Ⅰ列王記14章

 今日は、列王記第一14章から学びます。

 Ⅰ.ヤロブアムの愚かさ(1-20)

まず、1~5節までをご覧ください。「1 このころ、ヤロブアムの子アビヤが病気になったので、2 ヤロブアムは妻に言った。「さあ、変装し、ヤロブアムの妻だと分からないようにしてシロへ行ってくれ。そこには、私がこの民の王となることを私に告げた預言者アヒヤがいる。3 パン十個と菓子数個、それに蜜の瓶を持って彼のところへ行ってくれ。彼は子どもがどうなるか教えてくれるだろう。」4 ヤロブアムの妻は言われたとおりにして、シロへ出かけ、アヒヤの家に行ったが、アヒヤは年をとって目がこわばり、見ることができなかった。5 しかし、主はアヒヤに言われた。「今、ヤロブアムの妻が来て、子どものことをあなたに尋ねようとしている。その子が病気だからだ。あなたは、これこれのことを彼女に告げなければならない。入って来るときには、彼女はほかの女のようなふりをしている。」」

「王と預言者の年代記」をご覧ください。今私たちは、イスラエルの歴史の中でダビデの子のソロモン以降、王国が二つに分かれた歴史を見ています。イスラエルの王レハブアムは、ヤロブアムを筆頭とする民の嘆願に耳を傾けず彼らに重税を課したので、イスラエルは分裂し、ヤロブアムを王とする北王国イスラエルと、レハブアムを王とする南王国ユダに分裂してしまいました。B.C.931年のことです。きょうの箇所には、この二人の王の歴史が同時に出てきます。

まず、北王国イスラエルです。13章には、一人の神の人によって、ヤロブアムから始まった背教の罪が、北王国イスラエルの中に霊的腐敗をもたらし、ついには、北王国イスラエルは、大地の面から根絶やしにされることが告げられますが、そのことを今回のところでは、預言者アヒヤが預言します。

1節をご覧ください。そのころ、ヤロブアムの息子アビヤが病気になると、ヤロブアムは妻に、シロに行ってそのことを預言者アヒヤに告げるように言いました。預言者アヒヤは、子どもがどうなるかを教えてくれると思ったからです。アビヤとか、アヒヤとか、似たような名前が出てくるのでわかりづらいですが、アヒヤはシロにいた預言者で、アビヤは北王国イスラエルのヤロブアム王の息子です。預言者アヒヤは、かつてヤロブアムに良いことを告げた預言者でした(1列王11:29~39)。ですから、今回も良いことを告げてくれるのではないかと期待したのでしょう。

ところで、ヤロブアムが妻にそのことを告げたとき、彼女がヤロブアムの妻だと分からないように変装してシロに行くようにと言いました。なぜそんなことを言ったのでしょうか。もしかしたら、アヒヤの預言のとおりヤロブアムが北イスラエルの王になったにもかかわらず、彼が主の目の前に悪を行い、金の子牛を作ったり、レビの子孫でない一般の民の中から祭司を任命したり、祭りの日を変更したりしたことで、関係が疎遠になっていたからかもしれません。あるいは、自分が預言者のもとに使者を遣わすことを、民に知られたくないと思ったからかもしれません。とにかく彼は、妻にパン菓子数個と蜜の入った瓶を持たせてアヒヤのところに送り出しました。

ヤロブアムの妻が預言者アヒヤのところへ行くと、アヒヤは年をとって目がこばわり、見ることができませんでした。しかし、主が彼に今ヤロブアムの妻が来ていること、子どものことで彼に尋ねようとしていること、その子が病気であること、彼女はほかの女のようなふりをしていること、そして、彼女に対しては、主が命じられることをそのまま伝えなければならないと言われました。

ヤロブアムの愚かさは、主には妻の変装を見破ることができないだろうと思ったことです。彼は主に背いたことで良心の呵責を感じていましたが、それでも悪の道から立ち返ろうとしませんでした。子どもが病気になることは辛いことですが、それもまた彼が悪い道から立ち返るために主が与えられたことだったのです。それにもかかわらず彼は悔い改めることをせず、人間的な解決を求めて策略を巡らしました。それはまことに愚かなことだと言わざるを得ません。私たちにもそのようなことがあるのではないでしょうか。

次に、6~16節をご覧ください。「6 アヒヤは、戸口に入って来る彼女の足音を聞いて言った。「入りなさい、ヤロブアムの妻よ。なぜ、ほかの女のようなふりをしているのですか。私はあなたに厳しいことを伝えなければなりません。7 行って、ヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、主はこう言われる。『わたしは民の中からあなたを高く上げ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、8 ダビデの家から王国を引き裂いて、あなたに与えた。しかしあなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデはわたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの目にかなうことだけを行った。9 ところがあなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。10 だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から奴隷や自由な者に至るまで絶ち滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去る。11 ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らう。』主が、こう言われたのです。2 さあ、家に帰りなさい。あなたの足が町に入るとき、その子は死にます。13 全イスラエルがその子のために悼み悲しんで葬るでしょう。ヤロブアムの家の者で墓に葬られるのは、彼だけです。ヤロブアムの家の中で、彼だけに、イスラエルの神、【主】のみこころにかなうことがあったからです。14 主はご自分のためにイスラエルの上に一人の王を起こされます。彼はその日、いや、今にもヤロブアムの家を絶ち滅ぼします。15 主はイスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖に与えられたこの良い地の面からイスラエルを引き抜き、あの大河の向こうに散らされるでしょう。彼らがアシェラ像を造って主の怒りを引き起こしたからです。16 ヤロブアムが自分で犯した罪と、彼がイスラエルに犯させた罪のゆえに、主はイスラエルを捨てられるのです。」」

ほかの女に変装していたヤロブアムの妻でしたが、戸口に入って来る彼女の足音を聞くと、彼は彼女に言いました。それは彼女にとって厳しいことばでした。それは、主がヤロブアムの家にわざわいをもたらすという内容でした。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から自由な者に至るまですべて滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去るというものでした。なぜなら、ヤロブアムは主によって高く上げられ、イスラエルを治める君主として立てられたのに、ダビデのように主の命令を守り、心を尽くして主に従い、主の目にかなうことを行わなかったからです。確かにダビデも多くの罪を犯しましたが、彼は心から悔い改め、主を求める人生を歩みました。ところが彼は、これまでのだれよりも悪いことをして、主の怒りを引き起こしました。彼は自分のために鋳物の像を造り、主をうしろに捨て去ったのです。それで主は、ヤロブアムの家にわざわいをもたらすのです。

その死に方も無残です。ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らうようになるというのです。ヤロブアムの家の者で墓に葬られるのは、ヤロブアムの子アビヤだけです。14:14の「ひとりの王」とは、イッサカルの家のアヒヤの子のバシャ(15:27)です。ヤロブアムの次の王は彼の子のナダブでしたが、このバシャが謀反を起こし、ナダブが王のとなったとき、ヤロブアムの全家を打ち滅ぼすことになります。

そればかりではありません。神のさばきは、北王国イスラエル全体に下ります。主はイスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖に与えた良い地の面から彼らを引き抜き、あの大河の向こうに散らされるのです。これは、アッシリヤによって滅ぼされ、捕囚の民となるという預言です。

ここで、ヤロブアムに対する神の約束を思い出します。それは、彼が北イスラエルの王として神に立てられた時に神が語られたことばです。「35 わたしは彼の子の手から王位を取り上げ、十部族をあなたに与える。36 彼の子には一つの部族を与える。それは、わたしの名を置くために選んだ都エルサレムで、わたしのしもべダビデが、わたしの前にいつも一つのともしびを保つためである。37 わたしがあなたを召したなら、あなたは自分の望むとおりに王となり、イスラエルを治める王とならなければならない。38 もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える。」(11:35~38)

ヤロブアムには、すばらしい約束が用意されていました。それを台無しにしたのは、ヤロブアム自身でした。このことは、私たちへの教訓でもあります。どんなにすばらしい祝福が約束されていても、私たちがそれを台無しにしてしまうことがあるのです。パウロはⅠコリント15:10で、「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。」と言っていますが、ヤロブアムにはこの思いが足りませんでした。彼は、あたかも自分の力によってイスラエルの王にでもなったかのように錯覚していたのです。しかし彼が王として立てられたのも、一方的な神の恵みによるものでした。それは私たちも同じです。私たちが今の私たちになったのは、神の恵みによってです。そのことを覚えて神の恵みに感謝し、へりくだって、神に仕えるものでありたいと思います。

Ⅱ.ヤロブアムの業績(17-20)

次に、17~20節をご覧ください。「17 ヤロブアムの妻は立ち去って、ティルツァに着いた。彼女が家の敷居をまたいだとき、その子は死んだ。18 人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のために悼み悲しんだ。主がそのしもべ、預言者アヒヤによって語られたことばのとおりであった。

19 ヤロブアムについてのその他の事柄、彼がいかに戦い、いかに治めたかは、『イスラエルの王の歴代誌』にまさしく記されている。20 ヤロブアムが王であった期間は二十二年であった。彼は先祖とともに眠りにつき、その子ナダブが代わって王となった。」

ヤロブアムの妻が立ち去って、ティルツァに着き、彼女が家の敷居をまたいたとき、その子は死にました。預言者アヒヤを通して主が語られたとおりです。人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のために悼み悲しみました。神の厳しい裁きに直面した民は、神のことばが必ず実現することを知って、どんなにか神への畏れを抱いたことでしょう。

しかし、この裁きは彼らを信仰に立ち返らせるために、神がもたらしたものでした。イスラエルに対する神の愛は変わることがありません。大切なのは、そのような悼みや悲しみに直面したとき、それが神からの愛のしるしであることを覚えて、神に立ち返ることです。

ヤロブアムが王であった期間は22年間でした。Ⅱ歴代誌13:20らは、「主が彼を打たれたので、彼は死んだ。」とあります。彼は、主に打たれて死んだのです。彼が死ぬと、その息子のナダブが変わって王となりました。

ヤロブアムの死は実にみじめなものでした。モーセが死んだときには、30日間喪に服する期間がありました(申命記34:8)。サウル王の場合でさえ7日間の服喪期間がありました。それなのにこのヤロブアムの場合は、喪に服する期間はありませんでした。どのような人生を歩んだかの評価は、死の瞬間に決まります。ですから、主を恐れ、誠実に歩むことを心掛けたいものです。

Ⅲ.レハブアムの治世(21-31)

最後に、21~31節を見て終わります。まず21~24節をご覧ください。「21 ユダではソロモンの子レハブアムが王になっていた。レハブアムは四十一歳で王となり、主がご自分の名を置くためにイスラエルの全部族の中から選ばれた都、エルサレムで十七年間、王であった。彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。22 ユダの人々は【主】の目に悪であることを行い、彼らが犯した罪によって、その先祖たちが行ったすべてのこと以上に主のねたみを引き起こした。23 彼らも、すべての高い丘の上や青々と茂るあらゆる木の下に、高き所や、石の柱や、アシェラ像を立てた。24 この国には神殿男娼もいた。彼らは、主がイスラエルの子らの前から追い払われた異邦の民の、すべての忌み嫌うべき慣わしをまねて行っていた。」

今度は、南王国ユダの王レハブアムについての記録です。一方、ユダ(南王国ユダ)では、ソロモンの王レハブアムが王となっていました。レハブアムは41歳で王となり、エルサレムで17年間治めました。彼の母の名は「ナアマ」と言って、アンモン人でした。アンモン人は、外国人です。彼女はソロモンがめとった外国人の妻の一人でした。彼女はアンモン人の偶像モレクを礼拝しました(1列11:5,11:33)。レハブアムの治世において、カナン人の偶像礼拝が復興した理由の一つは、このレハブアムの母ナアマの存在があります。ソロモンが数多くの外国人の妻を愛して、外国の神々に仕えた結果がこれです。レハブアムはその結実と言ってもよい子だったのです。

25~31節をご覧ください。「25 レハブアム王の第五年に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、26 主の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取った。彼は何もかも奪い取った。ソロモンが作った金の盾もすべて奪い取った。27 レハブアム王は、その代わりに青銅の盾を作り、これを王宮の門を守る近衛兵の隊長の手に託した。28 王が主の宮に入るたびに、近衛兵がこれを運び、また近衛兵の控え室に戻した。29 レハブアムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。30 レハブアムとヤロブアムの間には、いつも戦いがあった。31 レハブアムは先祖とともに眠りにつき、先祖とともにダビデの町に葬られた。彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。彼の子アビヤムが代わって王となった。」

レハブアムが王位に着いて5年目に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、主の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取って行きました。覚えていますか。ソロモンが王であったとき、彼は延べ金で大盾二百を作り、盾三百を作りました(10:16)。シシャクはこれに目をつけていて、そして奪い取ったのです。ソロモンがファラオの娘を自分の妻としていたことの代償が、ここにも出ています。そしてもちろん、これはレハブアムが犯していた罪のゆえです。つまり、これも神の裁きによるものであったということです。

南王国ユダにとって良かったことは、このことがきっかけとなって、王と指導者たちの間に悔い改めの心が与えられたことです(2歴代12:1~12)。ここに、神の民が経験する「裁きと回復」のサイクルが見られます。つまり、

(1)傲慢になって、偶像礼拝に陥る。

(2)主からのさばきが下る。

(3)悔い改めが起こる。

(4)主による解放 

というサイクルです。

レハブアムの場合は、滅亡からは逃れますが、シシャクに支配される状態がその後も続きました。これは、神から与えられた訓練でした。罪を犯した時、ただちに罪を告白して、神様の赦しを受け取る人は幸いです。聖書にこのように約束されています。「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(Ⅰヨハネ1:9)

私たちも、時として苦難に遭うことがありますが、神から与えられた懲らしめと思って耐え忍びましょう。そして、そのことを通して自分に罪がないかを点検し、悔い改めて神に立ち返りましょう。神は真実な方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。神の民とされたクリスチャンは、決して滅ぼし尽くされることはないのです。