きょうは、「神の救いのみわざ」というタイトルでお話したいと思います。4節をみると「ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った」とあります。いよいよここからパウロとバルナバの世界宣教が始まっていくわけです。それは聖霊に遣わされての、聖霊による宣教でした。聖霊に遣わされて彼らが最初に行ったところは、キプロス島でした。キプロス島へはセルキヤから船で100キロほど行ったところにありますが、なぜ最初に遣わされて行った先がキプロス島だったのかははっきりとはわかりません。おそらく、このキプロスがバルナバの出身地であって、バルナバにとってその土地の事情にも明るく、また親類縁者もたくさんいたことから、宣教の皮切りにはよい環境であると思ったのでしょう。しかし、そのような事情も含めて、やはり最終的には聖霊なる神によって導かれたところがこのキプロスだったということなのでしょう。というのは、その最初の宣教地において彼らは、輝かしい神の救いのみわざを拝するようになるからです。地方総督セルギオ・パウロという人が救いに導かれるのです。
きょうは、この輝かしい神の救いのみわざについて三つのことを学びたいと思います。第一のことは、私たちの戦いは悪霊との戦いであるということです。第二のことは、その霊の戦いにおける神の勝利についてです。第三のことは、その輝かしい神の救いのみわざについてです。
Ⅰ.悪霊との戦い(4-8節)
まず4節から8節までをご覧いただいきたいと思います。聖霊によって遣わされたバルナバとサウロは、セルキヤから船に乗ってキプロス島に渡りました。5節を見ると、ここにバルナバとサウロに加えてもう一人の同行者がいたことがわかります。ヨハネです。12章25節のところで、彼はバルナバとサウロが救援の物資を携えてエルサレムに上った時にアンテオケ教会に連れてきた人物で、初代教会で大切な役割を果たしたマリヤの家に生まれ育った青年でした。コロサイ書4章10節には、彼はバルナバのいとこであったと紹介されていますが、このマルコと呼ばれたヨハネこそ、やがてマルコの福音書を書いたマルコその人です。彼らがなぜこのヨハネを助手として連れて行ったのかはわかりません。バルナバのいとこであったということから助手として頼みやすかったのか、あるいは、主イエスが十字架につけられた時の様子をよく知っていたことから、福音の宣教において重要な役割を果たすことができると思ったのかもしれません。
そんな彼らがキプロスに到着して最初に行ったのは、キプロス島東部にあった第一の町サラミスでした。サラミスに到着すると彼らは、ユダヤ人の諸会堂でみことばを語り始めます。あれっ、彼らが遣わされたのはユダヤ人のためではなく異邦人のためではなかったのですか?なのに彼らが最初に向かったのはユダヤ人の会堂であったということを聞くと、何とも拍子抜けしたような感じがします。しかし、この後のパウロの宣教旅行を追いかけて行ってわかることは、彼はどこに行っても最初に向かったのはまずユダヤ人の会堂であったということです。それは、彼がローマ人への手紙の中で明らかにしているように救いはまずユダヤ人に、そしてそれから異邦人にという神のご計画があることを理解していたからなのです。
サラミスにあったユダヤ人の諸会堂で神の言葉を語ったバルナバとサウロは島全体を巡回しこの島の首都パポスまで行ったとき、そこで一人の人と出会いました。にせ預言者で、名をバルイエスというユダヤ人の魔術師です。この男は地方総督セルギオ・パウロのもとにいて、この総督がバルナバとサウロを招いて、神のことばを聞きたいと思っていた時に、ふたりに反対して、総督を信仰の道から遠ざけようとしました。「バルイエス」とは「イエスの子」とか「救いの子」という意味です。彼はもともと「バルイエス」、救いの子であったはずなのにその道を踏み外してしまいました。彼にはもう一つの名前というかあだ名(ニックネーム)が付けられていましたが、それは「エルマ」です。ここには「エルマという名を訳すと魔術師」と訳してありますが、「エルマ」とはもともと「賢者」とか「知恵者」という意味があったようです。そんな自他共に賢い人と認められていた彼が、怪しげな魔術に身をゆだねてしまいました。迷信的邪教の魔術と違い、唯一の神からの啓示のように思い込ませるにはかなりの知恵を要したことでしょう。彼はその知恵(能力)を悪用して神からの啓示を受けもしなのにあたかも受けたかのように語っては、人々の心を盗んでいたのです。そのようにして彼は「イエスの子」、「救いの子」バルイエスから、悪魔の子、魔術師エルマへと堕落してしまったのです。
まことに人間は、賢い人でも知恵者でも、宗教的には本当に暗く、愚かです。現代の日本には、博士や天才もたくさんいますが、しかし、そうした人の知恵によってはだれも「バルイエス」、イエスの子、救いの子となることはできません。ただ神の知恵である十字架のあがないの愚かさを信じる信仰によってのみ、どんな愚かな人でも救いに入れていただくことができるのです。
「知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。
事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。」(Iコリント1:20~24)
なぜ、生まれながらの知恵や理性によっては救われることができないのでしょうか。それは人間の心がきわめて保守的で、これまでの生活を変えられることや、蓄積した知識を捨てることを好まないからです。このエルマも地方総督セルギオ・パウロのもとにいて、政策の助言をしたり占いをしたりして、自分の生活を守っていました。ところが、総督がバルナバたちの口から神のことばを聞こうとしたので、自分の生活が脅かされることを恐れたエルマは、「ふたりに反対して、総督を信仰の道から遠ざけようとした」のです。私たちもまた、今のままでは救いがないと知っていながらも、クリスチャンになれば、洗礼を受ければ、これまでの生活が変えられるのではないか、今までしていたことができなくなり、出入りしていたところに出入りができなくなるのではないかと心配し、あるいはそのことを極端に恐れては、クリスチャンになる決心を下しかねることがあります。あるいは、もうクリスチャンになっている人でも、今の生活では神様に喜ばれることがないので、何とかしなければならないと思いはするものの、じゃ主にすべてを明け渡し、献身の生活に踏み切ろうとすると、これまでの生活や習慣を変えなければならないのではないかと恐れ、躊躇してしまうのです。このように、生活と考え方が変わることを恐れる心、やっぱり自分の好みや楽しみを優先させたいというわがままな思いが、キリスト教に入る上で、あるいはクリスチャンがさらに成長していこうという時に直面する最大の障害なのです。
しかし、この箇所をよくみると、人々が信仰に入るのを妨げたり、クリスチャンとして成長していこうとする思いを妨げるもっと根本的な問題があることに気づきます。それは霊的な戦いです。7節には、地方総督セルギオ・パウロという人物について紹介されています。彼は賢明な人であって、バルナバとサウロを招いて、神のことばを聞きたいと願っていました。彼は地方総督という高い地位にありながらも、そうした地位や名誉では心にある空洞を埋められないと自覚していました。ですから、近ごろ評判のバルナバとサウロを招いて、神のことばを聞きたいと思っていたのです。かつて聖霊がピリポをたった一人のエチオピア人の宦官のもとへ遣わされたように、バルナバとサウロをキプロスへ遣わされた最大の理由は、このセルギオ・パウロとの出会いのためであったと言えるかもしれません。
しかし、そのように神の言葉を求める人がいる一方で、それを妨げて神の言葉から引き離そうとする力が働いていることもまた事実です。福音が宣教されるところでは、こうした働きに反対して、信仰の道から遠ざけようとする力が働くのです。魔術師エルマという高い地位にあった知識人が必死になって総督を信仰の道から遠ざけようとしていたのです。人間的に見ればセルギオ・パウロを巡ってキリスト教の伝道者と、一流の知識人である官邸お抱えの偽預言者との綱引きのように見えるような光景ですが、しかし、ここで起こっていた出来事の本質は聖霊なる神と悪しき霊の激しい霊的な戦いであって、その最前線で緊迫したつばぜり合いが成されていたのです。その霊の戦いの現実にしいてパウロは、後にエペソ書6章の中で次のように語っています。
「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。」(エペソ6:11~19)
ですから私たちはいつでも、こうした宣教の働きは霊の戦いであるということを覚え、悪魔の策略に対して立ち向かうことができるように、神のすべての武具を身につけていなければなりません。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはき、これらすべての上に信仰の大盾を取り、救いのかぶって、御霊の剣である神のことばを受け取らなければなりません。そして、どんな時にも御霊によって祈らなければならないのです。最初の宣教地がなぜキプロスだったのか?その最大の理由はここにあったのではないでしょうか。すなわち、これから始まる彼らの福音宣教とはいったいどんなものなのか?結論的に言うならば、それは霊の戦いであるということです。それがこの最初の訪問地キプロスで明らかにしていきたかったのです。
このことは、私たちの宣教、私たちのクリスチャンとしての歩みの本質にかかわることです。私たちの戦いは血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、いつでも背後にはそうした力、働きがあることを覚え、目を覚まして祈りづけていくものでありたいと思うのです。うわべのことで一喜一憂するのではなく、すべてが祈りとみことばに、霊の武具によって対処していかなければならないのです。
Ⅱ.聖霊に満たされて(9-11節)
第二のことは、そのような霊の戦いにおける神の勝利についてです。9~11節をご覧ください。
神のことばを聞きたいと思っていた総督を、信仰の道から遠ざけようとしていた魔術師エルマに対して、サウロ、別名でパウロは、聖霊に満たされて、彼をにらみつけて言いました。「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵。おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。見よ。主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる。」するとたちまち、かすみとやみが彼をおおったので、彼は手を引いてくれる人を捜し回りました。
ここからサウロというユダヤ風の名前は、パウロというギリシャ風の呼び名に変わります。これ以降彼の名は一貫してパウロと呼ばれるようになります。それはここから彼の伝道者としての生涯が真の意味で新たなスタートを切るようになるからです。その伝道者パウロの宣教のスタートは、この悪霊との戦いでした。彼は聖霊に満たされ、彼をにらみつけると、「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者・・・・」と、激しいのろいのことばを言いました。しかもこのような激しい言葉と行動をルカは、それが聖霊に満たされた結果だと記したのです。このようなのろいのことばがいったいどうして聖霊に満たされた結果の言動であり得たと言えるのでしょうか。それは、このパウロの語ったことばの中に十分示されていると思うのです。つまり、彼があらゆる偽りとよこしまに満ちた者で、悪魔の子、すべての正義の敵であったということです。そして彼が、主のまっすぐな道を曲げることをやめないからです。神に敵対し、神の救いのみわざを妨げる者は、「バルイエス」、つまり「救いの子」なのではなく、「悪魔の子」です。彼らのわざが悪魔のわざだからです。実に救いとは、そうした悪魔のわざを打ち砕き、神の側に人を救い出すことにほかなりません。そしてパウロが、「見よ。主の御手がおまえの上にある。おまえは盲目になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる。」と言うと、たちまち、かすみとやみが彼をおおったので、彼は手を引いてくれる人を捜し回らなければなりませんでした。これは、パウロ自身がダマスコ途上でキリストの幻に打たれ、しばらくの間、目が見えなくなった出来事に似ています。今まで見慣れた世界が閉ざされ、見慣れた世界、生活からいやおうなしに離されるのです。魔術師エルマは、日の光ばかりか、これまで出入りしていた総督官邸やこれまで歩んできた過去の栄光も何もかも見失ってしまったでしょう。それは、彼がいかなる力にも栄光にも乏しい哀れな罪人であるということを自覚し、悔い改めへと導かれていくために必要なことでした。けれどもそれ以上に重要なことは、このことが聖霊に満たされて神のことばを語る語り手の完全な勝利を表わすものであったということです。
聖霊によって遣わされた者は、悪しき者に勝利するのです。ですから、福音宣教の戦いに勝利するためには、聖霊に満たされることが必要です。聖霊に謙虚に依り頼むことを忘れて、自分の力や、自分の言葉の巧みさにすがろうとするなら、私たちはこの厳しい戦いに勝利することはできません。日ごとに助け主なる聖霊の神を求め、この方に信頼し、この方との深い交わりの中で養われ、慰められ、励まされ、そして力を与えられてこそ、日々の霊的な戦いに勝利することができるのです。そしてそのように聖霊が勝利を勝ち取ってくださるとき、私たちを通して宣べ伝えられた神のことばは、豊かに実を結ぶことになるのです。
Ⅲ.神の救いのみわざ(12節)
ですから第三に、その結果としての輝かしい神の救いのみわざです。12節をご覧ください。
「この出来事を見た総督は、主の教えに驚嘆して信仰に入った。」
魔術師エルマの強力な妨げがありましたが、霊の戦いに勝利したパウロが、聖霊にみたされ、彼をにらみつけてのろいを宣言すると、魔術師エルマはたちまちのうちに、かすみとやみがおおったので、何も見えなくなってしまいました。手を引いてくれる人を捜し回らなければならなかったのです。一方、その出来事を見た総督は、主の教えに驚嘆して信仰に入りました。当時、ローマの高級官僚がイエス・キリストを信じて信仰に入るということには、かなりの勇気と決断が必要だったはずです。クリスチャンになるということは、彼らに義務づけられていた皇帝崇拝やローマの偶像礼拝をしないことになるからです。しかし、そんなことをしたら自分の地位はおろか、生命の危険までも伴うことでした。しかし彼の良心は、それ以上の必要を感じていたのです。それ以上の必要とは何だったのでしょうか。それは神の恵みです。ひとりの人間が救いに入るのを妨げるいっさいのものを、必死でとりのけてくださる神の恵みを思えば、どうして信仰に入ることをためらう必要があるでしょうか。ですから彼は、敢然と信仰の道に入って行ったのです。
それはここに、「主の教えに驚嘆して」と記されてあることからもわかります。この総督が信仰に入ったのは、彼が何かの奇跡を見たからではありませんでした。主の教えに驚嘆したからなのです。7節を見ると、もともと彼は「神のことばを聞きたいと思ってい」ました。その神のことば、すなわち主の教えに驚嘆したので、信仰に入ったのです。信仰とは、何か驚くばかりの奇跡を経験したら入れるようなものではありません。信仰とは、神のことばを聞いて驚き屈服し、そこにある驚くべき神の恵みのみわざにふれることによってもたられるものなのです。では奇跡は意味がないのかというとそうではありません。奇跡はこの神のことばがいかに驚くべきものかを証明するための手助けをしてくれるものです。そして聖書の中にはそうした奇跡の数々が記録されていることは、この神のことばがいかに驚くべきものであるかを証明し、現代に生きる私たちが信仰に入るために事欠かないものであることを証明するのに十分なものなのです。
この後で賛美しますが、新聖歌428番の賛美歌は「キリストにはかえられません」という賛美です。この賛美はレア・ミラー(Mrs.Rhea F. Miller、1894~1966、経歴は不明)という女性の方が書いた詩に、ジョージ・ベヴァリ・シェー(George Berely Shea、1909~)という人が曲を付けたものです。 作詞家のレア・ミラーについての詳細は明らかではありませんが、この曲は1925年に作られました。夫は全米各地を回ったとあるので牧師であったかもしれないと言われていますが、44年間連れ添った夫に先立たれた5年後に、住んでいる家が全焼し、すべてを失ったとき、彼女は、「さあ、これでイエスと二人だけになることが出来た。」と娘に言ったそうです。そして、このように書いたのです。
1.キリストにはかえられません、世の宝もまた富も、このお方が私に代わっ
て死んだゆえです。
*世の楽しみよ去れ、世の誉れよ行け、キリストにはかえられません、 世の何ものも。
2.キリストにはかえられません、有名な人になることも、人のほめる言葉も
この心をひきません。
*(繰り返し)
3.キリストにはかえられません、いかにう美しいものも、このお方で心の満た されてある今は。
*(繰り返し)
年を重ねるということは、持っているものを次から次へと失っていくことです。若い時は仕事をバリバリとやり、多くの人からも必要とされましたが、年をとるにつれてその仕事ができなくなったり、誰にも必要とされなくなる時がやってきます。健康を失い、人間関係も失い、ある人は、知識や情報量を誇っていたものも、すべてを忘れる時がやってきます。多かれ少なかれ、みんなそういう時がやって来るのです。年を取るということはそういうことです。しかし、それは恐怖ではありません。なぜなら、そのようなものをどんどん失っていってもそれと反比例するかのように、イエス・キリストというお方が、私たちの心の中にますます豊かになってくるからです。イエス様の存在が、私の内にますますはっきりしてくる。そして、天国の希望がますます豊かになってくる。だからすべてを失っても、キリストを持っている限り、すべてを持っていると言っても過言ではないのです。私たちの人生には必ず限りがあります。しかし、そんな限りのある人生の中で、ますます豊かにされていく秘訣があるのです。それが救い主イエス・キリストを信じる道なのです。何という恵みでしょうか。それがわかったら、その恵みに圧倒されて私たちもまたこの信仰に入って行くようになるのです。それが神の救いのみわざなのです。
この「キリストにはかえられません」という曲を作曲したジョージ・ベヴァリ・シェー(George Berely Shea、1909~)も、そんな神の救いのみわざを体験した一人でした。彼は牧師の家庭に生まれ育ちましたが、ティーン・エイジャーになった時、神から離れます。彼の母親はそのことを深く悲しんで、そんな息子のために祈り始めました。するとジョージが23歳になったとき、自宅のピアノの上に置いてあったこの詩に出会うのです。そのとき教会やキリスト教のラジオ番組を続けるか、或いはニューヨークで高給が得られる歌手の道を選ぶかについて悩んでいた彼は、この詩が彼のその後の人生の指針となり、これに曲をつけて歌ったのです。1939年のことでした。その後彼は、かのビリーグラハムクルセードの音楽伝道者として60年あまりも奉仕するようになりましたが、95歳になった今もご健在だそうです。そして、彼はこう言うのです。
「23歳の時に、この歌は私の人生に大きな影響を与えたけれども、今振り返って見ると、私は23歳の時にはこの歌の持っている意味を本当は理解していなかったと思う。しかし、60年間歌い続けて、私はこの歌の意味が本当によく分かるようになってきた。」と。
その意味とは何でしょうか。イエス・キリストは何物にもかえられないということです。このイエス・キリストこそ私たちを救い、私たちの生き方を決定づけるお方だからです。ジョージ・ベヴァリー・シェーは、その主の教えに驚嘆して信仰に入り、その生涯を歩んだように、この地方総督セルギオ・パウロもまた、この主の教えに驚嘆して信仰に入ったのでした。
その主の教えは今、私たちにも届いているのです。皆さんもこの総督のように神のことばを聞きたいと切に願い、これを求めていくのなら、この神のことばが皆さんにも救いのみわざをもたらすのです。私たちに必要なことは、聖霊に信頼し、聖霊に励まされながら、この恵みのみことばを宣べ伝えていくことです。そうすれば、かつてキプロス島ですばらしい神様の救いのみわざが現れたようなみわざを拝することができるようになるのです。神のことばにはそのように人を変え、新しく生まれ変わらせる力があるのです。