ヨハネの福音書11章28~37節「涙を流されるイエス」

きょうは、「涙を流されるイエス」というタイトルでお話します。聖書の中には、イエスが笑われたという表現は一度も出ておりませんが、涙を流されたというのは、三回出てきます。ルカ19:41とへブル5:7とここです。どうして主イエスは涙を流されたのでしょうか。それは、マルタやマリアやそこにいた人たちの悲しみに同情されたからです。主イエスは、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように試みに会われました。ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づくことができるのです。きょうは、このあわれみ深いイエスについて三つのことをお話ししたいと思います。第一のことは、イエスは私たちを呼んでおられるということです。

 

Ⅰ.あなたを呼ばれるイエス(17-22)

 

28~32節をご覧ください

「マルタはこう言ってから、帰って行って姉妹のマリアを呼び、そっと伝えた。「先生がお見えになり、あなたを呼んでおられます。」マリアはそれを聞くと、すぐに立ち上がって、イエスのところに行った。イエスはまだ村に入らず、マルタが出迎えた場所におられた。マリアとともに家にいて、彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリアが急いで立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、ついて行った。マリアはイエスがおられるところに来た。そしてイエスを見ると、足もとにひれ伏して言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」

 

ラザロが死んで四日経っていました。イエスが来られたことを聞いたマルタは、すぐに出迎えに行きました。一方、マリアは、イエスが来られたと聞いても、家に座っていました。あまりにも悲しくて立ちあがれなかったのかもしれません。イエスを出迎えに行ったマルタが、「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言うと、イエスは「あなたの兄弟はよみがえります」と言われました。マルタは、終わりの日に、よみがえることは知っていますと答えると、主はあの有名なみことばを語られました。

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことはありません。」(25-26)

すると彼女はイエスに「はい、主よ。私は、あなたが世に来られる神の御子キリストであると信じております。」と答えました。彼女は確かにイエスが旧約聖書で預言されていたメシアであると信じていましたが、それ以上の方として受け入れることはできませんでした。つまり彼女はイエスを神の子として信じていましたが、また、そういう意味では彼女も救われ永遠のいのちを受けていましたが、同時にそれがこの世におけるさまざまな問題においても実際に解決をもたらす力があるということを理解していなかったのです。彼女の信仰には欠陥というか、不完全な要素がありました。

 

マルタは、そのように言うと、自分の家に帰って姉妹のマリアを呼び、そっと伝えました。「先生がお見えになり、あなたを呼んでおられます。」(28)マリアはそれを聞くと、すぐに立ち上がって、イエスのところに行きました。「すぐに立ち上がって」という言葉は、ギリシャ語ではエゲイローという語ですが、眠りから覚めるという意味があります。5:21には、「死人をよみがえらせ」とありますが、この「よみがえらせ」という言葉がエゲイローです。12:1にも「そこには、イエスが死人からよみがえらせたラザロがいた」とありますが、この「よみがえらせた」も「エゲイロー」です。イエスの呼びかけは、死んでいたような彼らの霊を呼び覚ましました。あなたはどうでしょうか?あなたの腰は重くなっていないでしょうか?眠ったままになってはいませんか?マリアはそれを聞くとすぐに立ち上がりました。それほどに彼女はイエスを愛していたというか、信頼していたことがわかります。私たちもイエスさまの呼びかけにすぐに応答する者となりたいですね。

 

30節をご覧ください。イエスはまだ村に入らず、マルタが出迎えた場所にいました。なぜイエスは村に入らなかったのでしょうか?それはマルタと個人的な時間を持ちたかったからです。村に入ってしまうとそのような時間を持つことができないと思われたのでしょう。28節にも、マルタは、イエスがマリアを呼んでおられることを「そっと伝えた」とありますが、それはこのためでしょう。すぐに大勢の人々が集まって来るのを望まなかったのです。ところが、結果的にはそのようにはなりませんでした。31節を見ると、「マリアとともに家にいて、彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリアが急いで立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、ついて行った。マリアはイエスがおられるところに来た。」とあります。「彼女を慰めていたユダヤ人たち」とは、多くの親戚たちや、親しい友人たちのことです。そして当時ユダヤには「泣き女」と呼ばれる人たちがいました。泣くことを職業にしていた人たちです。そういう人たちものいました。ですから、そういう人たちすべてのことです。イエスは、こういう人たちを振り払ってできるだけ個人的に、静かな時間を持ちたいと思われたのです。しかし、この人たちは、マリアが急いで立ち上がって出て行くのを見て墓に泣きに行くのだろうと思い、ついて行きました。

 

マリアはイエスのおられるところに来るとどうしましたか?彼女はイエスを見ると、足もとにひれ伏して言いました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」どこかで聞いたことのあることばです。そうです、これは21節でマルタがイエスに言ったことばと全く同じです。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」マルタが言ったことばが山彦(やまびこ)のようにこだましています。なぜマリアは同じセリフを言ったのでしょうか?言ったというよりも自然に出て来たのでしょう。それは、マルタとマリアがイエスを待っている間ずっと同じことばを繰り返していたからです。これが人間の性です。言葉使いとか、口癖というものは、実に感染していきます。すぐに周囲に影響をもたらすのです。ですから、皆さんは普段付き合っている人と同じように話すようになるのです。あなたが「疲れた、疲れた」と言っていると、あなたの子供たちも「疲れた、疲れた」と言うようになります。夫婦もよく似てきます。同じ時間を共有しているからです。そうやって互いに影響を及ぼしているわけです。

 

かなり前のことですが、家内の母親がアメリカから来日した時のことです。二女の英語の発音を聞いてびっくりしました。あまりもひどい。どうしてそんなにひどいのかと思ったら、私の発音にそっくりだというのです。考えてみたら娘が小さかった時、何とか英語ができるようにと一生懸命に英語で話しかけていました。それが悪かった。私の発音にそっくりになってしまいました。それ以降、なるべく良い発音ができるように私は一切話さないようにしました。貝のように堅く口を閉ざしたのです。それでも娘の発音はずっとひどかったらしいです。小さい時の耳はその通り覚えているんですね。だから、何に触れるかはとても重要なことです。

 

パウロは、コリント第一15:33で、「惑わされてはいけません。「悪い交際は良い習慣を損なう」のです。」と言っています。これは真実です。友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。

マルタとマリアは、弟のラザロの容態が悪くなるにつれ、主はいったいどこへ行ってしまったのか、私たちのメッセージを受け取らなかったのだろうか、それを聞いて、何ともお思いになられなかったのでしょうか、早く来てくれれば何とかなるのにと、ずっと言い合っていたのです。

 

友達が悪ければ、良い習慣が損なわれます。いつもすねてばかりいて、いぶかしそうにしている人、不平不満と苦々しい思いを持った人、不機嫌な人たちといると、それがあなたにも移ります。だから、だれと付き合うかというのは大切なことなのです。勿論、重荷を負っている人とは関わらない方がいいと言っているのではありません。否定的な人とは一切交わらない方がいいと勧めているのではありません。ただ長い付き合いとなる人間関係において、信仰の言葉を語り、神を愛し、神に信頼している人たちと共に時間を過ごすなら、そのような人になっていくということを覚えておくことは大切なことです。うちの夫はいつも否定的で、時間があったら上司の悪口しか言わないけど、別れるわけにもいかないし、どうしたら良いかという人もいるかもしれません。大丈夫です。そういう時は、イエス様と一緒に過ごす時間を多くしてください。その上で一緒にいれば、イエス様の影響を受けるようになるでしょう。

 

マリアは、マルタとの生活の中で否定的な思いに感染していました。でもイエスを見たとき、彼女はその足もとにひれ伏しました。この「ひれ伏す」という言葉は「礼拝する」ということです。通常は、王様や高貴な人に対してしか、このような態度を取りません。マリアは、イエスを神の子と信じていたので、ひれ伏したのです。これはすばらしい態度です。この後12章に入ると、イエスが過越しの祭りの時に再びこのベタニアに来られた時のことが記されてありますが、おそらくらい病人シモンの家でのことでしょう。人々が食卓に着いていた時イエスのもとにやって来て、非常に高価なナルドの香油をイエスに注ぎ、それを髪の毛でそれをぬぐい、その足に口づけしました。その時も彼女は主の足もとにひれ伏しました。彼女はいつも主の足もとにひれ伏しています。順境の時でも、逆境の時でも、主の足もとにひれ伏しました。ある人たちは順境の時にはイエスと時を過ごしても、逆境になったとたんに身を引いてしまうという人がいます。自分の思い通りにならなかったり、辛いこと、苦しいことがあると、怒りと失望と困惑によって、主から離れてしまうのです。なぜこんなに時間をかけてまで教会に行かなければならないのか、それだったら家で寝ながらユーチューブを観ていた方がいい・・・と。

 

一方他の人たちは、逆境になると教会に駆け込みますが、問題が解決すると、そのとたん教会から去って行きます。いわゆる駆け込み寺ですね。しかし、マリアは、順境の時も、逆境の時も、いつもイエスの足もとにひれ伏しました。これが重要です。いったいどうしたら、マリアのようにイエスと親密な関係を築くことができるのでしょうか。その答えはシンプルです。イエスさまの足もとにひれ伏せばいいのです。イエスさまの足もとにひれ伏して、共に過ごす時間を持てばいい。そうすれば、あなたも主イエスと親密な関係を持つことができ、主イエスから多くの影響を受け、主イエスのようになることができるのです。

 

イエスさまは、あなたを呼んでおられます。あなたを取り巻く人たちの中からあなたを呼んでおられるのです。それが教会です。教会とは、ギリシャ語でエクレシアと言いますが、意味は「呼び出された者たちの群れ」です。私たちは、主イエスによって呼び出された者たちです。それは、私たちが行って、実を結ぶためです。(ヨハネ15:6)主イエスの言葉は、あなたの死んだような心をよみがえらせてくれます。ですから、どうか、この主イエスの声を聞き、主イエスの足もとに行ってください。そしてイエスの足もとにひれ伏して、イエスの言葉を聞きましょう。そうすれば、あなたがたとえこの世でさまざまな声を聞いて影響を受け、疲れ果て、悩み、苦しんでいても、イエス様の言葉によってよみがえることができます。あなたがすべきことは、主イエスの言葉を聞いて、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行き、イエスの足もとにひれ伏すことなのです。

 

Ⅱ.あなたの涙をご覧になられるイエス(33-35)

 

次に33~35節をご覧ください。イエスさまはあなたを呼ばれますが、ただ呼ばれるだけでなく、あなたの涙をご覧になられ、深くあわれんでくださいます。

「そこでイエスは、彼女が泣き、彼女といっしょに来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になると、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて、言われた。「彼をどこに置きましたか。」彼らはイエスに言った。「主よ。来てご覧ください。」イエスは涙を流された。」

 

イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になられると、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じられました。この「泣く」という言葉は、原語のギリシャ語では「クライオ」という語です。意味は大声で泣くとか、号泣する、泣きじゃくるです。特に、悲しみや痛みを表現する時に用いられます。彼らはなぜ泣いていたのでしょうか。彼らの心に死の悲しみが重くのしかかっていたからです。彼らには、イエスが死に打ち勝つ力があることを信じることができませんでした。死んだら終わりという現実に打ちのめされていたのです。イエスはそんな彼らの姿を見て、霊の憤りを覚え、心を騒がして、「彼をどこに置きましたか」と言われたのです。

 

「霊の憤りを覚える」とはどういうことでしょうか。イエスはなぜ霊の憤りを覚えれたのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。一つは、彼らの不信仰に対する憤りです。彼らはイエスに死に打ち勝つ力があることを認めることができませんでした。「あなたの兄弟はよみがえります」と言っても、だれも信じられなかった。まあ、当然と言えば当然かもしれません。死んだ人がよみがえるなんて考えられないことですから。それで嘆き悲しんでいました。すばらしい良い知らせをまともに受け止めることができませんでした。喜びの知らせがもたらされているのに喜べないばかりか、嘆き悲しんでいまのです。その不信仰さ、かたくなさを憤っておられたのでしょう。。

 

第二の理由は、愛するラザロの命を奪った死に対する憤りです。へブル2:14には、この死の力を持つ者は悪魔であるとあります。イエスはその悪魔という死の力に憤っておられるのです。

 

第三の理由は、もっとより深い次元で、人類に死をもたらした罪の現実に対する憤りです。罪がもたらしたもの、それは死です。病もそうです。すべての問題の根源はこの罪です。誤解しないでください。もし皆さんが今病気だからといって、それが罪を犯したことで引き起こされたということではありません。そうではなく、最初の人アダムとエバが罪を犯したことで、私たちはみな生まれながらに罪を持っているということです。その罪が病を引き起こしているのです。だから、人は例外なく病気になるし、肉体的に死ぬわけです。それは最初の人アダムとエバによって全人類にもたらされた罪の結果なのです。もしアダムとエバが罪を犯さなかったら人は病気になることはなかったし、死ぬこともありませんでした。ですから、イエスはその罪に対して憤っておられたのです。

 

恐らく、この三つの理由が複合的に絡み合ってのことだと思います。つまり、イエスは罪とその結果もたらされた死の現実に対して憤っておられたのであって、その罪と死の現実に勝利し、新しいいのちを与えるために来てくださったのに、それを信じようとしない不信仰に対して憤られたのです。

 

それでは「心を騒がせて」とはどういうことでしょうか。イエスはどんな時にも心を騒がせてはならないと言っておられるのに、ここではイエスご自身が心を騒がせておられます。この「心を騒がせる」というのは「タラッソ-」という言葉ですが、かき乱すとか、平静を失うという意味があります。感情を強く揺り動かされることです。ヨハネの福音書では何回も使われています。たとえば、5:4では「水を動かす」とありましたね。そして5:7では「かき回される」とありました。12:27には、「今わたしの心は騒いでいる」とあります。13:21では「心が騒いだ」とあります。イエスは何回も心が騒ぐことがあったのです。どうしてでしょうか?イエスは神だからどんなことにも動揺しないと思われるかもしれませんが、イエスは同時に100%人間でもあられました。血の通った私たちと同じ人間だったのです。つまり、感情を持っておられたのです。だから心の動揺を感じることもあったでしょうし、感情的に高ぶることもあったのです。心が乱されることもありました。へブル4:15-16にこうあります。

「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」

イエスは私たちの弱さを知っておられます。私たちの痛みを知っておられる。なぜなら、罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように試みに会われたからです。私たちは本当に心が病んでみないと、その人の気持ちはわかりません。肉体的にも病気になってみないと、本当の意味でその人の苦しみはわからないものです。しかし、イエスは私たちの痛み、苦しみ、悩みを知っておられます。私たちと同じ姿になってくださったからです。この方だけが、私たちに本当に同情できる方なのです。

 

そればかりではありません。35節をご覧ください。ここには、イエスがそんな彼らに深く同情されたというだけでなく、涙を流されたとあります。「イエスは涙を流された。」英語では、”Jesus wept” です。聖書の中で最も短い節です。ちなみに、日本語で最も短いのは、ルカ20:30の「次男も」です。英語では、キングジェームズ訳ですと、”And the second took her as wife, and he died childless.と少し長くなります。英語で一番短いのはこの箇所になります。まあ、どうでもいいことですが、ここで大切なことは、イエスは涙を流されたということです。ラザロが死んで、マリアが泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になられ、イエスも涙を流されました。

 

先ほども申し上げたように、イエスが涙を流されたのは聖書に三回出てきます。一回はルカ19:41で、主がエルサレムの都をご覧になった時です。やがてアルサレムが敵によって攻撃され、その町に住む子どもたちを地にたたきつけ、粉々に砕かれることを預言して涙を流されたのです。もう一つは、へブル5:7で、主が祈られた時です。「キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。」そして、もう一回がこの箇所です。どうして主はここで涙を流されたのでしょうか。文脈から見て、最も自然な解釈は、マルタとマリアやそこに来ていた人々の悲しみに同情されたからです。主はマルタやマリアがまもなくラザロの生き返りを見て喜ぶことを十分知っていながら、こうして悲しんでいる人々のために心を動かされ、涙を流されたのです。

 

このことを考えると、泣くことですね、それは決して信仰と矛盾しないことがわかります。日本では泣くことがどこか良しとされないところがあります。逆に、ひんしゅくをかったり、白い眼で見られるということがありますが、悲しみの表現として涙を流すということはむしろ自然なことであり、恥ずかしいことではありません。最近の研究では、このように涙を流すことはストレスの発散につながるとも言われています。でも注意しなければならないことは、このように悲しい時に泣くことは自然なことですが、自分が悲劇のヒロインであるかのように泣くことは、神を冒涜することにもつながりかねないので注意しなければなりません。自己憐憫の涙ですね。それは神中心ではなく、自分が中心となるからです。自分がいかに不幸で、惨めで、かわいそうであるのかを訴えて同情を引き寄せようとすることは、神を冒涜することにつながりかねません。しかし、悲しみを表すことは少しも悪いことではなく、むしろ自然なことであるということ、そして、私たちもそのように悲しんでいる人、苦しんでいる人を見て涙を流すほど、あわれみの心を持つことは大事なことなのです。それがイエスの心です。

 

イエスが涙を流されると、ユダヤ人たちはこう言いました。「ご覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか。」彼らは素直にイエスの愛をそこで感じ取ったわけです。あなたはこの愛を感じ取っておられますか。そして、悲しんでいる人、苦しんでいる人に対して、イエスのように、あわれみの心を持っておられるでしょうか。イエスは、あなたの悲しみをご覧になられます。そして、そのために心を動かせ、涙を流しておられるのです。私たちもイエスからあわれみと恵みをいただいて、同じように悲しみの中にある人たちにあわれみ深い者とさせていただきたいと思います。

 

この後で賛美する「いつくしみ深き」は、歌われている讃美歌の一つで、教会では礼拝ではもちろんのこと、葬儀や結婚式においてもよく歌われる有名な賛美歌の一つです。

この歌の歌詞を書いたのは、ジョゼフ・スクラビンという19世紀のアイルランド人ですが、彼の生涯は、この世的には全く恵まれないものでした。大学卒業後に事業を営みますが、結婚式を目前にして婚約者を湖の事故で亡くし、事業も破産します。その後アイルランドからカナダに渡り、大学で教鞭を取りながら、不幸な人や貧しい方たちへの奉仕活動にその生涯を献げました。そんな活動の中で出会った女性と婚約するものの、その女性も結核を患い、帰らぬ人となるのです。彼は1度ならず2度までも愛する婚約者を失いました。世をはかなみ、自分の人生をどれほど呪ったことでしょうか。神を恨んでも仕方がないと思えるような状況の中で、彼は郷里のアイルランドで病に苦しむ母を慰めるために、この讃美歌を書いたのです。神を呪いたくなるほどの試練と苦悩を味わいつつ、彼は「苦しむ自分を励まし、力づけてくれたキリストを母に伝えたい」そんな思いがこの歌詞の中には込められています。

  1. いつくしみ深き 友なるイエスは 罪、咎、憂いを とり去りたもう

心の嘆きを 包まず述べて などかは下(おろ)さぬ 負える重荷を

  1. いつくしみ深き 友なるイエスは 我らの弱きを知りて 憐れむ

悩み悲しみに 沈めるときも 祈りにこたえて 慰めたまわん

  1. いつくしみ深き 友なるイエスは 変わらぬ愛もて 導き給う

世の友我らを捨て去る時も 祈りに応えて いたわりたまわん

 

イエスはあなたを深く愛しておられます。あなたの苦しみ、嘆きのすべてをご存知であられるのです。ですから、このイエスにすべての重荷を置いて、なぐさめとあわれみをいただき、同じように苦しんでいる人たちに対して慰めを与える者となりたいと思うのです。

 

Ⅲ.主のあわれみを感じて(36-37)

 

ですから、第三のことは、この主のあわれみに応答しましょうということです。36節と37節をご覧ください。「ユダヤ人たちは言った。「ご覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか。」しかし、彼らのうちのある者たちは、「見えない人の目を開けたこの方も、ラザロが死なないようにすることはできなかったのか」と言った。」

 

イエスが涙を流されたのを見たユダヤ人たちは、「ご覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか。」と言いましたが、しかし、彼らのうちのある者たちは、「見えない人の目を開けたこの方も、ラザロが死なないようにすることはできなかったのか」と言いました。つまり、このように主のあわれみを素直に感じ取る人々もいましたが、そうでない人もいたということです。このような人は、いつでも悪意を持っている人であって、批判の目を持って見てばかりいる人です。

 

あなたは、この二つのタイプのうち、どちらでしょうか。あわれみ深いイエスが目の前にいても、それを認めようとしない、ねじけた心は、下向きに置かれた器のように、どんなに雨が降ってもそれを受け止めることができません。上向きの器にしか雨水はたまらないのです。それと同じように、主に対して心を閉ざしている人は、下向きの心の人です。しかし心が主に向いている人には、主の恵み、あわれみが十分注がれます。あなたの心はどちらに向いているでしょうか。「私はこれを心に思い返す。それゆえ、私は言う。「私は待ち望む。主の恵みを。」実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は偉大です。」」(哀歌3:21-23)主のあわれみは尽きることがありません。それは朝毎に新しいのです。あなたも、この尽きない主のあわれみを感じ取り、ぜひこの恵みの中に生きる者となろうではありませんか。

出エジプト記17章

きょうは、出エジプト記17章から学びます。

 

Ⅰ.マサ、またメリバ(1-7)

 

まず、1-7節をご覧ください。

「イスラエルの全会衆は、主の命によりシンの荒野を旅立ち、旅を続けてレフィディムに宿営した。しかし、そこには民の飲み水がなかった。民はモーセと争い、「われわれに飲む水を与えよ」と言った。モーセは彼らに「あなたがたはなぜ私と争うのか。なぜ主を試みるのか」と言った。民はそこで水に渇いた。それで民はモーセに不平を言った。「いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのか。私や子どもたちや家畜を、渇きで死なせるためか。」そこで、モーセは主に叫んで言った。「私はこの民をどうすればよいのでしょう。今にも、彼らは私を石で打ち殺そうとしています。」主はモーセに言われた。「民の前を通り、イスラエルの長老たちを何人か連れて、あなたがナイル川を打ったあの杖を手に取り、そして行け。さあ、わたしはそこ、ホレブの岩の上で、あなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。岩から水が出て、民はそれを飲む。」モーセはイスラエルの長老たちの目の前で、そのとおりに行った。それで、彼はその場所をマサ、またメリバと名づけた。それは、イスラエルの子らが争ったからであり、また彼らが「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」と言って、主を試みたからである。」

 

イスラエルの全会衆は、シンの荒野を旅立ち、旅を続けてレフィディムに導かれました。レフィディムに着くと、今までよりもさらに深刻な状況が訪れました。「そこには飲み水がなかった」のです。いったいなぜこのような試練があるのでしょうか。それは、彼らの信仰を試すためです。ここには「主の命により」(1)とあります。イスラエルの民がシンの荒野からレフィディムに向かったのは、主がそのように導かれたからです。そうであれば、主が最後までちゃんと導いてくださるはずです。それなのに、イスラエルの民はそのように受け止められませんでした。2節をご覧ください。ここには、「民はモーセと争い、「われわれに飲む水を与えよ」と言った。」とあります。彼らはモーセに訴えました。ただ訴えたのではありません。ここには「争い」とあります。彼らはモーセと争ったのです。つぶやきが、争いに変わりました。

 

それに対するモーセは何と言ったでしょうか。「あなたがたはなぜ私と争うのか。なぜ主を試みるのか」と言いました。どういうことですか。7節には、「『主は私たちの中におられるのか、おられないのか」と言って、主を試みたからである。」とあります。つまり、彼らは主が彼らの間におられるのかどうか、主が彼らを本当に守ってくれるのかどうかを試みたのです。主を試みることは罪です。イエスは申命記6:16を引用して、「あなたの神である主を試みてはならない」と言われました。それなのに彼らは主を試したのです。

 

イスラエルの民は、さらにモーセに反撃しました。3節、「いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのか。私や子どもたちや家畜を、渇きで死なせるためか。」と。これは少し前に、彼らがエジプトを出て荒野に導かれた時に叫んだ叫びと同じです。のど元過ぎれば熱さ忘れる、です。彼らは、以前主がどのように追って来るエジプト軍から救われたかをすっかり忘れていました。何と目の前の紅海を分け、そこに乾いた道を作って救われました。ものすごい奇跡です。その大いなる主のみわざを忘れていたのです。

 

彼らの誤解は、自分たちをエジプトから連れ上ったのはモーセであると思っていたことでした。しかし、イスラエルの民をエジプトから連れ上ったのはモーセではなく主です。彼らはそのことを忘れていたのです。また、「私や子どもたちや家畜を、渇きで死なせるためか。」と言っていますが、あのマラでの出来事もすっかり忘れています。

 

民の不満を聞いて、モーセはいつものように主に祈りました。それは祈りというよりも叫びでした。というのは、民の不満は単なる不満の域を越え、暴徒化していたからです。すると主は、「民の前を通り、イスラエルの長老たちを何人か連れて、あなたがナイル川を打ったあの杖を手に取り、そして行け。さあ、わたしはそこ、ホレブの岩の上で、あなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。岩から水が出て、民はそれを飲む。」(5-6)と言われました。

 

「民の前を通り」とは、民はあなたを打つことはないから堂々と行けいうことです。また「イスラエルの長老たちを何人か連れて」というのは、証人となる人を連れて行けということです。確かに、モーセが奇跡を行ったと証言する人が必要でした。そうでないと、民はそれを否定するでしょう。「ナイル川を打ったあの杖を手に取り」とは、「杖」とは神の権威と力を象徴していました。今、神が、再びご自分の大いなる御業をお示しになるというしるしです。それを見れば、民も希望を抱くようになるでしょう。さらに主は、「さあ、わたしはそこ、ホレブの岩の上で、あなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。岩から水が出て、民はそれを飲む。」と言われました。これは主がこの問題の解決のために積極的に関わってくださるということです。モーセが岩を打てば、そこから水が流れ出て、民はそれを飲むようになるのです。

モーセはそのとおりにしました。するとどうでしょう。岩から水が出て、イスラエルの民はそれを

飲みました。これはどういうことでしょうか。詩篇78:15-16には、その情景を詳しく描いています。「荒野で神は岩を割り大いなる深淵の水を豊かに飲ませてくださった。あふれる流れを岩からほとばしらせ水を豊かな川のように流れさせてくださった。」

岩から出た水は、ちょろちょろとした流れではありませんでした。それはほとばしり出る水でした。勢いよく飛び散る、激しく流れ出る豊かな川のように流れる水だったのです。主は岩から水が流れ出るようにされました。しかも、ちょろちょろとした流れの水ではなく、ほとばしり出る水です。このことはどんなことを意味していたのでしょうか。

 

主イエスはサマリアの女にこう言われました。「この水を飲む人はみな、また渇きます。 しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」(ヨハネ4:13-14)主イエスは私たちに決して渇くことのない水を与えてくださいます。それは永遠のいのちへの水です。ヨハネ7:39には、それは後になってから受ける聖霊のことであるとあります。主イエスはその水を与えてくださるのです。

 

それにしても、なぜ、岩を打つ必要があったのでしょうか。実は、民数記20章に似たような出来事が記してあります。1-13節です。少し長いですが、開いて確認してみましょう。これは同じ「メリバ」という地名での出来事ですが、場所は異なります。しかも、これは約40年後のことです。このメリバで主は、「岩に命じなさい」と言われました。しかし、モーセは主のことばに従わないで、岩を打ってしまいました。しかも二度までも・・・。その結果、水はほとばしり出たのですが、主はモーセに、「あなたは約束の地に入ることはできない。」と言われました。いったい何が問題だったのでしょうか。  Ⅰコリント10:1-4を開いてください。ここには、「兄弟たち。あなたがたには知らずにいてほしくありません。私たちの先祖はみな雲の下にいて、みな海を通って行きました。そしてみな、雲の中と海の中で、モーセにつくバプテスマを受け、みな、同じ霊的な食べ物を食べ、みな、同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らについて来た霊的な岩から飲んだのです。その岩とはキリストです。」とあります。このところを見ると、あの「岩」とはキリストであったことがわかります。イスラエルの民は、「主は私たちの中におられるのか。」と言って主を試みましたが、主は実際はおられたのです。それがキリストであり、パウロは、「その岩とはキリストのことです。」と言ったのです。つまり、モーセが打った岩とはキリストのことだったのです。キリストは、聖書の至るところに「岩」とか「石」にたとえられています。教会の礎であり、かなめ石です。また、終わりの日に世界の諸国をことごとく打ち砕く石であり、救いの岩です。そして、その岩を打つということはどういうことかというと、キリストが十字架で死なれることを表していました。イザヤ書53:4には、「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。」とあります。これはキリストが十字架で打たれることを指していたのです。私たちは、その打ち傷によって癒されるのです。そして、民数記には岩を打つのではなく、岩に命じるように(岩に語るように)と言われました。なぜでしょうか。それはキリストが再び死ぬ必要はなかったからです。キリストは、すべての人のために、ただ一度だけ死なれたのです。

そして、岩から水があふれ出ましたが、この水についてパウロは、「御霊の飲み物」と呼んでいます。さらに、詳しく見るためにヨハネ7:37-39を見てください。ここには、「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立ち上がり、大きな声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。イエスは、ご自分を信じる者が受けることになる御霊について、こう言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ下っていなかったのである。」とあります。ですから、岩から出た水は御霊のことを表していました。キリストの十字架の御業を信じた者には、この神の御霊、聖霊の満たしを与えてくださるのです。  つまり、こういうことです。イスラエルの民は不信仰になって神がおられるかどうか試しましたが、神はご自分が彼らの中におられることを示すために、キリストなる岩を見せてくださり、キリストが打たれることで、そこから聖霊があふれ出る事を表してくださったのです。このことを信じる者は、聖書が言っているように、その人の心の奥底から聖霊の水が流れ出るようになります。神がともにおられることを絶えず経験することができるのです。主が私たちの中におられることを体験し、私たちをとおして周りの人に潤いをもたしてくださることを知ることができるのです。
モーセはその所の名を「マサ」、また「メリバ」と名付けました。「マサ」とは、「試みる」あるいは、「テストする」という意味です。イスラエルの民が主を試みたので、そういう名前になりました。もう一つは「メリバ」です。意味は「争う」です。イスラエルの民がモーセと争ったので、そういう名前になりました。私たちは、イスラエルの民のように不信仰になり、ここに神がおられるかどうかと神を試したりするのではなく、ここに主がおられることを信じることによって、主の与えてくださる御霊の豊かさの中を生きる者となりましょう。

 

Ⅱ アマレクとの戦い(8-13)

 

次に、8-13節をご覧ください。

「さて、アマレクが来て、レフィディムでイスラエルと戦った。モーセはヨシュアに言った。「男たちを選び、出て行ってアマレクと戦いなさい。私は明日、神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」 ヨシュアはモーセが言ったとおりにして、アマレクと戦った。モーセとアロンとフルは丘の頂に登った。モーセが手を高く上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を下ろすとアマレクが優勢になった。モーセの手が重くなると、彼らは石を取り、それをモーセの足もとに置いた。モーセはその上に腰掛け、アロンとフルは、一人はこちらから、一人はあちらから、モーセの手を支えた。それで彼の両手は日が沈むまで、しっかり上げられていた。ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で討ち破った。」

 

イスラエルがレフィディムにいたとき、今度はアマレク人の攻撃を受けます。アマレクとの戦いは、イスラエルにとって最初の戦いとなります。それはイスラエルの存立に関わる重大な事件でした。いったいイスラエルは、どのようにアマレクと戦ったでしょうか。

 

まず、モーセはヨシュアを指揮官に任命してこう命じました。「男たちを選び、出て行ってアマレクと戦いなさい。私は明日、神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」(9)「男たちを選び」とは、最強の兵士たちを選び、陣営を整えるということです。戦いにおける勝利の秘訣は、最も優秀な兵士を揃えることです。

 

しかし、それだけでは戦いに勝つことはできません。最も重要なことは、自分の力ではなく、神の力で戦うことです。それでモーセは、さらにこう言いました。「私は明日、神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」散歩するためではありません。とりなしの祈りをささげるためです。ヨシュアはモーセが言ったとおり、アマレクと戦い、モーセとアロンとフルは丘の頂に登りました。そして、モーセが手を高く上げているときは、イスラエルが優勢になり、手をおろすとアマレクが優勢になりました。すなわち、この戦いの勝敗の鍵は、モーセの祈りにあったのです。それで、彼らはモーセの手が下りないように必死に支えました。アロンとフルが一人はこちらから、もう一人はあちらからモーセの手を支えました。それで彼の両手は日が沈むまで、しっかり上げられていたので、イスラエルはアマレクを打ち破ることができました。いったいこの出来事はどんなことを私たちに教えているのでしょうか。

 

霊の戦いにおける勝利の鍵は、祈りにあるということです。エペソ6:18には、「あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。」とあります。私たちの戦いは血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、この戦いでは神の武具を身に着けなければなりません。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべての上に、信仰の盾を取らなければなりません。それによって、悪い者が放つ火矢をすべて消すことができるからです。救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち神のことばを取らなければなりません。そして、あらゆるときに、御霊によって祈らなければなりないのです。それによって敵である悪魔に勝利することができます。悪魔は私たちが想像している以上に手ごわい相手です。この敵に自分の力で対抗しようものならひとたまりもありません。しかし、神が与えてくださる御霊の武具を取り、それによって戦うなら必ず勝利することができます。どんな時にも目を覚まし、御霊によって祈らなければならないのです。モーセの手が重くなってきたように、祈ることは戦いなのです。敵は、なんとかして私たちが祈るのを妨げようとしています。祈ることが勝利の決め手であると悟らせないようにしようとするのです。だから戦いなのです。そして、モーセの手が重くなったときに、アロンとフルが手を支えました。私たちには祈りの支えが必要です。互いに祈り合うことが必要なのです。そして指導者であるモーセが支えられたように、教会の指導者は祈りによって支えられなければいけません。 大事なことは、戦いはヨシュアにあったのではなくモーセにあったということです。

 

また、このモーセを支えた二人の援助者の存在を忘れてはなりません。アロンとフルです。このフルという人物がだれであったのかは不明ですが、ユダヤ人の歴史家ヨセフスは、これがモーセの姉ミリアムの夫であったとしています。この二人の援助によって、モーセは日が沈むまで継続して祈りをささげることができ、ヨシュアに勝利をもたらしました。祈る人も大切ですし、それを支える人も大切です。また、ヨシュアのように実際に出て行って戦う人も大切です。あなたにはどのような役割が与えられているでしょうか。神の栄光と、神の家族の勝利のために、自分に与えられている役割を果たしましょう。

 

Ⅲ.アドナイ・ニシ(14-16)

 

最後に14-16節を見て終わりたいと思います。

「主はモーセに言われた。「このことを記録として文書に書き記し、ヨシュアに読んで聞かせよ。わたしはアマレクの記憶を天の下から完全に消し去る。」モーセは祭壇を築き、それをアドナイ・ニシと呼び、そして言った。「主の御座の上にある手。主は代々にわたりアマレクと戦われる。」」

 

イスラエルがアマレクとの戦いに勝利した後、主はモーセに、「このことを記録として文書に書き記し、ヨシュアに読んで聞かせよ。わたしはアマレクの記憶を天の下から完全に消し去る。」と言われました。その目的は、ヨシュアに読んで聞かせるためです。これは次世代のリーダー訓練のためであったのです。そして、主はアマレクの記憶を天の下から永遠に消し去ると言われました。それはアマレクが神の民イスラエルに敵対し、神の計画に反抗したからです。

 

モーセは祭壇を築き、それを「アドナイ・ニシ」と呼びました。それは「主がわが旗」という意味です。勝利の旗です。主が勝利をもたらしてくださいます。16節には、「主の御座の上の手」とあります。これは、主が手を上げられたという意味です。主が手を上げられるとき、勝利が与えられます。主は世々にわたりアマレクと戦われるのです。

 

悪魔の攻撃を受けるとき、このアマレクとの戦いを思い起こしましょう。私たちのためには、大祭司であられるイエス様がいつもとりなしていてくださいます。主イエスの執り成しの祈りを思い出し、勇気と力をいただいて、悪魔に立ち向かっていきましょう。キリストが勝利の旗です。私たちはキリストによって悪魔に勝利することができるのです。

Ⅰサムエル記6章

サムエル記第一6章から学びます。

 

Ⅰ.祭司たちと占い師たちの進言(1-9)

 

まず、1~9節までをご覧ください。

「主の箱は七か月間ペリシテ人の地にあった。ペリシテ人は祭司たちと占い師たちを呼び寄せて言った。「主の箱をどうしたらよいでしょうか。どのようにして、それを元の場所に送り返せるか、教えてください。」彼らは答えた。「イスラエルの神の箱を送り返すのなら、何もつけないで送り返してはなりません。神に対して償いをしなければなりません。そうすれば、あなたがたは癒やされるでしょう。また、なぜ、神の手があなたがたから去らないかが分かるでしょう。」人々は言った。「私たちが送るべき償いのものは何ですか。」彼らは言った。「ペリシテ人の領主の数に合わせて、五つの金の腫物、つまり五つの金のねずみです。彼ら全員、つまりあなたがたの領主たちに、同じわざわいが下ったのですから。あなたがたの腫物の像、つまり、この地を破滅させようとしているねずみの像を造り、それらをイスラエルの神に貢ぎとして献げなさい。もしかしたら神は、あなたがたと、あなたがたの神々、そしてあなたがたの地の上にのしかかっている、その手を軽くされるかもしれません。なぜ、あなたがたは、エジプト人とファラオが心を硬くしたように、心を硬くするのですか。神が彼らに対して力を働かせたときに、彼らはイスラエルを去らせ、イスラエルは出て行ったではありませんか。今、一台の新しい車を用意し、くびきを付けたことのない、乳を飲ませている雌牛を二頭取り、雌牛を車につなぎ、その子牛は引き離して小屋に戻しなさい。また、主の箱を取って車に載せなさい。償いとして返す金の品物を鞍袋に入れて、そのそばに置きなさい。そして、それが行くがままに、去らせなければなりません。注意して見ていなさい。その箱がその国境への道をベテ・シェメシュに上って行くなら、私たちにこの大きなわざわいを起こしたのはあの神です。もし行かないなら、神の手が私たちを打ったのではなく、私たちに偶然起こったことだと分かります。」

 

神の箱がペリシテの五つの町のいくつかの町々、アシュドデ、ガテ、エクロンに運ばれると、主の手がその町々の住民に重くのしかかり、非常に大きな恐慌を引き起こし、彼らを腫物で打ちました。5:12には、「助けを求める町の叫び声は天にまで上った。」とあります。主の箱は七カ月間ペリシテの領地にありました。それでペリシテ人は祭司たちと占い師たちを呼び集め、この主の箱をどのようにしたらよいかを協議します。どのようにして、それを元の場所に送り返せるかを、尋ねたのです。

 

すると彼らは、イスラエルの神を送り返すのなら、何もつけないで返してはならないと言いました。神に対して償いをしなければなりません。そうすれば彼らは癒され、なぜ神の手が彼から去らないのかがわかるだろうと言いました。「償い」は、新改訳第三版では「罪過のためのいけにえ」と訳しています。要するに、彼らは自分たちが罪を犯したことを認めているのです。イスラエルの物を奪ってしまったという罪です。何を盗んだんですか?神です。彼らは何とイスラエルの神を盗んでしまったのです。それを送り返すには、何もつけないでというわけにはいきません。その償いをしなければならない。ペリシテ人がしなければならない償いとはどんなものでしょうか。

 

4節には彼らが送るべき償いとはどんなものかが記されてあります。すなわち、ペリシテ人の領主の数に合わせて、五つの金の腫物、つまり五つの金のねずみです。ここに彼らが苦しんだ腫物がどのようなものであったかがわかります。すなわちそれは、ねずみが感染源となって引き起こされる腫物であったということです。それがリンパ腺の腫物であれば、最終的には卵くらいの大きさになったでしょう。彼らが償いとして五つの金のねずみを送ったのはそのためでした。それらをイスラエルの神に貢ぎとして送れば、もしかしたら、イスラエルの神は、彼らと彼らの神々、そして彼らの地にのしかかっている、神の手を軽くしてくれるのではないかと考えたのです。

 

なぜ彼らはそのように考えたのでしょうか。6節をご覧ください。ここには、「なぜ、あなたがたは、エジプト人とファラオが心を硬くしたように、心を硬くするのですか。神が彼らに対して力を働かせたときに、彼らはイスラエルを去らせ、イスラエルは出て行ったではありませんか。」とあります。ここで彼らは400年以上も前の出来事を取り上げています。すなわち、イスラエルの民がエジブトから出た出来事です。400年以上も前のあの出来事が、彼らの心に鮮明に記録されていたのです。彼らはその歴史に言及して、だから心をかたくなにしてはならないと進言したのです。

 

では、具体的にどうしたらいいのでしょうか。7節を見てください。彼らの提案は、神の箱を新しい車に乗せ、まだ乳離れしていない子牛を持つ2頭の雌牛に引かせるというものでした。勿論、償いとして返す金の品物を添えてです。そしてその牛を行くがまま、去らせるのです。もしその箱が国境を越えてベテ・シェメシュに上って行くのなら、自分たちにこの大きなわざわいをもたららしたのはイスラエルの神であるということがはっきりとわかります。もし行かないのなら、それは神の手が打ったのではなく、偶然に起こったことだと分かります。どういうことかというと、雌牛は本来子牛のところに行きたいという本能がありますから、もしその本能に逆らってイスラエルの地に向かうとしたら、そのわざわいはイスラエルの神によってもたらされたものであることがわかるということです。ベテ・シェメシュという町はイスラエルの町ですがこの町はレビ人たちの町ですから、神の箱がそこに行けば、彼らはどうしたら良いかがわかるでしょう。

 

これらのことからどのようなことが言えるでしょうか。苦難の中から神の声が聞こえてきたら、ただちに悔い改めるべきであるということです。ペリシテ人たちは、自分たちに神の手が重くのしかかっていても、七カ月間もそれを放置しておきました。その原因がイスラエルの神の箱にあるということがわかっていても、です。その結果、ペリシテ人の町中に助けを求める叫び声が絶えませんでした。苦難の中から神の声が聞こえてきたなら、ただちに悔い改めるべきです。そうすれば、主は赦してくださいます。罪の悔い改めこそ、神との和解を土台とした希望と喜びに満ちた人生の出発点となります。へブル3:15には、「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。」とあります。あなたは、主の御声を聞くとき心を頑なにしていませんか。主の御前にへりくだり、ただちに悔い改めましょう。

 

Ⅱ.ベテ・シェメシュに運ばれた神の箱(10-18)

 

次に、10-18節をご覧ください。

「人々はそのようにした。彼らは乳を飲ませている雌牛を二頭取り、それを車につないだ。子牛は小屋に閉じ込めた。そして主の箱を車に載せ、また金のねずみ、すなわち腫物の像を入れた鞍袋を載せた。雌牛は、ベテ・シェメシュへの道、一本の大路をまっすぐに進んだ。鳴きながら進み続け、右にも左にもそれなかった。ペリシテ人の領主たちは、ベテ・シェメシュの国境まで、その後について行った。ベテ・シェメシュの人たちは、谷間で小麦の刈り入れをしていたが、目を上げると、神の箱が見えた。彼らはそれを見て喜んだ。車はベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑に来て、そこにとどまった。そこには大きな石があった。人々は、車の木を割り、雌牛を全焼のささげ物として主に献げた。レビ人たちは、主の箱と、そばにあった金の品物の入っている鞍袋を降ろし、その大きな石の上に置いた。その日、ベテ・シェメシュの人たちは全焼のささげ物を献げ、いけにえを主に献げた。ペリシテ人の五人の領主は、これを見て、その日エクロンに帰った。ペリシテ人が償いとして主に返した金の腫物は、アシュドデのために一つ、ガザのために一つ、アシュケロンのために一つ、ガテのために一つ、エクロンのために一つであった。すなわち、金のねずみは、五人の領主に属するペリシテ人の町の総数によっていた。それは、砦の町と城壁のない村の両方を含んでいる。彼らが主の箱を置いたアベルの大きな台は、今日までベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑にある。」

 

ペリシテ人たちは、祭司たちや占い師たちの助言を受け、新しい車に神の箱と金のねずみを乗せ、2頭の雌牛につないで引かせました。雌牛は、子牛恋しさに泣きながら進み続け、右にも左にもそれることなく、ベテ・シャメシュの方へまっすぐに進んで行きました。ペリシテ人の領主たちは、ベテ・シェメシュの国境まで、その後をついて行きました。神の箱が国境を越えベテ・シェメシュに行った時、彼らは、イスラエルの神がこの雌牛を導いていることがはっきりとわかりました。

 

ベテ・シェメシュは、エクロンから南東に10㎞、ガテからは北東に10㎞にある国境の町です。ベテ・シェメシュの人たちは、谷間で小麦の刈り取りをしていました。しかし、目を上げると、神の箱が見えるではありませんか。彼らはそれを見て大いに喜びました。彼らは小麦の刈り入れ以上に、神の箱が戻って来たことを喜んだのです。

 

車はベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑に来て、そこにとどまりました。そこに大きな石があったからです。それで人々は、車の木を割り、その雌牛を全焼のいけにえとしてささげました。全焼のいけにえは血の犠牲が必要であることを知っていたからです。彼らにとってどれほどうれしかったでしょう。ペリシテ人に奪われていた契約の箱が戻って来たのですから。しかし、その喜びとは裏腹に、この町もまた神のさばきを受けることになります。

 

Ⅲ.神に打たれたベテ・シェメシュの人たち(19-21)

 

19-21節をご覧ください。

「主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。主の箱の中を見たからである。主は、民のうち七十人を、すなわち、千人に五人を打たれた。主が民を激しく打たれたので、民は喪に服した。ベテ・シェメシュの人たちは言った。「だれが、この聖なる神、主の前に立つことができるだろう。私たちのところから、だれのところに上って行くのだろうか。」彼らはキルヤテ・エアリムの住民に使者を遣わして言った。「ペリシテ人が主の箱を返してよこしました。下って来て、あなたがたのところに運び上げてください。」」

 

19節には、「主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。」とあります。どうして主はベテ・シェメシュの人たちを打たれたのでしょうか。ここには、その理由として「主の箱の中を見たからである。」と述べられています。しかし、ベテ・シェメシュの人たちが打たれたのは、ペリシテの人たちに下った神のさばきとは違います。彼らは主の箱を見たので打たれたのです。これは明らかにモーセの律法に違反することでした。民数記4:17-20を開いてください。ここには、「主はモーセとアロンにこう告げられた。「あなたがたは、ケハテ人諸氏族の部族をレビ人のうちから絶えさせてはならない。あなたがたは彼らに次のようにして、彼らが最も聖なるものに近づくときに、死なずに生きているようにせよ。アロンとその子らが入って行き、彼らにそれぞれの奉仕と、運ぶ物を指定しなければならない。彼らが入って行って、一目でも聖なるものを見て死ぬことのないようにするためである。」」とあります。モーセの律法によると、主の箱を取り扱うことができたのはレビ人だけでした。そのレビ人の中でも神の箱をかつぐことができたのはケハテ族だけでした。しかも、それを手で触れてはならなかったので、かつぐ時には所定の棒を用いなければならなかったのです。ゲルション族とメラリ族は、神殿の用具を運ぶことさえ許されていませんでした。そのケハテ族でさえ、その中を見ることは許されていませんでした。それに触れるなら、一目でもそれを見るなら死んでしまうからです。神は、人間が見ることも触れることもできないほど聖いお方なのです。ベテ・シェメシュの人たちは、この神の箱の中を見てしまいました。彼らは、神の前に不敬虔な態度を取ったので、神のさばきが彼らの上に下ったのです。その日打たれた人数は70人です。それは1,000人に5人ですから、ベテ・シェメシュの人口は14,000人であったことがわかります。

 

それでベテ・シェメシュの人たちはどうしたでしょうか。彼らは、「だれが、この聖なる神、主の前に立つことができるだろう。私たちのところから、だれのところに上って行くのだろうか。」(20)と言って、キルヤテ・エアリムの住民に使いを送り、彼らのところに下って来て、この主の箱を運び上げてほしいと言いました。だから違うというのに、わかっていません。問題は、この神の箱がベテ・シェメシュに来たことではなく、彼らが神の命令に背いて、神の箱の中を見てしまったことです。神の箱が問題だったのではありません。むしろ、神の箱は神の臨在の象徴であって、神が共におられることのしるしでしたから、すばらしい祝福なのです。彼らはこのすばらしい祝福を自ら放棄してしまうことになってしまいました。なぜでしょうか。自分たちの過ちには目をつぶり、ただ神の箱がもたらす恐ろしいさばきだけを見ていたからです。もし彼らが敬虔な態度で神の箱を守っていたら、彼らの町は大いに祝福されたのです。彼らが成すべきことは神の箱を追放することではなく、悔い改めることだったのです。

 

でも、私たちもこのような過ちを犯していることがあるのではないでしょうか。問題は自分の中にあるのにそれを見ないというか、それに蓋をして見えないようにし、原因を他の何かになすりつけようとするのです。神のことばによって罪が指摘されたのにそれを悔い改めるのではなく、神のことばそのものを通さげようとします。このような態度ではいつまでも祝福されることはありません。原因は自分の中にあることをしっかりと受け止め、それを悔い改め、神のことばに従って歩もうではありませんか。

ヨハネの福音書11章17~27節 「わたしはよみがえりです いのちです」

きょうは、「わたしはよみがえりです いのちです」というタイトルでお話します。ヨハネの福音書には「わたしは・・である」という宣言が7回出てきますが、これはその中の5番目のものです。また、ヨハネの福音書にはイエスが神から遣わされたメシアであることを示すしるしがやはり7回出てきますが、このラザロを生き返らせるという奇跡は、その7番目のものであり、最大のものです。というのは、それはただラザロを生き返らせるというだけでなく、このことを通して主はご自身がよみがえりであり、いのちであることを示してくださったからです。ラザロは生き返りましたが、また死にました。しかし、キリストは再び死ぬことのないからだ、霊のからだによみがえられました。それはこの方を信じる者がみな、イエスのように死んでも霊のからだによみがえり、永遠のいのちが与えられるという聖書の約束が真実であることを示すためだったのです。よみがえりであり、いのちであるイエス・キリストを信じる者は、死んでも生きます。また、生きていてこの方を信じる人は、永遠に決して死ぬことはありません。私たちにはこのことを信じなければなりません。

 

私たちの人生には、ある日突然、予想だにしなかったことが起こります。先週の台風19号はそうでしょう。まさかあんなに大きな災害をもたらすなんて思いませんでした。それは災害だけでなく病気もそうですし、事件、事故などもそうです。中にはそうしたことで死ぬことさえあります。そんなことが起こるとき、私たちは「どうしてこんなことが起こるの?」と思ってしまいます。しかし、それがどんなことであっても、私たちはそれを乗り越えることができます。なぜなら、イエスはよみがえりであり、いのちであり、そのイエスが私たちともにいてそうした問題を乗り越える力を与えてくださるからです。

 

きょうは、このイエス様の御言葉から三つのことをお話しします。第一のことは、私たちの信じているイエスがどのような方であるのかを正しく理解しましょう、ということです。第二のことは、イエス様はよみがえりです。いのちです。イエス様を信じる者は死んでも生きる、ということです。そして第三のことは、あなたは、このことを信じますか、ということです。信じない者にならないで、信じる者になりましょう。

 

Ⅰ.もしここにいてくださったなら(17-22)

 

まず、17~22節をご覧ください

「イエスがおいでになると、ラザロは墓の中に入れられて、すでに四日たっていた。 ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほど離れたところにあった。マルタとマリアのところには、兄弟のことで慰めようと、大勢のユダヤ人が来ていた。マルタは、イエスが来られたと聞いて、出迎えに行った。マリアは家で座っていた。マルタはイエスに言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。しかし、あなたが神にお求めになることは何でも、神があなたにお与えになることを、私は今でも知っています。」

 

イエスは、ラザロが病んでいるということを聞いてからも、そのときいた場所になお二日とどまられました(6)。「そのときいた場所」とは、ヨルダン川の川向うのことです。そこはかつてバプテスマのヨハネが人々にバプテスマを授けていた所です。イエスは彼を殺そうとしていたユダヤ人たちの手から逃れるために、そこに退いておられたのです。それからラザロがいたベタニアにやって来ましたが、それはラザロが死んで墓に葬られてすでに四日もたっていた時でした。ベタニアはエルサレムに近く、3キロメートルほど離れた所にありました。大勢の人々がマルタとマリアを慰めるために来ていました。マルタはイエスが来られたと聞いてすぐに迎えに行きましたが、マリアは家で座っていました。兄弟ラザロが死んだことがあまりも悲しくて、そこから動けなかったのかもしれません。

 

マルタは、イエス様に会うなりこう言いました。21節です。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」どういうことでしょうか。32節を見ると、実はマリアも同じように言っていたことがわかります。ここに、彼女たちが、どれほどイエスが来られるのを待っていたのかがわかります。あるいは、待ってはいてもなかなか来てくれないイエス様のことを残念に思っていたのでしょう。これまで一生懸命に尽くしてきたのだから、何を差し置いてもすぐに飛んで来てくれると思ったのにそうではない。イエス様がエルサレムに上られた時は、彼らの家に宿泊することが多かったようですが、その時にはいつも決まった時間に来てくれたではないですかるそれなのにこんな大事な時に来てくださらないとはどういうことか、彼女の中に不満というか、失望があったかもしれません。彼女たちは、ラザロが死ぬと頼るべき対象を失い絶望していたのです。ラザロの死は、彼女たちに大きな悲しみと虚しさを与え、生きる意欲と希望を奪って行きました。このように死は、死んだ人ではなく生きている人を支配するのです。

 

そんな中でもマルタは、かすかな期待を持っていました。そして、こう言いました。22節です。「しかし、あなたが神にお求めになることは何でも、神があなたにお与えになることを、私は今でも知っています。」どういうことでしょうか。この言葉には、イエスに対する不十分な理解というものが見られます。彼女は、それまでイエスが行われた数々の奇跡というものを忘れていました。それはイエスが力ある神だからというよりも、イエスのとりなしの祈りに効果があるのであって、イエスが神に求めることは何でも神は聞いてくださると考えていたからです。マルタはイエスを全能の神としてよりも、一人の祈りの勇者として信じていたのです。21節で彼女が「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょう。」と言ったのも、同様の理由からです。イエスがここにいてくだされば何とかなったかもしれませんが、いてくれなかったので兄弟ラザロは死んでしまったのだ、と言っています。でも、イエスはそこにいなければ何もできないのでしょうか?そうではありません。あのカペナウムの王室の役人の息子が癒された時もそうでした。彼がイエスの所に来て、「主よ。どうか子どもが死なないうちに、下って来てください。」(4:49)と懇願したとき、イエスは、「行きなさい。あなたの息子は治ります。」(4:50)と言っただけで癒すことができました。イエスがその場に行かなくても、ただ言葉を発しただけで癒すことができたのです。イエスは全能の神です。そこにいなくても御言葉を発するだけで癒すことができる方なのです。彼女はそのことを忘れていました。

 

しかし、それはマルタだけではありません。私たちもイエスは死人をも生き返らせることができる全能者であるということを頭ではわかっていても、いざその現実に直面すると信仰がどこかに吹っ飛んで行くというか、すぐに慌てふためくのではないでしょうか。

 

今、さくらの祈祷会では出エジプト記を学んでいますが、エジプトを出たイスラエルが荒野に導かれた時、行き場を失う場面が出てきます。目の前には紅海が広がっています。後ろからはエジプト軍が追いかけて来る。絶対絶命です。その時、イスラエルの民はモーセに向かってつぶやきました。「エジプトには墓がないからといって、荒野で死なせるために、あなたはわれわれを連れて来たのか。われわれをエジプトから連れ出したりして、いったい何ということをしてくれたのだ。」(出エジプト記14:11)そんなことをしたらエジプト軍が追いかけて来て自分たちを捕らえてしまうでしょう。もっとひどいことになる。モーセよ、あなたは、エジプトには墓がないからといって、荒野で死なせるために、あなたはわれわれを連れて来たのかと言って、叫んだのです。これは信仰の叫びではなく不信仰の叫びです。皆さん、叫びには二種類の叫びがあります。それは信仰の叫びと不信仰の叫びです。彼らの叫びは不信仰の叫びでした。確かに彼らはエジプトになされた主のみわざを見て主を信じましたが、こうした困難に直面すると、その信仰はどこかへ吹っ飛んで行ってしまったのです。

 

それは私たちも同じです。私たちもイエス様を信じています。しかし、こうした困難に直面すると、マルタのように、またイスラエルの民のように、不信仰になってすぐに不平不満を漏らしてしまうのです。いったい何が問題なのでしょうか。それは、キリストに対する理解が欠如していることです。私たちの信じている主イエスがどのような方であるのかを正しく理解していないのです。確かに、マルタとマリアは紛れもなくイエスを信じていました。そういう意味では真のクリスチャンです。しかし、その信仰には欠けがありました。確かにイエスを見てはいましたが、そこには不信仰が入り混じっていました。それはちょうどすりガラスを通して観るようにぼんやりとしたものでした。知ってはいましたが部分的でした。信じていましたがキリストの力を自分の頭で制限していたのです。あなたはどうでしょうか。どのようにキリストを理解しているでしょうか。あなたの理解は、どれほど深く、広いものになっているでしょうか。また、その理解は日々深まっているでしょうか。私たちは聖書の御言葉を通して、キリストを正しく理解しなければなりません。

 

那須でバプテスマを受けられた小島兄夫妻と継続的に学びの時を持っていますが、先日のテーマは「三位一体」でした。私たちが信じている聖書の神は、三位一体の神です。三位一体とは何ですか。三位一体とは、神は実態において唯一の神であり、父と子と聖霊という三つの位格によって存在するということです。位格とは人格と置き換えることができます。つまり、神はただ一人、唯一ですが、三人いるということです。単純に考えると理解できません。複雑に考えても理解できません。だって一人だけれど3人なんですから。目がくるくる回りそうです。聖書には三位一体という言葉は出てきませんが、そういう神概念を啓示しています。すなわち、父なる神は神としての性質を持っているということ、子なる神も神としての性質を持っているということ、そして、聖霊なる神も神としての性質を持っているということです。だから、三位一体を頭で理解することはできないのですが、啓示された神の言葉を受け入れるなら、これを信じなければならないのです。これは理解できるかできないかということではなく、信じるかどうかの問題です。

 

ところで、エホバの証人の方は、キリストは神の子であっても神ではないと主張します。神に近い人間だけれども神ではないと。皆さん、どう思いますか。そうだね、なんて言わないでください。聖書そのものをみると、イエス・キリストが神であるということは至るところに出てくるのですから。たとえば、ヨハネ1:1~3には、「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもなかった。」とあります。もうこれだけでもキリストが神であるのは明らかです。ここには、キリストは「ことば」として表されていますが、それは神を啓示された方という意味です。そのことばは「初め」から存在していました。この「初め」とは永遠の初めのことです。何も存在していなかった永遠の昔からキリストは存在していたのです。それは、ヨハネ8:58で、「まことに、まことに、あなたがたに言います。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある』なのです。」とあることからもわかります。イエスはアブラハムが生まれる前から存在しておられました。アブラハムが生まれたのはいつですか。B.C.2000年です。イエスはそれよりも先におられたというのは、イエスは霊において永遠の昔から存在しておられたということです。それが時至って今から2,000年前に人間の姿を取ってこの地上に来てくださいました。キリスト永遠なるお方なのです。これだけでもキリストは神であるということがはっきりしています。でも、そればかりではありません。ここには、「ことば神とともにあった。ことばは神であった。」とあります。ここにはっきりと、「ことばは神であった」とあります。キリストは神ご自身であられるのです。それは、「すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもなかった。」と言う言葉からもわかります。この方は、創造主なる神なのです。

 

これだけ見ても、キリストが全能の神であられるということがわかります。しかし、そればかりでないのです。たとえば、私たちはこれまでずっとヨハネの福音書を学んできましたが、その中でこの方が成されたわざを見れば、どれほど偉大な方であるかがわかります。キリストは王室の役人の息子の病気を癒したり、ベテスダの池の周りで38年間も伏せていた人を癒されました。そして、生まれつき盲人の目を開けて見えるようにしました。これだけでもすごいのに、それだけではありません。何とガリラヤ湖を舟で渡っていた弟子たちが嵐のため漕ぎあぐねているのを見ると、水の上を歩いて近づかれました。近づいて「どうした」と言われるのかと思ったら、そのまま通り過ぎるおつもりであったなんて、おもしろいですね。そして、そんな嵐に向かって、「嵐よ、静まれ」と言われると、波はなぎになりました。自然界をも支配されたのです。先の台風19号が襲来したとき、だれがその自然の猛威を静めることができたでしょうか。だれもいませんでした。台風が来るのでいのちを守ってくださいと言うことはできても、その嵐に向かって「静まれ」ということができる人など一人もいませんでした。しかし、キリストはその自然界さえも治めることができました。

そしてここでは死んだラザロを生き返らせます。だれがそんなことができるでしょうか。だれもできません。しかし、キリストはおできになるのです。なぜなら、キリストは神だからです。キリストは神であられ、どんなことでもおできになる全能者なのです。あなたはそのことを本当に信じていますか。

 

20世紀の偉大な聖書学者、J・B・フィリップスの著書に、「あなたの神は小さすぎる」という本があります。あなたは、自分の小さな箱の中に、偉大な神様を、閉じ込めている、というのです。あなたはどうでしょうか。この偉大な神であられるイエス・キリストを、限界のある、人間の脳みその中に、押し込んでいる、ということはないでしょうか。私たちの主イエス・キリストは全能の神であることを信じ、いざというときに、その信仰を働かさなければなりません。

 

Ⅱ.わたしはよみがえりです。いのちです(23-26a)

 

第二のことは、イエスはよみがえりであり、いのちであるということです。23節から26節前半までご覧ください。

「イエスは彼女に言われた。「あなたの兄弟はよみがえります。」マルタはイエスに言った。「終わりの日のよみがえりの時に、私の兄弟がよみがえることは知っています。」イエスは彼女に言われた。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。」

 

そこでイエスは、マルタに「あなたの兄弟はよみがえります。」と言われました。これが、イエスがベタニアに来て最初に言われた言葉です。マルタのあいまいなキリスト観というものを正そうと導こうとして発せられた最初の御言葉です。いつ、どのように生き返らせるのかといったことには一切触れず、ただラザロが生き返ると言われたのです。

 

それに対してマルタは何と言いました。25節です。「終わりの日のよみがえりの時に、私の兄弟がよみがえることは知っています。」どういうことですか?「終わりの日」とは世の終わりの日のことで、キリストが再臨される時のことです。その日にクリスチャンがよみがえるというのは聖書の約束であり、それを信じる信仰は確かにすばらしいものです。しかし、その信仰が今の彼女が当面している問題に対して何の解決も与えてくれないとしたら、それは生きた信仰とは言えません。彼女はイエスを信じていながらも現実的には悲しみ、絶望していました。今の彼女にとっては何の力にもならなかったのです。しかし、主が望んでおられたことは、その信仰が現実の生活の中に生かされることでした。死からよみがえるという復活の信仰に生きることだったのです。信仰と現実が一致することです。信仰は心の平安のために、でも実際の生活は自分の力でというのではありません。信仰が実際の生活の中で生かされることなのです。ですから、イエスは彼女に対して力強い約束と宣言のことばを語られました。25節と26節の言葉です。ご一緒に読みましょう。

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。」

 

イエスはこれまで何回も「わたしは・・です」と宣言されました。たとえば、「わたしはいのちのパンです」と言われました。6:35です。また、8:12では「わたしは世の光です」とも言われました。そして、10:7では「わたしは羊たちの門です」と言われました。また、そのすぐ後の10:11では「わたしは良い牧者です」とも言われました。イエスはこれまで4回も「わたしは・・です」語られましたが、これらはみな比喩として語られました。ところが、今回は単なる比喩としてではなく、そのものズバ語られたのです。つまり、イエスはよみがえりであり、いのちであられるということです。これはどういうことかと言うと、イエスはよみがえりそのものであり、いのちそのものであられるということです。そのような者であるということではなく、そのものズバリであられるということです。よみがえりであり、いのちであられるのです。

 

そして、これが現在形で書かれていることからもわかるように、よみがえりであり、いのちであられるキリストは、私たちが今、現在抱えている様々な問題のただ中にそのような方として存在しておられるのです。信仰とは過去や未来ではなく現在です。私たちは現在においてイエスを信じなければなりません。過去において信じていましたとか、いつか信じるでしょうというのではなく、今、信じなければならないのです。それは線のようにずっと継続していくものなのです。ですから、この終わりの日だけでなく、今イエスを自分のよみがえり、いのちと信じるなら、イエスは当面している今の問題を、その復活の力によって解決してくださるのです。よみがえりであり、いのちであられる主は、死んだ人にいのちを与えてことができます。しかし、それは死んでからのことだけでなく、生きている今、この瞬間にも、もたらされるのです。イエスはヨハネ5:24でこのように言われました。

「まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わされた方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきにあうことがなく、死からいのちに移っています。」

イエスの言葉を聞いてイエスを信じる者は、その瞬間に永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。将来において移るでしょう、たぶん移るはずです、きっと移りますと言うのではなく、今、この瞬間に移っているのです。イエスを信じたら、その瞬間に天国です。天国とは神の支配です。神が共におられるところです。そういう意味では、信仰は本当に神秘的です。私たちがイエスをいのちの主として信じ受け入れる時、その瞬間にそこに驚くべきことが起こるからです。死からいのちに移ります。私たちはこれまで死の勢力が支配されて生きてきました。死んだら終わりという世界です。死の勢力は私たちを恐れさせ、虚しくし、悲しくし、運命の奴隷としてきました。死は人からすべての生命、希望、喜びを奪って行きます。しかし、いのちの世界に移されると状況は全く変わります。その時、それ以上死が支配することができないのです。代わりにいのちが私たちを支配するようになります。いのちの世界は光の世界であり、喜びと希望の世界です。いのちの世界に生きている人はもはや虚しさにさいなまれることはありません。もう運命に支配されることはないのです。使徒パウロは復活されたイエスに出会い、人生が全く変えられました。彼は次のように言いました。

「「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。死よ、おまえのとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝します。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。」(Ⅰコリント15:55-58)

 

すごいでしょ。以前、NHKで死の医学というものを提唱した精神科医の西川喜作さんのドキュメント番組を放映しました。これは作家の柳田邦夫さんも「死の医学」という本に書いています。

西川さんは精神科医として、まさに働き盛りの頃、その仕事に生き甲斐をもって全力を打ち込んでいました。ところがある日、血尿が出たため検査を受けたところガンの兆候であることがわかりました。それからというもの、検査、検査の毎日が続き、からだはその検査のためにクタクタになり、自分の生き甲斐である仕事も思うようにできなくなっていきました。やがて、彼は自分がガンであることを悟ります。担当医は、症状が少しでも進まないように、仕事から離れて静養することを勧めるのですが、彼にとっては仕事が何よりの生き甲斐でしたから、ドクター・ストップを振り切って、これまでどおりに手がけてきた仕事に全力を傾けていきました。

そうした中で、彼は医者として、現代の医療のあり方に対して非常に強い疑問を抱くようになるのです。確かに科学が進歩し、医療技術も進歩して、1日も長く寿命を延ばすことができるようになったけれども、ただそれだけのことではないか。自分が今抱えている死に対する不安や焦り、恐れ、そうした心の苦痛に対して、現代の医療は何も解決を与えてくれない、ということを痛感したのです。そして、「死の医学」を提唱し始めたのです。

症状が着実に進んでいきました。ガンは全身に転移し、力尽きてベッドに寝たままとなってしまいました。弱々しい姿に変わり果てながらも、訪問してくれる同僚や先輩の医者たちに対して、死についての真剣な対話を求めます。「死の向こうに何かあると思いますか。あなたは来世を信じていますか。」・・など。しかし、同僚や先輩たちは何も答えてくれませんでした。誰も真の意味で慰めてはくれない。死の恐れから彼を慰めるものは何もなかった、誰もいなかったのです。

私はそのドキュメントを見ながらとても痛々しかったのを覚えています。絶望感、虚無感、なぜ、どうしてという虚無感に襲われながらも何一つつかまるところのないその姿はとてもかわいそうでした。

私たちもいずれ例外なく、自分の死に直面します。これだけはみな平等です。その確立は100%です。しかし、この死の恐れ、死の不安に対して、本当の慰め、本当の勝利を持っている人が、果たしてどれだけいるでしょうか。人生の終わりに自分がどこへいくのかわからない、そんな人生はとても悲惨です。その人が人生で成してきたことが、死に対してなんの力にもならないのです。私たちがどこへいくのかはっきりと知ってこそ、どうなるのかを知ってこそ、はじめて死の恐れから解放されて生きることができるのです。

 

イエスはこう言われました。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。」私たちの恐れの最後の砦である「死」に打ち破り、勝利を与えてくださった主に、心からの感謝しようではありませんか。そして、それは私たちが死んでからだけのことばかりではなく、生きていて、イエスを信じる者は決して死ぬことがなく、永遠の命を持つということ、つまり、キリストが今この復活の力を持って、この方を信じるすべての人の問題をも解決することができるということを信じて、ここに慰めと希望を持ちたいと思うのです。

 

Ⅲ.あなたは、このことを信じますか(26b-29)

 

ですから、第三のことは、このことを信じましょう、ということです。26節後半から29節までをご覧ください。

「あなたは、このことを信じますか。」彼女はイエスに言った。「はい、主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストであると信じております。」マルタはこう言ってから、帰って行って姉妹のマリアを呼び、そっと伝えた。「先生がお見えになり、あなたを呼んでおられます。」マリアはそれを聞くと、すぐに立ち上がって、イエスのところに行った。」

 

イエスは、ご自分がいのちであり、真理であられるということ、そして、このことを信じる者は死んでも生きるというだけでなく、生きていてこのことを信じる者は、決して死ぬことはない、と言われると、マルタに向かって「あなたにとって少し慰めになりましたか」とか、「ちょっと楽になりましたか」などとは言いませんでした。、「あなたは、このことを信じますか」と言われました。「このこと」とは何ですか。それは、死んでも生きるというだけでなく、生きていて信じる者は、決して死ぬことがないということ、つまり、その復活のいのちをもって、今、当面している問題をも解決することができるということです。このことを信じますか、と問われたのです。

 

すると彼女は、このようにイエスに言いました。「はい、主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストであると信じております。」どういうことですか。これは彼女がイエスの意図しておられるような意味で信仰を持ってはいなかったということを表しています。というのは、確かに彼女はイエスが世に来られる救い主であると信じていましたが、それ以上のお方としては信じていなかったからです。それ以上の方とは、この方が、今、現在、当面している問題をも解決することができる方であるという信仰です。この場合で言うなら、ラザロが生き返るということです。マルタのこの信仰告白は間違いではありませんでしたが、それは、漠然とした一般的な告白にすぎなかったのです。

 

クリソストムという神学者は、ヨハネの福音書の註解の中で次のように述べています。「マルタはキリストの語られた内容を理解していないように思われる。その重大性には気付いていたが、意味を十分に把握していなかった。そのため、的外れの返答をしたのである。」(J.C.ライル「ヨハネの福音書註解ⅢP64」)

また、トレトスという神学者はこう述べています。「マルタはキリストが、約束された真のメシアであると信じ、キリストが語られた一切の事柄を信じていると考えた。確かに彼女は信じてはいたが、その信仰は完全ではなく、漠然としていた。あたかも、よく把握していない信仰の教義について訪ねられた際、よく考えもせず、「私は公同の教会を信じます」と答える人に似ている。ここでのマルタも同様であり、「主よ、私は、あなたが真のキリストであること、また語られた事柄すべてが真実であることを信じますと述べてはいるが、その内容を十分に悟っていなかった。」(J.C.ライル「ヨハネの福音書註解ⅢP64」)

つまり、彼女は確かにイエスを神の子キリストであると信じていましたが、また、そういう意味では神の子とされ、永遠のいのちを受けていましたが、同時にそれがこの世でのさまざまな問題においても実際に解決をもたらす力がある方としては理解していなかったのです。いわばそれは私たちの信仰と同じであったということです。私たちもイエスを信じれば天国に行くことができると素朴に信じています。しかし、それがこの世の現実の生活においてはどうなのかと言われると、どこか首をかしげることがあるのではないでしょうか。なかなかそこまで信じることができません。

 

マルコの福音書に、口をきけなくする霊につかれた息子が連れて来られた時、イエスがその息子を癒される出来事が記録されています。人々がその子をイエスのもとに連れて来ると、霊がすぐ彼に引きつけを起こさせたので、彼は地面に倒れ、泡を吹きながら転げ回りました。イエスはその子の父親に、「この子にこのようなことが起こるようになってから、どのくらいたちますか」と尋ねると、父親は、こう答えました。「幼い時からです。霊は息子を殺そうとして、何度も日の中や水の中に投げ込みました。しかし、おできになるなら、私たちをあわれんでください。」(マルコ9:21-22)するとイエスは何と言われたでしょうか。イエスは、こう言われました。「できるものなら、と言うのですか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」(9:23)

 

皆さん、私たちもこの父親のように言うのではないでしょうか。「もしおできになるなら・・・」。確かにイエスは全能者であると信じていますが、まさか目の前にある問題は解決できないでしょう。だから、「もし、おできになるなら」と言ってしまうのです。そこに「もし」が付くのです。もしできるなら、お願いします。しかし、信仰には「もし」はないのです。信じる者にはどんなことでもできるのです。その父親は自分の不信仰を悔改めてこう言いました。「信じます。不信仰な私をお助けください。」(マルコ9:24)

 

私たちも、目の前の問題が大きければ大きいほどイエス様に限界を設け、「もしできるなら」と言ってしいますが、信じる者にはどんなことでもできるのです。問題はイエス様に限界があるのではなく、私たちの側に限界があるのです。イエスはよみがえりです。いのちです。イエスを信じる者は死んでも生きます。また、生きていて、イエスを信じる者は、決して死ぬことはありません。私たちはこのイエス様の言葉を信じなければなりません。もし私たちの中にあの父親のような不信仰が少しでもあるなら、今悔い改めましょう。そして、彼が「信じます。不信仰な私をお助けください。」と言ったように、聖霊によってイエスを主として、全能の主として信じることができるように祈ろうではありませんか。

 

「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか、また、神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。」(エペソ1:17-19)

そして、この主の問いかけに対して、私たちも「はい、信じます」と告白することができますように。私たちは信じないで滅びる者ではなく、信じていのちを得る者とさせていただきましょう。

 

出エジプト記16章

きょうは、出エジプト記16章から学びたいと思います。エジプトを出たイスラエルの民は、紅海を渡りシュルの荒野に導かれました。しかし、三日間荒野を歩いても、飲み水が見つかりませんでした。マラに来たときやっとの思いで飲み水を見つけたと思いきや、その水は苦くて飲むことができませんでした。それで彼らはモーセに向かって不平を言いました。三日前には主を賛美した彼らが、今度は不平を言ったのです。モーセが主に叫ぶと、主は彼に一本の木を示されたので、それを水の中に投げ入れました。するとその水は甘くなりました。その後、彼らはようやくエリムに到着しました。そこには12の水の泉と70本のなつめ椰子の木がありました。まさに砂漠の中のオアシスです。人生にはマラのような体験もあれば、エリムのような体験もあります。マラを通ってエリムに到着することができます。それは信仰の訓練でした。主は、苦い水を甘い水に変えられたようにいやしを与えてくださる方ですが、それは主が命じられたことに聞き従い、その命令を守り行い、その命令に耳を傾け、その掟をことごとく守ることによってもたらされる恵みです。棚ぼた式に与えられるのではなく、積極的に主のみことばに取り組む中での祝福なのです。今回はこのこと、つまり、神のみことばによって生きることについて学びます。  Ⅰ.主の試み(1-12)

 

まず1~12節をご覧ください。1節には、「イスラエルの全会衆はエリムから旅立ち、エジプトの地を出て、第二の月の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野に入った。」とあります。イスラエルがエジプトを出たのは第一の月の15日ですから、ちょうど一か月が経過したことになります。彼らがエジプトを出た時に持って来た種なしパンも、そろそろ尽きてきた頃です。彼らはエリムとシナイとの間にあるシンの荒野に入りました。  そのとき、イスラエルの全会衆は、この荒野でモーセとアロンに向かって不平を言いました(2)。 なぜでしょうか。3節には、彼らの不平の原因が次ようにあります。「イスラエルの子らは彼らに言った。「エジプトの地で、肉鍋のそばに座り、パンを満ち足りるまで食べていたときに、われわれは主の手にかかって死んでいたらよかったのだ。事実、あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出し、この集団全体を飢え死にさせようとしている。」

彼らは、現状への不満を口にしました。食べ物がないということです。それにしても「飢え死にさせようとしている」というのはひどいです。彼らにはエジプトから連れて来た大量の家畜がいたはずです。パンはなくなったかもしれませんが、その肉を食べようと思えば食べられたはずなのです。また、エジプトで肉のなべを食べ、パンを満ち足りるまで食べていたとき、私たちは主の手にかかって死んでいた方がよかったのに・・・」と言っていますが、それは事実ではありません。彼らがエジプトにいたときは奴隷生活があまりにも酷かったので、日々叫び、うめいていました。彼らは、過去をあまりにも美化しすぎています。私たちも試練がおとずれると、このように過去を美化する傾向があります。あの時は良かった・・・と。しかしそれはただ、古い生活がいかにひどかったかということを忘れているだけのことです。それに、「私は主の手にかかって死んでいたらよかったのに」と言っていますが、これはあまりにもひどいいい方です。エジプトに下った10の災いがどれほど激しいものであったかを思えばそこから救い出されたことを感謝すべきなのに、厳しい現状の前に、彼らはここまで否定的になっていました。

 

信仰とは、今に感謝し将来に希望を持つことです。彼らは、エジプトに下った10のわざわいから守られました。なぜそれに感謝しないのでしょうか。彼らは、紅海を渡ることかできました。甘くなった水も飲むこともできました。さらに、エリムに導かれました。なぜこれらのことに感謝しないのでしょうか。もし主が彼らを殺すつもりなら、とっくの昔に滅びていたはずです。それなのに滅びないでいたのは、ただ神のあわれみ以外の何ものでもないことを肝に銘じるべきでした。

けれども、それはこの時のイスラエルだけでなく、私たちにも言えることです。私たちもイスラエルと同じように、主がこれほど良くしてくださったのにそのことを忘れ、現状の不満を口にすることが多いからです。詩篇103篇には、「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな」(103:2) とありますが、主が良くしてくださったことに感謝して、信仰をもって歩ませていただきましょう。

 

次に、4~12節をご覧ください。イスラエルの民のつぶやきに対して、主からの答えがありました。4,5節です。

「主はモーセに言われた。「見よ、わたしはあなたがたのために天からパンを降らせる。民は外に出て行って、毎日、その日の分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを試みるためである。六日目に彼らが持ち帰って調えるものは、日ごとに集める分の二倍である。」」

ここに「見よ」とあります。何か驚くべき主のみわざが起ころうとしているのです。それは、パンが天から降ってくるということでした。この約束には命令が伴っていて、それは、毎日、その日の分を集めなければならない、ということでした。しかし、六日目には、日ごとに集める分の二倍を集めることができるということでした。なぜ六日目には二倍の量を集めるのでしょうかそれは後で出てきますが、安息日には集めないようにするためです。いったいなぜ主はこのような命令を与えたのでしょうか。4節にその理由が記されてあります。

「これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを試みるためである。」

イスラエルが祝福されること、物質的な必要が満たされることは、実は二義的なことだったのです。主が彼らに求めていたのは、彼らが主に信頼して歩むかどうかということです。彼らが神のみことばにとどまり、それによって、彼らが神の中に生きる、神の民になることが、この奇跡の目的だったのです。  人間の願望は、一時的に大量のものを集め蓄えを増やすということでしょう。蓄えが増えると安心感が与えられますが、同時に神から離れた生活、自立した生活につながる恐れがあります。主イエスは、金持ちが天国に入ることがいかに困難なことであるかを語られました(マタイ19:23~24)。金持ちは誤った安心感を抱くようになるので、神に信頼することが難しくなるのです。私たちはどうでしょうか。そのような思いがないかどうかを、聖霊によって点検していただきましょう。自分でそう思っていなくても、いつしか熱くもなく、冷たくもない、生ぬるい信仰に陥っていることがあります。生活の安定を求めることは決して悪いことではありませんが、そのことで主に信頼することが失われていることがないように注意したいものです。

 

6~12節をご覧ください。

「それでモーセとアロンは、すべてのイスラエルの子らに言った。「あなたがたは、夕方には、エジプトの地からあなたがたを導き出したのが主であったことを知り、朝には主の栄光を見る。主に対するあなたがたの不平を主が聞かれたからだ。私たちが何だというので、私たちに不平を言うのか。」モーセはまた言った。「主は夕方にはあなたがたに食べる肉を与え、朝には満ち足りるほどパンを与えてくださる。それはあなたがたが主に対してこぼした不平を、主が聞かれたからだ。いったい私たちが何だというのか。あなたがたの不平は、この私たちに対してではなく、主に対してなのだ。」モーセはアロンに言った。「イスラエルの全会衆に言いなさい。『主の前に近づきなさい。主があなたがたの不平を聞かれたから』と。」アロンがイスラエルの全会衆に告げたとき、彼らが荒野の方を振り向くと、見よ、主の栄光が雲の中に現れた。主はモーセに告げられた。「わたしはイスラエルの子らの不平を聞いた。彼らに告げよ。『あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りる。こうしてあなたがたは、わたしがあなたがたの神、主であることを知る。』」

イスラエルの民は、モーセとアロンが自分たちをエジプトから導き出したと言って、モーセとアロ

ンに対してつぶやきましたが、彼らをエジプトから導き出されたのはモーセとアロンではなく主ご自身でした。そのことを証明するために、主は夕方には彼らに肉を与え、朝には主の栄光を見るようになると言いました。それは主が彼らの不平を聞かれたからです。具体的には、夕方には肉を食べ、朝には満ち足りるほどのパンを食べるようになるということです。そして、このことをモーセがアロンに告げ、アロンがイスラエルの全会衆に告げたとき、主の栄光が雲の中に現れました。その雲の中から、主はモーセにこう告げられました。

「わたしはイスラエルの子らの不平を聞いた。彼らに告げよ。『あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りる。こうしてあなたがたは、わたしがあなたがたの神、主であることを知る。』」(12)

主は、イスラエル人のつぶやきをお聞きになられました。そのつぶやきに対する主の答えは、彼にが夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるということでした。その目的は何ですか。それは、彼らが、主こそ彼らの神、主であることを知るようになるためです。これは、主が契約の神、恵み深い神、必要なものはすべて与えてくださる神であるということを知るようになるという意味です。

私たちの神は、私たちの必要をすべて知っておられます。この方にきょうも信頼を置いて歩もうではありませんか。

「ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。これらのものはすべて、異邦人が切に求めているものです。あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」(マタイ6:31-34)

 

Ⅱ.イスラエル失敗(13-30)

 

次に、13~21節をご覧ください。

「すると、その夕方、うずらが飛んで来て宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周り一面に露が降りた。その一面の露が消えると、見よ、荒野の面には薄く細かいもの、地に降りた霜のような細かいものがあった。イスラエルの子らはこれを見て、「これは何だろう」と言い合った。それが何なのかを知らなかったからであった。モーセは彼らに言った。「これは主があなたがたに食物として下さったパンだ。主が命じられたことはこうだ。『自分の食べる分に応じて、一人当たり一オメルずつ、それを集めよ。自分の天幕にいる人数に応じて、それを取れ。』」そこで、イスラエルの子らはそのとおりにした。ある者はたくさん、ある者は少しだけ集めた。彼らが、何オメルあるかそれを量ってみると、たくさん集めた人にも余ることはなく、少しだけ集めた人にも足りないことはなかった。自分が食べる分に応じて集めたのである。モーセは彼らに言った。「だれも、それを朝まで残しておいてはならない。」しかし、彼らはモーセの言うことを聞かず、ある者は朝までその一部を残しておいた。すると、それに虫がわき、臭くなった。モーセは彼らに向かって怒った。彼らは朝ごとに、各自が食べる分量を集め、日が高くなると、それは溶けた。」  すると、その日の夕方に、うずらが飛んで来て宿営をおおいました。また、朝になると、宿営の周り一面に露が下りました。その露が消えると、一面には薄く細かいもの、地に落ちた霜のような細かいものがありました。「これは何だろう」と言い合っていると、モーセが彼らに言いました。「これは主があなたがたに食物として与えてくださったパンだ。」と。それを自分の食べる分に応じて、一人当たり1オメルずつ、集めなければなりませんでした。1オメルとは約2.3リットルです。自分の天幕にいる人数に応じて、それを取るのです。そこで、イスラエルの子らがそのとおりにすると、ある者はたくさん集め、ある者は少しだけ集めましたが、たくさん集めた人にも余ることはなく、少しだけ集めた人にも足りないことはありませんでした。

 

これはとても大切なことです。つまり、神は、私たちに必要以上のものを持つべきではないと教えているのです。そして、必要以上のものが与えられたら、それを必要が満たされていない人に分け与えなければなりません。パウロが、この箇所を引用して、献金のことを話しました。Ⅱコリント8:13~15です。

「私は、他の人々には楽をさせ、あなたがたには苦労をさせようとしているのではなく、むしろ平等になるように図っています。今あなたがたのゆとりが彼らの不足を補うことは、いずれ彼らのゆとりがあなたがたの不足を補うことになり、そのようにして平等になるのです。「たくさん集めた人にも余ることはなく、少しだけ集めた人にも足りないことはなかった」と書いてあるとおりです。」

 

また、この天からのパンは、朝まで残しておいてはいけませんでした。それは、主が日々の糧を供給してくださることを学ばせるためです。ところが、彼らはモーセの言うことを聞かず、ある者は朝までその一部を残しておきました。恐らく、それを蓄えておこうとしたのでしょう。自分の欲から出た思いですね。要するに、不信仰だったのです。彼らは、翌日もマナが供給されることを信じていなかったのです。しかし、残ったマナには虫がわき、臭くなりました。これはマナが腐りやすいということではありません。これは、彼らの不信仰に対する神のさばきです。モーセは、民が神の命令に従わなかったのを見て、怒りました。それで民は朝毎に、各自が食べる分を集め、日が高くなると、それは溶けました。このマナは、主イエスを象徴しています。主イエスは、ご自身のことを「天から下って来たパンです。」と言われました(ヨハネ6:58)。それは日ごとに集めなければならないのです。つまり、日々主イエスと交わりを持たなければならないということです。日々主イエスと交わり、いのちのパンをいただいている人は何と幸いでしょうか。

 

22~30節をご覧ください。 「六日目に、彼らは二倍のパンを、一人当たり二オメルずつを集めた。会衆の上に立つ者た

ちがみなモーセのところに来て、告げると、モーセは彼らに言った。「主の語られたことはこうだ。

『明日は全き休みの日、主の聖なる安息である。焼きたいものは焼き、煮たいものは煮よ。残っ

たものはすべて取っておき、朝まで保存せよ。』」モーセの命じたとおりに、彼らはそれを朝まで

取っておいた。しかし、それは臭くもならず、そこにうじ虫もわかなかった。モーセは言った。「今

日は、それを食べなさい。今日は主の安息だから。今日は、それを野で見つけることはできない。

六日の間、それを集めなさい。しかし七日目の安息には、それはそこにはない。」七日目になっ

て、民の中のある者たちが集めに出て行った。しかし、何も見つからなかった。主はモーセに言

われた。「あなたがたは、いつまでわたしの命令とおしえを拒み、守らないのか。心せよ。主が

あなたがたに安息を与えたのだ。そのため、六日目には二日分のパンをあなたがたに与えてい

る。七日目には、それぞれ自分のところにとどまれ。だれも自分のところから出てはならない。」

それで民は七日目に休んだ。」

 

六日目には二倍のパンを集めるようにというのが、主の命令でした(5)。ここにその理由が記

されてあります。それは、七日目が主の聖なる安息日だからです。ですから、六日目のマナは

保存しておくことができました。彼らがそれを朝まで取っておいても、それは臭くもならず、そこに

はうじ虫もわきませんでした。ですから、七日目にはマナは降りません。集めに行っても無駄です。その日は主を礼拝するために仕事をしなくても良いように、主がちゃんと備えてくださるからです。それなのに、民の中のある者たちは、この七日目も集めに出て行きました。その人たちは食べ物が足りなくて出て行ったのではありません。モーセが語った言葉が本当かどうかを確かめるために出て行ったのです。結局、何も見つけることができませんでした。それをご覧になられた主は、彼らが戒めを守らないことを叱責し7日目に休むようにと命じられました。

このように、主は安息日を非常に尊ばれました。イスラエルの民が自分の働きをやめることと、主を礼拝することをとても大切にされたのです。それで、彼らが休んだときに得られない分のパンの必要も満たしてくださったのです。  ここから私たちは、自分の日々の働きをやめ主に礼拝をささげるとき、主は必ず必要を満たしてくださることを知ることができます。勉学にしろ、仕事にしろ、私たちは礼拝を守る日にもそれを続けたくなる誘惑がありますが、主の日を守るなら、私たちの日々の必要は奇蹟的に満たされるようになるのです。また、彼らは前日に2日分パンを集めなければなりませんでしたが、同じように、私たちも礼拝を守るために、前もって準備する必要があります。考えられる用事を前もって行ない、主の日の礼拝のために備えなければならないのです。  Ⅲ.マナ(31-36)

 

最後に、31~36節までをご覧ください。 「イスラエルの家は、それをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、白く、その味は蜜

を入れた薄焼きパンのようであった。モーセは言った。「主が命じられたことはこうだ。『それを一オメル分、あなたがたの子孫のために保存しなさい。わたしがあなたがたをエジプトの地から導き出したときに、荒野であなたがたに食べさせたパンを、彼らが見ることができるようにするためである。』」モーセはアロンに言った。「壺を一つ持って来て、マナを一オメル分その中に入れ、それを主の前に置いて、あなたがたの子孫のために保存しなさい。」主がモーセに命じられたとおり、アロンはそれを保存するために、さとしの板の前に置いた。イスラエルの子らは、人が住んでいる土地に来るまで、四十年の間マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまでマナを食べた。一オメルは一エパの十分の一である。」

イスラエルの家は、それを「マナ」と名付けました。「マナ」という名称は、「これは何だろう」という意味の「マン・フー」から来ています。特徴は、コエンドロの種のようで、白く、その味は密を入れた薄焼きパンのようであるということです。コエンドロというのは、その実を香辛料や薬用に用いるそうです。その種は白色です。

 

主はそのマナを一オメル分を壺に入れ、それを主の箱の前に置いて保存するようにと命じられました。今度は、二日分腐らずに保存できるようにしてくださるどころか、イスラエルが約束の地に住んでからも腐らずに残るようにされたのです。それは何のためでしょうか。それは、イスラエルの子孫がそれを見ることができるようにするためです。それは彼らが荒野を旅する40年間続きます。イスラエルの民が約束の地に入った時点で、マナの供給は止みます(ヨシュア5:10~12)。彼らは、そこでの産物を食べるようになるからです。

 

それにしても、イスラエルをエジプトから導き出された神は、最後まで彼らをお守りになりました。私たちが信じている神は、ご自身の約束に忠実な方であり、私たちがこの人生の旅路を送るに当たり足りないものは何一つないように備えてくださる方なのです。確かにイスラエルの民は毎日、同じマナを食べて飽きることもあったかもしれません。また、荒野の旅には苦しみがあり、飢えと渇きもありました。しかし、過去を振り返ってみると、何一つ乏しいことはなく、すべての必要が見事に満たされたことを見ることができます。神は必要を備えてくださる真実な方なのです。

ヨハネの福音書11章1~16節「神の栄光のために」

きょうは、「神の栄光のために」というタイトルでお話しします。皆さんはいったい何のために生きておられるでしょうか。これがわからないと、私たちの人生は無味乾燥なものになり、生きてはいても死んだようなものになってしまいます。逆に、このことがわかるとたとえ苦難があってもそれを乗り越えることができ、むしろそのことを通しても神の栄光が現されるようになるのではないでしょうか。

きょうは、このことについて三つのことをお話しします。第一のことは、私たちが苦しみに会うとき、主は最善を成してくださると信じ、すべてを主にゆだねなければならないということです。

第二のことは、その苦しみは何のためにあるのでしょうか。それは神の栄光のためです。すべてのことが神の栄光のためであると信じなければなりません。

そして、第三のことは、それはあなたの信仰の成長のためです。神はあなたの信仰の成長のためにそうした苦難を用いられるのです。

 

Ⅰ.神のみこころにかなった願い(1-3)

 

まず、1~3節をご覧ください

「さて、ある人が病気にかかっていた。ベタニアのラザロである。ベタニアはマリアとその姉妹マルタの村であった。このマリアは、主に香油を塗り、自分の髪で主の足をぬぐったマリアで、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。姉妹たちは、イエスのところに使いを送って言った。「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」

 

ある人が病気にかかっていました。ベタニアという村に住んでいたラザロという人です。この人はマリアとその姉妹マルタの兄弟でした。このマリアは、「主に香油を塗り、自分の髪で主の足をぬぐったマリアとあるように、主を深く愛していた人でした。そのマリアの兄弟ラザロが病んでいたのです。

 

その時、マルタとマリア姉妹は、このことを伝えるために主イエスのところに使いを送りました。というのは、その時イエスはユダヤ人たちの手を逃れ、ヨルダンの川向こう、かつてバプテスマのヨハネがバプテスマを授けておられた場所に滞在しておられたからです。ベタニアからはその所までは、徒歩で約1日かかりました。マルタとマリアは、そのイエスのところに使いを送ってこう言いました。「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」(3)

 

どういうことでしょうか。何と麗しい信仰でしょうか。このような時普通なら何と言うでしょう。「主よ、あなたが愛しておられるラザロが病気です。お願いですから早く来て、癒してください。私たちはあなたをこよなく愛し、あなたのためならば何でもしました。それはあなたが誰よりもご存知なはずです。今こそあなたが応えてくださる番です。お願いです。助けてください。」そう言うのではないでしょうか。つまり、自分の願うようにイエスに動いてもらおうと、必死になってイエスを納得させようとするのです。それが信仰だと思っているわけです。でも彼女たちは自分の思いや願いを押し付けたり、自分たちの信仰の正当性を訴えてイエスに動いてもらおうとしたのではなく、ただ事実だけを申し上げたのです。なぜでしょうか。それは神のみこころが成ることが最善であると信じていたからです。これが信仰です。信仰とは自分の思いが成ることではなく、神のみこころがなること、神のみこころに焦点を合わせることです。もちろん、自分の願いを申し上げることが間違っているのではありません。イエスは、「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」(ルカ7:9)と言われました。「だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。」(ルカ7:10)熱心に求めることは大切なことです。しかし、それは私たちの思い通りになるということではなく、あくまでも私たちが良いものを求めるなら、ということです。良いものとは何でしょうか。それは神のみこころです。

「何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。」(Ⅰヨハネ5:14)

これが、私たちの神に対する確信です。であれば、私たちは自分の思いや考えを主に押し付けるのではなく、神のみこころが何であるかを求め、それが成るように祈らなければなりません。そのためには聖書を通して神のみこころを悟ることが大切で、そうでないと、自分の常識や正義感、あるいは人間の尺度で、これが神のみこころだと勝手に決めつけてしまうことになるからです。

 

ここでマルタとマリアはイエスのところに使いを送り、「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」と言いました。それだから、どうしてくださいとか、どうするのが当然ですといった押し付けがましいことは一切言いませんでした。ただ事実だけを伝えたのです。もちろん、一刻も早く来てほしいという思いはあったでしょう。しかし、いつ、どのようにして癒してくださるのかは主の御手の中にあるのであって、主が成してくださることが最善であるという信仰があったのです。

 

ルカ10:38~42には、イエスが彼らの家に来られたとき、彼らがイエスをもてなした時の様子が記されてあります。妹のマリアは、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていましたが、姉のマルタはどうだったかというと、そんな妹の姿にイライラして、イエス様のところに来てこう言いました。「主よ。妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」

するとイエス様は何と言われたでしょうか。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良い方を選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」(ルカ10:41-42)

 

あなたは、いろいろなことを思い煩って、心を乱していませんか。しかし、どうしても必要なのはわずかです。いや一つだけです。それは何でしょうか。それは、主のみことばを聞くことです。こうした信仰は、みことばに聞き入ることから生まれてくるのです。

 

私たちの人生にも、愛する者が病気になることがあります。自分でもどうしたらよいのかわからない問題に直面することがあります。そのような時どうしたら良いのでしょうか。私たちはどうしても自分の思いが先走り、「主よ、こうしてください」とか、「ああしてください」と言うようなことがありますが、大切なのは、主が成されることが最善であると信じてすべてを主にゆだねることなのです。

 

Ⅱ.神の栄光のために(4-6)

 

第二のことは、苦難の目的です。いったい私たちの人生に、どうしてさまざまな苦難が起こるのでしょうか。それは、神の栄光のためです。4~6節をご覧ください。

「これを聞いて、イエスは言われた。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けることになります。」イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。しかし、イエスはラザロが病んでいると聞いてからも、そのときいた場所に二日とどまられた。」

 

ラザロが病気であると聞いたイエスは、「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けることになります。」と言われました。彼女たちが「あなたが愛しておられる者が病気です」と伝えたのは、すぐに助けに来てほしいという思いがあったのは明らかです。でもイエスは彼女たちが願ったとおりには行動されませんでした。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。」と言われたのです。イエスがそのように言われたのは、マルタとマリアを、そしてラザロを愛しておられたからです。しかし、イエス様は、そのことを聞いてもすぐに出発しなかったばかりか、そこになお2日もとどまられました。愛しておられたのに、なぜそこになお2日もとどまられたのでしょうか。愛しておられたのであれば直ぐにでも駆け付けて癒してやろうとするのが普通です。それなのになぜなおもそこに2日もとどまられたのか。それはラザロが死ぬのを待つためです。新改訳聖書第3版には、この「しかし」を「そのようなわけで」と訳しています。「そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。」これを常識的に読むと、イエス様は彼らを愛しておられたので、ラザロが死ぬまで何も行動を起こさなかったとなります。どういうことでしょうか。

それを解く鍵は、4節のイエス様のことばにあります。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。」すなわち、イエス様は、行動を起こすべき神の時を待っておられたのです。

 

私たちの人生には、私たちが願ったとおりにならないことがたくさんあります。そのような時でも、神は最善以外のことをなさらないという確信を持っていなければなりません。すべてのことが神の栄光のために動いているからです。

 

同じ保守バプテスト同盟の婦人伝道師で、かつて山形で伝道された陶山節子先生のお話を聞いたことがあります。陶山先生は、1941年のある日、東京のある橋の上に立っていました。死のうと思っていたのですが、出来ませんでした。陶山先生は波乱万丈の人生を送っていました。夫は神奈川県の重要な政治家でしたが、結核でなくなりました。30代にして、未亡人となったのです。6年間の結婚生活は、意地悪な姑に悩まされる日々でした。たとえば、姑が風呂に入るときは、着物の中で一番良いものを着て姑の背中を流すように強要されました。それは、戦況が暗さを増していく頃のことでした。

陶山先生は横浜で育ち、恵まれた環境の中、大学にも進み、英語も流暢に話せ、将来有望な人でしたが、その時は何もかもが失われたかのように見えました。

しかし、何とかその暗い年月を乗り越え、やがて戦後、多くの宣教師たちが希望を携えて日本に押し寄せてきました。陶山先生はあちらこちらで、彼らの説教の通訳や翻訳で忙しくなりました。そんなある日、ある説教者の祈りを通訳し、自分が涙で出来た水たまりの中に立っていると気が付いたのです。そこで彼女はイエス様に出会ったのでした。

英語が話せたおかげで、いくらでも仕事の機会はやってきました。マッカーサー元帥のGHQ総司令部から雇用の話がきたことさえありました。しかしその時、彼女はジョセフ・ミーコという宣教師夫妻に出会います。彼らは山形県の奥地にある、まるで世の中の流れに取り残されたようなへんぴな場所に引っ越そうとしているところでした。そこは東京とはずいぶん違った場所でした。

陶山先生は、神様の導きを感じていました。しかし、それは大きな変化を意味していました。それでも、彼女は一歩踏み出すために大変な選択をします。生活の安定と数々のビジネスチャンスを捨てて、何の保証もないまま、おそらく霊的には日本で最も暗い東北で、ミーコ宣教師夫妻の開拓伝道を助けることを申し出たのです。

山形での努力は、国内では最も実を結んだ教会開拓の歩みとなりました。10年間で、12にも及ぶ教会が次々に生まれました。またその他にも、幼稚園が数件、女性の聖書研究会が28グループ、数えきれないほどの子供の聖書クラブ、しかもある日の日曜学校には、450人以上の子供たちが参加したのです。

陶山先生は、様々な地域で多くの人々の救いに関わったと同時に、山形の教会の霊的祖母として知られています。1993年には、その傑出した奉仕と、日本の伝道における歴史的影響力の故に、日本福音功労者賞を授与されました。2000年に行われた陶山先生の葬儀は、勝利に満ちたものとなり、メサイヤのハレルヤコーラスの合唱で最高潮に達したと言われています。

このような栄光はどのようにしてもたらされたのでしょうか。それは、夫を結核で失い、30代にして未亡人となるという苦しみの中から生まれたのです。陶山先生は、ご主人の癒しのためにどれほど祈られたことでしょう。まだその時にはイエス様と出会っていませんでしたが、その死によって宣教師の通訳の仕事へと導かれ、その中からミーコ先生との出会いが与えられました。そして、信仰によって一歩踏み出したとき、神様はそこに大いなるみわざをなされたのです。

 

苦しみは、できれば避けて通りたいとものですが、神様はその苦しみを通してご自身の栄光を現そうとしておられるのです。そうです、その病気は死で終わるものではなく、神の栄光が現されるためのものなのです。ですから、主が私たちの祈りにすぐに答えてくださらないということがあっても、あるいは、私たちが願ったとおりに応えてくださらないことがあっても、それはイエス様があなたを愛しておられないからではなく、むしろ愛しておられるからであって、また、主は、ご自身の栄光のために、私たちが考えている以上に、もっとすばらしい方法で解決を与えてくださるからであると、信仰によって受け止めなければなりません。主は愛する者の信仰の成長を願い、時にはそこに障害物を置かれることがあるからです。

 

Ⅲ.あなたがたが信じるため(7-16)

 

第三のことは、それはあなたがたが信じるためであるということです。7~16節をご覧ください。7節と8節にはこうあります。

「それからイエスは、「もう一度ユダヤに行こう」と弟子たちに言われた。弟子たちはイエスに言った。「先生。ついこの間ユダヤ人たちがあなたを石打ちにしようとしたのに、またそこにおいでになるのですか。」

それから、どうなったでしょうか。それからイエスは、「もう一度ユダヤに行こう」と弟子たちに言われました。「それから」とは、そのときいた場所になお二日とどまられてからです。すると、弟子たちは驚いて、イエス様に言いました。「先生。ついこの間ユダヤ人たちがあなたを石打ちにしようとしたのに、またそこにおいでになるのですか。」「ついこの間」というのは、あの宮きよめの祭りの時のことを指しています。その時、ユダヤ人たちはイエス様を殺そうとしました。なぜなら、イエス様が「わたしと父とは一つです」(10:30)と言って神を冒涜したと考えたからです。それでイエスは彼らの手を逃れ、ヨルダン川の向こう側にやって来ていたのですが、そのユダヤにもう一度行こうと言われたので、弟子たちは驚いたのです。

 

それに対してイエス様は何と言われたでしょうか。9節と10節をご覧ください。「昼間は十二時間あるではありませんか。だれでも昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。その人のうちに光がないからです。」どういうことですか。ユダヤ人は、1日12時間を昼の時間と考えていました。この時間は太陽が照らしているので、倒れたり、躓いたりすることはありません。しかし、夜になると働くことができません。光がないからです。この「夜」とは、イエスが十字架につけられる時のことを指しています。つまり、イエスはご自分が死ぬ時はまだ来ていないので、ユダヤに行っても殺されることはないと言われたのです。

 

イエスがこのように話されると、ラザロについてこのように言われました。「わたしたちの友ラザロは眠ってしまいました。わたしは彼を起こしに行きます。」(11)聖書では、しばしば人が死んだ時「眠った」と表現することがあります。しかし、弟子たちにはその意味が理解できませんでした。それで彼らはイエスに言いました。「主よ。眠っているのなら、助かるでしょう。」彼らはイエスの語られたことばの意味を理解できませんでした。

それでイエスは彼らにこう言われました。14節と15節です。「ラザロは死にました。あなたがたのため、あなたがたが信じるためには、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」(14-15)

ここでイエスはラザロが病気になったとき、ご自分がベタニアのラザロのところに居合わせなかったことを喜んでいると言いました。なぜなら、もしそこにいたなら、すぐにでも飛んで行くことができたので彼は癒されたことでしょうが、こんなに遠く離れているわけですからそのようにすることができません。結果、ラザロは死んでしまいました。しかし、ラザロが死んだので彼にいのちを与え、彼を生き返らせることで、もっと大きな主のみわざを行うことができるからです。それはラザロが癒されるよりももっとすごいことでした。主はそのような計画を持っておられたのです。ですから、そこに居合わせなかったことを喜んでいると言ったのです。

 

しかし、この箇所を注意してよく見てみると、イエスはここで「わたしはラザロが死んだことを喜んでいる」とは言っていません。イエスが言われたのは、「わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます」ということでした。しかもそれはマルタとマリアとラザロためにではなく、「あなたがたのため、あなたがたが信じるため」です。どういうことかというと、イエスは、ひとりひとりが苦しんだり、悲しんだり、死んだりするのをご覧になって喜んでおられるのではないということです。そうではなく、ある人々の苦しみを通して、多くの人が信仰の益を受け、祝福されるのを望んでおられるということです。ここでは「あなたがたが信じるためには」とはそのことです。あなたがたとはだれのことですか。そうです、弟子たちのことであり、私たち一人一人のことです。弟子たちが信じるためには、本当に多くの時間がかかりました。その弟子たちの信仰の教育のためには、このことが必要だったのです。だから、イエスはその場に居合わせなかったことを喜んでいると言われたのです。

 

案の定、デドモと呼ばれるトマスは、そんなイエスの思いを全く理解することができませんでした。そして仲間の弟子たちに、「私たちも行って、主と一緒に死のうではないか。」と言いました。だから、違うというのに・・・。なかなか理解できませんでした。しかし、それはトマスだけではなく、他の弟子たちも同じでした。他の弟子たちも、やがて主が逮捕された時には、主を捨てて逃げ去ってしまいます。

 

でも、私たちはそんな彼らを決して笑うことはできません。というのは、私たちもこのトマスが言ったようなことを、大まじめに言うようなことがあるからです。主のみこころとはかなり違ったことを言ってしまうことがあります。ですから、私たちは、まだまだイエス様の心を心とするには遠い者ですが、私たちが主のみこころに歩めるようになるために、主は私たちに試練を与えておられるということを覚え、謙虚な心で、主のみこころに従っていきたいと思うのです。

 

ニューヨークのリハビリテーションセンターの壁に掲げられている一患者の詩です。これは「病者の祈り」という題名がつけられている有名な詩です。この詩を読むと、この詩人が神のみこころをしっかりと受け止めていたことがわかります。

 

大事を成そうとして 力を与えてほしいと神に求めたのに 慎み深く従順であるようにと 弱さを授かった
より偉大なことができるように 健康を求めたのに よりよきことができるようにと 病弱を与えられた
幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと 貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして 権力を求めたのに 神の前にひざまずくようにと 弱さを授かった
人生を享楽しようと あらゆるものを求めたのに あらゆるものを喜べるようにと 生命を授かった
求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられた

神の意にそぐわぬ者であるにもかかわらず 心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はあらゆる人々の中で 最も豊かに祝福されたのだ

 

私たちもなぜこのようなことが・・と思うようなことがありますが、私たちの人生に起こる一つ一つのことが神の栄光のために用いられていることを知り、すべてを主にゆだね、ますます主のみこころに歩ませていただきたいと思います。

Ⅰサムエル記5章

サムエル記第一5章から学びます。

 

Ⅰ.アシュドデに運ばれた神の箱(1-8)

 

まず、1~5節までをご覧ください。

「ペリシテ人は神の箱を奪って、エベン・エゼルからアシュドデまで運んで来た。それからペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運んで来て、ダゴンの傍らに置いた。アシュドデの人たちが、翌日、朝早く起きて見ると、なんと、ダゴンは主の箱の前に、地にうつぶせになって倒れていた。そこで彼らはダゴンを取り、元の場所に戻した。次の日、朝早く彼らが起きて見ると、やはり、ダゴンは主の箱の前に、地にうつぶせになって倒れていた。ダゴンの頭と両手は切り離されて敷居のところにあり、胴体だけがそこに残っていた。それで今日に至るまで、ダゴンの祭司たちやダゴンの神殿に入る者はみな、アシュドデにあるダゴンの敷居を踏まない。」

 

イスラエルがペリシテ人との戦いのときに、自分たちの形勢が不利になったとき、契約の箱を自分たちの陣営に運び入れました。彼らは神の箱が来たことで大歓声を挙げ、それは地がどよめくほどでしたが無惨にも戦いに敗れ、神の箱はペリシテ人に奪われてしました。ペリシテ人は神の箱を奪うと、エベン・エゼルからアシュドデに移しました。エベン・エゼルはイスラエルがいた陣営です。そこからアシュドデに移したのです。アシュドデは、ペリシテ人の五大都市のうちの一つです。「力強い」という意味があります。

 

それからペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び、ダゴンの傍らに置きました。ダゴンとはペリシテ人が拝んでいた神です。アシュドデという所にこのダゴンの神殿がありました。ダゴンというのは「魚」という意味で、上半身は人の姿をしており下半身は魚で半魚のような格好をしていました。ペリシテ人たちはもともと地中海の暮れた島から来た民ですから、海と関わりのある神ということでこのような偶像を神としていたのです。

 

しかし、「ダゴン」にはもう一つ「穀物」という意味もありました。それは穀物をもたらす神、すなわち、豊穣の神ということにもなります。魚と穀物では全く相いれないものであるように感じますが、もともと彼らは海から来た民族でしたし、カナンの地に定着したこともあるので、その両面を備えてくれるものとして称えていたのでしょう。すなわち、自分たちの願望をかなえてくれる神、それがダゴンでした。

 

3節をご覧ください。「アシュドデの人たちが、翌日、朝早く起きて見ると、なんと、ダゴンは主の箱の前に、地にうつぶせになって倒れていた。そこで彼らはダゴンを取り、元の場所に戻した。」

驚くべきことが起こりました。ダゴンは主の箱の前にうつぶせになって倒れていたのです。これはまさにひれ伏している格好です。ダゴンというペリシテ人の神が、イスラエルの神の前でひれ伏していたのです。それで彼らはダゴンを取り、元の場所に戻しました。ダゴンは自分で起き上がれないのでペリシテ人たちの助けがなければ動けなかったのです。起こして欲しいのはこちら側なのにこちら側で起こしてあげなければならないというのは滑稽です。彼らは、倒れてしまったら自分で起き上がれない神を信じていたのです。人間に起こしてもらわなければ起き上がれないような情けない、ふがいない神を信じていました。それが偶像礼拝の実態です。偶像は全く無力です。人間が助けてあげないと何もできません。それは本物の神ではありません。全く頼りになりません。にもかかわらず人々は、それでも偶像を慕います。それでも偶像礼拝を止めようとしないのは不思議ですね。

 

4節をご覧ください。次の日、朝早く起きて見ると、やはりダゴンは主の箱の前に、地にうつぶせになって倒れていました。しかも今度は頭と両手が切り離されて敷居のところにあり、胴体だけがそこに残されていました。胴体だけがそこに残っていたというのは、魚が半身になって残されていた状態です。想像してみてください。彼らが信じていた偶像がいかに空しいものであるかがわかります。

 

詩篇115:4-8には次のようにあります。「彼らの偶像は銀や金。人の手のわざにすぎない。口があっても語れず目があっても見えない。耳があっても聞こえず鼻があっても嗅げない。手があってもさわれず足があっても歩けない。喉があっても声をたてることができない。これを造る者も信頼する者もみなこれと同じ。」

これが偶像の実態です。こんなものに信頼してどうなるのでしょう。どうにもなりません。ただ空しいだけです。ダゴンはまさに人間が作った偶像にすぎません。倒れても自分の力では起き上ができません。首も両腕も切り取られても元に戻すことはできません。彼らはこうした神を本気になって信じていたのです。いったいどうして彼らはこのような偶像を神として信じていたのでしょうか。二つの理由があります。

 

一つは、それでも彼らには神への恐れがあったからです。5節には、「それで今日に至るまで、ダゴンの祭司たちやダゴンの神殿に入る者はみな、アシュドデにあるダゴンの敷居を踏まない。」とあります。ダゴンの頭と両手が切り離されて敷居のところにあったのでそこを神聖な場所とし、敷居をまたがないようにしたのです。私たちも「敷居をまたがない」ということを聞くことがあります。それは、敷居が昔から人の頭を表しているからです。その敷居を踏むということはその家の主人の頭を踏みつけるということ、すなわち、主人の顔に泥を塗るということなので、敷居は踏まないのです。しかし、ここでは少し意味が違います。そこに頭と両手が転がっていたので、そこを神聖な場所としたので踏まないようにしたのです。いわゆる神への恐れがあったからです。普通ならこんな無力な神を信じるなんて全くナンセンスなことですが、それでも彼らは神の祟りを恐れて、逆にそこを神聖な所としました。

 

もう一つとして考えられるのは、このダゴンが豊穣をもたらす神であったということです。すなわち、自分たちの願望を叶えてくれる存在であったということです。それゆえ人々は、どんなことがあっても残しておきたかったのです。すなわち、自分たちに都合の良いものから離れることができないのです。これが人間の性です。そのような意味では、私たちも同じではないでしょうか。コロサイ3:5には、「ですから、地にあるからだの部分、すなわち、淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、そして貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝です。」とあります。何が偶像礼拝ですか?こうした貪欲が偶像礼拝です。むさぼりが偶像礼拝なのです。であれば、私たちにもこうしたむさぼりがあります。あれが欲しい、これが欲しいと、神よりもそれを一番大事にしたいのです。そこから離れることができなくて苦しむのです。その首が取れ、腕が取れても、そこからなかなか離れられないのはそのためです。そこから離れると都合が悪いのです。自分にご利益をもたらしてくれるものを神としたいと思うのは昔も今も変わりません。

 

でも、こした偶像には力がありません。倒れてもだれも起こしてくれません。自身があったらだれかに助け手もらわなければなりません。情けないです。そんな偶像を神とすることがないようにしましょう。もし私たちの中に貪欲があるなら、それを取り除きましょう。

 

6節に戻ってください。主の箱がアシュドデにある間、アシュドデの人たちは大きな災難に見舞われます。6節から8節までをご覧ください。

「主の手はアシュドデの人たちの上に重くのしかかり、アシュドデとその地域の人たちを腫物で打って脅かした。アシュドデの人たちは、この有様を見て言った。「イスラエルの神の箱は、われわれのもとにとどまってはならない。その手は、われわれとわれわれの神ダゴンの上に厳しいものであるから。」それで彼らは人を遣わして、ペリシテ人の領主を全員そこに集め、「イスラエルの神の箱をどうしたらよいでしょうか」と言った。領主たちは「イスラエルの神の箱は、ガテに移るようにせよ」と言った。そこで彼らはイスラエルの神の箱を移した。」

 

主の手はアシュドデの人たちの上に重くのしかかりとは、それが神のさばきであったことを表しています。本当の神ではないものを神とする者には、神のさばきがくだります。それはどんな災いだったでしょうか。アシュドデとその地域の人たちを腫物で打って脅かしたのです。この腫物がどのような病気であったのかはわかりません。へブル語では「オーフェル」という語で、「盛り上がっているもの」を意味しています。人間の体にできる盛り上がるものといったら腫物なので、腫物と訳されているのです。英語のキングジェームズ訳ではこれを「hemorrhoid」と訳しています。「hemorrhoid」とは「痔」のことです。なぜ「盛り上がるもの」が「痔」となるのかわかりません。まあ「痔」にもいろいろあって盛り上がるものもあります。でも実際にこれが何であるかはわかりません。何が盛り上がったのか、皮膚が盛り上がったのか、お尻の穴が盛り上がったのかわかりませんが、いずれにせよ、それは神のさばきでした。それでも彼らは真の神に立ち帰ろうとはしませんでした。偶像の神になど何の力もないということがわかっていても、そこから離れられなかったのです。

 

そこでアシュドデの人々はどうしたでしょうか。アシュドデの人々はこの有様を見て、こう言いました。「イスラエルの神の箱は、われわれのもとにとどまってはならない。その手は、われわれとわれわれの神ダゴンの上に厳しいものであるから。」

彼らは神の箱を別の町に移そうと計画しました。それで彼らは人を遣わして、ペリシテ人の領主を全員そこに集め、イスラエルの神の箱をどうしたらよいか話し合った結果ガテに移すように決め、そのようにしました。ガテもペリシテ人の五大都市の町ですが、その中でも最大の都市です。そこに移せば大丈夫だろうと思ったのです。

 

Ⅱ.ガテに運ばれた神の箱(9)

 

それで神の箱がガテに移されるとどうなったでしょうか。9節をご覧ください。

「それがガテに移された後、主の手はこの町に下り、非常に大きな恐慌を引き起こし、この町の人々を上の者も下の者もみな打ったので、彼らに腫物ができた。」

 

神の箱がガテに移されると、主の手はこの町に下り、非常に大きな恐慌を引き起こし、この町の人々を上の者も下の者もみな打ったので、彼らも腫物ができました。ガテの領主には、ペリシテ人最大の都市としての自負心があったのでしょう。あるいは、アシュドデの人々のふがいなさを見下して、主の箱など怖くないという傲慢な思いがあったのかもしれません。けれども、ふたを開けてみるとアシュドデに起こったのと同じことが起こりました。この町に恐慌が引き起こされ、彼らはみな腫物で打たれました。それで彼らはどうしたかというと、今度はそれをエクロンに送りました。

 

Ⅲ.エクロンにやって来た神の箱(10-12)

 

10-12節をご覧ください。

「ガテの人たちは神の箱をエクロンに送った。神の箱がエクロンにやって来たとき、エクロンの人たちは大声で叫んで言った。「私と私の民を殺すために、イスラエルの神の箱をこっちに回して来たのだ。」それで彼らは人を遣わして、ペリシテ人の領主を全員集め、「イスラエルの神の箱を送って、元の場所に戻っていただきましょう。私と私の民を殺すことがないように」と言った。町中に死の恐慌があったのである。神の手は、そこに非常に重くのしかかっていた。死ななかった者は腫物で打たれ、助けを求める町の叫び声は天にまで上った。」

 

ガテの人たちが神の箱をエクロンに送ったとき、エクロンの人たちは大声で叫んで言いました。「私と私の民を殺すために、イスラエルの神の箱をこっちに回して来たのだ。」今度はペリシテの領主たちの会合によって決まったのではなく、ガテの住民たちの一方的な決定によって送り込まれたようです。エクロンもまたペリシテ人の姉妹都市で、五大都市の一つです。エクロンの町でも死の恐慌がありました。死ななかった者も腫物で打たれ、助けを求める町の叫び声は、天にまで上りました。それでエクロンの人たちは人を遣わして、ペリシテの領主たちを集め、イスラエルの神の箱を、元の場所に戻すようにと言いました。

 

これが偶像を拝み、偶像に仕える者たちの結果です。偶像は何も彼らを助けることができませんでした。そこにあったのは神のさばぎでした。神の箱が運び入れられたどの町でも主の手が重くのしかかり、その地域の人たちを腫物で打ちました。そこには死の恐怖が迫りました。こんなにひどい目に合うのならまことの神を信じたらいいのに、それもしませんでした。むしろ、本物の神に背を向け、自分たちから遠ざけようとしました。ダゴンの神がただの偶像であることがわかっていても、真の神に背を向け、それを遠ざけてしまったのです。なぜでしょうか。なぜなら、神よりも自分を愛していたからです。それが罪の本質です。罪とは神中心ではなく、自分中心であることです。だから自分の欲望を満足させようとしてこうした偶像を作るのです。ダゴンの神がただ偶像であるということがわかっていても、そこからなかなか抜けきれないのはそのためです。人はみな自分を愛しているからです。

 

それは何もダゴンの神を信じていた人たちだけのことではありません。私たちにも言えることではないでしょうか。私たちも真の神を信じているはずなのに自分に都合が悪いと神に背を向け、神を遠ざけようとすることがあります。わかっているのに教会に行かなかったり、わかっているのに聖書を読もうとしません。わかっているのに神の家族の交わりよりも自分の好むことを優先することがあります。わかっているのに快楽を求めてしまいます。私たちも残念ながら同じような過ちを犯してしまう弱さを持っているのです。わかっているのにやめられない、わかっているのに認めたくない、そしてわざわざ本物の神に背を向け、神を遠ざけようとしているのです。悔い改めることをしません。この神の前にへりくだることをしません。そして自我を通そうとします。それは悲劇だということはこの箇所からもわかることです。でも神に立ち帰ろうとしないのです。

 

いったいどうしたらいいのでしょうか。神の箱をあなたの心に運び入れることです。神の箱がダゴンの神殿に運び入れられた時どうなったでしょうか。ダゴンはだんごのように倒れてしまいました。同じように、あなたの心に神の箱を運び入れるなら、あなたのダゴンも倒れます。たとえば、ギャンブルがやめられない、お酒がやめられないという方がおられますか。それはあなたのダゴンです。でもそんなダゴンも神の箱が運び入れられたら、倒れてしまいます。この神には力があるのです。この神の箱をあなたの心に運び入れられるなら、そのとたんにダゴンは倒れて主の前にひれ伏すようになります。あなたはなかなか離れられないで苦しんでいたさまざまなむさぼりから解放されるのです。神の聖霊にあなたの心を支配していただきましょう。そうすれば、あなたもダゴンから解放され、神の絶対的な力に満たされるようになるのです。そして、真の神だけを拝み、真の神に仕えましょう。