きょうは「聖書を調べる」というタイトルでお話したいと思います。テサロニケで伝道したパウロとシラスは、ユダヤ人たちのねたみによって迫害されたため、ただちにテサロニケを去って、ベレヤへと向かいました。きょうのところには、そのベレヤでパウロがみことばを語った時の様子が描かれています。ベレヤの人たちは、パウロが語ったみことばを非常に熱心に聞き、またただ聞いただけでなく、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べたために、多くの人たちが信仰に入りました。
みことばを熱心に聞き、よく調べることは、私たちの信仰の土台であり、私たちが祝福された信仰生活を送っていくためにとても重要なことです。ローマ・カトリック教会では、聖書は私的解釈を施してはならないのだから、教会の正式な注釈なしには読めないと主張しますが、プロテスタントではそうではありません。プロテスタントでは、私たちクリスチャンには自分で聖書を調べる権利があると主張します。それは、ここにベレヤの人たちが「毎日聖書を調べた」とあるからです。聖書は読んでもわからない書物なのではなく、通常の手段を正当に用いるなら、学者だけでなくだれにでも十分に理解できるものです。通常の手段を正当に用いるならというのは、ある程度の手引きがあればという意味です。字引も使わずに外国語や古典文学を理解することができないように、聖書もまた、そうしたある程度の手段と手引きが必要です。そうした手段や手引きがあれば、だれにでも理解できるものであり、そのことばによって大きな恵みを受けることができるのです。
きょうは、この聖書を調べることについて三つのことをお話したいと思います。まず第一のことはその必要性です。私たちはなぜ聖書を調べる必要があるのでしょうか。なぜなら、聖書を通して神のみこころを知ることができるからです。第二のことは、ではどのように調べたらいいのでしょうか。ここには、ベレヤの人たちは「良い人たちで」、「熱心にみことばを聞き」、「毎日聖書を調べた」とあります。第三のことはその結果です。聖書を調べることによってどんなことが起こるのでしょうか。多くの人たちが信仰に入るようになります。キリスト教信仰というのは、実に、この聖書に基づいた信仰だからです。
Ⅰ.テサロニケからベレヤへ(10)
まず第一に、聖書を調べることの必要性を見ていきたいと思います。10節をご覧ください。
「兄弟たちは、すぐさま、夜のうちにパウロとシラスをベレヤへ送り出した。ふたりはそこに着くと、ユダヤ人の会堂にはいって行った。」
テサロニケで起こったユダヤ人たちによる激しい迫害を受けて、テサロニケのクリスチャンたちは、夜の闇に紛れてパウロとシラスを密かに町から脱出させ、ベレヤへと送り出しました。このベレヤという町は、テサロニケから西に約80㎞ほど離れたところにある町で、山岳地帯の裾野に位置するところにありました。ですから、追手から逃れ一時的に身を隠すにはちょうどよい町であったのかもしれません。テサロニケから2,3日かけてこのベレヤにやって来たパウロとシラスは、ここで何をしたでしょうか。ふたりはそこに着くと、ユダヤ人の会堂に入って行きました。彼らはベレヤに到着すると、休む暇もなく、会堂に行ってみことばを語りました。彼らは自分の身の安全をはかることや、一息ついて休むことよりも、いかにしてみことばを語ることができるかを最優先に考えました。ですから町に着くとすぐさまユダヤ教の会堂を探し出し、そこに入って行ったのです。会堂ではあのテサロニケの町でしたように、聖書に基づいて論じたことでしょう。そんなことをしたらまた迫害され、捕まって、逃げ出さなければならなくなるかもしれません。そういうことをパウロは、これまでも何度も経験してきたはずです。にもかかわらず彼は、みことばを語ることをやめませんでした。どうしてでしょうか。使徒20:32に次のようなみことばがあります。
「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」
これは後でパウロがミレトという港にエペソの長老たちを集めて語った告別説教です。その中で彼は、大切なエペソの皆さんはじめ、これまで彼の伝道の働きによって救われた人たちを、神とその恵みのみことばにゆだねると言いました。なぜなら、みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものされた人々の中にあって御国を継がせることができるからです。だからパウロは、みことばを語ることをやめなかったのです。
事実、この後でパウロとシラスはここでも迫害を受け、アテネに行くことになります。15節にそう記されてあります。ピリピ伝道から始まったこの第二次伝道旅行はパウロとシラスによってスタートしましたが、ルステラでテモテが加わり、トロアスではルカが加わりましたから、全員で4名の牧会チームになりました。しかし、17章1節をご覧いただくとわかりますが、ここには「彼ら」とありますように、これを書いていたルカはピリピにとどまったためテサロニケには行きませんでした。やがてテサロニケを追い出されたパウロとシラス、テモテはこのベレヤにやってきましたが、結局のところこの町からも追い出され、パウロだけがアテネへと向かって行くわけです。そうしますと、ピリピにはルカが、ベレヤにはテモテとシラスがいましたが、テサロニケには伝道者がだれもいなかったわけです。あるいは、これからパウロが伝道して建て上げられていくでありましょう数々の町の教会を牧会する伝道者を擁することは困難になります。いったいどうしたらいいのでしょうか。ですからパウロはここでこう言っているのです。「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます」と。みことばこそ、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるからです。
皆さん、なぜ私たちはみことばを学ばなければならないのでしょうか。牧師が、伝道者が、教師が、いつ取り上げられるかわからないからです。そうなれば、自分でみことばを読まなければなりません。今日、テサロニケやベレヤのような迫害が、日本の教会に起こるようなことはないかもしれません。日本の教会から牧師や伝道師が奪われるということは考えられないことでしょう。しかし逆のケースが起こる可能性は大です。すなわち、信徒が引き離されるというケースです。会社の都合で日曜日の礼拝から引き離され、また有無を言わさず地方へ飛ばされるということが結構多いのではないでしょうか。いや就職や転勤といったことだけでなく、以外と私たちは地元から飛ばされるケースが多いのです。そんな時私たちは、いったいどうやってこの信仰にとどまっていることができるのでしょうか。みことばです。私たち一人一人が毎日聖書を読み、そこから神のみこころを学び取らなければなりません。それに失敗するならば、信仰生活そのものに失敗せざるをえなくなってしまうからです。
イエス様は、ご自分を羊飼いに、私たち一人ひとりの信者を羊にたとえで教えてくださいました。ヨハネ10:2~4節です。
「しかし、門からはいる者は、その羊の牧者です。門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。」
羊飼いであられるキリストが羊である私たちの名前を知っておられるように、羊である私たちも、必ず、羊飼いであられるイエス・キリストの声を知っているはずなのです。知らなかったらどうなりますか?知らないと、そうでない人の声について行って、食べられてしまうことになります。ですから、羊はその声を聞き分けなければなりません。もちろん、羊にはその声を聞き分けるための力、つまり真理の御霊が与えられるので、知っているはずなのですが、微妙なことを言って惑わす霊も多いのです。(例:オレオレ詐欺)ですから、真理の声をはっきりと聞き分け、まことの羊飼いであられるキリストの声を聞くために、いつも羊飼いの声である聖書を読み、そこから羊飼いの心を学び取っていなければならないのです。聖霊は、必ず、自らが霊感された聖書の中にこそ、神とキリストのみ声を聞き取らせてくださるからです。
Ⅱ.みことばへの熱心(11)
ではどのようにして聖書を調べたらいいのでしょうか。11節をご覧ください。ここには、ベレヤの人たちがどのように聖書を調べたかが紹介されてあります。
「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。」
これは大変短い記述ですが、私たちの心の中にベレヤの信仰者たちの姿を強烈に印象づける内容です。ここにはベレヤの信仰者たちについて、三つの特質が描かれています。第一に、彼らはテサロニケにいる者たちよりも良い人たちであったこと。第二に、非常に熱心にみことばを聞いていたこと。そして第三に、はたしてそのとおりかと毎日聖書を調べていたという点です。
まずベレヤのユダヤ人は、テサロニケにいた者たちよりも良い人たちでした。この「良い」という言葉は、口語訳では「素直」と訳されています。偏見を持たない、自由な精神の持ち主であったということです。自分の考え方を絶対視して、他の考え方を受け入れようとしない偏狭なユダヤ人とは正反対の心の態度、真理に対して開かれた心を持っていた人たちという意味です。このような柔らかい、素直な心でいることがどんなに難しいかは、長年生きてきた人ならだれもが経験しておられることでしょう。私たちは自分ではそうでないと思っていても、以外と自分とは違う考えを持っている人の話には心を閉ざしてしまうものです。もちろん、自分が確信している真理を持っていることは大切なことです。しかし、根本的なところにおいてはそれを変えなくても、細部や枝葉末節に至るまで、自分の考えこそ絶対なのだと考えることは、まことに危険であることを言わざるを得ません。ベレヤのユダヤ人たちに当てはめて考えると、彼らはこの世界の造り主にして、すべてを支配しておられる唯一の神がおられることと、その神が救い主を送ってくださることを確信していました。その救い主がだれかははっきりわかりませんでした。その救い主についてパウロから話を聞いたとき、テサロニケのユダヤ人たちは「そんなことありっこない」と言って拒絶しましたが、彼らは違いました。彼らはそのような偏見を持たないで、はたしてそうなのかと聖書を調べたのです。そうした偏見を持っていなかったからです。そういう意味で彼らは、テサロニケにいた人たちよりも良い人たちだったのです。
ベレヤにいたユダヤ人たちの第二の特徴は、彼らは非常に熱心にみことばを聞いていたということです。この「熱心に」という言葉は、「乗り気になって」とか「心を傾けて」という意味です。同じ「聞く」でも、「傾聴」という言葉があります。ちゃらんぽらんな気持ちで、うわの空で聞くのと違い、その人が言わんとしていることはどういうことなのかを理解しようと、心を傾けて、よく聞くことです。一度に2人、3人から声をかけられたことがあります。「牧師さん、あのね・・・」「牧師、この前はどうも・・・」「牧師さん、ちたょっといいですか・・・」すると頭がクルクル回ってしまいます。どこに焦点を合わせてお聞きしたらいいかわからなくて失礼な態度をしてしまうことがあるのです。ある人がそんな私の姿を見ていて、「あれ、先生は別のことを考えているよ」とズバリ言い当てた方がいらっしゃいました。ドキッとしました。それ以来、「ああ、人のお話を聞くときには集中して、心を傾けて聞かなければならないなぁ」と思わされました。それほどに傾聴すること、熱心に聞くということは大変なことなのです。しかし、このベレヤの人たちは、非常に熱心にみことばを聞きました。パウロが語るみことばに対して、「今晩の晩ご飯のおかずはどうしようかなぁ」とか、「そう言えば、明日のテストの勉強はいつやるかな」とか、そういう気持ちではなく、一言も漏らさないで聞くぞといった、そんな気持ちで聞いていたのです。
そんな彼らの態度は、次の行動に表れました。それは聞いたことがはたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べたということです。聖書を調べるなどというようなことは牧師とか神学者などの専門家がするようなことだと考えがちですが、このベレヤの人たちはパウロから説き明かされたみことばを聞いて、もう一度自分ではたしてそうなのかと調べたというのです。
この当時は、今日のように印刷された小型の聖書を、だれもが持っていたという時代ではありませんでしたから「聖書を調べ」るとは言っても、なかなか容易なことではありませんでした。そうした困難を乗り越えて、はたしてほんとうにそうなのかと聖書を調べたわけですから、彼らの忍耐と真理に対する熱心さがどれほどのものであったかがわかります。
時に説教者は、会衆の中に聖書に詳しい人がいると説教しずらいと言って嘆く人もいますが、それは間違いです。そういう聴衆がいるからこそ、説教が吟味され、一人ひとりの信仰がもっと深められていくのではないでしょうか。ですから、一人ひとりが聖書を読み、はたしてそうなのかと調べ、みことばによって整えられていくことはとても重要なことなのです。もし説教がちょうどグルメ番組のように、できあがった食事を、ただ「おいしい、おいしい」と言って食べるだけなら、そこには何の深みも生まれてこないでしょうが、しかし調理番組のように、そこにいろいろな材料があって、それに手を加え、味を加えて、一つの料理としてできあがっていくような、そんな道筋を明らかにしていくようなものだったら、きっとみんなが恵まれるだけでなく、その中から深い神のみこころを汲み上げていくことができるのではないかと思うのです。私が目指している説教は、そういうものです。ですから、一人ひとりが自分で聖書を読み、信仰が深められ、それが広げられていくように求めていかなければならないのです。
「みことばの光」という聖書通読の小冊子がありますが、その「みことばの光」を通して、日々の聖書の学びと聖書通読を奨励している、聖書同盟の小山田格総主事は次のように言っています。
「神様は聖書を通してみこころを明らかにしておられるので、神を信じる者が日々聖書に親しむのは当然のことです。聖書は霊的なミルクです。赤ちゃんが毎日飲むなら、知らず知らずのうちに成長していきます。感情的なものを期待する人がいますが、聖書通読に毎日、感動を求めなくてもよいと思います。優しい箇所も、難解な箇所も、淡々と繰り返して読んでいく時、栄養が与えられて成長していくのです。
聖書を読むには、とにかく続けていくことが大切です。恋人からの手紙を読むのに、一部だけを読んだり、途中でやめたりしませんよね。それと同じで、聖書は神様からのラブレターですから、途中でカットしたりせずに、通して読みます。そして何回も何回も読むのです。」
聖書は霊のミルクだと言われますが、まさにそうですね。赤ちゃんはそのミルクを飲むことによって知らず知らずのうちに成長していくように、私たちも霊のミルクを飲むことによって知らず知らずのうちに成長していきます。いや、もう霊的に大人になったからミルクは卒業したという人は、固い食べ物も必要です。霊の糧であるみことばをより深く、よりわかりやすく人々に伝えるために、自分自身がよく学んでいるべきです。何もわからなくても、聖書だけはわかるという人になれたらいいですよね。そのためにはグルメ番組にならないように、感情的なものを期待するのではなく、難解な箇所も淡々と何回も読んでいくような訓練が必要です。
北海道日高キリスト教会牧師の下川友也という牧師は、「みことば密より甘い」というご自身の書かれた本の中で、ご自分の聖書通読の経験を紹介していますが、この牧師は何と今から45年前、26歳の神学生の時代に老婦人が聖書通読をしている姿に刺激を受け、ご自分でも始めました。初めのころは年2,3回のペースで読んでいましたが、そのうち月1回のペースにスピードアップし、1996年ごろからなんと月2回のペースに加速しました。そして2009年9月現在で何と613回目に入ったと言っています。このペースでいけば、あと16年あまりで1,000回に到達する計算です。1回でも通読するのが大変なこの聖書を、1,000回も読むというのはなかなか大変なことです。そんなに暇なの?と言われる方もおられるかもしれませんが、そんなことはありません。暇だから読めるというものでもありませんし・・・。その下川先生が、聖書通読の良さをこのように語っておられます。
「聖書66巻は一様ではなく、読みやすいところ、読みにくいところさまざまです。食べ物の好き嫌いと似ていて、苦手なところを読もうとしない傾向があります。聖書通読はそのことを克服します。たとえば、出エジプト記後半の密林、レビ記、民数記の砂漠、大預言、小預言の謎、それらも避けないで通ります。逃げないで目を向けます。不思議なもので、そうすると、思いがけない神の恵みが現れてきます。」
皆さん、聖書通読は恵みなんですね。義務感からはこのような気持ちは生まれて来ないでしょう。このみことばからきょうはどんなことが教えられるんだろう、どんな恵みが与えらるんだろうといったワクワクした思いが、こうしたみことばへと向かわせてくれるのです。
「ジョージ・ミューラーの祈りの秘訣」という本がありますが、信仰に生きた人ジョージ・ミューラーの日誌を見ると、彼が自分に与えられた孤児たちの救護事業、孤児院の運営にどのようにあたったかがわかります。それはまさに聖書に親しみ、そこから日々具体的な知恵や力をいただいてのことだったのです。たとえば、1852年10月9日の日記にはこうあります。
「朝食前に読む聖書の箇所はルカの福音書7章であった。百人隊長の記事、ナインのやもめの息子が生き返った記事を読んでいた時、私は心を主に向けて次のように祈った。「主イエスよ。あなたは現在も同じ力を持っておられます。あなたはご自身の事業のために資金を備えることがおできになります。どうかそのようにてください」と。30分ほどあとに、230ポンド15シリングを受け取った。」
「1854年7月12日 資金は再び30ポンドに減ってしまった。6月15日以来、150ポンドほどしか収入がなかったからである。その上、支出予定の費用が多額であった。けさ箴言を読んでいて、22章19節に「あなたが主に依り頼むことができるように」の箇所に来た。私は祈りのうちに主に申し上げた。「主よ、私はあなたにより頼んでおります。゛も今、私を助けていただけないでしょうか。私は聖書知識協会の働きのために資金を必要としています」と。その灯の最初の郵便で「現在必要な」ことに用いるようにと、ロンドン銀行の額面100ポンドの手形が送られてきた。」
ジョージ・ミューラーは、聖書を注意深く一貫して読むようにと強く勧めていますが、このように熱心にみことばを求め、その中に書いてあることがはたしてそうなのかどうかと調べ、その中に書いてある神の約束を信じて生きる人に、神は特別の恵みを注いでくださるのです。どのような恵みでしょうか。
Ⅲ.多くの者が信仰に入った(12~15)
ですから第三のことはその結果です。12節をご覧ください。
「そのため、彼らのうちの多くの者が信仰にはいった。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤでも神のことばを伝えていることを知り、ここにもやって来て、群衆を扇動して騒ぎを起こした。そこで兄弟たちは、ただちにパウロを送り出して海べまで行かせたが、シラスとテモテはベレヤに踏みとどまった。パウロを案内した人たちは、彼をアテネまで連れて行った。そしてシラスとテモテに一刻も早く来るように、という命令を受けて、帰って行った。」
パウロが語るみことばを、非常に熱心に聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日調べたベレヤのユダヤ人の多くは、信仰に入りました。そればかりではありません。パウロがベレヤでもみことばを伝えていることを知ったテサロニケからやってきたユダヤ人たちによって群衆を巻き込んでの大騒動が起こると、このクリスチャンになったベレヤの兄弟たちは、そうした追手をうまくかわし、パウロをアテネへと送り出しました。いのちがけで伝道するパウロを、いのちがけで守ったというわけです。そのためにはなみなみならぬ苦労があったはずですが、そうしたことも覚悟で、彼らはパウロを守り、神の働きの一躍を担ったのでした。それは、彼らの中に信仰が生きて働いていたからでしよう。信仰によって一つに結び合わされた間柄でも、このように互いに親身になって祈り、仕えていった姿がみられます。これが信仰のすばらしさです。ベレヤの人たちの中にはこのような信仰が生まれていました。それは、彼らが柔軟な心でみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べたほどに、みことばに生きていたからです。そうしたベレヤのクリスチャンたちの信仰は、そこにとどまったシラスとテモテの指導によってその基礎が固められ、土台が据えられていったにちがいありません。使徒20:4には、このベレヤ教会のリーダーとなったであろう「ソパテノ」という人の名前が出てきますが、彼はパウロの第三回伝道旅行にパウロに同行して、その働きを支えました。それは彼らがパウロが去って行った後も、パウロが語ったみことばを受け取り、毎日熱心に聖書を調べ、神のことばに従って歩んでいたからです。ですからどんな迫害の中にあっても、口では言い尽くせない困難の中でも耐え続け、みことばにしっかりと根ざして、主の幹として固く建て上げられていったのです。すべてはこのベレヤの人たちの聖書に対する熱心さから始まったのでした。
皆さん。豊かな人材、資金、計画が、教会を成長させるのではありません。立派な会堂があること、牧師がいることでもないのです。一人ひとりが神のみことばに結びつき、このみことばに養われること。それがすべてです。みことばを聞いて、そこからただ一人の羊飼いであられる方の御声を聞き分け、その声に従うこと。それがすべてなのです。そうすれば、主が豊かな牧草地へと導いてくださいます。主は良い牧者です。そして、この良い牧者は、羊のためにいのちを捨ててくださいました。それほどまでに真実なお方。そのお方に従うなら間違いはないのです。「私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」(Ⅱテモテ2:13)そのためには、日ごとのみことばとの取り組みを欠かすことはできません。みことばは剣だと言われていますが、どんなに鋭い剣でも日ごとの手入れをしなかったらここ一番という時に錆び付いてしまい、役に立たなくなってしまいます。鞘(さや)から抜くことさえもできなくなってしまいます。ですから、そういうことがないように、いつもみことばの剣を手にして、真の羊飼いであらる主イエス・キリストの御声を聞き分ける。そのようなみことばへの熱い思いを絶えず燃やし続けていきたいものです。