコツコツと行っていけばいいのです。大切なのは自分がどう思うのか、どう感じるのかではなく、永遠に変わらない神のことばである聖書が何と言っているのかであり、そのみことばに堅く立ち続けることです。

 

11節と12節をご覧ください。「資産を伴う知恵は良い。日を見る人に益となる。知恵の陰にいるのは、金銭の陰にいるようだ。知識の益は、知恵がその持ち主を生かすことにある。」

「資産を伴う知恵は良い」とはどういう意味でしょうか。新共同訳では、「知恵は遺産に劣らず良いもの。日の光を見る者の役に立つ。」と訳しています。創造主訳聖書では、「知恵は、相続財産のように価値がある。いやそれ以上に、人々に有益だ。」と訳しています。ここでは10節の「知恵によるのではない」にかけて、知恵をたたえているのです。それは遺産に劣らず価値があり、いや、それ以上に人々にとって有益であるということです。

 

なぜでしょうか。その理由が12節にあります。それは、金銭と同様に人を守ってくれるからです。「陰」というのはそういうことですね。金銭は、たとえば病気をしたり、災害にあったりした時にとても役に立ちます。そういう意味で守ってくれるわけです。「金銭の陰にいるようだ」というそういう意味です。それと同じように、知恵はその人を道徳的堕落から守ってくれます。いや、知恵はその持ち主を生かすという点でもってすぐれています。考えてみるとそうですよね。どんなに資産があっても、どんなに金銭があっても、それが人を生かすことにはなりません。むしろ、その人をダメにしてしまうことさえあります。しかし、そこに知恵が伴うことによってそうした資産や金銭が生かされるだけでなく、ひいてはその人自身を生かすことになります。そういう点で、知恵は金銭よりもさらにまさっていると言えるのです。

 

皆さん、私たちにはこの知恵が与えられています。コロサイ2:3には「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されています。」とあります。どこに知恵と知識の宝が隠されているのですか。「このキリストのうちに」です。神の恵みによってキリストを信じ、キリストのうちにある者とされた私たちは、この知恵と知識が与えられているのです。それは金よりも、純金よりも慕わしいものです。それなのにどうしてあなたは金がないと嘆くのでしょうか。私たちには金よりももっとすぐれた知恵と知識が与えられていることを覚え、日々感謝と喜びをもってキリストに聞き従う者でありたいと思うのです。

 

Ⅲ.順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ(13-14)

 

最後に、13節と14節を見て終わりたいと思います。「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできるだろうか。順境の日には幸いを味わい、逆境の日にはよく考えよ。これもあれも、神のなさること。後のことを人に分からせないためである。」

 

それゆえ、伝道者はこのように勧めるのです。「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできるだろうか。」神のみわざを、だれも変更することはできません。起こったことは受け入れ、それが神の最善と信じて前進するのです。それが知恵のある人です。

 

でも、私たちの人生には順境の日ばかりではなく、逆境の日もありますね。そういう時にはどうしたらよいのでしょうか。ここには、「順境の日には幸いを味わい、逆境の日には良く考えよ。」とあります。新改訳聖書第三版では、「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。」となっています。私はこちらの訳のほうが好きですね。順境の日には喜び、逆境の時には反省すればいいのです。なぜなら、「順境」も「逆境」も共に神がお与えになるからです。どうせなら「順境の日」ばかりだといいのですが、そういうわけにはいきません。私たちの人生には「順境の日」も、「逆境の日」もあります。どうして神様は順境の日ばかり与えてくれないのでしょうか。それは、もし順境の日ばかりなら、人は反省することを忘れて高慢になり、神をないがしろにするからです。逆に、逆境の日ばかりならば、人は喜びと希望を失い失意に沈み込んで、神を忘れてしまうでしょう。ですから神は、私たちの人生に順境の時と逆境の時をバランスよく与えてくださり、すべての主権が神にあることを教え、神に信頼することを求めておられるのです。

 

順境の日と逆境の日、あなたは今、どちらの日を迎えていますか。順境の日には喜び、逆境の日なら反省しましょう。それがどちらであっても、それも神のみわざであることを思い、神の主権を認め、神に信頼したいと思うのです。

 

過去の偉人たちも挫折を乗り越えて成功に導かれています。エイブラハム・リンカーンは小学校を中退し、若いときには、ピジネスのトラブルにより無職になります。恋人が病気で亡くなると鬱になり、州議会、上院、下院選挙に立候補するも計8回落選しました。しかし、最後に彼は大統領になりました。51歳の時です。

彼は、このような言葉を残しています。「転んでしまったことなど気にする必要はない。そこからどうやって立ち上がるかが大事なのだ。」まさに、逆境の日には反省せよ、ですね。彼がそのようにして立ち上がることができたのは、彼が神に信頼し、聖書を通して神の知恵に生きていたからです。

 

発明王として有名なトーマス・エジソンは、若いころ「生産性がなさすぎる」という理由で解雇されました。電球の発明のために失敗を繰り返しますが、「千回の失敗をしたのではなく、千回のステップを経て電球の発明ができた」と語ったそうです。

 

ウォルト・ディズニーといえば、今では知らない人はいません。しかし、彼は若いころ、新聞社を解雇されましたが、「彼は想像力に欠け、良い発想は全くなかった」と言われていました。彼は、ディズニーランドを建てる前に何度も倒産を経験しています。

 

偉人たちの生涯をみると、大きな働きをする人ほど、周りに理解されず辛い日々を過ごしていたように思います。しかし、周囲の評価に左右されない信念を持っていたことが分かります。

 

イスラエルには砂漠の花園と呼ばれる地域があります。普段は砂漠で全く何もないような所ですが、いったん雨が降ると、一週間後には一面の花園が出現します。雨が降らなければ、2年でも3年でも花を咲かせるために待機するのです。私たちの人生にも砂漠の時、逆境の時があります。けれども、時がくれば、必ずや神様が花を咲かせてくださいます。大切なのは、その逆境の時をどのように過ごすのかということです。順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。どんな日でも共にいてくださる神様に目を留め、神のみわざに期待しながら、神のみことばに学び、根を深く張っていきたいと思います。それが聖書の言う、知恵のある者の生き方なのです。

ルカ2章8~12節「すばらしい喜びのしらせ」

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主の年2020年のクリスマスを迎えました。おめでとうございます。聖書には、イエス・キリスト誕生という驚くべきニュースが最初に伝えられたのは、ユダヤの田舎のベツレヘムという町で、羊を飼っていた羊飼いたちのところでした。彼らが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていると、突然、主の使いが彼らのところに来て、こう告げたのです。

 

「御使いは彼らに言った。『恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。』」(ルカ2:10-12)

 

どうしてこれが喜びの知らせなのでしょうか。救い主が生まれたからといって、彼らの人生が劇的に変わるわけではありません。救い主が生まれようが生まれまいが、彼らは依然として羊飼いを続けていかなければなりません。いったいなぜこれが喜びの知らせなのでしょうか。 きょうは、その三つの理由を見ていきたいと思います。かなわち、第一に、キリストはダビデの町でお生まれになられたということ、第二に、キリストは飼い葉桶に寝かせられたということ、そして第三に、あなたの救い主としてお生まれになられたということです。

 

Ⅰ.ダビデの町で生まれた救い主(11)

 

まず、11節をご覧ください。ここには「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」とあります。

キリストは、どこで生まれのでしょうか。ダビデの町です。ダビデの町とは、ユダヤのベツレヘムという小さな町です。実は、旧約聖書においては、「ダビデの町」はいずれもエルサレムでした。Ⅱサムエル5:7には、「しかし、ダビデはシオンの要害を攻め取った。これが、ダビデの町である」とあります。「シオン」とは「エルサレム」のことです。ですから、ダビデの町というのはエルサレムのことなのです。それなのに、ここには「ベツレヘム」とあります。どうしてルカはベツレヘムをダビデの町と言ったのでしょうか。それは、このベツレヘムこそダビデが生まれた出身地であったからです。Ⅰサムエル記17:11をご覧ください。ここには「 さて、ダビデは、ユダのベツレヘム出身の、エッサイという名のエフラテ人の息子であった。」とあります。元々、ダビデとはダビデの出身地のベツレヘムでしたが、ダビデがエルサレムを攻め取ったとき、そこをイスラエルの政治的、宗教的な中心地としたことから、これをダビデの町と呼ぶことにしたのです。しかし、ルカはそうではなく、ベツレヘムであることを強調しました。なぜでしょうか。なぜなら、キリストが生まれるのはペレツへ無でなければならなかったからです。旧約聖書にそのように預言されていたました。ミカ書5:2を開いてください。ここには「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2)」とあります。

これは、キリストが生まれる約700年前に預言されたものですが、ここには、イスラエルの支配者となる者が、ベツレヘムから出ると預言されてありました。イスラエルの支配者とはイスラエルを治める者のことですが、それはユダ族のベツレヘムという小さな町から出ると言われていたのです。それはダビデの家系につながる方ですが、ダビデ王とは違いダビデの家系から将来出てくる支配者のことです。つまり、キリストはエルサレムではなくベツレヘムから生まれるという預言だったのです。それは、昔から、永遠の昔から定めでした。キリストはそのとおりにお生まれになられたのです。ということはどういうことかと申しますと、この方こそ間違いない救い主であるということです。

 

まさか偶然でしょう、と思われる方もいるかもしれません。しかしこれは偶然ではありません。もしこの預言だけが的中したというのなら、あるいは偶然だと言えるかもしれません。しかし、キリストに関する預言の成就はここだけでなく、聖書の至るところに見ることができます。たとえば、キリストの誕生に関して言うなら、皆さんもご存知のように処女から生まれると預言されていましたが、その通りになりました。イザヤ書7:14です。「それゆえ、主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」有名な「インマヌエル」預言です。この預言のとおりに、キリストは処女マリヤからお生まれになられました。

そればかりではありません。イザヤ書9:6~7には、この方がどのような方であるかも預言されてありました。「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」とあります。やがて来られるみどりごは、「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」です。その方はダビデ王のように王座に就きますが、ただの王座ではなくとこしえの王座です。その王座に就いて、王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支えるのです。だれがこんなことができるでしょう。だれもできません。しかし、神はおできになります。万軍の主の熱心がこれをするのです。その方はだれでしょう。そうです、神の子イエス・キリストです。

 

このように、キリストに関する預言は旧約聖書の中にたくさんあります。直接的な預言だけで少なくても300以上あります。間接的なものも含めると、実に400以上あります。そのすべての預言が成就したのは、この人類の歴史上、イエス・キリスト以外にはおられません。イエス・キリストこそ、永遠の昔から、神が定めておられた救い主なのです。これはすばらしい喜びの知らせではないでしょうか。

 

皆さんはあまり見たことがないと思いますが、1万円札の肖像となっている人物が誰だかわかりますか?そうです、福沢諭吉です。慶応義塾大学の創設者ですね。彼は、私たちが思っている以上に聖書の影響を受けていました。自分の子どもたちに、日々の教えという人生訓を書き残しましたが、そこには、天地万物を造られた神を敬うようにと書いていました。

それはともかく、彼が生まれたのは大阪にあった中津藩の蔵屋敷でした。彼の活躍を称えて、大阪の中津藩蔵屋敷があったところには福沢諭吉誕生の地という石碑が建っています。

偉大な生涯を歩んだ人の誕生を記念する、というのはよくありますが、約束通りに生まれたことを確認し、それを喜ぶためにお祝いするというようなことは聞いたことがありません。けれども、キリストは旧約聖書に約束された通りに生まれ、その通りの生涯を歩まれました。偉大な生涯を歩んだためにその人の誕生を記念する、というのではなく、約束通りに生まれたことを確認し、喜ぶためにお祝いするのがクリスマスなのです。

 

Ⅱ.飼い葉桶に寝ているみどりご(12)

 

第二のことは、キリストは飼い葉桶で生まれたということです。12節に、「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ておられるみどりごを見つけます。」とあります。飼い葉桶で生まれたことが、どうして大きな喜びなのでしょうか。

 

皆さんは、飼い葉桶という言葉を聞くと、家畜小屋に置かれた家畜のえさを入れる箱を思い浮かべるかと思いますが、当時の飼い葉桶は、桶といっても大きな石や岩に細い溝が掘られただけのものでした。そこに動物のエサになる藁が敷かれてあったのです。その上にキリストは寝かされました。また、飼い葉桶があったということは、そこが家畜小屋であったことを意味していますが、当時の家畜小屋も私たちが想像しているような木で作られた小屋ではなく、一般に洞穴を掘って作られただけのものでした。その中に家畜を入れていたのです。キリストが生まれたのはそのような所でした。それがどうして喜びなのでしょうか。最悪じゃないですか。皆さんに待望の赤ちゃんが生まれたら、そんなところに寝かせるでしょうか。だれでも暖かくて柔らかいベッドに寝かせたいと思うでしょう。それなのに、キリストは冷たくて堅い、しかも汚いベッドに寝かせられました。ベッドじゃありません。エサ置きですよ。キリストはそんなところで生まれてくださったのです。どうしてこれが喜びの知らせなのでしょうか。ここには、「それが、あなたがたのためのしるしです。」とあります。これは羊飼いたちにとってのしるしだったのです。どんなしるしだったのでしょうか。

 

第一に、それはだれでも、どんな人でもこの方の許に行くことができるというしるしです。もしイエス様が王宮のような所で生まれたなら、羊飼いたちは行くことかできなかったでしょう。そこに行くことができるのは本当に限られた人だけです。しかしイエス様は飼い葉桶に寝かせられました。ですから、社会的に最も低い職業であると思われていた羊飼いでも、行くことができました。どんなに汚れた人でも、どんなにみじめな人でも、どんなに貧しい人でも、どんなに孤独な人でも、どんなに問題を抱えている人でも行くことができたのです。

 

昨日は、スーパーキッズのクリスマスがありまして、「したきりすずめのクリスマス」を劇でやりました。そこには、欲張りなばあさんや人を殺した罪人をはじめ、自分は正しいと思っていたじいさんなど、いろいろな人物が登場するのですが、イエス様はそのすべての人の罪を負って十字架にかかり、死んでくださいました。だからこそ、すべての人の悩み、すべての人の苦しみ、すべての人のも問題を解決することができるのです。へブル2:10には「多くの子たちを栄光に導くために、彼らの救いの創始者(イエス様)を多くの苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の存在の目的であり、また原因でもある神に、ふさわしいことであったのです。」とあります。それはイエス様にふさわしいことでした。多くの子たちを栄光に導くために、キリストは多くの苦しみを通られたのです。もしキリストがこうした苦しみや痛みを通らなかったら、そのような人たちを十分理解することも、助けることもできなかったでしょう。けれども、キリストは飼い葉桶で生まれてくださいました。それは、そのような境遇の中いるすべての人々を助け、救うことができるためです。

 

キリストが飼い葉桶に寝かせられたことのしるしの第二は、そのことによってイエス様がどのようなお方であるのかを示していました。先ほど、当時の家畜小屋は天然の洞窟を掘って作られたものであると申し上げましたが、これらの洞穴にはもう一つの使い道がありました。何だと思いますか。そうです、お墓です。当時ユダヤ人は遺体を布に包んで天然の洞穴の中に安置しました。イエス様が葬られたのもこのようなお墓でした。ですから、その入口に大きな石が置かれてあったのです。そして、ここでは赤ん坊のイエス様が布に包まれて天然の洞穴に寝かされていました。それは当時の人々の目には墓場に置かれた遺体を連想させるものでした。どうしてこれが喜ばしい知らせなのでしょうか。キリストは人々から喝采を受けるためではなく、人々の罪を背負い、十字架にかかって死ぬために来られたということを示していたからです。このことによって、いかなる罪人も赦されるという道が開かれたのです。

 

ここに、神様の愛が表されています。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

また、マルコ10:45には、「人の子(イエス様)が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです」とあります。

イエス様が来られたのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるため、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためだったのです。この全宇宙の創造主であられる方が人の姿を取ってこの世に来てくださったというだけでも奇跡なのに、そればかりか、私たちを救うために十字架にかかって死んでくださいました。これこそクリスマスの奇跡です。これはすばらしい喜びの知らせではないでしょうか。

 

Ⅲ. あなたのための救い主(11)

 

第三のことは、キリストはあなたの救い主として生まれてくださったということです。11節をご覧ください。ここには「今日ダビデの町であなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」とあります。この方は、あなたのために救い主として生まれてくださいました。

 

先日NHKの番組で「サードマン現象」を扱うものを見ました。「サードマン」というのは「第三の人」という意味です。実はこの世界には崩壊するビルの中から一人脱出できたり、深海の洞窟の中で命綱を失ったのに戻って来ることが出来たり、宇宙空間でトラブル続きのステーションで落ち着きを与えられたりして、九死に一生を得た人々が沢山いらっしゃいます。彼らは皆、異口同音に「ピンチの時、誰かの声に導かれて平安を取り戻し、すべきことが分かり、正しい選択を奇跡的に積み重ねて脱出することが出来た」と証言しています。この声を彼らにかけた存在をサードマン、第三の人と呼んでいるのです。 それは、私たちの人生においても言えることで、私たちが絶体絶命のピンチに陥った時、このような存在がいたら、どれほど大きな助けとなることでしょう。この助けこそ、あなたのために生まれてくださったキリストです。キリストは、単にピンチの時に助けというだけでなく、私たち人間の本質的な問題である罪を解決し、その罪から救ってくださるためにこの世に来てくださいました。これこそ、私たちにとっての真の希望です。

 

今は「イベントオリエンテッド」の時代であると言われています。これは、人々は、何か楽しみをもたらすできごとやイベントがあってはじめて喜びを感じることができる、というものです。そしてそれが過ぎ去ってしまうと、急に虚しさがやって来るのです。「イベント」やお金の多い少ないといった外側のものに喜びの基礎があるなら、ジェットコースターのように喜んだかと思ったら次の瞬間には落ち込んでしまうことの繰り返しになります。しかし、キリストが与える喜びは罪の赦しによってもたらされる神との平和であり、神がいつも私とともにいて、私を支えてくださるという喜びです。それは永続的なものですから、いつでも喜びで満たされていることができます。のどが渇けば水を飲めば潤されますが、また渇きます。しかし、キリストが与える水を飲む人はいつまでも決して渇くことがなく、その人の中で泉となり、永遠のいのちへの水が湧きでるのです。

 

2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞したのは、京都大学の本庶佑教授でした。薬物療法、手術治療、放射線治療に続く第4の手法として免疫療法を確立した功績が評価されたのです。彼の発見はガン免疫治療薬オプジーボの開発に繋がりました。この薬でガンを克服できた方がインタビューに答えて「命の恩人です。感謝し尽くせません。」と言っていました。その気持ちがよくわかります。しかし、キリストはそれ以上です。なぜなら、キリストは肉体だけでなく、永遠のいのちの恩人だからです。

 

2015年に同じ分野でノーベル賞を受賞した大村智教授も、メクチザンという薬の開発に貢献しました。この薬は、河川盲目症に対する特効薬です。この病気はアフリカ、中南米の熱帯地域に蔓延していて、毎年1800万人が感染、そのうち約27万人が失明し、50万人が視覚障害になってしまうという恐ろしい感染症でした。ところがこの薬を飲むと一回で完全にその感染症を防ぐことができるのです。

大村さんと製薬会社は、この薬を感染地域の人々にプレゼントし、当時は3億人の人々を失明の危機から救ったと言われています。この大村さんがアフリカのガーナに行き、子どもたちとお話をしたことがありました。ジャパンとかトウキョウと言っても、誰も知らないそうですが、でもメクチザンという薬の名前を出すと、みんな「知ってる!」と言うのです。通訳の人が「この人がメクチザンを造った先生です。」と紹介するとひときわ高く、歓声が上がり「メクチザン、メクチザン」と口々にはやし立てました。子どもたちの喜ぶ顔が目に浮かぶようですね。人類の命を守る働きに貢献した人を称え、記念に覚えることは当然のことでしょう。しかしここに、肉体のいのちだけでなく、霊的ないのち、肉体は朽ちても永遠に生きる真のいのちを人類にもたらした方がおられます。それがイエス・キリストです。

 

あなたは、この喜びを受け取られたでしょうか。多くの人にとって自分の主人は自分自身です。あなたのために生まれてくださったのに、多くの人たちは「いらないよ」とか、「No, Thank you」と言うのです。しかし自分を超えた本物の救い主を信じ、この方にあなたの人生の舵取りをしていただくなら、あなたもこの喜びを得ることができます。

 

10節には、「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。」とあります。私たちにもいろいろな恐れと不安があります。孤独だという方もおられるでしょう。まさに一寸先は闇です。しかし、この世がどんなに暗くても恐れることはありません。きょう、ダビデの町であなたのために救い主がお生まれになりました。この方が主キリストです。この方はあなたの心の闇を照らすまことの光です。どうぞこの方をあなたの救い主として心に迎えてください。また、既にこの方を信じておられる方は、あなたの人生の舵取りをしてくださる主としてください。あなたの心が家畜小屋のようにどんなに汚れていても、また、どんなに酷い状態であっても、キリストあなたの心に喜びを与えてくださいます。クリスマスの奇跡は2000年前のことだけではなく、今もあなたに起こる大きな喜びの知らせなのです。

Ⅱサムエル記2章

サムエル記第二から学んでいます。今日は、2章から学びたいと思います。

 

Ⅰ.ヘブロンで王として即位したダビデ(1-4a)

 

まず、1-4節前半までをご覧ください。「この後、ダビデは【主】に伺った。「ユダの町のどれか一つへ上って行くべきでしょうか。」【主】は彼に「上って行け」と言われた。ダビデは、「どこに上ればよいでしょうか」と聞いた。主は「ヘブロンに」と言われた。ダビデは、二人の妻、イズレエル人アヒノアムと、カルメル人ナバルの妻であったアビガイルと一緒に、そこに上って行った。ダビデは、自分とともにいた人々を、その家族ごと連れて上った。彼らはヘブロンの町々に住んだ。ユダの人々がやって来て、そこでダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。」

 

「この後」とは、サウルとヨナタンが死んだ後ということです。ダビデは主に伺いを立てました。「ユダの町のどれか一つに上って行くべきでしょうか。」と。彼は今ペリシテ人の町ツィクラグにとどまっていましたが時期イスラエルの王として選ばれていましたので、サウルが死んだ今次の行動に移る必要がありました。かといって、自分で勝手に判断して動くようなことをしませんでした。どのようにすべきかを求めて、主に伺いを立てたのです。ここにダビデの信仰のすばらしさを見ることができます。自分が次の王であるということがわかっていれば、すぐにでも出て行ってそれを示そうと思いたいところを彼はそのようにはせず、あくまでも主のみこころを求めて祈りました。自分で判断して勝手に動くのではなく、主のみこころを求めたのです。それは私たちの信仰の模範です。私たちはすぐに自分の思い付きや考えで動こうとしますが、まずは神のみこころを求めて祈らなければなりません。

 

おそらくダビデは、ウリムとトンミムによってみこころを求めたでしょう。しかしそれは「イエス」か「ノー」の答えでしか返ってこなかったので、何度も主に伺う必要がありました。彼はまずユダの町のどれか一つに上って行くべきでしょうかと尋ねると、主は「上って行け」と言われたので、次に、では「どこに上って行けばよいでしょうか」と尋ねました。すると、主の答えは「ヘブロンに」でした。なぜヘブロンだったのでしょうか。巻末のイスラエルの地図をご覧いただくと、ヘブロンはユダ部族の中にあって、その中心に位地しているのがわかります。そして、イスラエル民族の父祖アブラハムの墓がある所です。そこでダビデは、二人の妻イズレエル人アヒノアムと、カルメル人ナバルの妻であったアビガイルと一緒に上って行き、そこに住みました。

 

すると、ユダの人々がやって来て、ダビデに油を注ぎ、ユダの家の王としました。これは、預言者サムエルによって油を注がれた時に続く二回目の油注ぎでした(Ⅰサムエル16:13)。しかし、これはあくまでもユダの家における王であって、彼がイスラエル全家の王となるのはまだ先のことです。

この時ダビデは30歳になっていました。サムエルによって油注がれ主の霊の注ぎを受けたのは、彼がまだ幼い少年の時でした。あれから十数年が経ち、あの神の約束が今、実現しようとしていました。このように見ると、神のみわざは一朝一夕で成し遂げられるものではありません。それまで長い間待たなければなりませんでした。そこには多くの困難もありました。しかし、そのような経験を通して神は彼の信仰を養い、人格を磨き、ご自身の器として用いられるように整えてくださったのです。そのためには忍耐が必要でした。

それは、私たちにも言えることです。へブル10:36には「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは、忍耐です。」とあります。神のみわざは一朝一夕では成し遂げられません。最後まであきらめないで待つことが求められます。教会の建て上げは、まさにそうです。特に日本ではまだその時は来ていません。神の時が来て、人々がこぞって主を求めるようになるまで、忍耐しなければなりません。先ほどお読みしたヘブル10:36の後に何と書いてあるかご存知ですか。こうあります。「もうしばららくすれば、来るべき方が来られる。送れることはない。わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない。」(ヘブル10:37-38)すばらしい約束ではありませんか。ですから、私たちは恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者でありたいと思います。

 

Ⅱ.ヤベシュ・ギルアデの人々(4b-7)

 

次に、4節後半から7節までをご覧ください。「ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬ったことが、ダビデに知らされたとき、ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使者たちを遣わし、彼らに言った。「あなたがたが【主】に祝福されるように。あなたがたは、あのような真実を尽くして主君サウルを葬った。今、【主】があなたがたに恵みとまことを施してくださるように。あなたがたがそのようなことをしたので、この私もあなたがたに善をもって報いよう。今、強くあれ。勇気ある者となれ。あなたがたの主君サウルは死んだが、ユダの家は私に油を注いで、自分たちの王としたからだ。」」

 

ヤベシュ・ギルアデの人々のことについて記されてあります。ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬ったということが、ダビデに知らされたとき、ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使者たちを遣わし、彼らを祝福しました。ヤベシュ・ギルアデの人々は、サウルが死んだ後、ペリシテ人が彼の死体をベテ・シャンの城壁にさらしたことを聞いたとき、ヨルダンの東側の地から長い距離を夜通し歩いて、勇気をもってその地域に入り、サウルとヨナタンの死体を取って自分たちのところに運び、そこで丁重に火葬にして葬ったからです。なぜ彼らはそんなことをしたのですか?私たちは既にその学びました。Ⅰサムエル記11章でしたね。アンモン人ナハシュが彼らに攻め入った時、彼らはナハシュに和解を申し入れましたが、ナハシュは一つの条件を提示しました。どんな条件でしたか?なんと彼らの右の目をえぐり取るということでした。そうすれば和解してもいい、と言ったのです。それを聞いたヤベシュ・ギルアデの人たちは嘆き悲しみイスラエルの国中に使いを送って助けを求めたとき、立ち上がったのがサウルだったのです。サウルは主の霊によってアンモン人を討ち破り、ヤベシュ・ギルアデの人たちを救ったのです。彼らはそのサウルの恩を忘れずそれに応じたのです。主に油注がれた主君サウルに対する彼らの態度は実に立派でした。そこでそのことを聞いたダビデは、そんな彼らの行為を取り上げて賞賛したのです。事実、このヤベシュ・ギルアデは北イスラエルの10部族に属する町で、本来ならヘブロンを拠点とするユダとは敵対関係にありましたが、ダビデはそんな彼らに善をもって報いたのです。

 

このように、主の恵みに対して真実な態度で応答することは大切なことです。そのような人はヤベシュ・ギルアデの人たちのように、主から恵みを受けるのです。

ダビデの先祖の中にも、その真実さのゆえに祝福を受けた女性がいます。ルツです。彼女はモアブ人でしたが、ナオミの神、主を信じ、ナオミとともにベツレヘムにやって来て彼女に真実な態度で仕えたので、神は彼女を祝福してくださいました。そこでボアズと出会い、彼と結婚することができただけでなく、やがてその子孫からダビデが生まれ、その系図から救い主が誕生するという救いの系図の中に組み込まれたのです。真実に生きる人こそ、神から祝福を受ける人なのです。

 

Ⅲ.イシュ・ボシェテの即位(8-11)

 

次に、8~11節までをご覧ください。「一方、サウルの軍の長であったネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテを連れてマハナイムに行き、彼をギルアデ、アッシュル人、およびイズレエル、そしてエフライムとベニヤミン、すなわち全イスラエルの王とした。サウルの子イシュ・ボシェテは、四十歳でイスラエルの王となり、二年間、王であった。しかし、ユダの家だけはダビデに従った。

2:11 ダビデがヘブロンでユダの家の王であった期間は、七年六か月であった。」

 

一方、サウルの軍の長であったネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテを連れてマハナイムに行き、彼をギルアデ、アッシュル人、およびイズレエル、そしてエフライムとベニヤミン、すなわち全イスラエルの王としました。ペリシテ人との戦いにおいてサウルと3人の息子ヨナタン、アビナダブ・マルキ・シュアは、ギルボア山でペリシテ人に打ち殺されました(Ⅰサムエル31:2)が、イシュ・ボシェテは戦いに行かなかったので難を逃れていたのです。アブネルがイシュ・ボシェテを連れてマナハイムに行ったのは、そこがヨルダン川の東側にありペリシテ人の支配が及んでいなかったからでしょう。

 

これ以降、ダビデの家とサウルの家との間には、長い間戦いが生じることになります。サウルの子イシュ・ボシェテは、40歳でイスラエルの王となり、2年間、王でした。しかし、ユダの家だけはダビデに従いました。ダビデがヘブロンでユダの家の王であった期間は、実に7年6か月に及びます。言い換えると、彼がイスラエルの統一王国の王になるのには、さらに7年半もかかったということです。これはダビデに忍耐が求められたというだけでなく、彼がイスラエルの有能な王として立てられるために必要な神のご計画でもありました。

 

ダビデは、メシヤであられるイエス・キリストの型です。イエスは父なる神からメシヤとしての油注ぎを受けていましたが、イスラエルの民はそれを認めようとしませんでした。ダビデも同じです。彼はイスラエルの王として油注ぎを受けていましたが、イスラエルの民はそれを認めませんでした。しかし、それでもイエスは私たちの救いに対する神のご計画を成し遂げるために、父なる神に従順に従われました。へブル5:7には「キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。」とあります。ダビデも同じです。患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出します。この希望は、決して失望に終わることがありません。私たちもダビデのように、たとえ目の前に患難があっても忍耐し、その忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと信じて、神の御霊によって忍耐を身につけさせていただきましょう。忍耐は、まさに御霊によって結ぶことができる実なのです。

 

Ⅳ.イスラエルとユダの戦い(12-32)

 

次に、12~32節をご覧ください。ここにはイスラエルとユダの戦いの様子が記されてあります。まず16節までお読みします。「ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテの家来たちと一緒にマハナイムを出て、ギブオンへ向かった。一方、ツェルヤの子ヨアブも、ダビデの家来たちと一緒に出て行った。こうして彼らはギブオンの池のそばで出会った。一方は池の手前側に、もう一方は池の向こう側にとどまった。アブネルはヨアブに言った。「さあ、若い者たちを出し、われわれの前で闘技をさせよう。」ヨアブは言った。「よし、そうしよう。」ベニヤミンの側、すなわちサウルの子イシュ・ボシェテの側から十二人、ダビデの家来たちから十二人が順番に出て行った。彼らは互いに相手の頭をつかみ、相手の脇腹に剣を刺し、一つになって倒れた。それで、その場所はヘルカテ・ハ・ツリムと呼ばれた。それはギブオンにある。」

ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテの家来たちといっしょにマハナイムを出て、ギブオンへ向かいました。ユダの地を攻め取るためです。ギブオンはエルサレムの北西9.6㎞に位置するベニヤミンの領地にある町です。ります。そこは、サウルの生まれ故郷、出身地でした。

一方、ツェルヤの子ヨアブも、ダビデの家来たちといっしょに出て行きました。こうして両軍は、ギブオンの池のそばで出会い、にらみ合いが続きました。一方は池の手前側に、もう一方は池の向こう側にとどまりました。

するとアブネルからヨアブに提案が出されました。双方から若い者たちを出して、決闘させようというのです。それぞれ12人の代表戦士が出て、1対1で戦うのですが、ヨアブは愚かにもその提案を受け入れてしまいました。アブネルはこの決闘によって決着を付けようとしたのですが、結果、全面戦争に突入していくことになりました。彼らは互いに相手の頭をつかみ、相手の脇腹に剣を刺し、一つになって倒れました。それで、その場所はヘルカナ・ハ・ツリムと呼ばれるようになりました。意味は「剣の刃の野」です。相手の脇腹に剣を刺して、一つとなって共に倒れた野です。

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アブネルは、人の血を流すことを軽く考えていました。また、ヨアブもヨアブで、その提案を愚かにも受け入れてしまい、多くの血が流される結果となってしまいました。箴言11:17に「誠実な人は自分のたましいに報いを得るが、残忍な者は自分の身にわざわいをもたらす。」とありますが、まさに彼らはその報いを受けることになります。

 

17~24節をご覧ください。「その日、戦いは激しさを極め、アブネルとイスラエルの兵士たちは、ダビデの家来たちに打ち負かされた。そこに、ツェルヤの三人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルがいた。アサエルは野のかもしかのように、足が速かった。アサエルはアブネルの後を追った。右にも左にもそれずに、アブネルを追った。アブネルは振り向いて言った。「おまえはアサエルか。」彼は答えた。「そうだ。」 アブネルは彼に言った。「右か左にそれ、若い者の一人を捕らえ、その者からはぎ取れ。」しかしアサエルは、アブネルを追うのをやめず、ほかへ行こうとしなかった。アブネルはもう一度アサエルに言った。「私を追うのはやめ、ほかへ行け。なぜ、私がおまえを地に打ち倒さなければならないのか。どうやって、おまえの兄ヨアブに顔向けができるというのか。」アサエルはなおも拒んで、ほかへ行こうとしなかった。それでアブネルは、槍の石突きで彼の下腹を突いた。槍はアサエルを突き抜けた。アサエルはその場に倒れて、そこで死んだ。アサエルが倒れて死んだ場所に来た者はみな、立ち止まった。」

 

その日、戦いは激しさを極めました。戦いにかったのは、ユダ部族、すなわち、ダビデの家来たちでした。イスラエルの王イシュ・ボシェテの将軍アブネルとイスラエルの兵士たちは、ダビデの家来たちに打ち負かされました。そこに、ツェルヤの3人の息子がいました。ヨアブと、アビシャイと、アサエルです。Ⅰ歴代2:16を見ると、このツェルヤはダビデの姉妹であることがわかります。ですから、この3人はダビデからすると甥に当たります。甥とはいってもダビデは末っ子でしたから、もしかしたら彼らと同年代か、もっと歳を取っていたかもしれません。

 

その中のアサエルは、野のかもしかのように足が速かったので、彼はアブネルの後を追いました。アブネルを殺すことができれば、イスラエル軍、すなわち、イシュ・ボシェテの軍は壊滅状態になると判断したのでしょう。しかし、それが仇となりました。アブネルはアサエルが自分を追って来るのを見ると、自分を追うのをやめて、別の方へ行けと警告しました。戦いでは自分の方がまさっていると思ったのでしょう。将軍ヨアブの兄弟を殺すのは忍びないと思ったのです。しかし、アサエルはアブネルを追うのを止めませんでした。それでアブネルは、槍の石突きで彼の下腹を突きました。それで、アサエルはその場に倒れて死んだのです。

 

あまりにも突然の死でした。彼は足が速いのを誇っていましたが、その長所が彼を死に至らしめることになったのです。自分の力を過信し、警告を無視し続けるなら、悲劇が起こります。私たちが誇るのは足の速さではなく、主の御名と十字架です。詩篇20:7には「ある者は戦車をある者は馬を求める。しかし私たちは私たちの神、主の御名を呼び求める。」とあります。また、ガラテヤ6:14には「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが、決してあってはなりません。」とあります。

 

あなたは何を誇っていますか。私も足が速く、小学生、中学生、高校生とマラソン大会では常に優勝していたので、すぐにそれを誇りたい気持ちになります。高校生の時には1,500m走で4分17秒の記録を出し、陸上部からも声をかけられたほどです。すぐにこんなことを誇りたがるのが任気です。しかし、私たちが誇るものは戦車でも馬でもなく、自分の足でもなく、私たちの神、主の御名です。また、私たちの主イエス・キリストの十字架です。それ以外に誇りとするものがあってはなりません。私たちはすぐに自分の肉の力を誇ろうとしますが、それが短所や欠点にもなり得るということを覚え、主の力、聖霊の力を求めようではありませんか。

 

次に、24~28節をご覧ください。「しかしヨアブとアビシャイは、アブネルの後を追った。太陽が沈んだとき、彼ら二人はギブオンの荒野への道を通り、ギアハの反対側にあるアンマの丘までやって来た。ベニヤミン人はアブネルに従って集まり、一団となって、一つの丘の頂に立った。アブネルはヨアブに呼びかけて言った。「いつまでも剣が人を食い尽くしてよいものか。その果ては、ひどいことになるのを知らないのか。いつになったら、兵たちに、自分の兄弟たちを追うのをやめて帰れ、と命じるつもりか。」ヨアブは言った。「神は生きておられる。もし、おまえが言い出さなかったなら、確かに兵たちは、明日の朝まで、それぞれ自分の兄弟たちを追うのをやめなかっただろう。」ヨアブは角笛を吹いた。それで兵たちはみな立ち止まり、それ以上イスラエルの後を追わず、戦いを続けることはなかった。」

 

アサエルが殺されたことを知ると、兄弟ヨアブとアビシャイは必死になってアブネルを追いました。そして太陽が沈むころ、彼らはギアハの反対側にあるアンマの丘までやって来ると、ベニヤミン人がアブネルの呼びかけに応じて彼に従って集まり、一団となって、一つの丘の頂に立ちました。そして、アブネルに呼びかけ、これ以上、兄弟同士の戦いを続けてどうするのか、その果ては、互いにひどいことになるだろう。自分たちを追うのをやめて帰れと言ったので、ヨアブはその提案を受け入れ、それ以上イスラエルの後を追うことをしませんでした。

 

29~32節までをご覧ください。「アブネルとその部下たちは、一晩中アラバを通って行った。そしてヨルダン川を渡り、午前中歩き続けてマハナイムに着いた。一方、ヨアブはアブネルを追うのをやめて帰った。兵たちを全部集めてみると、ダビデの家来十九人とアサエルがいなかった。ダビデの家来たちは、アブネルの部下であるベニヤミン人のうち三百六十人を討ち取っていた。彼らはアサエルを運んで、ベツレヘムにある彼の父の墓に葬った。ヨアブとその部下たちは一晩中歩いて、夜明けごろヘブロンに着いた。」

 

双方の死者は、ヨアブの方がダビデの家来19人と兄弟アサエルがいませんでした。一方、アブネルの方はどうだったかとうと、ダビデの家来たちがアブネルの部下であるベニヤミン人のうち360人を討ちトッテいたので、それだけの犠牲者が出ました。戦いを仕掛けたのはアブネルの方でしたが、そのアブネルの方に多数の死者が出たのです。何とも虚しい結果に終わりました。彼はギブオンの池のそばで決闘を呼びかける前に、その果てがどうなるのかを考えなければなりませんでした。

 

私たちも同じです。自分の思いや感情だけで突っ走ると、このような結果を招くことになります。その前に立ち止まって、祈るべきです。そして、神のみこころは何か、何が良いことで完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えるべきなのです。心の一新によって自分を変えるとは、考え方を変えるということです。自分の考えではなく、神の考え、神のみこころに立つ、ということです。そのためには、神のみことばを学び、それがどういうことなのかをよく考えて、その上に立たなければなりません。そうすれば、神の御霊が私たちを正しい判断と正しい方向へと導いてくださいます。そういう意味ではあのダビデのように、いつも主に伺いながら、一歩一歩前進していく必要があります。主のみこころを求めながら、みこころに歩めるように祈りましょう。

出エジプト記37章

出エジプト記37章から学びます。

 

Ⅰ.契約の箱と宥めのふた(1-9)

 

まず、1~9節までをご覧ください。5節までをお読みします。「ベツァルエルは、アカシヤ材で、長さ二キュビト半、幅一キュビト半、高さ一キュビト半の箱を作り、その内側と外側に純金をかぶせ、その周りに金の飾り縁を作った。箱のために金の環を四つ鋳造し、その四隅の基部に取り付けた。一方の側に二つの環を、もう一方の側にもう二つの環を取り付けた。また、アカシヤ材で棒を作り、それに金をかぶせ、箱を担ぐために、その棒を箱の両側の環に通した。」

 

前回の36章もそうですが、ここでも命令に対する実行という形になっています。ここには、ベツァルエルが箱を作ったことが記されてありますが、これは25:10~16にある神の命令の実行です。この箱とは契約の箱です。中には十戒が書かれた2枚の石の板、マナを入れた金の壺、それにアロンの杖が収められていました。これが幕屋全体の中心でした。つまり、神のみことばこそ幕屋全体の中心であったということです。それは神の臨在を表していました。ヨハネ1:14には、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」とあります。イエス・キリストは、神のことばとして私たちの間に住まわれました。イスラエルの民は、幕屋の中のこの契約の箱を見て神がともにいてくださることを確認したように、私たちは、インマヌエルなる神イエス・キリストを仰ぎ見て、神がともにおられることを確認するのです。この神のことばこそ私たちの信仰生活の中心であり、最も重要なものなのです。

 

この神の契約の箱を作ったのはベツァルエルでした。それ以外のものは心に知恵のあるもの、すなわち、神によって賜物が与えられた人たちによって作られましたが、この契約の箱はベツァルエルによって作られました。彼はこの幕屋建設の棟梁であり監督者でしたが、監督自らがこの製作に当たったのです。なぜでしょうか?それは、これが幕屋全体の中心であり最も重要なものだからです。

 

先日、同盟の総会に出席した際、牧会談話をする機会がありましたが、ある牧師が牧会に疲れた、と言われました。よく話を聞くと、あれもやらなければならない、これもやらなければならないと、やらなければならないことがとても多く、そのすべてをこなすのは難しいということでした。よく話を聞くと、その牧師はいろいろなことに関心があり、そのすべてに首を突っ込んでいるような状態でした。

牧師にとっての誘惑は、あれもこれもやりたがることです。いろいろな刺激を求めたいのです。しかし、それはかえって疲れさせることになります。そのことによって祈りと御言葉に取り組む時間が取れなくなってしまうからです。そして、十分な準備がないまま日曜日の講壇に立つので、今度はそのことで負い目を抱くようになります。それが大きな疲れになるわけです。牧師にとって重要なことは優先順位を確立することです。祈りと御言葉を最優先にしなければなりません。日曜日の説教は毎週必ずやって来ます。そこから逃れることはできません。しかし、そこに取り組めば平安があります。プラス、その中で神が自分自身に御言葉をもって語ってくださるので励まされ、力が与えられます。ですから、牧師が説教の準備に取り組むことは大切なことなのです。それは自分自身だけではなく、群れ全体にとってもそうです。その結果、全体が生き生きすることになります。

ある牧師は、教会はもっと効果的な伝道をすべきだと言います。しかし、一番効果的な伝道は牧師が御言葉に仕えることなのです。そんなに人が救われないようでも、5年、10年経つといつの間に御言葉にしっかりと立つ信徒が増えてくることになります。これが神のなさることです。それが最も効果的な伝道なのです。日本はいま霊的に困難な時代を迎えています。どの教会もかつてのように多くの求道者がいるわけではありません。だからといっていろいろなことをすれば良いというのではなく、むしろ、最も大切なものを大切にしなければなりません。神の御言葉を中心に、それに取り組むことです。そうすれば、神がご自身の教会を建て上げてくださいます。ベツァルエルが直接契約の箱の製作に取り組んだのは、神のみことばこそ幕屋の中心であり、本質的なことであり、最も重要なことであることを理解していたからでしょう。

 

ところで、この箱はアカシヤ材で作られ、その内側と外側に純金がかぶせられました。アカシヤは人間の性質を、そして金は神性を象徴していました。つまり、これは人として現れた神の子キリストを象徴していたのです。それにこれだけの純金がかぶせられたのは、キリストの栄光、神の栄光を表していたからです。前回の箇所で見たように、幕屋の一番外側はじゅごんの皮で作られていました。それは丈夫な素材でしたが、黒っぽい、見るからにみすぼらしいものでした。でも、その内側は神の栄光に輝いていました。イエス・キリストは、外側は何の輝きもないかのように見えますがその内側は神の栄光に輝いておられる方なのです。

 

次に、6~9節をご覧ください。「さらに、純金で「宥めの蓋」を作った。その長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。また、二つの金のケルビムを作った。槌で打って、「宥めの蓋」の両端に作った。一つを一方の端に、もう一つを他方の端に作った。「宥めの蓋」の一部として、ケルビムをその両端に作った。ケルビムは両翼を上の方に広げ、その翼で「宥めの蓋」をおおっていた。互いに向かい合って、ケルビムの顔が「宥めの蓋」の方を向いていた。」

 

さらに、純金で「宥めのふた」を作りました。それは契約の箱を覆うもの。これはギリシャ語で「ヒラステーリオン」という語ですが、「なだめの供え物」という意味です(Iヨハネ2:2)。罪に対する神の怒りをなだめるものです。それは、イエス・キリストの十字架の血を象徴していました。イエス・キリストが十字架で血を流して死んでくださることによって、神の私たちの罪に対する怒りがなだめられ大胆に神に近づくことができるようになったのです。すなわち、私たちの力では神の箱に収められていた神の戒めを守ることはできず、したがって、神に近づくこともできませんが、その契約の箱を覆うかのようにその戒めを完全に守られた方が十字架で死んでくださることによって、その血の贖いを受けた私たちは、神に近づくことができるようになったのです。私たちが罪から救われるのは、イエス・キリストが私たちの身代わりとして十字架にかかっての死なれたことを受け入れ、信じるだけでいいのです。ほかに何の条件もありません。救いはただイエスの血潮を信じるだけです。神のあわれみによるのです。救われるために何か努力をしなければならないとか、奉仕をしなければならないといったことは何もありません。身代わりとなって死んでくだせさったイエスを信じることによってのみです。これが福音です。これが幕屋の中心です。私たちが神にお会いするにはどうしたら良いのでしょうか。この神のあわれみにすがることです。自分では神の御言葉を行うことはできません。そのできない自分を認め、神のあわれみに拠りすがること。それが、私たちが救われる唯一の道なのです。25:22で神は、「そこでわたしはあなたと会見、・・・ことごとく語ろう」と言われました。「そこで」とは、どこで、でしょうか。イエスが身代わりとして十字架で血を流して死んでくださり、神のなだめとなってくださった「そこで」神は私たちに会ってくださるのです。

 

Ⅱ.パンを置く机と燭台(10-16)

 

次に、パンを置く机と燭台です。10~16節までをご覧ください。「彼はアカシヤ材で机を作った。その長さは二キュビト、幅は一キュビト、高さは一キュビト半であった。これに純金をかぶせ、その周りに金の飾り縁を作った。その周りに一手幅の枠を作り、その枠の周りに金の飾り縁を作った。その机のために金の環を四つ鋳造し、四本の脚のところの四隅にその環を取り付けた。その環は枠の脇に付け、机を担ぐ棒を入れるところとした。アカシヤ材で机を担ぐための棒を作り、 これに金をかぶせた。また、机の上の備品、すなわち、注ぎのささげ物を注ぐための皿、ひしゃく、水差し、瓶を純金で作った。」

 

彼はアカシヤ材で机を作りました。彼とはベツァルエルです。これも主が命じたとおりです。彼は、25:23~30で命じられたことを実行したのです。この机は供えのパンの机と呼ばれるもので、至聖所の垂幕に向かって右側に置かれていました。この机には、イスラエル12部族の象徴として12個のパンが置かれていました。この供えのパンはイエス・キリストの型でした。ヨハネ6:35には、「わたしは、いのちのパンです。」とあります。旧約時代、神は荒野でイスラエルの民をマナをもって養われましたが、新約時代においては、イエス様ご自身が私たちの霊の糧となってくださいます。このいのちのパンを食べるとは、イエス・キリストを救い主として信じ、日々そのお方と交わることです。いのちのパンは毎日食べる必要があります。日々のデボーションは、私たちが日々の糧をいただく時です。

 

12節には、この机の周りに一手幅の枠を作りとあります。これはパンがずり落ちるのを防ぐために作られたものです。つまり、イエス・キリストを信じた者は、どんなことがあっても落ちることはないということです。イザヤ書にはそのことが随所に出てきます。神の契約を守らないイスラエルに対して、神はどこまでも契約を守られます。どんなことがあっても彼らが落ちることがないように守ってくださるのです。

 

次に、17~24節をご覧ください。ここには、燭台のことが書かれてあります。「また彼は燭台を純金で作った。その燭台は槌で打って作った。それには、台座と支柱と、がくと節と花弁があった。六本の枝がその脇の部分から、すなわち燭台の三本の枝が一方の脇から、燭台のもう三本の枝がもう一方の脇から出ていた。一方の枝には、アーモンドの花の形をした、節と花弁のある三つのがくが、また、もう一方の枝にも、アーモンドの花の形をした、節と花弁のある三つのがくが付いていた。燭台から出る六本の枝はみな、そのようであった。燭台そのものには、アーモンドの花の形をした、節と花弁のある四つのがくが付いていた。それから出る一対の枝の下に一つの節、それから出る次の一対の枝の下に一つの節、それから出るその次の一対の枝の下に一つの節。このように六本の枝が燭台から出ていた。それらの節と枝は燭台と一体で、その全体は一つの純金を打って作られていた。また、ともしび皿を七つ作った。その芯切りばさみも芯取り皿も純金であった。純金一タラントで、燭台とそのすべての器具を作った。」

 

これも、25:31~39で命じられた通りです。この燭台は、純金1タラントで作られました。1タラントとは約30㎏です。どれほど高価なものであったかがわかります。それはキリストの神性を表していました。これは金を型に流して作られたのではなく、槌(ハンマー)で打って作られました。これはキリストが十字架で打たれたことを表しています。これに台座、支柱、がく、節、花弁がつけられました。アーモンドの花の形をした節と花弁は復活の象徴です。アーモンドは春一番に咲く花です。すなわち、十字架で死なれ、三日目に復活されたキリストご自身の象徴だったのです。そして、その脇の部分からそれぞれ3つの枝が出ていたというのは、キリストの花嫁なる教会のことです(黙示録1:20)。教会はキリストの血をもって買い取られたキリストの花嫁です。キリストという木から出た枝。十字架と復活の主のあかし。それが燭台の光です。キリストは「わたしは世の光です。」(ヨハネ8:12)と言われました。この光を受けた教会も、この世の光です。教会はキリストの光を輝かせなければなりません。この燭台が一つの純金で作られていたのは、教会はキリストと同じ性質が与えられているということです。キリストのように死んで、キリストのように復活する。それがキリストの教会なのです。

 

Ⅲ.香の祭壇と聖なる注ぎの油(25-29)

 

最後に、25~29節を見て終わります。「彼はアカシヤ材で香の祭壇を作った。長さ一キュビト、幅一キュビトの正方形で、高さは二キュビトであった。祭壇から角が出ているようにした。祭壇の上面と、側面のすべて、および角には純金をかぶせ、また、その周りには金の飾り縁を作った。また、その祭壇のために二つの金の環を作った。その飾り縁の下の両側に、相対するように作り、そこに祭壇を担ぐ棒を通した。その棒をアカシヤ材で作り、それに金をかぶせた。ベツァルエルはまた、調香の技法を凝らして、聖なる注ぎの油と純粋な香り高い香を作った。」

 

次に、ベツァルエルが作ったのは香の祭壇でした。これも30:1~10で命じられたことの実行です。これは至聖所の垂幕のすぐ前に置かれました。垂幕の向かい側には契約の箱がありました(30:6)。つまり、これは至聖所に向けられていたということです。それは聖徒たちの祈りを表していました。聖徒たちが神に出会い、神と交わり、生ける神を体験するには祈りが必要であるということです。これは朝毎に、夕暮れにも、煙を立ち上らせなければなりませんでした(29:7-8)。それは常供のささげ物であったのです(30:8)。つまり、聖徒たちはいつも祈りの香を立ち上らせなければならないということです。

 

彼はまた調合法に従って、聖なる注ぎの油と純粋な香り高い香を作りました。これも30:22~33の命令の実行です。聖なる注ぎの油は、神が命じた調合法によって混ぜ合わされました。もし、これに似たものを調合するなら、その者は死ななければなりませんでした。香料もまた、神が命じられたとおりの調合で作られました。これと似たものを作って、これをかぐ者はだれでも、死ななければなりませんでした。

この油は、幕屋のさまざまな器具を聖別するためのものです。祭司も、この油によって聖別されました。メシヤとは、「聖なる油によって聖別された方」を指します。そのようなメシヤの出現を預言者イザヤは預言し(イザヤ61:1)、それが主イエスにあって成就しました。イエスが受けた油注ぎとは、聖霊の油注ぎのことです。

 

イエスは、メシヤとしての働きに必要な力を聖霊から受けましたが、イエスを信じる者には、それと同じ聖霊の油注ぎが与えられます。Iヨハネ2:20,27には、クリスチャンにはこの油がとどまっているとありますが、これが聖霊のことです。この油を聖所の器具に、また祭司に注がれなければなりませんでした。この油が注がれるとき、それは聖なるものとなります。クリスチャンはそのすべての働きにおいて、聖霊の油そそぎが必要であるということです。何一つ肉によって、人間的な力によって行ってはならないのです。聖なる油を注がれ、それによって歩まなければなりません。その模範がイエス・キリストです。ルカ4:18-21を見ると、イエス・キリストにはこの油が注がれていました。ですから、私たちがこの油が注がれるためには頭であるキリストにつながっていなければなりません。詩篇133:1-3をご覧ください。頭に注がれた油は、ひげに、アロンのひげに流れて衣の端にまで滴ります。私たちも主に用いていただくために、聖霊の油注ぎが与えられるように祈りましょう。

伝道者の書6章1~12節「何が人のために良いことなのか」

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伝道者の書6章に入ります。きょうのタイトルは、「何が人のために良いことなのか」です。12節に「だれが知るだろうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを。」とあります。何が人のために良いことなのでしょうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを知ることが出来る人はそれほど多くはいません。でも私たちは神のことばである聖書を通して、それを知ることができます。きょうは、このことについてご一緒に学びたいと思います。

 

Ⅰ.楽しめない財産(1-6)

 

まず、1~6節までをご覧ください。1節には「私が日の下で見た悪しきことがある。それは人の上に重くのしかかる。」とあります。 新改訳第三版では、「私は日の下で、もう一つの悪があるのを見た。それは人の上に重くのしかかっている。」と訳しています。これまで伝道者は、日の下での労苦を見て、「空の空。すべては空。」と語ってきましたが、ここで彼は、もう一つの悪しきことがあるのを見たのです。「もう一つの悪しきこと」とは、「もう一つの不幸」のことです。それはどんなことでしょうか。それは、神から与えられた富を楽しむことができず、ほかの人がそれを奪ってしまうことです。2節には「神が富と財と誉れを与え、望むもので何一つ欠けることがない人がいる。しかし神は、この人がそれを楽しむことを許さず、見ず知らずの人がそれを楽しむようにされる。これは空しいこと、それは悪しき病だ。」

とあります。

「見ず知らずの人」とは「他人」のことです。神から与えられた富と財産が見ず知らずの他人に全部持って行かれてしまうのです。たとえば、自分の土地と建物が差し押さえになったり、競売にかけられたりするというケースです。自分の望む富と名誉をすべて手に入れても、それを楽しむことができないばかりか、それを見ず知らずの人の手に渡ってしまうとしたら、どんなに空しいことでしょうか。

 

そればかりではありません。3節をご覧ください。「もし人が百人の子どもを持ち、多くの年月を生き、彼の年が多くなっても、彼が良き物に満足することなく、墓にも葬られなかったなら、私は言う。彼よりも死産の子のほうがましだと。」

子宝に恵まれ、長寿を全うすることができたらどうでしょう。それは大きな祝福ですが、それでももしその人が人生に満足することなく死に、しかも自分の子供たちから蔑まれ、墓に葬られることもないとしたら、悲しいことです。不幸です。伝道者は言います。それは、日の目を見ずに死産で生まれた子どものほうがはるかにましです。死産で生まれてくるというのは最初から日の目を見ることができないわけですから、それほど悲しいことはないかと思うのですが、そのほうがましだというのです。それほどひどいということです。

このようなことは、4:2~3でも言われていました。4:2には「いのちがあって、生きながらえている人よりは、すでに死んだ死人に、私は祝いを申し上げる。」とあります。これは日の下で行われている一切の虐げを見てのことばです。いのちがあっても、虐げられながら生きるのなら、死んだほうがましだということです。それほど苦しいということです。4:3でも「また、この両者よりももっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行われる悪いわざを見なかった者だ。」とあります。「この両者」とは、「いのちがあって生きながらえている人」と「すでに死んだ死人」のことを指していますが、この両者よりももっと良いのは、今までに存在しなかった者、最初から生まれて来なかった者だというのです。最初から生まれて来なければ、日の下で行われる悪いわざを見ることがないからです。同じようにこの6章でも、もし富と財と誉が与えられていても、それを楽しむことができず、他人がそれを楽しむようなことになったり、どんなに子宝に恵まれても、その子供たちから蔑まれ、人生を楽しむことなく死ぬような人のことを指しています。親にとって子供は自分のいのちよりも大切だと思って育てても、その気持ちが子供に伝わっているかというと必ずしもそうではなく、むしろ、その子供に蔑まれるようなことがあるなら、死産の子のほうがましだ、日の目を見ないほうがましだというのです。これは伝道者がこの世に存在することを否定しているのではなく、日の下で行われている現実がいかに空しいものであるのかを誇張して述べているのです。最初から生まれて来なければ、日の下で行われる悪いわざを見ることはないし、虐げられることもないからです。

 

旧約聖書に出てくるヨブも全ての財産を失い、足の裏から頭の天辺まで、悪性の腫物で打たれました。その時彼は自分が生まれた日を呪って言いました。「私が生まれた日は滅び失せよ」(ヨブ3:3)と。ここで伝道者が「死産の子のほうがましだ」とか、4節で「この子の方が彼より安らかだ」と言っているのは、それだけ、酷いことであるということです。

 

6節をご覧ください。ここには「彼が千年の倍も生きても、幸せな目にあわなければ。両者とも同じ所に行くではないか。」とあります。「千年の倍」とは二千年です。すなわち、どれだけ長く生きても、その命に幸せを見出することができなければ、両者とも同じところに行くわけですから、全く意味がない、と言っています。「両者とも」とは、長寿を全うした人と、死産の子のことです。同じところとは、死ぬことを指しています。どんなに長寿を全うしても、そこに幸せを見出すことができなければ、全く意味はありません。命はその長さではなく質だからです。たとえ千年の倍、二千年生きたとしても同じなのです。

 

このように、すべてのものを神から与えられていてもそれを楽しむことができないとしたら、そのような人の一生は何と不幸なことでしょうか。私たちはこの地上のことであれこれと関心を払い、一生懸命に富を蓄え、健康を維持し、長寿を全うしようとありとあらゆる努力を重ねますが、もしそこに神がいなければ、すなわち、神を無視して生きるとしたら、それは不幸なものなのです。1節には「日の下で」とありますが、それはこのことを指しています。神を無視し、神がいない生涯は、前回のところで学んだように、闇の中で食事をするようなものなのです。それゆえ、私たちは私たちの目を、日の下から日の上に向けなければなりません。この地上にありながら天の御国、永遠のいのちに心を留め、神とともに生きる生活を始めていかなければならないのです。

 

米国の先住民伝道にその若き生涯をささげ、29歳でこの世を去ったデイビット・ブレイナードは、死の床でこう語りました。

「私は永遠の世界へ行きます。永遠を生きることは、私にとって快いことです。

永遠に続くということが、懐かしさを感じさせるのです。

しかし、邪悪な人々の永遠は、いったいどうでしょう。

私はそれを説明したり、考えたりすることができません。

それを考えること自体が、あまりにも恐ろしいことです。」

 

邪悪な人々の永遠は暗闇です。それが地獄です。それはこの地上ですでに始まっています。もし、神がともにいなければ、暗闇の中を生きるようになります。ですから、罪を悔い改めて神に立ち返らなければなりません。救い主イエス・キリストを信じて、心に受け入れなければならないのです。デービッド・ブレイナードの生涯は29年という短いものでしたが、実に快いものでした。充実していました。なぜなら彼は、永遠を見つめていたからです。日の下での生涯、この地上の生涯は、まばたきをするようにほんの一瞬にすぎません。しかし、永遠の世界はいつまでも続きます。その永遠に目を向けて生きることで、神から与えられたものに満足し、それを楽しむことができるようになります。神が与えてくださった日常の中で、御言葉と祈りを通して人生の意味を見出し、与えられたものに感謝しながら、大いに楽しむことができるのです。

 

Ⅱ.満たされない食欲(7-9)

 

次に、7~9節をご覧ください。「人の労苦はみな、自分の口のためである。しかし、その食欲は決して満たされない。知恵のある者は、愚かな者より何がまさっているだろう。人の前でどう生きるかを知っている貧しい人も、何がまさっているだろうか。目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる。これもまた空しく、風を追うようなものだ。」

 

「人の労苦はみな、自分の口のためである。」これはどういうことかというと、人はみな食うために働いている、ということです。私はよく「あなたは何のために生きていますか」と聞くことがありますが、その答えで一番多いのがこれです。「私は食うために生きている」。しかし、不思議なことに、その食欲が満たされることは決してありません。収入が増えれば、それだけ欲しいものも増えるからです。ですから、どんなに働いても欲望が満たされることはないのです。

 

「知恵のある者は、愚かな者より何がまさっているだろう」知恵がある者も、愚かな者も同じである、ということです。どんなに知恵があっても、欲望を押さえることができなければ、愚か者となんら変わりがありません。貧しい人々の中にも、いかに生きるべきかを知っている人がいますが、しかし、そのような人でさえ、より多くの物を所有したいという欲望に打ち勝つことができなければ、結局のところ愚か者と同じことなってしまいます。

 

結局、「目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる。」のです。どういうことでしょうか。これは謎めいた言葉です。新改訳改訂第3版ではこれを、「目が見るところは、心があこがれることにまさる。」と訳しています。「欲望のひとり歩き」を、「心があこがれること」と訳したんですね。どうですか、皆さん、わかりますか?もうちょっとわかりやすいかもしれませんね。目で見えるものに満足することは、心であこがれることを追い求めることよりもまさる、ということです。

もっとわかりやすいのは新共同訳ではないかと思います。新共同訳ではこのように訳しています。「欲望が行きすぎるよりも 目の前に見えているものが良い。」つまり、もっと良いものを、もっと良いものをと、もう少し上の贅沢を追い求めて生きるよりも、目の前に置かれた食事で満足するほうが良い、ということです。まあ、これを何も食事に限定することはないと思います。食事でも、物でも、置かれた状況でも同じです。つまり、自分に与えられているものです。ことわざに、「隣の芝生は青く見える」ということわざがありますが、他人が持っているものは、自分のものよりよく見えるものです。それでもっと良いものを、もっと良いものをと、欲望が満たされることを求めて走り回りがちですが、それよりも今自分に与えられたものを感謝して生きることのほうがずっと良いのです。

 

どうでしょう、現代は本当に忙しい時代ですね。少しも心休まる時がありません。一つの事が終わったらまた次のことをしなければなりません。次から次にやらなければならないことがあるのです。いったい何が問題なのでしょうか。「目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる」です。もっと欲しい、もっと欲しいと、欲望が満たされることを求めて走り回ることです。あれも、これもしようと思えば、どんなに時間があっても足りません。私はいつもいろいろな機会に言うのですが、私たちの指は10本しかありません。その10本の指を何に使うかを考えなければならないのです。もし10本の指をすべて仕事のために使えば、残りの指は無くなってしまいます。限られたもの、時間なり、お金なり、体力といったものを何に使うのかよく祈って求めなければなりません。イエス様はこう言われました。「まず神の国とその義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:33)まず、神の国とその義を求めなさい。まず、神の国とその義を求めるのです。そのために、何本の指を使うかわかりませんが、まず神の国とその義のために使い、食べ物や飲み物、着物など残りのことのために、残りの指をバランスよく用いなければなりません。そうすれば、それに加えてすべてのものが与えられます。大切なのは時間があるか、ないかということではありません。何のために用いるかということです。神のために、神との交わりのために用いるなら、それに加えて、すべてのものが与えられます。そのためには、自分に与えられたものを感謝し、それを満足することを学ばなければなりません。

 

人は何かを手に入れることで満足を得られるのではないかと考えますが、実際にはそうではありません。人の満足というのは何かを手に入れることによって得られるものではなく、その心がどうであるかで決まります。それは条件の問題ではなく、心の問題だからです。基本的な欲求は神から与えられたものですが、それを越えた欲望、貪欲は、神から離れた空白から生じます。ですから、あらゆるものをつかんでも、次から次に空しさや飢え渇きが襲ってくるのです。ですから、目の前に置かれた食事で満足するほうが、もっと良いものを、もっと良いものをと、欲望がひとり歩きするよりも良いのです。

 

箴言17:1には、「一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる。」とあります。これは私が好きな御言葉の一つです。日本の多くの家庭では外面的には物であふれていて、一見、幸せそうに見えますが、実際には争いが絶えず、本当に平和な家庭は稀にしかないというのが現実です。人間は対物ではなく対人関係の中に生きていますから、対人関係が良くないとどんなに物が溢れていても幸せではないのです。その対人関係が豊かであるためには神を恐れ、神の知恵をいただき、その知恵に生きることが必要です。そうでなければ、空しく、風を追うような人生となってしまいます。その知恵、神の知恵とは何でしょうか。「目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさる」ということです。ぜひこのことを心に留めていただきたいと思います。

 

おそらくこれは、だれよりもこの伝道者ソロモン自身が痛感していたことでしょう。彼は、美しい宮殿に住み、多くの女性に囲まれながら、毎日のように贅沢な生活をしていましたが、それでも心が満たされませんでした。彼はおいしいご馳走をいっぱい食べても、争いに満ちた家に住むよりも、心の底からの平安を求めていたのです。

 

それは、ソロモンだけではありません。ご馳走なんてなくてもいい、豪邸になんか住まなくてもいい、本当の平和な家庭が欲しい!と思っている人は、案外と多いのではないでしょうか。家庭の平和と真の幸福は、決して物質の豊かさにあるのではない、と聖書は教えています。人間が神と和解するために、神がお遣わしになった救い主イエス・キリストを信じ受けて入れる時に心に平和と喜びと満足が与えられ、神との交わりを楽しむことができ、また、他人の過ちや失敗を心から赦し、愛することができるようになります。

 

少し前に「赦しの力」という映画を観ました。素晴らし映画です。ぜひ皆さんにも観ていただきたいと思いますが、この映画は、高校でクロスカントリー競技をしていたハンナという少女の話です。彼女はある時コーチのジョンから父親が病院に入院していることを聞きます。彼女の父親もかつてクロスカントリーをやっていて、州で3位に入るほどの実力者でしたが、次第に傲慢になり、酒と麻薬と女に溺れ、人生のどん底に落ちてしまいました。当然、妻とも別れ、生まれたばかりの娘ハンナも妻の母親に預けたのです。

あれから15年、彼は、神のあわれみによって神に立ち返ることができ、悔い改めて、イエス・キリストを救い主と信じ、すべての罪が赦され、神の子とされて新しい人生を歩むことができました。しかし、その代償は大きく、糖尿病などの合併症によって両目の視力を失ったばかりか、今は死を待つばかりの状態になっていました。

驚いたのはハンナの方です。というのは、彼女は、両親は彼女が生まれるとすぐ死んだと祖母から聞かされていたからです。自分を捨てていなくなったなんて寝耳の水でした。今さらそんな父親を赦すことなどできません。それでも父親に会いに病院に行ったハンナは、彼にはっきりと言うのです。「私は、あなたを赦しません」それはそうでしょう。自分を捨てた父親を赦すことなどできません。父親は、どんなことがあったのかを正直に話し、そんな自分を神があわれんでくださったので神に立ち返ることができたことを伝えました。

そんな時、彼女が通う学校の校長先生から、神がどれほどハンナを愛しておられるのかを聞くのです。神はそのためにご自分の御子イエス・キリストを与えてくださったと。それを聞いたハンナは、自分の罪を認め、イエス様を信じて心に受け入れました。そして校長先生のアドバイスにしたがってエペソ書1,2章を読みながら自分が何者であるかをノートに書き止めるのです。自分は罪が贖われた者、罪が赦された者、神の子、クリスチャン。彼女は罪が赦されたその大きな神の愛のゆえに、父親を赦そうと決心しました。そして、病院に行ってみると彼はICUに入っていましたが、そのことを告げたのです。

そして、クロスカントリーの州大会で、コーチのジョンはある秘策を思いつきました。レースをイメージさせて父親に彼女へのアドバイスを録音させたのです。それを聞きながら走った彼女は、奇跡的に州大会で優勝するのです。そして、金メダルを病院のベッドにいる父親の首にかけてやるのですが、神に赦された、赦しの力がどれほど大きなものであるかを強く感じました。

 

イエス・キリストは、あなたの罪のために、身代わりとなって十字架で死んでくださいました。そして、三日目によみがえられました。この方を信じる時、あなたのすべての罪は神の前に赦され、本当の意味で幸福な者となることができます。当然、その結果として家庭にも平和が訪れるのです。そうした貪欲からも解放されます。目が見ることは、欲望のひとり歩きにまさるという、このみことばを実践できるようになるのです。

 

Ⅲ.神は知っている(10-12)

 

最後に、10~12節をご覧ください。「存在するようになったものは、すでにその名がつけられ、それが人間であることも知られている。その人は、自分より力のある者と言い争うことはできない。多く語れば、それだけ空しさを増す。それは、人にとって何の益になるだろうか。だれが知るだろうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを。だれが人に告げることができるだろうか。その人の後に、日の下で何が起こるかを。」

 

存在しているものはすべて名前がつけられています。それは「人間」についても言えることです。人間とはどのようなものなのかも神に知られているのです。神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれました。それで人は生きるものとなったのです(創世記2:7)。ですから、地のちりにすぎない者が、創造主に対して言い争うことなどできません。この「自分より力ある者」を「死」と解釈し、人は死に逆らうことはできないと理解する人もいますが、ここでは「神」のことであると解釈すべきです。というのは、その後の11節には「多く語れば、それだけ空しさを増す」とあるからです。これは、神の定めにいくら言い逆らったとしても、それはただ空しさを増すだけだという意味です。つまり、ここで伝道者が言わんとしていたことは、私たち人間がどのような者であるかを知っておられる神と言い争っても、何の意味もないということです。

 

それなのに、私たちは愚かにもこの「力ある方」と言い争うことがあります。なぜですか?なぜこのようなことが起こるのでしょうか。なぜ夫は私を捨てたのですか。なぜ仕事に失敗したのでしょうか。なぜこんな災いがふりかかったのですか。なぜですか・・と。しかし、どんなに神と言い争っても事態は何も変わりません。むしろ、多く語れば語るほど、それだけ空しくなるだけです。それは、人にとって何の益にもなりません。むしろ、人間の限界を悟り、その人間を造られた神を恐れることです。そして、変わらない神の真実に目を向けることです。神はあなたをどんなに愛しておられるか、そのために、神はご自分の御子をあなたに与えてくださいました。自分のいのちよりも大切な御子イエス・キリストをお与えになられたのです。それほどまであなたを愛しておられるのです。ヨハネ3:16には「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」とあります。

神はそれほどまでに、あなたを愛しておられるのです。何があっても私は愛されている。そのために御子を与えてくださったほどに愛されているんだと、この事実に目を留めて、神と言い争うのを止めなければなりません。そうすれば、たましいに安らぎが来ます。私たちの心に平安がないのはこの御言葉の約束の上に立たないで、自分の感情の上に立っているからです。それで、神様どうしてですか、と神と言い争うのです。でも事態は何も変わりません。結果的に、自分がみじめになるだけです。ではどうしたら良いのでしょうか。12節をご覧ください。ご一緒に読みたいと思います。「だれが知るだろうか。影のように過ごす、空しい人生において、何が人のために良いことなのかを。だれが人に告げることができるだろうか。その人の後に、日の下で何が起こるかを。」

 

影のように過ぎて行く、短く、むなしい人生において、何が人のために良いことなのでしょうか。そのことを人に告げることができる人はだれもいません。だれも将来何が起こるのかを教えてくれることもできません。でも神は知っています。何が人のために良いことなのかを。何が人にとって必要なことなのかを。何が人にとっての真の幸福なのかを。神は私たちに対する完全なご計画を持っておられるのです。そこには痛みや悲しみもあるかもしれませんが、それは神のご計画の一部でしかありません。私たちに求められているのは、私たちは神と言い争ったり、神を呪ったりするのではなく、神を恐れ、すべてを神にゆだねて生きることです。これが、この書全体の結論です。12:13、「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」

 

パウロはこのことを、陶器師と陶器のたとえで説明しています。陶器師は同じ土のかたまりから、あるものは尊いことに用いる器に、別のものは普通の器に作る権利を持っています。造られた者が造った者に、「どうして私をこのように造ったのか」などと言うことはできません。どのように造るかは、それを造る陶器師の手(思い)にかかっているからです。私たちにできることは、その陶器師であられる神によって造られていることを感謝し、その神を恐れ、神のみこころに生きることです。それこそ真の満足が与えられる、幸せで祝福された人生なのです。

 

あなたはどうですか。自分より力ある方と言い争ってはいませんか。「主よ、どうしてですか。どうしてこのようなことを見て何ともお思いにならないのですか。どうしてこのようなことが起こるのですか・・・。」しかし、私たちの主は私たちを造られた創造主です。その方にすべてをゆだね、この方を恐れて生きること、それこそ私たち人間にとってすべてなのです。

Ⅱサムエル記1章

きょうからサムエル記第二に入ります。

 

Ⅰ.アマレク人の報告(1-10)

 

まず、1-10節をご覧ください。「サウルが死んだとき、ダビデはアマレク人を打ち破って帰って来ていた。その後ダビデは二日間、ツィクラグにとどまっていた。すると三日目に、見よ、一人の男がサウルのいた陣営からやって来た。衣は裂け、頭には土をかぶっていた。彼はダビデのところに来ると、地にひれ伏して礼をした。ダビデは言った。「どこから来たのか。」彼は言った。「イスラエルの陣営から逃れて来ました。」ダビデは彼に言った。「状況はどうか。話してくれ。」彼は言った。「兵たちは戦場から逃げ、しかも兵たちの多くの者が倒れて死にました。それに、サウルも、その子ヨナタンも死にました。」

ダビデは、報告をもたらしたその若い者に言った。「サウルとその子ヨナタンが死んだことを、どのようにして知ったのか。」報告をもたらしたその若い者は言った。「私は、たまたまギルボア山にいましたが、見ると、サウルは自分の槍にもたれ、戦車と騎兵が押し迫っていました。サウルが振り返って、私を見て呼びました。私が『はい』と答えると、私に『おまえはだれだ』と言いましたので、『私はアマレク人です』と答えますと、 『さあ、近寄って、私を殺してくれ。激しいけいれんが起こっているが、息はまだ十分あるから』と言いました。私は近寄って、あの方を殺しました。もう倒れて生き延びることができないと分かったからです。私は、頭にあった王冠と、腕に付いていた腕輪を取って、ここに、あなた様のところに持って参りました。」」

 

前回のところで、サウルとその3人の息子たち、そして、イスラエルの兵士たちはギルボア山でペリシテ人との戦いで敗れ、打ち殺されたことを見ました。サウルに至っては自分の道具持ちに彼の剣を抜いて刺し殺してくれるように頼みましたが、道具持ちはそのようにすることを恐れてしなかったので、自分の剣を抜き、その上に倒れ込んで自殺しました。何とも悲しい最期でした。しかし、サウルの生涯のすべてがダメだったというわけではなく、彼は良いことも行ったのでその報いも受けました。それがヤベシュ・ギルアデの人たちによって丁重に葬られたという出来事です。

 

そのサウルが死んだとき、ダビデはアマレク人を打ち破り、ツィケラグに帰って来ていました。アマレク人はダビデたちが留守中にツィケラグを襲い、これを火で焼き払い、そこにいた女たちや子どもたちをみな捕らえ、自分たちのとこへ連れ去って行ったのですが、彼はアマレク人を追って行き、彼らと戦って勝利し、アマレクが奪い取ったものをすべて取り戻したのです。その戦いから帰って二日間ツィケラグにとどまっていましたが、三日目に、一人のアマレク人の男がサウルのいた陣営からダビデのもとにやってきました。彼の衣は裂け、頭には土をかぶっていました。これは、悲しい出来事が起こったということです。

 

ダビデが彼に、「どこから来たのか」と言うと、彼は「イスラエルの陣営から逃れて来ました」と言うので、サウルとヨナタンのことを気にかけていたダビデは、その状況について尋ねました。すると彼は、イスラエルは敗北し、多くの兵たちは戦場から逃げ、倒れて死んだこと、それにサウルとヨナタンも死んだということを報告しました。彼はどのようにしてそのことを知っていたのでしょうか。ダビデは、報告をもたらしたその若い者にそのことを尋ねると、彼は、自分はたまたまギルボア山にいたのだが、サウルが自分の槍にもたれ死にそうになっていたとき、サウルから自分を殺してほしいと言われたので、最後のとどめを刺したと答えました。その証拠にサウルがかぶっていた王冠と、腕につけていた腕輪を取って、ダビデのところに持って来て見せたのです。いったいなぜ彼はそんなことをしたのでしょうか。

 

彼は、次の王となるはずのダビデがサウルの死を喜び、とどめを刺した自分に褒美をくれるのではないかと思ったのです。しかし、次のところを見るとわかりますが、ダビデはサウルの死を喜ぶどころか悲しみました。確かにダビデはこれまでサウルの手から逃れていました。そして神が自分とサウルの間をさばいてくださる、と言っていました。しかし彼は、サウルの死を喜びませんでした。彼はサウルの死を望んでいなかったのです。そのような状況の中でも、すべてを主にゆだねていたからです。主にゆだねるなら、主が最善の時に道を開いてくださると信じていたのです。ここに、このアマレク人との思惑のズレがありました。彼は人間的な思いからきっとダビデがサウルを憎み、彼が殺されたことを喜ぶに違いないと思い、そのことを報告した自分に何らかの報酬が与えられると思いましたが、実際にはその逆でした。そういうことがよくあるのではないでしょうか。聖書を読むとき自分の思いが強すぎて、自分の思いを正当化するかのようにそれを受け止めるも、実際には、神のみこころとズレていたということがよくあります。大切なのは自分の思いではなく、神のみこころは何か、何が良いことで神に受け入れられることなのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えることです。心を変えるとは考え方を変えるということです。神のみことばを神のみことばとして受け入れ、神の考え方に生きることです。ダビデのように、すべてを主にゆだね、主が導いてくださる最善を待ち望むことなのです。

 

Ⅱ.サウルとヨナタンの死を悼み悲しんだダビデ(11-16)

 

次に、11~16節をご覧ください。「ダビデは自分の衣をつかんで引き裂いた。ともにいた家来たちもみな、そのようにした。彼らは、サウルのため、その子ヨナタンのため、また【主】の民のため、イスラエルの家のために悼み悲しんで泣き、夕方まで断食した。サウルらが剣に倒れたからである。ダビデは自分に報告したその若い者に言った。「おまえはどこの者か。」彼は言った。「私はアマレク人で、寄留者の子です。」ダビデは彼に言った。「【主】に油注がれた方に手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか。」ダビデは家来の一人を呼んで言った。「これに討ちかかれ。」彼がその若い者を討ったので、若い者は死んだ。ダビデは若い者に言った。「おまえの血は、おまえの頭上に降りかかれ。おまえ自身の口で、『私は【主】に油注がれた方を殺した』と証言したのだから。」」

 

アマレク人の若者の報告を聞いたダビデはどうしたでしょうか。彼は自分の衣を掴んで引き裂きました。ともにいた家来たちもみな同様にしました。彼らはサウルため、その子ヨナタンのため、また主の民のため、悼み悲しんだのです。彼らは、その死を悼み悲しんで泣き夕方まで断食をしました。このアマレク人が予測していたこととは反対のことでした。なぜダビデはサウルの死を悼み、悲しんだのでしょうか。自分の命を狙ってつき待っていたサウルが死んだのです。「ああ、よかった!これで安心だ」と喜んでも良かったのではないでしょうか。それなのに彼は喜ぶどころか、深く悲しみました。そこには、二つの理由がありました。

 

まず、箴言24:17をご覧ください。ここには「あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、心躍らせてはならない。」とありますが、ダビデはこのみことばに生きていたのです。あなたの敵が倒れたなら、「ざまあみろ!」と言いたくなるところでしょう。しかし彼はそれが神のみこころでないことを知っていました。主のみこころは、あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない、とあるからです。これは私たちクリスチャンにも言えることです。私たちもダビデのように自分の感情に流されて生きるのではなく、主のみことばに生きる者でなければなりません。そういう人は、神からも、人からも認められるようになるのです。

 

もう一つのことは、Ⅰ歴代誌16:22を見るとわかります。そこには、「わたしの油注がれた者たちに触れるな。わたしの預言者たちに危害を加えるな。」とあります。これが神のみこころです。たとえサウルが間違ったことを行なったとしても、彼を引き倒そうとする試みは間違っていることを彼は知っていました。なぜなら、サウルは神に油を注がれた者だからです。神が油注がれた者には、神が立て、神が倒してくださいます。他人が関わるべきことではありません。ですからダビデは、自分から手を下すことは一切しなかったのです。

 

それに対してこのアマレク人はどうでしたか?ダビデが「おまえはどこの者か」と尋ねると、彼は、「私はアマレク人で、寄留者の子です。」と答えています。「寄留者」とは在留異国人ということです。彼はイスラエルにいる在留異国人の子どもであったのです。その真偽はわかりませんが、もしこれが本当だとすれば、彼はサウルのしもべということになります。それなのに、主に油注がれた方に手を下して殺すとはどういうことでしょう。そこでダビデは家来の一人を呼んで、これに討ちかかるように命じました。それは神に背く行為であったからです。

 

ここに、ダビデの徹底した主にゆだねる姿勢を見ることができます。このようなダビデの信仰は、神を知らない異邦人にはなかなか理解できないことです。神を知らない人の判断とクリスチャンの判断とでは本質的に違うからです。しかし、クリスチャンはこの世にいながら、この世のものではありません。クリスチャンは神のものであり、神のみこころに従って生きている者です。それゆえ、クリスチャンの判断とその行動の基準は、神によって動かされるものでなければなりません。日々の生活の中で私たちはどのような基準で生きているのかをもう一度思い直し、神に喜ばれることを選び取っていきたいと思います。

 

Ⅲ.ダビデの哀歌(17-27)

 

最後に、17~27節までを見て終わりたいと思います。ダビデは、サウルのため、また、その子ヨナタンのために哀歌を歌いました。「イスラエルよ、君主はおまえの高き所で殺された。ああ、勇士たちは倒れた。これをガテに告げるな。アシュケロンの通りに告げ知らせるな。ペリシテ人の娘らを喜ばせないために。無割礼の者の娘らが喜び躍ることがないために。ギルボアの山よ。高原の野よ。おまえたちの上に、露は降りるな。雨も降るな。そこでは勇士たちの盾が汚され、サウルの盾に油も塗られなかったからだ。殺された者の血から、勇士たちの脂から、ヨナタンの弓は退くことがなく、サウルの剣も、空しく帰ることがなかった。サウルもヨナタンも、愛される、立派な人だった。生きているときも死ぬときも、二人は離れることはなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。イスラエルの娘たちよ、サウルのために泣け。サウルは、紅の衣を華やかにおまえたちに着せ、おまえたちの装いに金の飾りを着けてくれた。ああ、勇士たちは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンはおまえの高き所で殺された。あなたのために私はいたく悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ。あなたは私を大いに喜び楽しませ、あなたの愛は、私にとって女の愛にもまさって、すばらしかった。ああ、勇士たちは倒れた。戦いの器は失せた。」

 

「ヤシャルの書」とは、ヨシュア記10章13節に、「これは『ヤシャルの書』に確かに記されている。」とあるように、イスラエルの歌を編集した書物のようです。ヨシュア記の詩は、主がアモリ人をイスラエルの手に渡された時、ヨシュアが歌った歌です。日が沈んでしまうと、彼らを追跡することができなくなるので、ヨシュアは日が沈まないようにと主に祈りました。太陽よ、止まれ!と命じたのです。すると、民がその敵に復讐するまで、日は動かず、月はとどまりました。主がこのような祈りを聞かれたことは、先にもあとにもありません。その詩が記されたのが「ヤシャルの書」です。そのヤシャルの書に、このダビデの哀歌が記されたのです。それは、このことをしっかりと記録することで、ユダの子らに教えるためです。ここには「弓を教えるためのもので」とありますが、この哀歌は「ヤシャルの書」に載せられ、「弓」という名で歌い継がれることになりました。

 

この哀歌は、三つの部分から構成されています。「ああ、勇士たちは倒れた」ということばが、各部分の始まりとなっています。

その最初の部分は、19~24節です。19節の「君主」とは、サウルとヨナタンのことです。そして「おまえの高き所」とはギルボア山のことです。この山はイスラエル人が住んでいるところにある山でしたが、サウルとヨナタンはそこで倒れました。

 

20節の「ガテ」と「アシュケロン」とは、ペリシテの主要な都市のことです。このことをペリシテ人に告げ知らせないようにというのです。なぜなら、そのことを聞いたペリシテ人が喜ぶことになるからです。

 

21節でダビデは、ギルボア山を呪っています。「露は降りるな。雨も降るな」とは、水を提供するな、それを断つようにという意味です。現在でもギルボア山の北側の山腹は植林が行なわれず、はげた状態になっているそうです。それはイスラエル人がそこに植林をしないからです。イスラエルは、荒地に木々を植えていくことによってあの地を豊かにしましたが、そこに植林をしなかった理由は、ダビデのこの哀歌によるものです。

 

22節と23節では、サウルとヨナタンを称えています。サウルとヨナタンは一生涯離れることなくともに戦った立派な戦士であり、だれからも愛されるべき勇士でした。

 

24節には、イスラエルの民にサウルの死を悼み悲しむようにと歌っています。なぜなら、サウルはイスラエルの民に紅の衣を華やかに着せ、彼らの装いに金の飾りを着けてくれたからです。すなわち、物質的祝福を与えるために心を尽くして戦ってくれたからです。

 

25~27節をご覧ください。第二と第三の部分です。ここでダビデは、親友ヨナタンの死を悼んでいます。その生前の愛と友情を思い、「あなたは私を大いに喜び楽しませ、あなたの愛は、私にとって女の愛にもまさって、すばらしかった。」と歌っています。これは、異性との間にある愛とは全く異なった種類の愛です。ですから、これはダビデがそのような性癖があったとか、自分の妻たちとそれほど関係が深くなかったということではありません。それほどにヨナタンとの友情が深かったということです。それは契約に基づいた友情でした。

 

そしてそれは、私たちと神との関係も同じです。神は、キリストの十字架の贖いを信じる者を義と認めてくださいました。そのすべての罪を赦してくださると約束してくだったのです。どんなことがあっても、です。どんなことがあっても、あなたを見捨てたり、見離したりはしません。それは神との契約なのです。ダビデとヨナタンにあった友情の契約は、私たちと神との関係を思い出させてくれます。イエス様もまた、私たちをこよなく愛しておられます。そのような関係にあることは何と幸いなことでしょうか。私たちもダビデがヨナタンとの友情を称えたように、主に愛に感謝し、その愛に心から応答する者でありたいと思います。

出エジプト記36章

出エジプト記36章から学びます。

Ⅰ.あり余る奉仕(1-7)

まず、1~7節までをご覧ください。「ベツァルエルとオホリアブ、および、聖所の奉仕のあらゆる仕事をする知恵と英知を【主】に授けられた、心に知恵ある者はみな、すべて【主】が命じられたとおりに仕事をしなければならない。」モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および【主】が心に知恵を授けられた、すべて心に知恵ある者、またその仕事をするために進み出ようと、心を動かされた者をみな呼び寄せた。彼らは、 聖所を造る奉仕の仕事のためにイスラエルの子らが持って来たすべての奉納物を、モーセから受け取った。しかしイスラエルの子らは、 なおも朝ごとに、進んで献げるものを彼のところに持って来た。そこで、聖所のすべての仕事をしていた知恵のある者はみな、それぞれ自分がしていた仕事から離れてやって来て、モーセに告げて言った。「民は何度も持って来ます。【主】がせよと命じられた仕事のためには、あり余るほどのことです。」それでモーセは命じて、宿営中に告げ知らせた。「男も女も、聖所の奉納物のためにこれ以上の仕事を行わないように。」こうして民は持って来るのをやめた。手持ちの材料は、すべての仕事をするのに十分であり、あり余るほどであった。」

モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、及び主が心に知恵を授けられた、すべての心に知恵ある者、また、その仕事をするために進み出ようと、心を動かされた者をみな呼び寄せました。「主が心に知恵を授けられた、すべて心に知恵ある者」とは、そのために聖霊の賜物と知恵が与えられている人のことで、「その仕事をするために進み出ようと、心を動かされた者」とは、その仕事をするために進み出ようと、聖霊によって心を動かされた人たちです。神の御業はこのような人たちによって成し遂げられていくのです。

しかし、ここで問題が生じました。どんな問題でしょうか。それは、彼らは聖所を造る奉仕の仕事のためにイスラエル人が持って来た奉納物をモーセから受け取ったわけですが、イスラエルの民が朝ごとにささげ物を持ってきたので、あり余るほどになってしまったということです。彼らはモーセのところに来て、現状を伝えました。「民は何度も持って来ます。主がせよと命じられた仕事のためには、あり余るほどです。」

イスラエルの民がいかに感動して、進んでささげていたかがわかります。教会で、献金があり余るほどなのでもう持ってこないでください、という話は聞いたことがありません。どうして彼らはこんなに喜んでささげたのでしょうか。それは、あの金の子牛を拝むという罪を悔改めたことでその罪が赦されたこと、そして、栄光の主が彼らとともにおられるということを実感したからでしょう。すなわち、罪が赦された喜びのゆえです。ダビデは、詩篇32:1で「幸いなことよ。その背きの罪を赦され、罪を覆われた人は。」と歌っていますが、罪が赦されること、それほど大きな喜びはありません。そのような人と、主がいつもともにいてくださるからです。イスラエルの民には、その喜びが溢れていたのです。それで、

主の幕屋の建設のために、喜んでささげたいと思ったのです。

Ⅱ.幕(36:8-19)

次に、8~19節までをご覧ください。「仕事に携わっている者のうち、心に知恵ある者はみな、 幕屋を十枚の幕で造った。幕は、撚り糸で織った亜麻布、 青、 紫、 緋色の撚り糸を用い、意匠を凝らしてケルビムを織り出した。幕の長さはそれぞれ二十八キュビト、幕の幅はそれぞれ四キュビト、幕はみな同じ寸法とした。五枚の幕を互いにつなぎ合わせ、もう五枚の幕も互いにつなぎ合わせた。つなぎ合わせたものの端にある幕の縁に、青いひもの輪を付け、もう一つのつなぎ合わせたものの端にある幕の縁にも、そのようにした。その一枚の幕に五十個の輪を付け、もう一つのつなぎ合わせた幕の端にも五十個の輪を付け、その輪を互いに向かい合わせにした。金の留め金を五十個作り、その留め金で幕を互いにつなぎ合わせ、こうして一つの幕屋にした。また、幕屋の上に掛ける天幕のために、やぎの毛の幕を作った。その幕を十一枚作った。幕の長さはそれぞれ三十キュビト、幕の幅はそれぞれ四キュビト、その十一枚の幕は同じ寸法とした。そのうち五枚の幕を一つに、 もう六枚の幕も一つにつなぎ合わせ、つなぎ合わせたものの端にある幕の縁には五十個の輪を付け、もう一つのつなぎ合わせた幕の縁にも五十個の輪を付けた。青銅の留め金を五十個作り、天幕をつなぎ合わせて一つにした。天幕のために、赤くなめした雄羊の皮で覆いを作り、さらに、その上に掛ける覆いをじゅごんの皮で作った。」

これは26章の繰り返しです。内容がほとんど同じです。一見、無味乾燥に思える繰り返しのようにも見えますが、実はそうではありません。このように、同じことが繰り返して書かれている時は、それなりに重要であるということです。ではどういう点でこの記述が重要なんのでしょうか。それは、26章で語られた内容をここで実行したという点においてです。すなわち、命令と実行の関係になっているということです。それはどういうことかというと、イスラエルの民は神から与えられた命令を忠実に守って実行したということです。

 

8節には、幕屋の幕とその上に掛ける天幕について記されてあります。この幕は、撚り糸で織った亜麻布、青、紫、緋色の撚り糸でおられたもので、ケルビムの刺繍が施して造られました。幕は全部で10枚でしたが、その幕5枚を互いにつなぎ合わせ、また、ほかの幕5枚も互いにつなぎ合わせました。そのつなぎ合わせた物の端にある幕の縁に、青いひもの輪を付け、ほかのつなぎ合わせた物の端にも同じようにしました。その1枚の幕に50個の輪を付け、ほかのつなぎ合わせた幕の端にも50個の輪を付けて、その輪を互いに向かい合わせにしました。そして金の留め金50個を作り、その留め金で、幕を互いにつなぎ合わせて、一つの天幕にしました。この「留め金」は26章の説明にあったように、キリストの神性と力を象徴していました。つまり、この2枚の幕を結び付けるのは、キリストによるということです。これは神と私たち人間のことであり、ユダヤ人と異邦人のことを象徴していました。これはただ神の愛、神の恵みによって結び合わされるのであって、私たちの力や働きによるのではありません。

 

また、天幕の上に掛ける幕のために、やぎの毛でおった幕を作りました。全部で11枚です。その5枚の幕と6枚の幕も一つにつなぎ合わせなければなりませんでした。つなぎ合わせたものの端にある幕の縁には50個の輪を付け、もう一つのつなぎ合わせた幕の縁にも50個の輪を付けました。しかし、それを留める留め金には「青銅の留め金」が用いられました。なぜ「青銅の留め金」だったのでしょうか?内側の幕には金の留め金が用いられましたが、ここでは青銅の留め金です。それは、神のさばきを象徴していたからです。黒の幕が青銅の留め金でつなぎ合わされていたのは、人の罪に対する神のさばきを表していました。イエス・キリストは、まさに私たちの罪のために神のさばきを受けられたのです。

 

やぎの毛の幕の上にさらに覆いが2枚用いられました。どのような幕ですか。赤くなめした雄羊の皮で作った覆いと、その上にはじゅごんの皮で作った覆いです。「赤くなめした雄羊の皮」は、雄羊の身代わりを象徴していました。やぎの毛でできた黒い「天幕」はすべての罪の象徴ですから、それを覆うのは「赤くなめした雄羊の皮」でなければならなかったのです。Ⅰペテロ1:18-19には、「ご存じのように、あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」とあります。傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、キリストの尊い血こそ、私たちの罪を贖うことができるものです。

「私たちは、この御子の内にあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによる事です(エペソ1:7)。

 

また、「じゅごん」というのは紅海に生息していた動物で、アザラシのことではないかと考えられていますが、これは風雨にさらされても大丈夫な皮です。それは、どんなに強大な嵐が襲って来ても大丈夫な屋根であることを示しています。しかし、それはとりわけ人の目を引くような魅力あるものではありません。誰も入りたいとは思えないこの幕屋のみすぼらしい外観は、イザヤが預言した、この地を歩まれたキリストの姿そのものでした。イザヤ53:2には「彼は主の前に、ひこばえのように生え出た。砂漠の地から出た根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。」とあります。

しかし、見た目にはみすぼらしく、人々を引きつけるには何の魅力もないようなこの幕屋でも、ひとたび中に入ったら、そこには神の栄光の輝きがありました。全く次元の違う輝きを放っていたのです。それは人の目には隠されています。イエスは大工の息子として来られましたが、そこには神の本質と栄光の輝きが隠されていたのです。

 

この幕が象徴していたのは何だったのでしょうか。それは、キリスト以外に救いは無いということです。神の栄光の輝きに至るには、私たちの罪を聖めてもらわなければなりません。それがキリストの十字架の贖いであったということです。キリストは神の栄光の輝き、神の御子であり、私たちの罪を完全に聖めることができたのです。表面だけを見るなら何ともみすぼらしい姿にしか見えなかったかもしれませんが、「このキリストの内にこそ、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」(コロサイ2:3)

 

イスラエルの民は、主がモーセを通した命じられたとおりに造りました。あなたはどうですか。あなたは、この幕に込められた神の救い、キリストの十字架の贖いをその通り受け入れているでしょうか。この方の内側の輝きを知る事のできた人は幸いです。見みすぼらしく見えるようでも、キリストには神の栄光が宿っているのです。

 

Ⅲ.幕屋の建枠と横木(20-38)

次に、20~38節をご覧ください。まず34節までをお読みします。「さらに幕屋のために、アカシヤ材で、まっすぐに立てる板を作った。一枚の板は、長さ十キュビト、板一枚の幅は一キュビト半。板一枚ごとに、はめ込みのほぞを二つ作り、幕屋のすべての板にそのようにした。こうして幕屋のために板を作った。南側に二十枚。その二十枚の板の下に銀の台座を四十個作った。一枚の板の下に、 二つのほぞのために二個の台座、ほかの板の下にも、二つのほぞのために二個の台座を作った。幕屋のもう一つの側、北側に板二十枚。銀の台座四十個。すなわち、一枚の板の下に二個の台座。次の板の下にも二個の台座。幕屋のうしろ、西側に板六枚を作った。幕屋のうしろの両隅に板二枚を作った。これらは底部では別々であるが、上部では、一つの環のところで一つに合わさるようにした。二枚とも、そのように作った。これらが両隅である。板は八枚、その銀の台座は十六個。すなわち、一枚の板の下に二個ずつの台座があった。また、アカシヤ材で横木を作った。すなわち、幕屋の一方の側の板のために五本、幕屋のもう一方の側の板のために横木五本、幕屋のうしろ、西側の板のために横木を五本作った。それから、板の中間を端から端まで通る中央横木を作った。板には金をかぶせ、横木を通す環を金で作った。横木にも金をかぶせた。」
これは、幕屋のための板について記されてあります。彼らは幕屋のために、アカシヤ材で、まっすぐに建てる板を作りました。その命令の通りです。この板も幕と同じように長細い形をしていますが、それをいくつも作り、そこに棒を通すことによって一つの壁にしたのです。そして、板が倒れないようにそれを支えるための台座も造りました。それは銀です。先ほど話しましたように、天を表わす聖所の部分が地上に触れるときに贖いが必要な銀が使われるのです。そして、板も横木もみな金をかぶせました。主が、モーセを通して民に命じられた通りです。そのとおりに実行したのです。

この板は何を表していたのかというと、私たち一人一人のクリスチャンのことです。教会はキリストのからだ(幕屋)です。その幕屋を構成している材料がこの板なのです。それはアカシヤ材で作られました。それは罪に汚れた人間の姿を表していました。アカシヤ材は曲がった木で、それだけでは全く役に立たない価値のないものですが、そんな者の罪が贖われて、神の教会を建て上げていくための材料として用いられるのです。その板を支えていたのが銀の台座です。銀は贖いの象徴です。キリストが贖ってくださったので私たちはもはやこの世のものではありません。だから台座によって宙に浮いているのです。宙に浮いているようにこの世に遣わされているのです。

 

31~34節には、その板を支えるための横木について記されてあります。板は、5本の横木によって支えられていました。そして板の中間には、端から端まで通る中央の横木を作りました。そしてその横木には金がかぶせられました。アカシヤに金という表現は前から出てきますが、それは人となられた神、イエス・キリストを象徴していました。この横木とは板であるクリスチャンを支えるキリストご自身の象徴だったのです。エペソ4:16には、「キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされて、成長して、愛のうちに建てられるのです。」とあります。

教会は、キリストによって結び合わされて、愛のうちに建て上げられていきます。それは「板には金をかぶせ、横木を通す環を金で作った。」(34)とあることからもわかります。この環こそ愛のしるしです。教会はキリストによって結び合わされ、愛によって結ばれてこそ建て上げられていくものなのです。

 

最後に、35~38節を見て終わります。「また、青、 紫、 緋色の撚り糸、それに撚り糸で織った亜麻布を用いて、垂れ幕を作った。これに意匠を凝らしてケルビムを織り出した。その垂れ幕のために、金をかぶせたアカシヤ材の四本の柱を作った。それらの鉤は金であった。また、柱のために四つの銀の台座を鋳造した。天幕の入り口のために、青、紫、緋色の撚り糸、それに撚り糸で織った亜麻布を用い、刺?を施して垂れ幕を作った。また、五本の柱とその鉤を作り、柱頭と頭つなぎに金をかぶせた。その五つの台座は青銅であった。」

 

ここには聖所と至生所を仕切る垂れ幕と、天幕の入口の幕について語られています。この垂れ幕は四色のケルビムが織り出されていました。この幕こそイエス・キリストご自身のことです。言うならば、キリストご自身の肉体を象徴していたのです。へブル10:19-20に、「こういうわけで、兄弟たち。私たちはイエスの血によって大胆に聖所に入ることができます。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのために、この新しい生ける道を開いてくださいました。」とあるように、キリストはご自身の肉体という垂幕を、十字架で裂かれることによって、私たちが天国のまことの聖所に入ることができるようにしてくださったのです。キリストが十字架につけられたとき、上から下に真っ二つに裂けた(マタイ27:50-51)のは、この垂れ幕のことです。今は、キリストにあって神の御座が完全に開かれており、私たちは、キリストにあって大胆に神に近づくことができるのです。  そして37-38節には、聖所の入口である幕について記されてあります。この幕もキリストを象徴していました。キリストこそまことの門です。「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら救われます。また出たり入ったりして、牧草を見つけます。この方を通って入るなら救われます。」(ヨハネ10:9)

 

あなたは、この門から入ったでしょうか。この門から入るなら救われます。イスラエルの民は、主がモーセに命じられた通りに行いました。私たちも、主が命じられたとおりにキリストを信じ、キリストの十字架の贖いを受けることによってのみ救われるのです。