きょうはこの聖書の中から、「生ける神に立ち返って」というタイトルでお話したいと思います。きょうの話は、パウロとバルナバがイコニオム、そしてルステラという町に行って伝道した時の話です。そこに生まれつき足のきかない人がいて、その人に向かってパウロが、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言うと、その人が飛び上がって歩き出したので、それを見た人たちがびっくりして、パウロとバルナバをギリシャ神話に出てくるゼウスとヘルメスにしてしまいました。そこでパウロは、そういう彼らに向かってパウロは次のように言いました。15節です。
「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。」
これは、旧約聖書を知らない異邦人に語ったパウロの話ということで、たいへん興味のある話です。現人神や生き仏さまを祭ってきた日本人にとって、最も必要な話かと思います。きょうはこの生ける神に立ち返るまことの信仰について三つのことをお話したいと思います。まず第一のことは、この世の中にはみことばを聞いて信じる人と信じない人の二種類の人たちがいるということです。第二のことは、いやされる信仰についてです。いやされる信仰とはどういう信仰なのでしょうか。第三のことは、ですから神に立ち返ってということです。
Ⅰ.信じる人、信じない人(1-7)
まず1節から7節までを見ていきましょう。1~3節をご覧ください。
「イコニオムでも、ふたりは連れ立ってユダヤ人の会堂にはいり、話をすると、ユダヤ人もギリシヤ人も大ぜいの人が信仰にはいった。しかし、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人たちをそそのかして、兄弟たちに対し悪意を抱かせた。
それでも、ふたりは長らく滞在し、主によって大胆に語った。主は、彼らの手にしるしと不思議なわざを行なわせ、御恵みのことばの証明をされた。」
ピシデヤのアンテオケからパウロとバルナバが次に向かった町は、東の方に約100キロメートルほどの所にあったイコニオムという町でした。彼らはこのイコニオムでもまずユダヤ人の会堂に入ってみことばを語ります。すると、ユダヤ人もギリシャ人も大ぜいの人々が信仰に入りました。しかし、ここでもまた信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人たちをそそのかして、新しく信じたばかりの兄弟たちに対して悪意を抱かせました。こうして見ると、ユダヤ人は福音に敵対し、異邦人は福音を受け入れる人というようなイメージがありますが、しかしそのように単純な図式化はできないことがわかります。前回見たピシデヤのアンテオケでは、確かにパウロとバルナバたちはユダヤ人から迫害され、追放されましたが、その地においても喜んで福音を聞き、受け入れたユダヤ人もいましたし、また、今回のイコニオムでも、パウロが語ったみことばを聞いて信仰に入ったユダヤ人やギリシャ人がいたかと思うと、一方では、悪意を抱く人々もいました。結局のところ、ユダヤ人かギリシャ人かといった区別ではなく、信じる人と、信じない人といった区別が生じたということです。ユダヤ人でも信じる人は信じるし、信じない人は信じません。それは異邦人もまた然りで、信じる人もいれば、そうでない人もいるのです。
そうであれば、パウロたちのなすべきことはより鮮明になります。それは、主によって大胆にみことばを語ることです。3節を見ると、「それでも、ふたりは長らく滞在し、主によって大胆に語」ったとあります。相手が誰であろうと、福音宣教の働きに必要なことは、主によってみことばを大胆に語ることです。そうすれば、語られたみことばがそれを信じる人たちのうちに働き、救いの御業を起こしてくださいます。それだけではありません。ここには、「主は、彼らの手にしるしと不思議なわざを行わせ、御恵みのことばを証明された」とあります。「しるし」とは、サインや印鑑のことです。主は、ふたりの手を用いてしるしと不思議なわざを行うことによって、彼らの語ったことばが主のことばであるとのサインをし、印鑑を押してくださったという意味です。そのような神様の後押しもあることを思うとき、本当に励ましを感じます。
ところが、そのようにパウロが行く先々でこのように福音がもたらされますと、そこには救いの喜びだけでなく、大きな波紋や軋轢(あつれき)も生じました。4~7節です。
「ところが、町の人々は二派に分かれ、ある者はユダヤ人の側につき、ある者は使徒たちの側についた。異邦人とユダヤ人が彼らの指導者たちといっしょになって、使徒たちをはずかしめて、石打ちにしようと企てたとき、ふたりはそれを知って、ルカオニヤの町であるルステラとデルベ、およびその付近の地方に難を避け、そこで福音の宣教を続けた。」
その町の人々が、ある人たちはユダヤ人の側につき、ある人たちは使徒たちの側につくというように、二派に分かれるといった事態が起こったのです。そして異邦人やユダヤ人たちが役人たちといっしょになってパウロとバルナバの排斥運動を起こし、使徒たちを石打ちにしようとしたので、彼らは、ルカオニヤの町々に避難し、そこで福音の宣教を続けることになりました。
このことからわかることは、このようにみことばが語られるところには分裂も起こるということです。ピシデヤのアンテオケではそこにいた人々が「救いのことば」を聞いたとき、それをどのように受け止めたかによって、「永遠のいのちに定められていた人」とそうでない人とに二分されましたが、ここでも、パウロとバルナバによって語られたみことばに対してどのような態度を取るかによって、ユダヤ人の側につくか、使徒たちの側につくかで、町の人々が二派に分かれたのです。パウロはコリントの人々に、「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です」(Iコリント1:18)と言いました。十字架のことばは、人を「滅び」か「救い」かのどちらかに二分するのです。その中間はありません。光がやみと交わることがないように、神のみことばを聞く人は、それを信じ受け入れる人とそうでない人とに分かれるのです。
イエス様は、「わたしが来たのは地に平和をもたらすためだと思ってはなりません。わたしは、平和をもたらすために来たのではなく、剣をもたらすために来たのです。」と言われました。「なぜなら、わたしは人をその父に、娘をその母に、嫁をそのしゅうとめに逆らわせるために来たからです。」「さらに、家族の者がその人の敵となります。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。」(マタイ10:34~37)と言われました。
だからキリスト教は嫌いなんだと言う方がおられます。キリスト教を信じると、そういういさかいが絶えないから・・・と。しかし、本当にそうでしょうか。もしそうだとたら、その人は「平和」ということを誤解しています。というのは、本当の平和とは、単に争いのない状態のことではなく、もっと積極的なものだからです。本当の平和とはつくり出されるものであり、神様との関係によってもたらされるものなのです。ですからイエス様は、「平和をつくる者は幸いです。」と言われたのです。私たちの抱えている罪が取り除かれ、神との関係が正しくされることによって、私たちは本当の平和を受けることができる。そのためにはもしかしたら一時的な対立や争いが生じることがあるかもしれませんが、それは、本当の平和が築かれていくための一つのプロセスなのであって、神のことばはそこに一石を投じているのです。今まで何事もなかった人々でも、この神のことばに対する姿勢で二分されることがありますが、このみことばに従い、神の側につくのなら、最終的には必ず祝福へと導かれるのです。
かつて東京の深川にヤソの材木屋さんと呼ばれた川端京五郎という方がおられました。この方はイエス様を信じてから、「体に悪いから」と、お酒とたばこをスパッとやめましたが、山から切り出された材木を運ぶ舟の船頭たちはみんなお酒が大好きで、材木をお店に届けたらお酒をごちそうになるのをいつも楽しみにしていたそうです。しかし、そういうわけで川端さんは材木を運んでくる船頭たちにもお酒を出すのをやめましたので、荷主さんからよく文句を言われたそうです。
「川端のじっちゃん。じっちんがお酒を飲まないのはいいけれど、船頭さんたちには飲ませて下さいよ。あんまり頑固なことを言うと、船頭たちが嫌がりますよ。」
しかし、川端さんは頑として自分の信念を曲げませんでした。
すると1923年9月に、関東大震災があり、深川の材木置き場は火の海になりました。東京だけでも30万の家が焼けたというのですから、材木がたくさん必要担ったわけです。そこで材木屋たちは競って材木を注文しました。いつもおいしいお酒をごちそうしていた材木屋は、自分のところには真っ先に材木を届けてもらえるだろうと思っていましたが、船頭たちが真っ先に材木を届けたのは、この川端さんのお店でした。
「こんなにたくさんの注文を受けても、もし材木の代金を払ってもらえなかったら大変だ。その点、川端さんなら安心だ。川端さんは正しい神様を信じている人だから間違いない。ちゃんとお金も払ってくれるだろう」と、みんな川端さんのお店に納めたのです。
川端さんの日頃の生活を見て、信用できる人だということを、船頭たちはちゃんと知っていたのです。
私たちは、いったいどちらの側について生きているでしょうか。あるいは生きようとしているでしょうか。神の側に、すなわち使徒たちの側なのか、それともユダヤ人で神のことばを受け入れない人たちの側なのか・・・。その中立などはないのです。どちらかの側につくかです。もし神のことばを聞いて、そのことばに聞き従う、すなわち、使徒たちの側につくのなら、そこには確かに争いが起こることもあるかもしれませんが、最終的には神の子どもされ、神の祝福を受け継ぐ者とされるのです。
Ⅱ.いやされる信仰(8-13)
第二のことは、信じる人にもたらされる偉大な神の御業です。8~13節のところですが、まず10節までのところをご覧ください。
「ルステラでのことであるが、ある足のきかない人がすわっていた。彼は生まれながらの足なえで、歩いたことがなかった。この人がパウロの話すことに耳を傾けていた。パウロは彼に目を留め、いやされる信仰があるのを見て、大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい。」と言った。すると彼は飛び上がって、歩き出した。」
イコニオムで迫害を受けたパウロとバルナバが、次に向かった地はルステラという町でした。このルステラはイコニオムから南に30キロメートルほどの所に位置していた町ですが、この町にはユダヤ教の会堂はなかったようです。ですから、彼らは人々が集まる町の中心で宣教を試みたようです。そこで彼らは、ある足のきかない人で出会いました。その人は生まれつき足のなえた人で、歩いた事がありませんでした。この人がパウロの話すことに耳を傾けていたのです。パウロは彼に目を留めると、彼にいやされる信仰があるのを見て、大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言いました。すると彼は飛び上がって、歩き出したのです。
生まれつきの足がきかない人がいやされたという出来事は、過去にもありました。3章には、「美しの門」という名の門に置いてもらっていた生まれつき足のなえた人が、ペテロによっていやされたことが記されてあります。この人は施しを求めてペテロとヨハネに目を注ぐと、ペテロが彼に、「私には金銀はない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と命じると、たちまちのうちに彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩き出しました。
このルステラでの出来事は、その美しの門での出来事に非常によく似ています。しかし、よく見ると、そのように似ている出来事の中にも、いくつかの点で違った点があることが分かります。たとえば、ペテロにいやされた人は乞食でしたが、このパウロにいやされた人はそうではなく、パウロの話を聞いていた聴衆の一人にすぎませんでした。また、ペテロの場合は、「ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と命じ、彼の右手を取って立たせたのに対して、このパウロの場合は、ただ彼に「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と命じただけです。しかしその中でも最も大きな違いは、ペテロにいやされた人は、いやされた結果として神を賛美する信仰に目覚めたのに対して、このパウロにいやされた人は、説教を聞いているうちに、すでにいやされる信仰が生まれていた点です。彼にはいやされる信仰があったのでいやされたという点です。では、このいやされる信仰とは、いったいどのような信仰だったのでしょうか。
使徒の働きの注解書を書かれた岸義紘先生は、このことについて次のように言っておられます。
「同じ通りの少し離れた所で、パウロの路傍伝道が始まった。かつて聞いたこともない、キリストの生涯の物語が語られていた。男は聞き耳をそばたてて聞き入っていた。その真剣な姿、その集中した眼差しが、これもまた情熱的に、大胆に、語り続けていたパウロの目に留まった。男の目には、一生懸命な求道の光があった。それは促すまでもなく、すでにイエス様を信じて救われる状態にあるように見えた。」(p.444)
なるほど、ここで岸先生が言っておられることは、パウロの話を聞いていたこの男の人の聞き方が真剣そのもので、すでにイエス様を信じて救われる状態にあったのを、パウロが見て取ったというわけです。すなわち、彼には熱心な求道心があったというのです。
日本ホーリネス教団坂戸キリスト教会で長年牧会しておられた村上宣道先生もその注解書の中で同じようなことを言っておられます。つまり、「彼の内に、みことばに対して率直に反応する信仰の純粋さのようなものがあるのを」パウロが見て取ったのだ・・・と。(p201)すなわち、彼には乾いた砂が水を吸収するような神のみことばに対する飢え渇きがあったのだというのです。
しかし、それだけなのでしょうか。確かにみことばの聞き方という点ではそうだったと思いますが、みことばを熱心に聞いていれば必ずしもいやされるというものではありません。ではこの「いやされる信仰」とはどのような信仰だったのでしょうか。この「いやされる信仰」と訳されたことばは、もともとのことばでは「救われるための信仰」です。彼はどういう点で救われるための信仰をもっていたのでしょうか。
それは、この後で起こる出来事を見るとわかります。この後で、このことがきっかけとなって一つの事件が起こります。それは、パウロとバルナバがギリシャ神話の神々に祭り上げられるという事件です。11~13節です。
「パウロのしたことを見た群衆は、声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ。」と言った。そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人であったので、パウロをヘルメスと呼んだ。すると、町の門の前にあるゼウス神殿の祭司は、雄牛数頭と花飾りを門の前に携えて来て、群衆といっしょに、いけにえをささげようとした。」
パウロのしたことを見た群衆は、驚いて、声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、自分たちのところにお下りになった」と言って、バルナバをギリシャ神話の最高神であるゼウスと同一視し、パウロはよく話す人だったので、その神々の使者であるヘルメスと同一視し、雄牛数頭と花飾りを持って来て、彼らにささげようとしたのです。
実は、その昔、このルステラ地方には、ゼウスとヘルメスという二人の神が、人の姿に変装してフルギヤ山地を訪ねたという伝説がありました。彼らは正体を明かさずに旅をしたので、家に泊めてもらおうとしても、誰も泊めてくれる人がいませんでしたが、葦ぶきのみすぼらしい小屋に住んでいた老夫婦が彼らを泊めてくれました。彼らは貧しくとも、初めて会う客をもてなしたということで、ゼウスとヘルメスは自分たちの正体を明かし、この夫婦だけを残し自分たちを侮辱したこの町を洪水で流してしまった、という言い伝えがあったので(ローマの詩人オウィディウス「メタモルフェーシス」8:611-724)、これは大変だとパウロとバルナバにいけにえをささげたのです。
それに対して、パウロとバルナバは、衣を引き裂きながら、群衆に次のように言いました。「皆さん、どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るうに、福音を宣べ伝えている者たちです。」(15節)
パウロとバルナバは自分たちも他の人と同じ人間であり、このようなしるしは、神が人をご自分に立ち返らせるためになされたことであって、自分たちに何か特別な力があったからではないのだと言ったのです。すなわち、この生まれつき足のきかなかった男の人は、パウロの話を聞いている中で、この生ける神への信仰が芽生えていたのです。ルステラの町に蔓延していた宗教心、それは結局のところ、人間が作り上げた偶像に仕え、いけにえをささげ、そこに様々な御利益を求め、目に見える物質的な繁栄を見出し、そのために必要と思われることに熱心に取り組む、そのような宗教心でしたが、そのようなむなしい偶像の神ではない、この天と地と海とその中のすべてのものをお造りになった生けるまことの神に対しての信仰があったからなのです。パウロの話を聞いている中で彼は、そのような信仰を持つに至っていたのです。それが救われるための信仰です。そして、この生けるまことの神への信仰が私たちのたましいを救うだけでなく、私たちのからだもいやしてくださるのです。それが「いやされる信仰」なのです。
そしてそれは、今から2千年前のパウロの時代だけでなく、今の時代も同じです。「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じ」(ヘブル13:8)だからです。もし私たちがきょう神のみことばを聞き、そこにこの生まれながら足がきかなかった人のように生ける神への信仰を持つなら、救われるのです。そして、この足なえの人が経験したような驚くべき神の御業を経験することができるのです。それは生まれつき足のきかなかった人が飛び上がって、歩き出したということよりも、もっとすばらしい御業なのです。
Ⅲ.生ける神に立ち返って(14-18)
ですから第三のことは、生ける神に立ち返ってということです。14~18節までをご覧ください。
「これを聞いた使徒たち、バルナバとパウロは、衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら、言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むことを許しておられました。とはいえ、ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」こう言って、ようやくのことで、群衆が彼らにいけにえをささげるのをやめさせた。」
パウロとバルナバにいけにえをささげようとした群衆に対して、彼らは、自分たちの衣を引き裂きながら、叫んで言いました。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。」と。そして、「人によって造られた神ではなく、人と世界をお造りになられた生ける、まことの神に立ち返るように」と。このルステラの人たちの行動を私たちは笑うことができるでしょうか。むしろ人の手で造った偶像を拝み、御利益を求め、何か災いが起こると先祖のたたりだと言っては過去に縛られ、何か良いことが起こるとゲンをかついでみたり、家を建てると言えば方角がどうのこうの、生まれたこどもに名前をつけると言えば画数がどうの、何か事を為そうとするとその日がどうのと、いろいろなものに縛られ、不自由さの中に支配されている私たちの生活は、このルステラの人たちのそれと何ら変わりがありません。けれども聖書は、そのような生活は「むなしい」と言い切ります。そして、そのようなむなしいことを捨てて、生ける神に立ち返るようにと迫るのです。
なぜでしょうか。なぜなら、今は恵みの時、救いの日だからです。過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むことを許しておられました。もちろん、そのような彼らに対しても神は、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、彼らの心を満たしてくださいましたが、今の時代には、それとともに、それとは比較にならないほどの特別な恵みをもたらしてくださいました。何でしょうか。そうです。神の御子イエス・キリストをこの世に送り、信じる者がみな、この方にあって罪の赦しと永遠のいのちを受けることができるようにしてくださったのです。ご一緒に読んでみましょう。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)
今は恵みの時、今は救いの日です。このような恵みが与えられているのですから、その神が私たちに賜った御子イエス・キリストを信じてこの神に立ち返り、の神とともに生きることが求められているというのです。これが聖書のいう「救い」なのです。
O・ヘンリーの短編小説「賢者の贈りもの」の話は、皆さんもよくご存じのことだと思います。若い夫婦のジムとデラは、それぞれにクリスマス・プレゼントをしたいのだがお金がない。しかし、ジムには父親の形見の金時計が、デラには長く美しい髪がありました。そこでジムは金時計を売ってデラへの贈り物に櫛を買い、デラは、ジムに内緒で長い髪を売って時計の鎖を買いました。当然、互いに贈り合ったときには、ジムには鎖をつけるべき時計はなく、デラにも、櫛で飾るべき長い髪はありませんでした。
結果的に無駄な贈り物をし合った貧しい夫婦の物語が「賢者の贈り物」です。自分のいちばん大切なものを売ってまでも、相手を喜ばせたいという気持ちこそ、お金やモノでは表すことの出来ない高価なものなのだ、と作者は訴えたかったのです。愛とは、何を贈るかによって測られるだけでなく、どのような心で贈るかということによっても測られるのです。
そして、この天地万物を造られた神様が私たちに贈ってくださったものは、何にも代えることのできない、神の御子イエス・キリストでした。
このようなすばらしい恵みを受けているのですから、私たちはこのイエス・キリストを信じて、神に立ち返らなければならないのです。確かに今は恵みの時、救いの日です。罪から神への方向転換、虚しい偶像崇拝から生ける神への方向転換を、この朝、共にさせていただきたいと思います。