ヨハネの福音書12章1~3節「ナルドの香油」

ヨハネの福音書12章に入ります。ヨハネの福音書は、大きく分けると二つに分けられます。1章から11章までのキリストの公的宣教と、12章から21章までの最後の1週間です。ですから、ここはイエスの公的宣教の最終段階の場面です。過越しの祭りの六日前にベタニアの村に来られたイエスは、ここでマリアの高価な香油の注ぎを受け、その翌日、最後のエルサレム入場をされ、13章からの受難物語へと続いていくのです。そんなピリピリと張り詰めた空気の中で、一切の打算抜きの一人の女性の奉仕があったことを、ヨハネはここに記しているのです。その女性とは、ベタニアのマリアです。かつて兄弟のラザロを、イエスによみがえらせていただいた彼女は、心からの感謝と献身の思いを込めて、心からの奉仕をささげるのです。それはまさに、この直後十字架に向かって行くキリストの道にふさわしい麗しい奉仕でもありました。きょうは、このマリアの奉仕を中心に、イエスに喜ばれる奉仕とはどのようなものなのかをご一緒に学びたいと思います。

 

 

Ⅰ.マルタの奉仕(2)

 

まず、マルタの奉仕です。もう一度12:1~3をお読みします。

「さて、イエスは過越の祭りの六日前にベタニアに来られた。そこには、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた。人々はイエスのために、そこに夕食を用意した。マルタは給仕し、ラザロは、イエスとともに食卓に着いていた人たちの中にいた。一方マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」

 

イエスは過越しの祭りの六日前にベタニアに来られました。ベタニアは、マルタとマリアの兄弟ラザロが生き返るという奇跡が行われた村です。その奇跡を見た多くのユダヤ人はイエスを信じましたが、しかし、何人かはパリサイ人たちのところに行って、イエスがなさったことを裂耐えたので、祭司長たちやパリサイ人たちは焦りを感じ、遂に、イエスを殺そうと企みました(11:53)。それでイエスはもはやユダヤ人たちの間を歩くことをせず、そこから北に20キロほど離れたエフライムという町に入りました。そこはのどかな牧草地でしたので、そこで父なる神様とのしばしの交わりの時、祈りの時を過ごされたのです。

 

「しかし」(11:55)、ユダヤ人の過越しの祭りが近づいたとき、イエスは弟子たちを連れてエルサレムに上られました。なぜ?前回お話ししました。それが神のみこころだったからです。イエスはこの時に捕らえられ、十字架につけられることになります。それを重々承知の上で、キリストはこの過越しの祭りに行かれたのです。

 

その過越の祭りの六日前、イエスはベタニアに来られました。ベタニアはエルサレムか3キロメートルほどの道のりだったので、イエスがエルサレムに来られた時にはいつもここに泊まっておられたようです。そこにはあのラザロもいました。イエスが死人の中からよみがえらせたラザロです。

 

人々はイエスのためにそこに夕食を用意しました。おそらくそれは、ツァラートに冒された人シモンの家であったろうと思われます。というのは、同じ出来事を記したマタイ26章とマルコ14章にそのようにあるからです。ちなみに、ルカ7章にある同様の出来事は、全く別のものです。シモンという人の家であるということと、婦人が香油を注ぐという点では似ていますが、一方はツァラートに冒された人人シモンであるのに対して、ルカの記述にはパリサイ人シモンとあるからです。また、一方はベタニアのマリアであるのに対して、ルカには罪深い女とあり、しかも状況が全く違うからです。ですから、イエスがベタニアにやって来たとき、このツァラートに冒された人シモンの家に、ラザロとその姉妹マルタとマリアも集まっていたのでしょう。

 

その夕食を用意していたとき、マルタは何をしていたでしょうか。ここには「マルタは給仕し、」とあります。彼女は相変わらず給仕していました。覚えていますか、ルカ10:38~42にあった出来事を。この数か月前にイエスがマルタとマリアの家に来た時も、彼女は給仕していました。でも、あの時と今回は状況が違います。あの時はもてなしのために心が落ち着かず、イエスのところに来て、「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」(ルカ10:40)と不満を訴えました。でも今回はそういうことはなく、黙って仕えています。今回はあの時に比べてかなりの大人数であるにもかかわらずです。夕食を準備するのも大変だったろうと思いますが、ただ淡々と給仕に専念しているのです。いったい何があったのでしょうか。

 

彼女はあの出来事から学んでいたのです。イエス様から「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」(ルカ10:41-42)と言われた時、「ああそうか、主のためにおもてなしをするということは大切なことだけれども、いろいろなことを心配して思い煩っているとしたら本末転倒だ。何をするかということよりも、誰に対してしているのか、どのような心でするかが大切なんだ」を教えられ、イエスがしてくださったことに感謝して、心から喜んで仕えていたのです。

 

マルタは私たちの模範です。私たちの中にも、どちらと言えばマルタのように体を動かすのが好きです、という方がおられるのではないでしょうか。人をもてなすことが好きなんです、食事を作ることが生きがいなんです、掃除をすることなら全然苦になりません。そういう人がいるでしょう。それ自体は全然問題ではありません。むしろ、すばらしいことです。教会はマルタのような働き人を本当に必要としています。しかし、注意しなければなりません。最初のうちは喜んでやっていてもだんだん疲れて来て、いつの間にかそれが重荷となり、そこに何の喜びも感じられなくなっていることがあります。その結果、愚痴や不平不満が出てきているとしたら、それこそ本末転倒です。それが原因で口論や争いに発展することもあります。ですから、心から感謝して、喜んでささげられるのならいいのですが、そうでないとしたら、どこに問題があるのかを点検し、主の前に静まることから始めなければなりません。コロサイ3:20には「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。」とあります。何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からすることが大切です。マルタはそれを学んだのです。

 

Ⅱ.ラザロの証し(2)

 

次に、兄弟ラザロを見たいと思います。もう一度2節をご覧ください。ここには、「ラザロは、イエスとともに食卓に着いていた人たちの中にいた。」とあります。彼については、イエスとともに食卓に着いていた人たちの中にいた、とあるだけです。彼は何もしていないし、何もしゃべっていません。聖書には、彼が何かをしゃべったという記録は一つもないんですね。彼はどちらかというと無口だったのかもしれません。無口でも全く問題ありません。なぜなら、彼の存在そのものが大きな証しだったからです。キリストを証しするというのは何かを語ることだけではないからです。キリストを証しするというのは、キリストによって生きること、キリストの証人となることです。むしろ、そっちの方が効果的な証だと言えるでしょう。使徒1:8をご覧ください。ここには、「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」とあります。ここには「地の果てまでわたしを証言します」ではなく「わたしの証人となります」とあります。聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたは単に証言をする人になるのではなく、証人になるのです。私たちもかつてはラザロのように死んでいたような者でした。しかし、神の救い、イエス・キリストを信じたことで、その中から救われました。罪の奴隷から解放され神の子としていただけたのです。それはまさにあのラザロが死人の中からよみがえったような衝撃をもたらすことでしょう。

 

ある人が牧師にこう尋ねました。「空っぽの教会を一杯にするにはどうしたらいいでしょうか」するとその牧師はこう答えました。「ラザロを連れて来なさい。そうすれば、教会は一杯になるでしょう。」なるほど、人々はいったいこの人はどのようにしてよみがえったのかを見たさに教会にこぞって来るようになるでしょう。そのラザロとはだれですか。それは私たちです。私たちは死人の中からよみがえらされました。罪に死んでいたのがキリストにあって新しいいのちによみがえったのです。今私が生きているのは私を愛し、私のためにご自身のいのちを与えてくださったこのキリストの力によってなのです。それはどれほど大きな衝撃を人々にもたらすのです。

 

きょう、この後でバプテスマを受けられる下野さんと任さんの証を週報にはさんでおきました。お二人に証を見て共通していると思ったことは、二人がキリストを信じるように導かれたきっかけが息子、あるいは娘の証しによるものであったということです。任さんは中国にいる娘さんの証しを通して、また、下野さんは、今は天国にいる次男の文男さんの証しを通して教会に導かれました。

私は昨日、下野さんから与った文男の証しを読みました。それは本当に分厚いファイルにまとめられていました。

文男さんは、私と同じ年ということですが、信仰に導かれたのも同じ頃で、高校3年生の終わり頃でした。ある教会で上映した「塩狩峠」という映画と集会でのメッセージを通して「愛」というテーマで随分悩みました。この「塩狩峠」という映画は、三浦綾子さんの小説を映画化したものですが、汽車が北海道の塩狩峠という峠に差し掛かった時に、車両が外れてしまうんですね。しかし、ブレーキが思うように利かず、このままでは目前に迫ったカーブを曲がり切れないと判断した車掌が、自らの身体を車両の前に投げ出して身体で車両を止め乗客の命を救ったという実話に基づいた話です。

この映画を観たとき、人を愛するって本当はどういうことなんだろうかと、自分の今までの生活に当てはめて考えたのです。例えば、中学生の頃、その当時親友と思っていた友達が体育の授業中にリンチにあいましたが、その時、足が竦(すく)んで何一つできなかった自分自身に無力さを痛感し、人のために自分を犠牲にすることはできないが、それこそ大きな愛はないということを知り、その後何度か教会に行くようになって、キリストを信じる信仰を持ちました。それで浪人期間の2年間と大学での4年間、合計6年間をほとんど教会を中心に費やすのです。

その後、一時的に教会から離れ、本当に大変な苦労をされますが、その苦労を通して再びキリストのもとに戻り、それからはもう迷いがありませんでした。2001年3月にご病気で東大病院に入院以降、教えられた聖書の言葉が21書き止められていて、文男さんがどれほど誠実に主の前に歩まれたかがわかります。それは文男さんが天国に行かれる直前にお母さんに言われた最後の言葉からもわかります。

「おかあちゃん、ぼく、もうすぐ天国に行くのでぼくの分まで生きて、教会に行ってイエス・キリスト神さまを信じてと約束して」

それは文男さんのいのちをかけた祈りでした。そのような祈りが伝わらないはずがありません。それから何年経ったでしょうか、今年下野さんが教会に電話をくださって来られようになり、イエス様を信じて、きょうバプテスマの恵みに与るようになりました。ハレルヤ!それは主イエス・キリストのあわれみと、文男さんの生きた証によるものだったのです。下野さんは一昨日85歳の誕生日を迎えましたが、天国に行くまでにはまだまだかとは思いますが、その前にイエス様を信じることができて本当に良かったと思います。

 

Ⅲ.マリアの礼拝(3)

 

次にマリアです。3節をご覧ください。マルタは奉仕の模範でした。ラザロは証の模範でした。ではマリアはどうでしょうか。マリアは礼拝の模範です。ここには、「一方マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」とあります。

 

先ほども申し上げましたが、並行箇所のマルコの福音書には、ある女がナルドの香油が入った小さな壺を持って来て、それを割って、イエスの頭に注いだ、とあります。これは非常に高価なものでした。どれほど高価なものであったのかは、この後でイスカリオテのユダが語ったことばからもわかります。5節には、「どうして、この香油を300デナリで売って、貧しい人に施さなかったのか」とあります。1デナリは1日分の給料に相当する金額ですから、300デナリとは300日分の給料、すなわち年収に相当する額です。このような香油は、通常王族や貴族が使用しました。おそらく、マリアがこれだけの香油を持っていたのは、両親の遺産として相続していたのかもしれません。当時は財産を銀行に預けておくのではなく、金とか、銀とか、香油にして壺の中に入れ、地面に隠しておきました。女性であれば、香油を壺に入れて蓄えておくのが一般的でした。というのは、そこにはある一つの大きな目的があったからです。それは、結婚に備えるということです。少しでもいい男性と結婚するためにコツコツと蓄えたのです。愛があればお金なんてと言う人もいますが、当時はそうではありませんでした。どれだけ結婚持参金があるかによって結婚が決まりました。少しでもお金を蓄えていれば、それだけ結婚に有利だったのです。いい人と結婚できるかどうかは、どれだけお金を持っているかによって決まったのです。

でもマリアはその香油をイエスに注ぎました。しかもそれを入れておいた壺を割ってです。壺を割ってとは、全部使い切ったということです。もう香油は一滴も残されていません。全部イエスにささげたのです。これはどういうことでしょうか。これでマリアがいい人と結婚できる可能性はほぼ無くなったと言うことです。彼女は無一文の女性になりました。そんな人と結婚したい男性なんてほとんどいません。だから、マリアがこのナルドの香油をすべてイエスに注いだというのは、自分のすべてをイエスにささげたということなのです。自分の結婚も、自分の将来も、すべてイエスにささげたのです。それは目に見える高価な香油をささげたというだけでなく、彼女のすべてをささげたということなのです。いったいなぜ彼女はこのようなことをしたのでしょうか。

 

それはマリアにとってイエスがすべてであったからです。マリアにとってイエスは結婚以上に大切な方でした。一般的に女性なら、結婚すれば幸せになれると思うでしょう。安定した生活が送れるし、安心して生きられると思います。しかし、マリアはそうではありませんでした。彼女にとってはイエスがすべてでした。だから喜んで犠牲を払うことができたのです。そればかりではありません。イエスの足に塗った香油を自分の髪の毛で拭うということまでしました。これは当時として考えられないことでした。というのは、当時は女性が人前で髪の毛をほどいてバラバラにするということは恥ずべきことだとされていたからです。その髪の毛でイエスの足に塗った香油を拭いました。まさに「なりふりかまわず」です。だれがいようが、だれが見ていようが構いません。自分の思いのたけをそのように表したのです。

 

そこには弟のラザロを生き返らせていただいたことへの感謝の気持ちもあったでしょう。しかしそれだけでなく、彼女はもっと深いものを感じていました。それはこの後の所に出てきますが、イエスが自分のためにいのちを捧げてくださったということ、そして自分を罪から救ってくださったという感謝に溢れていたからなのです。この時点でそれがまだ明らかにはされていませんが、彼女はイエスが語ることばを聞いて、そのように受け止めていました。それを深く感じていました。次元が違います。もうこの世の次元ではありません。霊的な次元でイエスを見ていたのです。

 

彼女は文字通りイエスのために人生を投げ打ちました。壺を割るかのように自分の人生を投げ打ったのです。自分の人生を生きた供え物として捧げました。これこそ神に喜ばれる礼拝です。ローマ12:1にはこうあります。

「ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」(ローマ12:1)

「それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」は、新改訳聖書第三版では、「それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」と訳されています。あなたがたにふさわしい礼拝、霊的な礼拝とはどのような礼拝でしょうか。それは、あなたがたのからだを、神に受け入れられる、生きたささげものとして献げる礼拝です。あなたがたのからだとは、あなたがたのすべてと言ってもいいでしょう。あなたがたのすべてをささげる礼拝、それこそ神が望んでおられる礼拝です。神に喜ばれる礼拝なのです。マリアの礼拝はまさにそれでした。彼女は自分のすべてをイエスに捧げました。誰かに強制されてそうしたのではありません。自ら進んで、喜んで自分のすべてを主に捧げたのです。

 

同じように、自分のすべてをささげた女性がいます。だれでしょう。そうです、あのレプタ銅貨2枚をささげたやもめです。多くの金持ちはあり余るお金の中からたくさん投げ入れましたが、このやもめはレプタ銅貨2枚しかささげることができませんでした。レプタ銅貨というのは1デナリの128分の1、それを2枚ですから、今で言ったら100円というところでしょうか、それを捧げたのです。しかし、イエスは弟子たちにこう言われました。

「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」(マルコ12:43-44)

 

同じです。マリアは、年収に相当するだけの香油をイエスに献げ、やもめはレプタ銅貨2枚を献げましたが、そこにあった思いは同じです。それは自分のすべてをささげたということです。自分のいのちそのものをささげたのです。これが礼拝するということです。

 

「礼拝」とはギリシャ語で「プロスクネオー」と言いますが、意味は「ひれ伏す」とか、「尊敬を帰する」です。何ものかに価値や尊敬を帰することです。イエスを、礼拝を受けるのにふさわしいお方として認め、心からの尊敬をささげることを意味しています。礼拝というと、どちらかというと受けるというイメージがありますが、礼拝とはささげることです。イエスに価値と尊敬を帰すること、それが礼拝です。マリアにとってイエスは最高に価値あるお方でした。だから自分のもっていた最高のものをささげることができたのです。レプタ銅貨2枚をささげたやもめも、イエスが最高に価値あるお方でした。だから、自分のすべてをささげることができたのです。それは金額の問題ではありません。ハートの問題です。どれだけささげるのかということではなく、どのような心でささげるのかです。イエスは尊い犠牲を払っても尊敬を受けるに値する方です。なぜなら、イエスは私たちを罪から救ってくださるために、ご自分のいのちを投げ打ってくださったからです。

 

昔、ひとりのイギリス人の少女がドイツのある町に留学しました。彼女はその町の美術館で、一枚の忘れることができない絵に出会いました。

その絵には、「エッケ・ホモ(この人を見よ)」という題が付けられていました。そしてその絵の下には、その絵を描いた画家のことばが書かれてありました。

「私はあなたのために命を捨てた。あなたは、私のために何をしたか」

少女はこの絵とこの画家のことばを深く心に刻みつけました。イギリスに帰った彼女は成長して、賛美歌作家になりました。彼女の名前は、フランシス・ハヴァーガルと言います。彼女は、ドイツで出会ったあの絵と画家のことばをもとに、私たちがイエス様の十字架の愛にどのように応えるかという歌詞の賛美歌を作りました。それが「主はいのちを与えませり」(新聖歌102番)です。

1. 主は生命を与えませり

主は血しおを流しませり その死によりてぞわれは生きぬ われ何をなして主に報いし

  1. 主はみ父のもとを離れ

わびしき世に住みたまえり かくもわがために栄えを捨つ われは主のために何を捨てし

  1. 主は赦しと慈しみと 救いをもて降りませり 豊けき賜物身にぞあまる ただ身と魂とを捧げまつらん

 

「私はあなたのために命を捨てた。あなたは、私のために何をしたか」主が求めておられるのは、霊的な礼拝です。主を最高に価値のある方として認め、全身全霊をもって主を愛すること、自分のいのちをかけて主を愛すること、それを求めておられるのです。

 

スコットランドの探検家で、宣教師、また医師でもあったデイヴィッド・リヴィングストンは、ヨーロッパ人として初めて、当時「暗黒大陸」と呼ばれていたアフリカ大陸を横断した人です。彼がアフリカのある村で伝道していたとき、イエス様を信じたその村の村長が喜びに溢れ、自分の気持ちを何らかの形で表現したいと思いました。それで彼はリヴィングストンのもとに小麦粉を持ってきました。「宣教師先生。私は神様に感謝をささげたくて、小麦粉を持ってきました。」私だったら、それはすばらしい。神様はきっと喜んでくださいますよ、と言うでしょうが、リヴィングストンは、こう言いました。「すみませんが、神さまは小麦粉などでは満足されません。」それで彼は、白馬なら喜ばれるだろうと、今度は白馬を連れて来ました。するとリヴィングストンは笑いながらこう言いました。「神様は白馬などでは満足されません。」しばらくして、また村長がやって来ました。「今回は、村長の権威と名誉を象徴しているこのピンを持ってきました。これがなければ私は死んだも同然です。」するとリヴィングストンは「どうでしょう。神様はそれくらいで満足されるでしょうか。」と答えました。するとその村長は怒って言いました。「それでは、何をささげればよいのですか。もう「私」しか残っていません。」するとリヴィングストンは言いました。「そうです。神様が願っておられるのは、そのあなたです。」

 

マリアが石膏の壺を割ったのはそういうことでした。マリアは石膏の壺を割るように、自分自身という壺を割ったのです。自分自身を主にささげたのです。いったい彼女はどうしてそのようなことができたのでしょうか。それは彼女がイエスという方がどのような方であるのかをよく知っていたからです。イエスを知れば知るほど豊かな礼拝をささげることができるようになります。そのためにはイエスの足もとに行かなければなりません。イエスの足もとに行って、イエスのみことばに聞き入る必要があるのです。あなたがどのように礼拝をささげておられるかを見れば、あなたの価値観がわかります。どれほどイエスを愛しておられるかがわかるのです。もしイエスを礼拝することがただの義務感でしかないとしたら、重荷になっているとしたら、その人はほんとうの意味でイエスのことを知らないということです。だから、イエスの足もとに行って、イエスのことばを聞きましょう。そして、イエスがどれほど価値ある方なのかを知り、心からイエスを礼拝する者となりましょう。

 

きょうバプテスマを受けられたお二人に主イエスが最も願っておられるのはこのことではないでしょうか。ただ形でイエスに向き合うのではなく、心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして主を愛することです。それが、主が私たちに求めておられることです。マリアはそれに応答しました。非常に高価なナルドの香油を主にささげたのです。私たちも主の愛に応答し、心からの感謝と礼拝を主にささげる者となりたいと思います。